キャラ崩壊
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ノックをして、一拍おいてカルマの声がする。
「失礼します」と声をかけて、静かに書斎に入ると、珍しくそこにはカルマの姿だけであった。
珍しいとあたりを見回しつつ、カルマに視線をもどいて、無言で問いかけると、カルマは口火を切った。
「ミコトは、寝たのか」
問いかけではなく、『寝てしまったこと』への責任追及に感じるのは気のせいだろうか。
「…めったに家から出ないから、外に出て、走って疲れたようです」
同じ紺碧の瞳でも、カルマは鋭く、イゼアは静かにきらめく。
イゼアから見て、カルマはミコトに対して、もしかしたらユキハより過保護に見える。
面倒な貴族との接触はできるだけさせないようにするし、ミコトに対して外に出ることを強要したことは一度もなく、何かにつけて新しい本を図書室に入れて、ミコトの興味がそちらに移るように仕向けているように感じる。
別に悪いとは言わないが。それはそれでどうなのだろうと思うイゼアである。
「父上は、ミコトに対して過保護過ぎませんか」
イゼアの切り返しに、カルマの表情がくもる。
自覚しているだけましか。それとも、自覚しての、その行動か。どうとらえるかはそれぞれだが、イゼアとしてはあまり賛同できることではない。
「父上が何か、思うところがあって、ミコトの教育に対してそうしているのならば、何も言いませんが」
父に対して怯え出だけではなく、尊敬を眼差しを向けるようになったのはいつだったか。明確には覚えていないが、弟のことに関してだけは、無理である。
「……人は、自分と異なることを本能的に除外するだろう」
野性的面において、一つの集団に新たに加わろうとすると、容赦なく追い出される。入ることで自分の利益が減るという面と、未知のものに対する恐怖から、人間だけではなく、動物は異物を厭う本能があるといってもいいかもしれない。
「確かにそうですが……父上が治める『バーデ』ですよ?俺はあまり心配していません」
バーデ全土にといっていいくらい、夫婦仲の良さは知れ渡っているし、イゼア自身、街に行けば、弟のかわいらしさなどをこんこんと説明する。
傍から見ると惚気ている、と感じる人もいるが、イゼアは無自覚である。自他ともにではなく、周りからだけではあるが、俗に言うブラコンに当てはまる。
少なくとも、自分たち家族の目が届くおころでは、バーデ市民があれこれ言うことはないだろう。少なくとも、バーデ市民は。
「ミコトが変わった……いや、神経質になったのは事実だろう」
「バーデを憂う、無用な心配をする『貴族』が原因でしょう?自分の領民ぐらい、信頼したらどうですか」
していないわけではないと、わかりやすく顔に出すカルマに、イゼアは神経質なくらい、父が弟を気にかけて、そして今回のミコトの態度の変化に動揺を示していることに気づいた。
うらやましいと思う反面、これを機に、過保護が少し緩和されるといいなぁと淡い願望を抱く。
二歳くらいまでに、身体を動かすことに慣れさせると、のちの成長で運動神経は発達する傾向があるらしいと、前世小耳にはさんだことを思い出す。
ミコトの態度が変わる前まで、今よりはるかに動き回っていた。ミコトの読書好きは根っからのものだが、引きこもるほどものではなかった。
「ミコトもバーデです。護身術ぐらいはできないと、何かあったときどうするんですか。家が絶対安全なんていえないのは、父上が一番分かっているでしょう」
「もちろん、わかっているさ。……だが……今のままでは無理だろう。それにまだ、ミコトは五歳だぞ?」
イゼアの中で、微かに殺意が芽生えた。何かが切れた。
……俺は何歳からあんたに殺されかけましたか!?三歳ですよ、三歳!!幼児虐待なみですよ?!自覚ありませんかこの野郎!確かにXとか犯罪神とかやりあうためには体を鍛えなくてはと思ったけど!思っていたけど、あれは違うだろう!
