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ゆけむり探検の奇跡⑭

  ≪人物紹介≫

☆ 那智竜太郎ナチ・リュウタロウ 19歳

  正統なるもり国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜


☆ 如月胡桃キサラギ・クルミ 19歳

  宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人


☆ 阿倍蜜柑アベ・ミカン 18歳

  古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人


☆ 大鳥虎之助オオトリ・トラノスケ 22歳

  大鳥国主の三男、めかけの子、現在賞金稼ぎ


☆ 板屋の伊万里イマリ 26歳

  フタラ温泉宿、板屋の女将


☆ 中宮の神楽カグラ 17歳

  二荒ふたら山神社中宮の末娘、巫女


☆ 望月華音モチヅキ・カノン 12年前=14歳

  リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女


☆ 望月雷蔵モチヅキ・ライゾウ 12年前=50歳

  カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老


☆ 那智時継ナチ・トキツグ 18年前=37歳

  リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主


☆ 那智瑞羽ナチ・ミズハ 18年前=19歳

  リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女


☆ 大鳥錬龍オオトリ・レンタツ 27歳

  大鳥国主の長兄、竜の力を継承


☆ 朔心月サク・シンゲツ 62歳

  大鳥国の国家老、軍師


* ここでの歳は満年齢にて記載

* 話が進むにつれ改定あり


           【】


 リュウタロウとトラノスケが玄関に出るとイマリが待ち受けていた、道中嚢に弁当と竹筒が入ったものと、風呂敷包みを持っていた、

 「気を付けて行ってきて下さい、どうかキサラギ様とアベ様を無事に連れて戻って下さいませ」

 と言いながらイマリは荷をトラノスケに手渡した、

 「任せときー、ミカンちゃんはわいの嫁になるひとや、わいの命に代えても助け出したるわ」

 と言うトラノスケにリュウタロウは驚きの表情を向けた、

 「なんやその顔は、わいは本気やでー、リュウノジこそどないなんや」

 「何がだよ…」

 「しらばっくれるなや、クルミちゃんにきまっとるやんか」

 「そうですよナチ様、御自分の気持ちに正直になりませんときっと後悔いたしますよ」

 2人が揃ってリュウタロウへと詰め寄る、

 「オレは…」

 「カノン言うんは誰や」

 「な・どうして知ってるんだ!」

 「うわ言でゆーとったわ、そんで何べんもあやまっとったなー、ひょっとして12年前の犠牲者かいな…」

 「………」

 「今もひきづっとるんか」

 「…いや、もう大丈夫だよ、オレは杜の皆に見守られているから、カノンや杜の皆はいつまでもオレと一緒にいてくれるから、オレは1人じゃない」

 トラノスケはじーっとリュウタロウを見た、

「ほーか、んならええわ」

 と、そっけなく応える。

 

 「ナチ様はカノンさんのことが好きだったのですか」

 「好きって言うか…、カノンはオレにとって姉でありときには母のような人です、好きと言うよりは家族愛に近いかなー」

 「そうですか、ではカノンさんはナチ様に想い人が出来ましたら喜ばれますね」

 イマリは満面の笑みをたたえて言う、

 「ええ、まー、たぶん」

 「なんや、歯切れの悪い応えしおってからに、リュウノジはおのれの気持ちが分からんのんかい」

 「そうですよナチ様、誰にも遠慮えんりょする必要が無いのですから、ご自分の気持ちに正直になられませ」

 「オレの気持ちって言っても…、オレはクルミさんやミカンちゃんとはちょっと縁があって一緒に居るだけだし、彼女達にしたってオレの事をそんなふうに考えたこと無いだろうし、そもそも彼女達にオレがナチの竜だと知れたらそれどころじゃないでしょう」

 と、苦笑いを浮かべる、

 「はー、あんたそれでも男かい!相手の気持ちがどうだとか、自分の正体がなんだとか、そんなことを聞いているんじゃないわよ、あんたが彼女達のことをどう想っているのかじゃないの、自分の気持ちを正直にぶつける気が無いんなら、あんたは彼女達を助けに行くべきじゃないわ」

 すごい剣幕けんまくでイマリがまくくし立てた、リュウタロウばかりか横で聞いていたトラノスケまで、背筋を伸ばして直立した。

 

