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ゆけむり探検の奇跡①

  ≪人物紹介≫

☆ 那智竜太郎ナチ・リュウタロウ 19歳

  正統なるもり国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜


☆ 如月胡桃キサラギ・クルミ 19歳

  宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人


☆ 阿倍蜜柑アベ・ミカン 18歳

  古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人


☆ 大鳥虎之助オオトリ・トラノスケ 22歳

  大鳥国主の三男、めかけの子、現在賞金稼ぎ


☆ 板屋の伊万里イマリ 26歳

  フタラ温泉宿、板屋の女将


☆ 中宮の神楽カグラ 17歳

  二荒ふたら山神社中宮の末娘、巫女


☆ 望月華音モチヅキ・カノン 12年前=14歳

  リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女


☆ 望月雷蔵モチヅキ・ライゾウ 12年前=50歳

  カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老


☆ 那智時継ナチ・トキツグ 18年前=37歳

  リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主


☆ 那智瑞羽ナチ・ミズハ 18年前=19歳

  リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女


☆ 大鳥錬龍オオトリ・レンタツ 27歳

  大鳥国主の長兄、竜の力を継承


☆ 朔心月サク・シンゲツ 62歳

  大鳥国の国家老、軍師


*ここでの歳は満年齢にて記載

*話が進むにつれ改定あり


 (2)ゆけむり探検の奇跡

 

≪フタラの町≫

ここは東宮より北へ三十里さんじゅうり(約120km)ほど離れた場所にある、山間やまあいの温泉街を中心に発展した町である。

フタラの町へ入るには天然の切通きりとおしを通らなければならない、切通の幅はせまく大八車が一台やっと通れる程度で、両脇に切立ったがけの高さは十間(18m)を有に越えていた。

町の入口に起つ者は、皆が自然と天然の要塞ようさいを見上げた。

 

「ミカン、本当に此方こちらで間違いございませんこと」

「バッチリですよ、まかせて下さい」

そろいの旅装束たびしょうぞくに身を固めたクルミとミカンが、フタラ町の入口を見上げていた。

「お任せしたい気持ちは大いに有りますのよ、有るのですが…」

クルミは編みかさを持上げて崖の上をのぞき見る。

「まーまーセンパイ、過ぎたことをいつまでも引きずってたら、ナチの竜さんどっか行っちゃいますよ」

ミカンは顎紐あごひもゆるめると編み笠を背に回し、大きな伸びをする。

「わ・わかっておりますわ、そ・それでは参りますわよミカン」

「あいあいさー」

クルミはどこかぎこちなく言い、ミカンは『サッ』と右手をひたいかざして応えた。

 

「しっかしさーこれって自然に出来たんだよね、うーん巨大な門だなこれは、この崖の上から岩が落ちてきたら一巻いっかんの終わりだねー」

 リュウタロウは歩き出す2人に聞こえるように言う。

 

「おだまりなさいませ、リュウタロウさんの感想など結構けっこうですってよ、それよりもあなたはどちらまでついて来るおつもりですの」

不安げに崖の上を見ながら進むクルミが振り返ると、リュウタロウを一瞥いちべつする。


「それはないんじゃないのー、ここに来るまでの旅費を立てえたのはボクだよ」

「えーえー確かにそのとおりですってよ、ですがここから先はわたくし達のお仕事でして、リュウタロウさんには無関係ですわ」

背の低いクルミがリュウタロウに抗議するが、リュウタロウからは編み笠が邪魔をしてふくらんだほおしか見えない。


「はい・はい・わかってるって、ボクがフタラに行くのは、温泉につかって豪華懐石ごうかかいせき料理を堪能たんのうするためだからさ、きみ達の仕事には一切興味はありません」

 

「ずるーい!わたしもリュウタロウさんについて行きますー」

ミカンはリュウタロウの豪遊ごうゆう話にられた。

 

「ミカン、わたくし達はお仕事で参ったのでしてよ、どこぞのていたらくなお人とは違いましてよ」

クルミはリュウタロウに軽蔑けいべつの視線を向ながら言う。

 

ひどい言われよう、君にはこころというものが無いのかい、ボクだって人並みに傷付くんだよ」

「よーく言いますわ、出張旅費をきらせたわたくし達に対し、よくもそのように贅沢ぜいたくなお話を持ち出しておきまして、なーにが傷付きますーですの!」

「そーだ・そーだ、センパイの言う通りだー、悪いと思ったらわたし達の分もおごって下さいってんだ」

ミカンが右手を振り上げて、威勢いせい良くクルミを援護えんごした。

 

「ミカンちゃん、人格じんかくが変わってるよ…」

リュウタロウは腕捲うでまくりしながら詰め寄る2人に圧倒あっとうされ、

「わかったから、そんなににらまないでよ、2人分の宿代を出す、それでいいでしょ」

渋々《しぶしぶ》と了承りょうしょうした。

 

