12 モノローグ蒼
全く、柘榴のせいで酷い目にあった。
自室に戻った蘭はシャワーを浴び終え、一人ベッドに座り込む。
「疲れたわ」
毎日トレーニングをして過ごしていた日々より、柘榴と希が来てからの日々の方が精神的に疲れている気がする。
濡れた髪を拭きながら、蘭は淹れたての紅茶を口に含む。
「…こんなに、一日は早かったかしら」
一日に長さなんて気にしたことがなかったのに、最近は進む時間の早さが速い。少し、いやだいぶ驚いている。
毎日誰かと一緒の食事も、誰かと勉強することも。
楽しい、のだと最近気が付いた。蘭の感じている感情が間違っていないのであれば、楽しくて、でも少しくすぐったいような気持ち。
全身をベッドの上に乗せ、寝る前のストレッチを開始する。
寝る前に紅茶を飲むことも、ストレッチをすることも蘭の日課。
変わらないこともある。
ラティランスと戦うこと。そのために身体を鍛えて、いざと言う時に戦えるようにしておくこと。
そして、変わったこと。
柘榴と希と過ごす時間。感情を上手く隠せなくなった、こと。
前は人と接することもなかったし、人とどう接することが正しいのかなんて考えたこともなかった。
楽しい、嬉しい、悲しい、なんて感情を考えたことはなかった。
少しずつ変わっている自分。
でもそれを嫌だとは思っていない。むしろ、今の蘭の方がどちらかと言えば、好き。恥ずかしくて、柘榴と希には絶対言わない。言えない。
「眠気が覚めちゃったじゃない」
考え事をしていたせいだ。
少しだけ月でも見ようかと、ベランダの方へ足を進める。
「あ、柘榴さん。今日は月が綺麗ですよ!」
「え、本当?すごーい、真ん丸じゃん」
ベランダの手前で聞こえた声に足が止まる。
出て行ってもいいのだろうか。今、蘭がベランダに出ることで、二人の邪魔にならないだろうか。
普段なら考えないことも考えてしまう。
柘榴と希に嫌われたくないから。だからこそ、二人の考えていることが気になって仕方がない。
出るか、出ないか。どうしようと、動けなくなってしまった。
ベランダに出た柘榴と希の楽しそうな声が蘭の部屋まで響く。
「月見ると、あれだね。お饅頭」
「…夕飯、しっかり食べましたよね」
少し呆れた希の声。
このまま盗み聞きはしちゃ駄目だ。そう思うのに、もしかしてこのまま動かなかったら、二人の本心を聞けるのでは、と考えてしまう。
二人が蘭のことを、嫌っていたらどうしよう。
表面上では仲良くしてくれても、本心は違っているかもしれない。
無意識にカーテンを握りしめていた。蘭が聞いていることなど知らずに、柘榴と希の会話は続く。
「だって、美味しそうじゃない。希ちゃんだったら、何を思い浮かべる?」
「そうですね…月と言えば、ウサギさんですか?」
「なんか、納得。じゃあ、蘭ちゃんなら何て言うかな?」
不意に呼ばれた名前に、身体が震えた。
「蘭さんなら…月を見上げながら読書とかしていそうですね」
「確かに。蘭ちゃん、本を読むの好きだもんね」
二人の笑い声に、身体から力が抜け、ズルズルと座り込む。
やっぱり、考えすぎだ。柘榴と希のことを、信じると決めていたのに疑ってしまう自分が本当に嫌いだ。本当はまだ怖い。少しだけ、嫌われるかもしれない恐怖がなくならない。
弱い自分は嫌いだ。
「てか、蘭ちゃんに直接聞いてみようか。らーんちゃーん!」
「もしかしたら寝ているかもしれませんよ!」
「大丈夫だって、規則正しい蘭ちゃんなら、この時間は起きているはずだからさ。らーんちゃーん!」
「らーんさん!起きてますか!」
柘榴と希の呼ぶ声。
こんなに呼ばれたら、答えないわけにはいかないではないか。
勢いよく立ち上がってカーテンを引く。その先に、ベランダの向こうにいつもと変わらない笑顔を浮かべた柘榴と希。
「全く、五月蠅いわよ」
いつも通りの声が出た。不満そうな蘭と視線があった柘榴と希が、にっこりと笑う。
「ほら、起きてた」
「ですね。蘭さん、一緒にお月見しましょう」
「どうせだし、どっちかの部屋でパジャパーティーでもする?どうせだし、蘭ちゃんこっちの部屋においでよ。ほら、ベランダを飛び越えて」
「普通にドアから呼びましょうよ」
呼ばれることは確定なのか、と言うべきか。言っても関係なしに、今度は部屋にやって来そうな柘榴と希。
本当に、本当に。
「貴方たちは、変人よね」
自然と出た言葉に、蘭の頬は緩む。柘榴と希には届かなかった。
何かを言った蘭の言葉を、希は勝手に解釈してしまう。
「ほら、蘭さんも言っているでしょう。ベランダ越えは駄目です。ドアから行きましょう」
「えー、ベランダの方が早いのに。今行くね、蘭ちゃん」
そう言った柘榴と希は部屋の中に戻って行く。
冗談ではなく、本気で来るつもりなのだろう。ベランダで待っていないで、ドアまで迎えに行くことにしよう。
「…本当に、変人」
ぼそりと呟き、ドアの方へ歩く。
やることなすこと普通ではないことが多いけど、それでもやっぱり柘榴と希のことは嫌いになれそうにない。これから先何が起ころうと、それはきっと変わらない。
「私も柘榴と希が大好きよ」
小さく口から漏れた言葉は部屋の中に響き、誰にも聞かれることもなかった。
そうして蘭は、柘榴と希を迎え入れる。笑顔で笑って騒ぐ二人を、蘭は仕方がない、と言いたげな顔で迎え入れることになるのだろう。