 「あら私ったら、ついカッとなってしまいましたわ、おほほほ」

 イマリは恥ずかしそうに笑った、

 「いんやーさすが女将はんや、こないに綺麗きれいなねーちゃんが、どないして女将なんかと不思議におもっとったけど…納得したわ」

 トラノスケは、ひきつった笑みを浮かべながら言った。

 

「そうか、ボクはいつも他人のせいにしてたのか、その場の状況のせいにして、自分で決断することをけていたんだ、こんなボクでは彼女達を助けに行く資格なんて無いですね…」

 「それが分かるのでしたら、答えはもう出ておりますわよね」

 イマリがリュウタロウを真っ直ぐに見る、

 「はい、ボクはクルミさんとミカンちゃんを助けに行きます」

 リュウタロウは表情を引き締めて言った、

 「それを聞いて安心しましたわ、ではナチ様もおちかいになって下さいませ」

 と言うイマリの顔はにんまりと笑っていた、

「なんか嫌な予感がするんですけど、気のせいでしょうか…」

イマリの微笑とは打って変わり、リュウタロウの顔は引きつっていた、

「それではナチ様、大きな声で言ってみましょうか『クルミ、ミカン、愛する君達をオレが必ず助ける、だからオレを信じて待っていてくれー』と、さぁ大きな声でお願いしますね」

イマリはにんまりと笑いリュウタロウを見詰めた。


「んな恥ずかしい台詞せりふ言えるかー、それにまだ愛しているかとか分からないし、そもそも誰に対してのちかいだと言うんですか」

リュウタロウの顔が赤く染まる、

 「そりゃー決まっとるやん、おのれ自身に誓うんになー、せやろー女将はん」

 「もー勿論ですわ、ナチ様がご自分に誓うためですわ」

 「今ちょっと考えてませんでした…」

 「んなことあらへん、女将はんはほんまに心配しとるんや、リュウノジが途中で逃げ出さんかとなー」

 「そうなんです、私はキサラギ様とアベ様のことを思うと居ても立っても…」

 と言うイマリは、顔を伏せて小刻みに肩を震わせた、

 「分かりました誓います、オレは絶対に逃げ出したりしません、だから聞いていて下さい」

 「ナチ様、男に二言は御座いませんわね」

 「当然です!」

 「ひとつ注文をさせて頂いても…」

 「なんですか」

 「先程の台詞を申す時には是非ぜひとも愛を込めて下さいね、そうでなくては相手に気持ちが伝わりませんから、是非ともキサラギ様のお顔を思い浮かべながら仰って下さいね」

イマリは人差し指を立てて、軽い調子ちょうしで言った。

 

「愛・ですかー」

 リュウタロウの顔が困惑にゆがむ、

 「男が言うたことや、守らなあかんでー」

 となりでにやけるトラノスケをにらむ、

 「キサラギ様とアベ様のことを強く想って、2人の無事を心から祈りながら、愛を込めてですよー、それではーさん・はい」

イマリは両手を広げてにっこり笑う、その手を大きく振り上げて上下に調子を付けて振った、

「クルミさん、ミカンちゃん、オレが必ずキミ達を助ける、オレを信じてくれ、必ず迎えに行く、決して逃げたりはしない、オレはもう二度と大切な人を失う訳にはいかないんだ、オレの命に代えてもキミ達は必ず助ける!」

リュウタロウは真剣な顔で叫んだ、

「ミカンちゃんはわいが助ける言うとるやろー、欲張るんやないわ」

「そーいう問題じゃないだろう、ボクは自分への覚悟として言ったんだから」

「ずたぼろのぼろ雑巾ぞうきんになっとる奴が、かっこつけてからに」

「それをトラスケが言うのかよ」

リュウタロウとトラノスケが痴話ちわ喧嘩げんかを繰り返すあいだ、イマリは満足気に笑っていた、そのイマリがふと何かの音に耳をませた。


 …な・なーにを仰っておりますのやら、わたくしには皆目かいもく検討けんとうが付きませんわ…

 …センパイ、そんな言い方をしたら可哀想かわいそうですよー、リュウタロウさんがあんなに一所懸命に言ってくれてるんですから…

 

 「ナチ様、オオトリ様、お静かに、耳をおましになって下さいませ」

 イマリが言い合いを続ける2人に言った、

 「どないしたー」

 「いまかすかにですが、キサラギ様とアベ様の声が聞こえた気がするんです」

 と言うイマリに従い3人は耳を澄ませた。

 

