賞金首あらわる
(1)賞金首あらわる
≪イタコ町≫
イタコという宿場町の中心を大成道が東西に横断している、正しくは大成道がさきにあり、この道を通る人々を目当てに始めた旅籠や一杯飲み屋、または海の幸などの地元名産物を売る店が軒を連ね、次第にこの土地に住み着く人々が増え出来上がった小さな町である。
「おい聞いたか…、ついに出やがったんだよ」
日の出前から果物作りの畑仕事をしてきたタメキチは、周囲に気を配りながら囁く。
「あーん何が出たってー、オメーん家の井戸からお菊さんのユーレイでも出たってかー」
何かに怯えながら話すタメキチの仕草が面白く、大声で笑い飛ばすのは宿屋の隠居タイゾウである。
ここはイタコの町内に14軒ある一杯飲み屋の1軒で【よりや】である、よりやは地元で取れたうまい魚に、イタコでは珍しい上方の酒を低価格で飲ませるので、町内では人気の飲み屋だ、時刻は明け四つ(午前10時)にも関わらず、一仕事を終えた職人や漁師に駕篭かきなどで既に満席である。
「バカやろう、そんなおとなしいもんならいくら出たってかまやしねー…」
普段は陽気なタメキチだが、いつになく口調が荒い。
「なにを震えてやがる、まさか鬼が出たなんてゆーんじゃあるめーな」
タイゾウもタメキチの様子がいつに無くおかしいとは思うが、それでも笑い飛ばす姿勢は変わらない。
「鬼か…あー確かに鬼だわな、それも超がつく特別製の鬼だ」
普段のタメキチならくってかかるところだろうが、今日のタメキチはさらに声を低くして応じた。
「なんだ、もったい付けてねーでちゃんと話してみろってんだ」
タイゾウは声を高くして言うが、タメキチの様子が気になるようで身を乗り出した。
「…ナチだ、ナチの竜が出たんだよ」
タメキチは声を出来る限り絞って告げた、そして大きく息を吐くと視線をタイゾウへと向ける。
「がっはっはっはははは、馬鹿も休み休み言えってんだ、なーにがナチの竜だ!あんな大昔の根も葉もねー与太話で俺をびびらせよーなんざ100年はえー」
恐る恐る話すタメキチの言葉を聞くなり、タイゾウは腰を掛けた樽から落ちそうなほど仰け反って大爆笑する。
「し、信用してねーな、おりゃーちゃーんとこの耳で聞いたんだ、ツリシの港に【ナチの竜】が出たってよー、そんでツシリ町の連中からゼニまきあげてるってな、嘘だとおもんなら市場のもんにきーてみろ」
必死に言うタメキチを他所に、笑い続けるタイゾウを恨めしそうに睨むタメキチである。
「まったくオメーって奴は、ガセだ・ガセネタに決まってるじゃねーか、竜が人間からゼニまきあげるわきゃねーだろうが、がっはははは」
むきになるタメキチを見ながら、タイゾウは楽しそうに語った。
「オメーこそ知らねーのかよ、ナチの竜てーのは人間だぞ、ナメーはたしか…りゅうたろう、そうだ【ナチ・リュウタロウ】だ、そんでもってナチの竜ってーのは通り名ちゅー話だ」
タイゾウはタメキチの言葉を聞きながらも笑みを絶やさない、タメキチはタイゾウにからかわれていることも知らず説得を続けた。
「オメーって奴はつくづくしょーのねー奴だ、よーく考えてみやがれ人間が町ひとつを消し去れるわけねーだろうが」
タイゾウはあきれたとばかりに、手をパタパタと振ってタメキチの話を蹴散らす。
「そんじゃーなにか、オメーはトッコウお墨つきの賞金首が本物の竜だとでも言うのか」
なおもタメキチは食い下がる。
タイゾウは飲み残していた茶碗酒を一口で空けると、
「これだからオメーはなんもわかってねーってゆーんだよ、あのなー賞金額が百万両だぞ、そんなとほーもねー金だれが払うってゆーんだ、全部ホラに決まってんだろ」
ふーっと大きなため息のあとに、ゆっくりと説いた。
「うーん…、そー言われりゃそーだわなー、ちきしょー人の噂には尾ひれが付くってゆーが、あやうくだまされるとこだったぜ、話は半分どころか十分の一くらいに聞いとかねーと大恥かいちまうなぁ、あっはっはっは」
タメキチは唸りながらしばらく考えた後に、納得した様子で満面の笑みになって応えた。
「そーゆーこった」
タイゾウはやれやれといったふうに応え、空になった茶碗に酒を注いだ。
「でもよー、そもそも基ネタになったヤツってーのはいったいどんなヤツなんだー」
タメキチの何気ない問い掛けに、今度はタイゾウがうで組して小首をかしげる、しばらくして、
「おれも噂で聞いた話だがな、身の丈は四尺三分(約130cm)とこんまくて、その体格にゃー不釣合いな三尺(約90cm)の大太刀を背負ってやがってよー、その大太刀の柄には竜神の頭がくっついてるんだとか、そんでチビが羽織るにゃーもったいねー上等の真っ赤なマントを羽織ってるっちゅー話だわな」
タイゾウは眉唾だと言わんばかりに、鼻で笑いながら言った。
「なんだそりゃー、身の丈四尺三分に赤マントってか、そんな小鬼とっつかまえて百万両くれんだったらオラが賞金稼ぎになってやっかー、あっはははは」
タメキチは右の袖を捲り上げながら、野良仕事で鍛えた腕を披露すると爆笑した。
「ちげーねえ、これからツリシ行って、ナチの竜でもとっつかまえて賞金二人で山分けすっか、はっはっはっは」
2人は声をそろえて大声で笑った。
「あのー、お楽しみのところすみません」
ひとしきり笑い終えたタメキチとタイゾウに、長身の青年が声をかけた。
「んー、なんだニーちゃん見かけない顔だな、どっから来た」
話の腰を折られたタイゾウが振り返る、長身の青年を訝しげに見やるが、見覚えがない。
「はい、中央より回国して来まして先日こちらへ着いたばかりなんですよー、一月ぶりにやっと人里に出れてほっと一息ついていたところです」
青年は目が無くなるくらいにニッコリ笑いながら応えた、青年の容姿はというと、ふさふさの黒髪をツンツンに逆立たせ、肌の色は琥珀色、腰までの黒いマントを羽織り、そのマントの裾からは朱塗りのりっぱな鞘が覗いていた、しかしその風体とは裏腹にとても人なつっこいやさしい笑顔をたたえた青年である。
「ほー中央か、そりゃー遠いなー、待てよ…中央っていやー先々月に【大宮】が洪水に見舞われて大事になったってー話だったが、ニーちゃんも非難してきたくちかい」
タメキチは青年の笑顔に気を許したらしく、何の警戒心もなく話しかける。
「えーまーそんなところです、それよりも先程お二人で盛り上っていた、ナチの竜っていうのは本当にそのツリシに居るんですか」
タメキチの問いを適当にはぐらかしつつ青年が問う。
「しっかしよーニーちゃん、なんだいその赤黒いマントは、わけーもんがそんなみすぼらしいマント羽織ってっと女の子にモテねーぞ、あっはっはっはっは」
今度はタメキチが青年の問いに答えず、青年のいでたちの方に興味を示した。