「豪華懐石料理もです」

ミカンはニッコリと笑うと、人差し指を起てて追加注文をした。

 

「君って、食べ物が関わると人格変わるの」

リュウタロウは眉根まゆねを寄せたずねた。

 

「えへへへ、よく言われます」

ミカンは照れ笑いを浮かべた。


ミカンとの交渉こうしょうに冷や汗をかくリュウタロウへ、

「そもそも、ツリシの方々がどーかしているのですわ」

クルミがリュウタロウの胸を突付つつく、

「わたくし達が事件を解決しまして、赤マントに巻き上げられましたお金を取戻す予定でおりましたところに、リュウタロウさんのちょー偶然ぐうぜんの産物が生み出しました、出鱈目でたらめ津波警報が的中なさったからって、リュウタロウさんだけに命の恩人あつかいをなさるなんて、納得いきませんわ」

クルミのいきどおりが続く。

 

「うーん…わかった、リュウタロウさんは魔法使いなんでしょう」

リュウタロウの津波警報に対する答えである。

 

「いやー、偶然偶然…」

ミカンの射抜いぬくような眼差しに、リュウタロウは冷や汗を流す。

 

「それに、あの後のことにしましても」

 クルミは横を向くリュウタロウの顔を両手で挟み、強引に正面を向かせた、

「壊れた船の修理を遣らされますわ、津波によって港に打ち上げられた泥の掃除に、挙句あげくの果てには、宿泊した旅籠はたご仲居なかいまでさせられるしまつですってよ!」

クルミは話しているうちに、数日前の記憶がよみがえり、次第に怒りが込み挙げてきた。

 

「それは気の毒だと思うよ、でもそれをボクに言われても困るよ、それにボクだってちゃんと手伝ったんだから、公平でしょ」

クルミの怒りを治めようと、リュウタロウは笑顔で応えるが、

「なーにが公平なんですのー、リュウタロウさんが船の修理の行きますと、釣りたてのお魚をさかなになさいまして、すーぐに酒盛りが始まりますし、港のお掃除だって子供たちと一緒になって泥んこ相撲なさっておりましたわ、お宿に戻れば戻ったで毎晩へべれけになるまでの大宴会ですってよ、こーれのどこが公平だとおっしゃりますの」


クルミの怒りは治まるどころか、火に油を注いだ結果となる。

 

「そうですよー、わたし達は東宮の役人だからって、あんなに働いたのにお給料をいただけるどころか、宿泊代まで請求せいきゅうされたんですよー」

ミカンは両方の手で目元を押さえると、涙ながらにうったえる。

 

「ですのに、リュウタロウさんには町をすくったお礼などと申しまして、多額たがく報酬ほうしゅうまでいただいたそうですわねー」

クルミは皮肉ひにくたっぷりに言い、

「わたし、お腹が空いてもう歩けませーん」

ミカンが腹に手をあてて、しゃがみ込んだ。

 

「もーわかりました、豪華懐石料理を付けます、だから何時までも根に持つのやめてね」

リュウタロウは『ハーッ』とため息を付き降参こうさんした。

 

「やったー!そーと決まれば【ぜんはいそげ】です、さー2人とも置いてっちゃいますよー」

ミカンは勢いよく飛び上がると、大手を振って歩き出した。

 

「彼女の言う【ぜんいそげ】って、たぶん配膳はいぜんの膳だよね」

リュウタロウは失笑しつつも2人の後に続いた。

 

3人が切通を進むと反対から7,8人の一行が下ってきた、

「これは珍しい、乙女倶楽部のお役人が御参拝ごさんぱいですかな、それともこちらでなにやら事件でも起こりましたかな」

話しかけたのはフタラ山神社への参拝に東宮より来た商人で、着物の商いをしている彩根さいね屋の主人でソメエモンである、一行はその家族と奉公人だ。


「まー彩根屋様ではありませんか、このような所で奇遇きぐうですわ」

崖の上ばかり気にしていたクルミは、声をかけられるまで気付かずにおどろきの声を返す。

「まだ事件は起きてないんですけど、フタラの町にナチの竜さんが居るらしいんですよ」

ミカンも彩根屋とは顔見知りで、屈託くったく無く機密きみつ情報をらした。


「ナ・ナチの竜ですってー、それは本当のことですかいな、こーしちゃーいられないさっさと山を降りますよ」

ソメエモンは一行に言うと、大急ぎで駆け下りる、

「あぁ・彩根屋さまー、このことはくれぐれもご内密ないみつにー」

走り行く一行の背に向ってクルミが叫ぶが、その声は届いたかどうか、

「あれ、どうしちゃったんでしょうねー」

ミカンは走る去る一行を、手をかざしながら見送り、

「ミカン…、ナチの竜に関する情報は一切話してはならないと、あれほど申しましたのに、あなたって子は…」

クルミが言い寄ると、ミカンは『パンッ』と手を叩いて、

「忘れてましたー」

という応えが返った。

その後ろでは、リュウタロウが逃げ出した一行を見送ると、ガックリと肩を落とした。


          【】

 

