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宝石少女奇譚  作者: 香山 結月
第2章
12/59

11 再会編02

 次に希が目を開けた時、そこは見慣れた本部の寮の天井。ふかふかのベッドの上だった。

「…あ」

 起き上がろうとすれば、頭がくらくらする。

 慎重に起き上がると、隣のベッドはすでに空で誰もいない。

「あら、目を覚ました?」

 聞こえた声はベッドの近くにある机の方。椅子に腰かけていた白衣の女性は椅子から立ち上がり、希に微笑みかける。

「…香代子かよこ、先生」

「うん。意識に問題はないかしら」

 医務室で治療をしてくれる、先生。香代子と言う名の女性は、希に近寄り一つ一つ確認する。

「脈拍、血圧。その他、全てにおいて異常はないわね」

 健康そのもの、と判断されて希は壁に掛かった時計に目を向ける。

「十二時、ですか」

「昼の十二時で、丸一日近く寝ていたのよ」

 そんなに寝ていたのか、と今更ながら感じた。ということは、昨日の戦いで意識を失ってから二十四時間以上寝ていたということだ。

 ちょっと信じられない。

 書類に何かを書き込んだ香代子が、さて、と呟きながら立ち上がる。

「私は医務室に戻るけど、希ちゃんはもう少し休んでいた方がいいわ。昨日は柘榴ちゃんを部屋から追い出してしまったから。私の方から目が覚めた、って伝えておくわね」

 そう言って、あっという間に部屋から出て行ってしまった。

 残された希はどうしようかと、ベッドに座ったまま考える。

「とりあえず、喉が渇きました」

 小さく呟き、希はゆっくりとベッドから足を下ろす。

 丸一日何も食べていない。水分も取っていない。空腹なわけではないが、水は飲みたい。

 小さいながらも備え付けられているキッチンに立ち、蛇口を捻った。冷たい水が、グラス一杯に溢れる。

「ふう」

 冷たい水を飲み、喉が潤うとグラスを置いて、机の方へ行く。

 机の上に、通信機と携帯電話。戦いの前にヘリコプターの中に置いておいた携帯電話は柘榴が持って来てくれたらしい。

 まずはベッドに腰掛けて、耳に通信機を付ける。

「この時間ですと、訓練室か食堂でしょうか?」

 部屋にいてもやることがない。暇なので、準備が出来たら柘榴と蘭のところへ行くことにしよう。

 次に携帯を操作する。まだ本部の数人しか登録していない携帯に連絡が入っていることは滅多にないが、いつもなら光っていないランプが点滅していた。

「あれ、メールが来ていたのですね」

 珍しい。柘榴だろうか、と内容を確認する。

【友樹】と宛先に表示されていた。一瞬、誰だか分からなくて、それでもすぐさま思い出せた。

 希が町でぶつかった少年、エントランスで作業をしていた少年、友樹。一瞬、また何かしてしまったのだろうか、と不安になりつつメールを開けばそれは杞憂で終わった。

【懐中時計を見つけました】

 たったそれだけの文章。それでも、希は嬉しさの携帯を落としそうになった。

「え、うそ…」

 友樹が見つけた懐中時計が希のものか、自分で確認するまでは分からない。

「でも、よかったですぅ…」 

 本当によかった。

 もう見つからないかもしれない、そう思っていた。

 すぐに連絡を取りたくて、希は電話帳から友樹の電話番号を探した。躊躇することなく希は、通話ボタンを押す。

 一回、二回、何度目かのコール音。

「…出ません」

 肩を落とし、携帯を耳から離す。忙しいのかもしれない。

 鳴ったらすぐに分かるようにして、希は携帯をポケットに入れる。通信機、携帯、部屋の鍵。

 必要なものを確認して、希は今度こそ部屋から出た。



「あ、希ちゃんだ!」

 訓練室を開けた途端、柘榴の元気な声。

「目を、覚ましたのね」

 それから安心したような蘭の声。窓側の席を二つ合わせて、向かい合っていた二人。柘榴は報告書の続きをしていて、蘭は片手に本を持っていた。

「はい。柘榴さんも大丈夫でしたか?」

「うん。希ちゃんの傍を離れたくないって言ったんだけどね。佳代ちゃん先生が、私を部屋から追い出したの」

「だって、柘榴五月蠅いじゃない」

「そんなことないのにー!」