「あはは、それは困るなー、ボクは女の子大好きですから」
なかなか答えをもらえないことに困惑しつつも、青年は笑顔のまま頭をかいて応える。
「がっはっはっは、正直に言うねーニーちゃん、なんならいい服屋紹介してやっぞー」
相槌を打つようにタイゾウが言う。
「ありがとうございます…、でもこのマントだけは捨てられません…、どんな事があっても…絶対に」
青年は礼を言うが、右手は左肩を抱いてマントしみじみと撫でる、青年の笑顔は変わらないが、目には怒りとも悲しみとも取れる感情を宿していた。
「おっと余計なこと言っちまったみてーだな、気にしねーでくれよ悪気はねーんだ」
タイゾウは青年の眼差しに気付き謝辞を述べた。
「ゼンゼン、気になんてしてないっすよ」
青年は慌てて両手を振って応える。
「それよりもっすね、さっきお二人で話していたツリシって町は何処にあるんですかね」
青年は自らの問いに話を戻して訪ねる。
「おーツリシなー、ツリシに行くにはまずこの大成道を東にまっつぐ一晩行くとするだろ、そーすっと青弓川っつーでーっけえ川にぶち当たんだ、そーしたら川沿いを南東の海岸に向って二晩も歩いたら着くぜ」
タメキチが台の上に乗った箸を大成道に見立てて台の中央に置き、自らの茶碗をイタコ町に見立て右手前に置いた、焼き魚の乗った皿を左手奥に置いてそこがツシリだと言い、大成道に見立てた箸が行き着いた場所に酒を垂らして青弓川を作った、それらを指しながら大雑把な説明をした。
「ばっきゃろー、勿体ねーことすんじゃねー、オメーはいっつも酒をのんじゃー垂らしやがって、なんどいやー分かるんでぇ」
酒を垂らして川を作ったタメキチをタイゾウが叱った、タメキチはばつが悪そうに首を竦めるが、毎度のことらしく顔は笑っていた。
「貴重なお酒を使ってまでして、教えていただきありがとうございました」
二人のやり取りが終わった頃合を見計らって礼を言い、二朱の銀を置いて席を立つ。
「ニーちゃん、ツリシなんて海以外なんもねー田舎町だぞ、そんなとこわざわざなにをしにいこーってんだい、まさかこいつの言ってた、ナチの竜をつかまえに行こうなんてゆーんじゃねーだろーなぁ、がっはっはっは」
青年の置いた銀をひと睨みしたタイゾウは、席を立ち荷を背負う青年の後姿を眺めながら言った。
腰に納まる太刀に目を留めていたタイゾウは、青年を賞金稼ぎだと相場を付けたのだろう。
「そんな、賞金稼ぎじゃあるまいしとっ捕まえるなんてとーんでもない、ボクは平和を愛する純朴なる人間ですよー、しかしこの愛と平和の戦士としては、ひとの名を騙って悪さをする人を見過ごすことは出来ないのです、だから話し合いをですねー・あくまでも話し合いによる平和的な解決をしに行こうかなーと思いまして」
荷物を背負うとタイゾウ達にふり返り、右手を顔の前につき立て左右に振りながら言う。
「おいおいニーちゃん、なーにを的はずれなこと言ってやがんだ、そんなことをする手合いはどこぞのやくざもんと相場が決まってやがる、話し合いなんて出来るようなヤツじゃねー、悪いことはいわねーから止めときな」
タメキチは世間知らずの若者を心配して言った。
「いや、そんなことないっすよー、真心をこめて真剣にお話をすればちゃーんと気持ちが伝わるって…、カノンが言ってました、あーちなみにカノンっていうのはボクの教育係だった人です……、えへへ」
満面の笑顔を振りまきながら青年は語る、しかし『カノン』を語る眼差しは悲しみを帯びていたが、自らがそのことに気付き照れ笑いを浮かべた。
「なーニーちゃん・そのカノンちゃんは、こーは言わなかったか、あぶない人には近づくなってよ、人の心配なんかしてるより自分の心配をしたらどーだい」
空の茶碗に徳利を傾けながらタイゾウは言う。
「いやーよくご存知で、しょっちゅう言われました、ボクは危なっかしくて見てられないって、年がら年中、くどくど・くどくど…」
青年は遠い過去の記憶を手繰るように話す、
「ゴホン、失礼しました。ボクもあぶない人とお知り合いになるのは本当に御免なんですよ、でも…みんなが命がけで護ってくれた名前を汚されるのは、我慢できそうにないから…、ご親切にありがとうございました」
さらに明るく笑うと、礼を言い深くお辞儀して店を出た。
「ふーん、行っちまいやがったなー」
タメキチが言い。
「アレ(名前を汚される)はどーゆー意味なんだかなー」
タイゾウが首をかしげる。
「さぁ…」
タメキチも首をかしげる。
【】
≪青弓川≫
青年は大成道を一昼夜歩き通していた、夜半には青弓川に突き当たり川縁を下流へと向かって更に二刻(4時間)ほど歩いている、そろそろ日の出の時刻で辺りは朝靄に白んできた。
川縁を歩く青年よりも少し上流の青弓川から一艘の屋形船が下って来る。
「もー信じられませんわ、どーしてセキヤドの水門までしか付き合えないんですのー」
肩に掛かるの黒髪を後ろでひとつに束ねた小柄な女子が、純白の羽織(彼女にとってはコート)を風になびかせながら大声で叫んでいた。
「しょうがないですよーセンパイ、だってこの先にはナチの竜さんが居るんですもん、誰だって行きたくないに決まってますって」
栗色の髪を無造作に襟首までたらした髪型に、朱色で乙女と書かれた鉢巻を締め、着物の袖を襷で纏めた女子が応えた。
「キィーー、その名前を出すのは止めていただけますこと、不吉であること極まりませんことよ、それにしましても…、何もこんなに大きな屋形船に荷物を満載しました状態で、か弱いわたくし達に運ばせるなんてどうかしておりますわ」
怒りを露にして黒髪の女子が声を張り上げる。
「こーして船を借りられたんですし、どんまいですよセンパイ、それに船を漕ぐのって結構楽しいですよー」
栗色の髪の女子は本当に楽しそうに言う。
「あなたは、よーくそんなのんきな事が言えますわね、わたくしこのまま一日船を漕いでいましたら、腕が折れて死んでしまいますわ」
船の揺れに弄ばれるように、黒髪の女子は右へ左へとつんのめりながらも一生懸命に竿をさして船を漕いだ。
「わたしは好きですよー、子供の頃おおにーちゃんと小船で釣りに行ってましたから、それにセンパイが…、どうしても歩くのは嫌だって言うので、こうして船を用意してもらったんじゃないですか」
鼻歌を口ずさみながら櫓を軽快に操る栗色の髪の女子が、屈託の無い笑顔を向ける。
「そのようなこと…、確かにわたくしが申しましたわ…」
黒髪の女子は段々と声のトーンが下がる。
「ふぁいとですセンパイ、目的のツリシまではあと一日で着きますから、れっつらごー」
栗色の髪の女子は右拳を高々と振り上げて言った。
「あなたのその元気は、いったいどこからやって来ますの…」
