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ゆけむり探検の奇跡④

  ≪人物紹介≫

☆ 那智竜太郎ナチ・リュウタロウ 19歳

  正統なるもり国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜


☆ 如月胡桃キサラギ・クルミ 19歳

  宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人


☆ 阿倍蜜柑アベ・ミカン 18歳

  古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人


☆ 大鳥虎之助オオトリ・トラノスケ 22歳

  大鳥国主の三男、めかけの子、現在賞金稼ぎ


☆ 板屋の伊万里イマリ 26歳

  フタラ温泉宿、板屋の女将


☆ 中宮の神楽カグラ 17歳

  二荒ふたら山神社中宮の末娘、巫女


☆ 望月華音モチヅキ・カノン 12年前=14歳

  リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女


☆ 望月雷蔵モチヅキ・ライゾウ 12年前=50歳

  カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老


☆ 那智時継ナチ・トキツグ 18年前=37歳

  リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主


☆ 那智瑞羽ナチ・ミズハ 18年前=19歳

  リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女


☆ 大鳥錬龍オオトリ・レンタツ 27歳

  大鳥国主の長兄、竜の力を継承


☆ 朔心月サク・シンゲツ 62歳

  大鳥国の国家老、軍師


*ここでの歳は満年齢にて記載

*話が進むにつれ改定あり


           【】

 

  ≪フダラク湖≫

 「ねーミカン、あなたはこちらの世界をフダラク湖の湖底こていと仰いましたわよねー、そうしますと水面はずっと上になるのでしょうが、わたくし達はいったいどのくらいしずんでおりますの」

 クルミは上を見上げて訊いた、ミカンは腕を組んで首をひねった、

 「うーんと、そうですねー、ぶっちゃけわたし達は湖に沈んだ訳じゃないんですよ」

 なやんだあげく結論けつろんべた。

 

 「どうして湖に沈まないのに、わたくし達は湖底に居りますの」

 ミカンはひたいに手をかざして遠方をながめた、

 「あーあれ、あそこに見覚えありませんかー、がけが門の様に切り立ってる場所です」

ミカンは湖底がななめに下がった方角を指差して言う。

 

「あーそう言われれば、フタラ町の入り口で見ました崖によく似ていますわねー」

「センパイ、こっちはどーですか」

「こっちって…、こちらはもう板屋さんの外湯から眺めましたフタラ山にうり二つですってよ…」

ミカンに言われ、振り返ったクルミの視線の先には見事な稜線りょうせんえがいた大山がそびえていた、大山の頂へと目を凝らすとようやく水面らしきものが見えた、大山の頂まではざっと半里(約2000m)もの高さがある。


「これはどうなっておりますの」

クルミとミカンの居る場所が湖底であるにも関わらず、大地の造りはフタラの地形と一致いっちしていた、

「さっきセンパイが眠っている間に、この子に案内あんないしてもらってたんですよー」

ミカンはそう言いながら紫竜の頭をでた。

 

 「それはつまり…、わたくし達が居ります場所というのは…、うーんいえいえ御座いませんは、そんな非現実的ひげんじつてきなことがあってたまるものですか」

 クルミは何らかの答えを得たようだが、首を振って自らの答えを否定ひていした、

 「この世界も今はこんなに水が多いんですけど、雨期が過ぎるとフタラの大渓谷くらいまで水位が下がるそうですよ」

 そんなクルミの様子などつゆ知らず、ミカンはフダラク湖について説明する。

 

 「フタラの大渓谷とはあちらのみぞですわよね、それほどまでの水位変化がございましたら、生物はたちどころに滅んでしまいますわ」

 クルミは眼下に視線を向ける、右手の広大なくぼみから左下へと続くれ目を見た、

 「あーそれでしたら大丈夫です、みんな海を渡って雨期うきの国へ引っ越しますから」

 フダラク湖の水位が高いのは現在この国が雨期であることを告げていた。

 