≪フタラの温泉街≫

【ようこそ、フタラ温泉へ】と書かれた看板を過ぎしばらく行くと三叉路さんさろとなる、三叉路を右側に向うと東国一の大渓谷だいけいこくがあり、左側に向かうと渓谷を渡す朱色の神橋しんきょうがある、正面へとまっすぐ進むとフタラの温泉街である。

リュウタロウ達3人は、温泉街の入り口にある旅籠の案内所で今晩の宿を探した。

 

「センパイ見てくださいよー、この厚焼きのしし肉、血がしたたるような焼き加減だとたまりませんよね、ねーここの宿にしましょうよー」

ミカンは【極楽苑ごくらくえん】という名の宿を紹介する記事に見入り、夕餉ゆうげ挿絵さしえに食い入っていた、ミカンは肉食系女子である。

 

「ミカン、ここは温泉地ですってよ、つまりお風呂が1番良いお宿にお泊まりしますのが、醍醐味だいごみというものですわ、そしてそれは…ここですわ」

クルミはねらさだめた記事を指し示した、【いこいとき】と書かれた宿には五種類の天然温泉と、女子に大人気の美肌の湯と書かれていた。

 

「えーお風呂が良くっても、ご飯が山菜さんさい料理ばっかりじゃないですかー」

「なにを仰いますの、山に来たのですから山のさちを頂くのが1番の贅沢ぜいたくというものですってよ」

案内所の記事を振りかざしながら、お互いに一歩も引かない女子たちに、

「あのーきみ達、お金を払うのはボクだよ、当然ボクの意見にしたがってくれるよね」

リュウタロウは恐る恐る訊ねた。


「と・とーぜんぜすわ、わたくし達そこまで厚かましくはないですわよ、ねーミカン」

クルミがずかしそうに言と、 

「リュウタロウさんは、こっちの極楽苑の方がいいですよねー」

クルミに同意を求められたはずのミカンは、自分が手にしていた広告をリュウタロウに見せていた。

 

「あーうん、どれどれ…」

リュウタロウが広告をのぞき込む、

 「あー卑怯者ひきょうもの

クルミが叫ぶ。

 

「リュウタロウさんが選ぶんですから、センパイはだまってて下さい」

ミカンは両手を広げて、クルミの行くてをはばむ、

「リュウ・タ・ロウ・さん…、こちらの・方が・よ・ろ・し・く…ってよ」

クルミはミカンに阻まれながらも、必死に憩いの刻の広告をリュウタロウに差し出す。

 

「いやーお客さん、両手にはなうらやましい」

宿の案内所に働く60がらみの親父が言う。

 

「いやーボクがいけないんですよ、2人の気持ちはうれしいんだけど、2人のうちどちらか1人を選ぶなんて…、そんなかわいそうな事ボクには出来ない、あー罪深いボクをお許しくださいー」

リュウタロウは胸に手を当て、目をうるませながら言うと、もう一方の手を天井へとかざした。

 

「リュウタロウさん!人が聞いたら勘違かんちがいなさるような仰り方をなさらないでいただけますこと、わたくし達はお仕事でこちらに参りましたのですわ」

リュウタロウをひとにらみすると、案内所の親父に訂正ていせいした。

 

「そーだったんですかー、それならもっと早くに言ってくれればいいのに、リュウタロウさん、わたしが身を引きますから、センパイをどうか幸せにして下さいね…う・う・う」

と、ミカンが泣き真似まねをすると、 

「ミカン!なんてことを仰いますの」

クルミがみ付くと『テヘへ』としたを出すミカン、リュウタロウと案内所の親父が顔を見合わせて笑う。

 

「きーめた、ここがい、ねーここにしようよ」

リュウタロウはクルミとミカンが示す広告とは別の物を指差す、

「おっ、お目が高いね、ここは良い宿だよ」

案内所の親父が受けあった、

「ほんとーっすかー、それは良かった」

男達が満足気に笑ってうなずき合う。

リュウタロウが選んだ旅籠は【板屋いたや】と書かれた宿である、記事の内容はこれといって派手はで特徴とくちょうは無く、宿の一番の自慢じまんこころからの御もてなしであった。

 それでもリュウタロウと案内所の親父は目尻めじりを下げて、ニコニコとうなずき合っていた。

 

 リュウタロウが指し示した広告を覗き込むミカンとクルミは、

「えーここですかー、…わたしのお肉がー」

「あぁ…美肌の湯が…はぁ」

と、2人が同時にガックリと肩を落とした。

 

           【】

 

