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新しい朝

題名を付けて、ラジオ体操か!と思わず突っ込んだ。

誤字脱字の指摘お願いします



 まさかの抹茶。屋敷の人間には『無表情だけど、たまに見せる表情がかわいらしい』と評判のイゼアだが、抹茶と聞いた途端、その無表情は崩れ去った。

 顔を驚愕に染めつつ、目が期待と不安を映し出す。


 メイドを中心に、心の叫びが上がる。



『若君、ナイス…!』

『あんなに年相応の若様なんて久々にみた!』

『旦那様のプレッシャーやらにも負けずに頑張っている若様は、最近無表情に磨きがかかってきていたのに、あっさりとそれを崩すとは…!』


『『『マッチャ、恐るべし……!』』』





 子供たちが持っていたお盆を机の上に置き、蓋を開けてみれば、シフォンケーキが乗っていた。


「あ…」

 シフォンケーキといえば、お茶会でよく作っていた。

 エイダが静かに歩み寄り、各々に紅茶を入れる。ソフナはナイフを取り出し、三つのケーキを均等に分けた。


 切られた側面は、プレーンのシフォンケーキではありえない緑。断面から見える粒はアズキと甘ナットウである。

 まるで金縛りにかかったように固まるイゼアの前に、シフォンケーキをのせた皿とフォークが差し出される。


 みんなに行き届いたことを確認したミコトは、イゼアを挑むように、しかし、不安をにじませながら言った。

「…召し上がれ!」


 その声にはっとしたイゼアは、油の切れたブリキのように、ぎこちない動きで、フォークをケーキに差し込んだ。

 しっとりとした生地に、前世好んだ抹茶の香。ゆっくりとした動作でそれを口に運び、咀嚼をする。

 無言の日と口に、部屋にいる人間がイゼアを注目した。



「……(ごくん)」

「………」

「……ミコト、これ、どうやって入手したの?」


 いつもと変わらない声のトーンに、ミコトは失敗したのか、それとも期待に沿えなかったのかと、大きな不安に襲われながら、おどおどしながら、小声で告げる。


「兄さんが……ないなら、作ればいいじゃないかって」

「言ったね。マチナラの木から作ったの?」

「お父さんが、品種改良したマッチャの木を、提供してくれて」


 そこで微かにイゼアの肩が揺れる。

 二口目には甘納豆が。四口目には小豆が入っていた。この世界にこれはもともとあったのかと、脳内比率で一パーセント以下の所で考えながら、残りの思考を目の前の抹茶シフォンケーキに向ける。


 全部食べてから、紅茶を飲んでふぅと息を吐き、真っ直ぐミコトを見つめていった。

「ごちそうさま。とってもおいしかったよ」


「「「……!」」」



 ミコトだけに見せる柔らかな笑みを見た人間は、咄嗟に鼻を、あるいは口を抑えた。鼻血と雄叫び防止のために。


 見慣れたミコトやナギでさえも、その笑みには見惚れるものがあり、頬を微かに染めた。

 両親もはっと目を見開いた。

 そこから、緊張で張りつめていた空気は緩み、各々初めて食べるマッチャのコラボレーションしたシフォンケーキを堪能した。


 穏やかで楽しげな雰囲気は、ケーキが間食されたころにはまるで酒が入ったように陽気で、そしてかなりうるさい状態になっていた。

 それを苦笑しながらイゼアは、もう一つお代わりをもらって、嬉しそうに頬ばっていた。


 そこにそろりと近づいたミコトが問いかける。

「…兄さんの、知ってるマッチャだった?」

「ん?……似てるよ?」

「おんなじじゃないの?」

「いや、流石におんなじではないと思うけど」

 機械で作ってるのと、手作りでは差ができるのは当然だ。

「…決定的な違いはないの?」

「ミコト、これでも十分美味しいよ?」

 宥めるように言うイゼアに、ミコトが眉をひそめて抗議をする。


「次につなげようと思うことは悪いこと!?どこが悪いか言ってよ!」

「…物事がすべて同じ方向に行けるとは限らない。この抹茶自体が悪いところなんてないよ。ただ……そうだね。改良点があるとすれば、俺が知っているのと比較したら、全体的に薄いかな」