と、言いたい。喉まで、否、口まで登ってきていたが、あえてそれを飲みこみ、この親バカに、冷静に話しかける。……親バカでいいよね。間違ってないよね。
今の段階で、イゼアの中で、父に対する尊敬度というものが、著しく低下したことは確かである。
「……だから、ミコトの初めての友達をできたときっかけに、外に出すようにしたんですよ。ナギはどちらかというと体育会系ですから。むしろ、今から動くことに慣れさせないと、苦労するのはミコトです。体力もつくし、ナギとも仲良くなるし、いいこと尽くしじゃないですか。何が不満ですか?(この親バカ!)」
最後に声には出さなかったが、口が思わず動いていたかもしれない。
段々口調が荒くなっている気がするが、気のせいだろう。多分。
貴族が東西南北と、四つしかない。そのため貴族たちは、バーデの仕事をやりくりするのは、毎日家計が火の車の家の母並に大変で、貴族は普段仕事場に引きこもっている。
そのため、滅多に街になんて貴族は顔を出さない。
四つしかなくても、貴族の親族内で仕事をしているから、貴族が足りないわけではないのだが。
イゼア的には、民間からも戦力を取り入れればいいのにと思うが、風習がそれを許さない。
バーデは分野的な専門性は高めだし、基礎学力も十分にある。
読み書きそろばんは親が教え、生活には困らない。しかし、子供は家の跡を継ぐという風習が色濃く残る。
貴族の仕事は貴族で、と特権意識があることも否めない。
ひどく効率性を下げる風習であるが、この場合好都合であることには変わりはない。
滅多に見せない満面の笑み。しかし作り笑いだが。それをカルマに向けて、イゼアは断言する。
「少なくとも、ナギがいる間は積極的に外に出そうと思ってます。もちろん、ナギが自分の家に戻っても、今度はミコトが自分で外に出るくらいするようになるように」
文句はありますか?と首を傾げて訊ねるイゼアに、カルマは瞠目して、了承した。
「ミコトはどうしますか?」
「…ん、そこのソファに寝かせておいてくれ」
「はい」
腕の中の天使を、ソファに置いて、イゼアはそうそうと書斎を後にして、早足で自室に向かう。
扉を開けて、身を滑り込ませるとすかさず扉を閉じて鍵をかけて座り込む。
今更ながらに、今まで父に対してとったことのない、生意気な態度に背中が冷えてきた。
「……あぁ~……俺の馬鹿。何あの口の利き方。稽古で殺されるわあれ、死んじゃうわ俺。父上親バカすぎだろ、羨ましいなくっそ。あれ俺どっちにうらやましいんだろう。ミコトかな。メチャクチャわかりやすい愛情向けてもらうミコトがうらやましいのかな。それもと、ミコトの寝顔を見れる父上がうらやましいのかな。……うん、どっちも羨ましい!」
一息に心のうっぷんらしきものを掃き出し、また息を吸う。
「キャラ崩壊も甚だしいわ!父上!んで多分俺も!子供らしさがわからずにぼろを出さないように寡黙系で通してきたけど、今日は心の声、出ちゃったよ、どうすんの!俺!」
破天荒な自分の周りと、前世の常識がかみ合わずに、心の中では幾度もツッコミを入れて、文句を言ってきたが、自分の畏敬の対象が、ああも親バカ丸出しにされれば!
恐れという強固な鍵で閉ざされた口。しかし、おそれから別のもの。鍵の素材としては果てしなくもろいものになってしまっては、鍵はあっさりと壊れて、本絵がポンポンと飛び出してくる。
「…どあぁぁああぁああ!!」
自室の扉の前で絶叫するイゼアがいた。
タイミングがいいのか悪いのか、イゼアの部屋の一角には誰もいなかった。驚いた鳥が、勢いよく木から飛びだっていく。
鳥は、西鳥だった。
ほかの小説を読んで、行数を開けたほうが読みやすかったので開けてみました。どうでしょうか。