 「つまりなんですの、こちらで泳いでおります方々は、世界を転々と移り住んでいるとでも仰いますの」

 鼻で笑うクルミ、

 「正解ですよー、センパイ」

 ミカンは笑顔で応える、

 「ちょっとお待ちになって、そのような摩訶まか不思議ふしぎなことって…」

 クルミは頭を抱えた、

「ですからー、この世界はわたし達の世界とは別の神々の世界なんですからー、それとですねこのフダラク湖っていうのは、わたし達が普段生活している世界とはかさなりあって存在そんざいしてるんですよー」

頭を抱えるクルミに、ミカンが軽い口調くちょう断定だんていした。

 

「ミカン…、あなたの仰りたいことは分かるのですよ、分かりますが…」

ちらりと視線を上げミカンを見た、

「センパイ、これはすべて現実に起こってるんですから、素直すなおに受け入れないと頭が爆発しちゃいますよー」

気の毒そうにクルミを見つめるミカン。


「わ・分かりましたわ、あなたの仰ることを信じたといたしまして、こちらの世界と重なり合った、本当のわたくしたち世界はいまどの様になっておりますの…」

クルミは二度三度と深呼吸してから訊いた。

 

「重なっているといってもですねー、わたし達の世界がここみたいに湖の底に沈んだ訳じゃないです、今もちゃーんと陸地のままですよ」

ミカンはご安心をとばかりに笑顔で応える、

「あーでもこっちの世界とわたし達の世界はつながってますからー、こっちの世界が雨季うきということは、わたし達の世界でも水は多くなるんです、あーだからあちこちで水による災害さいがいが発生してるんですねー」

(そういえば)と手を打つミカンは、新たなる発見を解説かいせつした。


「確かに、このところ水に関わる事故や災害が続いておりますわね、つい先日もツリシにて遭遇そうぐういたしましたし…」

ミカンの意見に、クルミも記憶きおくをたどりうなずいた、

「て言っても、こちらの世界では雨期は60年も続きますからー、わたし達が生まれた時にはもう雨期に入っていましたけどねー、あーでも今年が雨期に入ってちょうど30年目なので、水量は一番多いみたいですから、最近になって水害が多いのはあってるんだー」

説明しながら1人で納得なっとくした。


 「あのーミカンさん、なんですの・その60年とか30年目とかは…、それにこちらの世界にも四季しきが御座いますの」

 クルミが問い掛けると、ミカンは紫竜の幼生をジーッと見つめた、

 「そうですねー、四季という言い方が良いのか分かりませんが、こちらの世界では雨期は黒季と言って水のせいの季節です、その次が青季で木の精の季節、乾期は赤季で火の精の季節となり、最後に白季で金の精の季節となるそうです、それとですねーその黒・青・赤・白それぞれの季節の変わり目となる15年間づつを、黄季といって土の精の季節になるんですって」

 ミカンは季節のちがいが色で分かれていることと、その季節ごとに活発になる精霊せいれいの説明をした。

 「ただ・わたし達の世界とは時間の流れがずい分ちがっていて、1つの季節が過ぎるのに掛かる時間はだいたい60年なんですよ、だから四季がひとめぐりするのに240年も掛かっちゃうんですよねー」

と追加した、

「なんと申し上げればよろしいのか…、その途方とほうも無い時間の経過けいかでは、わたくし達には確認のしようが御座いませんわね、わたくし達の一生などこちらでは1季節にしかあたいしませんですから」

クルミは一応いちおうの理解を示して応えた。


「そーなんですよねー、ですからこの世界は竜宮城なんですよ」

ミカンが同意どういを得たクルミに笑い掛けた、

「たしかお助けした亀に乗りまして、竜宮城に参った浦島太郎うらしまたろうさんが数日お遊びになり、元の世界にお帰りになりますと、元の世界では700年もの月日が過ぎておりましたわ…」

クルミがそれとなく訊いた、

「うーん、たぶんそれと同じようなことになると思います、こちらの世界で過ごす1年というのが四季をひと回りすることなのですから、わたし達の世界では240年経ったことになりますねー」