疲労と船酔いにげんなりする黒髪の女子は、竿にもたれたままため息混じりに言う。
「うぉーいい、船頭さーん」
川縁を歩いていた青年が青弓川を下る屋形船に大きく両手を振る。
「なんですの」
黒髪の女子が尋ねる。
「さぁーなんでしょう…、ちょっと聞いてみましょう」
栗色の髪の女子は小首を傾げて応えると、その直後には進路を大きく変えた。
「ちょちょっと…、きゃぁぁぁー」
船の進路が右へと大きく変わり屋形船は激しく傾く、黒髪の女子は竿を持ったまま船底にひっくり返って、悲鳴をあげた。
【】
「いやー助かったー、渡りに船とはまさにこのことだよ」
栗色の髪の女子が船を川岸に寄せると、青年は葦を掻き分けながら屋形船のある岸へとやって来た。
「どうかなさいましたかー」
栗色の髪の女子が笑顔で応じる。
「いやー本当に困ってて、つい一刻前のことだけどこの川を渡ろうと渡らせ橋に行くじゃないすか、そしたら看板が立てられてて『橋は大雨で流されちゃった』って書いてあるでしょ、こりゃー参ったー上流まで引き返して泳いで渡るしかないかなーって考えながら歩いているところに、まさにどんぴしゃで屋形船が下って来るじゃないすか」
青年は身振り手振りをまじえながら、一刻前からの喜怒哀楽を全身で表す。
「それは大変でしたねー、この先はもう川幅が広がる一方ですから、この船でよろしければお乗りになりませんか」
茶色の髪の女子は相変わらずのゆったりした応対をする。
「いやーすみませんねー、本当に助かりますー」
青年は満面の笑顔で船へと乗り込もうと一歩ふみ出す。
「ちょこーっと、お待ち頂けますこと」
船底でひっくり返っていた黒髪の女子が、竿を杖の代わりにしながら身を起こす。
「センパイ、そんなところで寝ていたら危ないですよ」
茶色の髪の女子が声の主を振り返り彼女の様子を確かめた、それからあらためて声の主に心からの気遣いを持って言った台詞である。
「あなたは…、言うことはそれだけですの」
黒髪の女子はよろめきながらも立ち上り、茶色の髪の女子を上目づかいに睨む。
「…はい」
茶色の髪の女子は、顎に人差し指をあてて考える、特に思い当たることは無かったようだ。
「はぁーもういいですわ…」
茶色の髪の女子が無邪気に応えると黒髪の女子は深いため息を付いた、
「それよりもあなた、あなたはいったい何者ですの、こんな時刻にひとり川原を歩くなど得体が知れませんわ、不審人物を乗船させるなど言語道断ですってよ」
そして視線を青年にと移すと、腰に手を当てながら青年に詰め寄る。
「ははは…厳しいことを言うねー君は、初対面の相手だから得体が知れないのは当然だけど、困っている人を無慈悲に切り捨てるのはどうかと思うけどなー」
黒髪の女子は持っていた竿を青年の胸元に突き出していた、船の縁に右足を掛けていた青年は、両手を挙げながら渋々《しぶしぶ》と岸へ押し戻された。
「お困りなのはあなただけでは無くってよ、わたくし達はこれから大変重要なお仕事をする為に先を急いでおりますの、あなたのようなどこの馬の骨ともわからない人間を、お運びする時間はこれっぽっちもございませんわ」
黒髪の女子は一瞬躊躇し考えを巡らすが、腕組して気丈な態度を取って言った。
「あーそっかー」
茶色の髪の女子が左の掌に、右の拳をポーンと打ちつけた。
「申し送れました、わたしは東宮直営の乙女倶楽部に所属しています【アベ・ミカン】です、こちらはわたしのセンパイで【キサラギ・クルミ】です、よろしくお願いします」
茶色の髪の女子は、唐突に自己紹介をした。
「これはご丁寧にどうも、ボクは【ナチ・リュウタロウ】です、流離の愛と平和の剣士と覚えておいて下さい」
アベ・ミカンと名乗る女子を流し目に見ながら、青年は右手で顎を押さえて左手は右肘に添え、それから自身の名をナチ・リュウタロウと名乗った。
「な…なにを、お二人で自己紹介なさっておりますの、それにミカンわたくしのことまで勝手に紹介いたしまして、あなたは何をお考えでして」
アベ・ミカンによりキサラギ・クルミと紹介された黒髪の女子が、猛然と抗議した。
「あーそれはですね、センパイがリュウタロウさんをどこの馬の骨ともわからないから、この船には乗せられないって言ってたじゃないですかぁ、ですからちゃんと自己紹介をしてお知り合いになれば、万事解決かなと思いまして」
ミカンは自信たっぷりに説明をする。
「あ…ははは、そーでしたわ、この子ってこーいう思考回路をしていましたわね、わたくしが間違っていましたわ」
クルミの頭がガックリと落ち、自分に額に人差し指を当てため息をつく。
暫くの間、自らの言葉を反芻した後に、
「コホン、ミカンちょっとよろしいですか、先程のわたくしの言動に多少の誤解があったようですので、訂正をさせて頂きますわ…」
クルミは俯いたままの姿勢で右の拳を口元に当てると咳払いをし、それから深呼吸をして怒りの感情を見せないように丁寧な口調で言う。
「へー、リュウタロウさんって19歳なんですかー、どっちかっていうと年下だと思ってたんですけどねー」
「そう、よく言われるんだよ童顔だってさ、ボクとしてはもっと大人の魅力に溢れた紳士で通したいんだけど、ちょっと残念かな」
平静を装いながら淡々《たんたん》と話すクルミの視線の先には、いつの間にか乗船し、しかもミカンにお茶とお菓子を勧められるリュウタロウの姿があった。
「あなな…あなた方は、いったいそこで何をなさっていますの…」
クルミにとっては信じられない光景を目の当たりにする、顔が見る見る赤くなると両手の拳を硬く握りしめながら小刻みに震えた。
「センパーイ、いつまでもそんな所につっ立ってないで、こっちにきて3人でお茶でもどうですか」
「うん、それがいいよ、人間腹が減っていると怒りっぽくなるって言うからね、とりあえず何か食べてそれから出発しようよ」
ミカンとリュウタロウが目配せをして、相槌を打った。
「それは、どーゆー意味ですの」
すっかり意気投合した2人に対して、クルミは肩を怒らせながら近付いていく、ミカンはクルミの様子をまったく意に介していないのか、ニコニコと3つ目の湯呑みにお茶を注いでいる。
「あのークルミさん…、別に他意は無いんですよ、お腹が減ると誰だって怒りっぽくなるのは当然だし、それにミカンちゃんがせっかく淹れてくれたお茶が、冷めちゃうのは勿体無いかなってだけで…、ちょ・ちょっと待ってー」
リュウタロウはツカツカと詰寄るクルミの形相に恐れを成し、必死の弁明を試みるが、逆効果であった。
「問答無用ですわ、天誅ー」
怒りが頂点に達したクルミは、持っていた竿を大上段に持上げると、リュウタロウの脳天目掛けて振り下ろした。
「カッコーン…」
