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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
第3章
17/59

16 帰路編

 医務室に呼ばれていた蘭は、香代子と一緒にとある場所に向かった。

 本部の中でも、一部の人間しか知らない。柘榴や希だって足を踏み入れたことがない、ラティフィスの研究機関。その部屋にいるのは、いつだってただ一人だけ。

 蘭が最初に病室で出会った時と、変わらない研究者。元々痩せている男が、数か月ぶりに見ると、もっと痩せてしまっていた。年齢は四十半ばだったはずだが、白髪のせいかもっと老けて見えてしまう。

「おお、来たか」

 座っていた椅子をくるりと回し、蘭の方を見る。この薄気味悪い目がずっと嫌いだった。自然と眉間に皺が寄り、睨むように研究者を見つめた。

「博士、私達も貴重な時間を割いてここに来ています。用件だけお願いします」

 蘭を守るように前に出た香代子がはっきりと、言い切った。香代子も警戒心を持っている声。

 いつも来る時は蘭が一人だったから、香代子のこんな態度を見るのは初めてだ。香代子の態度に不満そうになった研究者は、肩を竦めて言う。

「そうだった。君、この宝石をどう思う?」

 研究者が指しているのは、あの日。蘭が触った宝石。その宝石が、研究員の机の上で淡く光っている。

「光って見えるけど?それが?」

 どうしたというのだろうか。青い光は見飽きている蘭は、あまり驚かない。

「そうか、最近だ。ここ最近、光始めたんだ。そうすると僕は触れない。触ってみてくれないか?」

 研究者の言葉に素直に頷きたくはないのだけれど、そんな蘭の背中を押すように香代子が言う。

「お願い、蘭ちゃん。こうやって光ったままだと、研究が進まないらしいの」

 香代子にお願いされて、しぶしぶ前に進む。

 研究者、そしてその前にある宝石に触るしか道は残されていない。研究者はこれから何が起こるのか、楽しんでいる。

 どうしてか、蘭は緊張し始めている。

 それでも、ここで引き下がる蘭ではない。躊躇うことなく、宝石に触れた。一気に、目の前に青の光が溢れる。

「っ!」

 その眩しさに、腕で顔を覆い、目を瞑る。宝石に触れていた手が、熱い。

 部屋を覆い尽くす青い光。こんな眩しい光を見るのは初めてだ。

「何が…」

「蘭ちゃん?」

 研究者、そして香代子が蘭の様子を伺う。

 あっという間に光が収集して、蘭はそっと瞳を開けた。宝石は光を失い、相変わらずそこにある。

 いつの間にか右手を握りしめていた蘭は、ゆっくりと掌を開く。

「また、宝石?」

 青い宝石、アクアマリンの雫の形のピアスが二つ。蘭が持っている宝石、そして武器と同じ宝石と同じアクセサリーを見つめ、蘭は瞬きを繰り返す。

 呆然としていた蘭の背後に現れた研究員は、それを覗き込んで目を輝かせる。

「頼む、その研究をさせてくれ!」

 研究員がピアスを触ろうと手を伸ばす。

「いっ!」

 嫌だ、と思った。触らないで、とも。

 蘭の意識にシンクロするように、宝石は輝きを増す。そして、また光ったと同時に掌から消えた。驚いたのは蘭だけだった。研究員は落ち込み、香代子は冷ややかに言う。

「博士、そのピアスには蘭ちゃんしか触れない。それをご存じではないかしら?」

 意味深な言葉の意味を蘭が問う前に、不貞腐れた顔の研究員は身を引いた。香代子は普段は決して見せない睨みを効かせ、研究員を黙らせる。

「それと、ここにある段ボールも持って行きますね」

 ドア付近に無造作に置かれていた段ボール。香代子が持ち上げようとしても、重くて持ち上がらない。

 蘭は香代子の傍まで行き、代わりに段ボールを持つ。

「あら?持ってくれるの?」

「香代子だと、持てないのでしょう」

 少なくとも蘭の方が力はある。香代子ではビクともしなかった段ボールを蘭は軽々と持ち上げた。少し重いくらいの段ボールを持てば、部屋のドアは開けられない。

 先に歩き出した香代子がドアを開け、先に部屋の外に出た蘭。研究者には目もくれず外に出た蘭とは違い、香代子は振り返って口パクで告げる。

『繰り返す、つもり?』

 薄ら笑いを浮かべ、研究者だけに告げられた言葉を蘭は知らない。その言葉に研究員は顔を真っ青に変えた。サッと身を翻した香代子は、いつもの笑顔を浮かべて蘭と一緒に歩き出すのだった。


 研究室から医務室までの帰り道。

 蘭も香代子も特に何も喋らなかった。ただ笑顔を浮かべた香代子とその隣で淡々とした表情で段ボールを運ぶ蘭。

 医務室に着くなり、香代子は真っ直ぐに自分の椅子に腰かけた。

「疲れたわね。荷物は適当に置いて座って。お茶でも入れるわ」

「…ええ」

 ため息を小さく漏らし、蘭は荷物を置いた。いつだって、あの部屋に行くと疲労が襲う。疲れた表情の蘭のために、香代子はお湯を沸かし始める。

 そんな香代子の後ろ姿を見ながら、蘭は椅子に座って考える。

 香代子の姿は、いつもと変わらない。変わらないはずなのに、研究室の中での香代子は、どこか違っている気がしてならない。それがどこか、とははっきり分からないのがもどかしい。

