銀と蘇芳と、弟と。
第二章、スタート
大きな産声が聞こえてから、俺は我慢できずに部屋に飛び込んだ。
メイドや部下の人はとりあえず、部屋の前で待機させる。真っ先に子供を見るのは家族の特権だろう?
母さんと父さん、そしてエイダさんがいる。
父上は俺が生まれるときは、エイダさんに叩き出されたようだが、今回は意地でも付き添うと、陣痛で苦しむ母さんと同じくらい、険しい顔をして一緒にいた。
妊娠期間いろいろ苦労はあったが、二度目の出産ということで、前回より短く終わったらしい。それでも九時間って長いよな…。
女は強し、この言葉の根本はここにあるとしみじみ感心する。
「父上!お母さん!」
部屋に飛び込んできた俺に、みんなが一斉にこちらを見る。
安産だったようで、みんなほっとしたような顔をしているが、違和感がある。
「……あかちゃん、産まれたんでしょう?どうしたの?」
赤ん坊はいまだに元気に泣き続けている。
前世で俺は産まれてから十五分間呼吸をしていず、みんなをひやひやさせたらしい。無事に呼吸を吹き返したそうだが、俺に前世で兄弟がいなかったのは、母親がそれをトラウマになったから。…うん、ごめん母さん。
では、何故…?
訝しんでいると、母さんが俺をか細い声で呼ぶ。
ベッドに駆け寄り、母さんの顔を覗き込む。
相当体力を消耗したようで、ぐったりして、額には汗が玉のように流れている。
「お母さん!大丈夫?あかちゃんは?」
「イゼア、だいじょうぶよ。落ち着て。赤ちゃんも元気よ」
カルマと父上に呼びかけ、赤ん坊を受け取る。
「男の子でね、弟よ。あなたとは四歳はなれてるわね」
「おとこのこか……!ねえ、早く見せて」
母さんに抱かれて、落ち着いたのか、赤ん坊はすっかり泣きやみ、すやすやと眠っているようだ。
逡巡して、父上を仰ぎ見る母さんに、父上は静かにうなずいた。
母さんの腕の中を覗き込むと、赤ん坊は、顔を真っ赤にして目を閉じていた。
弟の髪は、銀色だった。
「…!わぁ、銀色!すげぇ!」
しかも天然パーマ!
先ほどの両親の様子は、頭から一度抜け落ちる。
俺は子供のように興奮して、目を輝かせた。いや、子供だけどね!
この興奮を分かってくれる人はこの世界にいないのが口惜しい。
佐鳴はよく本を読んでいるけど、漫画って読むのかな。
しかし金髪でも黒髪でもない。銀髪……アルビノの可能性はあるだろうか。肌は白いが、これぐらいなら標準だろう。
母胎にいて、日焼けしている方が怖いが。
アルビノではなさそうなので、安心する。
アルビノでも、もちろん問題ないが。
「父上!名前は?もう決めたの?」
「いや…まだた」
もう少し考えようかなと思ってなといいながら、ベッドの端に父上は座った。
そして、俺のほうを真っ直ぐ見る。
何か言いたそうだが、俺は目を開けた弟に興味が向けられた。
「あ!目、開きそう」
「……」
きっと俺と同じ紺碧色だろう。
バーデ家は代々紺碧色らしいけど、紺碧って優性遺伝子なのかな。黒と紺碧だったら、黒優性だと思うけど。
それでも楽しみんでたまらない。
目をゆっくりと開くと、それは紺碧とは程遠い、否、正反対の赤。
蘇芳だろうか、暗めの色だが、赤ん坊の瞳の光と対照的で、妙に目がひきつけられる。
俺の身近な人って目力ある人多いよな…と思いながら、俺は満面の笑みを浮かべて、赤ん坊の頭をなでた。
髪は生えそろわず、ちょっと湿っていて、頭は柔らかい。おそらく骨がまだ、ちゃんとした形に収まっていないのだろうと、力を入れないように気を付ける。
ちなみに俺は冷静になろうと頑張っているが、動揺しまくりだ。
え、某漫画の主人公が俺と一緒にトリップしちゃいました?生まれる世界間違えちゃいました?いや、そんなことよりどうしよう。めっちゃかわいい。猿みたいにしわくちゃだけど、めちゃくちゃかわいいよ。