「なんと仰いました、それではわたくし達がこちらで過ごした時間は、元の世界では240倍もの早さで過ぎているとでも仰いますの」

「はい、わたし達がこっちに着てからはまだほんの少ししか経ってないですけど、たぶんわたし達の世界では丸1日は経過けいかしていると思います」

ミカンはあっけらかんと告げた。


「な…、何が起こっておりますのー!」

クルミは両手で頭を押さえて発狂はっきょうした、 

「センパイ、なんだか楽しそう」

雄叫おたけびをあげるクルミへと笑顔を向けた。

 

「どーしてあなたにはそうに見えますのー」

クルミは泣き顔を向ける、 

「えへへへ、でも…リュウタロウさんは心配しているでしょねー」

なぜか照れ笑いを浮かべたミカンが、遠くを見るようにすぶやく。

 

「あっ…そーですわ、あなたのお話ではこちらの世界と元の世界とは重なり合っておりますのよね、しかもおたがいに影響えいきょうしあっておりますと…」

クルミがミカンへと確認する、ミカンはクルミの問いにゆっくりとうなずいて応える、

「わたくし達がこちらの世界に参りましたのは板屋さんの外湯ですわね、もしかしましたら板屋さんの外湯には、こちらの世界と元の世界とをつなぐ接点せってんがあるのでは御座いませんか」

(あーなるほどー)とミカンは手を叩いて頷いた。


「そちらから元の世界に戻れればよろしいのですが…、それがかなわなくても、せめてわたくし達の存在を伝えられれば、あちらの世界ではわたくし達の帰る方法をご存知ぞんじかもしれませんわ」

かすかな希望きぼうを得たクルミは目をかがやかせる。

 

「センパーイ名案めいあんですよー、そーと決まればぜんは急げです、センパイもこの子の背中に乗ってください」

ミカンが紫竜の幼生の背を指し示す、

「えぇ…、ですがわたくしが乗っても大丈夫ですの」

クルミは紫竜の幼生を見ながら訊く、

「大丈夫です、この子見かけによらずとっても力持ちなんですよ」

ミカンは自身満々で応え、

「いいえ…それは見たとおりですわ」

クルミは紫竜の幼生に愛想あいそ笑いを浮かべると、ミカンに近付き耳元に口を寄せる、

「わたくしが心配しておりますのは、わたくしが乗らせていただいても、紫竜さんのご機嫌きげんそこねはしませんかということですってよ」

 と訊いた。

 

「なーんだ、そんなことを気にしてたんですか、それならバッチリです心配要りませんよー、この子センパイのこと大好きですから」

クルミの小声に対し、ミカンは通常つうじょうの声量のまま応えると、クルミはばつが悪そうに紫竜に会釈えしゃくした、

「ミカン…、どうしてあなたはそうしていつもいつも、まわりの空気をお読みになりませんの…」

『キッ』とミカンをにらんで抗議するが、それもミカンに対してはむなしく通り過ぎた。

 

「それじゃー、行っきますよー!」

クルミが紫竜にまたがろうと手を掛けたところで、ミカンは紫竜へと出発の合図を送る、

「ちょっとお待ちになって…、わっきゃあああぁぁぁぁぁ…」

あわてて竜の尾にしがみ付いたクルミの悲鳴ひめいが遠のいた。

 

            【】

 

≪フタラの大渓谷だいけいこく

「イーマーリーさーん、こっちでーいーいーですかー」

ダイヤ川を下流に下って行くと眼下に大渓谷が見えてくる、その大渓谷の始まる場所に落差らくさが32じょう(約97m)もの大滝がある、大滝の滝壺へ行くには山道を迂回うかいして川の下流から大渓谷の底へと下りるが、落差のはげしい岩場を抜けるためイマリは大渓谷の中腹ちゅうふくまでの案内となった、岩場に下りたリュウタロウは両手を振ってイマリへと訊く。


「…ー…ー…ーすー」

イマリも大声で応えるが、『ドドーッ』と流れ落ちる大滝の水音にはばまれ声は届かない、イマリは足元を確かめてから両手を振ると、リュウタロウの行く先を示すように手を大きく回した、