 悔しそうに言う柘榴に、蘭が軽く笑った。空いている椅子を持って、希も二人の傍に寄る。

「それで、報告書を仕上げていたのですか?」

「あはは、結局昨日から終わっていません」

 笑顔の柘榴に蘭が頭を抱えていた。柘榴の報告書を覗き込めば、内容は昨日の戦闘についてだ。

 本を机に置いた蘭は、表情を変え、希に笑顔で笑いかける。

「希も書くのよ。昨日の報告書。希の場合は、一人で突っ走った反省文と一緒に」

「反省文、ですか?」

「丸一日寝るほど無茶な戦いをしたのだから、当たり前でしょ?因みに反省文は五枚ほど。期限は明日の午後まで」

 中々枚数がある。それでも、書かないといけないのだろうと思うとため息が漏れた。

「でもさ、蘭ちゃん。そろそろお昼だし…休憩」

「柘榴は終わらせてからよ。希はお昼食べたの?食べてないなら、先に食堂に行ったら?昨日から何も食べてないのでしょう」

「え、でも……『グゥ』……」

 柘榴が終わるまで待とうと思っていたが、タイミングよく鳴ったお腹。恥ずかしくなって、同時に部屋の中が無言になる。

「そう、させていただきます」

 顔を赤くしながら、立ち上がって椅子を元に戻す。柘榴と蘭の、特に柘榴の温かい視線が痛い。

「では」

 いつもしない礼をして、訓練室のドアから廊下に出た。


「うう、恥ずかしかった」

 本当に恥ずかしかった。タイミングの良すぎるお腹の音に羞恥の気持ちを抱えて、廊下の片隅で蹲る。

「いや、蹲っていても仕方がないのですが…うん…」

 誰かに見つかったらもっと恥ずかしいから、すぐに立ち上がる。このまま食堂でご飯を食べて、柘榴や蘭を待とうと歩き出す。

 ブー、ブー。

 ポケットから聞こえたのはバイブの音。

 すぐには鳴りやまない音に、急いでポケットから取り出すと、ディスプレイに【友樹】の文字。

 急いで通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

「もしもし!」

 勢いよく出れば、相手から声が聞こえない。

「もしも―『聞こえている』」

 素っ気なく、呆れたような声。それは間違いなく、友樹の声。

「あ、あの!懐中時計を見つけた、と」

『預かっているから。暇な時間にでも―』

「今からでもよろしいですか!」

 考える間もなく口から出た言葉に、友樹が無言になる。数秒、無言になった友樹の言葉を待つ。

『整備室に、取りに来るなら』

「行きます!」

 宣言した希は、そのまま電話を切って携帯を握りしめたまま走り出す。

 嬉しさを隠すことなく、お腹が減っていたことも忘れて、満面の笑みで目的地へ走り出した。



 時間は数分巻き戻り、食堂で昼食を取っていた友樹。

 昼ご飯を食べ、一応先輩に当たる陽太と、友樹の恩人とも言える上司の親方と、三人で食事をし終わって一息ついていた時のこと。

 携帯を開くと着信が一件。

 珍しい、と思いつつ名前を確認すると見慣れない名前。【希】とディスプレイに表示され、一瞬誰だったか考える。

「希ちゃんじゃん!」

「うるせえ、覗くな」

 隣に座っていた陽太が叫ぶので、思わずその頭を机に叩きつける。変な音が隣から聞こえたが、それを無視した。

 陽太が叫んだせいで思い出した。懐中時計を探していた、ラティフィスの少女だと。

 昨日懐中時計を見つけて、一応メールしたのは友樹の方だ。

 メールなんてするつもりがなかったのに、メールする羽目になったのは陽太のせいである。

 仕事が終わった後のこと。陽太にコーヒーのことをからかわれて、怒りの衝動で陽太の携帯を壊したから友樹が連絡するしかなかった。

 携帯が壊れてから、懐中時計を見つけた。陽太の携帯を壊す前に、メールをさせればよかったと後悔していた。

 ただ、メールをしても返信がすぐに来なかったので忘れていたが。

 恨めしそうに友樹を睨む陽太を無視して、迷いなくリダイヤルを押す。数回、コールが鳴ったのち相手の声が耳に響く。

『もしもし!』

 聞き慣れない声。予想外に声が大きくて、友樹は携帯を耳から離した。

『もしも―「聞こえている」』

 答えなければ何度も繰り返しそうな勢いに、呆れながら答える。希の方は間も置かずに要件を言う。

『あ、あの!懐中時計を見つけた、と』

