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番外編3*カルバーンの呪印



  

 目が覚めると、天国だった。

 なんてこともなく、痛みで目が覚めた。頭が痛い。視界がぼやけ、指一本まともに動かせない。

 多分生きているんだろうな~と思う。自分が。そしてカルマ・バーデも。

 視界の半分が紅く染まる。初めに打たれた額は一応血が止まったようだ。血が固まっている。

 重い頭を持ち上げ、狭い視界であたりを見回すと、女がいた。

 女はうつむいていて、髪が顔にかかり表情はわからない。

 地面に手をつき、龍巫を流していた。

 ツールもなしに、そのまま大地に龍巫を垂れ流して何やってんだこいつ、と回らない頭でそんな感想がはじき出される。

 こちらが動いてもやはり反応は見せない。

 自分の体なのにどうしてこんなに重いのか―――と、うつぶせの状態から、腕を酷使し、上半身を持ち上げる。

 まだ齢ではないが、びきっと腰に走った痛みに涙目になる。普段どんな怪我でも涙なんて浮かべない俺が!あぁ、精神的にいろいろ参っている。

 何とか体制を整え、足を延ばした状態で座る。

 カルマ・バーデにぶち抜かれた手足は、いまだに血を流し続けるが、砂やほこりが傷口に入っている。

 このまま放置したら化膿するなー腐るなーめんどくせーなー。

 手足に向けるあやふやな焦点を定め、視線をあたりに走らせると、身体をすこし縮こまらせた金髪の頭、カルマ・バーデを見つけた。

「…生きてる」

「なんとか」

 問いかけではあるが、問いかける雰囲気は全くない。それでもカルマ・バーデは気にせず答えるが。

 意識はこちらよりもはっきりしているで、こいつ化け物だな、と妙に確信的なことを思う。

 盛った毒は、どんな野郎も一分もしないうちに、あっさり昇天してしまっていたが、カルマ・バーデは悪運に強いのか、それとも毒になれているのか、はたまたしぶといだけの根性野郎か。

 最後はないだろうねぇと思いながら、俺は大の字になって寝そべった。

 視線の先の上、普通ならば空が見えるだろう上空を見て、驚愕した。

 ガバリと身を起こそうとするが、身体に激痛が走り、停止。そのまま重力に引っ張られ、再び背は地面に抱擁された。

 倒れこんだ衝撃で、砂が舞う。月明かりが原因だと思ったが、ここの砂漠の砂は白かった。

 白い砂は、俺たちをボールの内側に閉じ込めているようだった。結界のように、俺たちを守っているように感じる。

 外から見たら、きっと大きな白い球体に見えるだろう。

 砂のドームの中は砂が舞っているようには感じない静けさがあった。

 なんで、こんなことがーー?

 はっとして、いまだに龍巫を垂れ流し続ける巫女を見る。

 彼女は垂れ流しているのではなく、砂一粒一粒に龍巫を流していた。

 その様子を見て、カルマ・バーデの不可思議な、自在に動く弾丸を思い出す。

 なんとなく感じる龍巫の気配の流れに言葉が出ないまま、沈黙が空間を支配する。

 その沈黙を破ったのは、意外なことに巫女だった。

「……ぁ…ぅ」

 微かに聞き取れた言葉に、カルマ・バーデが飛び起きる。

 おーい、動くと毒が回るぜぃ。あれ、もう回ってんのか?