「こっちー!」

リュウタロウも手を大きく回して問うと、少ししてイマリは両手を頭の上にあげ丸の形を作った。


リュウタロウはイマリが示した方角へと進む、れた岩場にも関わらずいとも容易たやすく飛び移っていった、もうすでにイマリの位置からリュウタロウを見ることは出来ない。

リュウタロウが軽快に大渓谷を下って行くとダイヤ川が見えた、入り組んだ川のふち沿って上流を目指す、四半刻しはんこく(30分)程進むと川幅が急に広がり大滝が目の前にせまった、32丈(約97m)もの高さから流れ落ちる大滝の水量は途方とほうもなく多く、滝壺に打ち付けられる水飛沫みずしぶきが舞い上がり辺りを白くめていた。


その滝壺の周囲には巨大な岩がごろごろと転がっていた、リュウタロウはれる滝壺の水面をかして見る、しばらく見ていると水底にしず岩陰いわかげが浮かぶ、その岩陰が示す岩の大きさは辺りに転がる巨石の何十倍もの大岩であり、大滝から流れ落ちる水を長年受け続けた大岩の上面は丸くへこんでおり、大岩は滝壺の中心でどっしりと鎮座ちんざしていた。

 

「さて、滝壺に沈んだ巨石は見つかったけど、ここでいったい何をすればいいんだろう…」

リュウタロウはつぶやいて周囲しゅうい丁寧ていねいに見回した。

 

…板屋でのこと…

 「お帰りなさいませ、中宮では何か分かりましたか」

イマリがリュウタロウとトラノスケを出迎えた、

「おーいろいろと分かったでー、なーリュウノジ」

と応えたトラノスケは横目でリュウタロウを見る、

「うん、いくつか分かったんですけど、まずボクには行かなければいけない場所があります、イマリさん教えてもらえますか」

と、リュウタロウがこの足で向ういきおいで言った。


「ええ、私に出来ますことは何なりと、でもまずは昼餉ひるげと致しましょう、お腹がいていては良い仕事は出来ませんわ」

と笑った、

「ほんまや、わいは腹ペコでもう動かれへんでー」

そう言うと商売道具が満載まんさいの大箱を『ドスンッ』と肩から下ろした、

「じゃーまずは、腹ごしらえさせてもらおうかな」

3人は板屋の暖簾のれんくぐった。

 

ぜんを仲居と共に運んできたイマリがお茶をれた、

「中宮の巫女はんがゆーには、花嫁になるんは竜の子孫なんやと」

あゆの塩焼きにこうの物と山菜の炊き込み、味噌汁の具はきのこである、トラノスケは鮎の塩焼きを頭からかぶりついていた。


「はい、私もこちらの温泉神社で聞いてまいりました、こちらの伝承でんしょうでは紫竜さまのご結婚について、2匹の竜よりはなたれし天にかがやく赤い花々、金色こんじききぬにてつつまれしとき、天と地をつなぐ虹の橋となる、となっており、もう1匹の竜は漆黒しっこくの刀よりでたるとあります、ですのでご結婚なさるのは2頭の竜神さまなのだと思います」

イマリが応えた。

 

「ほー、漆黒の刀かいな…」

トラノスケは山菜の炊き込みをほお張りながらリュウタロウを見る、

「まーえー、女将はんが聞いた伝承よりな、中宮の巫女はんがゆーとった話のがえぐいこと言うとったでー」

トラノスケはだまったまま味噌汁をすするリュウタロウから視線を移した、

「それはどのような…」

イマリが訊き帰す、

「それについては、こんあとリュウノジにきいてんかー、わいはわいで調べることがあるさかい、大滝へはいかへん」

(ごっそさん)と言うなり立ち上がった。

 

