ゆけむり探検の奇跡⑥
≪人物紹介≫
☆ 那智竜太郎 19歳
正統なる杜国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜
☆ 如月胡桃 19歳
宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 阿倍蜜柑 18歳
古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 大鳥虎之助 22歳
大鳥国主の三男、妾の子、現在賞金稼ぎ
☆ 板屋の伊万里 26歳
フタラ温泉宿、板屋の女将
☆ 中宮の神楽 17歳
二荒山神社中宮の末娘、巫女
☆ 望月華音 12年前=14歳
リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女
☆ 望月雷蔵 12年前=50歳
カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老
☆ 那智時継 18年前=37歳
リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主
☆ 那智瑞羽 18年前=19歳
リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女
☆ 大鳥錬龍 27歳
大鳥国主の長兄、竜の力を継承
☆ 朔心月 62歳
大鳥国の国家老、軍師
* ここでの歳は満年齢にて記載
* 話が進むにつれ改定あり
「分かった、そなたの気持ちはよう分かったわ、だからそんなに睨むな、言うまでもなく国の掟は大事じゃあ、だがしかしリュウタロウ様には愛情を注いでくださる親御が御座らぬ、とくに母上様が居られぬでは寂しさは癒されまい、掟は掟として守らねばならぬ、だが我等が一番に大事にせねばならぬのはリュウタロウ様じゃあ、よって特例として側用人が女子というのも無きにしも非ずかな、なれば現国主として命ずる、カノンよいままで通りリュウタロウ様に仕え御面倒を見てさし上げよ」
ライゾウは穏やかながらも貫禄を持って告げた。
「父上、ありがとうございます」
カノンが礼を言い微笑んだ、
「父上ではないぞ、今わしは国主として命じたのだ」
と言うライゾウも破願していた、
「承知いたしました、只今のご用命は私の命が尽きるその時まで、必ずや全う致します」
カノンは正座に座りなおして深々と頭を下げた。
「やれやれ、だいぶ遅くなってしまったが皆が待ちかねておる、そろそろ祝賀へと参じようかのう」
ライゾウはそう言うと1人先に歩き出した、
「カノン、ありがとう!ボクは、これから国主としてみんなに好かれるようにちゃんと頑張るから、だからこれからもボクのそばに居て」
硬い表情のリュウタロウは、自らの決意を表明した、
「うふふ、本当かしらねー、キミのやんちゃと甘えん坊は筋金入りだからなー」
カノンは目許を綻ばせ楽しげに笑った。
「おっと・いかんいかん、わしとしたことがすっかり忘れておったわ、リュウタロウ様にお渡しせねばならぬ品が御座ったわ」
ライゾウは慌てて用人のアカヌマ・マンジロウを手招きすると、宝物殿へと向わせた。
「いやねー、ご自分であんなに急かせておいて、当の本人が忘れ物だなんて」
カノンはリュウタロウにだけ聞こえるように言い、2人は顔を見合わせて笑った。
一同が祝賀会へ出向く準備が整い終わると、アカヌマ・マンジロウが黒塗りの細長い木箱を持参して帰って来た、木箱をタイゾウへと渡すと部屋の角にさがる、
「お待たせしてあいすまぬ、こちらの品をリュウタロウ様に御渡しするのをすっかり忘れておりましたわ、わっはっはっは」
リュウタロウの前に差し出された細長い木箱は漆器で、箱の上蓋には蒔絵による金の竜が描かれていた。
「何で御座いましょう」