≪板屋旅館≫

フタラ温泉街の最奥に位置するこの旅籠は、一見こじんまりとした平屋の木造もくぞう造りだが、奥が開けていて客室は14部屋あり、風呂も内湯と外湯がそれぞれ男女別に有るから計四つの風呂がある。

とりわけ女子の外湯はった造りをしており、広さも充分じゅうぶんにある、湯船には旅籠の裏手に源泉げんせんから直接湯が注がれ、乳白色にゅうはくしょくの温泉が一日中かけ流されていた、乳白色の温泉には美肌効果びはだこうかふくまれるので、はからずもクルミの願望がんぼうは達せられることとなる。

 

「ようこそ板屋へ、遠路はるばるお越しくださいましてありがとうございます、本日はごゆっくりおくつろぎくださいませ」

リュウタロウ達の到着とうちょく予期よきしていたように、玄関先で出迎えた板屋の女将おかみ女中じょちゅうたちは深々とお辞儀じぎする。

 

「ボクの名前は【ナチ・リュウタロウ】と言います、貴女あなたに出会うために山をえ、海で津波にのまれ、さらにまた山に登って参りました」

リュウタロウはいつのまにか女将のとなりへと並ぶと、女将の肩に手をまわして名乗った。

 

「まーどこかの【賞金首】のようなお名前ですこと」

女将はリュウタロウの手をそれとなく退けて言うが、

「よく言われますが、それは他人のそら名前というものです、それよりもお美しい貴女のお名前を教えてください」

女将の肩から外す手を、すかさず両手で握り締めて名をたずねる、

「お若いですね、私は板屋の女将をさせていただいております【イマリ】と申します」

リュウタロウの行動に『フフッ』と笑ってから名乗った。

「イマリさんですかー、お名前も美しいー」

だらしない笑顔で応えた。


「なんですの・アレわ、広告には女将の似顔絵などっておりませんでしたわよね」

クルミはミカンの耳元でささやき、 

「えーなかったと思います、…それにしても、すっごい美人ですねー、リュウタロウさんはどうやって選んだんでしょう」

ミカンはイマリに見とれて言うと、 

「おーい、2人ともー早く部屋に行こうよー」

リュウタロウはいつにも増してにこやかであった。

 

「本日のお部屋は弥生やよいの間と皐月さつきの間をご用意させていただきました、部屋割りはリュウタロウ様とクルミ様が弥生の間に、ミカン様が皐月の間でよろしいですよね」

板屋の女将であるイマリが笑顔で尋ねる。

 

「お待ちになって!ご冗談はおよし頂けますこと、どこをどのように見ますとその様な部屋割りが成り立つと仰りますの」

クルミは赤く染めた顔を隠すように、肩を怒らせながら抗議する、

「まーまー、そんなかどの立つ言い方をしなくても」

と、なだめるリュウタロウだが、当人も困惑こんわくの表情である。

 

「こ・これは大変失礼しました、私てっきりお2人が婚約こんやくされているとばかり…」

イマリは慌ててびると、何度も何度も深く頭を下げる、

「どうしてリュウタロウさんとセンパイが婚約してると思ったんですか」

ミカンが聞く、

「はい、先ほど案内所のサクゾウさんから書付かきつけが来まして、小柄の方の女性と背の高い色黒の男性が好い仲だと…、それでてっきり、本当に申し訳ございません」

イマリは袖の中から、一枚の紙を取り出した。


「ミカン!あなたがご冗談を言いますから、このようなことになりますのよ」

案内所での一幕ひとまくを指しての叱責しっせきである。

「でも女将さんは2人を見て勘違かんちがいしたんですから、やっぱり2人はお似合いなんですよー」

「それは・だんじて無い!」

「ありえませんわ!」

悪びれることなく言うミカンに対して、リュウタロウとクルミは声をそろえて否定ひていした。

 

「そういたしましたら、ナチ様が弥生の間をおつかいいただきまして、キサラギ様とアベ様が皐月の間をおつかい戴くということでよろしいでしょうか」

イマリは宿帳やどちょうに目を通しながら、これ以上の状況じょうきょう悪化あっか阻止そしすべく、3人に確認を取る。

 

リュウタロウは中年の仲居なかいに、クルミとミカンはイマリに各々《おのおの》の部屋へと案内される、茶と茶菓子ちゃがしをもてなされると館内の説明を受ける、それから食事の時間を決め、そそくさと浴場へ向った。

「うっわーなにコレー、まるで牛乳の風呂だよ、なんだかかるのが勿体もったい無いようだな」

リュウタロウが外湯に来ると、脱衣所だついじょから湯船を覗いた。

 