青弓川の静寂にひときわ美しく鹿威しの音が響いた、クルミの大上段から打ち込まれた竿は、リュウタロウの真剣白刃取りをすり抜けて脳天へと吸い込まれた。
「んな、馬鹿な…」
面打ちを食らったリュウタロウは白目を剥くと、ゆっくりとした動作で後ろにひっくり返った、そのまま見事な大の字を描く。
「センパイ、どうかしたんですかー、リュウタロウさんのびてますけど…」
ミカンは川面に響いた鹿脅しの音に反応して視線を移した、そこには両手に竿を握り締めるクルミと、船底で大の字にひっくり返るリュウタロウの姿があった。
「どーも・こーも…、あなた方はわたくしの話を一切お聞きにならずに、なーにが何か食べてから出発しようよーですの」
クルミの昂奮はまだ冷めやらず、ミカンへと振り返るとリュウタロウの身振りをまじえて言い、その行為を軽蔑するように右手で振り払う。
「よろしくってミカン、わたくし達にはこれからとーっても重要なお仕事が待っておりますの、道草をしている時間などどこにも無いのですよとあれほど言っておりますのに、あなたときましたらどうしていつもそのように…」
船底で大の字にのびているリュウタロウを他所に、クルミの説教は延々と続いた。
「くぅおー、痛いじゃないかー、急になんてことをするんだ君は」
延々と続くクルミの説教を妨げたのは、叩かれた頭をさすりながら涙目で抗議したリュウタロウだ。
「ふん、自業自得ですわ、わたくしの話を聞かずに無断で乗船した罰が当たったんですわ」
振り返ったクルミは少しの間リュウタロウを観察する、そして腕組した姿勢をとりリュウタロウに背を向けて言った。
「ボクがかー、ボクが悪いってゆーのかー」
リュウタロウにとっては金輪際ありえない理不尽に遭遇したようである、仁王立ちのまま背を向けるクルミに食って掛かったが答えは無い。
「リュウタロウさん、おでこ腫れてますけど…、大丈夫ですか」
そんな2人の様子を交互に眺めながら言うミカンが、ポンと手を叩いて頷いた。
「【犬が西向きゃ尾は東】って言うじゃないですか、不幸中の幸いですよ」
ミカンは笑顔でリュウタロウを励ました。
「なんのこっちゃ…、意味がさっぱり解らないんですけど」
涙目のままでこを擦るリュウタロウが、ミカンの真意がつかめずに聞き返す。
「ミカン、それを仰るなら【犬も歩けば棒に当る】ではなくて、それにこの場合は不幸中の幸いと言うのもおかしくてよ」
仁王立ちのクルミは、ミカンの言動が笑いのツボに入ったようで、笑いながら訂正する。
「あーなるほど、そうとも言いますねー」
ミカンが照れ笑いで返す。
「あのさー、きみ達なにか間違えてやしませんか、それとそこは笑うところじゃないでしょう」
と言うリュウタロウも笑いを堪えている。
「えーコホン…、申し訳ございませんでしたわ、わたくしとしたことが取り乱したりしてしまいまして」
仁王立ちの姿勢を解いたクルミがリュウタロウへと振り返る、少し思案してから咳払いをし、ばつが悪いのか左手は腰に当てたままの姿勢でリュウタロウに詫びた。
「それってもしかして、ボクの頭を叩いたことへのお侘びってこと」
リュウタロウはため息をついてから、瘤の出来た頭に手を乗せて聞く。
「当然ですわ、さーこれでお詫びもいたしましたし、あなたはさっさとこの船から降りていただけますこと」
クルミはリュウタロウに視線を向けることなく言い放つ。
「酷な事を言うねー、ボクの頭を叩いておいて、その上ここから川に飛び込めって言うのかい」
リュウタロウが視線を川岸へと向けながら訴える。
「何を仰いますの、すぐそこの岸に戻るだけじゃないですの」
寄せた岸とは対岸に視線を向けていたクルミは、リュウタロウの訴えを鼻で笑ってから後ろを振り返った。
「うっそーー」
見ると川岸はクルミの遥か後方へと遠ざかっていた。
「いや、さっきから流されてるよ、この船」
クルミがミカンに延々と続く説教を続けている間も、屋形船は下流へと流れていた。
「まーまーセンパイ【旅は道連れ天下は泰平】って言うじゃないですか」
クルミは遥か遠くへと過ぎ去った川岸を凝視したまま動かない、それを見かねたミカンは満面の笑みで言った。
「それを言うなら【旅は道連れ世は情け】だね、たしかにその通りだよ、お互い助け合って行きますか」
リュウタロウが請け合った。
「うぅぅー、ここまで来てしまっては戻るのにも時間が掛かってしまうし…、しかたありませんわ、ここからはリュウタロウさんに船を漕いでもらうということで妥協いたしますわ」
クルミは恨めしそうに川岸を見つめていたが、ふと表情を明るくしてリュウタロウへと告げた。
「鬼だー、神さまーここに鬼がいますよー、か弱き人間を痛めつけるこの鬼を、どうかこらしめて下さいー」
クルミの提案を聞かされたリュウタロウは、両手を胸の前で組み天に向かい叫ぶ。
「ぬゎんか申しましたか、どゎーれが鬼ですと仰いますのー」
クルミが空かさず突っ込みを入れた。
「2人ともすっかり打ち解けちゃって、いいなー」
リュウタロウとクルミの息の合った噛み合いを見て、ミカンが羨ましそうな視線を送る。
「冗談でしょう、こんなにも我がままで凶暴な女子は見たことが無いよ」
「それはこちらの台詞でしてよ、あなたのようにズーズーしくて、八方美人な男子は見たことがありませんことよ」
ミカンから羨望の眼差しを受けたリュウタロウとクルミが、同時にお互いの顔を見ると、ミカンに向き直って互いを罵り合う。
「まーまーそんなに照れなくっても良いですって、それはそうとリュウタロウさんの目的地はどこなんですか」
痴話喧嘩をする2人を無視して、リュウタロウに問う。
「君の思考回路はボクには読めないよ…」
リュウタロウがため息混じりに言い、
「3年もお付き合いしましたわたくしにさえ、ミカンの全容は分かりかねますわ」
一生懸命に罵り合っていた2人が、初めて共有した同意見だった。
「ボクの目的地は、ツリシっていう漁を生業としている町なんだけど、聞いたことあるかな」
リュウタロウが先ずミカンの問いに応えた。
「ツリシですって!あなたはあそこの町が今どーゆーことになっているのかご存知なんですの」
リュウタロウの応えに対し、発言したのはクルミである。
「いや、一応は聞いてるよ、なんでもナチの竜が出たとか・出ないとか…」
クルミの剣幕に圧倒されてか、リュウタロウは彼方此方へと視線を泳がての応答。
「でーたーんーでーすーのーよ【ナチの竜】が、ツリシの町に」
クルミは力一杯に凄味を利かせて告げた。
「センパイ、その言い方だとお化けが出たみたいですよー」
相変わらずミカンは能天気な対応。
「なにを悠長なことを仰ってますの、ナチの竜といえば化物中の化物だとあれほど説明しましたのに、あなたはご自分の立場がこれっぽっちもご理解できておりませんのではなくて」