カノンが訝しげに訊く、
「この品こそが、那智を那智たらしめる証なのじゃあ」
ライゾウはリュウタロウの前に立ち、丁寧に木箱を置いた。
「当代にては、この品を扱うことが適うのは、リュウタロウ様ただ御一人に御座る」
ライゾウは呼吸を止め、ゆっくりと木箱の蓋を開い、
「これぞ我が杜の国最大の秘宝、竜刀【朱雀】に御座います」
木箱に納められていたのは大きな一振りの太刀であった、朱色の鞘には飛翔する竜が、那智家の家紋を握りしめた図柄が描かれており、柄の先端には竜の頭を象る黄金色の握りがあしらわれていた。
「この刀…、杜の宮の竜神と同じ感じがする…」
リュウタロウは竜刀に手を伸ばした、
「さようで御座る、この竜刀ドラゴンブレードとは、いわば竜神であられる朱雀様を、現世へと御導き致す門の鍵に御座いまする」
リュウタロウは手にした竜刀を持ち上げ、柄を眺めた。
「ちと分かりにくう御座いますかな」
ライゾウは刀に見入るリュウタロウへと訊いた、
「うん、門ってなに」
リュウタロウは刀の柄から視線を移さずに言う、
「門と申すのは、我等のいる現世と神々の居ります神世をつなぐ、いわば扉でしてな、その扉が開きますと神世に住まう竜神さまを、我等の住まう現世へと招くことが出来申す」
リュウタロウはすっかり竜刀に魅せられた様子で、柄を握ると刀身を半分ほど引き抜いた、剣術を学ぶリュウタロウにとって真剣はさほど珍しいものではない、しかしリュウタロウは竜刀から目を放すことが出来なかった。
「そうはいうても、現世と神世をつなぐ門は世界中のあちこちにあるのですわ、たとえば我が国の杜の宮にも門が御座いまする、ですがなそれらのすべては不動のものに御座いましてな、何故このドラゴンブレードが秘宝であるかと申せば、それはまさに神出鬼没の異界へとつながる門であるが故のこと、即ちリュウタロウ様がドラゴンブレードを所持致せば、何時如何なる時にも朱雀様の御力を、現世に顕現させられるのじゃあ」
ライゾウは嬉嬉として語った。
「それで、門が開いたらどうなるの」
リュウタロウは何気ない口振りで訊いた。
『うーん』とライゾウが唸る、
「正直に申し上げる、わしはドラゴンブレードにて開かれし門を見たことが御座らぬ、と申すのも、先代のナチ・トキツグ様は、御力を使われる事をひどく嫌っておられたのじゃあ」
『えー』と言うリュウタロウは、竜刀に注がれていた視線をライゾウに移した。
「それが何故であるか訊ねたこともあり申すが、先代様は『大いなる力は、大いなる災いを招く』とだけ申しましてなー、御力を使われることはせなんだ」
ライゾウの瞳には悲しみの色が漂う。
「まあ、今は分からずとも構いませぬ、いつか必要となる時が必ず訪れましょう、その時にはわしの言葉を思い出して下され、では参るとしますか」
ライゾウは立ち上がると周囲の者に指示を与え、自らが先頭となり祝賀へと向った。
「ねぇリュウタロウ…、私はその刀が怖いわ、先代様も申していたように大きな力というのは必ず人を不幸にしてしまうもの、お願いリュウタロウ朱雀様の力を使うのは本当に困った時だけにして」
と言うカノンがリュウタロウの手を握った。
「う・ん…そうだね、竜神の力にはちょっと興味あるけど、カノンを心配させるようなことはしない、約束する」
と笑顔で応えると、リュウタロウは竜刀を左手に持ち、右手でカノンの左手を握るとタイゾウの後に続いた。
杜の城に入るには最短の道筋でも三回門を潜らなければならない、門は城に近付くに連れ幅は狭く高さは低くなる、一門目から二門目、二門目から三門目とが互い違いに位置するため、真っ直ぐ城に向うことは出来ない、また門を通るごとに高くなるので常に上り坂となる、とうぜん城に近付くに連れ道幅も狭くなる。
杜の国の場合、城の造りをそのまま城下町にも反映しており、町の入り口の塀が一番低く中心に近付くにつれ上り勾配となっており、順に三段階の塀を越えなければならない、杜の国は護りの堅い難攻不落の城砦と言える。