 世間話などなく、用件を直接言ってくれた方が友樹の方も楽だ。電話越しでも分かるほど、嬉しそうな希の声が聞こえる。

「預かっているから。暇な時間にでも―」

『今からでもよろしいですか!』

 何とも急な話だな、と思ったが早めに返してしまいたいのは友樹も同じだった。返しに行くのは面倒なので、取りに来てもらえばいいや、と安易な答えに落ち着く。

「整備室に、取りに来るなら」

『行きます!』

 希はそれだけ言って勝手に電話を切ってしまった。

 切られてから、考える。友樹が今いる場所は食堂で整備室ではない。今から整備室に希が向かうとなると、ここにいる場合ではないのだな、と。

 隣に座っていた陽太にも、会話は聞こえていたようで誰よりも早く立ち上がった。

「ほら、友樹。希ちゃんが来る前に整備室に戻ろう!」

「…元気だな」

「だって、女の子とお近づき!」

 時々、陽太の明るさが眩しい。お茶を飲んでいた親方に目を向ければ、全てを悟ったような顔で頷く。

「友樹の知り合いが来るんだろう。珍しいからお茶菓子でも用意しなきゃな」

「親方、誤解です。後半要りませんから」

 友樹が何と言おうと、親方の笑みは消えそうにない。陽太はいつもなら絶対にしないことを、友樹の分の食器まで片付けてしまう。

 親方もいそいそと食器を片付け始めるので、友樹は一人ため息を吐いた。


 急ぐ気にならないのは友樹だけで、前を歩く陽太と親方が勝手に盛り上がる。

「いやあ、友樹に友人が出来た、とは。友樹も紹介してくれればいいものを」

「親方、友樹も恥ずかしい年頃なんですよ」

 後ろを歩きながら思う。親方は殴れないけど、陽太を今すぐ殴りたい。

 後ろから友樹の殺気を感じたのか、肩を震わせた陽太が振り返る。

「と、友樹!それで懐中時計はどこにあるんだ?」

「…持っている」

 ポケットに突っこんであった懐中時計を陽太に投げる。

「あ、ぶね!」

 宙に飛んだ懐中時計は、しっかり陽太の手に渡った。投げた拍子に、懐中時計の蓋が開く。

「…あゆむ、からのぞみへ?」

 立ち止まって陽太が何かを読んだので、友樹も親方も首を傾げる。

 懐中時計の中を覗き込んでいる親方のように、友樹も陽太の横から書かれた文字を確認した。

【to Nozomi for Ayumu】

 蓋の裏側に掘られた文字は、少し歪な文字だった。

「彼氏かな!?」

「知るかよ」

 ショックを受けたような顔になった陽太に、冷静に突っ込む友樹。そもそも少し話をしたくらいで、連絡先を交換しただけで、仲良しでも友人でもないだろう。

 陽太が一人で落ち込む理由が、全く理解出来ない友樹。

 ふと、親方が今まで疑問に思っていたことを口にする。

「それで、希。っていう子はどんな子なんだ?」

 親方にそう言われても、友樹は答えることが出来ない。

「希ちゃんっていうのはですね…」

 陽太が楽しそうに話し出すのを、友樹は黙って聞いていることにした。



 整備室、整備室。

 電話で聞いた場所を目指して、希は走る。最初の頃、柘榴と一緒に探検した時に見かけたことがあった場所。その時の記憶を頼りに、希は全速力で走っていた。

「あ、ありました!」

 ドアを一つ一つ確認しながら走っていたにも関わらず、通り過ぎようとしてしまったので、急いで急ブレーキを掛ける。

 あまりに必死に走り過ぎて息が切れる。

 深呼吸を数度繰り返してから、ドアをノックする。

「あれ?」

 返事がない。

 もう一度ノックしてみるが、やはり返事はない。

 部屋を間違えたのかと不安になる。もう一度電話してもいいものか、考えるより先に誰かが希の名前を呼んだ。

「あ、希ちゃん!」

 廊下の先から希を呼んだ、陽太。その隣に見知らぬ、男性。

 右頬に薄く切り傷が刻まれ、陽太よりも背が高い男性は、何度か廊下ですれ違ったとこがある気がする。話した記憶は、残念ながらない。

 それから、陽太と男性の後ろに、眉間に皺を寄せた友樹。

「陽太さん、友樹さん…」

「待たせちゃった?ごめんね、友樹の言葉が足りなくて」

 楽しそうに希に笑いかける陽太に向けて、友樹が物凄い顔で睨んでいる。

「この子が、【希ちゃん】か?」

 男性に見下ろされて、問いかけられた。まじまじと見つめ返せば、やはり本部で見かけたことがあると確信する。