湯気ゆげが立ち込めてて視界がいまいちだけど、夜は満天まんてんの星空が見れそうだよな」

言葉とは裏腹うらはらに勢いよく湯船に飛び込むと、空を見上げてほくそ笑む、

「しっかしいいのかなー、こんなに立派な風呂をボクだけで貸し切っちゃってて」

言いつつ、あらためて周囲を見回す、 

「おや、アレはなんだ…」

乳白色の湯船をへだてた反対側には竜の形をした置物があった、リュウタロウは置物へと湯船を泳ぎながら移動する。

 

「なんだーコレ、うーん口から温泉が出るわけじゃないみたいだし、たんなる置物としては不釣合ふつりあいだよな、と言うか…精巧せいこうすぎて気味きみが悪いよ」

竜の置物をまじまじと観察かんさつする。

 

「止め止め、あとでイマリさんにでも聞いてみよっと」

リュウタロウは身震みぶるいすると、竜の置物から逃げるように湯船に戻った、

「うわーセンパイって着痩きやせするんですねー、こんなにぼりゅうむがあるなんて知りませんでした」

 ミカンが感嘆かんたんの声をあげる。

 

「お止めになって、人に見せるようなものでは御座いませんわ」

クルミは髪をまとめようと、手にしていた手拭てぬぐいを胸に当てた、

「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ、ここは女子風呂なんですからー」

ミカンは両手を広げて周囲を示す、脱衣所にはクルミとミカンの2人だけしかいないが、3個のかごに衣類が入っていた。


「わたくし・このように大勢おおぜいの方と、ご一緒に入るお風呂は始めてですの…」

クルミは小声でじらいながら言い、 

「あーそれでですかー、センパイが選んだ旅籠には貸切かしきり風呂が有りましたもんねー」

ミカンはなぞけたとばかりに喜ぶ。

 

「えぇ・まーそういうことですわ、そ・れ・を・あのオタンコナスときましたらー、女将さんが美人だからという理由だけで、宿をお選びになるなんて許せませんわー」

クルミは胸の前ににぎこぶしを作る、

「そーだそーだー、わたしの厚切お肉を返しやがれってんだー」

ミカンは腰に手を当ててふんぞり返ると、クルミの調子に合わせた。

 

「2人ともまだ根に持ってるよ…、それにボクは女将さんが美人だからここにした訳じゃないんだけど、って・ひとりで言い訳をしてもしかたないか」

リュウタロウが脱衣場へ戻ると、となりからクルミとミカンの声が聞こえた、その会話に対してのぼやきである。

 

「しかし、こーも筒抜つつぬけだと、…問題は無いのかな」

クルミ達の会話に聞き耳を立てながら言う。

 

リュウタロウが女湯側の壁へと視線を投げる、

「君、そこで何やってんの…」

ふんどし一丁の男が壁にしがみ付いていた。


「しー、見たら分かるやろ、声かけんといてや!」

褌の男は慎重しんちょうに壁をよじ登りながら言った、

「まーだいたいのことは分かるけど、それをだまって見過ごせってゆーのかい」

リュウタロウは手拭てぬぐいを肩に掛けたまま、腕を組んで男を見上げる、

「なんや・にーちゃんものぞきたいんか」

褌の男がリュウタロウに視線を向けるとにっこりと笑った。


「いや・それはまーボクも男だから見たくない訳は無い、でもそれって犯罪行為はんざいこういだし…」

首をひねりながらうなり、

「いや・生物学的せいぶつがくてきに見ればおすとはめす口説くどかなくてはいけないんだ、雄が雌を口説き雌が雄を受け入れることによって、命は受けがれてゆきしゅ繁栄はんえいが成されるのだから…」

「はっきりせんやっちゃなー、見たいなら見たい、見たくないなら見たくないとどっちかにせー」

リュウタロウの独り言に、ごうやした褌の男が声を荒げた。


「分かった!雄は壁を登れってことだよね、うん」

そう自分にいい聞かせた、辺りを見回して椅子いすを運んで来ると『ぴょんっ』と椅子に飛び乗る、そのままいきおいをつけ壁の上部に飛びついた、 

「アイターーー!」

リュウタロウは悲鳴をあげ壁から落ち床で転げまわる、右手にはトラバサミのわながぶら下がっていた。

 

 「うおー、ごっつい仕掛しかほどこされてるやんけー、危なかったわー」

 褌の男は繁々《しげしげ》とリュウタロウの手に注目した、

 「見てないで取ってよー」

 「しゃーないなー、こっちよこしや、どれどれ…うんりゃー」

 リュウタロウは震える右手を左手で押さえながら、褌の男へとトラバサミを差し出した、

 「ひぃええええーーー」

 

「あらら…、誰かひっかっかたみたいですねーセンパイ」

「ほーら・わたくしの言ったとおりでしてよ、このように警戒けいかい能力の低い場所では、ちゃーんと自己防衛じこぼうえいをいたしませんと、ゆっくりと温泉にもつかれませんことよ」

