ゆけむり探検の奇跡⑫
≪人物紹介≫
☆ 那智竜太郎 19歳
正統なる杜国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜
☆ 如月胡桃 19歳
宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 阿倍蜜柑 18歳
古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 大鳥虎之助 22歳
大鳥国主の三男、妾の子、現在賞金稼ぎ
☆ 板屋の伊万里 26歳
フタラ温泉宿、板屋の女将
☆ 中宮の神楽 17歳
二荒山神社中宮の末娘、巫女
☆ 望月華音 12年前=14歳
リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女
☆ 望月雷蔵 12年前=50歳
カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老
☆ 那智時継 18年前=37歳
リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主
☆ 那智瑞羽 18年前=19歳
リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女
☆ 大鳥錬龍 27歳
大鳥国主の長兄、竜の力を継承
☆ 朔心月 62歳
大鳥国の国家老、軍師
* ここでの歳は満年齢にて記載
* 話が進むにつれ改定あり
【】
‥リュウタロウ‥
‥ねーリュウタロウってば、もういい加減起きなさい、剣術の稽古に遅刻するわよ‥
(えー…、剣術の稽古っていつの話だよ…、オレはもう自分ひとりで鍛練してるんだから、稽古なんてしに行く場所はないよ)
‥なに寝惚けたこと言ってるの、さっさと起きて朝餉をいただきなさい、いつまでも片付かないじゃない‥
(あれ…、ここは何処…、それにキミは…)
‥あっきれたー、いくら寝惚けているからって私のことが分からないって言うの‥
(カノン…、カノンなの!)
‥本当にどうかしてるぞー、昨日ちょっと頭を強く叩き過ぎたかしら‥
(そうか、これは夢かー、夢でも嬉しいよ、またカノンと逢えて)
‥あのねー、私はその夢から覚めなさいと言っているのよ‥
(やだねー、このままずっと夢の中に居るよ、このまま夢の中でカノンと一緒に、いつまでも・いつまでもずっと居るよ…)
‥そうね、私たちはいつまでもずっとリュウタロウと一緒に居るよ、これからもキミが幸せに成るのをずーっと見守るわ‥
(オレが幸せに成る…、そんなの無理だよ、取り返しのつかない大罪を犯した、こんなオレが幸せに成るなんて出来ないよ…)
‥リュウタロウ‥
‥リュウタロウ、キミは何か大切なものを忘れてない‥
(大切なもの…、オレにとってカノンよりも大切なものなんて無いよ)
‥そお、よーく思い出してみて、リュウタロウにとって大切なものが有る筈よ‥
(そんなものが有ったとしても、オレはカノンさえ居てくれればそれで良い、他には何も要らない)
‥まったくキミってやつは、いつまで経っても甘えん坊だね、そんなことじゃ心配で私たちは彼岸に行けないじゃない‥
(カノン…、やっぱり皆あの時死んだの…)
‥ごめんねリュウタロウ、キミをひとりぼっちにしてしまって、淋しい想いをさせて、本当にごめんね‥
(ボクの方こそごめんなさい、皆を護れなくて…、ボクだけが生き残っちゃって…)
‥泣かないでリュウタロウ、私たちはキミが生きていてくれて嬉しいわ、キミは私たちの希望なのだから、キミが生きている限り私たちの魂は死なないよ、私たちの魂は那智の御神と共に、未来永劫リュウタロウを見守っているのだから‥
(そんな、ボクなんか見守る価値が無いよ、杜の皆を犠牲にして生き残ったボクが…、これ以上みんなに見守られて良い筈が無い)
‥悲しい事を言わないで、私たちは自分達で決めたことなのよ、キミには辛い思いをさせてしまったけど、私たちは自分の崇める神が侮辱されることに耐えられなかったわ、そして何よりもリュウタロウに幸せに成ってもらいたいと願っていたのよ‥
(ボクは充分幸せだったよ、カノンや杜の皆が居るだけで、それだけで充分なんだ、他には何も要らない)
‥リュウタロウ、姿は変わっても私たちはいつもキミと共に居るわ、だから怖がらないで、悔やまないで、キミを見守る私たちの魂を受け入れて‥
(ボクにその資格が有るの)
‥久しいのーリュウタロウ様、暫く見ぬうちに御立派な青年に成られたわ、トキツグ様もミズハ様もきっとお喜びになりましょう、リュウタロウ様は那智一族様の宝で御座いますぞ、一族様が命懸けで御守りした宝を我等が危うく失わせてしまうところであった、面目の施しようも無いことで御座った‥
(ライゾウのおじさん…)
‥リュウタロウ様、剣の稽古、日々怠り無く励んでおりますこと承知して御座います、しかし技は成熟されたが、心がいささか未熟かと御見受け致しました、時には人に心をゆるすのも大事な修行で御座いますぞ‥
(アカヌマ師範…)
‥リュウタロウさまー、壮健でなによりー‥