ミカンの能天気な態度にクルミが噛み付いた。
「大丈夫ですってセンパイ、いくら我が社の経営陣が社員に対して虐待的運営を行っているとはいっても、本物の化物を相手に交渉してこいとは言いませんって」
「甘すぎですってよ、我が社の経営陣に限って社員を思いやるなんてことは断じてございませんことよ、わたくしが入社して間もない頃のことですが、まだ右も左も分からないというのに『我が社の教育方針は実戦体験あるのみだ』とか申しまして、いきなりわたくしをたった一人で内藤新宿の歓楽街へと事件調査に派遣いたしましたのよ、あー思い出すだけでも汚らわしい虫唾が走りますわ」
そう言って身震いをする。
クルミの初仕事は出遭い茶屋で起こった殺人事件の調査だった、事件は女が金銭目的で男を茶屋に連込み、酒に酔わせて殺したのち金目の物を持ち去ったという、そう珍しくは無い事件である、だが当時16歳のクルミにとっては出遭い茶屋に踏み入るだけでもとても恐ろしかった。
「あのーお取り込のところ悪いんだけど、話の内容からしてきみ達の行き先もツリシってことだよね」
2人の会話に聞き耳を立ていたリュウタロウが船を漕ぎながら問う。
「あなたには関係の無いことでしてよ、ですがこれだけはご忠告しておきます、あなたはツリシには入らずに、目的地の変更をすることをお勧めしますわ」
リュウタロウの問いには答えないが、クルミは先程までの邪険な対応ではなく、多少だが思い遣りのある言動で応えた。
「変更と言われてもなー、ボクにもやらなければならないことがあるし、やっぱり変える訳にはいかないよ」
「あなたもナチの竜がどういった化物なのかご存知ないのでしょう、わるい事は言いませんからわたくしの忠告を聞くべきですわ」
リュウタロウの笑顔に対し不安げな表情を浮かべる。
「忠告はありがたく貰っとくよ、でもきみ達こそツリシで何をしようってんだい」
「わたくし達は…、こともあろうかそのナチの竜という化物に…」
クルミが小刻みに震えながらおっかなびっくり話していると、
「あーセンパイ、たしかナチの竜さんの本名って【ナチ・リュウタロウ】でしたよねー、もしかしてこちらのリュウタロウさんがナチの竜さんだったりして」
隣に居たミカンが大声で叫んだ。
「まさか…、それは断じてありませんわ、こーんな軟弱者がナチの竜などということがあってたまるものですか」
ミカンとクルミがリュウタロウに注目した、クルミは『ふん』と鼻で笑ったのち両手を広げて誇らしげに断言する。
「そうですかー、いい線いってると思ったんですけど、そうすると【他人のそら似】じゃなくて、【そら名前】でしたか」
ミカンはなおもリュウタロウの顔を見つめて、がっかりした顔で言った。
「そうそう、何処にでもある様な名前だから、そら名前だよそら名前、それよりきみ達はナチの竜に会っていったい何をするのさ」
「部外者の方にお教えすることは出来なくってよ」
「さっき言いかけてたじゃないかー」
「あれは、あなたにナチに竜の恐ろしさを教えて差し上げようと思っていただけですわ、とにかくあなたにはこの先のカトリ町で降りていただきますからね」
クルミは『ふん』とリュウタロウに背を向けて歩き出す。
「強情だなー」
「あまり大きな声では言えないんですけど…、わたし達の任務というのはナチの竜さんの捕獲なんですよ」
ミカンはリュウタロウに耳打ちした。
「捕獲って、…きみ達2人でやるのー」
「いいえ、実際に捕獲をするのは【東宮】に居ります【特別公安維持部隊】の人たちです、わたし達の任務はナチの竜さんをおとなしく東宮まで連れて行くことです」
「それにしたって大変じゃないの、ナチの竜は賞金首なんだから捕まると分かっていて、のこのこと付いて来るとは思えないよ」
「それでしたら任せといてください、秘策がありますから」
ミカンは自信たっぷりに胸を叩いた。
「差し支えなければ教えてくれない、その秘策ってやつを」
「うーん…リュウタロウさんは口が堅いですか」
「堅い堅い、もうカチンコチンのガッチガチだよ」
「ちょっと嘘っぽいけどまーいいですか、内緒にしてくださいね、秘策と言うのはジャッジャーンこれです」
ミカンは着物の懐から巻物を取り出す。
「なんだいそれは」
「これはですねー、なんと東宮公認の盗賊許可書なんですよ、簡単に言いますと東宮より許可された町での盗賊行為については罪にならないってことらしいです」
「なんだってそんなものを…、そんなことしたら治安維持なんて出来やしないじゃない、それにそもそもボクはそんな物もらってもまったくの無意味だし、興味も無いよ」
「リュウタロウさんが興味ないのは当たり前ですよ、だってこれはナチの竜さんへの最後の切札なんですから」
「そ・そうだよね…、でもなんでナチの竜がそんな物を欲しがると思うの」
「なんでもツリシからの通報によりますと、ナチの竜さんは町の人から金品や食料それに若い女性を巻き上げているそうなんです、いままではこういったせこい事はしなかったみたいですがねー、でもここが狙い目だったんですよ、東宮はそのせこい事に目を付けたという訳です」
ミカンは人差し指を立て、目の付け所はここだと押さえた、それを聞かされたリュウタロウはがっくりと頭を落とす。
「ミカンー、あなた任務のこと仰いましたわねー」
「すみませーん、ついー」
クルミが握り飯と漬物が盛られた皿を抱えてやって来た、ミカンの手に握られた巻物を見て叱責する、しかし笑顔で謝るミカンに反省の色は無い。
「わたくしは反対でしてよ、悪事に加担するような真似は喩え策であっても断固として拒否いたしますわ」
「そうだよねー、ボクもその考えに賛成」
「そう言いますけど、センパイにはちゃんと作戦があるんですかー」
「そ…それはですね、まずは相手のご機嫌が好くなりますように、手土産を渡しますでしょう、ご機嫌が好くなりましたところで町の人から巻上げた金銭を返して頂きます、あとはわたくし達と東宮へご一緒に同行して頂きますわ」
クルミの大胆な作戦が披露された。
「それ本気で言ってるの」
「勿論ですわ、あとは誠意を持ってお話すればきっと分かっていただけますわ」
「な…なるほど…」
どこかで聞いた台詞である。
「もちろん秘策はありますよねー、センパイ」
「秘策…、も・もちろんありますわよ、秘策が…」
「センパイあれですよ、あ・れ・忘れちゃったんですかー、アンコセンパイが言ってたじゃないですかー、【男を殺すに刃物はいらない】って」
「待った…、お待ちになってミカン、そんなものは秘策でもなんでもなくってよ、金輪際きれいさっぱりお忘れになって、よろしくて」
ミカンの言う秘策にクルミが取り乱す。
「不安だ…」