クルミがほこらしげに胸を張る、 

何方どなたか知りませんが…、お気の毒さまです」

ミカンは壁に向って手を合わせた。


          【】

 

うたげ部屋≪上弦じょうげんの間≫

風呂からあがったリュウタロウがひとりで地酒じざけんでいる。

 

「ねーおねーさん、イマリさんはどこにいるの」

リュウタロウは配膳はいぜんに来た仲居なかいさんにたずねた、

 「女将ですか…、先程までは厨房ちゅうぼうに居たんですけどねー、そういえばどこに行ったのかしら」

仲居は愛想あいそ良く応えた。


「おーさっきのにーちゃんやないか、なんやにーちゃんれがおるんか」

仲居が障子しょうじを閉めようとひざを着くと、その後ろから男が顔を突き出した、

「あーさっきののぞ-」

リュウタロウが指差し仲居が『サッ』と男を睨むと、男は顔の前で手を振り、

「ボケー、人聞きの悪いこと抜かすなー、嫌やなーわいがそんな事するよーに見えますー」

男は仲居に愛想良く笑い掛けてから、

「ねーちゃん、わいにも酒持ってきてくれんかー」

「お客様の夕餉ゆうげはあちらでご用意しておりますが」

「こんまいこと言わんと、たのむわー」

「おい、君はここに居座るきかい…」

「なにゆーてんねん、さっき修羅場しゅらばくぐった仲やないかー」

その言葉にリュウタロウがたじろぐ、男はおかまい無しにずかずかと部屋に入った。


よろしいのですか」

仲居はリュウタロウへと尋ねた、

「あーいいのいいの、ちょっと勘違かんちがいがあっただけでもういいんだ、それよりもこのフタラの地酒は最高だね、まろやかなのにのど越しがスッキリしていてさー」

作り笑いを浮かべて言った、

「宜しければ他にもおすすめ有りますよ、おためしになりますか」

「それはえーなー、あんじょうたのむは」

 リュウタロウの猪口ちょこを一口に空けた男が、右手に空の猪口をかかげながら言った。

 

仲居が障子を閉じて居なくなるのを確かめてから、

「あのさー」

「そーしけたつらすんなや、どうせ飯盛めしもりり女目当ての野郎やろう旅なんやろー」

男はリュウタロウの猪口に徳利とっくりを傾けながら言う。


「そんなんじゃないよ、それにボクの連れは…」

「リュウタロウさん、お待たせしましたー、さー早くご飯にしましょう…」

桃色の生地きじに、黄色いユリの花柄はながらをあしらった浴衣ゆかたに身を包んだミカンが障子を開け、

「まーリュウタロウさんってば、もーんでおりますの…」

あきれ顔で言うクルミは、黒い生地に赤い大きな牡丹ぼたんの花柄があしらわれた浴衣を着ていた、2人は敷居しきいの前に立つと、見慣みなれない男の存在に部屋に入るのを戸惑とまどった。

 