 …ミカンこそよろしいんですの、トラノスケさんのお気持ちにお応えできまして…

 …うーんどうでしょうねー、まだ知り合ったばかりですからねー…

 …まったくですわ、殿方には節操せっそうというものが欠落しておりますわ、会って間もないというのにれたれただなどと、破廉恥はれんちきわまりませんですってよ…

 …破廉恥なことは言ってませんでしたけど、でもリュウタロウさんの気持ちはよく分かりますよねー、センパイこそちゃんと応えてあげないと可哀想かわいそうですよ…

 …な・何のことですか、わたくしにはさっぱり分かりませんわ…

 …あーずるい、センパイとぼけちゃってー…

 …ミカンだって何も答えておりませんわ…

 

 「これって、どういうこと…」

 「微かにやが、ミカンちゃんの声が聞こえた気がしたわー」

 「微かになのか、オレにははっきりと聞こえるけど…」

 「私も、お話の内容までは聞き取れませんが、キサラギ様とアベ様のお声は聞き分けられます」

 「リュウノジ、ミカンちゃんはなんて言っとるねん」

 「あーえーと何だっけ、てゆーかどうして彼女達の声が聞こえるのかの方が重要だろ」

 リュウタロウは話しの矛先ほこさきを変えた、

 「ほんまや、あん声はなんちゅーか頭ん中で響いたゆーかー、こーもやの中で話しとるみたいな…」

 「そうですね、こんなにも快晴ですのに何故かくぐもった感じで、まるで水中にでも居るような聞こえ方でしたわ」

 「いや、たぶん彼女達は水中に居ますよ」

 「なんやとー、どないしてあん子らが水ん中におんねん」

 トラノスケはリュウタロウにつかみかかる、

「知る訳ないだろう、彼女達に聞いてみろよ」

 そう言うと、リュウタロウはまた耳を澄ませた。

 

…リュウタロウさーん聞こえますかー、こっちは感度良好ですよー、リュウタロウさんの気持ちもバッチリ伝わってますから安心してくださいねー…

…ミ・ミカン、余計よけいなことは言わなくてもよろしくってよ、わ・わたくし達には国家の安泰あんたいまもるという大事なお仕事がありますのに、恋だの愛だのなどと殿方にうつつかしている暇など…

…センパイもよろこんでますからー、安心してください…

 クルミの弁明をさえぎるようにミカンが応えた、

「あははは・それは良かった…、ところでキミ達はいま何処どこに居るの」

 リュウタロウはイマリとトラノスケに視線を向ける、2人にはクルミとミカンの会話が聞き取れないことが表情から察せられた、そこでトラノスケの問いを代弁するべくリュウタロウが訊く、

…わ・わたくしが何時いつ喜んだと仰いますのー、わたくしは別にリュウタロウさんの発言など何とも、あ・んぐ…

 クルミの口をミカンが両手でふさいだ、

…ここはですねーフダラク湖の中なんですよー、うーんでもここはフダラク湖でもあるんですが、フタラの温泉街でもあるんですよねー、意味わかりますかー…

 「ごめん、さっぱり」

 …ですよねー、どうやって説明しましょうかー…

 そう言いながら小首を傾げる、

 「あー待てよ…、そういえば大滝の滝壺に潜ったときにたしかー、滝壺の中心に巨石が鎮座していたんだけど、その巨石に触れたときに一瞬景色が変わったんだよ、もちろん滝壺も水中なんだけどなんとも言えない深い海底に居るような感覚で、しかも見た事もない水生生物が泳いでいたんだ」

…たぶんそれであってます、わたし達がいま居る世界ではフタラ山の頂上まで水にかっちゃってますから…

 「じゃあやっぱりキミ達はいま水の中に居るんだね、そのわりにはよくしゃべってるよねー」

 …えっへっへーなんででしょうねー…

 ミカンは他人事のように言い笑う、

…んぐぐ・ぷっはー・ゼエ・ゼエ…

ミカンに口を塞がれていたクルミが、やっとのことでミカンの手を振り解いた、

…えっへっへーじゃありませんわよ・ミカン、あなたはわたくしをころすつもりですの、あやうく窒息ちっそくするところでしたわ…

…すみませーん、センパイの口を塞いでたのスッカリ忘れてました、てへへ…

 ミカンはちろりと舌を出して笑った。

 

