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探索→西鳥

文章にできなかったのを、やっとまとめれたー


 たたき起こされたのは、丁度三時くらいだった。勿論、太陽も登っておらず、眠い眼をこすりながら、ぼそりと文句を言う。

「…もっと、優しく起こしてほしかった……」

 すると、兄は苦笑する。ランプの明かりが目にいたい。

「ミコトは寝起きが悪いからね……しっかり起きたら、大丈夫だけど、それまではぐずるから」

 成長ホルモンは十時から、二時までが一番出るから、この時間は大丈夫だよと、意味がわからないが、興味が引かれることをポロリと零す兄を凝視していると、また目蓋が落ちてきた。…重い。

「ミコト、眠そーだね」

 このままもう一度ベッドにダイブしようとしていた身体は、急ブレーキをかけ、声の主の方へ視線を走らせる。

 顔を洗ってきたのか、妙にさっぱりとした顔が腹立たしい。隣に寝ていたはずのナギは、意気揚々と着替えながら、こちらを振り返り、笑いかけた。

「ナギは…元気そうだね」

 欠伸を噛み殺しながら、潤む視界でナギの動作を目に追う。

「僕は普段、これより遅く起きるけど、いつもより早く寝たから、まったく問題ないよ!」

「牧場の朝は早いからな」

 兄は僕をひょいと抱き上げ、そのまま洗面所まで連れていかれた。

「眼球が傷つくから、あんまりこすっちゃだめだよ」

 顔を洗い終わったときには、いつのまにか往復やらなんやらを用意してくれていた。…メイドより、兄のほうが気が利くような。

 ありがとうと、目を見て言うと、兄は目を見開いて、僕の目をしっかりと見て、優しく微笑んだ。『慈愛に満ちた』表情というのはこういうものだろうと、以前読んだ小説を思い返しながら、シャツに腕を通す。

 一通り着替え終わると、兄は僕の前に膝立ちをして、首にリボンを結んで、カーディガンを羽織わせる。

 ナギにもカーディガンを渡し、帽子を僕たちに見せる。

「帽子をかぶると、視界が狭まって、鳥を追うには大変かもしれない。それでもかぶる?」

「うん」

「うーん、うん」

 迷わず即答する僕に対して、ナギは唸りながら頷く。

 頭にやわらかい衝撃が来る。ぽすりとかぶされた帽子は、少し大きいようで、目の辺りまで下がってくる。ずり上げながら、面倒だなと思いつつも、しっかりと自分の髪を覆い隠してくれるこの帽子に、頼もしさを感じる。

 バーデでは、銀髪とはつもり、バーデ家の次男を指し、紺碧ではない、異質な存在を指すが、銀髪が隠れてしまえば、ただの子供になれる。

 ただの子供。バーデ家当主の息子でもなく、ちょっと毛色の珍しい、どこにでもいつ、普通の子供。自分の今の称号がうれしかった。


「西鳥の巣は東にあると思う。西に向かっていても、結局東から西に行っているし」

「それもすいそく?」

 大人がいないところで、自主的に行動することに興奮しているのか、いささかテンションが高いナギを横目に見つつ、兄が用意してくれた、バーデ全体の地図に目を落とす。

「…バーデって意外と自然が多いんだね」

 地図には林や野原、丘などが面積の小さいバーデの中にいくつも点在していた。

「ああ、自然を残すことは大切だからな。でも、これだけあっても特産物とかないんだよねぇ……」

 いや、ないこともないけどね。生産者にはかなわない。

 苦々しそうに言う兄は、将来どうやってバーデを繁栄させていくのだろう。

 着々と準備をして、西鳥を探しに出発する。出かける際に、観察してくるように言われて、紙とペン、それからバインダーというものをもらった。

 バインダーには、綿にしみこませたインクが小さな小瓶に入っていた。ふたもなくさないように紐でくくるつけられ、ペンは小さなポケットに収納でき、なおかつ紙も挟めるという優れものだった。