「へーー、2人ともよく似合ってるねー見違みちがえたよ」

と言うリュウタロウのこめかみから、一粒の汗が流れた、

「なんやーこの別嬪べっぴんさんわー、にーちゃんの連れはむさい野郎やないんかー」

クルミとミカンに見惚みとれた男の手には傾けた徳利があり、徳利からは酒が流れ続け猪口から溢れた、

「うわ・おい、酒・酒ー」

「酒の話しとるんちゃうわー、この別嬪のねーちゃん達がおどれの連れかっちゅー話や」

徳利を勢いよく置くと、男はリュウタロウを問い詰める。


よろこんでいただけましたか」

2人からおくれてやって来たイマリが顔を覗かせた、

「イマリさん!」

リュウタロウは男の顔を押し退けて言うと、喜色きしょくを浮かべた。


「あら、オオトリ様もこちらでしたか」

イマリはリュウタロウに押し退けられた男に告げた、

「女将はん、このにーちゃんの連れがこちらの別嬪さんゆーんは、ほんまでっか」

ほおつぶされながらも前に出る、

然様さようでございますよ」

イマリからの回答を得た男はリュウタロウへと向き直る、

「にーちゃん、えーご身分やのー、われはなにもんや」

「人に尋ねるときは、自分から名乗るのが礼儀でしょう」

互いに睨み合う。


「そーやな・わいから名乗ろか、わいは【オオトリ・トラノスケ】や・よろしゅー、ちなみにわいの商売は【賞金稼しょうきんかせぎ】や!」

オオトリ・トラノスケが右手を突き出して握手あくしゅを求めた、

「おっほん、ボクの名前は…タケミカヅチノミコト・ニニギ・オオクニヌシ・スサノウ・ツクヨミノ・アマテラスです、どうぞよろしく」

と名乗りながらリュウタロウがトラノスケの手を取った、

「なにかのおまじないですか、ナチ・リュウタロウさん」

いつのまにか着席したミカンがリュウタロウに問う。

「なにも名字まで言わなくてもいいじゃない…」

リュウタロウはとなりに座ったミカンに泣き顔を向ける。


「ナチ・リュウタロウやとー、おどれはあのナチの竜と同姓同名どうせいどうめいっちゅーんかい!」

トラノスケは握手した手に力を込めた、

「よく言われるんだよねー、でも他人のそら名前ですから気にしないでねー」

リュウタロウも力一杯握り返す、

「なかなかやるやんけ…、でもなーこれでどうや!」

トラノスケはリュウタロウの指先を強く握った、

「ひぃええええーーー」

リュウタロウが悶絶もんぜつする、

「かっかっかっか、あっほやなーリュウノジ、さっきトラバサミではさまれた手ーで握手なんぞしくさってー」

トラノスケが腹を抱えて笑う。


「少しよろしいかしら…、トラバサミで挟まれたとか仰っていましたが、それはいつ・どちらでのことで御座いますの」

クルミが笑い転げるトラノスケの横に『スーッ』と近付いて尋ねる、

「あーそれなー、ついさっき内湯でひとっ風呂浴びた後に、そや外湯もちょっくら入っとこかーおもて脱衣所いくと、隣から若い女の声が聞こえるやんか、わいはなんてついてるんだろと一目散いちもくさん浴衣ゆかた脱いで壁にへばりついたんや…」

トラノスケは楽しそうに風呂場での出来事を語っていると、リュウタロウは身振り手振りで必死に止めろの合図あいずを送る。


「なんや、面白おもしろいんはこれからやろ、黙って見ときー」

トラノスケがリュウタロウを追い払うように手であおぐ、

「そんでなー、わいが壁にしがみ付いてると」

「いいえ、もうおおよその事は分かりました、それ以上の説明は結構ですわ」

クルミはそう言いながら左手を振袖ひりそでの中に引っ込めた、

「つまり、トラノスケさんが女湯を覗こうとしているところに、リュウタロウさんが現れまして、お2人が共謀きょうぼうなさって女湯を覗こうとしましたところ、リュウタロウさんだけがトラバサミに掛かりましたということですわね」

クルミは不適ふてきな笑みをたたえながら、振袖にしまった左手をトラノスケに差し出す、

「すごいなーねーちゃん、まー簡単に言えばそんなとこや」

トラノスケは差し出された手を取ろうと振袖の中に手を差し込んだ、

「うゎいたあああーーー」

雄叫おたけびと共にひっくり返ったトラノスケの手には、トラバサミがぶら下っていた。


「まったく男という生き物は、どうしてこうも破廉恥はれんちきわまりないのでしょうか、けがらわしいですわ、ミカンあちらでし上がりましょう」

 ふん、と顔をそむけたクルミがミカンに言う、

 「わたしは平気ですよ、男の子が助平すけべなのは仕方しかたないですよ」

 ミカンはすで前菜ぜんさいを平らげ、山女やまめの造りに手を付けていた。

 

 「ねーちゃん、ほんまえーこと言うなー、名前おしえてんか」

 トラノスケはリュウタロウを席から追い出すと、ミカンの手を両手で握っていた、

 「なまえれすかー、わらひはアヘ・ミハンれす」

 山女を頬張ほおばりながら応えた、

 「ミハンちゃんかー、素敵すてきな名前やなー」

 両手で握ったミカンの手に頬擦ほおずりした、

 「アベ・ミカンちゃんだよ!こちらはキサラギ・クルミさん、言っとくけど・それ以上やってると命の保障ほしょうは出来ないよ」

 席をうばわれたリュウタロウが訂正ていせいと、紹介しょうかいと、忠告ちゅうこくをした。

 

 「なんやリュウノジ、まさか・ミカンちゃんとおどれはできとるんかい!」

 「ちがうよ、ボクは何もしないけど…」

 リュウタロウは『チラッ』と隣を見ると、クルミが両手を握り締めて小刻みに震えていた、

 「せ・せやなー、のも・のも…、女将はん酒まだかいなー」

 クルミと目が合ったトラノスケは、恐る恐る手をはなすとイマリへと言った。

 

 「ええ、ご用意できておりますよ、キサラギ様もお席に着いて下さいな」

 イマリは一同の遣り取りを見ながら『クスクス』と笑っていた、

 「おひとつどうぞ」

 イマリに進められたクルミは渋々受けた、

 「イマリさん、ボクにもおしゃくしてください」

 リュウタロウが猪口を差し出す、

 「あら、ナチ様はキサラギ様にいでいただかないのですか」

 イマリは今にもき出しそうな顔で応える、

 「なぜ、わたくしがこのような破廉恥はれんちに」

 「どうして、ボクがこんな破天荒はてんこうに」

 同時に言う2人が互いを睨む、その予想された光景にイマリの笑いは止まらない。

 

