マッチャ作戦会議
*
「とりあえず……マッチャ作りの方針は漢方と一緒で」
みんなに改めて漢方の作り方を簡単に説明しながら、綿密に準備を進めていく。
「庭のマチナラの木を使うと、庭師が怒りそうなので……マチナラの木を買いましょうか」
「そういえば、旦那様がマッチャ作り用に場所を与えるとおっしゃってましたわ。そこにしましょう」
場所はヒアリークのすぐそばで、石臼を借りたりするのに便利なところだった。
さっそくマチナラの木を……と思ったが、マチナラの葉は虫除けになるので、葉だけを買い、さっそく乾燥を始めた。
「……おっそい!龍巫で乾燥させちゃおうよ!」
「…そんなことできるの?」
ミコトはまだ龍巫を操ったことはないので、よくわからない。
「私たち、そうゆう作業は……」
メイドたちは困った顔で言う。メイドはカルマの部下には劣るも、屋敷を守るために訓練されている。
ソフナはどうかとうかがうと、加熱は得意だが、乾燥はやったことがないと首を振る。
「だから、僕がやるよ!」
「ナギが?できるの?」
レイスが以外そうにナギを直視すると、ナギは照れたように頬をかく。
「セセンは肥料を作るとき、乾燥とかしてたし……僕もお手伝いしてたから!」
そういうわけでさっそく乾燥させる。
ぱさぱさになった葉――碾茶(仮)をヒアラークから石臼を借りて、挽く。
マッチャ(仮)が完成した。
マッチャ試作品壱。
「…なんていうか、香りが葉よりしませんよね」
ソフナはぺろりとマッチャ(仮)を舐めて、眉をぎゅっと寄せた。
「ふぅむ、苦いですな…」
どれどれとみんなが舐めてみるが、マッチャの味より苦みが勝り、何とも言えない沈黙が落ちる。
ナギは水をがぶ飲みしていた。
「ねぇ!乾燥に問題があると思うわ!」
「え、龍巫がだめだった…?」
「そう!」
オブラートに包むということを知らないレイスは、ナギの心に容赦なくナイフを浴びせる。
意気消沈してしまったナギの頭をなでながら、レイスをぎっと睨みつけるが、レイスの顔は、薬剤師として勉強を始めている顔だったので、ミコトは何も言えずに、口を尖らせた。
「漢方は温度と湿気がとっても敏感なのよ!だから、じっくり乾燥させたらどうかしら!」
レイスの言をもとに、一晩かけて、じっくりと乾燥させることにした。鉄製の長方形の箱に葉を入れ、龍巫は使うが、低温でじっくりと。
ナギの龍巫が無くなっては困るので、時間交代で加熱していった。
そしてぱさぱさになった葉を石臼で挽き、マッチャ(仮)二が完成した。
マッチャ試作品弐。
「……苦味が、というより全体的に味が薄くなったというか、葉っぱの味がする」
マチナラの葉を使っているから、葉の味がすることはおかしくないが、想像するマッチャの味ではないし、イゼアが好きだというマッチャでもないだろう。
「んーー!」
レイスは想像通りに行かなかったことが悔しいのか、むっつりとした表情でいる。
「いちいち憤慨していたら、毎日薬の研究に励んでいる薬剤師の道は程遠いな」
ミコトがナギの仇だといわんばかりにぼそりと呟くと、レイスがぐっと詰まった顔をしながら、反論しようと言葉を探して、目をきょろきょろとさせる。
ミコトとレイスの険悪な雰囲気に水を差したのは、やっぱりナギだった。
というか、ミコトとレイスの緩衝材という定位置にナギが置かれている。
「セセンも、いい肥料ができないと、みんなんーーって、レイスみたいに悩んでいるよ。一回で成功するなんてめったにないよ。失敗に失敗を重ねて、作るんだ」
だから、頑張ろうよというナギに、レイスはそうね!とうなずきながら、ドヤぁと顔をこちらに向けてくる。
その顔面にマッチャ失敗作をぶちかましたくてしょうがなかったが、ミコトは持てる理性を総動員してそれをこらえた。
いまここでマッチャ失敗作を投げつけたら、なんとなくナギに嫌われる気がしたのが一番の理由だが。
メイドたちは、子供のやり取りを温かい目で見つつ、子供観察日記(カルマ命令)をとどまることなく書き続けていた。
*
「となると、葉っぱから問題があるのかもしれませんなぁ」
「どうゆうことです?」
みんなが首を傾げながら、ソフナを注視する。