‥ぜひ嫁を娶られませー、お世継ぎを期待しておりますぞー‥
‥杜の民は、いつまでも那智様だけが主で御座います‥
‥われ等の子孫の為にも、杜を再興くだされー‥
(みんな…)
‥リュウタロウ様、わし等の選択は誤っておったやも知れませぬ、しかしわれ等が命を賭しても成したかったものは杜の未来、強いては和の国の未来に御座る、異人によって護られるような国の有り様では、国の尊厳、国民の信が損なわれるわ時間の問題、かような未来にだけはしとうなかった、真に申し訳の無いことに御座いましたわ、しかしながらわれ等の忠義は今も変わらず、なにとぞ今後もリュウタロウ様を見守らせて下され‥
(…ボクは何百もの人の命を奪い、そしてナチの名を穢してしまった…、ボクの罪は決して消えない、ボクは皆に見守られるだけの価値なんて…)
‥ねーリュウタロウ、罪の無い人間なんて居ると思う‥
(ボクの罪は大罪だよ、他とは比べ様も無い程の)
‥そうかしら、それは殺した相手が人間だからってことなんでしょう、でもねすべての生物は自分が生きるために、みんな他の命を奪って生きているのよ‥
(それは生きるために、食べるために奪うことでしょう、ボクが殺めたのは人だよ…)
‥植物や動物の命と、人の命では価値が違うと言うの‥
(それは…)
‥あのねリュウタロウ、人とは業の塊なのよ、自分たちの種だけが貴くて、他の種は人に食されるため、または扱われるために存在していると思い込んでいる、だから人の命を奪うことは大罪で、植物や動物の命を奪うことにたいしては罪を感じない、でも本当にそうなのかしら‥
(分からない…)
‥多種多様の生物もみんな、生きるために他の種を殺し食べて生きている、それを罪だとは思わないわよね、でもね大昔から現在まで生きてきた生物たちは、常に自分の子孫を残すために一生懸命に生きているわ、それらの生物は一種として人の食になるために、人の道具になるために生きてきた訳ではないのよ、それらの命を奪うことと人の命を奪うということというのは、仏様の目から見ればどう・大差は無いのよ‥
(………)
‥それにね、リュウタロウが殺めた人達は、もともと私たち杜の国から多くのものを奪った略奪者よ、私たちが生きていくために必要だった食も奪われつつあったわ、だから人同士であっても、生きるために食べるために戦うのはごくごく当然のことだし、弱肉強食は変える事の出来ない摂理なの‥
(なら、罪の無い人はまったく居ないの…)
‥居ないわ、違うのは自ら手を下して己が罪に気付くか、自分では何もせずにのうのうと暮らし己が罪に気付かないかの違いがあるだけ、一見気付かない人が幸せなように見えるけど、本当は自らの罪に目を覆い、自分だけは正しいと思っている偽善者の方がよっぽど罪深い存在よ、でもそんな人もいずれは盛者必衰の理があらわす様に、一生のうちに必ず自らの罪に気付かされるわ‥
(だとしたら、この罪深い人という種はどうすればいいの)
‥自分が生かされている事に気付くのよ、リュウタロウが生きているのはキミが生きる定めだからよ、私たちが死んだのは死ぬ定めだったから死んだの‥
(違うよ、皆が死んだのはボクのせいだ!ボクがあいつよりも早く朱雀の力を使っていたら、皆を死なせずに済んだんだ)
‥そんなふうに考えていたの…違うよリュウタロウ、キミがあの時に取った行動というのは、あれ以上も、あれ以下も無いのよ、すべての現象には原因があって縁が結ばれ結果が起こるの、私たちの生死もそうよ、すべては因果応報なのだから、キミがどうこう出来る問題じゃないのよ‥
(そんな訳ないよ、カノンや杜の皆が死ななければならない定めなんて、そんなの認められない)
‥ねぇリュウタロウ、人という種族はどうして繁栄していると思う‥
(それは、人が強い種族だから…)
‥そうかしら、生きるという事に関していえば、私は野に生きる動物や植物の方がよっぽど強いと思うわ‥
(どうして…)
‥動物は命の危険を回避する本能があるでしょう、それに種を残す能力だって人とは比べ物にならないほど多くの子孫を産み落とすわ‥
(でも、ほとんどは人に殺される側の生き物だよ)
‥そうね、でも人だって敵わないものは幾らでもあるわよ‥
(人が敵わないもの…、虎や熊とかってこと…)
‥違うわ、虎や熊だって鉄砲を使えば簡単に勝てるもの‥
(じゃあ、毒蛇とかって意味でもないよね)
‥えぇ違うわ、人が敵わないもの、それは落雷に竜巻、津波に大地震といった天変地異でしょう、それから労咳や癌といった病もそう、ころりなんて流行病が広がればあっという間に数千から数万という人が死に絶える‥
(それはどんな種族だって同じ事でしょう)
‥その通りよ、人だけが敵わないものじゃなくて、すべての生物が敵わないものの例を挙げただけ、あのねリュウタロウ、私たち人は強いから繁栄している訳じゃないのよ、人は生かされているの、そして生きることを許されているから繁栄しているの‥
(生きることを許されている…、いったい誰に許されているの…)
‥八百万の神様と仏様によ‥
(神仏が許す…、オレが生きることを…、じゃあカノンや杜の皆が死んだのは、神仏が許さなかったからなの!)
