表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/63

歪な家族の自覚と向き合い





 兄とお父さんの会話は、ぼんやりと耳に入っていた。それに対し何かを思うこともなく、ただ、まどろんでいた。


 お母さんも書斎に入ってきたあたりから、意識は浮上してきたが、それでも目蓋が重くてしょうがない。


 重たい雰囲気が部屋に満ちて、居心地がなんとなく悪いと思いつつ、先ほどの兄と父との会話を思い出す。

 兄があんなにも饒舌に話すのを初めて知った気がする。

 僕に対しては、笑顔でやさしく、弱腰で。

 父に対しても、少々及び腰のイメージを持っていたが、今日のあれは、本当に夢じゃなければ、父に兄が楯突いていた気がする。……僕について。



 「父上は、ミコトに対して過保護過ぎませんか」



 確かに、そう言っていた。

 お父さんは普段忙しいがあまりしゃべらないし……たまに顔を出しては、図書室に新しい本を入れた、と言ってくる。


 その時頭をなでられて――



 どくり、と。

 胸が動いた。

 叩かれた。叩いているのは誰か。気づけ気づけと急き立てるのは誰か。


 ―――お父さんは僕のことをどう思っているんだろう。

 それはたびたび頭によぎる思いだった。


 一緒に食事をすること。会話と言えない、ただの報告のようなことも。これは父なりのコミュニケーションだったのかもしれない。

 父はこんなに不器用な人だったか。

 膝にのせて、お前は頭がいいなと頭をなで繰り回した、あの豪快な人とは思えない。


 いつから臆病になったのか。

 兄が生まれてからか。いいや違う。

 

 僕の態度が変わったからだ。

 僕が家族を拒絶したからだ。『バーデ』を拒み、『外』を拒んだ。


 お父さんは、僕の意思を尊重してくれていたんだ。



 僕はお父さんにどう思われているか、不安だった。

 でも、大切にされているんだ。壊れないように、傷つかないように。



 目蓋が重くて仕方がない。

 それより、まぶしくてたまらない。

 目蓋をこじ開け、こちらに視線を向けている両親を真っ直ぐ見た。


 お母さんが、泣きそうな顔をしている。

 お父さんが、痛そうな顔をしている。


 そんな顔を指せているのは誰だ。


「僕が、おかあさんと……おとうさんを、臆病にさせたんだ」

 体は寝ぼけているのか、口がうまく回らない。


 家族が傷ついてほしくなくて、家族を拒絶したのに、結局家族が自分せいで傷ついている。


「ミコト……?」

「何を、」


 戸惑った声が聞こえる。

 外は明るく、寝入ってしまってから結構時間が経過しているのがわかる。

 ナギは今、どうしているだろうか。

 僕の腕を、引っ張てほしい。そばにいてほしい。


 僕らは今、歪な家族だった。

 だけど、歪にしたのは僕だ。


「原因が僕だった」


「原因……?」

「お母さんが、悪く言われるのも、兄さ、お兄ちゃんが…悪く言われるのも」

「…誰が言った?」


 お父さんが厳しい目で訊く。

 きっと誰だかわかっているのだろう。

 わかっているでしょ?と苦笑いをする。それしかできない。目頭が熱い。


「僕が、原因で……僕のせいで、僕が悪い」

「そんなこと!」

 お母さんが声を上げるが、それを遮って、叫ぶ。

「『それ』が嫌だった!」



「「!」」



「僕のせいで、悪口を言われるから!だから…!」

 喉が、締まる。考えのまとまらない頭は、想いだけがあふれるように湧いてくる。

 溢れ続ける想いとは裏腹に、言葉を発することができなくて。代わりに涙がぼろぼろとこぼれてくる。

 目が熱くて、きつく目を閉じて、下を向く。

 息がうまく、吸えない。


 頭がぼぉっとして、何も考えられなくなって―――――そして、理解した。


 僕は、嫌われたくないんだ。捨てられたくないんだ。拒絶しないでほしんだ。


 嗚呼、なんて自己中心的な考え何だろう。嫌わないで。嫌わないで。嫌わないで。嫌わないで……!



 バンッ!


 思考が止まる。

 驚きで顔を上げると、お父さんが机をたたいて、立ち上がっていた。

 真っ直ぐ、こちらに早足で向かってくる。

 動けない。心臓だけがドクドクと急速に脈を打つ。


 お父さんが僕の前に来て、目を合わせるようにしゃがんで、肩をつかんだ。



「お前を嫌ったりなんて、しない」


 僕とは違う、紺碧が射抜く。

 『バーデ』が僕に迫る。


 身体を引き寄せられ、顔がお父さんの肩に埋まる。

 何を言われたと理解する前に、涙がこぼれて、シャツを濡らす。

 喉が締まる。喉が締まる。


「……っ。ック」


 お父さんじゃない手が、優しく頭をなでる。


「ミコト、泣きなさい。子供が溜め込んじゃぁ、駄目でしょう……?」

 お母さんの、声も泣いていた。


「…う、うわぁあぁぁん!ぁあっつ、っひっく……」


「ごめんねぇ…」

 細い、お母さんの腕が、僕とお父さんを抱きしめる。

 お父さんの肩が、震えているように感じる。


 僕の肩が濡れた。

 髪が濡れた。





 僕は、『バーデ』で。

 お父さんと、お母さんの子で…お兄ちゃんの、弟だ。



 散々寝た癖に、ナギのことが気になっていたのに。

 僕は気づいたら、また眠ってしまっていた。





危うく、ユキハの影が薄くなって……あれ、すでに薄い?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