ソフナは突然生のマチナラの葉を咬んだ。
みんながぎょっとする中、やはりそうかと、うんうんうなずきながら口を開く。
「とりあえず…水をくだされ」
ドタッとみんなが崩れた。
ソフナは水を飲み、一息ついてまた口を開いた。
「そうですなぁ…料理人の視点から言うと、葉そのものがとても苦いから、そこからどうにかするべきですな」
「葉、そのものなんて、どうすればいいのでしょうか…」
「んー葉っぱが緑だから苦いのかな?」
「いっぱい太陽浴びて、緑みどりしていますしね」
「でも、お野菜は光をいっぱい当てないと美味しくないですよ?」
「野菜ではないから、大丈夫じゃないかな」
めいめい意見を言い合っていると、マッチャ作戦会議室(屋敷の一室)の扉がノックされた。
そこに入ってきたのは、カルマ。
「お父さん、どうしたの?」
「いや、調子はどうかと思ってな」
コツコツと近寄ってきて、これがマッチャか?とぺろりと舐め、沈黙した。
「イゼア、これが好きなのか?」
「いや、試作品ですぞ旦那様」
試作品壱をなめたようで、苦々しい顔をした。実際苦いのだけれども。
「奥様とごいっしょじゃないんですか?」
ミコトから両親の仲睦まじさを聞いたナギは、カルマの単独行動に疑問を持ったようだ。
「ナギ、別に移動すべてにおいて、お母さんと一緒にいるわけじゃないから」
ナギの天然さにツッコミを入れるが、実際休憩時間ができたら母と一緒にいる父に不自然さを感じる。
「ユキハは……イゼアの足止めだな」
「「足止め?」」
最近屋敷の一室にこもっているし、数人のメイドと一緒にいる様子。
しかもたびたび外に出ていくミコトとナギに不自然さを出だしたらしい。
というのが建前で、本音は別にある。
イゼアはミコトに未だに距離を置かれているにもかかわらず、年の離れた自分と同い年のレイスが、ミコトと一緒に行動するのがうらやましくて仕方がない。様子を見て、あわよくば、自分も一緒に…!という願望を持って、マッチャ作戦会議室に向かおうとしたところ、両親に遭遇し、建前を説明した。
両親は次男の、兄を驚かせて距離を縮めたいという思いを知っているので、素早く視線を合わせ、妻にイゼアの足止めを指せ、カルマは自分が様子を見てくるとこちらまで来たのであった。
「ご、ごめんなさい…」
自分のわがままのために、両親の時間を減らしてしまったことにミコトは謝る。
しゅんとしたミコトの頭を、今度はナギがよしよしと撫でる。
「それで、マッチャの出来はどうだ?」
「それが……」
マチナラの葉自体の苦味がとても強いので、どうするべきかという旨を伝える。
「強光で苦味が増しているなら、弱光で育てた葉を使えばいいだけだろう?」
「そんな葉は売ってませんよ…」
エイダがため息とともに吐き出すと、カルマは簡潔にまとめた。
「育てりゃいいだろう」
「「……」」
「…りょ、領主さま。マチナラの木は高いのに、太陽を隠すなんてできません」
ナギが緊張気味に異議を唱えると、ミコトの初の友人か…と歓迎深げに紺碧の瞳を光らせ、ナギの頭をなでる。
ピキっと身体を硬直させたナギに気づかないまま、カルマは言う。
「マチナラの木は虫除けにもなるだろう?葉を袋に入れて使っていたが、不便だということになってな、品種改良して低木のマチナラの木を作ったんだ。大体ひざ下くらいの高さで、枝を細く、葉も小さくなったが、その分たくさん茂っている」
どうだ?とミコトとナギの顔を覗き込みながら言うカルマに、二人は顔を見合わせ、笑顔でうなずいた。
このとき初めて、カルマは子供観察日記に書かれていたミコトの笑顔を初めて目の当たりにできた。
あとでこれをユキハに伝えると、ずるいと責め立てられた。そのため、マッチャ完成までのイゼアの足止めはカルマが行うことになった。
イゼアは素で話してしまったこともあるが、極度の愛妻家とミコト限定の親バカという認識が覆ることはないだろうと一種の諦め、悟りを開き、カルマに対して普通に接するようになった。
マッチャでイゼアの負担を減らす前に、ミコトによって親子のぎすぎす感をなくしたことは、イゼアにとってとても大きい負担減量だったことは間違いない。
意外と長いかも