「ナチ様の行かなければならない場所とは大滝なのですか」

 イマリはトラノスケを見送ると、リュウタロウへとたずねた、

 「うん、中宮のカグラさんが言うには、大滝に行って巨石をたずねろって言うんだ」

 と応える、

 「大滝の巨石ですか」

 イマリは首をかしげる、

 「なんでも大滝の滝壺に沈んでいるとか」

 リュウタロウは昼餉のお膳をすべて平らげると、手を合わせて頭をれた。

 

 「それは難所なんしょですねー、私では途中とちゅうまでしか案内できませんわ」

 イマリは困惑こんわくの表情で応える、

 「それで充分じゅうぶんです、お願いします」

 そう言うと太刀を腰にし落とした。

 

 リュウタロウが板屋の玄関先でイマリのおとずれを待っていると、しばらくして勝手口からイマリがあらわれた、イマリは道中どうちゅう草鞋わらじ脚絆きゃはんで足元をかため、更に手甲てっこうけた旅の姿である。

 「それでは参りましょうか」

 「あ・はい、お願いします」

 普段のよそおいと大きく違うイマリにリュウタロウはおどろいた、慌ててイマリの背を追いかる。

 

「あの、イマリさんには話しておいた方が良いかと思って…、いてもらえますか」

イマリと肩を並べて歩くリュウタロウが、イマリをのぞき見る、

「えぇ、私も訊きたいと思っていましたわ」

そう応えるイマリはリュウタロウに微笑ほほえむ、

「この刀は朱雀すざくっていうんですが…、この刀の刀身は地金じがねの色が濃く出ていて、見ようによっては漆黒しっこくに見えるんです」

リュウタロウはイマリの表情をうかがう。

 

「あー、さきほど私が話しました温泉神社の伝承ですね」

と応えると、リュウタロウの腰に刺さる鞘袋に入ったままの太刀を見た、

「ふー、もう気付いてると思いますが、さっきトラスケが言っていた竜の子孫とはボクで、竜は漆黒の刀より出るという漆黒の刀とは、この朱雀です」

大きく息を吐き出す、そして覚悟かくごを決めたリュウタロウは鞘袋のひもを解くと、腰の太刀を引き抜いて刀身をイマリに見せた。


「これが伝承の刀ですかー、うーん・なんて言いますか…、わり普通ふつうですね」

屈託くったくなく笑った、

「普通ですかー、例えばボクがナチの竜だったとしても…」

リュウタロウは太刀を鞘に戻しながら訊く、

「えぇ、そうですねーナチさんがナチの竜でも、私にはごく普通の青年にしか見えませんよ」

緊張きんちょう気味に話しかけたリュウタロウだったが、イマリの対応たいおうに肩の力が抜けた。


「あのナチさん、べつに私はうたがっているのではないですよ」

拍子ひょうし抜けしたリュウタロウを見てイマリが言う、

「あーいえ、そうじゃなくって…、なんだかほっとしました」

リュウタロウ自身から賞金首であるナチの竜だということを告げたのは、これが初めてである、

「このことを、キサラギ様やアベ様はご存知ですか」

昨夜の会話だと、クルミとミカンがフタラの町に着たのは、ナチの竜を追ってのことだと承知しょうちしているイマリが訊いた、

「言える訳ないっすよねー」

こまり顔で応える。


「それでは、どうしてナチさんはお2人と旅をされてるんですか」

「どうしてって…、行きかり上だけど…、ボク自身もナチの竜のうわさには関係があるから、確かめに行くのはボクのためというか、それに彼女達だけで行動するとあぶなっかしくて見てられないというか…、どうしてなんでしょう」

と逆に問い、

「私には、皆さんの事情じじょうは分かりません、ですがナチさんの気持ちは分かる気がしますわ」

と笑いかけた。


「しかし、そうしますとオオトリ様には、ナチさんのことを気付かれるのは良くないですわね」

「いやー、たぶんもうとっくに気付いてます」

「まぁ、それなのに2人で中宮に行かれたんですの」

「そうですねー、たぶん中宮で確信したと思いますが、その後も変わりなくて…、トラスケは何を考えてるんだろう」

「迷っているのでしょうねー」

イマリとリュウタロウはしばらくのあいだ無言で歩いた。


フタラの温泉街への入り口が見えた、旅籠はたごの案内所の親父が顔を見せイマリに話し掛ける、リュウタロウは会釈えしゃくをしただけで会話には入らず、フタラの町の案内図を見ていた。

