ゆけむり探検の奇跡⑧
≪人物紹介≫
☆ 那智竜太郎 19歳
正統なる杜国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜
☆ 如月胡桃 19歳
宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 阿倍蜜柑 18歳
古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 大鳥虎之助 22歳
大鳥国主の三男、妾の子、現在賞金稼ぎ
☆ 板屋の伊万里 26歳
フタラ温泉宿、板屋の女将
☆ 中宮の神楽 17歳
二荒山神社中宮の末娘、巫女
☆ 望月華音 12年前=14歳
リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女
☆ 望月雷蔵 12年前=50歳
カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老
☆ 那智時継 18年前=37歳
リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主
☆ 那智瑞羽 18年前=19歳
リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女
☆ 大鳥錬龍 27歳
大鳥国主の長兄、竜の力を継承
☆ 朔心月 62歳
大鳥国の国家老、軍師
* ここでの歳は満年齢にて記載
* 話が進むにつれ改定あり
「今から7年前の話、私はまだ7歳で今のリュウタロウとかわらないわね、たしか稲刈りは終わっていたから、たぶん神無月だったと思うわ…」
カノンは自身の記憶を丁寧に探りながら話す。
「その頃の杜の国は、現在の領地のおよそ10倍もの広大な敷地を治めていたわ、杜の国は和の国でも有数の大国だったの、信じられないかもしれないけど、紀の半島中央から南と西はすべて杜の御領地だったわ」
「はじめて聞いたよ、じゃあこのオオトリ国も昔は杜の国の一部だったってことになるの」
リュウタロウは訝しげに訊ねると、辺りを眺めた。
「ええそうよ、いまでは想像もつかないよね、こんなにも栄えている港を持つ国が、かつては杜の領内だったなんて」
リュウタロウは茫然と辺りへと視線を向けたまま頷く。
「かつてオオトリは杜の国の玄関口だったわ、全国からの物産品がオオトリの港に荷揚げされて来て、ときには大陸からの貿易船も立寄り、本当に平和でにぎやかな港だったの」
カノンは幼い日の思い出に微笑む、
「え…大陸って、清のこと」
リュウタロウは剣術の師範兼、杜の国御用人であるアカヌマ・マンジロウから聞いた清国の話を思い出した。
「そうね、でも清だけじゃないのよ、もっと遥か西に在る阿蘭陀に英吉利や仏蘭西、それに埃及なんて国もあったし、あーそう須弥山から来たっていう船もあったのよ」
カノンは実に楽しそうで微笑みを浮かべる。
「信じられないよ、外国の船が和の国に立寄るには皇の許可が必要なはずだし、京にこんなに近いオオトリの港に外国の船が入るなんて、絶対におかしいじゃん」
カノンへと視線を戻すと力一杯に否定した、
「そうよ、現在ではありえない話よ、だから私が話しているのは7年前の話、杜の国がまだ那智によって治められていた頃の話なの…」
カノンはリュウタロウを見詰めるが、言葉尻にそっと目を伏せた。
「当時の杜の国というのは、まさに和の国にとっての玄関口の役割も果たしていたの、何故なら絶対の信頼を得る屈強なる門番でもあったから…」
「門番ってことは、オオトリの港には関所があったの」
「まぁ・無いことはないんだけど、それよりも大事なのは杜の国を通らないと皇のいる京には行けないってことなの」
「どういうこと」
リュウタロウはカノンの語る7年前の世界に引き込まれつつあった。
