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自覚。




 ナギとミコトは、説教が終わったのか、夫を引きづりながら戻る女性に手を振られ、すっかり高くなった太陽を背に、屋敷に向かっていった。

 西鳥を追う気はしなかった。


 疲れた体を引きずるミコトに対して、ナギは、どこからそんな元気が出るのかと問いたくなる笑顔で話し始める。

「いろいろわかったね!」

 確かに、いろいろわかった。

 兄が言いたかったことも分かった。


 でも、

「でも、推測は外れまくった……」

 結構自信があったのに。

 悔しくないけど、悔しい。何に?誰に?どうして?

 感情が廻る。頭から身体へ。胸をつく。

 暗い表情のミコトに、些細なことだと笑い飛ばすナギ。

「だから、確かめてよかったね!知らないことを知るって、楽しいね!」

「!」

 足が自然と止まる。

 知らなかったことを知る。それを始めて楽しいと認識したのはいつだったか。

 兄が本を読んでくれた。文字を教えてくれた。外を教えてくれた。そう、それは楽しかった。

 世界が輝いていた。一つ一つが魅力的に輝き、自分をひきつけてやまない。

 しかし、そんな輝く世界は兄と自分に溝ができ、色あせた。

 そして何かを埋めるように、自分はひたすら本を読んだ。字の海に漂い、ただただ、貪欲にそれを求めた。

 それは、楽しかっただろうか。

 否、きっとそれも心の中で観喜していた。兄に与えてもらっていたのを、本が代わりに与えてくれたことに。

 歓喜はしても楽しかっただろうか。

 楽しいとはどういうことだったか。

 高揚感が身体を満たし、その先へと思考をめぐらし、止まることの知らない欲求を追い続ける。

 本をひたすら読みふけったとき、世界は輝いていただろうか。高揚感を感じただろうか。

 ……答えは、否である。


 ミコトは自分の性格を微かに把握した。いや、自覚した。

 じぶんは今、兄に対して反抗心と嫉妬を持っている。物語で優秀な長男を次男がねたむ話なんて、ありきたりすぎる。

 美しい姉を、妹がねたみ、妹はさらに醜くなっていく。

 僕は物語の妹みたいに、醜くなってしまうのだろうか。



『ミコトは、きれいだね』

『キレイ?』

 いつもはかわいいっていうよね?と兄に問いかけると、もちろん可愛いよと即答された。

『可愛くて、きれいだ。うん、天使みたい』

『テンシ?』

『(この世界に天使っているのかな…というか、この世界の宗教を理解していないんだよね)……うん。ミコトが可愛いのは自然の摂理だけどね』 

 今思い出せば、兄は僕のことを同情とか、そういうものなしに、溺愛していた。…きっと、いまでも。


『ミコトがきれいなのは、内面がきれいだからだよ。人って言うのは不思議なもので、内面がきれいな人は、どんな人でもきれいなんだよ』


 ……自分は、いま、汚い感情を持っている。それでも、自分はきれいだろうか。

 止まった足が動かない。動かせない。

 このまま、帰って、兄の視界に入るのが、とても恐ろしく感じた。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 その言葉が頭の中を埋め尽くす。

「……どうしよう……」

 あぁ、喉が締まる、視界が潤む。唾を飲んでもカラカラになる喉。ドキドキと早くなる胸。

「……ミコト?」

 止まった僕を不思議そうに見やるナギ。

 ナギが近寄ってくる。ナギも汚いと、思うのではないか……。

「うわぁ!」

「!?」

「ミコト、すごくきれいだよ!」

「……何が?」

 思考を読み取ったかのように、ナギは僕が求めている言葉を、こともなさげに言った。

「ミコトが!ねぇ、見て!……って自分の髪は見れないか」

「……髪?」

 自分の銀髪の何が美しいのか。帽子はすでに脱いでいる。

 ……兄は、この銀髪を気にいっていたが。

「ミコトの髪が、朱銀色で……うん、なんか『アカツキの神様』!」

「暁?」

 背後の太陽を振り返ると、もうすぐで朝市が始まる時間だと思う。微かな赤みを帯びながら、いつもの太陽のように着々と近づいているのがわかる。

 銀髪だから、朱が映えるのだろうか。栗色の髪は、艶を帯びている以外変化はない。

 でも、

「……ナギはきっと、若葉が似合う」

 木漏れ日の下で笑うナギが、想像できた。

「え?」

「きっと、きれいだ」

 ナギはまるで突拍子のないことを言われたように、しきりに瞬きをしている。

 そんな反応をされると、急に恥ずかしく思えてきた。

 ミコトはまた足を動かし始めた。

 今度はすんなりと動く。

「帰ろう」

 今度はミコトが、ナギの腕を引っ張って、駆け出した。


 さっきまで感じていた恐怖は、今はない。





今回はちょい短め。

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