リュウタロウはどうあっても2人に付いて行くことを決意した。
【】
≪ツリシの町≫
町の入り口には【うえるかむ・とう・ツリシ】と書かれた立て看板がある。
船着場に屋形船を舫うと、3人はまっすぐにツリシの町中へと向った、船で川を下ったことで時間はかなり短縮され九つ(正午)にはツリシに着いた。
川岸から町の中心部までの道は閑散としているが、中心部に近づくにつれ道の左右に旅籠と土産屋が増えてくる、町の中心から向って正面に海岸が開け、普段なら海水浴を楽しむ子供たちの姿が見えるのだろう。
町の第一産業である漁業場は町の中心からは少し離れた湾にあり、一般の旅人が目にすることはほとんどないが、田舎町の漁業場にしてはだいぶ上等な設備を有している、外見からは分かりにくいが実際のツリシは裕福なのだ。
3人は町の中心に入るのを避けいったん脇道にそれた、海岸線を目指して松林を抜けて行くと崖の下に砂浜が見えた、崖を見下ろすと数十隻の漁船が舫われており、その先には何軒かの船小屋も見えた。
3人はそのまま海岸線沿いを歩いて、町の中心部を目指した。
「オラオラどーしたい、出すもの出さねーとオメーの店が跡形もなく消えちまうぞー、ヒーッヒッヒッヒ」
「それだけはご勘弁ください、うちの店は昨年新築したばかりで借財がまだ千両も残っているんです」
下卑た笑い声で威嚇するやくざ風の男は、間口が五間(9m)はあるひと際大きな旅籠を指差す、その旅籠の主人だろう初老の親父が頭を地面にこすり付けながら許しを請う。
町の中心には井戸があり、その井戸を囲むように五十間ほどの広場があった、広場には町の人々が集められており百人はゆうに越えていた、集めた人だかりを武装した集団が取り囲んでいた。
「ほー千両たー剛毅だなー、そんだけの借金どうやって返そーってんでー」
やくざ風の男は宿の主人に近付きしゃがみ込む。
「そ・それはもう地道に働きまして、少しづつ少しづつでございます」
主人は商いで鍛えた笑みを返すが、額からは大粒の脂汗が流れた。
「なーネーちゃんよ、こいつの店の景気はどうなんだー」
「タスケさんの店はツリシで一番の繁盛さ、それにタスケさんは旅籠だけでねー東宮への卸問屋だってしてんさ、金とんならわっしら貧乏人でなく金持ちからとんな」
広場の正面に設けられた日傘付きの台には【いんふぉめーしょん】という看板があり、台の両脇に立つ見目麗しい2人の娘は【ツリシーがーる】と書いた襷を斜めにかけていた、娘の名はオキョウとオソメで発言した娘はオキョウである。
「この恩知らずがー、オメーたちがそーして居られんのは、みんな町のもんのお陰かじゃろうがー」
「冗談こくでねー、わっしたちは選挙で選ばれてこの地位を手に入れたんよ、特別タスケさんの世話になった訳じゃないっしょ、恩ぎせがましい言い方をされるおぼえは無いんよ、ねー」
オキョウが言いオソメが相槌を打つ。
「こんアマー、こったら憎ったらしか娘だとわかっとーたら、票集めなどせんかったもんをよー」
口惜しさに歯をかみしめて言う。
「親父、かわいそうだがオメーには徳が無かったな、まーそーゆーこったからあきらめて銭を出しな」
オキョウ等の脇で、大きな椅子にふんぞり返る赤マントの男が言った。
「そーすな・そーすな、ナチの竜さが暴れだす前によ、はやく金を出しちまいなって」
見目麗しいツリシーがーるの2人が追い討ちをかけた。
「お前らおぼえとけよー」
タスケは口惜しさに目を潤ませながらも、渋々と金子の準備をさせた。
「いいかーテメーら、この俺様『ナチの竜』を怒らせたら、こんな町は一瞬で消し飛んじまうんだぞー、わかったらグズグズしてねーでちゃっちゃと銭を払うこった、キーッヒッヒッヒッヒ」
自らをナチの竜と名乗る小男が下卑た笑い声を漏らした。
「なんですのあの笑い方は、吐気を催しますわ」
旅籠の裏手にある納戸に身を潜め、そっと顔だけを出して広場の様子を窺うクルミが、苦虫を噛み潰したかのような表情をした。
「あのように不細工極まりないちんちくりんが、まさかナチの竜だなどと仰いますのー」
クルミが抱いていたナチの竜に対する印象は、忽然と掻き消えた。
「ご本人が言ってるんですから間違いありませんねー、しかしあれだと竜っていうよりも子豚さんみたいですよ」
覗き見るクルミの上から、ひょいと顔を出したミカンが応える。
「うーん、どこをどう間違えればあんな姿になるんだろう…」
顔だけを覗かせながら批評する2人の横で、腕を組みながら首を傾げるリュウタロウが居た。
「あなたは、何を堂々とそんな所に居りますの」
クルミはリュウタロウの袖を掴み、納戸の陰へと引っ張る。
「ごめん・ごめん、ボクも顔が見たくって・つい」
「ついじゃありませんわ、相手に気付かれましたらどう致しますの、まったくあなたはあれほど仰いましたのに、こんな所にまでついて来まして」
「ボクだってここが目的地だったんだから、しょーがないでしょー」
「リュウタロウさん、お約束・お忘れではありませんですわね、あなたは決してわたくし達のお仕事のお邪魔を、しないというお約束」
「分かってますよ、絶対に邪魔しません、どうぞご安心を」
リュウタロウは両手を挙げて降参の姿勢をとる。
「センパーイ」
「どうかなさいました、ミカン」
「見つかっちゃったみたいですー」
クルミが振り返ると、ミカンは情けない表情を浮かべた。
「んな…なんですってー」
素っ頓狂な声をあげたクルミは、『キッ』とリュウタロウへと視線を戻すが、そこにリュウタロウの姿は無い。
「あーん、なんだーテメーらは」
武装集団の1人がクルミ達の隠れている納戸の方へ歩き寄る。
「仕方ありませんわね、ミカンお打合せた通りにまいりますわよ」
「了解です、センパイ」
クルミとミカンは納戸の陰から、中央広場へと歩き出す。
「さて、とりあえずはお手並み拝見といきますか」
リュウタロウは納戸の屋根の上に居た、その場から状況を見守る。
「は・はじめまして、わ・わたくしは東宮直営の乙女倶楽部に所属しますキサラギ・クルミと申します」
「アベ・ミカンです、よろしくお願いします」
クルミは緊張で笑顔が引きつっているが、ミカンは普段と変わらない。
「はぁー、乙女倶楽部だー知らねーな、東宮からわざわざ何しにきやがった」
「はい、不躾で大変申し訳ございませんが、わたくし達ナチの竜さんに用があって参りました、出来ましたらナチの竜さんにお取次ぎいただきたいのですが」
武装集団の男は、持っていたこん棒で自分の肩をポンポンと叩きながら、クルミとミカンを交互に見た。
「いいぜー取次いでやってもよー、そのかしオメー達も銭を払うこったな、ヒッヒッヒ」
「えーわたしそんなにお金持ってませんよー、会社が経費削減で出張費だってかつかつなんですからー」