 ふと、振り返った香代子が問う。

「蘭ちゃん、今日はミルクを――」

「香代子は、一体何なの?」

 言葉を遮って、蘭は尋ねた。もやもやした気持ちを抱えたまま、お茶など出来ない。

 香代子のことはただの医務担当の人間としか思っていなかったが、先程の様子からそうではないということだけは分かる。

 研究に深くかかわった人間、そう思う。

 香代子を睨んでいる蘭に気が付き、ミルクを入れようとしていた手が宙で止まる。一瞬だけ固まった香代子はそれからミルクをそっと入れて、落ち着いて言う。

「私はただの医師よ。ただ――」

 ただ、と言いながら出来立ての紅茶のカップを蘭へ手渡す。

「父が、研究員だったから」

 呟くように言い、自分のカップを口に運ぶ。

 香代子から受け取ったカップを両手で握りしめて、考え込み始めた蘭。その様子に、香代子は自分のカップを机の上に置き、引き出しを引いて一冊の手帳を取り出した。その中に挟んであった一枚の写真を、蘭に渡す。

「なに、これ?」

 本部のエントランスを背景に撮った、集合写真。

「【祝・ラティフィス研究、第一班】の写真よ。書いてある通りなんだけどね。これが私の父なの」

 香代子が指したのは、一人の老人。そして、その横につい先ほど会っていた研究者の顔もある。数年前から、全く雰囲気が変わっていないので一目で分かる。

 まじまじと写真を見る蘭に、香代子が説明する。

「私の父の下に付いていた部下が、さっきの研究員よ。だから、一応知り合いなの」

「そう」

「ええ、ただそれだけ」

 サッと蘭の持っていた写真を奪い取り、香代子は大切そうに手帳に挟んだ。片付ける香代子に、蘭は問う。

「さっきの写真はいつの?」

「五年前ね。今でも生きているのは、さっきの男ともう一人ぐらいよ。後は…」

 最後の言葉を濁した香代子の言葉と表情で、何となく理解してしまう。

「もう一人と言うのは、本部で見かけたことがないのだけど?」

「ああ、それはね。今は研究から離れて、大学の教授をしているからよ。彼はこの写真を撮ったすぐ後に、研究から身を引いたから。それ以上のことは知らないわ」

 紅茶を飲みながら、香代子は思い出すように言う。

「だから、なのかしら。五年前も生き残って、今も普通の暮らしをしている、と言うのを風の噂で聞いたわ。本当かは、知らないけど」

 香代子と同じように蘭も紅茶を飲む。香代子はフッと息を吐くと、さーて、と手を明るい声を出す。

「暗い話は終わりにして。明るい話でもしましょうか?合宿どうだったの?」

 一気に話題を変えた香代子。

 この話はこれで終わりだと、蘭は悟る。

 香代子の謎は分からない。それらを考える余地を与えないで、香代子は質問を繰り返すのだった。



 合宿が終わったと言うのに、研究室に行ったせいか。疲労が溜まって、寮に帰って自分の部屋に入った途端にベッドに倒れこんだ蘭。

 柘榴や希はしっかり部屋で休んでいるだろうか。確認しようと思ったが、それどころではないのが、正直なところである。

「顔、洗ったらすっきりするかしら?」

 言いながらも、身体は重くて動かない。でも、今のままの状態ではいけないと思い、仕方なくベッドから起き上がり、洗面台へ向かう。冷たい水が顔に当たり、目が覚める。

「ふぅ」

 さっぱりして、タオルで顔を拭きながら鏡を覗き込む。その鏡に映った顔は、やっぱり疲れている顔。そんな蘭の耳に、見慣れないピアスが付いている。

「…これって?」

 髪を耳に掛けて、まじまじと鏡を覗き込んで確認する。両耳にあるのは青い宝石のピアス。ピアスの穴など開けた覚えはないのに、いつの間にか開いている。

 研究室で消えたと思っていたのに、いつの間にか蘭の耳に付いていて外せない。鏡に映ったピアスは、髪で隠そうと思えば隠せてしまう。違和感がないから、全然気が付かなかった。

 ピアスに触り、その存在を確認する。

 間違いない、ピアスはある。

 この宝石は、何を意味するのか。

 どれだけ考えても答えは出ないまま、蘭は深いため息を漏らすのだった。



 合宿から戻って来て、次の日の朝。

 部屋で一人、目を覚ませば帰って来たのだと実感する。見慣れた天井、いつものベッドに毛布。合宿の間は朝一番に目を覚ましていた柘榴も、寝ぼけた希もいない本部の自室は静かだ。

 時刻は合宿前に起きていた時刻より、少し遅い。

 疲れが溜まって、熟睡してしまった。だからと言って、寝坊するわけにもいかないので、ベッドから出て支度を始めた。

 昨日の出来事は夢ではないと、洗面台で鏡を見れば分かった。ピアスは変わらず、存在している。

「取れないのは、仕方がないわよね」

 付けていたら邪魔になるかもしれないから、取りたいのに取れない。諦めて髪で隠せばばれないだろうと思い、そのまま朝食を食べるため部屋を出ることにした。


 いつも通りに朝食を食べていれば、柘榴と希に合流出来るかと思っていたがそうもいかず。結局食堂で会わないまま、蘭は一人で訓練室に向かった。

 希が寝坊した、と言うのが一番可能性が高い。

 大怪我は治っていても、疲れは取れていないのかもしれない。それならそれで仕方がない、と蘭は訓練室でいつもの集合時間だった八時まで読書をしながら時間を過ごすことにした。

