ゆけむり探検の奇跡⑮
≪人物紹介≫
☆ 那智竜太郎 19歳
正統なる杜国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜
☆ 如月胡桃 19歳
宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 阿倍蜜柑 18歳
古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 大鳥虎之助 22歳
大鳥国主の三男、妾の子、現在賞金稼ぎ
☆ 板屋の伊万里 26歳
フタラ温泉宿、板屋の女将
☆ 中宮の神楽 17歳
二荒山神社中宮の末娘、巫女
☆ 望月華音 12年前=14歳
リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女
☆ 望月雷蔵 12年前=50歳
カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老
☆ 那智時継 18年前=37歳
リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主
☆ 那智瑞羽 18年前=19歳
リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女
☆ 大鳥錬龍 27歳
大鳥国主の長兄、竜の力を継承
☆ 朔心月 62歳
大鳥国の国家老、軍師
* ここでの歳は満年齢にて記載
* 話が進むにつれ改定あり
【】
≪二荒山神社中宮≫
「しっかし何度見てもごっついなー、こん山に登るんはほんまにしんどいでー」
トラノスケは中宮の鳥居の前でフタラ山の頂上を見上げた、
「トラスケはここで待っているかい」
額から大粒の汗を流すリュウタロウが訊く、
「ほんだけ大口が叩けたら上出来や、ほな行くでー」
トラノスケは鳥居を潜り中宮の社へと向う、
「さっきから訊こうと思ってたんだけど、その風呂敷包みには何が入ってるんだい」
「コレかー、わいもよー知らんが、女将はんがゆーには後で必ず必要になる物やから大切に持っていってくださいねーやと、しかもどうしても困った時に開けーゆーとったわ」
トラノスケはイマリが含み笑いを浮かべていたことを思い出した、
「困ったときね、よく分からないけどそんなに重くないならオレが持って行くよ」
「あーせやなー、わいも両手が塞がったままゆーわけにもいかんな」
と言い、リュウタロウに風呂敷包みを投げた。
2人が中宮の境内に入ると社から1人の巫女が姿を見せた、中宮のカグラである、
「随分時間が掛かりましたが、急げばまだ間に合うと思います」
そう言うと、カグラは2人を社へと招き入れた、
「時間が無いようやから率直に訊くが、リュウノジが山頂に行かんと結婚式は始まらんのやないかー」
トラノスケは神鏡の前に座るカグラに問い質した、
「その通りです」
カグラは表情を変える事無く静かに応えた、
「結婚式が始まったら、こん土地は大震災に見舞われるんやないんかい」
「その通りです」
「ほんならリュウノジが行かん方が民のためにはええんちゃうかー」
「トラスケー、2人を見殺しにするきかー」
「そんなんちゃうわー、黙って聞いとれー、んでどーなんや」
「結論から申しますと、民の為どころかこの土地に住むありとあらゆるものが死に絶えることになるでしょう」
「それはどーゆー意味や…」
「この地の守り神である紫竜様が婚儀を執り行えないと言うことは、継ぎの紫竜様が御生まれになれません、そうしますとこの地は守り神が無き地となってしまいます、土地は痩せ、草木が枯れ、山は崩れ、湖は干上がります、動物も魚も死に絶え、民はこの地を捨てることになるでしょう」
そう話すカグラの瞳に悲しみの色が窺えた。
「そゆことかい、人間にとっての天災ゆーんは、自然界にとっては生命力の象徴みたいなもんゆーことなんやな」
カグラがそっと頷いた、
「生命の誕生には痛烈な痛みが伴います、生活を営む人類にとっては災害として忌み嫌うことでしょうが、実際には大地の再生となるのです」
「分かった、わいの質問はこんだけや」
カグラはリュウタロウに向き直ると、
「刀を」