 四十代前後に見える男性は、友樹や陽太よりも作業着が似合っていた。

「はじめまして、希です」

「俺は、はじめと言う名前があるんだが。こいつらの親みたいなものだから、気軽に親方って呼んでくれ」

 言いながら差し出された手に、希も差し出し握手を交わす。

「さて、挨拶も済んだし。お茶でも飲もう」

 希から一歩離れた親方が言いながらポケットから鍵を取り出し、整備室のドアを開けた。

 懐中時計を受け取って、すぐに帰ろうとしていたが、その前に陽太が希の背中を押す。

「ささ、希ちゃんもお茶しましょ」

「え、ええ!」

 驚いて声を上げてしまったので、咄嗟に口を閉じる。廊下に声が響くのは、恥ずかしい。陽太は叫んだ希を気にすることなく、少し強めに背中を押しながら言う。

「希ちゃん、急ぎの用事とかある?」

「急ぎ、ですか?」

 急ぎではないが、報告書と反省文は書かなきゃいけない。咄嗟に答えなかったのをいいことに、陽太は先手を打って言葉を続けた。

「ないなら、一緒にお茶しよう。お菓子あるし、友樹がコーヒー入れてくれるから」

「おい」

 後ろから聞こえた低い声。不本意、と言いたげな顔で友樹は陽太を見つめても、笑顔を絶やさない陽太には効いていない。

「いいじゃん、いいじゃん。一人ぐらい増えたって」

「そう言う問題じゃ―」

「ほら、お前ら早く部屋に入れ」

 友樹が言い返す前に、部屋の中から親方が呼ぶ。親方の声に、諦めたように友樹は先に部屋に入ってしまった。

 結局押しに弱い希には、陽太の誘いを断ることは出来なかった。



 整備室の中は、広く綺麗に整理されていた。

 簡易キッチンや冷蔵庫、食器棚まで完備されていて、中々快適に過ごせるようになっている間取りに、感心しながら部屋の中を進む。

 部屋の端に、四畳半の畳スペースがあり、テーブルの上に羊羹が用意してあった。

「希ちゃん、羊羹は食べられるかい?」

「はい、大丈夫です」

 箱ごと出してあった羊羹を、友樹が何も言わずにキッチンの方へ持って行く。

 陽太に座るように言われ、希は靴を脱いで畳に上がる。

 いいのかなあ、と思いつつもきっと一度座ってしまったら立つに立てない。

 丸い木のテーブル、その上に煎餅や市販のお菓子を陽太が用意しては並べてくれる。友樹は羊羹を切りつつ、お茶も用意してくれているようだ。

 違和感なく動いている友樹と陽太。二人が座る場所を配慮して、奥の方へ座れば自然と親方の横に座る形になった。

 何を話せばいいのか分からず、友樹と陽太の姿を目で追っていた希に、親方が声を掛ける。

「希ちゃんは、この基地に慣れたかい?」

「だいぶ、慣れたとは思います」

 親方の方を見ながら、少し考えて答える。

 まだまだ知らないことが多い日々だが、それでも初日より緊張せずに過ごせている。戦いでも、怖くて動けないと言うことはない。

 希の答えに、親方は嬉しそうに頷いてくれた。今度は希の方から尋ねる。

「整備部の皆さんは、普段何をなさっているのですか?」

「そうだな。機械の整備、てのが基本だが。分かりやすい例だと、希ちゃんが今耳に付けている通信機の開発とか。球体の整備とかかな」

 親方が説明している間に、お菓子を用意し終えた陽太が希の隣に座り、羊羹と人数分のお茶を用意した友樹も、希の目の前に座る。

 親方の説明に付け足すように、陽太が言う。

「ラティランスに関わる仕事じゃなくて、それ以外の補佐の機械は俺らの担当だと、思えばいいよ」

「なるほど。あ、お茶ありがとうございます」

 お茶が回って来たので、会話の途中で友樹にお礼を言う。友樹の方を見れば、微かだが頷いた様子。

 羊羹を食べながら、陽太の得意げな解説は続く。

「通信機、って簡単に言うけどね。小型化、電波環境とか制作には日々の並ならぬ努力が注ぎ込まれ――」

「あ、希ちゃん。これ、食べてみなさい」

「あ、はい。ありがとうございます」

「陽太の分のお菓子も食べていいから」

「って、聞いてよ!人の話を!特に友樹!!!」

 語り出そうとしていた陽太を無視して、親方と友樹にお菓子を勧められる。

 一人騒ぐ陽太に、友樹の冷ややかな視線と冷たい声。

「お前の話は聞き飽きた」