「杜の国を通るということは国主である那智に面会するわよね、そこで那智の許しが無ければ杜の国を通ることは出来ないでしょう、つまりその手順無しには京に上ることが出来ないってことになるわ」
リュウタロウの理解を確かめるように視線を上げた、
「そうかだから門番なのかぁ、それにしてもそんな重要な仕事をまかされてたなんてね…」
「意外…」
とカノンが訊く、
「う…ん、ちょっとね」
とリュウタロウが応えた、
「本当のことよ、それだけ那智一族が皇から信頼されていたってことなの、でもね…、今はもうオオトリの港には外国の船は泊まらない、いいえそんなことよりオオトリはもう杜の国ですら無いわ、その原因をリュウタロウに伝えます…」
カノンの悲しくも真剣な眼差しは遠く過去の記憶を見詰めていた。
【】
「今から7年前、平和で豊な杜の国に吉報がもたらされました、先代国主であるナチ・トキツグ様と奥方のミズハ様に大望の嫡男が生まれました、跡継ぎの誕生に国中が大喜びしたのを今もはっきり覚えている、リュウタロウが生まれてトキツグ様もミズハ様も本当に喜ばれていたわ」
「杜の民が大いに喜び国中のあちこちでお祭り騒ぎになってしまい、父上も治めるのに苦労していたみたい、吉報が国中に伝わると、領地のいたる所から祝辞のための参列が押し寄せて、街道を埋め尽くすほどだったのよ」
「でもトキツグ様は、卯月ということもあり、これから皆が田植えで忙しいだろうからと、百日祝いまでは祝辞を差し控えるように言われたわ、だから杜への街道が行列で渋滞したのは文月になってからだったわね」
「城下町に暮す民も、早く跡継ぎの顔が見たいのに三ヶ月も待たされたものだから、百日祝いの日には、それはもう盛大なお祭り騒ぎになって、もう連日連夜の大賑わいが十日も続いたわ」
「でもね、本当はそんなに良い状態だったとはいえなかった、ひとつはその年の梅雨が例年になく大雨続きで、オオクマの貯水湖がもう少しで氾濫するほどに溜まり、大急ぎでクマソの川の拡張工事をすることになったわ」
「もうひとつは、門番としての役目が難しくなったことよ、それというのも杜の領内だけに止まらず、近隣諸国までもが跡継ぎの祝いに訪れたために、交通の管理が行き届かなくなってしまったの」
「その事に拍車をかけるように、外国からの商人までもが祝いの品を持って面会に訪れるようになったわ、本来ならばオオトリの港に上陸するのに必要とされた手続も、お祝いが目的ということで無碍には扱えず、簡略化されていたみたい」
「でも…、今にして考えると、オオトリは計画的に事を運んだと考えるべきだったのね、たとえ普段通りの手続を行っていたとしても、彼らがアレを持って那智の前に現れるのは時間の問題だったのだから」
カノンがひと際きびしい表情で語る。
「オオトリの代官はお祝いに参列したいという偉人の商人を、ご丁寧にも自らが引率してやって来たわ」
カノンは軽蔑の意を表す。
「後になって私が聞いた話では、オオトリの代官が連れてきた外国人は和の国の人と背格好はあまり変わらなくて、髪は短く肌は小麦色だったそうよ、着物は裾の閉じた簡易的な物で、商人というよりは漁をする船乗りといった風貌だったそうね、でもひとつ決定的に違うのは、彼らは全身のあちこちに文身をしていて、文身は主に海の生物の模様が描かれていたわ、中でも顔に描かれた鯱の鋭い眼がとても恐ろしいと聞いたわ」
「そんな船乗りを、オオトリの代官が自ら案内をするなんておかしいでしょ、今にして思えば、やっぱり私たちは浮かれていたのかもしれないわね」
「でもねトキツグ様には分かっていたみたいなの、…父上はそのことを随分悔んでいたから、それと言うのも今から8年前にオオトリの宿場町で大きな火事が起きたの、火の手は宿場の半数を焼き尽くすと山へと広がったわ、宿場町の火は消し止められたけど山に入った火は二日経っても消えず、オオトリの宮へと迫ったの」