「お待たせしてすみません、私も大渓谷の谷底へ下るのは初めてでして、道を確かめていました」

イマリが話の内容を告げる、

「お手数を掛けます」

と礼を言う。


「私としましては、板屋にお泊りのお客様がこうむりました災難さいなんですので、最善さいぜんくすのは当然なのですが、ナチさんはどうなさるおつもりですか」

イマリの質問が唐突とうとつで、リュウタロウは首をかしげた、

「ボクは…、そっかー、ボクが彼女達を助ける理由ってあるのかな」

リュウタロウはあらためて自身に問い掛ける、

「いえ、そのような意味ではないのですが、ナチさんにとっても重大なことになりますでしょう、成り行きだけで行動するには少し荷が重いのではないかと」

そう言いリュウタロウを見上げた。


「ボクにとって大事なものというのは、この羽織と刀だけなんです、いや・それよりももっと大事なものが有りました、皆が命を掛けて守ったさとの神の名前です…」

リュウタロウはしみじみと言う、

「ひょっとして、ナチの竜というのは、ナチさんの故郷こきょうで祭られている神様の名前ですの」

リュウタロウは目許にだけ笑みを作りうなづいた。


「ボクが何よりも優先しなければいけないのは、ナチの竜という名をけがさない、穢させない事です、それがボクに出来る、せめてもの罪滅つみほろぼしですから」

リュウタロウは前方を見据えて歩く、

「ナチさん…、ごめんなさい、立ち入ったことをお聞きしまして」

イマリはリュウタロウの様子ようすを気にした、

「そんなことないです、イマリさんに言われるまで、ボクは何の為に行動しているのかすっかり忘れていましたから」

リュウタロウは明るく応えた、

「しかし、この度の事件でナチの竜に関わる内容といいますと…」

イマリが首を傾げる。


「たぶん、二荒ふたら山の紫の竜神に呼ばれたのはボクですね、というか招かれたのはナチの竜神である朱雀すざくですよね、やっぱり」

リュウタロウはしぶい顔で応えた、

「まー、それでは伝承にあります2頭の竜神とは、紫竜様とナチの竜神様なのですね」

イマリの目が好奇心こうきしんに輝いた、

「気のせいか…、イマリさんはうれしそうに見えるんですけど」

リュウタロウはいぶかしい視線をイマリへ向ける、

「いいえー、そんなことないですよ、でもナチさん頑張って下さいね」

否定をするイマリの表情は明るかった。


 …ダイヤ川大滝の滝壺…

「しっかし…、中宮のカグラさんは、俺にここでいったい何をしろっていうんだろね」

リュウタロウは滝壺に沈んだ巨石を見詰めた。


リュウタロウは背負ってきた道中嚢どうちゅうのうを下ろし、羽織をたたんで岩陰に置いた、腰から太刀を鞘袋ごと抜いて袋をはらった、朱色の鞘を左手に持ち、右手は竜の頭をかたどる細工があしらわれたつかを握る、ゆっくりと鯉口を切って刀身を引き抜いた。


