新しい朝
題名を付けて、ラジオ体操か!と思わず突っ込んだ。
誤字脱字の指摘お願いします
*
まさかの抹茶。屋敷の人間には『無表情だけど、たまに見せる表情がかわいらしい』と評判のイゼアだが、抹茶と聞いた途端、その無表情は崩れ去った。
顔を驚愕に染めつつ、目が期待と不安を映し出す。
メイドを中心に、心の叫びが上がる。
『若君、ナイス…!』
『あんなに年相応の若様なんて久々にみた!』
『旦那様のプレッシャーやらにも負けずに頑張っている若様は、最近無表情に磨きがかかってきていたのに、あっさりとそれを崩すとは…!』
『『『マッチャ、恐るべし……!』』』
子供たちが持っていたお盆を机の上に置き、蓋を開けてみれば、シフォンケーキが乗っていた。
「あ…」
シフォンケーキといえば、お茶会でよく作っていた。
エイダが静かに歩み寄り、各々に紅茶を入れる。ソフナはナイフを取り出し、三つのケーキを均等に分けた。
切られた側面は、プレーンのシフォンケーキではありえない緑。断面から見える粒はアズキと甘ナットウである。
まるで金縛りにかかったように固まるイゼアの前に、シフォンケーキをのせた皿とフォークが差し出される。
みんなに行き届いたことを確認したミコトは、イゼアを挑むように、しかし、不安をにじませながら言った。
「…召し上がれ!」
その声にはっとしたイゼアは、油の切れたブリキのように、ぎこちない動きで、フォークをケーキに差し込んだ。
しっとりとした生地に、前世好んだ抹茶の香。ゆっくりとした動作でそれを口に運び、咀嚼をする。
無言の日と口に、部屋にいる人間がイゼアを注目した。
「……(ごくん)」
「………」
「……ミコト、これ、どうやって入手したの?」
いつもと変わらない声のトーンに、ミコトは失敗したのか、それとも期待に沿えなかったのかと、大きな不安に襲われながら、おどおどしながら、小声で告げる。
「兄さんが……ないなら、作ればいいじゃないかって」
「言ったね。マチナラの木から作ったの?」
「お父さんが、品種改良したマッチャの木を、提供してくれて」
そこで微かにイゼアの肩が揺れる。
二口目には甘納豆が。四口目には小豆が入っていた。この世界にこれはもともとあったのかと、脳内比率で一パーセント以下の所で考えながら、残りの思考を目の前の抹茶シフォンケーキに向ける。
全部食べてから、紅茶を飲んでふぅと息を吐き、真っ直ぐミコトを見つめていった。
「ごちそうさま。とってもおいしかったよ」
「「「……!」」」
ミコトだけに見せる柔らかな笑みを見た人間は、咄嗟に鼻を、あるいは口を抑えた。鼻血と雄叫び防止のために。
見慣れたミコトやナギでさえも、その笑みには見惚れるものがあり、頬を微かに染めた。
両親もはっと目を見開いた。
そこから、緊張で張りつめていた空気は緩み、各々初めて食べるマッチャのコラボレーションしたシフォンケーキを堪能した。
穏やかで楽しげな雰囲気は、ケーキが間食されたころにはまるで酒が入ったように陽気で、そしてかなりうるさい状態になっていた。
それを苦笑しながらイゼアは、もう一つお代わりをもらって、嬉しそうに頬ばっていた。
そこにそろりと近づいたミコトが問いかける。
「…兄さんの、知ってるマッチャだった?」
「ん?……似てるよ?」
「おんなじじゃないの?」
「いや、流石におんなじではないと思うけど」
機械で作ってるのと、手作りでは差ができるのは当然だ。
「…決定的な違いはないの?」
「ミコト、これでも十分美味しいよ?」
宥めるように言うイゼアに、ミコトが眉をひそめて抗議をする。
「次につなげようと思うことは悪いこと!?どこが悪いか言ってよ!」
「…物事がすべて同じ方向に行けるとは限らない。この抹茶自体が悪いところなんてないよ。ただ……そうだね。改良点があるとすれば、俺が知っているのと比較したら、全体的に薄いかな」
この抹茶は香りも味も、色も、前世のものに比べると薄い。
「薄い……」
「ただ、これが限界なのなら、あれこれ無理してやらなくても、」
「限界を決めるつもりはないから」
まるでミコトがこれ以上何もしないようにと、優しく引き止めるイゼアに、ミコトは顔を真っ赤にして言いかえした。
「僕だって、兄さんみたいに頑張りたい!頑張れる!やりたいことを、ナギみたいに、見つけたい!」
「……そっか、また食べたいな。抹茶シフォンケーキ」
「…次はもっと美味しいもの、作るから」
楽しみにしてる。
そう頭をなでられて、ミコトは体を巡る血液が沸騰したような感覚を覚えた。
胸が痛いくらいドキドキしているのに、喉が詰まっているような気がするのに、全く不快じゃなくて。
震える頬に手を当てると、熱かった。口角が上がっていることがわかる。この沸き起こる感情はきっと、喜びだ。
これをどうにかしないと、みっともない何かをしてしまいそうで、どうしようどうしようと、回らない頭を必死に動かしていると、身体を抱き寄せられた。
顔は上げなくても、兄だとわかる。
兄に認められたような気がした。
兄が自分を期待してくれた。
前みたいに、微笑んでくれた。抱きしめてくれている。
目が、熱い。あつい。アツイ。
*
抱きしめながら、自覚をする。
子供の成長は早い。この短期間で実感するほど、明確に、しなやかに、成長している。
これじゃあ勝ち目がない。
何の?