「オオトリの代官は、トキツグ様に那智の御力により雨を降らせて欲しいと、早飛脚にて訴えた、しかしトキツグ様はその訴えには応じなかったわ、幸い山に入った火は三日目にして風向きが変わりオオトリの宮は難を逃れたけど、このときオオトリの代官はトキツグ様に謁見を求め、なぜ御力を使われなかったか問いただしていたそうよ」
「その後、オオトリの代官は憮然とした様子で引き揚げたが、おそらく折り合いが付かなかったのでしょうね、だからトキツグ様は、オオトリの代官と彼らが来る少し前になって急に謁見をすべて中止にした、父上にも知らされていないことだったので、慌てて理由を訊ねたのだけれども、トキツグ様はただ疲れたとだけ言って他には何も語らず、宮内に居るすべての人々を家へと帰らせてしまったの」
「それから間も無くして、文身の異人たちを連れたオオトリの代官は、トキツグ様に謁見を求めて来たわ」
「その時、杜の宮に残っていたのは父上の他には御用人のアカヌマ様、あとはすべて那智の一族だったわ、どうしてそんな異常な状態になってしまったのか、宮の中は閑散としていたのに、外ではあちこちでお祭り騒ぎをしていたの、数万人の人々がひしめき合うお祭り騒ぎの中にあって、杜の宮だけが不気味なほど静寂であった」
「オオトリの代官に先導されてきた異人は4人で、背の低い年老いた男がまず挨拶をすると、トキツグ様は『このように簡素な接辞であいすまぬ』と言われると、別の若い女の異人が手土産を持ってトキツグ様へと歩み寄った、父上が異人の女に静止するように指示をしたけど、トキツグ様は父上の指示を抑えて下がるように命じたわ」
「たぶんね、トキツグ様は父上のことをかばったんだと思うの…、トキツグ様はその女から直接品物を受取ると、なにげない仕草で木箱を開け中身を確認したわ」
「暫くして蓋を閉じると、トキツグ様は異人たちを一瞥してから問いかけた、『この甕の継承者はおぬしか』と、トキツグ様の視線の先に居たのは当時の私と同じ歳くらいの小さな男の子だったそうよ、男の子はまっすぐトキツグ様を見つめたまま何も応えず、その代わりにオオトリの代官が答えた」
「『此度は御世継ぎの御誕生、誠に目出度きことに御座ります、これにて杜の国も末永く安泰というもの、私ども領地を預かる民も安心して務めに励むことができ申す、すべてはナチ・トキツグ様の仁徳と、御神・朱雀様の御威光の御陰に御座ります』とね、オオトリの代官は当たり障りの無い祝辞を述べたわ」
「トキツグ様は代官を一瞥し小さく頷く、それから偉人達へと視線を移し『おぬし達は大陸を追われた民だな』と言い、座椅子の背もたれに身体を預けゆっくりと目を閉じた」
「それから暫くしてトキツグ様が口を開かれ『おぬし達の希は安住の地であるか』と訊かれたわ」
「その言葉に対し、異人たちは驚きと悦びの表情を浮かべた、でも一番驚いていたのはオオトリの代官だったの、トキツグ様の言葉に慌てた代官が『異人へ安住の地を与えるなど、いかにナチ・トキツグ様といえど天の皇の御許し無しには到底適わぬこと』と食って掛かったわ」
「『オオトリ、おぬしはコレが何であるか知っていよう』と、トキツグ様が代官に鋭い視線を向け」
「『いえ…、たんに異国からの貢ぎ物かと』って、応える代官はトキツグ様から視線を逸らせた」
「『コレは竜を封じる甕だ、すでに数匹の竜が封じられておる』というトキツグ様は目の前に置いた木箱を指した」
「『……』オオトリの代官は何も応えずに平伏した」
『オオトリ、そなたの希はなんじゃあ、そこの偉人と結託し杜を我が物にいたすか』
『いいえ、そのような考えは微塵も御座らぬ、だがしかし、トキツグ様が御神・朱雀様の御力を杜の民のために御使いなさらぬのなれば…』
「『その時は、おぬしが朱雀と誓約致すか』とトキツグ様に問われたオオトリの代官は、平伏したまま何も応えなかったわ」