 訓練室のドアを開ければ、馴染みの部屋のはずなのに感じた違和感。

「なんで、増えているのよ」

 蘭達三人分の机と椅子だけだったはずなのに、もう三組増えている。嫌な予感しかない。けれども、考えるのも嫌なので、予定通り時間まで本を読んで時間を潰す。

 窓際の、前の席が蘭の席。そこに座って、蘭は机の中から本を取り出した。栞が挟んであった箇所から、本を読む。ほんの少し前まで当たり前だった生活に、少しずつ戻って行く気がした。


 いつの間にか読書に集中していた蘭。

 区切りのいいところで、顔を上げて時計を見れば、八時まであと五分。

 それからドタバタと聞こえて来た足音に、誰か来たのか容易に想像出来た。ドアの方を見ながら、軽く微笑む。勢いよく、ドアは開いた。

「おはよぉ!」

「おはよう、柘榴。ご飯粒ついているわよ」

「うわ、はっずー」

 勢いよく開けたドア、笑顔の柘榴は変わらない。蘭を見て、にっこりと笑った柘榴の横にいつもいるはずの姿がないので、あれ、と蘭は首を傾げた。

 柘榴は口のご飯粒を取って、笑いながら真ん中の、いつもの席に座る。机の中からごそごそと筆箱やらノートを取り出す柘榴に、蘭は問う。

「…希は?」

「それが、起きなくてさ」

 ノートを開こうとしていた柘榴の手が止まり、蘭に笑いかけた柘榴。その顔は少し悲しそうな顔で、えへへ、と言いながら言葉を続ける。

「また、無理させたのかな。駄目だなあ、私」

 段々と小さくなった声。落ち込ませてしまったかも、と蘭が考える前に、使っていないノートのページを開いた柘榴の表情が一気に明るくなる。

「さーて、今日からしっかり勉強しましょうか。ね、蘭ちゃん」

「そう、ね」

 頷きながら、希のことを思い出す蘭。

 何度か戦いの後に目を覚まさなくなった希。ただの寝坊、で片付けられる簡単なことじゃなかった、と思うと少し悲しく思えた。

 隣にいる柘榴はあからさまに空元気で、蘭は静かに本へと目を落とした。

 秋空が広がる空は、青く高い。天気がいいし、紅葉も色づき始めて来ている。綺麗な景色のはずなのに、希がいない訓練室は蘭にとっても柘榴にとっても寂しくて仕方がない場所だった。

 突然静かな訓練室のドアを、誰かが元気よく開けた。

「はいはーい。全員集合してるかい?」

 柘榴同様に勢いよくドアを開けて部屋に入って来た柊。そのおかげで、一気に空気が変わった。

 久しぶりだけれど、その元気のよさとだらしない顔が一週間ぶりで懐かしい。元気な柊につられて、柘榴も元気よく手を上げて返す。

「柊さん!希ちゃん、今日は欠席です!」

「なんだ、具合でも悪いのか?」

 柊の言葉に柘榴は満面の笑みで答える。

「そのうち来ます!」

「寝坊か?まあ、いいけど」

 そう言いながら、柊は軽く言葉を続ける。

「てなわけで、今日から仲間が増えることになった」

「どういうわけよ?」

 いつだって唐突な柊に、呆れた蘭は言い、柘榴は楽しそうに笑う。

「本当に?え、誰々!どんな子?」

 椅子から立ち上がる勢いの柘榴に、柊は楽しそうにドアの方を指差す。そこから見える人影に、見覚えがあるのは蘭だけじゃないはずだ。

「…浅葱達じゃない」

 げんなりした蘭の声で、柘榴は一気に落ち込んだ。

「なんだ、浅葱達か」

 ボソッと呟いた柘榴の言葉で、廊下が騒がしくなった。

「なんだ、とは何だ!」

「静かに」

「戦闘員になれたんだから、ここは穏便にね」

 小声で会話しているはずなのに、部屋まで響く声。間違いないその声に、蘭は音を立てないように椅子を引き、立ち上がる。

 そしてそのまま、静かにドアを開けた。

 不機嫌な浅葱、無表情な蘇芳、それから一人テンションの高い鴇。が一列で廊下に並んでいた。

「なんで、こいつらが?」

 首だけ柊に視線を移し問えば、柊は飄々と答える。

「今日からここの戦闘員な。本部で、蘭ちゃん達の補助になってもらうから。と言うより、新兵器のための特別戦闘員とも言える」

 新兵器、と言う言葉は初めて聞いた。

「…いらないわよ」

「おい、こら!勝手に閉めるな!」

 冷静に言った蘭がドアを閉めた瞬間に、浅葱が顔を真っ赤にして無理やりドアを開けた。その音が五月蠅いので、耳を塞ぎながら自分の席に戻る。

「浅葱くん達も席に座って。後ろの席な」

 柊に言われて、浅葱達は素直に従って座る。蘭の後ろには浅葱が、柘榴の後ろには蘇芳が、それから本来なら希がいるはずの席の後ろには鴇が座った。

 数か月前の柘榴と希が来た時と同じように、眉間に皺が寄ることをどうやっても止められない。

「柊さん、説明して」

 蘭が睨めば、観念しましたと言わんばかりに肩を上げた。

「研究室でな、新しい武器が完成したんだ。ただ数に限りがあるし、君達との相性もある。戦闘員達はすでに武器を持っているので、浅葱くん達に白羽の矢が立ったと言うわけさ」

