ミコトとナギの邂逅
*
セセンの従業員たち+ナギの様子を見るつもりで病院に行ったが、何故か俺も診察された。喉はあまり使わないように言われた。了解です。
チュリオン夫妻は火傷を負ったものの、命に別状はなく、後は意識の回復を待つだけ。意識が回復した従業員たちから事情をうかがうと、新しい肥料を考えていたようだ。草木灰みたいな感じだろうか?とりあえず灰のような肥料を作ろうとしたら、予想よりはるかに燃え、火事へと発展したようだ。
何を燃やしたかは知らんが、有害な成分を含むので、その肥料作りは禁止された。
バーデの土地はガーダンやグダリムのように実りがあるわけでもなく、アービャンのように鉱物が埋まっているわけでもない。
一年中海が穏やかなので、漁業と塩が売りである。あとは治安の良さ。
治安の良さって、特産物に比べたらしょぼく見えるが、それは違う。
治安の良いことで、人々に心の余裕があり、ほかのものが発展する。たとえば医療。世界の中でも、薬の品質や医療の進み具合はなかなかのものであるようだ。あとは、セセンのような品種改良した肥料や駿馬。
治安がいいからこそ、開発や改良ができるのである。
漁業も塩もミヤもやっているので、ユート大陸ではバーデ、サルディア大陸ではミヤ、という感じで、バーデの魚や塩は海を渡らず、ユート大陸でとどまっている。
塩は生活必需品だから、ユート大陸でも売り上げがないわけではない。むしろある。牧場がたくさんあるガーダンは、憎きバーデから塩をいやいや大量購入するのだ。グダリムとは仲が悪くないが。悪くないというか、鎖国的な国だから、よくわからないのが本当のところ。
そして、ナギ。ぐったりしていたが特に異常はなく、酸欠だったようだ。よかった。俺と一緒でのどはあまり酷使しないこと。
ナギとチュリオン夫妻がいる病室へ向かう。ノックをして、返事を待たずに開けると、驚いた顔をした、ナギと目があった。
にっこりと笑いながらナギが寝ているベッドに近づいていく。慌てて起き上ろうとするナギの頭をなで、人差し指を口に持っていく。
とんとんと喉を指しながら首を傾げると、ナギはにっこりと笑った。……ミコトにこんな笑顔を向けられたの何年前だろう……。
そして、むくりと起き上がって俺の首に腕を回した。驚いて動きを止める俺の耳元で小さな声で呟く。
「イゼア兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
どういたしましてと、同じようにナギの耳元でささやく。お互い笑い合いながらぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。…可愛い。もう一人の弟のような存在だ。癒される。
小声とジェスチャーと目で会話をしながら時間をつぶしていると、隣で寝ていた夫妻が目を覚ました。
ナギは両親に駆け寄り、俺は医者を呼びに病室へ出た。
目を覚ました両親は、面会に来た父上に平謝りをし、セセンで行っていた肥料やこれからの方針を話し合っていく。
回復した従業員が集まってくることから、チュリオン夫婦が慕われているのがよくわかる。
チュリオン夫婦は、俺が初めて街の巡回についていったときに出会った人たちである。その時初めて乗馬を体験し、街に行くたび顔を出していた。
もちろんナギが生まれたときから知っており、彼も俺を兄と慕ってくれている。はじめは弟が2人もできたと喜んだが、片方は反抗期…というか毛嫌いされている状況。ナギの存在は俺の数少ない癒しなのである。
どんな態度を取られても、ミコトが大切な弟だということは変わらないが。
セセンの馬は別の牧場に預けられ、崩壊した建物はバーデが経費を七割負担で再建築する予定である。
セセンの肥料は、砂漠地帯のアービャンにものすごく売れているので、これからもよろしくといった意味もあるのだろう。
従業員も馬と同じく、別の牧場にしばらく雇ってもらいうことになり、チュリオン夫婦はしばらく入院。そして、ナギはバーデ家があずかることになった。