 この抹茶は香りも味も、色も、前世のものに比べると薄い。


「薄い……」

「ただ、これが限界なのなら、あれこれ無理してやらなくても、」

「限界を決めるつもりはないから」

 まるでミコトがこれ以上何もしないようにと、優しく引き止めるイゼアに、ミコトは顔を真っ赤にして言いかえした。


「僕だって、兄さんみたいに頑張りたい!頑張れる!やりたいことを、ナギみたいに、見つけたい!」

「……そっか、また食べたいな。抹茶シフォンケーキ」

「…次はもっと美味しいもの、作るから」


 楽しみにしてる。



 そう頭をなでられて、ミコトは体を巡る血液が沸騰したような感覚を覚えた。

 胸が痛いくらいドキドキしているのに、喉が詰まっているような気がするのに、全く不快じゃなくて。

 震える頬に手を当てると、熱かった。口角が上がっていることがわかる。この沸き起こる感情はきっと、喜びだ。

 これをどうにかしないと、みっともない何かをしてしまいそうで、どうしようどうしようと、回らない頭を必死に動かしていると、身体を抱き寄せられた。


 顔は上げなくても、兄だとわかる。


 兄に認められたような気がした。

 兄が自分を期待してくれた。

 前みたいに、微笑んでくれた。抱きしめてくれている。




 目が、熱い。あつい。アツイ。














 抱きしめながら、自覚をする。

 子供の成長は早い。この短期間で実感するほど、明確に、しなやかに、成長している。


 これじゃあ勝ち目がない。

 何の?

 だって、こんなにすくすくと成長して、輝いていたら、目が離せない。父さんがミコトを可愛がってしまうことにもうなずける。


 あぁ、悔しい。

「悔しいなぁ……」

「何が?」



 閉じていた目蓋を開けば、目の前にはレイスが居た。

 部下たちはメイドたちに叩き出されて、仕事するように放り出される。


 部屋にはいつものメンバーで、こちらをじっと見つめている両親がいる。

 ナギは満腹になって、クッションに埋もれるように眠り、エイダはそんなナギに毛布をかけていた。


「ミコト、レイス。…それからナギは眠っちゃっているから、あとでね。ごちそうさま!美味しかったわよ!」

「俺たちは仕事に戻る。…ドニ、親バカも大概にしろよ」

 夫婦は連れ添って部屋を出る。ジャンの低い声に、苦い表情を浮かべながら、ドニはレイスの頭を撫で、礼を言って早々と出ていった。


 腹にしがみついているミコトを見やれば、目じりを赤くしながら、くぅくぅと寝息を立てて寝ていた。



「…弟に嫉妬するなんて、かっこわりぃ」

「なんであんたがこいつに嫉妬するのよ」

「……父さんに、可愛がられてる、から?」


 多分この会話は両親にも届いているだろう。エイダは空気を読んで、ナギを抱き上げ別室に移動した。


「……」

「すごく、悔しい。んで、自分がかっこ悪い。四つも下の弟に、両親とられた、なんて、バカみてぇじゃん」


 今思えば、ありきたりな兄弟図だ。

 まあちょっと違うのは精神年齢が、身体年齢とつりあっていない兄がいる。精神年齢十八歳が、五つの弟に、嫉妬するとか、見苦しいにもほどがある。

 馬鹿か、俺は。

「馬鹿ね!」

「知ってる」

「そっちの馬鹿じゃないわよ!……自分の両親を大好きなら、誰でも思う気持ちでしょう!」

 それくらい気づなさいよ!それに、九歳なんてまだまだ子供でしょ!これからはもっと次期当主として扱われるようになるんだから、甘えれるうちに甘えとけばいいでしょ!ほんっとーに兄弟そっくりね!うっとおしいわ!


 ひらりと一つに束ねられた髪を翻し、そう吐き捨てると、淑女らしくなく足音を立て、扉を荒々しく開閉して出ていった。


「……」

 現在部屋にいるのは、父さん、母さん、俺、ミコト。

 気まずい。


 そしてレイスがかっこよすぎる。空気の読まなさはナンバーワンだけど、本質をつくのは一流だ。

 バーデの女が気が強くていけない、なんて男衆は口をそろえてよく言うが、結局男は、女がいなきゃ、駄目なんだなぁ…。

 守りたいと思う心も、見栄を張りたいと思う心も、女がいなきゃ、始まらないようだ。しかしどうにもバーデの男は、見栄を張る前に、気弱な姿を女の前に晒がちだ。


 全く、情けなくて笑えてくる。



 両親が大好きだから、湧き上がる感情、か。 

 