 軽い、あまりにも軽い口調の柊に頭を抱え、蘭はそれ以上何も言えない。

「わざと君達が同じグループに仕組んでよかった」

 しみじみ言った柊の言葉の意味を考える間もなく、蘭は低い声を出す。

「わざ、と?」

 部屋の温度さえ下げてしまいそうな、冷ややかな声に柊の真上に水が溜まり始めるのを確認した柘榴は、大急ぎで手を上げた。

「はいはい!はーい!新兵器ってどんなの?蘭ちゃん、まずは柊さんの話を聞こう、ね!」

 柘榴に言われた蘭は、不貞腐れた顔で水を消した。

 新兵器、どんな武器か。柘榴の質問は蘭も気になっていたことだった。

 ホッとした柊は、わざとらしく手を叩いた。

「ああ、今持ってくる。ちょっと、待っていてくれ。それから後ろの三人、ずっと顔が固まっているから、いい加減緊張を解けよ」

 ひらひらと手を振りながら部屋から逃げて行った柊を見送った蘭は、勢いよく後ろを振り返った。

「…本当に、緊張していたのね」

「し、してねーよ!」

 裏返った声が、わざとらしい。心なしか、額に汗まで浮かばせていた浅葱は蘭と目を合わせようとしない。蘇芳も心なしか表情を固くしていたし、鴇に至っては机にうつ伏してしまった。柊がいなくなり、張りつめていた空気が一切なくなった。

 柘榴も後ろを振り返り、浅葱達の緊張していた姿を見て一言。

「緊張するとこ…あった?」

 不思議そうにしている柘榴は、首を傾げて浅葱達をじとーっと見回した。

「あれ?蘭ちゃんと柘榴ちゃんより、柊さんは上だよね?」

「え、何が?年齢?」

 真面目に聞いた鴇の質問を、真面目に返した柘榴に一瞬空気が固まる。

「柘榴、それは当たり前でしょう」

 蘭はそう言いつつ、鴇の質問を少し考えてみる。

「階級、の話なら柘榴に言っても無駄よ。説明してないもの」

「階級なんてあるの?」

 まさに今知った、と言う顔をした柘榴を見て、蘭はそっぽを向く。わざと黙っていた、と言うのは言わないでおこう。

「蘭ちゃん、なんで教えてくれなかったの?」

 不貞腐れた柘榴の文句は耳を塞いで、聞き入れるつもりはない。

「…誰か、こいつに説明してやれよ」

 浅葱は呆れ、蘇芳や鴇もどうしようか、という雰囲気で顔を合わせている。

 希がいれば、ここで簡単な説明をしてくれるだろうが、今ここにいない人に助けを求めても仕方がない。柘榴に一から説明するのは、理解するのに時間がかかるし面倒でもある。

「柘榴ちゃんは、真ん中くらいの階級で、柊さんはその上かな」

 鴇がとても簡単に説明する。

「階級あると、いいことある?」

「階級によって、待遇が違うのよ。本部では階級なんてあってもないようなものだから、気になるなら希に説明してもらいなさい」

 この話はお終いと言わんばかりに蘭が言えば、素直な柘榴は、分かった、と頷く。

「後で希ちゃんに聞いてみるね」

「それがいいわよ。ほら、柊さんも帰って来た」

 足音が近づいて来る。

 訓練室のドアが開けば、浅葱達は直ちに姿勢を正す。柘榴は一歩遅れて元の席に戻り、蘭は面倒臭そうに姿勢を正した。

「お待たせ。何、この空気?皆畏まってさ」

「何もしてないよ?」

 顔の前で手を横に振り、否定する柘榴。敬語で話していない柘榴に今更ながら気が付いた浅葱達の驚いている顔は、柘榴にも蘭にも分からなかった。

「まあ、いいや。ほら、これが新しい武器だ」

 何事もないような雰囲気の柊が浅葱、蘇芳、鴇の机にひとつずつ武器を置いて行く。気になっていた蘭と柘榴も振り返って、まじまじと武器を眺めた。

「蘭ちゃんと同じ宝石だ」

 柘榴の言う通り、各武器にアクアマリンが埋め込まれていた。

 浅葱には短剣であるダガ―が二本。蘇芳には戦闘員に支給されている銃と似ている、ショットガン。そして鴇には一本の日本刀が机の上に置かれた。

 柊は空いていた希の席の近くに立ち、それぞれの説明を得意げに話し出す。

「浅葱くんは、ダガ―ね。獲物に近づかないと致命傷は与えられないから、気を付けてくれ。それから、蘇芳くんは、ショットガン。近距離には向かないから、基本的には希くん同様に遠距離担当で。鴇くんは、日本刀。剣道が得意って聞いていたからね」

 興味津々で見ている浅葱と蘇芳、鴇に柘榴まで嬉しそうに武器を眺める。

 ふと蘭が柊に視線を移せば、柊はにっこりと笑って言う。

「さて、武器は実際に使いながら慣れるとして。それからあと二つ、報告がある」

 人差し指と中指を立てて、柊は訓練室の真ん中に立った。

「実はね――」

 話し出そうとした柊に全員の集中が集まったところで、タイミングよく訓練室のドアが開く。

「戦闘服持って来たわよ」

 淡々とした声で言い、訓練室に入って来たのは洋子。六つの紙袋を半々で両手に抱え、重そうな顔した洋子は、ずかずかと訓練室の中を進む。洋子を初めて見る浅葱と蘇芳は驚き、鴇は美人の登場に喜びを隠せない。

