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漁師と西鳥



 岸についたときはミコトは半分死んでいたし、さすがのナギもへとへとだった。

 岸では漁船をかたずけながら、捕った魚を朝市に出そうとしている準備をしていた。

 ひと段落がついたのか、男衆は砂浜に座り、水を飲んで、一息ついているが、まるで酒を飲んだようなテンションである。つまり、高い。

 ミコトとナギは顔を同時に見合わす。

 この空気の中に入っていけるだろうか。僕は無理だと、いや、初対面は無理、他人は無理無理と、ミコトは目で雄弁に物語る。

 ナギはそれを見て、一瞬顔を伏せ、考え込むが、顔を上げたときには、キレイに笑って、ミコトの腕を容赦なくつかみ、漁師の元へ走り出す。

「!?……はぁ」

 突然腕を引っ張られ、叫びたかったが、ナギは自分の腕をつかんで、突発的な行動をするのはもう慣れた。思わずため息が出る。

 諦めて、ひたすら貝になろうと決意し、ナギに身を任した。


「すっいまっせーん!」

 漁師たちに劣らず、ハイテンションで突然声を上げるナギ。

「うおぉ?…おう、坊主!早いな!」

「はい、おはようございます!」

「ん?お前……セセンのガキか?」

「はい!」

 漁師たちが納得し、ひたすら黙っているミコトに視線を移す前に、ナギが訊ねる。

「漁師さん!西鳥、いるでしょ?」

「おう?…あぁ、西鳥な。あいつらだろう?」

 指を指した先に、先ほどの光景が目に入る―――と思ったが、太陽はこのわずかな時間で、あっという間に上へ上へと昇っている。

 きれいな光景といえるだろうが、先ほどのあれを見てしまっては月とスッポンである。

 西鳥の数も減っているが、森には帰らず、岸辺で何かを食べている。よくよく見れば、水面に飛び込んで、魚をくわえている。

 ミコトの予想は外れ、朝は木のみを食べているのではなく、魚を食べていた。


 推測は、推測にすぎない。


 兄の言葉が頭によぎり、唇を知らず知らずのうちに噛みしめる。

「あんなに東の空にとびまわるのに、西鳥って言うの?……確かに、西に行くときはトクチョウテキな飛び方をするけれど」

「……西鳥のあんな光景を知っているのは、それこそ漁師さんだけだろ」

 ミコトがぼそりといえば、みんなの視線がこっちに向き、しまったと思ったが、もう遅い。

「おお、ガキンチョ、おめぇは誰だ?」

「……ミコト、です」

「ぼくの友達!西鳥について、かんさつしているんだ!」

「へぇ…。若いのに熱心だねぇ~」

 わしわしと二人の頭をなでる漁師たち。ミコトは帽子が脱げそうになり、ひやりとした。ミコトがセセンの所の子供だとわかっているならば、異色の銀髪を見れば、すぐにわかってしまうだろう。

 ミコトが帽子をかぶりなおしながら、ナギと漁師の会話は進む。

「だれもあの光景を知らないから、西に飛ぶとき、あんな飛び方をするから、西鳥って言う名前になったのかな?」

 誰が名前を付けたんだろう?と首をかしげるナギに、漁師たちは、にやにやとして、それを見守っている。

 ……この様子を見たところ、『西鳥』という名前を付けたのは、漁師たちなのだろう。

 ねぇ、知ってる?わかる?と周りに問いかけるナギに、漁師たちは爆笑した。

「いい視点だな!セセンのガキ!」

「しかしなぁ…違うぞ!」

「西鳥って名前を付けたのは、俺たち漁師だからな!……つっても、ものスゲェ前につけられて、いつ付けられたかは知らんが」

「えぇ?」

 ミコトはその話を聞いて、自分の推測を立て直し始める。

 西鳥は漁師が名前を付け、夜明けと共に、海で飛ぶ。朝は魚を食べていた。昼間は食事をせずに、暗くなる直前に木の実や虫を食べる。西に向かうときは回旋して、勢いを付けて一直線に飛ぶ。夜は森にいる。

 森から東の海へ。朝、漁師が目撃する。そして森に戻り、今度は西の空へ。それがナギたちが見るいつもの光景だろう。そして、また森へ。これが繰り返される。

「……」

 漁師がつけるきっかけになったのは―――

「漁師が海から帰ってくるとき、目印にしたんだ。あの美しい光景を見て、西鳥なんておかしい。だけど、生きて帰ってこれなきゃ、意味がない、からか……」

「おお!すげえ!正解だ!」

 考えていたことが口から洩れていたようだ。

 背中をバシバシと叩かれて痛い。身体がふらつく。

「へぇぇ~!ミコトすごい!」

「西鳥の名前と生態は関係なかったのか……」

 朝早く起きた意味がない。

「長期の漁師は東に漁業に行く。一年中海が穏やかなバーデだが、陸から離れれば、何があるかわからないのが海だからな」


 嵐の後、方向がわからなくなった漁師は、一羽の鳥を見るける。

 その鳥は、舟の上で回旋して、ある方向に一直線に飛んだんだ。漁師たちは、やけになってその鳥についていくと、バーデに帰ってこれた。


「それ以来、西鳥って言う名前を付けられたんだ」

「西鳥はバーデにとって漁業の神様よ!」

「そうなんだ~。……西には漁業に出ないの?」

「西に行けばミヤがあるし、貿易船の邪魔をしないためよ」

 相変わらず、緩い返答をするなぎの質問に答えたのは、この場に似合わない女の声が立った。

 一斉に振り向くと、女性が数人たっていた。

「…誰?」

 ナギとミコトは同時に首を傾げる。

 にっこりと笑った女性達は、このうるさい男どもの妻だと答えた。

 子供に向けられた微笑みは、大人に向けられることなく、般若のような顔に変わった。

「さっさと帰って来いっていっつも言ってるでしょ!」

「あんたたちが帰ってこないと、私たちの仕事が片付かないのよ!」

「朝から酒でも飲んだような雰囲気でいつまでたっても、とろとろして!」

 大柄のたくましい身体を持った男たちは、一斉に、自分よりか弱そうな女性に対して、土下座をして、謝りはじめた。

 異様な光景にミコトは後ずさりして、思わずナギの背後に隠れる。

「……こわい」

「…うん、でも、バーデの女のひとって気が強い人が多いってお父さんが言ってたよ」

 うちのお母さんは、穏やかだけど、怒るとこの女の人たちみたいになるよ、と恐怖を思い出したのか、顔色を悪くして語るナギ。

 ミコトは、自分の母はバーデ出身ではないことに感謝した。…そういえば、父の部下は、屋敷のメイドたちに尻を敷かれていたし、怖い女性筆頭といえば、叔母が怖かったと思い出した。




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