ゆけむり探検の奇跡⑩
≪人物紹介≫
☆ 那智竜太郎 19歳
正統なる杜国主の長男、現在浪人、百万両の賞金首であるナチの竜
☆ 如月胡桃 19歳
宇都宮国東宮家老の長女、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 阿倍蜜柑 18歳
古河国東宮用人の末娘、東宮直営の乙女倶楽部所属の役人
☆ 大鳥虎之助 22歳
大鳥国主の三男、妾の子、現在賞金稼ぎ
☆ 板屋の伊万里 26歳
フタラ温泉宿、板屋の女将
☆ 中宮の神楽 17歳
二荒山神社中宮の末娘、巫女
☆ 望月華音 12年前=14歳
リュウタロウの世話係、杜の宮の巫女
☆ 望月雷蔵 12年前=50歳
カノンの父親、12年前の杜国主、元杜国家老
☆ 那智時継 18年前=37歳
リュウタロウの父親、正統なる杜国最後の当主
☆ 那智瑞羽 18年前=19歳
リュウタロウの母親、元杜の宮の巫女
☆ 大鳥錬龍 27歳
大鳥国主の長兄、竜の力を継承
☆ 朔心月 62歳
大鳥国の国家老、軍師
* ここでの歳は満年齢にて記載
* 話が進むにつれ改定あり
大見得を切る杜の大行列、その目の前に一筋の迅雷が落ちた。
リュウタロウとカノンが驚いて振り向くと、オオトリの宿場町の手前に黒い羽織で揃えられた一団が在った、一団の中央には金の陣羽織を纏う初老の男、その隣には頭に銀色の頭巾を被る長身の男が居た、そして頭巾の男の手には素焼きの甕が有った。
黒の一団は各々が武器を持ち、杜の大行列の行く手を阻むように横へと広がっていた、その黒の一団の背後には黒煙がたち込めていた、濃密な黒煙は何かの像を形成するように一所に集まる、そしてそれはすぐに訪れた、凝縮された黒煙の中心で、『ギラリッ』と光る巨大な目がリュウタロウ達を覗き込んだ。
「な……」
カノンは目を見開いたまま言葉を詰まらせた。
リュウタロウは馬の手綱を取り、わき腹を蹴ると馬を走らせた、杜の大行列の先頭を目指して馬を走らせるリュウタロウだが、その行く手を杜の現国主であるカノンの父親モチヅキ・ライゾウが押し留めた。
「何で邪魔をするんだ!」
リュウタロウは、ライゾウと剣術師範のアカヌマ・マンジロウに左右から挟まれ、馬の行く手を抑えられた、
「リュウタロウ様は、この場を離れてはなりませぬ」
陣羽織を纏うライゾウが言う、
「なに言ってんだよ!このままじゃみんなが危ないじゃないか、すぐに止めさせないと…」
「御心配には及びませぬ、我等は基より覚悟の上に御座る!」
リュウタロウが始めて見た、ライゾウの真剣な眼差しだった。
「覚悟って…、まさかアレと戦うつもりなの」
リュウタロウの問いにライゾウは目礼で応えた。
(この戦に勝たねば、杜に未来は無い)
ライゾウの目がそう告げていた。
「なーに負けはしませぬ、いや何としても我等が勝ち、そして皇へ杜の力を認めさせるまで、その暁には杜の国を以前のような大国へと押し上げ申す、そしてリュウタロウさまに御返し致しますぞー」
そう言うとライゾウは豪快に笑った。
「そんなの要らない!国なんて誰が治めたっていいだろう、そんなことより戦いでみんなが傷ついたらどうすんだ、それこそとり返しが付かないじゃないかー」
リュウタロウは頭を振るう、
「リュウタロウ様はなんと欲の無い、いや那智の方々は皆が無欲で御座いましたなあ、故に人々が集い、国が拡がってゆかれたのかも知れませぬな」
ライゾウは目を細めると、リュウタロウを愛しく見詰めた。
「マンジロウ、その方がリュウタロウ様を御守り致せ」
ライゾウがアカヌマに命じると、アカヌマは『しかと』と頭を下げた、
「待ってよー、お願いだから戦なんてしないでー」
リュウタロウの悲痛な叫びが木霊する中、ライゾウは行列の先陣へと馬を駆って行った。
・
「杜の衆よ、その行列はなんとした事にあられるか、よもや東宮の取り決め忘れた訳ではあるまい」
金の陣羽織を羽織る初老の男が告げた、男の名はサク・シンゲツ、オオトリ国の国家老にして軍師の役も果たしていた、