 柊の傍まで洋子が来たところで、洋子は持っていた紙袋の半分を柊の顔目掛けて投げつけた。

 投げるとも、ぶつけるとも何も言わずに無言で無表情で投げた。

 蘭と柘榴には見慣れた光景でも、浅葱達にとっては呆然とするしかない。

「柊、邪魔よ」

「…そ、それはないんじゃないかい?」

「五月蠅い」

 一言でバッサリ言い切った洋子。冷ややかな視線を柊に送ったのは一瞬で、スッと蘭と柘榴の方へ踏み出した時には満面の笑みを浮かべていた。

「蘭ちゃん、柘榴ちゃん。戦闘服出来たわよ」

 柊への対応とは打って変わって、楽しそうな笑みを浮かべている洋子の瞳に、浅葱達三人の姿は映っていない。存在自体を認識していないと言う方が、正しいのかもしれない。

 楽しそうな洋子が蘭と柘榴に紙袋を差し出し、柊が恐る恐る声を掛ける。

「洋子くん、浅葱くん達に自己紹介を――」

「気安く名前を呼ばないでよ!」

 言いながら、回し蹴りをした洋子の脚は見事に柊の腹に命中した。あまりの痛さに蹲った柊は黙るしかなく、即座に表情を変えた洋子は柘榴に詰め寄って甘い声で問う。

「ねえ、希ちゃんはどうしたの?具合悪いの?」

「あー、ちょっと寝ているだけみたいな?」

 顔を少し逸らし、目を合わせないで、言いにくそうに答えた柘榴。その答えを聞いて、洋子の目がきらりと光った。 

「じゃあ、ちょっとだけ。お見舞いに行って来るわ」

 お見舞い、と繰り返した洋子。満面の笑みを浮かべて言った洋子の言葉に、不審を抱いた柘榴は顔を引きつらせながら慌てて呼び止める。

「え、ちょっと、キャッシー!希ちゃん本当に疲れて寝ているだけだから!襲わないでよ!ねえ、聞いてる!聞いてないよね!」

 柘榴の叫び声も空しく、希の紙袋を持った笑顔の洋子はひらひらと右手を振って訓練室から出て行く。

 風のように、来たと思ったらあっという間にいなくなってしまった洋子。蘭はため息交じりの声で、立ち上がった柊に訊ねる。

「戦闘服って、冬服ってこと?」

「それは俺にも分からん。まあ、着てみろ」

 蘭は受け取った紙袋を覗き込む。今回は白いワンピースではないことは確実に言えることだけれど、嫌な予感しかしない。

 洋子に投げつけられた、残り三つの紙袋を浅葱達に渡す柊が、それから、と言った。

「さっきのが一つ目の報告。二つ目、一週間後に一時的に本部を閉鎖する」

「…柊さん、それ冗談?」

「いやいや柘榴くん。本気だよ」

 部屋の中を歩き出した柊が、どこからともなく出した紙の束。一枚ずつ机の上に置いて行くと、柘榴がその紙の表題を読み上げる。

「【飛行船によるラティランス攻撃部隊】?何、これ」

 首を傾げているのは柘榴だけでなく、蘭も同じ。

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、柊は楽しそうに言う。

「これから、飛行船に乗ってちょっとばかし旅に出ることになった。どうだ、かっこいいだろう」

 かっこいい、とかそう言う問題ではない。蘭は呆れ、浅葱達は戸惑っている。それに比べ、柘榴は紙から視線を外し、キラキラした瞳で柊を見つめた。

「か…かっこいい!てか、飛行船とか空飛ぶとか、夢みたい!楽しそうだね。ね、蘭ちゃん」

 向けられた瞳があまりにも輝いていて、一瞬頷きそうになる。

「遊びじゃないのよ、これ」

「分かっているって。あ、でも地上には戻れなくなるのかな?それは嫌だな」

 飛行船に乗る気満々の柘榴は楽しそうで、紙をめくって飛行船の構図を見ては喜んでいる。こうも単純に喜べたら蘭も楽になるのだろうか。

「まあ、確かに当分地上でゆっくりは出来ないだろうからな。そこでお前らに明日から二日間休暇をやろう」

「本当!一度実家に帰ってもいいですか!」

「いいぞ」

 柊の承諾に今にも立ち上がりそうな勢いで、手を上に上げて喜ぶ柘榴。蘭は確認するように問う。

「休暇は嬉しいけど、その間にラティランスが現れたらどうするの?」

「た、確かに」

 蘭の発言に柘榴があからさまに落ち込む。

 よほど家族に会いたかったのか、その気持ちは分からなくもないが、一気に柘榴が静かになると、しまったという気持ちになる。

「…柘榴、いいわよ。私がここにいるし、一度実家に帰ってきなさいよ」

「でも、蘭ちゃんは休暇なしってことになるじゃん。それは流石に悪いと思うし」

 どうすればいいのかな、と悩む柘榴。

 今まで黙っていた鴇が、柘榴の背を押すように言う。

「いいんじゃない、休暇。訓練生でも戦闘員でも休暇はちゃんと貰っているし」

 浅葱も蘇芳も頷く。柘榴の心がますます揺れる。

