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ガーダン城下町の、その闇は

12月更新しました。今月はそこそこ長めです



 ガーダン・城下町にて


 人と人がすれ違う。うまく避けている人間は地元の人間だとわかるが、旅行者や仕事や野暮用で着ている人間は、混雑する通りの人間を捌ききれず、誰かとたびたびぶつかる。

 そんな中、ガーダンの人間ではない男女が、地元の人間のように、道に溢れかえった人の間をねり歩いて居た。

 男は鶯色の髪に、萌黄色の神経質そうな目を持っていた。目つきの悪さを隠すように、繊細な細工が施されている蔓の眼鏡をかけていた。そんなところからにじみ出る気品は、鋭い切れ長でさらに研ぎ澄まされている。牧場大国のガーダンの人間は乳製品をよく食べるせいか、背が高く、骨格ががっしりとしていている。しかし、この男の背はそこそこあるが、屈強の身体を持っているわけではない。ことから、貴族階級の人間だとわかるものにはわかるだろう。

 その傍らに立つ女は、男より少しだけ小さく、女性にしては高めだった。つややかでたっぷりとした黒髪はこの大陸では珍しい。また目深くかぶったストールから、きっとミヤからの旅行客と思わせる。身体の線があまりわからない、ゆったりとした服装で軽やかに歩いていた。女はちらりと隣の男を見やると、すぐに目をそらし、気づかれないように小さく息を吐きだし、自身を見下ろして、今度は深く息をついた。

 そんな二人は特に会話することもなく、もくもくと城下町の市場を見て歩いていた。



 ガーダンの市場には新鮮な野菜が立ち並ぶ。グダリムからの輸入品は、バーデに行く前なので関税もあまりかからず、安い。食糧難にたびたび襲われるアービャンから見たら破格の値段といえるだろう。

 しかし、近年グダリムの野菜が高騰し始めていた。グダリムは鎖国的で、貿易の際、厳しい手続きを踏まなければ入れず、また出られないため、グダリムが今どんな状況にあるかは謎に包まれている。グダリムに何かあれば、世界は絶望的な食糧危機に陥るため、密偵を送り込み、国の備蓄対策に乗り出そうと何度も試みているが、密偵が帰ってきたことがある国がいるかは謎である。


 そんな安く、豊かな市場は活気にあふれ、人の声が絶えない。ガーダンで最も広いこの路でさえ人はあふれかえっている。二人の男女は足を止めることなく屋台や出店を周り、鋭く、素早く視線をやり、相場を頭の中にたたきこんでいく。

 ここの露店は主に市民向けであり、貴族など金持ち向けの店は城に最も近い通りにある。


「というか……城だな」

 女はぽつりと声をこぼした。女の声にしては低く、深みのある声だった。それに反応した傍らの男は、ちらりと女を見やると鼻であしらって言い放った。


「ガーダンの領主は税金を無駄に使うのが趣味らしいな。カルマ様とは大違いだ。将来それを受け継ぐイゼアという貧弱な男にはどうにもこうにも不安しか残らない。精々学び、ガーダンのような悪政を行わないことを願うばかりだな」

 まぁ、そんなことした時点で俺が殺しに行くけどな、と呟いたのを聞いて、女―――否、女装したイゼア・バーデは顔を引きつらせた。




 そもそもどうしてイゼアが女装しているのか、そして一を言えば十倍に返してくるこの傍らの男―チアギク・リョクと共にガーダンにいるのか。それは数日前にカルマに呼びだされたことが発端である。



 ノックもなしにドアを開けはなったチアギク・リョクは、人を見下したような視線を向け、また踵を返した。突然の事態に無言で動きを停止したイゼアに、彼を顔だけ向けてこういった。


「おい、ウスノロ。さっさとついてこい」

「……はぁ?」


 思わずそう言ってしまったイゼアに、彼は思いっきり睨みつけて、足をダンッと鳴らした。イゼアは何ともいえない表情で、読んでいた本にしおりを挟むと、無駄のないしぐさで立ち上がり、静かにチアギク・リョクの後についていった。