リュウタロウ達が朱雀殿を出ると、中庭にはすでに二千人もの家臣が正装にて行列を整えていた、一行はライゾウとリュウタロウを交え杜の宮へと向う、その先頭にはカノンと杜の宮の巫女等が鈴の音を鳴らせながら引率した。
「ねーリュウタロウ、こうして国を挙げての行列というのは8年ぶりに成るのよ」
カノンが振り返りリュウタロウに言う、
「8年前じゃー、オレが生まれる前のこと」
リュウタロウはカノンへと訊いた。
「ううん、リュウタロウが生まれてからのことよ、じつはね8年前の行列はリュウタロウのお披露目だったのよ」
カノンはにっこりと微笑む、
「オレの為の行列…」
リュウタロウはあ然とした様子で訊いた。
「そう、キミの為の行列」
とカノンが頷き返す、
「今日、これから祝賀会に向うのも、オレの為に…」
『そうよ』とカノンが応じた。
「でもね、私たちみんなの為でもあるのよ、那智がまたこの国を治めてくれる、それは私たちみんなの願いでもあるの、だからリュウタロウ、杜の民にキミの顔を見せてあげて、そしてキミが守るこの国をよーく見てね」
カノンにそう促がされたリュウタロウは、杜の宮までの道中を国の隅々《すみずみ》まで見渡した、家臣二千を率いた行列は、杜の宮へたどり着くまで彼方此方からの歓声に見送られた。
「それではみなの者、これより新年を祝う祝賀の席を設ける、杜の宮の御祭神であられる朱雀様に本年の五穀豊穣、ならびに国家安寧を祈願申す」
杜の宮に着いた一行へとライゾウが叫ぶ、
「皆も承知のように、本年をもってこちらに居られるリュウタロウ様が次の国主と成り申す、皆のものこの8年よくぞ忍んでくれた礼を申す」
ライゾウが一行に頭を下げた、
「春分には就任の儀を執り行うべく京へと行って参る、よって正式なる就任は卯月の満月を想定しておるが、まずは法皇の認可を得るのが先じゃあ」
と言うライゾウは国主としての威厳ある態度で語った。
「それに先立ちまずは此度の祝賀の儀、リュウタロウ様を先頭に礼拝致す、皆の者リュウタロウ様に続いて参れ」
リュウタロウはライゾウに促され、巫女等の後に続き杜の宮本殿へと進んだ、先程渡された竜刀はリュウタロウには長過ぎ腰には落ち着かないので、背中に背負っていたが本殿に入るさい左手に持ち替えていた。
最初に異変に気付いたのはカノンだった、本殿の正面に位置する大きな円鏡がいつに無く光り輝いていた。
「これは…」
カノンは本殿に充満した神気に呆気にとられていると、その横をリュウタロウが通り行け、円鏡の前に座した。
一同が見守る中、リュウタロウは片膝を着いて竜刀を腰に落ち着けた。
一呼吸し右手に力を溜めると、竜の頭の像があしらわれた柄を握りひと息で引き抜いた、リュウタロウの体格からは到底抜けるはずの無い三尺三寸(約82cm)の長刀だが、リュウタロウはあっさりと引き抜き正眼に構えた。
「我が名はナチ・リュウタロウ、朱雀門を護りし一族の末裔である、我が技未だ未熟なれど、御神へと奉納仕る」
と言うリュウタロウは何かに取り付かれたように、立ち上がり竜刀を引き寄せた、リュウタロウは竜刀の重さをまるで感じさせない動きで、八双から左下へと大気を切り割ると、切っ先を逆さに帰し天井へと切り上げる、更に切っ先を逆さに返し右下へ切り下げ、次は左上に切り上げた、切っ先を右に返して水平に薙ぎ払うと、竜刀を右わき腹へと引きつける、そして一瞬のためを作り正面の円鏡目掛け突きを放つ。
リュウタロウが切り裂いた大気がうっすらと赤く光っていた、その赤い線は星の形である五芒星を描き、最後の突きは星の中心を貫いていた。
一同は言葉無くその光景を見つめ、誰かに言われるでもなく皆が平伏していた、その後の式は滞りなく進み、新年を祝う祝賀会は無事に終わった。