「でも、私が実家に帰ると二日間ここからいなくなっちゃうことになるよ?」

「柘榴がいなくても、別に戦えるわよ」

 う、と言葉を詰まらせる柘榴。その通りかもしれないけど、と呟いていじけてしまった。

「私達もちゃんと休暇は貰うわよ。ただ、柘榴と違ってこの本部から離れないだけ。それならいいでしょ?」

「…う、うん。迷惑かけますが、よろしくお願いします」

「よし、じゃあ。そういうことで。明日から二日間お前らは休暇。希くんはどうするか、後で伝えておいてくれ」

 了解、と柘榴が返事をし、やっといつもの訓練かと思った。

 基本的に午前中は柘榴と希とは別行動が多い蘭。柘榴と希、二人はあくまで組織に協力してくれる民間人であって、学生であるのを忘れないためと午前中は勉強していた。

 その間だけは蘭にとって暇な時間なので、資料を漁るか一人で訓練をするか。そうして、午後からは三人で訓練をしていた数週間前。

 さて、と一人で訓練をしようと立ち上がろうとした蘭に柊は言う。

「蘭ちゃん。それから浅葱くん、蘇芳くん、鴇くんは、戦闘服に着替えた後四人で訓練生時代の特訓メニューをしてくれ、午後からは俺も指導して武器使用の特訓。で、柘榴くんは今日一日学業に励む」

「そ、そんな!」

 柘榴の悔しがる声、勉強するならまだ訓練のほうがいいと嘆いていた記憶は、まだ新しい。いつもならそんな風に悔しがることのない蘭も、今日だけは嫌そうな顔で反論する。

「なんで、浅葱達と?」

「多い方がいいだろ?」

「…あ、そう」

 下手に言い返し始めたら、命令、と言われて終わってしまいそうなので、蘭は早々に訓練室から出て行くことにした。

「柘榴、しっかり勉強しなさいよ」

「蘭ちゃんも手伝ってよ!」

「嫌よ」

 きっぱりと断り、五月蠅い柘榴を無視してさっさと訓練室から出て行く。柊に追い出された浅葱達も蘭の後ろに付いて来ていて、そんな四人に柊が思い出すように叫んだ。

「午前中はとりあえず、蘭ちゃんがリーダーで頼むな!」

 その言葉に振り返った蘭の瞳に、浅葱の嫌そうな顔が見えた。

「分かったわよ」

 小さく呟いた蘭の言葉は、おそらく柊には届かなかっただろう。それでも柊は、暫くの間蘭達を見送った。柊の姿が見えなくなった後、後ろにいた浅葱が呆れた声で一言。

「…ここの支部、変人ばっかかよ」

「早く慣れた方がいいわよ」

 蘭はそれくらいしかフォローが出来なかった。


 新しい戦闘服。

 洋子が作る服だけに期待はしていなかったが、取り出した途端に洋子らしさが出ている服だと思うと、投げ出したくなった。

 前回が白を基準にした服なら、今回は白と黒の二色だ。黒のショートブーツと灰色のニーハイ。そして白いワイシャツと黒のキュロット。それから、グレーのジャケットも入っていた。

 青いリボンはワイシャツ用、ショートブーツの紐も同じ青色。ほとんどスカートにしか見えないキュロットだけど、青いベルト付きで動きやすい。

 半袖から長袖になって喜ぶべきか、この戦い向けではない服装に嘆くべきか。

 その前に、今度会ったら言いたいことは一つだけである。

「…どういうセンスしているのよ」

 着替え終わると、鏡を見ながら蘭は思いっきりロッカーを閉めた。

 各自着替え終わってから、エントランスに集合と指示を出し、女子更衣室で着替えてみたはいいものの。蘭は思わず、何度目かのため息を吐くしかない。

 この格好はどう考えても、普通じゃない。戦闘向きでない、絶対。

 このまま更衣室に居られたらいいが、そうもいかない。

 洋子が蘭達の戦闘服を自分の趣味全開で作るだけに、浅葱達の戦闘服も何かしらあるかと思うことに期待してエントランスに向かった。

「…なんで、浅葱達は普通なのよ」

 エントランスに着いた途端、戦闘員の着ている戦闘服ではなく、普段着ていた制服と変わらない浅葱達の服装。

「…それ、本当に洋子が作った服?」

「そうだよ?制服っぽいけど、軽いし動きやすさはこっちの方が上かな」

 鴇の言葉に、浅葱や蘇芳も頷く。蘭が浅葱達の服を観察していたと同じように、浅葱達が蘭の服をじろじろ見ていたのは物珍しいからだろう。

 どうしてこんな極端な服を作るのか。

 いや、洋子の性格なら納得出来なくもない。女の子は好きだけど、男に興味がない洋子が、蘭達の戦闘服を凝りまくったのだと推測出来る。

 今すぐ洋子に文句を言いに行きたいけれど、そういうわけにも行けない。

「訓練、始めるわよ」

 浅葱達と一緒の訓練っていうだけで、やる気が減るのに。戦闘服のせいでやる気がもっと減るのは、絶対洋子のせいだ。と、頬を膨らました蘭は一人先にエントランスから外へと出るのだった。