 ついた先は、父・カルマの書斎だった。今度は礼儀正しくノックをするチアギク・リョクに、まぁそうだろうなという視線を向ける。返事が聞こえると、静かに扉を開けた。

 書斎には領主たるカルマ、その側近のジャン、その妻たるマリアがいた。この面子を見て、あぁ仕事かと思いながらも、普通の仕事をするときには感じない、嫌な予感がぬぐえないイゼアであった。


「よく来たな。リョク、イゼアを呼んでくれてありがとう」

「いえ」

 リョクは静かに目を伏せ、粛々とうなずいて見せた。二人のやり取りから、リョクが貴族であることと、カルマに絶対的な忠誠を使っていることがわかる。つまり……イゼアを敵対視、否、役立たずとみなしている。

 イゼアは貴族の間では、龍巫はあっても、謎めいた性質を持つ上に、まともに扱えない次期当主という目で見られている。そこまでは自覚しているし、まあ実際そうなので何とも思わないイゼアである。

 しかし、そんな態度が癪に障るのが貴族たちである。東西南北の貴族たちはバーデと同じように800年間、その血を受け継ぎ、バーデを支えてきた。バーデに対する忠誠は並外れたものであり、隣国のガーダンの悪政やらなんやらで、無能や愚か者、バーデのためにならないものへの視線は鋭く険しい。

 リョクがどこの貴族かはわからないが、そういった一派であることは間違いないだろう。

 齢はイゼアと同じか、少し上くらい。17、18歳だろう。

 淡々と力を観察していたら、イゼアに声がかかった。


「イゼア、領主としてお前に命令する」

「はい、わかりました。……ガーダンに関すること、ということでよろしいですか?」


 イゼアの即答に、カルマは深く首肯する。最近南の貴族の出入りが激しかったから、きっとそういうことだろう。


「ガーダンはカンジャーリス協定に反している可能性がある」

「可能性…というか、ほぼ黒だけどな。この数値が見る限り」

 ジャンが差し出してきた資料を見ると、そこにはバーデが貿易の際に確認している骨董品を含む陶器の数と、アービャンからの労働者派遣数が記されていた。そしてガーダンで確認された数値が記されている。


「……確かに、ガーダンでの数値が異常に上回っていますが…どうやって確認したんですか?」

「先日、南の貴族と貿易担当の西の貴族がガーダンに関税の話をするためにあちらに言ってもらった。そのとき、ルーシャス…西のものだが、そいつは城にある骨董品に見覚えがなくてな」

 南は外交、西は貿易を担当しているので、この二つの貴族はよく仕事をともにするらしい。

「はぁ」

「ルーシャスは骨董品を集めるのが趣味なだけあって、一目見れば、どこの国のものか、どの年代のものか、誰の作品なのか、などわかる。貿易でどこから買って、どこに下ろしたかも把握しているくらいだ」

 いつか世界中の骨董品を集める気がするぜ…と小さく呟きながらカルマは話を続けた。

「ルーシャスはその骨董品がバーデで扱ったことがないと気づいたそうだ」


 その骨董品は大きいルビーのはめ込まれた盃だったそうだ。今から約460年前のアービャンの作品らしい。宝石を大胆に使うのは、アービャンの頭の腐ったやつらが多いからな、とカルマは報告書に目を通しながらイゼアに言った。


 そんな贅沢を好むガーダンはどうなるんだ。…頭腐ってんのか。


 作者や当時の風潮の説明もいるかと訊ねられたので首を振って訊ねた。報告書はきっとルーシャスのものなんだろうな、と思いながらカルマに訊ねる。


「では、ルーシャスが担当する前のものだという可能性は?」

「0だ。ルーシャスは骨董品を部門に任されるくらいだ。過去の資料から全て把握している。贋作鑑定も得意だ。」

 おかしいと感じたルーシャスは、無駄にだだっ広い城の中を回り、他にも見たことがない骨董品を数点発見した。城の中で確認されたものは全部で14点。どれも向こうの大陸のものだった。

 そしてもう一つ。アービャンから派遣される労働者の数が合わない。これは外交を担当したリュシオンが気づいた。外交をやっているだけあって、対人関係を気づくのはうまく、また相手のことは忘れない。