だって、こんなにすくすくと成長して、輝いていたら、目が離せない。父さんがミコトを可愛がってしまうことにもうなずける。
あぁ、悔しい。
「悔しいなぁ……」
「何が?」
閉じていた目蓋を開けば、目の前にはレイスが居た。
部下たちはメイドたちに叩き出されて、仕事するように放り出される。
部屋にはいつものメンバーで、こちらをじっと見つめている両親がいる。
ナギは満腹になって、クッションに埋もれるように眠り、エイダはそんなナギに毛布をかけていた。
「ミコト、レイス。…それからナギは眠っちゃっているから、あとでね。ごちそうさま!美味しかったわよ!」
「俺たちは仕事に戻る。…ドニ、親バカも大概にしろよ」
夫婦は連れ添って部屋を出る。ジャンの低い声に、苦い表情を浮かべながら、ドニはレイスの頭を撫で、礼を言って早々と出ていった。
腹にしがみついているミコトを見やれば、目じりを赤くしながら、くぅくぅと寝息を立てて寝ていた。
「…弟に嫉妬するなんて、かっこわりぃ」
「なんであんたがこいつに嫉妬するのよ」
「……父さんに、可愛がられてる、から?」
多分この会話は両親にも届いているだろう。エイダは空気を読んで、ナギを抱き上げ別室に移動した。
「……」
「すごく、悔しい。んで、自分がかっこ悪い。四つも下の弟に、両親とられた、なんて、バカみてぇじゃん」
今思えば、ありきたりな兄弟図だ。
まあちょっと違うのは精神年齢が、身体年齢とつりあっていない兄がいる。精神年齢十八歳が、五つの弟に、嫉妬するとか、見苦しいにもほどがある。
馬鹿か、俺は。
「馬鹿ね!」
「知ってる」
「そっちの馬鹿じゃないわよ!……自分の両親を大好きなら、誰でも思う気持ちでしょう!」
それくらい気づなさいよ!それに、九歳なんてまだまだ子供でしょ!これからはもっと次期当主として扱われるようになるんだから、甘えれるうちに甘えとけばいいでしょ!ほんっとーに兄弟そっくりね!うっとおしいわ!