「ほー、ほんまに漆黒の刀やわなー」

と言い、大滝の裏側からトラノスケが姿を見せた、

何時いつから居たんだい」

リュウタロウは左手に持つ鞘を腰に落ち着けながら訊く、

「ほんの四半刻(30分)前からや」

トラノスケはひと際大きな岩の前に歩み寄ると、商売道具の詰まる大箱を岩の上に置いた、

「トラスケの調べ者も、この大滝だったのかい」

リュウタロウは右手に持つ太刀の切っ先を足元に寝かせる、

「そうや、わいはグダグダ考えるんは性に合わんのや、せやから確かめさせてんかー、リュウノジ・おのれがナチの竜やっちゅーことを!」

トラノスケは言葉尻に合わせて大箱を『バンッ』と叩いた、大箱の扉が両側に開き中から単筒たんづつに大筒、発破はっぱ撒菱まきびしなどあらゆる武器が突き出した。


「目をつぶる訳にはいかないかい」

リュウタロウが訊く、

「きのうはほんまに楽しかったわ、あんな日が毎日続いたらえーと思うたで…」

トラノスケは単筒を手に取る、

「あぁ、本当に…」

リュウタロウの左手が太刀の柄にえられた。


「ほな、行くでー!」

トラノスケは左右に持つ単筒を同時にった、滝壺をはさんで撃たれた弾丸がリュウタロウへとせまる。

リュウタロウは咄嗟とっさに身を低くかがめて弾丸をかわすと、岩陰へと横っ飛びし、そのまま岩陰を走りトラノスケとの距離をちぢめる。


トラノスケは両手の単筒を手放すと大筒に持ち替えた、導火線そうかせん種火たねびを付けて狙いを定める。

リュウタロウが大岩の上に飛び上がると同時に大筒が『ドーンッ』と火を噴いた、火薬の詰まった鉄球がリュウタロウをおそう。

リュウタロウは迫り来る鉄球へと更に踏み込む、火薬が詰まる鉄球を眼前まで引き付けると、炸裂さくれつするほんの寸前すんぜんで上段にかざした太刀を振り下ろした。

鉄球が真っ二つに切り割られ、割れた鉄球はリュウタロウの左右へと分かれてすり抜ける、そしてリュウタロウのぐ後方で激しく爆発した。


リュウタロウはその爆風にあおられそのまま滝壺へと落下した、リュウタロウは太刀を口でくわえると、滝壺の中央で鎮座する巨石へと泳ぐ。


トラノスケは大筒を放り投げると、再び二丁の単筒を取りリュウタロウが水面に上がるのを待った。

リュウタロウは激しく流れ落ちる大滝の水流にあらがいながら、必死に巨石へと泳ぐ、巨石に近付くにつれ、大滝からの激しい流れは水面近くだけのものだと気付いたリュウタロウは、さらに深くもぐった。


水面を凝視ぎょうしするトラノスケは、姿を見せないリュウタロウに疑念ぎねんを持つが、暫くしてもいっこうに現れないリュウタロウは、自らが放った大筒によりたおれたのかとも思い始めていた。

「おい、こらーリュウノジー、ナチの竜がこんくらいで終わるわけあらへんやろー、さっさと姿を見せんかいなー」

滝壺にひびわたる大声で怒鳴どなった、トラノスケは目をらして水面を見るが、大滝から流れ落ちる水流が水面を揺らせるので水中の様子は分からない。


堪忍かんにんしてーなー、わいのはやとちりやったんか…」

トラノスケはかまえていた二丁の単筒をだらりと下げた。


「いや、間違ってはいないよ」

トラノスケの背後から声が掛かる、

「なんや、生きとったんかい」

トラノスケは滝壺へと向いた姿勢のまま応えた、

「ボクは、間違いなくトラスケが追っているナチの竜だよ」

リュウタロウは滝壺に鎮座する巨石の下部に取り付いたあと、巨石をぐるりと回りトラにスケが現れた大滝の裏側から地上に出ていた、びしょれのリュウタロウの手に太刀は無く、太刀は鞘へとおさめられていた。


「ほーか、んならわいを切れや、おのれはわいのかたきなんやからなー」

トラノスケはリュウタロウに背を向けたまま二丁の単筒を落とした、

「ボクにはトラスケを切る理由が無い」

リュウタロウは無手のままトラノスケへと歩み寄る、

「そーか、言い忘れとったなー、わいの名はオオトリ・トラノスケ、つまりわいは大鳥おおとり国主こくしゅの子供っちゅーことや、分かるやろー、わいはな12年前にもりの国と戦した大鳥の人間やーゆーとるうや!」

と言いリュウタロウへと振り返ったトラノスケの腰には、大小の刀が手挟たばさまれていた。



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