『よかろう、異国よりの貢物確かに受取った、オオトリよ、わしの統治に不満ある時は遠慮なくその甕を使うがよい、またそこの偉人が安住の地を望むのであれば、おぬしの下に置くがよい、わしが取り計らうこと約束いたす』
「父上は慌てたわ、トキツグ様の下へ擦り寄り約束の撤回を求めたけど、トキツグ様は首を横に振り応じなかったの」
「『只今の約定を証明いたす方法は』と言うオオトリの代官は、顔を上げトキツグ様を見たわ」
「『ドラゴンブレードを持てえ!』そうトキツグ様は父上に命じたわ、父上は渋々と承知しアカヌマ様を使いに出した」
「竜刀をトキツグ様に手渡すと、『この甕はそなたら一族にとっての宝物であろう、なれば代わりにコレを貸し与える』とトキツグ様は竜刀を差し出した、父上は目の前で起きた一大事に何も出来ず震えていたそうよ」
「偉人の子供がトキツグ様の下へと近寄り竜刀を受取ると、『我が子リュウタロウが元服する12年後に持って参れ、それまでこのドラゴンブレードを貸し与える』と言ったわ」
「オオトリの代官は、そのあと暫くのあいだ平伏していたそうよ、そして異人たちは竜刀を持って代官と共にオオトリに帰っていったわ、父上はアカヌマ様に命じて竜刀の奪還に動くけれど、トキツグ様に止められるの」
「その理由を訊ねるのだけれど、トキツグ様は『この甕を壊さば、封じられた竜神が暴れよるし、朱雀に頼らば、今度は朱雀が封じられよう、完敗だ』と笑うだけなんだって」
「『しかし、ドラゴンブレードを渡しては、いざと言うときなんと致しますか』と訪ねる父上に、トキツグ様は『あの刀は門の鍵に過ぎぬは、朱雀はいついかなる時もわれ等と共にあり、杜の国を護り続けておる、安ずるな』と言われたの」
「でもねそれから三月後の神無月に悲劇は起こったわ…」
「オオトリの代官と異人たちが去ってからの二月はとても平穏な日々が続いた、皆が日々成長するリュウタロウを見るのが楽しみで、朱雀殿は常に人々で賑わっていたわ、ミズハ様もそれはもうお幸せそうで、私がリュウタロウのお世話をするのを横でずっと見守っていたわ」
「でも本心としては、ミズハ様がご自分でお世話したかったんだろうなー、しきたりとは言え、おっぱいをあげる以外はリュウタロウを抱けなかったんですもの…」
「そんな平穏な日々は突然終わりを告げたわ、もうすぐ収穫という時に大嵐に見舞われたの、既に数日前からの大雨によりオオクマの貯水湖が限界水位に達していて、クマソ川の拡張工事も中断していたわ、トキツグ様はその年のクマソ川流域の米を諦めて領民に避難するよう指示を出した、皆も渋々了解して高台にある杜の奥宮へと避難した」
「皆の避難を終えると、オオクマの貯水湖に溜まった水を放水すべく、トキツグ様は自らが先陣を切って貯水湖に向かったそうよ、クマソ川の水位もかなり上がっていて貯水湖の水門を開けば、被害が広範囲に拡大するのは誰の目にも明らかだったわ」
「父上は、この時ばかりはトキツグ様を恨んだそうよ、こうした災害が起こった時にこそ竜刀が、朱雀様の御力が必要だというのに、異国からの来訪者に竜刀を貸し与えるなど言語道断だと、そう言って父上は母上に憤慨したの」
「でもね私は、トキツグ様はその時竜刀を持っていたとしても、おそらく朱雀様の御力を使わなかったと思うの」
「トキツグ様は、私が巫女の見習いに上がるときにこう言われたわ、『この世のすべては天秤で出来ているのだよ、一方で大きな力を使い鎮めると、そのもう一方が跳ね上がってしまうだろう、傾いた天秤を元に戻すには、跳ね上がった皿にも大きな力を与えてやらなければならない、そうすると両方の皿が大きく揺れたままでいつまでも落ち着かないのだよ、わしはな人の力で出来ることは人が汗水たらして行うのが良いと思う、さすれば小さな揺れの繰り返しで自然と落ち着くからな』と、そう教えてくれたから」