「家老風情に答える謂れは無いわ、オオトリの国主は何処に居る」
ライゾウは怒りを露にして問い質した。
「オオトリ・ゲンクロウ様は故あってお城に控えておられる、名代として嫡男であられるオオトリ・レンタツ様がまかりこして御座る」
サク・シンゲツは隣に控えた銀色の頭巾を被る男を、オオトリ国主の嫡男であるオオトリ・レンタツだと告げた。
「よかろう、我等にとっても用があるのはその方であるわ」
ライゾウは眉間に皺を寄せた、
「杜の国主どの、我がオオトリ国は既に独立した一国であるぞ、国主の名代であるレンタツ様にかような言は無礼で御座ろう」
サク・シンゲツが言う。
「戯けた事を、異人の小倅が国主の名代などとは片腹痛いわ、ナチ・トキツグ様のお膳立て無しに、その方等に安住なる地が有ると思うかー」
ライゾウは憎々《にくにく》しげに吐き捨てた、
「我は京の門番【玄武】であるぞ…、それを知っての立ち居振る舞いであるか…」
よく通る澄んだ声が響いた、その声は頭巾を被るオオトリ・レンタツから発せられた。
「無論じゃあ、のこのことその方から出向いてくれようとは、むしろ感謝致すぞ」
ライゾウが、自らを門番の玄武だと名乗るレンタツに応える、
「そなた等は、自らの立場をわきまえてはおられぬのか…」
レンタツがさらに問う。
「異人風情が!己が立場をわきまえず、皇国の門番とは赦し難き大罪よなー」
ライゾウは怒りを隠すことなく、そのままに言う、
「そのような暴言赦しがたし、我を侮辱するは京を侮辱すると同じこと、そのような振る舞いを続けるようなら、逆賊として粛清致す」
レンタツが頭巾の下から鋭い視線をタイゾウに向けた。
「邁進しおって、その自信ごと根こそぎ打ち砕いてくれるわ」
ライゾウもレンタツを睨み返す、
「オオトリの民草ども・よお聞けい!逆賊のうぬらが我が杜の国より奪いしものを、この場にてきっちり返してもらおう、必死の覚悟にて挑んで参れー」
ライゾウは腰の刀を抜き放つと剣先を高く振り上げた、それに呼応して杜の大行列が陣形を整えた。
大行列は戦いの陣形へと移動する、赤の大行列は大河のように雄大な一匹の赤竜と化した。
「レンタツ様、杜は覚悟の上の振る舞いであります、なれば応えぬ訳には参りませぬなあ」
と言うサク・シンゲツが、ゆったりとした動作で采配を頭上に翳した、
「サクどの、このような争いにオオトリの民が血を流すこともあるまい、我に任せていただきたい」
レンタツはシンゲツの采配を下ろすように目配せをする、
「しかし…」
シンゲツは、直にレンタツの能力を見たことが無いだけに渋った。
「杜の国主よ、もう一度だけ問う、先の非礼を詫びようとは思わぬか」
そう言いながらも、レンタツは甕を左手で持ち、右手は甕の中へと差し込んだ、
「くだらぬ問答を致すな、その方らも腹をくくってまいらぬかー」
ライゾウの刀が真横に引き回された、
「愚かな…、ならばとくと見よ!これが現門番である玄武であるぞう」
レンタツの言葉が発せられるのと同時に、黒の一団の背後にある黒煙の中から『キラリ』と光る大きな目が徐々に大きさを増してくる。
黒煙の中では雷が発生しているのか何度も強い閃光が放たれた、徐々に大きくなる目が2つになると斑模様の巨大な頭が出現した、現れた頭は亀の頭であった、頭に続いて前足が黒煙から出てきた。
この玄武の出現に驚いたのはサク・シンゲツだった、初めて目の当たりにした大亀の頭を見るや否や、黒の一団に撤退命令を出した。
「そやつが異国の竜神であるかー、なんとも醜き姿よなー、杜の大行列が成敗してくれるわー!一陣に続き二陣構えー、狙いは亀の頭部である…、撃てー!」
ライゾウからの攻撃命令が発せられた。
『ズドーン』と一斉に発射された鉄砲の音が二度・三度と鳴り響く、弾は半身がまだ黒煙の中にある玄武の頭に命中した、だが玄武は頭を振っただけで何事も無かったように歩みを進める。