と言い、細く白い手を差し出す、リュウタロウは腰に挿し落とした竜刀を鞘ごと抜いて手渡した、両手で受取ったカグラが円鏡へと向き直り、竜刀を両手で高く掲げ瞑目する、清とした静寂の時が流れる、
「水神の御力を充分に蓄えたようですね」
振り返ったカグラの目許には笑みがこぼれていた、
「そうなんですか…」
半信半疑のリュウタロウを納得させるように、カグラは竜刀の鞘を払うと竜刀を垂直に立てた、すると竜刀の刀身から青い陽炎のような光が立ち昇り、その光が円鏡と呼応し始めた、暫くすると円鏡に映る竜刀が青い竜へと変じた、
「水神様です」
とカグラが告げ、竜刀を鞘へと戻した、
「驚きました」
「きっとナチ様の御力になっていただけます」
リュウタロウへと竜刀を差し出しながら言った、
「婚儀の刻限が迫っております、早々にご出立ください」
「時間はあとどんだけ残っとるんや」
「…一刻半(3時間)です」
「あん山の頂上まで一刻半かいなー、きっついなー」
「急ごう」
「よしきた」
リュウタロウとトラノスケが立ち上がり社を出ると、カグラが山門の入り口まで案内に立った、
「御2人に御加護がありますように、私はこちらで祈念しております」
「あんじょう頼むわ」
「よろしくお願いします」
カグラに別れを告げた2人はフタラ山の頂へと歩を進めた。
≪フタラ山五合目≫
「きっついなー、やっと5合目やぞ」
「もう半刻は経つよなー、このままだと彼女達を助けても下る時間がなくなっちゃうよ」
「せやな…、リュウノジここらで腹ごしらえしとこーか」
そう言うとトラノスケは道中嚢からむすびを二つ取出し、残りの弁当が入った道中嚢をリュウタロウに渡した、
「ええか、残りはクルミちゃんとミカンちゃんに渡すんやで」
「自分で渡さなくて良いのか」
リュウタロウは不思議そうにトラノスケを見た、
「こっからは別行動や、リュウノジ・しんどうても必ず行けや、頂上行ってあの子等を助け出すんやぞ!」
トラノスケの視線がリュウタロウを強く射抜く、
「トラスケはどうするんだ」
「わいは逃げ道を作るんや、ほんまゆーたら・わいがこの手でミカンちゃんを助け出して、あつーい抱擁がしたいんやけどしゃーないやんかー、皆で無事に下山せないことにはもともこもないんや、分かったらさっさと行かんかい、しくじったらただじゃ済まさんからなー」
トラノスケは口惜しさから拳をふるふると震わせながら言った、
「分かってる、必ず2人を連れて戻ってくる、トラスケ・有り難い」
「どアホー、おのれのためちゃうわー、わいは未来の嫁のためにやるんやー」
「それも分かってる」
「気―付けろや、死ぬんやないぞ」
リュウタロウは右手を挙げて応えるとフタラ山の頂上へと登り始めた、左手が竜刀の柄を強く握り締めていた。
リュウタロウは立ち止まることなく黙々《もくもく》と登った、フタラ山は登るに連れ嶮しさを増していく、7合目からは崖崩れした岩場が続いた、怪我により普段の脚力が使えないリュウタロウは手を付きながら岩場を必死に登った、
「…やっと8合目か…祠なのか…」
呼吸を乱しながら呟くリュウタロウの視線の先に大きな岩がある、上体を起こして目を凝らした、巨石に囲まれた窪みに小さな祠が見えた、
「ふーん…祠の奥は空洞に成ってるのか…」
リュウタロウは巨岩を見上げてから祠に視線を戻した、懐をまさぐり一朱金を取出すと祠の賽銭箱に納めた、それから拍手を打ち無事に下山できることを祈った。
ひたすらに登り続けるリュウタロウだがカグラと別れてから一刻(2時間)が過ぎようとしていた、やっと目の前に9合目の標識が見えた、辺りは大きな溶岩石の塊があちこちに転がっており、軽い溶岩石で埋め尽くされた地面は滑りやすく足を捕られた、リュウタロウは荒い呼吸を整え視線を上げると目的地の山頂が見えた、
「もう少しだ…」
自分にそう鼓舞するリュウタロウは、休む事無く山頂へと走る。
≪フタラ山頂・奥宮≫
リュウタロウは山頂の鳥居を転げ込むように潜った、仰向けにひっくり返ると全身で深呼吸を繰り返す、
「はぁ・はぁ・はぁ…間に合ったか…彼女達は…」
ゆっくりと体を起こし辺りを見回す、フタラ山の山頂には二荒山神社奥宮と書かれた小さな宮が見える、その宮の奥には太くて長い巨大な剣が地面に突き刺さっていた、
「あれは…」
大剣の背後には山頂を大きく抉り取った噴火口の影が見える、その噴火口からもくもくとうす紫色の煙が立ち昇っていた、