「あはは・相変あいかわらずぶっ飛んでるねー、それはそうとキミ達がこっちの世界にもどる方法とか知らないの」

 リュウタロウは2人の会話に突っ込む事無く、本題を切り出した、

…おほほほ・あなたの脳みそにはしわが御座いませんようですわね、わたくしが戻る方法を知っていましたら、いつまでもこんなところでのんびりとなどして居りませんわ…

 と言う自信に満ちた回答がもたらされた、

「それって自慢じまんになってないと思うけど…」

…うーー…

 …まーまーお2人とも仲がいいんですから…

…どのように見ましたら仲が良く見えるんですのー…

いて言えば、遠慮えんりょがまったく無いってことについてはみとめるよ」

 …そんなことを認めていただかなくて結構けっこうです、わたくしは対人関係に対して最低限の常識は持ち合わせておりますわ、あなたの対応が・ん・んぐ…

 クルミはまたしてもミカンに口を塞がれた、

…それでですねー、わたし達の方でもこの世界から戻る方法がわからないんです、でもこの子が言うにはー、あーこの子っていうのはですね、フタラ山の山頂にいる紫竜の妖精ようせいさんです以後お見知りおきを…

「はーどーも、こちらこそ」

…この子が言うには、もうすぐ結婚式が始まるんだそうです、それでこちらの世界の住民にフタラ山へ集まるようにって呼び掛けているそうです…

「紫竜の妖精と話せるキミがすごいよ…、でも待てよ・結婚式が始まるからフタラ山に集まれって、それってこっちの伝承でんしょうと同じなのか…、そうしたらキミ達のどちらかが紫竜の花嫁はなよめになるってことなの」

 …なに言ってるんですかーこの子は女の子ですよー、花嫁をもらってどうするんですかー…

 「ええー女の子なの、じゃーなんでキミ達がさらわれたりするのさ、紫竜は花嫁をさらうんじゃなかったの」

…違いますよー、紫竜が攫うのは赤竜の恋人です…

…ごいびどれずっれー、ぞんなばなじばぎいでおりばぜんごどよー…

ミカンの手に両手をかけながら、必死に言葉を発するクルミである。


…そういえばー言うのを忘れていました…

 ミカンは屈託くったくなく言った、

「ちょっと待ってよ、赤竜の恋人ってどういう意味なの、竜の恋人だっていうならその恋人だって竜でしょう、キミ達はどう見たって普通の人間じゃないか」

 …普通という言葉が少々気にはなりますが、リュウタロウさんの仰ることはごもっともですわ…

…どういうことなんでしょうねー、あっそうかー赤竜さんはきっと人間の女の子が好きなんですよー…

 ミカンは両手の平を『パンッ』と打ち鳴らして言った、

「あーまーいいや、そういうことにして置いて、じゃあ特別な理由がある訳じゃないわけだよね」

 リュウタロウは、それ以上の詮索せんさくけるように話をくくるが、

…何を言ってるんですかー、特別な理由に決まってるじゃないですか、赤竜さんは心から愛する女性を取り戻すために、危険をかえりみずに紫竜の下へとやって来るんです、そして自らの命と引き替えにわたし達を助けてくれるんですよ、こんなにも特別な理由はどこにもないじゃないですかー…

 ミカンは両手の指を組み合わせながら、うるんだ瞳を輝かせつつ語った、

…ミカン・あなたは少女漫画の読みすぎですってよ、世の殿方がそのように自己犠牲的じこぎせいてき精神構造せいしんこうぞうをなさっているはずは御座いませんわ…

 ミカンとは対照的たいしょうてきに、クルミはつっけんどんに言い放った。

 

…えーセンパイ夢なさすぎですよー、今わたし達はこうしてとらわれの身なんですから、これって勇者の登場を待つ姫君って感じでステキじゃないですかー、この状況じょうきょうを楽しみましょうよー…

 …は・ははは、わたくしにはどうあってもあなたの思考しこうが理解できませんわ…

 クルミは米神こめかみを人差し指で押さえながら言う、

「まったくたいした精神力せいしんりょくだよ、ある意味でオレも見習うべきかもしれないな…」

 …いやーそんなにめられるとれますねー…

 …誉めてなどおりませんわ…

「誉めたわけじゃないよ」

 と、クルミとリュウタロウから同時に発せられた、

 …あなたはどうしてこうも『のほほーん』としていられるんですの…

…だってリュウタロウさんが助けてくれるんですよね、だからわたし達はリュウタロウさんを信じて助けてくれるのを待ってます、だからこの状況をめいっぱい楽しんでいられるんですよー…