 心のツッコミを舌にのせる前に、口の中に大量の砂が入った。

 どうやらカルマ・バーデが痛みをもろともせずに、巫女に触った瞬間、俺たちを覆っていた砂が、上から降ってきたらしい。

 突然のことに対応できず、噎せて、せき込む男・俺。

 砂をまるっと無視して、巫女を気遣うカルマ・バーデ。

 ヤバい、俺ダサい。

 おい、攫ったってことは惚れているんだろうけど、突如二人の世界を作らないでくれませんかー生涯独り身の運命のカルバーンに対してケンカ売ってんのか。

 カルバーン総出で喧嘩買うぞこのやろう。


 俺の心情は全く無視で、カルマ・バーデは巫女を抱き起した。胡坐をかいてそこに座らせる。

 ぼんやりとした顔で、焦点が定まらず、ゆらゆらと揺れる頭を固定して、覗き込む。

「大丈夫か?」

 妙に固い声音で尋ねると、巫女は驚いたことに本当に反応した。

 うつろな瞳は黒真珠のような輝きになり、カルマ・バーデの紺碧の瞳をしっかりと見つめて、ゆっくりと瞬きした。

 微かに微笑んだようで、口角がわずかに上がる。

「…ありがとう。助かった。助けるつもりが助けられたな」

 ほっとした様子で、礼を言う。

「あの惨事からどうやって…」

 頭に浮かんだ疑問はそのまま口へ。

 カルマ・バーデはようやく俺のことを思い出したようで、こちらを振り返る。おい。

「知らん」

「…は」

 ふん、と鼻で俺をあしらってから目が語ることには、自分は全く龍巫に詳しくないんだから、知るはずねぇだろ馬鹿か貴様というところか。

 やべぇ腹立つ。

「……どと、や……」

「ん?」

 こちらに向けられた視線はあっさり腕の中へ。

 聞き取れなかったので、聞き返すと、先ほどよりもはっきりな声音が、怒りと…恐怖をにじませて吐き出される。

「二度と、やめて。あんなこと…」

 黒真珠から透明な真珠が零れ落ちる。

 目を見開くカルマ・バーデ。

「悪かった。…恐がらせたな」

 攫ってやったのに、こんなところで野垂れ死になんて最悪だよなと苦笑する。

 それには全く同意である。まぁ俺が相手だったから任務遂行はほぼ不可能…といいたいが、先ほどの戦いで実力はほぼ互角だったわけで。

 でも、怒りでネジさえ飛ばさなければ…とうだうだ言い訳をしていると、巫女は首を振る。


 ・・・・

「あなたが死ぬのが怖かったの」


 きょとんと若当主らしく、呆けた顔をするカルマ・バーデをよそに、なるほどねぇと納得する。

 これが女と男の考え方の違いですかねぇ。さらっと惚気られましたねぇ。

「……そうか。なら、二度とやらねぇよ」

「ほん…と?」

「なら、お前が見張っていればいいだろう?ずっと」

「…う…ん」

 こいつ天然か?それとも故意か?なんて思いながらその様子を眺める。

 まぁまぁ巫女は嬉しそうな顔しちゃってさぁ~。これじゃぁ廃人なんて呼べねぇよ。

 イチャイチャし続ける二人に、あえて空気を読まずに声をかける。…地味に俺、イラついてるからね?

「で、これからどうするわけ?そんだけ動けりゃ、もっかい確実に来るかい?」

 ふらりと身体を起こしてカルマ・バーデを見据える。

 奴もこちらをしっかりと見据え、あっさりと答える。

「俺はヤる気はないが…任務を請け負っているお前としては、もっかいヤッたほうがいいのか?」

 首を微かに傾げながら問うカルマ・バーデ。金髪は砂まみれになってはいるが、それでも輝きを失わない。

 たしかにこのまま任務失敗しました~と神殿に戻れば、あのクソ豚に殺されるだろう。

 運よくて廃人か。実験に使われるか…。

 どうしようかねぇと軽くぼやく仮面の下には、目まぐるしくこれからのことを考える。

 すると、こちらの悩みを見越してか、バーデ当主は訊ねる。

「初めに言っていたが……カルバーンは徴兵制でなっているわけじゃあなさそうだな」

「……カルバーンは主に誘拐されてきた奴らだ。神殿にに住む豚どもは、どういう原理か知らねぇが、龍巫で俺らに呪いをかけたのさ。永遠に俺らは豚の下僕さ」

「成る程。それで、意のままに操る、ねぇ」

 納得するバーデ当主。

「カンジャーリス協定では、内政に干渉しないと定義されているが、誘拐などについては各地域に任されている。しかし…地域内ではなく、お前の口ぶりからするとほかの地域から誘拐されているみたいだな?」