「板屋での湯煙か」
リュウタロウは起き上がると噴火口へと歩み寄る、すると立ち昇る湯煙は見る見るうちに広がり、あっという間に山頂を包み込んでいった。
「ここは…」
紫煙に包まれたリュウタロウの視界は完全に閉ざされ、いっさいの身動きがとれず紫煙が晴れるのをただ待つしかなかった、
…マチカネタワ…
突然リュウタロウの脳裏に響く、
「誰だ!」
と言いリュウタロウが振り返る、
…ワカラヌカ…
リュウタロウはゆっくりと周囲の様子を窺うが人の気配は無かった、
…トンダタワケカナ・ワガチカラヲヤドシナガラ・ワカラヌカ…
リュウタロウは目を閉じて声の主を探る、
「朱雀なのか…」
と訊くと次の言葉を待った、
…コウシテ・ワレラノクニニテ・マグアウワ・ジュウニネンブリヨノウ…
「十二年前…分からない…オレはその時の記憶が無いから」
…マアヨイ・コタビハシリュウノマネキニテ・コチラニマイッタノダ・マネキニオウジテヤレ…
「オレはいったい何をすれば良いんだ」
…ユケバワカルワ…
暫くしてリュウタロウが目を開くと、湯煙が徐々に薄まりしだいに辺りの風景が浮かび上がった、それまでリュウタロウが居たフタラ山の頂とはまったく異なる世界が広がっていた。
空は一面が赤く茜色に覆われており、本来はリュウタロウの眼下に広がるべきはずの大地が無い、その大地の代わりに一面が青い水で満たされていた、遠くに視線を移すと空と水面の切れ目が紫色に溶け合っていた。
「異世界なのか…」
リュウタロウは眼下に広がる、見渡すかぎりの水面を見つめた、リュウタロウは膝まで水に浸かっているが水温も水の抵抗も感じない、
「2人は…」
あたり一面をぐるりと見渡すがクルミとミカンの姿は無い、ただひとつ見覚えのある物が水面から突き出していた、
「これは、山頂に刺さっていた大剣…」
リュウタロウは水面からの突起物に近付き手を伸ばす、
バチッ!
「イテ…」
リュウタロウが大剣に手を伸ばすと蒼白い閃光が走った、
「なんだー今のは…」
リュウタロウは右手を見た、特に異常が無いのを確かめるともう一度手を伸ばす、
バチッ!っとまたしても蒼い閃光が光った、蒼い閃光は大剣を中心に球状に迸るのが見えた、
「大剣を護っているのか…」
…サヨウ・イニシエノフウインヨ…
「朱雀…」
…ヌシノニン・フウインヲトケ…
「封印を解くのが、オレがここに呼ばれた理由なのか…、しかしどうやって封印を解くんだ」
…ワシノジッタイヲ・ショウカンセヨ・ノチハワシガナス…
「……」
リュウタロウは12年前の惨劇を思い出し返答に迷った、
…ナサネバ・モトノセカイヘハモドレヌゾ…
「…分かった門を開く、でも約束してくれー彼女達を・クルミさんと、ミカンちゃんを無事に元の世界に帰すとー」
…イラヌケネンヨ・ダガキキトドケタ・ゾンブンニイタセ…
うなずいたリュウタロウは大剣に背を向けると、竜刀を静かに抜き放った。
リュウタロウは片手持ちのドラゴンブレードを垂直に立て正眼に構える、刀身からは淡い蒼の陽炎が揺れた、一呼吸付いたリュウタロウは柄を両手で握り締めた、両目を閉じ意識を額から胸へ胸から両手へと移す、するとほのかな蒼い陽炎は大きく強い光へと変じ揺らぎながら上空へと立ち昇った。
「我が血統の盟約に従い…出でよ朱雀門!」
竜刀から立ち昇る蒼い陽炎が中空の一点へと吸い込まれた、中空の一点に歪が生じそれがだんだんと肥大する、肥大した歪は卵の殻を割るように空間を引き裂く、その裂けた割れ目の奥から巨大な門が姿を見せた。
リュウタロウは正眼に構えた竜刀をゆっくりと上段に持上げた、
「彼の地より門の守護神【朱雀】を召還せん!」
と言う言葉を腹の底から吐き出すと同時に、上段に構えた竜刀を一刀両断に切り下ろした、
ブブウウーーン…という空間を切り裂く音と共に、蒼い陽炎は三日月状の閃光となり巨大な朱雀門へと飛来した。
グ・グ・ググゴゴゴゴゴゴゴゴ…ガラゴロゴロゴロゴゴゴゴゴ…ガシャーーン・ガシャーーン…グワッシャーーンンンンンンンン…
数百年もの間を開かれることの無かった朱雀門は、地響きにも似た轟音と共にゆっくり左右へと開いてゆく、門が開かれるとその内側から異様な熱気が流れ出た、門の奥には乾いた瓦礫による埃が立ち込め、黄土色の世界が広がっていた、その黄土色の世界を飛来してくる赤い竜をリュウタロウは見つめた。




