漁師と西鳥
*
岸についたときはミコトは半分死んでいたし、さすがのナギもへとへとだった。
岸では漁船をかたずけながら、捕った魚を朝市に出そうとしている準備をしていた。
ひと段落がついたのか、男衆は砂浜に座り、水を飲んで、一息ついているが、まるで酒を飲んだようなテンションである。つまり、高い。
ミコトとナギは顔を同時に見合わす。
この空気の中に入っていけるだろうか。僕は無理だと、いや、初対面は無理、他人は無理無理と、ミコトは目で雄弁に物語る。
ナギはそれを見て、一瞬顔を伏せ、考え込むが、顔を上げたときには、キレイに笑って、ミコトの腕を容赦なくつかみ、漁師の元へ走り出す。
「!?……はぁ」
突然腕を引っ張られ、叫びたかったが、ナギは自分の腕をつかんで、突発的な行動をするのはもう慣れた。思わずため息が出る。
諦めて、ひたすら貝になろうと決意し、ナギに身を任した。
「すっいまっせーん!」
漁師たちに劣らず、ハイテンションで突然声を上げるナギ。
「うおぉ?…おう、坊主!早いな!」
「はい、おはようございます!」
「ん?お前……セセンのガキか?」
「はい!」
漁師たちが納得し、ひたすら黙っているミコトに視線を移す前に、ナギが訊ねる。
「漁師さん!西鳥、いるでしょ?」
「おう?…あぁ、西鳥な。あいつらだろう?」
指を指した先に、先ほどの光景が目に入る―――と思ったが、太陽はこのわずかな時間で、あっという間に上へ上へと昇っている。
きれいな光景といえるだろうが、先ほどのあれを見てしまっては月とスッポンである。
西鳥の数も減っているが、森には帰らず、岸辺で何かを食べている。よくよく見れば、水面に飛び込んで、魚をくわえている。
ミコトの予想は外れ、朝は木のみを食べているのではなく、魚を食べていた。
推測は、推測にすぎない。
兄の言葉が頭によぎり、唇を知らず知らずのうちに噛みしめる。
「あんなに東の空にとびまわるのに、西鳥って言うの?……確かに、西に行くときはトクチョウテキな飛び方をするけれど」
「……西鳥のあんな光景を知っているのは、それこそ漁師さんだけだろ」
ミコトがぼそりといえば、みんなの視線がこっちに向き、しまったと思ったが、もう遅い。
「おお、ガキンチョ、おめぇは誰だ?」
「……ミコト、です」
「ぼくの友達!西鳥について、かんさつしているんだ!」
「へぇ…。若いのに熱心だねぇ~」
わしわしと二人の頭をなでる漁師たち。ミコトは帽子が脱げそうになり、ひやりとした。ミコトがセセンの所の子供だとわかっているならば、異色の銀髪を見れば、すぐにわかってしまうだろう。
ミコトが帽子をかぶりなおしながら、ナギと漁師の会話は進む。
「だれもあの光景を知らないから、西に飛ぶとき、あんな飛び方をするから、西鳥って言う名前になったのかな?」
誰が名前を付けたんだろう?と首をかしげるナギに、漁師たちは、にやにやとして、それを見守っている。
……この様子を見たところ、『西鳥』という名前を付けたのは、漁師たちなのだろう。
ねぇ、知ってる?わかる?と周りに問いかけるナギに、漁師たちは爆笑した。
「いい視点だな!セセンのガキ!」
「しかしなぁ…違うぞ!」
「西鳥って名前を付けたのは、俺たち漁師だからな!……つっても、ものスゲェ前につけられて、いつ付けられたかは知らんが」
「えぇ?」
ミコトはその話を聞いて、自分の推測を立て直し始める。
西鳥は漁師が名前を付け、夜明けと共に、海で飛ぶ。朝は魚を食べていた。昼間は食事をせずに、暗くなる直前に木の実や虫を食べる。西に向かうときは回旋して、勢いを付けて一直線に飛ぶ。夜は森にいる。
森から東の海へ。朝、漁師が目撃する。そして森に戻り、今度は西の空へ。それがナギたちが見るいつもの光景だろう。そして、また森へ。これが繰り返される。
「……」
漁師がつけるきっかけになったのは―――
「漁師が海から帰ってくるとき、目印にしたんだ。あの美しい光景を見て、西鳥なんておかしい。だけど、生きて帰ってこれなきゃ、意味がない、からか……」
「おお!すげえ!正解だ!」
考えていたことが口から洩れていたようだ。
背中をバシバシと叩かれて痛い。身体がふらつく。
「へぇぇ~!ミコトすごい!」
「西鳥の名前と生態は関係なかったのか……」
朝早く起きた意味がない。
「長期の漁師は東に漁業に行く。一年中海が穏やかなバーデだが、陸から離れれば、何があるかわからないのが海だからな」
嵐の後、方向がわからなくなった漁師は、一羽の鳥を見るける。
その鳥は、舟の上で回旋して、ある方向に一直線に飛んだんだ。漁師たちは、やけになってその鳥についていくと、バーデに帰ってこれた。
「それ以来、西鳥って言う名前を付けられたんだ」
「西鳥はバーデにとって漁業の神様よ!」
「そうなんだ~。……西には漁業に出ないの?」
「西に行けばミヤがあるし、貿易船の邪魔をしないためよ」
相変わらず、緩い返答をするなぎの質問に答えたのは、この場に似合わない女の声が立った。
一斉に振り向くと、女性が数人たっていた。
「…誰?」
ナギとミコトは同時に首を傾げる。
にっこりと笑った女性達は、このうるさい男どもの妻だと答えた。
子供に向けられた微笑みは、大人に向けられることなく、般若のような顔に変わった。
「さっさと帰って来いっていっつも言ってるでしょ!」
「あんたたちが帰ってこないと、私たちの仕事が片付かないのよ!」
「朝から酒でも飲んだような雰囲気でいつまでたっても、とろとろして!」
大柄のたくましい身体を持った男たちは、一斉に、自分よりか弱そうな女性に対して、土下座をして、謝りはじめた。
異様な光景にミコトは後ずさりして、思わずナギの背後に隠れる。
「……こわい」
「…うん、でも、バーデの女のひとって気が強い人が多いってお父さんが言ってたよ」
うちのお母さんは、穏やかだけど、怒るとこの女の人たちみたいになるよ、と恐怖を思い出したのか、顔色を悪くして語るナギ。
ミコトは、自分の母はバーデ出身ではないことに感謝した。…そういえば、父の部下は、屋敷のメイドたちに尻を敷かれていたし、怖い女性筆頭といえば、叔母が怖かったと思い出した。