杜の大行列は太鼓と鐘の音に合わせて陣形を変えた、鉄砲隊の隙間を縫って騎馬隊が飛び出す、弓隊は大きく左右に広がり玄武の両脇を目指す、槍隊は騎馬隊の後に続いて一直線に走った、そして抜刀隊と大筒隊はその場に残りリュウタロウを護る為の陣を形勢していた。
最初の太鼓で騎馬隊の槍が玄武の頭部へと投擲された、続いて薙刀が前足を狙う、そのとき騎馬隊の一騎が甕に右手を突っ込んだレンタツへと襲い掛かった、
「レンタツさまー、お逃げくださいー」
と叫ぶシンゲツ、
「案ずるな、竜とは主を護るのが務め」
と目を細めるレンタツ、
「オオトリ・レンタツ、討ち取ったりー!」
と叫び、猛然と薙刀を振るう騎馬武者、
『どどーーんんん』という地響きが鳴った…、そして土煙が晴れるとレンタツへと薙刀を振りかざした騎馬武者が、玄武によって踏み潰されていた。
「おーのれちょこざいなー!」
ライゾウが呻き刀を振るった、
「実に愚か…、そのような攻撃が玄武に通じる訳がないとわからぬか、だがしかし、そなた等を倒すことで諸国に玄武の力が知れれば、二度とこのように無謀な戦は起こらぬか…」
レンタツは甕に収めた右手をゆっくりと振り上げた、そして手刀で大気を切り裂くように、大行列に向って右手を振り下ろした、そしてレンタツは杜の大行列とは反対の方向へと歩き出す。
「おめおめと逃がしはせぬぞー!」
ライゾウの怒声が響き、弓隊の弓矢が一斉に放たれ左右から玄武の両目を襲った。
その直後、巨大な亀の周囲に暴風が巻き起こった、風は亀の頭を包む様に一箇所にに集中し、飛び来る矢を吹き飛ばすと大きな竜巻へと変じた、そして竜巻は一本の巨大な刀のように反り返ると、自らの獲物を捜《佐賀》し狙いを定める、そして迅雷が立て続けに落ちた。
「ダメだー!みんな逃げてー、敵いっこない、逃げてー」
抜刀隊に囲まれたリュウタロウが、必死に叫んだ。
「リュウタロウさまを御守りしろー、急げー」
ライゾウの命が響く。
杜の大行列は一斉にリュウタロウの下へと参じた、赤の大行列はリュウタロウの前に二千人もの人壁を築く。
「ダメだ、みんなはやく逃げてー!」
リュウタロウは声の限りに叫んだ。
「リュウタロウ・ごめんね、やっぱり私たちは間違っていたみたい、人間がいくら束になってかかっても神さまには勝てないよね、そして何よりも武力では何も生みはしないし、悲しみを増やしてしまうだけなんだということも、私たちはずーっと前から知っていたのに…、どうして間違えてしまうのだろう」
カノンはリュウタロウを力一杯に抱きしめた。
「カノン、いまはそれどころじゃ…」
リュウタロウは前を見つめたまま、カノンの腕から逃れようと悶える。
「リュウタロウ・忘れないでね、私たちはキミが那智であろうとも、またそうではなかろうとも、キミのことが大好きなのよ、キミと共に過ごした8年はとても穏やかで、優しい気持ちになれて、嬉しい気持ちが溢れていて、とても『キラキラ』と輝いていて…、あっという間に時間が流れてしまったわ」
「私は、キミが歳を取っていくのが怖かった、キミが大人になり杜の国主になることが怖かった、キミにはいつまでも子供のままでいて欲しかった、いつまでも私の手の届く所にいて欲しかった…」
「リュウタロウ・愛しているわ…、お願い・生きて、生き残って、そして必ず幸せになって、国主になんて成らなくていい、だから生きて幸せになって…リュウタロウ」
カノンはリュウタロウの顔を両手で優しく挟む、そしてそっと口づけを交わした。
リュウタロウは涙に濡れるカノンの顔を見詰めた、そしてその後ろには竜巻によって無残に吹き飛ばされてゆく、杜の大行列があった、赤い羽織が竜巻によって巻き上げられて行く。
杜の大行列の半数は竜巻によって吹き飛ばされ、赤い羽織が無数に飛び交い空を赤く染めた。
竜巻は刻一刻とリュウタロウへと迫り来る、
「あ・あ・あ…、ああああああああああー」
リュウタロウの叫びが木霊する。
そして口付けを交わすカノン諸共、リュウタロウは竜巻に呑み込まれた…。
(キミは1人じゃない、キミには私達が付いている、いつも一緒だよ、寂しがらないで、リュウタロウ・愛しているわ…)




