17 モノローグ緋
午前中、訓練室の中にいるのは柘榴と柊の二人きり。
蘭と浅葱、蘇芳と鴇がいなくなった訓練室で、数学の問題から目を離し、柘榴は今にも寝そうな柊に声を掛ける。
「柊さーん。ここ分かりませ―ん」
「ん、ああ。どこだ」
肩肘をついて、寝そうだった柊は椅子から立ち上がり、柘榴の問題を覗きこむ。頭を傾げた後、柊は窓の外を見るように呟いた。
「最近の学生は難しい問題ばかりだな」
柊の回答に、今日何度目かの溜め息をついてしまう。いつもは希に教えてもらっているだけに、柊に聞いてもまともな回答が返ってきたことがない。
「柊さん、やる気ないでしょ」
「そんなことはないんだけどね。ほら、俺って教えるってこと苦手だからさ」
椅子に座り直し、タバコを吸い始めてしまう始末。柘榴はもはや勉強する気にならない。持っていたシャーペンを机の上に置いて、声を潜めて尋ねる。
「柊さん、希ちゃんのお兄さんの消息ってどうなの?」
希の組織へ入った理由。希は一切兄の生存を、柘榴に話さない。生きているのか、死んでいるのか。わざわざ希には確認出来ないし、情報は一切ない。
煙草を吸いながら、柊は答える。
「ああ、今もあの町の周辺で探しているんだがな。希くんのお兄さんらしき人は見つかっていない。偶然あの場にいなかったとも考えられるからな、何も言えない状況だ」
柘榴は椅子に深く座り直し、考えるように少し視線を下げた。そんな柘榴に、今度は柊の方から尋ねる。
「希くんのことなんだが、柘榴くんは何故あの時。希くんが中学校にいたのか、知っているかい?」
「確か…気が付いたらそこにいたって前に言っていた気が?」
希が何故、あの場にいたのか。
柘榴も気になっていたから、聞いてみたことがあった。希自身が、その前後の記憶が曖昧だったと言っていたと思う。
「そう、聞いてはいるんだけど。どうも腑に落ちないんだよ。希くんの故郷からは離れているし。希くんだって、知らなかった場所にいたわけだろう。不思議なんだよ」
柊が考え始めるので、柘榴も同じように希について考えた。
突然現われた不思議な少女、それが希の印象だった。
ラティランスに襲われた苺を守ってくれた。何故か誰にでも敬語で話し、時々抜けていて、でも可愛くて、強い女の子。
出会った時から誰よりも守らなくてはいけない、と感じた子。
希のことを守る気持ちは、きっとこれからも変わらない。
夢は今でも見る。それは希ではなく柚だけど。それでも、夢の中の出来事は、何かの前触れのような気がして、時々不安を感じる。
「希ちゃんは希ちゃんだと思いますけどね」
柊に聞こえないくらい、小さな声で呟いた。
希のことを、聞かれれば結構何でも答えられる。ずっと一緒にいるから。それは蘭も同じこと。
でも時々、遠い存在に感じてしまう。
友達のはずなのに、まだまだ知らない二人のこと。
一緒にいるはずなのに、心の距離が遠い。
それはこういうことなのか、と柘榴は空へと視線を移した。