 兄が小さいころ、外に活発に出るようになったとき、お父さんに提案して、作ってもらったらしい。便利ということで、市街視察する際に用いられるようになったらしい。

 画期的だというと、兄は首を傾げながら、いってらっしゃいと言った。その反応が、なんだかイラっとした。

 兄は己に自信がないところがあるから、もっと堂々とすればいいと思う。

 そう思うミコトだが、イゼアの自信のなさは、前世のゆとり世代と、規格外な周囲、そして、ミコトの態度が主な原因だったりする。

 知らぬのは、本人ばかりなり。







 月光が淡く、バーデの静かな暗闇を照らす中、二人はそれを頼りに歩いていた。

 月光に反射して、キラキラと光る銀髪を、ナギは眩しそうに見る。素のため足元の注意がおろそかで、たびたび転びかけるが、持ち前の運動能力で無様に転ぶのを回避している。

 しかし、そのあわただしい動作がミコトのため息を誘う。

 ミコトは地図を見ながら、バーデ東部にある森の、さらに奥を目指す。

 人の手が入っていない道は、引きこもりのミコトの体力を奪い、息を切れさせる。

 家を出てから約一時間。間もなく日がのぼり、バーデを明るく照らす。

「ミコト、いったん休む?」

「……早く、西鳥を見つけないと」

「うん。でも動物ってびんかんだから。こころをおちつかせて、探さないと、あっという間に逃げちゃうよ」

 だから、休もうよというナギに、ミコトはくたりと腰を落とした。

 家で歩き回るだけで体力切れ起こしているのだから、森を歩くなんて、かなり無謀なことをしたと、今更ながらにミコトは後悔した。

 いつもは無視をして、兄の言葉になんて耳を傾けたりなんてしないのに。

 それでも、ナギが来てから、ずっとミコトは兄の言葉を聞いている。理由はわからないが、ナギが原因なのはわかる。

 ナギがいなければ、兄はいつも以上に自分の所に来るはずがない。

 それが何だか苛立たしく、何も悪くないナギを睨みつけると、ナギは背負っていたリュックから、水筒を渡される。

「はい、なんだかさっきより苛々しているけど。おちついて、おちついて」

「…ありがとう」

 水を体に流し込むと、自分は喉が渇いていたのだと実感する。

 水筒は竹でできており、たしかミヤで竹は栽培されていて、ほかの地で根付かないと本に書いていたなぁと思い出す。

 ナギも水をこくこくと飲んで、水がおいしいねと同意を求めてきた。

「水がおいしい……?」

「うん、からだに染みわたる感じがして、生きてるーっておもうよね」

 あ、これ前にイゼア兄ちゃんに言ったら、おやじ臭いって笑われてんだよ。ひどいよねぇとのんきにしゃべるナギ。

 おやじというものがいまいちピンと来ないが、談話室で仕事が終わって帰ってきたドニたちが、「くぅ、仕事の終わりの一杯は、染みわたるなぁ~」といっていたことを思い返すと、兄の発言は、なるほど、的を射ている気がする。

 しかし、今まで自分は普通に水を飲んでいたが、美味しいとは思わなかった。

 読んだ本を思い返す。森を歩いていた人は言いました。空気がおいしいねと。今、自分が空気を吸っても、美味しいとは思わない。

 火照った体に、少し冷たさの残る空気が身体の中を駆け回るのを感じる。…これが美味しいということだろうか。

 森の匂いを嗅ぐと、しっとりとした中に、青々とした濃いものを感じる。…これが、森の香り。

 地面に寝っ転がると、土の匂いがした。空を見れば、月が光っていたが、太陽のようにまぶしくはなく、心地よい明るさで。

 本には確かにいろいろなことがかかれていた。それを知ることは楽しかった。しかし、実際にそうなのかなんて、今まで知らなかったし、知ろうともしなかった。

「僕の中には、知識があった」

 しかし、経験はなかった。

 僕は愕然とした。

 知っていると思っていたことは、自分の中に、何一つなかったことに。

 知識を持っていても、『知らなかった』ことに。

 呼吸が乱れ、ひゅっと喉が鳴る。咳が止まらない。


「突然どうしたの?」

 突然咳をしたミコトに驚いたナギは、慌てて水筒から口を放すが、水が器官に入り、噎せて、咳をする。

 その場は苦しげな咳だけが響いた。

 落ち着いたときは、二人して涙目で、お互いに顔を見合わす。

「……」

「……」

 沈黙が落ちる。

 口火を切ったのは、ミコトだった。

「西鳥、見つからないね」

「そーだね」

 水筒をかたずけながら、二人は座りなおす。また、沈黙になる。

 静かになった空間は、逆に普段耳から簡単に零れ落ちるものを拾った。

 風が吹く音。その風でざわめく木々。かさりと葉が地面に落ちる音。そして、ミコトには聞き覚えのない音。

「……?この音……なに……?」

「え、どれ?」

 ミコトが感じた沈黙の中で、いくつもの音を拾った。ナギも、自分と同じようにいくつも音を聞いたのかと思うと、胸がどきりとした。

「ざざぁんって言う……繰り返して、静かな」

「あ、波の音ね」

「波?…あぁ、海のね」

「ここを抜けたら、海があるよ。……せっかくだから、行こうよ!」

 何がせっかくなのか。西鳥はどうしたと口を開く前に、ナギはミコトの腕をつかみ、波の音が聞こえる方向へ走り出した。

「うわっ」

「ねえ、ミコト!海の匂いがするよ!」

「えっ……?」

 向かい風を感じながら、海の匂いを感じる。

 森を抜けた途端、先ほど感じたような微かな匂いではなく、身体を包むように感じる圧倒的な、海の、否、潮の香。

 眼下に広がる、暗い海は、月光が当たっているところが、やけにキラキラとしていて、恐怖と、感動を同時に与えた。

 しかし、月はだんだん沈んでいき、境界線の向こうから、暗い色を侵食するように、夜明けの紫が広がり始めた。

 潮の香ではなく、別の香りが二人の鼻を刺激する。

 紫から、朱くなっていく空を二人は無言で見つめていた。

 そして、日が昇った。

 境界線から顔を出す太陽は、昼間の目には攻撃的な光ではなく、ただ、優しかった。

 ミコトはいつの間にか、目から泪がこぼれ落ちた。

 ナギは瞠目して、この光景を目に焼き付けていた。

 瞬きもせず、見つめていると、乾いた目に染みる風が吹き、二人は目をつぶった、その時。


 初めて聞く鳴き声と一緒に、背後の森から、何羽も鳥が飛び出してきた。


 日に照られ、朱く染まった海上を統べるように飛び、水しぶきをまき散らす。水しぶきが虹を架ける。


 幻想的な光景に、ミコトは言葉が出なかったが、あの鳥は、

「西鳥……?」

 ナギが呟く。


 ああ、西鳥。

 この光景を見たら、誰も西鳥なんて言わないだろう。

 東の空から、太陽を待ち、昇ってきた太陽を祝福するように飛び回る。

 誰が一体こんな名前を付けたのか。


「あ、」

 船が。

 ミコトがようやく言葉を発した。

 それは、美しい風景には、少し場違いに感じる、活気の良い男衆の声。

「あれは……漁業船?」

 ナギが目を凝らしながら、舟を見る。

 遠くに行く船と、近場で漁業をする船に分かれる。

 遠くに行く船は、段々豆粒のように見えなくなっていくが、近場に船を出していた漁船はしばらく経つと、岸に戻っていった。

 二人は顔を見合わせ、岸に向かって走っていった。




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