ゆけむり探検の奇跡⑦
≪人物紹介≫
☆ 那智竜太郎 19歳
正統なる杜国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜
☆ 如月胡桃 19歳
宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 阿倍蜜柑 18歳
古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 大鳥虎之助 22歳
大鳥国主の三男、妾の子、現在賞金稼ぎ
☆ 板屋の伊万里 26歳
フタラ温泉宿、板屋の女将
☆ 中宮の神楽 17歳
二荒山神社中宮の末娘、巫女
☆ 望月華音 12年前=14歳
リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女
☆ 望月雷蔵 12年前=50歳
カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老
☆ 那智時継 18年前=37歳
リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主
☆ 那智瑞羽 18年前=19歳
リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女
☆ 大鳥錬龍 27歳
大鳥国主の長兄、竜の力を継承
☆ 朔心月 62歳
大鳥国の国家老、軍師
* ここでの歳は満年齢にて記載
* 話が進むにつれ改定あり
≪12年前、杜の国、春分≫
「これより法皇の認可を得るため京に向う、みな心してついて参れー、出陣じゃあ!」
と采を揮うライゾウは、甲冑こそ身に着けてはいないが、陣羽織に陣笠をかぶり襠高袴に武者草履という威勢の良い姿である、二千を超える家臣達の大行列は腕を振り上げ勇壮に応えた。
「戦をしに行く訳じゃないのに、出陣はないわよねー」
旅の装束に身を包んだカノンはリュウタロウが乗るべき白馬を引いていた、ライゾウにリュウタロウも杜の領内では駕籠には乗らず馬での移動とした、少しでも多くの民にリュウタロウを見てもらう算段である。
「うん・でもなんだろう…、何だか胸騒ぎがするよ、本当に戦にでも行くような、変な感じがする」
リュウタロウは真っ赤な袖無しの羽織に襠高袴を着付け、背には竜刀を背負っていた、
「大丈夫よ、何があっても私が守ってあげるから、だからリュウタロウは堂々《どうどう》としていなさい」
カノンは力強く言うと、リュウタロウの肩を力一杯に手の平で叩いた。
京までの道程は最短の距離である山道ではなく、だいぶ迂回することになるが南の海岸での道程を選択した、杜の城下町を出るまで行列の半数は裃にて同道したが、町の南端に位置する陣屋敷にて旅装に改めた、それから一行は海岸に出て那智の浦を西に進んでいた。
「ねー・ねーってばー、なんでオレだけいつまでもこんな見世物小屋のサルみたいなカッコウしてるのー、アッチーよー」
立春とはいっても未だ山には雪が降り、風が吹けば凍えた、だがこの日は朝から陽光が厳しく、笠をかぶらないリュウタロウには暑く感じられた、
「はぁー、キミってヤツはどうしてこー気品ってものがないのかしら、あのねーリュウタロウ、どうしてこんなにも仰々《ぎょうぎょう》しい行列で京に向ってると思うの」
リュウタロウの傍らで馬の手綱を引くカノンである。
「そんなこと言ったって、暑いものは暑いよー」
リュウタロウはあかんベーと舌を出す、
「あー情けない、キミは近隣諸国の注目の的なのよ、どこで誰が見ているのかわからないんだからね、ちゃんとしなさい」
カノンはリュウタロウへと振り返り叱った。
「まーそう言うな、リュウタロウ様にとってこのような長旅は初めてのこと、疲れるのも無理はない」
現在の杜国主であるライゾウが、自ら手綱を握る馬を寄せて仲裁に入った、