 いたってにこやかに話すミカンである、

…わたし達っていうのはわたくしのこともふくまれておりますの…

…何言ってるんです、あたりまえじゃないですかー…

…えーまーこの様な事態じたいになってしまった以上、わたくし達に出来ることもほとんどないようですし、しかたがありませんわ、わ・わたくしもリュウタロウさんを信じてさし上げてもよろしいですわ…

 …センパイ、顔が赤くなってますよー…

…な・なってなどおりませんわ、こ・こちらの世界が暑いからそのように見えるだけですってよ…

 ミカンは満面の笑みをたたえてクルミの顔を見ていた、

「本当にオレを信じてくれるの…、オレのことを心から信じてすべてをまかし安心して待っていてくれるって言うのかい」

 と言うリュウタロウの顔には期待きたいが満ちている、

…だ・誰もそこまでは言っておりませんわ、ただわたくしは・リュウタロウさんならば御1人で逃げ出すような真似だけはなさらないと、その点については・信じておりますと…裏切うらぎったら承知しょうちいたしませんわよ…

 クルミは気恥きはずかしさから語尾ごびを荒く言う、

…いろいろと名残なごりしいんですけどー、そろそろ時間になったみたいなんです、わたし達はこの子と一緒にフタラ山の頂上で待ってます、だからリュウタロウさん早く来て下さいね…

 「時間になったってどういうことー」

…ちょっとミカン、お待ちになって・わっ・きゃーーーーー…

「おおーい、ちょい頂上でって…」

遠くへと消えてゆく声に対してリュウタロウが叫ぶ、だがクルミとミカンからの返答はなかった。

 

 「えろう長々と話しこんどったやんけ、ほんでなんか分かったんかいな」

 蚊帳かやの外にされていたトラノスケが仏頂面ぶっちょうづらで訊く、

 「いやー彼女達がさー、オレが助けてくれることを信じ待っていてくれるって言うんだー、いやーもてる男はつらいねー」

 とにやけた顔で応える、

 「おどれはええ度胸やのー」

 仏頂面のままトラノスケはリュウタロウへと歩み寄ると、平手でリュウタロウの胸をポンと叩いた、

 「うんぐわあああーーー」

 と言う奇声きせいを発すると、もんどりを打ってひっくり返った、

 「何しやがるー!」

 「こんどあほーが、わいが居らんかったらなーんもできひんくせに、どないしてわいの事をミカンちゃんに言わんのやー」

 「はあー、そんなこと知るかよ、自分で言えば良いだろう」

 「それが出来るんやったらとっくにしとるわーぼけー」

 と大の男が2人で嫉妬しっとによるみっともない言い合いを続けていると、

 「それでナチ様、キサラギ様とアベ様の様子は如何いかがでしたか」

 と1人冷静なイマリが訊いた。

 

 「それはもうご想像そうぞうの通り、2人とも今のところは元気です」

「それで御二人は今どちらに」

「彼女達はフタラ山の頂上に行くと言ってました、それにもう時間がきたからって、待てよ…ということはもうすぐ結婚式が始まるってことなのか!」

リュウタロウの顔が引きまる、

「結婚式が始まるということは…」

「フタラ山が噴火ふんかする、イマリさん町の人達に避難ひなんをさせて下さい」

「分かりました、ナチ様とオオトリ様は…」

「任しときー、必ずこの子等を取戻したるわ」

「お願いします」

トラノスケが笑顔で応じ、リュウタロウはイマリに目礼をする、

「リュウノジ、何時までも女将はんに見惚みとれとるひまは無いでー、ちゃっちゃと歩かんとれてまうわ」

自らの商売道具である大きな木箱と、イマリから渡された道中嚢どうちゅうのうそれと風呂敷ふろしき包みを肩に背負ったトラノスケは颯爽さっそうと歩き出す、

「お世話に成りました」

「皆さんで無事に帰ってきて下さいませ」

「必ず」

リュウタロウがトラノスケの後を追い、2人は足早にフタラ温泉街をあとにした。



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