「いやいや、友樹に話したことないし!何度もした話じゃないし!」

 どんなに陽太が反論しようが、友樹は聞く耳持たずで羊羹を食べ始める始末。

 親方すらお茶を飲んで、陽太を止める気配はない。騒いでいる陽太を無視して、親方が苦笑いを浮かべていた希に話しかける。

「陽太の無駄な説明は聞かなくても、通信機とか何か不都合なことがあったら教えてくれよ。制作者として、使用者の意見は貴重だからな」

「分かりました。でも、特に問題はないですよ?」

 使用している時に、不便だと感じたことは本当にない。

「希ちゃん、本当にない?普段使用者の意見を聞けない立場としては、こういう時に話を聞いておきたいんだよ」

 突如会話に加わり、真面目な顔の陽太に言われてもやはり思い浮かばない。少し考えてみた希は、うーんと唸るだけだった。

 それを見た陽太は腕を組みながら言う。

「そうだな…ラジオが聞けるようにしたいとか、録音機能が欲しいとか」

「それはお前だろ」

 真面目かと思えば途中から冗談だったのか、友樹が陽太の頭を叩いた。

「ぼうりょく、反対…」

「条件反射だ」

「そんなんだから、お前は彼女が出来ないんだ!」

「関係ないだろうが」

 一気に機嫌が悪くなった友樹。何度も何度も陽太の頭を叩いて、その手が止まることはない。部屋の中に、いい音が響いていたので、叩かれた側は相当痛そうだ。

 このままでは陽太が何度も叩かれるので、別の話題。友樹が陽太を叩かないような他の話題を、と頭の中で咄嗟に思い浮かんだ言葉が口から出た。

「もしでしたら、蘭ちゃんでもお連れしましょうか?」

 蘭なら通信機のことについての意見もあるかもしれないし、皆で仲良くなれればと思い提案したつもりだった。

 希の提案に、友樹は叩く手を止めた。

「…」

 何か言いたげな視線を向けられ、眉を潜めて希を見る友樹。

 親方も、あーと口を濁したので、希は何かまずいことでも言ったのかと言う気持ちになる。

 そんな空気を破ったのは、陽気な陽太の声。

「ダメダメ、希ちゃん。友樹は女の子が苦手だから、こうして希ちゃんと話しているだけでもいっぱいいっぱいなんだよ」

「…もうそれでいいや」

 ボソッと呟かれた友樹の言葉は希には届かなかった。

 希から顔を背けられると、それ以上聞いてはいけないような雰囲気を醸し出される。

 慌てた様子の親方も、わたわたしながらフォローする。

「そうだ。だから希ちゃんはこいつと仲良くしてやってくれよ。女の子嫌いを治すために!」

 どうだ、と言う顔で親方が友樹を見るが、友樹はそれを無視して、小さくため息を漏らす。希は二人の言葉を疑いもせずに、信じた。

 そんな希に憐みの視線で見られている友樹は、それ以上何も言わずにお茶を啜る。

「私に出来ることなら、協力しますからね。友樹さん」

「…勝手にしてくれ」

 投げやりな友樹に、希の見えないところでよしとアイコンタクトを交わした陽太と親方。

 希にお菓子を差し出す陽太に、お礼を言いながらお茶を飲む。

 テーブルの上のお菓子は半分ほど減ってしまった。話しながら無意識にお菓子を口に運んでいたせいに違いない。

 それからもお茶会は続くのだった。


 暫く立つと、お菓子はなくなって、お茶も飲み終わってしまった。そろそろお邪魔した方がいいのかな、と周りを見渡す。

 そう思っていると、タイミングよく整備室の電話が鳴った。

 いち早く友樹が電話を取り、友樹以外は声を潜める。

「親方、エントランスの確認だそうです」

「終わったか。さて、仕事が来たし今日はここまでだな。ありがとな、希ちゃん。お茶会に付き合ってもらって」

「いえ、楽しかったです」

 普段話すことない人との交流は楽しい。知らなかったことも知れた。

 笑顔で返された返事に、親方も嬉しそうに笑う。

 時間、時間と時計を探す希の目の前に、懐かしい物体がゆらゆら揺れる。懐かしくて、凄く大切な希の宝物。

「あ」

「預かっていたもの」

 ぶっきらぼうな声の友樹。差し出された手の上に懐中時計が収まる。希の手の中に渡ったのを確認して、友樹はさっさと片づけを始める。

「…よかった」

 戻って来た感触に、重さに。心の底から嬉しさが増す。陽太も親方も、嬉しそうにその様子を眺めていた。