「そーかい、銭がねーなら働いてもらわなくちゃーなー、ヒッヒッヒッヒ」
「わ・わかりましたわ、わたくし達は労働の方でお支払いいたします、それでよろしいですわね」
クルミの言葉に破顔した男はニヤつきながら広場の中央へと案内する。
「おかしらー、こいつ等がご奉仕させて欲しいと言ってやがるんですがねー、ヒーッヒッヒッヒ」
こん棒の男がナチの竜と名乗る小男に言う。
「お初にお目に掛かります、わたくし東宮よりまいりました乙女倶楽部所属のキサラギ・クルミと申します」
「アベ・ミカンです」
「この度はお日柄もよろしく、ナチの竜様にとりましてはご壮健そうでなによりですわ、おほほほ」
クルミは精一杯の愛想笑いをするが、唇の端が釣り上がっていた。
「なんだーオメー達は、東宮からわざわざ何しに着やがった」
ナチの竜は2人を不信そうに睨んだ。
「わたくし達は決して怪しい者ではありませんわ、この度はナチの竜様とお近づきに成りたくて東宮よりまいりましたんですの」
「なんだってー、東宮から遠路はるばるおれ達の下の世話をしに来たってかー、キーヒッヒッヒッヒ」
「ぬわぁんですってー、ごじょーだんじゃありませんわ、わた…」
ナチの竜の言葉にクルミは顔を赤くして抗議するが、
「センパイ・ダメですよー、わたし達のお仕事を思い出してください」
クルミの口をミカンが両手で塞いだ、そしてクルミにだけ聞こえるように耳打ちする。
「コホン、大変失礼いたしました、わたくし達は東宮よりナチの竜さんをおもてなしするように命じられてまいりましたのです、ですがおもてなしと言いましても先ほど仰いましたような…」
「どうぞー、お近づきの印に【温泉まんじゅう】ですー」
「でかしましたわ、ミカン」
クルミが言いよどんでいるところに、ミカンが東宮から持ってきたお土産を差し出した、その行動に対してクルミは人差し指と親指で円を作り良いの評価を送った。
「なんじゃーこりゃー、東宮からの差し入れが温泉まんじゅうたーあ、おちょくってやがんのかぁー」
ナチの竜は顔をふくらませて怒り、温泉まんじゅうを放り投げた。
「あーー!このスカポンターン、食べ物を粗末にしたらいけないって、お母さんに言われなかったんですかー」
言うなりミカンは白い羽織を『バサッ』と捲ると、腰帯に忍ばせていた、三つに折りにたたまれた大きな薙刀を取り出す。
「悪い事をした人には、お仕置きが必要です」
折りたたまれた薙刀は瞬時に組立てられると、ミカンの動きに合わせて八の字に旋回した、そしてナチに竜に対し正眼に向けられ『ピタッ』と動きを止めるが、切っ先の鞘はそのままだ。
「なんだーこのアマ、ナチの竜様とやろうってーのか」
薙刀を正眼につけられたナチの竜は、慌てて椅子から立ち上がろうとするが、足が地面に届かずバタバタと足を交差させた。
「悪いことをしたら、まずは、ごめんなさいでしょう」
正眼につけた薙刀を『スッ』と引き寄せると、ミカンは片手持ちで薙刀を右に大きく旋回させると薙刀の柄の方を垂直に振り上げた、そのまま何の躊躇いもなくナチの竜の脳天を柄で引っ叩いた。
「ホンゲーー」
ナチの竜は椅子ごと後ろにひっくり返った。
「あちゃー、やってしまいましたわね、こうなったら作戦変更ですわミカン、逃げますわよ」
「あいあいさー」
一目散に逃げる2人だが、あっという間に武装集団に囲まれあっさりと捕まった、そしてそのまま木に吊るされる。
「あーあ、無謀すぎるよ、きみ達は…」
いつの間にか人だかりの中に紛れていたリュウタロウが、ため息混じりにぼやく。
「すみませーんセンパイ、ついカーッとなってしまいました…」
ミカンとクルミは背中合わせに木に吊るされていた、背後のクルミに対してミカンが詫びる。
「なにを仰ってますのミカン、食べ物を粗末にしたことに怒るのは当然のことですってよ、あなたは何も悪くありませんわ」
クルミはミカンを励まそうと努めて明るく言った。
「くぉらぁー、ごちゃごちゃとくっちゃべってんじゃねー」
暫く気絶していたナチの竜は手下達に起こされると、腫れたおでこを手で押さえる。
「あー嫌ですわ、これしきのことで目くじらを立てまして、あなた本当にナチの竜なんですの」
「あんだとこのアマー、それ以上言いやがると裸にひん剥いて吊るすぞー」
ナチの竜は怒り、耳の先まで真っ赤に染めて怒鳴った。
「まーお下品ですこと、ミカンこのように低俗な殿方とはお話にならない方がよろしくてよ」
「わっかりましたーセンパイ」
クルミが心底からの軽蔑を示して言い、ミカンは笑顔に戻って応えた。
「あーそーかい、俺もよーくわかったよ、野郎共この2人を裸にひん剥いちまえー、今更泣いてもおせーぞ、キーッヒッヒッヒッヒ」
武装集団の男達が顔をニヤつかせながら、ゆっくりとクルミ達のもとへと歩きよる。
「センパーイ…」
「だ・大丈夫ですってよミカン、わたくし達は東宮直営の乙女倶楽部社員なのですから、このように下種な殿方が手出しなど出来なくってよ」
ミカンが泣きそうな声を出すと、クルミは唇を震わせながらも気丈に武装集団の男達を睨みつけるが、その行為は男達を余計に喜ばせるだけであった、男達は緩みきった顔を晒したまま、各々が持っている武器でクルミとミカンの足腰をピタピタと叩いて玩ぶ。
「カンカンカンカンカン…」
「カランコロンカランコロンカランコロンカランコロン…」
【いんふぉーめーしょん】の横に立つ【火の見櫓】兼【津波警報櫓】に設置された半鐘が音をたてると、櫓より張り巡らされた鳴子があちこちで鳴り響いた、一同が火の見櫓を注目する、勿論クルミとミカンを玩ぶ男達もみな注目した。
「えぇー皆さん、緊急放送でーす、只今より四半刻(30分)後に巨大津波がこちらにやって来ますよー、命の惜しい人は大至急丘の上まで逃げましょう」
火の見櫓の上で半鐘を叩きながら、左手に持っている円すい形の筒に口を当て津波警報を告げるリュウタロウが居た。
「おい、津波が来るってよ、こーしちゃ居られねー逃げるぞ」
「待て、となり町と漁場にも知らせなーあかん、のろしをあげっぞ」
津波警報を聞いて混乱した人だかりは転々バラバラに動いた、我先にと丘に登る者、家に戻り荷物をまとめる者、近隣の町や漁港へ烽火で知らせる者や、大八車を牽いて老人を乗せる者などと騒然とした。
「テメーら勝手に動き回るんじゃねー」
ナチの竜は騒然とする町人達に叫ぶが誰も動くのを止めようとはしない、武装集団の男達も必死に叫び武器を振りかざすが効き目は無かった、これというのも海に生きる人々にとって津波以上に恐ろしいものはないからである。
「誰だー津波警報を流しやがったのはー、出て来い」
怒りの矛先をリュウタロウへと向けたナチの竜は、火の見櫓を仰ぎ見た。