「あぁ、主にシェンカがアービャンから誘拐した子供をミヤの上層部、神殿の豚に売りつけているらしいな」

 あの豚は自分で汚いことはしないからな。商品を買ったといえばそれだけだと吐き捨てる。

「シェンカは…バーデの下のガーダンの密輸の噂も絶えないからな。そこをつけば、ジェントート島まで持ちこめるか……いや、微妙だな」

 蜥蜴の尻尾切になるのは目に見えている。

 眉間にしわを寄せながら悩む姿をみると、思わず笑みが浮かぶ。

 カンジャーリス協定は各地域無関心で干渉せず、必要最低限の接触と補いで二度と争いを起こさないようにしましょう――――という、実に保守的な協定である。

 跡継ぎのくせに、それを破り、見知らぬ奴隷のために頭を悩ます姿を見ると、さすが最も安全性を誇るバーデ当主だと納得する。

 バーデでも犯罪は起きるが、それは大抵ガーダンからきた奴らだと報告されている。

「……困ってる?」

 二人とも己の思考の海に沈んでいると、巫女が突如話しかけてきた。

 え?俺?

「ん?まぁな」

 あぁ、あんたね。わかってたけどね。

「……どうしたい…の?」

 今度はまっすぐ俺のほうを向いてきた。…どういう吹き回し?バーデ当主を殺さないってわかったからか、それともバーデ当主が俺について考えているからか……。

「んー……とりあえず、カルバーンにこれ以上哀れな子供を入れないために、長のある一派を皆殺しにして、なおかつ俺らの安全と自由を確保したい」

 まぁなんとわがままな要望でしょうと思う。

「………」

 俺の答えを聞いて何を思ったかは、そのおきれいな顔からは何も読み取れない。

 ただ、俺をひたすら見ている。

 そして、俺を手招きして呼んだ。

 ちょいと驚いたが、重い身体を引きずって、二人に近づく。

 正確には、バーデ当主に抱き込まれた巫女だけど。

 触れれる距離にまで近づくと、躊躇なく俺の腕に触れ、目を閉じた。

「………ミヤの長は文字と…龍巫を一緒に操ることが多い…の」

「文字?」

「あなたの……身体は…龍巫は正常に流れている……けど、身体が縛られている。心臓付近に呪印が…あると思う」

 切れ切れに言われた言葉を反芻して、ガバリと自分の服を脱ぐ。

「……なんもねぇな。というかあったら気づくよな」

「背中は?」

 バーデ当主に背中を見てもらうが、やはりない。

 どういうことかと巫女を顧みると、背中の丁度心臓部分、そこに龍巫を流した。

 途端に、身体に激痛が走る。

「…!?っくはぁっ……ぅぅ゛」

「龍巫が反発し合っているな……」

 龍巫は自分のものじゃないと反発し合う。

 指一本ままならない中、吐血しながら、尋ねる。

「ゴボっ、…く、どう…いう、」

「!?……お前の背中に呪印が浮かんでいるな」

「どんな!?」

 ほとんど怒鳴りながら、訊く。

 地面に描かれた呪印はあのクソ豚野郎に一派の象徴文字だった。

 巫女も俺に龍巫を流すのをやめる。

「文字と龍巫の関係は……よく知らない。けど、文字と人は…繋がっている」

「なるほど、離れていても文字に龍巫を流すことができるってことか」

 大丈夫かと俺の背中をさすりながら、巫女に話しかける。

「幽閉されていた巫女は……?にしても、詳しいな」

「…?」

「自分のことはわからないのか?」

「あぁ、それな。巫女は生まれたときからほぼ神官の龍巫漬けにされて、洗脳状態になる。巫女は龍巫が多いものが選ばれ、龍巫を様々なことに使われ、実験される」

 きっと文字と龍巫の実験もそこでやったんだろうと予想を話すと、巫女もどこか焦点が合わないまま、多分昔を思い出そうとしながら、曖昧にうなずいた。

 話を戻して、

「これ、結局どうすればいいんだ?」

 見えない呪印について聞くと、基本巫女たちが扱っていた文字は札に書いていたらしい。破いたら効果がなくなるらしいが。

「肌…これ刺青かな。彫ってるのか?」

 呪印のあったところをつつきながら、バーデ当主が眉間にしわを寄せる。

「結局…呪印がなくなれば、というか、形が呪印にならなきゃいいだけだろう?」

 多分とうなずく巫女に、俺は最高級の笑顔を見せたと思う。

 視界の端で、バーデ当主の表情が少し崩れたところを見て、

「青春…今から取り戻せるかねぇ」

 と年よりじみたことを呟き、二人に首を傾げられ、にやりと笑って見せた。




あー、番外編4行くわ

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