将来こいつ、サムライになるのかな。いや、バーデも場合マフィアかな。いや、サムライでしょう。
強要はしないけどね、コスプレはしてもらいたい。
そして、両親の微妙な反応の理由に納得しながら、これからこの子は…と一抹の不安を抱えながら、両親に顔を向ける。
二人とも、俺のほうをまっすぐ見ていた。
母さんは不安そうに、父上は静かに。
興奮と冷静さを混ぜ合わせながら、俺はにっこりと笑っていった。
「すっごく可愛いね!俺、絶対この子のこと守るから!父上、明日も修行つきあってくださいね!」
二人は、安堵したようで、俺を無言でだきしめた。
それからメイドや部下が入ってきて、みんな結構動揺していた。ここではアルビノとかないのだろうかと首を傾げる。
それでもみんな笑ってお祝いを始めた。
マリアさんは二人目の甥に大はしゃぎをして、ジャンさんにしばらく子供はいいわね!と断言していた。
ジャンさんは微妙な顔をしていたが、マリアさんの耳元で何か言って、マリアさんを赤くさせ、蹴られていた。
結婚しても変わらない叔母夫婦に苦笑いしながら、弟の名前をひたすら考える。
この子は将来、どんな子になるだろうか。
バーデ家の血筋は紺碧色なのは、この800年変わらずそうだったことを考えると、周りがあれこれ憶測を言うのは目に見えている。
母さんの謂れのないことも言われるかもしれない。
まあその時は、その人が消されるだけだから、どうでもいいのだが。
差別に屈しないで、この子はまっすぐ生きていけるだろうか。
バーデなんかに生まれなきゃ、差別なんて受けずにいられただろう弟に少し同情する。
それでも、まぎれもない、俺の初めての弟で。
弟には悪いが、俺はバーデ家で生まれて来てくれてうれしくてたまらない。
「父上、名前……かんがえたのですが」
「お前が?」
まあ子供が名前考えるって…あれだよね。却下されるだろうか。
「まあ、どんな名前を考えたの?教えて?」
母さんは弟の頬をやさしくなでながら、こちらを見る。
俺も後でベイビー肌を満喫したい。
「えと、…みこと」
「ミコト?」
マリアさんもジャンさんも、もちろんドニさんにエイダさん、その他大勢のメイドと部下が異口同音で、その名前を言う。
みんなハモったことにどっと笑う。
大笑いに驚いたのか、弟は母さんの腕の中で大泣きを始めた。…元気だな。
必死にあやしながら、母さんは理由は?と聞いてくる。
「みことって、命とか尊ぶって意味がある……って何かの本に書いてたから!その子がこれから元気に、その…」
差別されるとは限らない未来について言うのは憚れる。
俺、差別されないかもしれないのに、こんな風に考えるなんて、なんか嫌な奴だな…と自己嫌悪に陥った。
言葉が続かなく、うつむく。
すると、耳には沈黙ではなく、すすり泣きが聞こえる。
ぎょっとして顔を上げると、メイドたちはハンカチを取り出して泣いてるし、部下たちは目頭を押さえて男泣きをしている。
え、何。ごめんなさい。
頭の中で混乱しながらも謝っていると、マリアさんに抱きしめられた。
胸に顔が当たって呼吸ができない。
ちょっ、死ぬ!命が…!とバシバシとマリアさんの脇をたたく。
背中まで腕が届かない。
「イゼア!………ぐすっ」
マリアさんの上ずった声が聞こえる。え、しかも泣いてる!?
ようやく解放されてから、父上に慌ててやっぱり父上が決めますよね―――!とまくし立てようとしたと同時に、父上が宣言した。
「よし、こいつの名前は―――ミコトだ」
文句のあるやつはいるか?
にやりと周りを見回して、訊ねる。
「ありませんーー!!」
大声と泣き声と、拍手が部屋に溢れた。
あやされた泣き止んだはずの弟、ミコトはまた泣き出した。
よくなく弟だなぁと思いながら、ミコトを抱っこさせてもらった。
重くて、あったかくて、柔らかい。
俺のたった一人の弟を、ぎゅっと抱きしめた。