「父上、此方はもう杜の国では御座いませぬ、長閑とは申せオオトリの宿場は目と鼻の先に御座います、もっと緊張感を持っていただかなくては困ります」
現国主であるライゾウはカノンの一喝によって、渋々と退散した。
「ねえリュウタロウ、こんな時に聞くのはなんだけど、リュウタロウにも将来の夢ってもちろんあるわよね…」
『ふーっ』とため息をついたカノンは、視線を前方に向けたまま唐突に訊く。
「えー…」
リュウタロウは突然の問いに困惑した、
「うーん、そりゃまーない事もないけど、でもなんで急にそんなことを聞くの」
リュウタロウはカノンの問いの意味が理解できずに聞き返す、だがカノンからの返事はない。
「オレの夢ねー、そーだなー鯨の塩漬けを十人前食べて、その後に鮪の握りを十人前食べて、えーとそれからーカノンの手作りおはぎを十個食べたいなー」
と笑顔で応えた、
「プッ…、もーなにそれーみんな食べ物ばかりじゃない、キミの夢は大食い選手権優勝ですかー」
カノンは思わず吹き出してから、リュウタロウへと振り返った。
「あーそっかー、秋の収穫祭のあとにやるやつねー、オレも今年は出たいなー」
と収穫祭の様子をリュウタロウは回想した、
「ねーリュウタロウ、それは本当にキミの夢なの」
カノンは手綱を引き馬の足を止めた、
「夢…、うんオレの夢だな、毎年みんなとお祭りを楽しんだり、田植えをしたり、ちょっと辛いけど剣術の稽古をするのは、オレの夢だ!」
と無垢な笑顔で応える。
「本当に…、キミにとってはその程度のことが夢なんだね…」
リュウタロウとは打って変わり、カノンは暗い表情で確かめた。
「ひっでーなー、その程度って言われてもさー、今のオレにはまだ国のこととかぜんぜん分かんないし…、もしかして和の国全体のこととか言いたいなら絶対無理だかんね、オレには杜の国土を広げるだとか、天下統一だなんて大それた夢は、これっぽっちも持ってないからねー」
リュウタロウは顔の前で手を振り、そのあと親指と人差し指を近づけて言った。
「ごめん、そういう意味じゃないの…」
カノンも首を振って応える、
「私はね、キミという人間が誰よりも優しく、誰よりも繊細で、誰よりも傷付きやすいことを知っている、だからキミは、誰も傷つけないし、そして誰よりも平和を強く望んでいるのよね…」
そう言うカノンはうな垂れた。
「どうしたの、カノン」
心配そうにカノンを覗き込む、
「キミは…、キミの置かれた立場はやっぱり不幸なのかな、誰もが普通に出来る楽しみを夢にしてしまうキミは、やっぱり不幸なのかな…」
と言うカノンの表情は苦渋に歪む。
「オレが不幸…、あっはははは・そんなこと一度も考えたことねーよー、本当にどうしちゃったのカノン」
リュウタロウはひとしきり笑い終えると、首をかしげながらカノンに訊く、
「ううん、そっかー、一度も考えたことがないかーそれなら良いわ」
と明るい声で応えた、
「そーだなー、それじゃーリュウタロウのちっぽけな夢は私が必ず叶えてあげる、だから安心して待ってなさいね」
と続けたカノンの台詞は、からかいの色が伺えた。
「意味わかんねー、やっぱりバカにしてんだろー!」
とリュウタロウは口を尖らせる、
「しかたがないでしょう、リュウタロウは救いようのないおバカなんだから」
にっこり笑うカノンはリュウタロウに背を向け、馬の手綱を引いた。
「ひでー、おにーあくまーひとでなしー」
カノンの背に向ってリュウタロウが叫ぶ、
「なんだとー、チビーサルー意気地なしー」
振り返ってあかんべーをするカノン。
2人が幼稚な言い争いを続けている間にオオトリの宿場町へと到着した、いつのまにか一行は隊列を整えると、一同に引き締まった表情を浮かべていた。
「ねーカノン、これから何か始まるの…」
リュウタロウは先程までのやんわりとした雰囲気とはまるで違うことに戸惑う、
「私も見るのは初めてなんだけど…、ねーリュウタロウ杜の国は良い国よ、キミの夢は私達が必ず叶えてあげる」
カノンは力強く応える。
「なんだよー、もったいつけないで教えてよー」