 午前中の訓練を終え、何故か浅葱達と昼食を取り、休憩時間を一人で過ごした蘭。休憩時間に訓練室に行き、柘榴に勉強を教えていた柊と合流した。

 柘榴はこれから昼食を取るため、一人食堂へ向かい、蘭と柊は並んで廊下を歩きながら話す。

「それで、柘榴の勉強は?」

「午後からは課題を与えてきたが、あの様子だと途中で逃げ出すな」

「全く…」

 言いながら、頭を抱えた蘭。柘榴の性格からして、午後から一人で、勉強をしていられる集中力があるとは思えない。希がいないと、勉強しないでいるのは目に見えている。

「本当に、希がいないと駄目なんだから」

「そうだなぁ…浅葱くん達はどう?」

「さあ?普通じゃないかしら?」

 蘭を基準にして答えていいのか迷い、曖昧に答えた。

 話しながら歩いていると、あっという間に浅葱達と待ち合わせていたエントランスに着いた。柊の姿を見るなり敬礼した浅葱達に、蘭は違和感を覚えずにはいられない。

 柊の方は参ったみたいな顔をして、言う。

「あー、敬礼しなくていいって言ったのに」

「いえ、そういうわけにはいきませんから」

 いつも蘭のことをチビと呼んでいる浅葱が敬語を使うと、不自然過ぎる。いつもの態度はどうした、と思う心を何とか押し込める。

「段々でいいから、慣れてくれ。俺の方が落ち着かん」

 浅葱達が敬礼するのは仕方がないことだと、認識した柊が敬礼を止めるように指示を出す。蘭は柊の横に立ったまま、柊の言葉の続きを待つ。

「じゃあ、これよりラティランスに対抗するための武器を使用した訓練をしようか、ねえ?」

「私に聞かないでよ」

 何とも締まりのない柊の言葉に、蘭は呆れた声で言い返すしかなかった。



 最初に柊が指導の元、武器を持った蘭と浅葱が組み手をして、今は蘇芳と鴇が組み手をしている。

 蘭は休憩しながら、隣に座っている浅葱を盗み見した。蘇芳と鴇の組み手を真剣に見ている浅葱は、真っ直ぐ前しか見ていないのだと思っていただけに、ふとした瞬間に目が合うと困る。

「何、見てるんだよ。チビ」

「…何でもないわよ。こっち見ないでよ、浅葱」

 目が合ってもお互い睨んでしまい、喧嘩腰でしか話せない。蘭も浅葱もすぐさま視線を前に戻す。

 壁に背を預けて座りながら、こうして二人でいることはあまりなかったな、と思った。話すことはあっても、傍にいるのは変な感じがしてならない。いつだって突っかかって蘭に話かけていた気がするが、よく覚えていない。

 浅葱達のことだけではなく、訓練生の時のことはよく覚えていない、と言った方が正しい。

 浅葱と蘇芳と鴇、三人セットで名前を聞けばすぐに思い出せたが、顔を見るまで存在を忘れていたし、正直あの頃は他人に興味を持つなんてことありえなかった。

 昔ならきっと、傍にいるのも、話すのも、心底嫌だった。

「…お前、あの日から何していたわけ?」

 ふと、聞こえた声が自分に向けられているのだと気が付いたのは数秒。蘭は浅葱の方を見る。

「あの日って、ああ。私が訓練生を辞めた日?」

 あの日、と言われてそれくらいしか思い浮かばなかった。もう随分も前のことなのだ、そう思いながら思い出すのは、柘榴と希と出会ってからの日々ばかり。

 あの日から、訓練生を止めた日から。色んな事があったけれど、柘榴と希と過ごした日々ばかりしか思い出せない。海で一緒にラティランスを倒したり、買い物に行ったり、勉強したり、遊んだりした楽しい思い出は沢山あるが、話し出すと止まらない気がして、一言で済ませることにする。

