番外編2*カルマとゼンの戦闘
戦闘シーンって難しい
*
噂は本当だったと思いながら、器用に塔を垂直に――目立たないために屈んで歩いている。
覗く窓の中には、ピクリとも動かない女たちがたくさんいた。
巫女という名目でここに囲われているのにもかかわらず、龍巫の気配が全く無いものもいる様子を見ると、死んでいる奴も混ざっているかもしれない。
ふと目に入った開いている窓から入っても、中にいる巫女はきっと反応もしないのだろう。
無意味と分かっていながらも、なぜかそこに飛び込んだ。監獄のように白い部屋と同じくらい、肌が白い女がいた。
白と対照的な黒絹の髪は滝のように流れ、床の上で乱れていた。
なんとなく、声をかけると女がこちらを向いた。目はうつろで、表情のない女は空虚だった。
それでも、女はこちらを見て、微かに声帯を震わせ、力の入らない腕をこちらに伸ばしたのだった。
驚きと共に、無性に怒りがわいた。
女に問いかけた。生きるかと。
言葉が通じているのか、その前に認識できているのか。
女は間を開けながら、微かに首を縦に振った。
「攫ってやろうか」
「……ほ…とぅ?」
「あぁ」
女は笑った。
驚いた。感情があったのかと。
暗くなり、神殿の周りは明かりがともるが、隔離された塔は一切光が無い。月明かりだけが頼りの中、昼間と同じ部屋に行った。
窓が閉まっていたから、ノックをすると、女は窓を開けようとしたが、開け方がわからないらしい。
弱弱しい力で、窓ガラスをひっかく。
鍵の部分を指し、身振りでどうにか伝えると、女はやっと窓を開けた。
「ん」
手を差し出す。
ゆっくりとした動作で、手がのせられた。
*
「で、今に至る」
「……俺の全くの見当違いかよ。でも、嘘をついてないしなー」
龍巫で人を操るのはとても大変だ。相手にも龍巫があるので、反発し合うのだ。
ミヤの上層部は力でねじ伏せ、相手を傷つけて縛るのに対し、攫ったやつは、傷つけずに操ったと思ったのに。
攫った相手が余ほどの嗜虐趣味者じゃなければ、攫うものは傷つけないと思ったのに!
ことごとく自分の予想が外れたことに対してか、期待がはかなく散ったことに対してか。はたまたあの豚を×××できないことに対しての怒りか。悲しみか。失望か。
「……大体、俺は相手を意のままに操るようなことは出来ないし、しない」
淡々と説明し続けたバーデ当主に、心外そうに言う。
「そりゃぁ……悪かった」
でもそれじゃあ。
「あんたを生かす理由もないな」
この時俺はちょっとねじが緩んでいたか、飛んでいたのかもしれない。
龍巫を自分の武器に通す。通しきれない龍巫が身体から漏れ出し、空気を震わして爆発した。
ドォン……
ガラガラ……ズゥン……
廃墟はあとかたも無く粉砕し、地響きが響き渡り、砂埃が蔓延する。
動く気配を察知し、相手の周囲に鋼糸を張り巡らせる。
蜘蛛のようにそれを伝いながら、背後を取り、首を刎ねる。
いや、刎ねようとした。
しかし、金髪が数本宙に舞っただけだった。
そして咄嗟に首をそらしたが、頬に熱いものがはしる。
嗅ぎなれた血の匂いだと察知した時、相手の攻撃が俺の足元を爆破させる。
お互いに距離を取る。
バーデ当主は鋼糸が龍巫を通していると気づいたのか、舌打ちをする。
自業自得だが、建物を自分で破壊してしまったため、鋼糸を張り巡らせにくい。
カルバーンは暗殺が主だが、戦闘に持ち込まれても大丈夫なくらいの戦闘スタイルはかね揃えているつもりだ。