むくれっ面のリュウタロウが抗議する、
「今からね、この杜の大行列は大見得を切るの、リュウタロウもしっかりと見ておいてね」
カノンは小走りに駆けだすと手綱を引いた。
「ちょっと待ってよー、大見得ってなにー」
馬に揺られながらリュウタロウが訊く、
「説明するより見た方が早いわー」
カノンは一行から離れると、小さな丘へと向った。
2人が行列の先頭を追い越し小さな丘に登る、それを見たライゾウが采を揮った、その合図により前方から順に二千人の行列が羽織を脱ぐと『パッ』と裏返した、まるで浪を打つように裏返した赤い羽織を順に着込んでいった。
赤の羽織で揃えた一行は二列に整列し、先頭に立つ2人は羽根つきの槍を高々と翳した、次いで鉄砲隊100名が紀州筒(火縄銃)を肩に担ぎ、次いで騎馬隊100名が槍と薙刀を持ち、弓隊200名が続き、槍隊400名、抜刀隊500名、荷車に乗せた大筒10機に100名が付いた、その後には太鼓等の楽器持ちが続き、御道具持ち、傘持ち、炊事方、弁当持ち、医師など諸々《もろもろ》が列した。
行列が整うと太鼓がひとつ打たれた、先頭の羽根のついた槍持ちが空に向かって槍を高く放り投げた、それを合図に赤い羽織の行列は各々の武器を構える。
高く投げられた羽根槍を受取ると『ビュッ』と垂直に振り下ろした、そのまま大きく水平に薙ぎ掃いつつ自らは前方へと宙返りした、そして一拍ののち盛大な太鼓と鐘の音が鳴り響く、盛大な太鼓の音が治まり一定の調子が打ち出されると、赤の行列は各々の武器を巧みに操り、己の熟練した技を披露した。
鉄砲隊は、ひと際大きな太鼓の音と共に左右の列が扇状に銃口を構える、そのまま列を崩さずに進行し、また大きな太鼓の音がすると一斉に銃口を空へ向け発砲した、一糸乱れぬ動きで撃たれた100丁もの銃声は、一発の大きな発砲音にしか聞こえなかった。
続いて騎馬隊は、鉄砲隊の銃声と同時に馬を駆り前方へと走る、槍の持ち手が中央に寄り、薙刀の持ち手は両側へと開き、鶴翼の陣を取る。
弓隊は列の中央を開け左右二手に広がり、騎馬隊の斜め後方で更に大きな鶴翼の陣を形成した、ここで弓の見せ場を作るべく両翼の前方に的が2つ置かれた、太鼓が『ドドドドドドドドッ』と打ち鳴らされると、的に目掛け両翼の外側より内側へと向かい波が押し寄せるように矢が放たれた。
放たれた矢は次々に的へと吸い込まれる、あっという間の流れるような速射にもかかわらず、2つの的には100本づつ1本も外れることなく矢が刺さった。
「すっげー、こんなの見たこと無いよ、みんないつこんな練習をしてたの」
リュウタロウの視線は大行列の大見得に釘付けである。
「もちろん普段からの訓練で培った技術よ、でもね…この大見得にはもっと大きな意味が込められているの」
カノンもまた、鮮やかに繰り広げられる戦術に見入った。
槍隊が弓隊の間を抜けて騎馬隊へと走りよる、十列へと別れ隊列を整えるときらびやかな鈴の根が鳴った、槍隊は鈴の音に合わせ舞を披露した、400もの槍が『ピタッ』と揃い天へと突き上げると、くるりと反転し地へと打ち下ろされる、手元に引き寄せ頭上に持上げると『ぐるぐる』と回転させる、そうして暫くのあいだ華麗な槍術が繰り広げられた。
続いての抜刀隊は、太鼓の音と共に抜刀し刀を右肩に担ぐ、太鼓と鐘の細かい音色が鳴り響くとその音に合わせて移動した、5人が1組の隊列は音の調子に合わせて前後左右へと縦横無尽に動く、護りの陣形なのだろう、敵の襲撃に合わせ太鼓と鐘の音が細かく変化すると、規律の取れた抜刀隊は音に合わせ陣形を瞬時に変化した、その後も陣形を変化させ、合い間合い間に剣術の型も織り交ぜた。
大筒10機は、荷車に乗せたまま抜刀隊の後に続き、抜刀隊の陣形の変化に合わせて移動した。
「すっげー、あんな大筒で狙われたら竜だってひとたまりも無いよね」
リュウタロウは目を輝かせ昂奮気味に言う、
「ええそのとおりよ、この大見得は対竜神用の戦闘術ですもの」
と言うカノンは、これまでとは一変し顔を引き締めた、