 洋服にしがみついているミコトの指をやさしく外し、椅子から飛び降りて、両親の前に行く。

 カルマは無表情、ユキハは唇をかみしめて、どちらもイゼアを真っ直ぐ見つめていた。



「俺さ、父さんのこと、結構怖かったんだ。愛妻家だけど、子供に容赦ないし。将来のことを思うなら、いまからあれこれ教え込んでくれていることに、すごく感謝するけれど、トラウマも植えつけられた感じがする」

 まっすぐそれを見返しながら、思うままに口を動かす。

 すこし考え込んで、話すことを止めてしまったら、多分自分はここから逃走してしまう。

 だから考えず、思うままに。


「きっと、ミコトに比べたら目を離しても大丈夫だと思ったのかもしれない。確かに、ある程度なら大丈夫だけど、そうじゃなくて!……もっと家族らしいことをしたい!男が甘えるな、て言うかもしれない。でも、甘えたいんだ!甘えることが、家族らしいかなんてわからないけど……!」


 考えず、思うままに話していると、焦りが口を先走り、最後には何て言ったらいいか分からなくなってしまって、口をつぐむ。

 前世のように、無条件で甘やかしてもらえる時代じゃないかもしれない。安全が確保された世界でもない。人生は不条理で、残酷に満ちていることを、自分はよく知っている。

 だから、だから。


「後悔したくないんだ…!」


 目が異様に熱くて、視界がぼやけて、涙が頬を伝う。喉の奥が絡みつき、声が裏返りひきつる。

 今、汚い顔をしているんだろうと顔を伏せると、父さんの声が降ってきた。




「俺は、全く成長しない父親みたいだな」

 前にもこんなことでミコトを泣かせたよ、と呟くと、カルマはイゼアの両脇に手を差し込んでひょいと持ち上げる。

 びっくりして涙まみれの顔を上げる。鼻水が少し垂れ、ズズっと啜る。



「五歳のミコトがああなのだから、九歳のお前は、生まれてからいままで四年分不満があったんだろう。俺の至らない点とか、たくさんあったんだろう」

 さきほどのイゼアとミコトのように、カルマがイゼアを胸に抱き寄せる。


「お前は、次期当主になる。それは変わらないし、それにふさわしい教育もする。だけど、息子としては、色々忘れてたな。ミコトが生まれてから、別々に接していたら、態度も別々にしちまったよ」

 わずかに力のこもる腕は、とても久々で。成長しても成長しても、父さんのようにはなれない気がする。前世だってこんなにたくましくなかったし。

 そしてユキハがイゼアの頭をなでた。

「…イゼア、私には何かないの?」

 なんでも言って、と優しい声で言うユキハに、イゼアは顔を上げて、歯を見せて笑った。


「母さんも……ミコトをたくさん気にかけていたけど、別にそれは何とも思ってない。ミコトが何かに傷ついたとき、きっと俺と比較した。俺じゃミコトと向き合えないところを、母さんはちゃんと向き合ってくれたよ」


 するとユキハは拗ねたような、しかし嬉しそうに笑った。

「まぁ!お母さんより、お父さんのほうが気にかかるの?いいけどね、男の子だもんね」

「……俺だって、ミコトに向き合ったぞ」

「父さんは、…遅すぎ。それから過保護過ぎ」

 むすっとしたように反論したカルマに、イゼアはぼそりと呟いた。カルマは口をへの字にして、腕に力を入れた。


「うぐっ…く、苦しい」

「ほらイゼア、抜け出してみろ」

「ちょ、怒ってるの?!……生意気だって?」

「……んなわけあるか。……俺はまだ父親九年目なんだよ。これから直すから、黙るな。伝えろ。伝えなきゃ、始まらないし、変えれないだろ」


 それから、悪かった。



 そう小さく呟かれた言葉に、うん、とうなずき返す。声がくぐもっているのは、泣いたからじゃなくて、息が苦しいからだ。




 ふっと体に絡みついた腕が緩まり、すかさず頭を乱暴に撫でられ、抱きしめられる。

 ユキハもぎゅっと抱きしめた。

 両親の香を久々に感じたイゼアは、弟と同じように、目じりを赤く染め、心地よい眠りに落ちていった。








 翌朝、目が覚め食堂に向かうと、両親が席について居た。

 そして叔母夫婦と、ミコトとナギもやってきた。

 イゼアはいつものきれいな笑みではなく、元気いっぱいの、溌剌とした年相応の笑顔で言った。



「おはよう!」




 新しい朝が始まった。



これにて第二章閉幕!

つぎは第三章です!

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