「途中までは一緒に行けるっしょ。希ちゃん、ちょっと待っていてよ」

「いえ、私は片づけのお手伝いをします」

 懐中時計を首に掛ける。その重さで、首に掛かる感触で、その存在を認識出来る。

「希ちゃん、もう少し休んでいても」

 親方にそう言われても、希の意志は変わらない。友樹が洗っているので、拭くことぐらい手伝いたい。立ち上がった希は、迷うことなく友樹の隣に立った。

「お手伝いします!」

「いや、別に…」

「あ、女の子が苦手なのですよね。大丈夫です、一人分は空けて手伝いますから」

 しっかり一人分の距離を置き、近くにあった布巾を持って友樹に笑いかけた。

 友樹は何とも言えない顔で、そのまま洗い物を続ける。

 そんな友樹と希の後ろで、陽太が恨めしそうな顔を浮かべていたことを、希は知らない。


 エントランスに向かう友樹たちと今更ながら食堂に向かう希は、途中まで一緒に歩く。親方と友樹が前を歩き、陽太の隣を希は歩く。

「どうして、友樹さんは女の子が苦手なのですか?」

 話題がないので、聞いてみた。

「え、あぁー…色々あるんだ」

 陽太の曖昧な返答に、希は首を傾げる。でもそれ以上聞いても答えてくれそうにない。

 陽太は少し考えて、小声で希に言う。

「出来たらさ。友樹のことは誰にも言わないでもらってもいい?ほら、女の子苦手なことを人様に広められるのを嫌がる奴だから、友樹の名前は他言無用ってことで」

「聞こえてんぞ」

 ガンっと言う音と共に、トンカチが陽太の頭目掛けて投げられた。見事なコントロールで、陽太が撃沈する。

 痛そう、今までの中で一番痛そう。

「それじゃあ、希ちゃん。いつでも整備室に遊びにおいで」

 親方に声を掛けられて、指し示された先は食堂。あっという間に分かれ道だ。

「あ、はい。今日はありがとうございました」

 思いっきり頭を下げてお礼を言った希。親方が別の道を歩き出すので、陽太を回収してから友樹は歩き出す。

「じゃ」

 素っ気ない一言を言い、陽太の首を掴んだ友樹はズルズルと引っ張った。

「はい、また」

「希ちゃ―――ん!」

 泣き叫びながら、陽太は廊下の奥へと連れて行かれた。楽しそうな人達だな、と希は見送るのだった。



 長々と話したわけではなかったのに、時間は結構経っていたようで食堂には人影がない。三時近ければ、それは当たり前のことかもしれない。

「キャサリンさーん」

 とりあえず、食堂にいるはずの人物の名前を呼んでみる。

「はいはーい。て、希ちゃんじゃない。さっきまで柘榴ちゃんと蘭ちゃんがご飯を食べていたのに、すれ違っちゃったのかしら?何か食べる?」

「少し、食べたいです」

 沢山のお菓子を食べたので、それほどお腹が減っているわけではない。

 いつものようにカウンターに座って、奥へ引っ込んだキャサリンが食事をすぐに持って来てくれた。いつもなら結紀が運んでくれるのだけれど、今日はキャサリン自らが持って来た。

 笑顔のキャサリンから、食事を受け取る。

「はい、お食べなさい」

「ありがとうございます。いただきます」

 手を合わせた希を見て満面の笑みを浮かべたキャサリンは、そのままカウンターから希の様子を伺う。いつも通りの希の様子に自然と口角が上がる。

「丸一日寝ていた子には見えないぐらい、元気ね」

「えへへ。キャサリンさん、お仕事増やして、ごめんなさい」

「いいのよ。大した仕事じゃないしね」

 それに、とキャサリンの言葉は続く。

「この組織の人間は、与えられた仕事をしておけば問題ないの。私だって今は休憩中だったしね。柊ちゃんを見てみなさい。柊ちゃんの場合、夜まとめて仕事をして、日中なんて殆ど仕事をしない人間なのよ」

 そう言われれば、柊が日中仕事をしているところを見たことがない。

 食べていた手の速度が遅くなった希。キャサリンの方も自分の分のお茶とお菓子を持ってきた。

 この本部の人は各自お菓子を持てっているのが普通なのか、疑問に思える。

「では、キャサリンさんのお仕事は、皆さんのお食事を作ることですか?」

「そうなの。朝、昼、晩の三食を作り片付けるのが、私の仕事。でも、空いた時間は自由にしていいのよ。こうやって、お茶を飲んで休憩するもよし、結紀のように休憩の度に買出しに行かされるもよし」