 人のつながりは害にも益にもなる。拗らせれば戦争になり、良き関係を結べば国は栄えるもの。リュシオンは人のつながりを持って国を守ることを信条にしている男だった。

 だから、たとえ派遣社員でも、異国の人間であっても、リュシオンはとことんつながりを増やしている。派遣社員と一対一で話し、異国の地での相談やアドバイスを施していた。

 彼ははガーダン、グダリムに送られている派遣社員はすべて覚えている。しかし、ガーダンの城では見覚えのない顔が36人確認された。


 アービャンは労働者派遣で国を保っている。若い労働者を国外へ派遣する代わりに、その家族を国が養うというシステムで成り立っているが、実際、国が養っているのではなく、労働者たちの給料がそのままその扶養家族に使われている。しかし給料の半分は貴族たちに奪われている。扶養家族、主に労働者の若い身内は強制的に貴族の囲い者にされることも珍しくはない。

 アービャンは砂漠地帯であり、普段は貴族が着飾るための宝石を採掘している。乾ききった大地で、わずかな水と共にひたすら労働するアービャンの労働者たちは粗食、劣悪な環境にも耐える。そのためアービャンの労働者たちは各国で歓迎されるのだ。

 バーデでも何人か雇い入れているが、世界で最も少ないといえるだろう。バーデは環境と人材がよいため、そこまで必要としていないが、派遣社員には正当な給料と、良い労働環境を提供しているため、派遣社員からとても人気である。そのため派遣社員がバーデで永住することを望み、家族を呼びよせるケースがたびたびある。しかし、アービャンの人間が難民のようにバーデに押し寄せられても困るため、バーデは派遣社員に対する規制をかけているのだ。


 話がずれたが、見覚えのない骨董品が14点、見覚えのない派遣労働者が36人。つまりガーダンが密輸を行っている可能性が限りなく高いことを意味する。

 贅沢好きで選民意識が高いアービャンの貴族が、宝石をふんだんに使ったことが特徴のアービャンの骨董品を手放すとは思えないこともそう感じる要因の一つである。


 この世界で貿易を行う権限を持ち合わせているのは、バーデとミヤだけであるとカンジャーリス協定――世界平和のための条約にそう記されている。

 さまざまな要因はあるが、ガーダンが密輸をしているならばこれは明らかな条約の反故である。そのためこの問題は公式の公正な場で問いたださなくてはならい。


 密輸を行っているならばガーダンだけのはずがない。その相手が必ずいるはずである。蜥蜴の尻尾切は許さない。


そのために……


「イゼア、リョク。お前たちに調査を命じる」

「「承りました」」





 このようなわけで、イゼアはガーダンに隠密で調査をするために女装をすることになった。男二人より、男女のほうが警戒されたり、不審がられにくいだろう。またイゼアはバーデの血筋と一目でわかる紺碧の瞳をしている。

 身分証を首からぶら下げているようなものなので、スカーフを目深くかぶっている。また身体の線が分かりにくい、ゆったりとしたこの服装はミヤの形式に似ている。足元まであるキャミソール型のワンピースに、少し大きめの衣をかぶっている。腰に大きめの帯を巻きつけ、ローブをかぶり、昔から伸ばしている母親譲りの黒髪を後ろに流せば異国の女の出来上がりである。

 胸には布が詰め込まれている。イゼアは走りやすいように、一番下のキャミソールのワンピースに太ももあたりまで切り込みを入れた。



 イゼアは15歳で身長は標準以上あるものの、がっしりとした体形ではない。しかし質の良い筋肉で包まれた身体は無駄な肉を許さない。そのため逞しくないイゼアは女装しやすかった。

 リョクも逞しいわけではないが、身長的に女性としては無理があったため却下になった。

 女性の衣服を手に取ったとき、イゼアは思った。

 前世、学際で女装をしたことはあったが、ここまで本格的な女装ではなかったな…と。

 


 そして鏡の前で自分の姿を見て思った。―――――違和感がなさすぎる。





リョクがこれからどんな動きをしていくのか。。。

上手く引っ張っていけたらいいなぁ…

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