「行列に戻りましょう」
とカノンは手綱を引いた。
「対リュウジン…、それってどういうこと」
リュウタロウは歩き出すカノンの背に向って訊く、
「リュウタロウが想像した通りの、竜神よ」
カノンは進路をまっすぐ見据えたままに応える。
「な・なに言ってんだよ、…冗談きついよなーカノンってば、竜神と人間が戦うなんてことありっこないじゃない、そんな冗談には引っかからないよーだ」
リュウタロウは舌をだして笑った。
「あのねリュウタロウ、私たちにとっての竜神さまは那智の御神である朱雀さまだけよ、対竜神用の戦闘術はもちろん朱雀さまに対してのものじゃないことは解るはね」
カノンの表情は険しいがもの言いは落ち着いていた、リュウタロウはカノンの顔をじっと見つめ、それからゆっくりと頷いた。
「私たちの杜の国には朱雀さまという守り神が居られるわ、それと同じように他の国にも土地を守る神さまが居るということも解るよね」
リュウタロウが理解するのを確認しながらカノンは語る。
「それじゃあ、土地の守り神とは、私たち人間にとってどういう存在なのか解る」
と問うカノンの表情が曇る。
「土地の守り神…、神さまなんだから良いものに決まってる、人間にとっての神とは、食べ物をあたえてくれたり、天災から守ってくれたりするんだよねー」
リュウタロウは自信を持って答える。
「その通りよ、でもね…神さまにも感情があるの、だからいつでも与え続けてくれる訳ではないし、時として奪い去ってしまうこともあるわ」
浮かない表情のまま応える、
「あーそれは天罰ってことだよねー」
リュウタロウは『チラチラ』とカノンの顔を覗き見た。
「そうね…確かに天罰なのかもしれないわね、それに抗うのは私たち人間の傲慢なのかもしれない、けれど…それでも私たちは天罰だからといって『はい、わかりました』と、素直に受け取ることは出来ないの!」
カノンの瞳に宿る強い決意が、リュウタロウを驚かせた。
「どういうこと…、ねーカノン、まさか本当に杜のみんなが竜神と戦うんじゃないよね」
リュウタロウは恐る恐る訊く、カノンは何も言わずリュウタロウを見つめる、
「そんな…、神さまを相手に人間が戦えるわけないじゃん!」
リュウタロウは我慢できずに叫んだ。
「ええ、それも充分理解しているのよ、でもね私たちは、いいえ杜の国はそれでも戦わなければならないの、戦うことに決めたの」
そう言い終えると、カノンは元通りの表情になり手綱を引いた、
「なんでだよー、そんなことをしたらみんなに天罰が降るじゃないか!」
リュウタロウにはカノンの気持ちが解らなかった。
「いいえ・それは違うよ、私たち杜の民にとっての天罰とは、那智の御神である朱雀さまによってもたらされるもののみが天罰であり、それ以外の禍を天罰とは言わない、それを天罰などとは認めない、私たちが神と崇めるのは朱雀さま1神のみ、つまりそれは『ナチ・リュウタロウ』私たちにとっての神さまとはあなただけなの」
カノンは優しく微笑むと、リュウタロウの手を握った。
「ボクは神さまなんかじゃない、ボクにはそんな力なんかない、みんなガッカリするだけだよ…」
リュウタロウは首を振って応える、
「そんなことないわ、みんなも私と同じ気持ちだよ、キミが杜の国に居てくれるだけで安心する、キミの笑顔を見ているだけで国は明るくなる、ナチ・リュウタロウが居るだけで民の心は穏やかに癒されるのよ」
カノンは慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「わからない…、そんなのわからないよ、それならどうしてみんなは戦いの練習をしているの、カノン答えてよ、いったいこれからなにと戦わなければならないの!」
リュウタロウはカノンの手を振り解くと、『グッ』と歯を食い縛る、カノンは『ふーっ』と深く長い息を吐いた、そしてゆっくりと話し出す、
「リュウタロウ…、私がいまから話すことを、驚かないで聞いて…」
カノンはリュウタロウの乗る馬の歩みを止めた。




