稽古→セセン火事→ナギ救出
ネタが浮かんだので一気に進めるつもり
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自室で絶望的、不甲斐なさ、苛立ちに押しつぶされそうになっていると、部屋がノックされた。返事をする前に開かれたところに、父上とジャンさんがいた。
「…父上?ジャン?」
何か用かと首を傾げながら近寄ると、短く一言。
「稽古だ」
…あぁ、地獄が始まる。
これ以上俺の胃に負担をかけないでほしい。俺繊細なんだから。
今まで父上に射殺…銃殺?いや、稽古を付けてもらっていたが、今日は少し趣向を変えて、体術をやるようだ。
…体術ねぇ。幼稚園から小学校まで柔道をして、中学で空手にはまり、高校で銀色侍に出会って剣道に熱中してきた俺。
これを結月に言うと射手座(前世の俺の誕生日より)の飽きっぽさが出ているわねと言われた。ついでに言うと、私も飽きられるのかしらと、憂いいっぱいで言う結月に土下座した。
だって、飽きられる前に飽きてやるわ!なんて言われたら泣いちゃうじゃん。
話を戻して。とりあえずジャンさんには拳法とかを教えてほしい。
知らないことを教えてほしい。知らないからこそ知りたいという人間の本能さ!
まあこの世界にそんなもんあるわけがなく。
とりあえず、ジャンさん流の体術をたたきこまれていた。
父上の地獄の稽古より反射神経だけはぴか一な俺。避けて躱して隙をついて、フェイント仕掛けてぶん投げられ受け身を取って。懐に潜り込んで腹に一発入れられ、飛び退っての追い討ち掛けられ。
これって時間をかけることだけ、俺不利だよね。いや、勝てるとは思ってないけど、勝気で行かなきゃとれるもんもとれないし、奪えない。
捨て身で行ってみようかなと、間合いを取って攻撃を仕掛けるよう誘う。
繰り出された拳を、涙を悲鳴と痛みをこらえて腕でガード。今絶対軋んだよ、骨。骨折してたらどうしよう。
止めた拳をすかさずつかみ、渾身の力で引き寄せる。崩れた体勢を狙い、腹に蹴りを入れ、しびれる腕で、アッパーカットを繰り出す。
「…!」
うまくいったと思ったのは束の間、引き寄せていた腕を逆につかまれ、そのまま、またぶん投げられた。
受け身を取る暇もなく、地面にたたきつけられ、呼吸が止まる。
「…っ」
目の前がちかちかとして、頭が揺れる。首に衝撃が行ったのか痛い。
上半身を起こそうとしたが、視界が白く浸食されたので、重力に従い背中を地につけた。
「…うぅ~」
呻く。痛いといいたいが、億劫だ。
目を閉じると、日光が目蓋を貫き、眼球に突き刺さっているように気分になり、軋む腕を目に当て、ガードする。
「……なかなかいい筋だな」
「あんまり足が仕えていないな」
「足腰もっと鍛えなきゃだめだな…」
「腕力は木刀を振れば大丈夫だな」
「他は……」
向こうで父上とジャンさんの会話が聞こえる。
うーむ、課題がいっぱいのようです。
「…イゼア」
「はい!」
呼ばれて飛び出てめまいが襲う。うっぷ。
ふらつきながら二人の所まですっ飛ぶと、ジャンさんが頭をポンポンと撫でてくれた。うれしいけど、ちょっと恥ずかしい。
「…はい、何でしょうか」
一旦深呼吸して、落ち着かせる。
父上はジャンさんにちらりと視線を向ける。ジャンさんが口を開く。
「イゼア、お前はなかなか筋はいい。課題はあるが、大丈夫だろう」
クールにふっと笑いながら、言うジャンさんがイケメン。顔にある傷も、イケメン要素の+αにしかならないから不思議だ。
「ただ、なぁ…眼が、正直だ」
「……目、が正直?」
「あぁ。お前はまっすぐ相手を見据えて、冷静に判断して、……別に問題はない。だけど、眼は語るぜ。次、お前がどんなことをしようかすぐわかる」
「目は口ほどものを語るというけれど……」
「反射神経で動いて、的確についてくる。頭で考える前に動いているが、やっぱり、眼で判断して、動いている」
苦笑しながら、なんていえばいいのかと、頭をガシガシと掻く。
でも、言いたいことはわかる。
相手の動きを目で確認しているから、フェイントに引っかかっている。読まれている。
すると父上が口を開いた。
「イゼア、お前は反射神経がいいが、せっかくのそれを眼で駄目にしている」
「……目を閉じろということですか?」
殺す気ですか?と案に聞いているのだが、伝わっただろうか。
「違う。まあその稽古もいつかはやる予定だが。……お前の苦手分野を鍛えなきゃいけないんだよ」
いつかやるんだ。フルボッコされて終わるよ。
口には出さないが、うえって気分だ。つまり…龍巫だろ。
顔に出ていたのか、目が言っていたのか。
「そう、龍巫。お前は龍巫自体を認識するところから始めないとだめだな」