 「息ぴったりやん…」

 トラノスケはめずらしいものを見るように言い、

 「うらやましいですよねー」

 ミカンがトラノスケに同意をもとめた。

 

 「それは置いときまして、どうですかお2人の浴衣姿は」

 イマリはクルミとミカンへと両手を広げて言った、 

「ステキですよねー、おかみさんが特別に用意してくれたんですよー」

ミカンは浴衣のそでを持ってひと回りし、うれしそうに応え、 

「わたくしは遠慮えんりょしたのですけど、女将さんが是非ぜひにと仰いますので…」

クルミはほのかにほおを赤めた。

 

 「そりゃもう、大輪たいりんはなが咲いたみたいやわ、なーリュウノジ」

 「あ・あぁ、とても好く似合ってるよ」

 「先程さきほどは大変失礼な誤解ごかいを致しましたでしょう、せめてものおびになればと思いまして」

イマリはリュウタロウに意味深いみしんな笑顔を向けた、

 「性懲しょうこりにもなく、おどれはなんぞしくさったんかいなー」

 「勝手に人を加害者かがいしゃあつかいしないでよね」

 「そのけんに関しましては、わたくし達は被害者ひがいしゃですわ」

 一同の視線はミカンへと向けられた、

「えへ、わたしの顔に何か付いてますか」

ミカンは小首を傾げて笑う、クルミとリュウタロウは『ハアッ』とため息をらした。


「お客さんお待たせー、あら女将さんこちらにいらしたんですか」

フタラの地酒を角樽つのだるごと持って仲居があらわれた、 

「ええ、こちらのお客様に浴衣の着付けをしていましたのよ」

イマリが応える、 

「まーお2人とも、とってもお似合いよー」

仲居がクルミとミカンを見て感想をべた。

 

「なんかすごいの持ってきたけど…」

リュウタロウは角樽を見る、

「これくらい楽勝らくしょうですよ、さー今日はリュウタロウさんのおごりです、お酒とお肴をじゃんじゃん持ってきてください」

角樽を見て渋い顔をするリュウタロウへ、ミカンは元気よく言った、

「ほんまかーそりゃおおきに、遠慮えんりょなくよばれるわ」

トラノスケは徳利を掴むと、空の猪口をミカンに差し出す、

「だれも呼んでねーよ!」

ミカンと勝手に打ちけるトラノスケに、リュウタロウが叫ぶ。


「そんなつれないこと言いよると、リュウノジの首に縄つけて代官所だいかんしょにしょっ引くでー、なんせわいは賞金稼ぎやからなー」

にんまりと笑って、おどし文句を言う、

「だからそれは人違いだって言ってるでしょう」

「そんなん知るか、決めるんは役人やさかいな、わいは銭さえもろたらええんや関係あらへん」

無茶むちゃ苦茶くちゃだなー君は…」

リュウタロウはすっかり威勢いせいき、

「君やのーてトラノスケと呼びー、ちゅーこってリュウノジも気持ちよく了承りょうしょうしよったでー」

うなだれるリュウタロウと対照たいしょうに、トラノスケは満面の笑みをミカンに向けた、

「それじゃあ、景気けいきよく乾杯かんぱいしましょう、かんぱーい!」

ミカンの音頭おんどでフタラでの宴会が始まった。


「ボクは、ちょっとかわやに行ってきまーす」

リュウタロウは小声で言い、ひっそりと席を立つ、 

「ナチ様、くれぐれもトラバサミにはご注意くださいませ」

笑いをこらえるイマリ、 

「あはは…、気を付けます」

リュウタロウは頭をかきながら上弦の間を出た。

 

            【】

 

「トラスケの奴はどこまで本気なんだか…」

リュウタロウは小便しょうべんをしながらぼやく、

「まったく、みょーなことになったよ」

リュウタロウはれ上がった右手を見つめた、

「ボクがこんなことするなんてね」

外湯での出来事を思い出すと、笑いが込み上げてきた。


「あれ・何だろう…、向こうは外湯の方だよな」

かわや格子こうし越しに夜空をながめると、外湯の方からうす紫色の湯煙ゆけむりが立ち昇っていた、 

「は・ははは…、あれしきの酒でいがまわったのか…」

リュウタロウが眺めていると、うす紫の煙は徐々《じょじょ》にうずを巻き始めた、渦を巻く煙は大蛇だいじゃのようにとぐろを巻き、しばらくするととぐろは鎌首かまくびを持ち上げた、鎌首はぐるりと周囲を見回すと天に向って昇り始めた、一匹の大蛇と化したうす紫の煙はそのまま天空へと消えていった。

 

「…錯覚さっかく錯覚さっかくっと、さー部屋に戻ってみなおそーっ…」

と、自らにいい聞かせ上弦の間へと急ぐ、その途中とちゅう何度か振り返りるが特に異変いへんは無かった。

 


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