どうやらバーデ当主の武器は拳銃であるようだ。
遠距離から狙えるから、接近戦を得意とする俺には向かない相手だが、それは相手の実力が下のとき。
逆に言えば、相手は接近戦を苦手とする。持ち前の速さを生かし、接近戦へと持ち込む。
懐に潜り込み、ナイフを滑らせるが拳銃で受け止められる。
二本のナイフで攻め、二丁の拳銃で防がれる中、体術勝負になってくる。
「なかなかやるねぇ?」
「お前もな」
離れては交わる視線の交差。お互い笑みを浮かべていた。
実力は互角だろうか。
相手の発砲が地面の砂を飛び散らかせる。お互いの姿が掻き消える。
その一瞬にいくつもの弾丸が砂の壁から飛び出してくる。
そのうちの一つは額を傷つけ、眼球に血が入り視界が赤く染まった。
ほかの球をすべて避け、あるいはナイフで滑らす。
同時に俺は鋼糸とナイフと飛ばす。
砂が地面に還ったとき、バーデ当主の首には鋼糸が食い込み、ナイフが深々と鎖骨の下に突き刺さっていた。
鋼糸と首の隙間に手を入れているが、肉が切れ、血がとめどなく流れている。
それでももう一丁の拳銃はぶれることなく、俺の額に向けられていた。
「……勝負あったな」
俺のほうが早く首を飛ばせる。
「……」
バーデ当主は笑っていた。
「戦闘狂かよ。こんな状況に笑うだなんて。無様だな。巫女なんて攫わなきゃ今頃自由な人生を満喫できたのに」
死ぬ時まで奴隷として死ぬ俺は、自分の意思で動いて死んで行けるこいつをうらやましく思った。今、自分が殺そうとしているのだけれども。
そして鋼糸を絞めようとしたその時、後ろから俺は打たれた。
「!?」
その弾丸は俺の両肩両手を打ち抜く。
龍巫を通しているにもかかわらず、鋼糸は弾丸によって千切れた。
緩んだ鋼糸から解放されたバーデ当主はそのまま俺の足の甲と膝をぶち抜く。体勢を崩し、倒れる間際に腹も打たれ、俺を中心に血黙りができる。
「形勢逆転」
「…何をした?」
「俺だって龍巫ぐらい使えるさ」
「…拳銃に通していたんだろう?身体から離れた弾にまで龍巫を籠めたって言うのかよ」
砂の壁から飛び出してきた弾丸はそのまま後ろに飛んでいった。
それを龍巫でこちらまで戻しただと?
龍巫は流すものだ。龍巫を籠めるなんて芸当をした奴、今まで存在しなかった。
正確にはできなかったのだから。
「はは、」
笑った拍子に、血が口からこぼれる。
あぁ、やばいな。
そんなことを思いながら、今度こそ打ち込まれるであろう、額に向けられた拳銃を見る。
トリガーに指が掛けられたとき、バーデ当主の顔色が変わった。
ふらりと身体が傾き、何とか持ちこたえて膝をつく。脂汗が浮かび、顔は血の気が失せている。
「…くそ、毒かよ」
「…へへ、あんたにも…ちゃんと毒が効いてよかったよ」
刺さったナイフと鋼糸には毒が塗ってある。
肉と切って骨を断ったのはどちらだったか。
出血死が先か。毒殺が先か。
二人の頭によぎったことは、とりあえず、相手の首を先に確実に取ること。
にやりとお互い笑い合う。
「お前、俺のこと戦闘狂って言ったけど、お前も笑ってたぜ。サディストかよ」
「はは、ちがうね」
言い終わるが同時に、お互い龍巫を体から放出させた。
龍巫がぶつかり合い、風が巻き起こり砂が舞う。地面が割れる。
そして爆発した。
最後に目に入ったのは、お互いの目だった。
紺碧色とハシバミ色が交差して消えた。
ちょっと疲れた。
この後どうしよう