「だが、龍巫は自分次第だから、俺たちゃなんもアドバイスもやれねぇんだ。わりぃな、若」
「うぅん。…頑張ります」
その一言に、今日はここまでだといわれたので、礼を言って三人で食堂に向かう。昼は何だろうか。食べる前に湿布をもらおうと、廊下にいたメイドさんに声をかけようとしたら、大声が聞こえて、喉まで出かかった言葉が、逆流し、大声が聞こえた方向を三人で見る。
「…だ!……だ、急げ!」
「なんだって?」
ジャンさんが俺に聞き返す。俺も聞こえなかったので首を傾げる。
すると父上が珍しく声を張り上げた。勿論ビビった。
「おい!何の騒ぎだ!……ソニア、何があった?」
父上の声は相変わらずよく通り、ぴたりと静まりかえった。呼ばれた部下、ソニアはこちらまですっ飛んできて、早口に報告する。
「ボス、街の西通り、セセンで火事が発生した!夫婦二人が怪我を負い、意識が不明。従業員も怪我はないが、同じように意識不明な奴と嘔吐している奴がいる。火元は不明だが、煙に何か含まれているようで、救助に当たったものも体調を崩して病院に搬送された!」
「「「!!」」」
状況を聞いた父上は、すぐさま指示を飛ばす。
「住民を避難させろ。火は俺が消す。馬は放してあるか確認しろ!あと病院に取次ぎを!」
屋敷から一斉にみんなが飛び出す中、俺は迷わず父上の後を追った。
セセンといえば、チュリオン夫婦と、十人程度で回っている、バーデの数少ない、小さな牧場である。野菜の品種改良をしている。他の動物はいないが、唯一馬を育てている。駿馬と名高く、数少ないバーデの特産品である。
そして、弟と同い年の息子がいたはずである。
「父上!チュリオン夫婦には一人息子がいる!」
「…ナギか!」
セセンについたときには、建物の三分の二が焼けていた。
俺はポンプで水を汲み、父上と自分に水をかけた。すると、父上はシャツを破き、俺と自分の鼻を覆った。そういえば煙に何か含まれているといっていた。
「イゼア、俺は火元の所に行く。お前は建物の後ろから入り、ほかに人がいないか確かめろ。火の回りは早い。気を付けろよ」
「はい、父上も!」
言うが同時に走りだし、建物の鍵がかかっているドアを、立てかけてあった鍬でぶち壊して、飛び込んだ。
煙はすでにこちらまで迫っており、思わず立ち止まる。しかし、上から物音が聞こえたときには、階段を駆け上がっていた。
ナギと叫びたいが、煙でそれ言えない。やけに染みる煙をかき分け、閉じられた扉を開けると、ぐったりした子供・ナギがいた。
「ナギ!」
呼びかけると、朦朧としており、一人で立てないようだった。自分の鼻を覆っていた布をナギに掛け、少々重い身体を抱きかかえ、引き返そうとすると、今いる位置と扉の間の床から火が噴いた。
「はぁ!?」
一階で火事があったはずだが、天井も燃やす火力のようだ。この世界の家の天井は高めなのに!
床から噴いた火は、あっという間に部屋を燃やし、上ってきた階段も崩れている。燃えやすい木で建物立てるなよと思うが、今文句を言っている暇はない。
みしみしと、今立っている足場さえやばい。ここが燃えたら、下の火の海に落ちるのは目に見えてる。
周りを見回しても火火火。そして、窓!
燃える床を踏み、しっかりとナギを胸に抱きかかえながら、窓に突っ込んだ。
背後から感じる熱風と共に、外に飛び出た。
パァアン!
割れたガラスは微かに俺の肌を割きながら、一緒に俺と地面に向かって落ちていく。
ダムッ!
地面に着地したと同時に、背後で建物全体に火が回り、崩壊する。崩れ迫ってくる元・建物から逃げるため、しびれる足を懸命に動かし、その場から離れた。
建物の正面あたりには人が集まっており、見慣れた姿を見つけると、そこに突っ込んでいった。
「どに゛!なぎを、げふっ、お゛ねがい!」
煙を吸ったのが、喉が痛いような、絡まるような違和感を感じながら、ドニさんにナギを渡すと、すぐに病院に運ばれた。
ほっとして、振り返ると同時に、またもや爆風が俺を襲った。
持っていかれそうになる体を、懸命にこらえて建物を見ると、火は消えていた。…父上、何をした。
あたりが煤けたような空気が漂うなか、ほぼ崩壊した屋敷から父上が出てきた。
死ぬとは思っていなかったが、無事な父上の姿に安心した。
「ちちうえ゛!ごぶ、グフ、ごほごほ!ご無事ですか!?」
せき込みながら訊ねると、落ち着かせるように背中をたたかれた。
「大丈夫か?覆っていた布は?煙を結構吸ったな、体調は?」
逆に尋ねられたが、ああ、しゃべらなくていいといわれた。とりあえず体調は悪くないかと聞かれ、首を振る。
とりあえず片付いたと、その場の人間がはぁー…と大きく息を吐いた。