 結紀はそれでいないのか、と納得する。

 というよりも、それでは今の結紀の場合。今の時間は休憩時間とは言わないのではと思ったが、言わないことにする。

 苦笑いを浮かべている希を気にせず、キャサリンはお茶を口に運ぶ。

「つまりね。希ちゃん達も、戦闘以外は自由に過ごしていいのよ。柊ちゃんの命令で、勉強やら体力作りをしているようだけど。嫌なら嫌で、無理をしなくていいの。柊ちゃんには私から話をしてあげるわよ」

 そう言ったキャサリンは優しい笑みを浮かべ、希の頭を撫でてくれた。

 勉強や体力作りをしない日々は、楽な日々なのかもしれない。キャサリンの言葉通り無理はよくないかもしれない。

「でも、万が一に備えて鍛えておくは大切なことだと思うのです。いざと言う時に戦えないのは嫌ですし、勉強も必要なことだと思います」

 あまりにもはっきりと言った迷いのない希に、キャサリンは一瞬驚き、すぐに笑い声を上げた。

「そうよね、希ちゃんならそう言うわよね。柊ちゃんが、変なことで悩んでいたから、聞いてみただけなの。ごめんなさいね」

「いえいえ、ですが。柘榴さんにはそれを言っちゃ駄目ですよ。柘榴さんってば、高校一年生の問題も解けないのですから」

 勉強していて、柘榴の学力は測ることが出来た。柘榴は勉強するべきだ。

 柘榴の学力は高校一年生以下。高校受験で学力が止まってしまったのではないか、と最初の頃は疑ったほど。

「大丈夫よ。柘榴ちゃんには言わない。柘榴ちゃんの学力の低さにも柊ちゃんが嘆いていたから」

 それを聞いて喜んでいいのか、憐れむべきか考える。

 キャサリンは頭を抱えて、蘭ちゃんは、と言葉を続けた。

「蘭ちゃんは、だいぶ協調性が出てきたけど。それでも、まだまだよね」

「蘭さんは、少しずつ変わっていますよ。今度一緒に買い物に行こう、って話になりましたから」

「え…それで蘭ちゃんは?」

「しぶしぶですが、頷いてくれました。だから、今度の休日がすごく楽しみで」

 手を叩いて喜びを表す希に、キャサリンまで嬉しさが伝染する。

 柘榴と希、そして蘭は、柊の知らぬところでしっかりと絆で結ばれている。それはきっと、キャサリンには分からない。

 楽しそうに話し出す希の様子に、柊の心配は無用だとキャサリンは内心で微笑むのだった。



 遅い昼食を食べ終え、訓練室に戻るとすでに柘榴と蘭がいた。

 変わらない配置。一番窓際に蘭、真ん中に柘榴。空いた席は、希の席だ。

「あれ?希ちゃん、どこ行っていたの?」

「…少し」

 お茶会をしていた、なんて言ったら柘榴に羨ましがられる。蘭に言ったらサボったと怒られるかもしれない。しどろもどろな希の回答に、蘭は怪しむこともなく言う。

「どうせ、キャッシーにでも捕まったんでしょ」

「それなら仕方ないよね。さて、じゃあ私は探険に」

「貴方はさっさと勉強しなさいよ。ほら、ここ間違っているじゃない」

「ええー」

 立ち上がろうとした柘榴の腕を掴んだ蘭。逃げられなかった柘榴が、不満そうに頬を膨らませる。

 希は自分の席に座り、報告書と反省文を書く用紙を机の中から取り出す。取り出して、書き始めようとした希に柘榴が言う。

「でもさ、希ちゃんは変な人に捕まりやすいから気をつけてね」

「変な人、ですか?」

 誰のことを指しているのか、分からない。

「キャッシーとかは変な人よ」

 蘭がすぐさま上げた一例に、柘榴もうんうんと頷く。

「大丈夫ですよ。あ、でも今日は他の部署の人とお話ししたのですよ」

 楽しそうに話した希の台詞に、柘榴が希に聞こえないように小さな声で蘭に尋ねる。

「ねえ、蘭ちゃん。この基地はほぼ男性だよね?」

「そうよ」

「つまり、希ちゃんと話していた人も男性?」

「その可能性が高いわね」

「…ナンパじゃない?」

「ナンパ?」

 蘭に尋ねたのは間違いだったと気が付いた柘榴が、一人頭を抱えた。蘭は全くナンパの意味を理解していない顔で、首を傾げていた。

「頭が、痛い」

「具合が悪いなら医務室に行きますか?」

 柘榴の言葉を拾った希が問いかければ、柘榴は首を横に振った。

「大丈夫だよ」