ひらりと一つに束ねられた髪を翻し、そう吐き捨てると、淑女らしくなく足音を立て、扉を荒々しく開閉して出ていった。
「……」
現在部屋にいるのは、父さん、母さん、俺、ミコト。
気まずい。
そしてレイスがかっこよすぎる。空気の読まなさはナンバーワンだけど、本質をつくのは一流だ。
バーデの女が気が強くていけない、なんて男衆は口をそろえてよく言うが、結局男は、女がいなきゃ、駄目なんだなぁ…。
守りたいと思う心も、見栄を張りたいと思う心も、女がいなきゃ、始まらないようだ。しかしどうにもバーデの男は、見栄を張る前に、気弱な姿を女の前に晒がちだ。
全く、情けなくて笑えてくる。
両親が大好きだから、湧き上がる感情、か。
洋服にしがみついているミコトの指をやさしく外し、椅子から飛び降りて、両親の前に行く。
カルマは無表情、ユキハは唇をかみしめて、どちらもイゼアを真っ直ぐ見つめていた。
「俺さ、父さんのこと、結構怖かったんだ。愛妻家だけど、子供に容赦ないし。将来のことを思うなら、いまからあれこれ教え込んでくれていることに、すごく感謝するけれど、トラウマも植えつけられた感じがする」
まっすぐそれを見返しながら、思うままに口を動かす。
すこし考え込んで、話すことを止めてしまったら、多分自分はここから逃走してしまう。
だから考えず、思うままに。
「きっと、ミコトに比べたら目を離しても大丈夫だと思ったのかもしれない。確かに、ある程度なら大丈夫だけど、そうじゃなくて!……もっと家族らしいことをしたい!男が甘えるな、て言うかもしれない。でも、甘えたいんだ!甘えることが、家族らしいかなんてわからないけど……!」
考えず、思うままに話していると、焦りが口を先走り、最後には何て言ったらいいか分からなくなってしまって、口をつぐむ。
前世のように、無条件で甘やかしてもらえる時代じゃないかもしれない。安全が確保された世界でもない。人生は不条理で、残酷に満ちていることを、自分はよく知っている。
だから、だから。
「後悔したくないんだ…!」
目が異様に熱くて、視界がぼやけて、涙が頬を伝う。喉の奥が絡みつき、声が裏返りひきつる。
今、汚い顔をしているんだろうと顔を伏せると、父さんの声が降ってきた。
「俺は、全く成長しない父親みたいだな」
前にもこんなことでミコトを泣かせたよ、と呟くと、カルマはイゼアの両脇に手を差し込んでひょいと持ち上げる。
びっくりして涙まみれの顔を上げる。鼻水が少し垂れ、ズズっと啜る。
「五歳のミコトがああなのだから、九歳のお前は、生まれてからいままで四年分不満があったんだろう。俺の至らない点とか、たくさんあったんだろう」
さきほどのイゼアとミコトのように、カルマがイゼアを胸に抱き寄せる。
「お前は、次期当主になる。それは変わらないし、それにふさわしい教育もする。だけど、息子としては、色々忘れてたな。ミコトが生まれてから、別々に接していたら、態度も別々にしちまったよ」
わずかに力のこもる腕は、とても久々で。成長しても成長しても、父さんのようにはなれない気がする。前世だってこんなにたくましくなかったし。
そしてユキハがイゼアの頭をなでた。
「…イゼア、私には何かないの?」
なんでも言って、と優しい声で言うユキハに、イゼアは顔を上げて、歯を見せて笑った。
「母さんも……ミコトをたくさん気にかけていたけど、別にそれは何とも思ってない。ミコトが何かに傷ついたとき、きっと俺と比較した。俺じゃミコトと向き合えないところを、母さんはちゃんと向き合ってくれたよ」
するとユキハは拗ねたような、しかし嬉しそうに笑った。
「まぁ!お母さんより、お父さんのほうが気にかかるの?いいけどね、男の子だもんね」
「……俺だって、ミコトに向き合ったぞ」
「父さんは、…遅すぎ。それから過保護過ぎ」
むすっとしたように反論したカルマに、イゼアはぼそりと呟いた。カルマは口をへの字にして、腕に力を入れた。
「うぐっ…く、苦しい」
「ほらイゼア、抜け出してみろ」
「ちょ、怒ってるの?!……生意気だって?」
「……んなわけあるか。……俺はまだ父親九年目なんだよ。これから直すから、黙るな。伝えろ。伝えなきゃ、始まらないし、変えれないだろ」
それから、悪かった。
そう小さく呟かれた言葉に、うん、とうなずき返す。声がくぐもっているのは、泣いたからじゃなくて、息が苦しいからだ。
ふっと体に絡みついた腕が緩まり、すかさず頭を乱暴に撫でられ、抱きしめられる。
ユキハもぎゅっと抱きしめた。
両親の香を久々に感じたイゼアは、弟と同じように、目じりを赤く染め、心地よい眠りに落ちていった。
*
翌朝、目が覚め食堂に向かうと、両親が席について居た。
そして叔母夫婦と、ミコトとナギもやってきた。
イゼアはいつものきれいな笑みではなく、元気いっぱいの、溌剌とした年相応の笑顔で言った。
「おはよう!」
新しい朝が始まった。
これにて第二章閉幕!
つぎは第三章です!