両親の見舞いは週二くらいで。全く会えなくなるわけじゃないから、ナギは特にダダこねることもなく、むしろバーデ家に意気揚々と向かっていった。
俺がいるということが結構大きいらしく、頼りにしているねという、信頼満点の視線を向けられると、嬉しいやら緊張するやら。
ナギはミコトと同じ五歳なので、友達になって、なおかつ俺とミコトの仲が改善されたらいいなぁという他力本願なことを思いながら、帰路についた。
家について事情を説明し、とりあえず家族を呼ぶ。もちろんミコトも。
「じゃあ、自己紹介してくれる?」
大勢の大人の前で緊張しているのか、表情が固まっているナギの肩をなでながら促す。
「あ、えと…今日からお世話になります。ナギ・チュリオンといいます。五歳です。よろしくお願いします」
五歳らしい、可愛い自己紹介にみんなの表情がほころぶ。
特に女衆からは好評。困ったことが何でも言ってね!と頭をなでられまくって照れていた。
男衆は大変だったぁと、これまたナギの頭をわしわしと撫で、おかげでナギの頭はぼさぼさだ。ついでにあっけにとられている…というか一気に体力を奪われたようだ。
母さんがナギの髪を撫でつけながら、ミコトをナギの前へ押し出す。
「ふふ、自分の家みたいに寛いでね。あと、次男のミコト。あなたの同い年よ。ミコト、」
「……ミコト・バーデ。…よろしく」
同じ五歳でも、愛想…というか可愛らしさがない。ぶっきらぼうに言うミコト。バーデの血筋はみんな紺碧。この八百年変わることなく続いてきたため、市民の常識となっているくらいである。
ミコトの容姿を見て、ナギがどんな反応をするのかみんな心配そうに見ている。
人間は異物を排除しようとする本能がある。閉鎖的なところではそれが顕著になる。バーデという箱の中の常識で生まれ育った子供。子供は時に残酷なほど正直である。
ナギはミコトの紹介をされて、ミコトの自己紹介を聞いても、表情は変わらずニコニコしていた。
「よろしく、ミコト。…あ、ミコトって呼んでいい?」
「…ぇ、うん」
「僕のことはナギって呼んでね」
「う、うん」
予想外の反応にミコトはとまどい、大人たちは安心したような表情を浮かべる。
「ずっとあってみたかったんだ。話には聞いてたけど、すごくきれいだね!その髪と瞳!」
「…?……!?」
一瞬やべぇと思ったが、ナギの発言に思わず同意する。
「だろう?すごくきれいだよな」
「うん。リリーみたい!あ、リリーはセセンで育てている馬でね、銀灰色の毛並みのきれいな馬なんだ!」
「…うま、」
「見たことある?」
「…ううん」
我が弟はヒッキーに近いからな。外出は庭ぐらい。
「ほんとう?すっっごくきれいな馬なんだ!セセンが直ったら、一緒に乗ろうよ!僕、将来は騎馬のめいしゅになりたいんだ!ミコトはなにになりたいの?」
「え、……まだ決まってない。ただ、もっといろいろなことを知りたい」
「セセンのことなら教えられるよ!」
「…聞きたい」
「うん。ミコトも僕にいろんなこと教えてよ。ミコトはいっぱい本、読んでるんでしょう?」
「…そうだけど、どうし」
「はい!まぁそういうことで、自己紹介はここまで。とりあえず俺とナギは食べ逃した昼食を食べるよ。……ミコト、」
「…なに?」
「俺はほかにやることがあるから、ナギのこと、頼むな。ナギも。おしゃべりは昼食のあとね」
「うん!」
ミコトの声を久々に聞いた俺としては、もうちょっと聞いていたいが、外で自分の弟のかわいらしさを自慢していたなんてばれたら、すでに嫌われているが、かっこいいお兄ちゃん像が崩れてしまう可能性があるので、とりあえず回避。
朝のような声のかけ方だと逃げられるが、目をしっかり見て、逃げられないように少し強めにミコトを呼びかければ、反応は、してくれる。ただ単にほかの人の目もあるからかもしれないが。
これなら行く先明るいかもしれないと思いつつ、くぅくぅとなる腹を満たすべく、ナギと食堂に向かった。
第二章はミコトを中心に進んでいきます。