「…色々よ」

「色々、って…」

「柘榴と希がいて、ただ毎日が騒がしかった。そんな感じよ」

 充実していると思えるからこそ、だいぶ昔のように感じて話す蘭。そっと視線を前に戻すが、その顔は自然と微笑んでいた。

「柘榴も希も、毎日五月蠅いんだもの」

 笑みが零れているのに気が付かない蘭は、ただ嬉しそうに蘇芳と鴇の訓練を見ていた。その顔を盗み見た浅葱は小さく呟く。

「…本当に変わったな、チビ」

「そう?」

 浅葱の言葉に思わず答えた蘭は、あまり興味が無さそうに言った。でも内心は、そう言われて悪い気はしない。

 蘭は今の自分の方が好きだ。昔の意地ばかり張っていた頃の自分より、今こうして一緒に戦える仲間、友達がいる時間が好きなのだ。

「昔は友達いなかったから、ね…」

 思わず漏れた本音に、浅葱が驚いた顔ですぐに言い返す。

「友達いたじゃん」

 浅葱が呟いた言葉に首を傾げる。蘭が不思議そうな顔で浅葱を見たので、浅葱の方が視線を外して蘇芳と鴇の方を見ながら言う。

「俺…とか。後、蘇芳や鴇とも話してたじゃねーか」

 覚えてないのかよ、と浅葱は呟いた。覚えていないわけではないが、まさか浅葱がそんな風に思っていてくれていると思わなくて、蘭は瞬きを繰り返す。

 訓練生の頃はずっと一人ぼっちだった。友達がいるなんて、思っていなかった。

「私達、友達…だったの?」

「あ、当たり前だろ。友達でもない奴と、顔を合わせるたびに話すかよ」

 何故か顔を少し赤くした浅葱が早口で言い切った。その言葉で、心がじんわり温かくなった気がする。

「そう、なの。私、浅葱と友達か。蘇芳や鴇とも、友達かしら?」

「じゃねーの」

 ぶっきらぼうに浅葱は言う。それでも嬉しくて、蘭は、そう、と言った。

「友達、ね」

 もう一度言葉にする。一人じゃなかったのだと、あの頃も今も、蘭は一人ぼっちではなかったのだと、ようやくだけど気が付けて嬉しい。

 蘭が嬉しそうな顔をするほど反比例で浅葱は顔を真っ赤にしていくのに、蘭は全く気が付かなかった。



 蘭が笑う度に、何故か浅葱の顔が赤くなってしまう。

 何故だ、と考えたところで浅葱の中で答えは出ない。蘭の笑っている顔など、合宿で再会した時から何度か見ているのに慣れない。

 数年前まではいつも不機嫌か表情を変えなかった少女で、もう少し幼かったはずなのに。今隣にいる蘭は少しだけ大人っぽくなり、雰囲気が明るくなった。

 その事実に、戸惑いと少しの緊張。

「蘭ちゃん、浅葱くん。そろそろ交代でも、いいかーい?」

 柊に呼ばれて、蘭はさっさと立ち上がる。中々立ち上がろうとしなかった浅葱を振り返った蘭は、見下ろして言う。

「浅葱、顔赤いわよ?」

「ち、ちげーよ!」

 慌てて顔を隠しても遅く、蘇芳や鴇、柊にまでばっちりその顔は見られてしまった様子。

「青春か、いいねー」

「あの、浅葱が顔を赤くしてるっ」

「鴇、笑いすぎ」

 にやにやしながら言う柊と鴇、それから笑いっぱなしの鴇を注意する蘇芳。蘭だけは、一人首を傾げて意味が分からない、と言う顔で浅葱に問う。

「行かないの?」

「行くし!」

 さっさと立ち上がって、蘭を追い越して三人の方へ向かう。

 蘭に対する気持ちが何なのか、今の浅葱には分からない。

 ただとりあえず、未だに笑っている鴇をぶん殴ろう、と浅葱は右手に力を込めるのだった。



 午後の訓練を終え、女子更衣室から女子寮へ戻る道で、蘭は洋子の部屋から出てきた希と鉢合わせた。希はかつてのセーラー服姿で、蘭を見て微笑む。

「蘭さん、今日の訓練は終わったのですか?」

「ええ、希は体調大丈夫なの?」

「はい、すっかりよくなりましたよ」

 そう言った希の表情は、健康そのもので問題はなさそうである。よかった、と肩の力を抜き、立ち止まったままの希に尋ねる。

「洋子に、用事でもあったの?」

「ええ、戦闘服のお礼を言いに来たら捕まってしまいまして」

 えへへ、と笑う希の顔は嫌そうではなく楽しそうな笑みを浮かべていた。

「そう。それじゃあ、これからどうするの?」

「寮の食堂に行きます。夕飯の時間ですから、蘭さんも一緒に行きませんか?」

「そう、ね」

 特に用事もないので、希と一緒に歩いて食堂に向かうことにした。笑みを浮かべていた希は、蘭の右横を歩きながら言う。

「蘭さんの新しい戦闘服、とても似あっていますね」

「そうかしら?まあ、少しは動きやすいけど」

 前回に比べれば、動きやすい。その点だけは洋子に感謝しよう。趣味を反映させるのは許せないが。

「はい。とっても似あっています。今回は三人とも衣装が違うので、キャッシーさんは苦労したそうですよ」

「へえ」

 そんな苦労している暇があるならもっと別のことに気を使え、と言いたくもなる。その言葉は飲み込んで、そういえば、と希に問う。

「希は柊さんにはもう会った?色んな諸連絡があったけど」

「はい、一応。明日から休暇だそうですね。蘭さんは何をして過ごすのですか?」

「普通にこの基地にいるわ。希こそ柘榴と一緒に柘榴の実家に行くんじゃないの?」

 休暇になると聞いて、柘榴が希も誘おうと言っていたのは聞いた。

 蘭はすでにこの本部にいると決定した身であるし、希が行くならそれはそれでいいと思っていた。蘭の質問に、希は少しだけ顔を曇らせて答える。

「…私もここにいますよ。確かに誘われましたが、お断りしました」

 希は作り笑いを浮かべ、蘭に笑いかけた。

「兄のことがありますから。兄の消息が分かるまでは遠慮しようと思います。柘榴さんのお家はすごく魅力的なのですが、どうしても兄のことを思い出してしまうと、その、辛くて」

 いつも笑っている希が、そんな風に考えているなんて知らなかった。聞かなければよかった、と後悔してもすでに遅い。

 希はすぐにいつものような笑顔に戻った。

「でも、久しぶりに一人でまったりもいいかな、って思っているのですよ。この際、読みたかった本を読んでもいいし、好きな時間にお茶も出来ますし」

「五月蝿い柘榴もいないしね」

「そんなことを言ったら、柘榴さんが泣きますよ?」

 冗談交じりの蘭の言葉に希は笑った。

「柘榴さんなら、きっと今頃食堂でお腹いっぱいご飯でも食べ始めているのかもしれませんね」

「そうね。柘榴がいると本当に五月蠅くて仕方がないわ」

「蘭さんったら」

 そう言いながら、二人で歩く。

 平和な一日が終わる。

 こんな日が続くことを、蘭は願わずにはいられなかった。

 



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