‥ううん違う、私たちも許されていたわ、でもね私たちは抗ってしまったの、生かされるままにただ生きる道もあったのに、私たちは生きる意味を、生きる目的を貫く事に命を捧げたの‥
(…カノン……)
‥リュウタロウ様や、われ等の死は決して無駄に御座らぬ、われ等の御神は異人の竜に勝たれたのですぞ、杜の総意である真っ赤な羽織を纏いし御神の竜巻が、異人の竜を討ち破ったのじゃあ、われ等が願いはこれに尽きる、リュウタロウ様・どうか杜の民を導いて下され‥
(そうか…、皆の魂が力をくれたから、だからあの時オレは生き残れたのか…)
‥リュウタロウ、人はとても弱い生き物よ、でもね・たくさんの人が一心に思う気持ちは、時として神様にも負けない大きな力にも成るわ、それが人という生き物なの‥
(ごめんなさい・飛んだ勘違いをしていました、ボクには皆を護る力なんて無かった、逆だったんだね、ボクが皆に護られていたんだね)
‥あたりまえじゃない、キミは杜の宝物、何があろうとも奪わせないわ‥
(皆にもらったこの命を、ボクはどう生きたら良いの…)
‥何も考えなくていいよ、ただ自分の欲に素直に生きて、自分の心に正直でいて、たくさん泣いて、たくさん笑って、毎日を心から楽しんで、たくさんのことを学んで、たくさんの友を作って、良き伴侶を見つけて、いっぱい子供を作って、一生懸命に子育てをして、その家族を命懸けで愛して、そして護りぬいて、そうすれば知らず知らずのうちにリュウタロウの周りには人がいっぱい集まるの、その集まった人たちが杜の民であり、私たちの魂でもあるわ‥
(ボクにそんな生き方が出来るかな)
‥ねーリュウタロウちゃんと思い出して、今キミを心から必要としている人が居るでしょう‥
(ボクを必要としている人…)
‥キミの助けを心から願う人が居るのに、いつまでこんなところで寝ているんだい‥
(ボクの助けを待っている人…、あっ…)
‥やっと思い出したかー、まったくキミって奴はいくつに成っても手の掛かる子だよ‥
(あのー、オレもう年が明ければ二十だよー、子供扱いはないんじゃない)
‥歳なんて関係ないのよ、私にとってはいくつに成ってもリュウタロウはリュウタロウ、やんちゃできかん坊の悪ガキなんだから‥
(くっくっく・あっははははは、…ありがとうカノン、オレ頑張ってみるよ、皆の分も一生懸命に生きてみる、オレに出来ることを精一杯に)
‥うん、よく言ったわ、それで良いのそれで‥
(杜の皆、不甲斐ないオレを見守ってくれてありがとう、オレは幸せ者です、皆に助けてもらった命を大切にし、今度はオレが人を助けられるように全力で生きて行きます、今後とも見守っていて下さい)
‥リュウタロウ様、われ等の想いを御受け取り下されたかー、一同を代表し礼を申しますぞう‥
(ライゾウのおっちゃん、出来の悪い倅でごめんなさい)
‥なんと・なんと、リュウタロウさまー、リュウタロウさまがわしの倅と言うてくれますかー‥
(ライゾウのおっちゃんは、父上のように慕っておりました)
‥トキツグ様に申し訳ない…、じゃが・じゃが、嬉しゅう御座いますぞー‥
‥父上よう御座いましたね、でもそんなに泣いては示しがつきませぬ、リュウタロウの新しい門出に御座います、一同で笑って送りましょう‥
(カノン、いや・おねーちゃん、いつもいつも助けてくれたありがとう、手の掛かる弟を辛抱強く見守っていてくれてありがとう、オレは何ひとつ恩返しが出来なかったけど、このご恩は一生忘れません)
‥バカ、そんなことあたりまえだって言ってるでしょう、私は辛抱なんてしていないよ、リュウタロウは私の宝物なんだから、ミズハ様から御預かりした大切な・大切な宝物なんだから‥
(ありがとう…)
‥ううん、私の方こそありがとう、キミと過ごした日々が私にとっての宝物だわ、リュウタロウはこれから出会うたくさんの人々と同じ時間を共に過ごし、そしてたくさんの宝物を作っていってね、それが私への恩返しに成るから‥
(分かった、約束するよ…)
‥さあ・いってらっしゃい、リュウタロウを必要としてくれる人のもとに‥
‥私たちはいつもキミを見守っているわ‥
‥キミの幸せは、私たち皆の幸せよ‥
‥強く生きて、優しさを忘れないで、愛しているわ・リュウタロウ‥
(ありがとう…カノン…ライゾウのおっちゃん…杜の皆…)