「そうですか?」

「ねえ、ナン―」

「希ちゃん!この問題教えて!」

 蘭の声を遮った柘榴が叫ぶ。蘭は頬を膨らませて、むくれていた。希は柘榴と蘭の心情を全く知らず、二人の顔を眺めていた。


「そういえば、蘭さん。この本部ってどんな部署があるのですか?」

 希は柘榴に勉強を教えながら、一人で本を読んでいた蘭に問いかける。本から視線を外し、希を見た蘭は、そうね、と言葉を濁す。

「たくさん、かしら?」

「蘭さんが把握していないのは意外ですね」

「変な部署を作る人がいるから、変動するのよ」

 変な部署、を聞きたいような聞きたくないような気持ちになった希は苦笑いを浮かべて、そうですか、と答える。

「でも、どうして突然そんなことを聞くの?」

「あ、今日整備部の方と仲良くなってご存知かと」

「その部署自体は知っているわ」

「へえ、そんな部署もあるんだ」

 会話に入った柘榴の手が止まった途端、蘭が柘榴を睨んだ。すぐに柘榴は視線を机に戻す。それから、蘭は知る限りの情報を言う。

「確か整備部は通信機の開発とか、球体の整備が基本よね。今は二人だったかしら?」

「二人?」

 蘭の言葉を繰り返して、希の心に疑問が湧く。

 整備部は三人のはずなのに、蘭は二人と言う。どういうことなのだろうか、友樹のことを言わないで、と陽太が言ったことと関係しているのか、希は少し考える。

 そんな希の様子に気が付かない蘭は、何故かそわそわしながら言う。

「べ、別に希が誰と仲良くなろうが、私には関係ないけれど」

「蘭ちゃん、言葉と態度が全くかみ合っていない…て、気付いていないね?」

 ちいさな柘榴の呟きは蘭には届いていない。

 希はその様子に笑みが零れて、微笑みながら言う。

「私が仲良しなのは蘭さんと柘榴さんの二人ですからね」

「そうだね。私も!」

 便乗した柘榴の言葉に蘭の顔が赤くなった。

「わ、私は別に」

 否定しようとしている蘭を見て、柘榴が笑いながら歌い出す。

「ツンデレ、デレデレ蘭ちゃ――」

「…久しぶりに水遊びしたいようね。柘榴」

 みるみるうちに、柘榴の真上に水が溜まっていく。蘭は柘榴の歌で一気に冷静になったようで、顔の赤みが引いていた。

 何度か柘榴が水浸しにされるところは見てきたが、今回の水の量はいつもより多いような気がした希は、そっと机を離す。

 蘭の怒りを感じた柘榴は咄嗟に、立ち上がり弁解を計る。

「いや、蘭ちゃん。じょうだ―」

「いいのよ。柘榴、全然気にしてないわ」

 そう言いながらも、蘭の怒りマークが額に見えている気がしてならない。蘭の言葉が、本心ではないことを物語っている。

 口をパクパクさせた柘榴は、腹の底から叫ぶ。

「嘘だぁああ!」

 柘榴が叫ぶと同時に、水は勢いよく柘榴の真上に降り注いだ。

 柘榴の机の上に置いてあったテキストを巻き添えにして、柘榴はびしょ濡れになる。ギリギリテキストなどを避難させることが出来た希は、ホッと安心する。

「被害が柘榴さんだけなので、問題ありませんね」

「ちょ、希ちゃん」

 柘榴の声は聞かなかったことにした。蘭は満足そうに、嬉しそうに笑う。

「久しぶりだから加減を間違えたわ」

 水を絞り始めた柘榴は、あーあと肩を落としながらもあまり気にしていない様子。怒ってはいない。

「いいもん、いいもん。こんなことされても、私は蘭ちゃん大好きだもん」

「なっ!」

 大好き、と言う言葉に反応して蘭の顔がまた一瞬で赤くなった。柘榴ではないが、蘭のこんな反応は見ていて面白い。

「私も蘭さん大好きです。勿論、柘榴さんも」

 ここが希の居場所。守りたい、大切な友達のいる大切な場所。

 幸せそうに笑った希の笑顔が眩しくて、蘭は思わず顔を逸らした。

「大好き、大好き。皆大好き!」

 びしょ濡れのまま柘榴が希と蘭に抱き付こうとする。

「乾かしてくださいよ!」

「近寄らないで!」

 結局勉強どころではなくなって、柘榴が鬼の鬼ごっこが始まってしまうのだった。




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