「呼びましたー、なにかボクにご用でしょうか」
いつの間にか火の見櫓から下りていたリュウタロウは、ナチの竜の隣に立っているツリシーがーることオキョウとオソメの間から顔を出した。
「テメーいつの間に…、なにもんだテメーは」
ナチの竜が凄みをきかせて問う。
「きみ達もさっさと逃げないと危ないよ、なんならボクが肩車して運んであげよーか」
ナチの竜の問いかけには応えず、オキョウとオソメの腰に手をまわしながらすまし顔で言う。
「旅の御方ですか」
オソメがリュウタロウを見上げて聞く。
「いかにも」
リュウタロウは顎を引き仰々《ぎょうぎょう》しく応えた、オキョウとオソメは互いに目で合図を送ると、
「ツリシの町にようこそー、わたし達はこの町を案内致します【ツリシーがーる】でーす」
オキョウとオソメは腰にまわされたリュウタロウの手を取ると、くるりと反転してお辞儀をした。
「わけあって今は休業中ですが、分からないことがあったらお気軽にどーぞー」
腕を大きく開いて2人が揃って横に揺れながら踊る。
「でも旅の御方、わたし達がいくら美しくても触れるのは厳禁ですよ」
オキョウはリュウタロウに顔を寄せると、片目を瞑って見せた。
「あの方は、いったいなにをなさってますのかしら…」
武装集団の男達は、騒然とした群集を纏めようと慌ててクルミとミカンのもとから離れる、その混乱の原因を作った人物を見止めたクルミがため息混じりに言う。
「センパイ、なにが起きてるんですかー、わたしからは何も見えないですー」
「見ない方がよろしくてよ、殿方という生き物はみーんな獣ですわ」
「意味が分かんないですー」
「おいコラー、テメーは俺の話しを無視して、なーにを楽しくやってやがんだーあー」
「やだなー、男のやきもちはみっともないですよー、それにボクは親切で言ったんですから、そんなに睨まないで下さいって」
リュウタロウは笑顔でおどける。
「なーにが親切だ、ふざけたことぬかしやがってー、野郎共こいつから血祭りにあげてやれー」
「そんなー、なんでボクばっかりこんな目に合うの、不幸だー」
武装集団に囲まれたリュウタロウは、後ずさりしながら叫ぶと町の最奥にある漁港へと逃げだした、その後を武装集団とナチの竜が追いかけた。
「おーなんだアレは、もしかしてアレが噂の飛行艇かー」
リュウタロウは逃げる最中に空を指差して叫んだ、追いかけていた連中が釣られて空を仰ぐ、その隙に懐から小刀を抜き取り後ろ手に投げた、小刀は見事にクルミとミカンを吊るす縄を切って木に刺さった。
「あんれー見間違えたみたい、あれはただの雲だなーうん、あはははは」
リュウタロウが後頭部を掻いて笑う。
「ヤロー、ぶっ殺せー」
武装集団はより一層の殺気を持って、リュウタロウを追いかけた。
「ひえー、もー勘弁してよー」
殺気にあてられたリュウタロウは涙を流しながら逃げて行いった。
【】
≪ツリシ町の漁港≫
大小合わせて30隻の漁船が停泊している。
「さーて追い詰めたぞー、ヒッヒッヒッヒ」
荒い息をつくナチの竜だが、大粒の汗を流しながらも顔をほころばせて言った。
「勘弁して下さいよー、ボクは嘘なんか付いてないんですってばー」
弁明するリュウタロウ。
「いいかーよく覚えとけよー、このナチの竜様に盾突きやがった野郎がどーなるのか、たーっぷりと教えてやろうじゃねーか、なぁ野郎共、ヒーヒッヒッヒッヒ」
武装集団の男達は各々の武器を構えながら左右に広がる、リュウタロウは横目で取り囲まれるのを確認した。
「あなたさっきからナチの竜って言いますけど、ボクが聞いた話じゃあナチの竜ってもっと長身で足が長くて、しかも女の子にモテモテの超イケ面だって聞いてたんだけどな、ひょっとしてナチの竜を騙る偽者なんじゃないですか」
リュウタロウは視線を正面に戻すと薄笑いを浮かべて言った。
「あーん、だったら何だってーんだぁ、テメーはここで死ぬんだよ、俺様がだれだろうと関係ねーだろう」
ナチの竜を騙る赤マントの小男が応えた。
「あーあ言っちゃったよ、これっぽっちの覚悟でナチの竜を騙られたんじゃ割に合わないよね、ほんと…」
と、うつむき加減に呟き、赤マントの小男を見据える。
赤マントの小男は耳に手をかざして、
「あーん何をグダグダと言ってやがる、経でも唱えんならさっさとやんな三途の川に送り届けてやるからよー、ヒーっヒッヒッヒッヒ」
小馬鹿にしたように両手を開いて笑った。
「あんたにとっては悪事を働くのに利用するだけの名かもしれないけどさ、俺にとっては命を懸けても守らなければならない名前なんだよ」
ここにきて、初めてリュウタロウが見せた真剣な表情である。
「ヒッヒッヒッヒ…、こいつはまいった、誰の名前に命をかけるってー、こいつ恐怖で完全に頭が飛んじまってやがるぜ、野郎共そろそろ楽にしてやれや」
赤マントが言い右手を振り上げる、武将集団の男たちは各々が攻撃態勢を取って合図を待つ、その際も左右の囲いはジワジワと狭められた。
「もう1度だけ言うけど、もうすぐここに津波が来るよ、命が惜しいなら丘の上に逃げるべきだよ…」
と、言いながらリュウタロウは目だけで周囲を見遣る、だが逃げようとする者は1人もいない、むしろリュウタロウが逃げるための方便だと誰も聞く耳を持たなかった。
「交渉決裂っすね、しかたない…津波に揉まれて少しは反省してくださいね」
無造作に垂れ下がるリュウタロウの両手が、『サッ』とマントを跳ね上げた。
「ぶち殺せー!」
赤マントは叫ぶのと同時に右手を振り下ろした、その合図と共に左右からリュウタロウを目掛けて銛が投げられた、これでリュウタロウの意識を正面から外したところで、赤マントの男は背後に隠し持った弓矢でリュウタロウを射る。
左足を半歩引いて腰を低く屈めたリュウタロウは、腰の太刀を鞘ごと抜き取ると左から投じられた銛を跳ね上げて弾く、そのまま流れを止めずに八の字に振り下ろすと右からの銛も叩き落とした。
しかし手で投じた銛と弓で放った矢は、ほとんど時差がなくリュウタロウを襲い、右斜め下に振り下ろした太刀では矢を防ぐ事が出来ない、赤マントがニヤリと笑う。
リュウタロウの左手が太刀の柄を掴むと閃光の速さで引き抜いた。
「キーーン」
と、金属のぶつかる音が響く。
リュウタロウの眉間へと急速に迫った矢は、リュウタロウが咄嗟に引き抜いた太刀の柄に刺さった、いやよく見るとリュウタロウが握る柄の先端に装飾された竜の頭が矢を咥えていた。
立ち上がるとゆっくりとした動作で刀を鞘に戻すリュウタロウを、取り囲んだ武装集団は言葉なく見守った。
「…び・びびったー、君達はボクを殺す気かい」
沈黙に堪えかねたか、リュウタロウが大袈裟に驚いて抗議した。
「ヤ・ヤローふざけやがってー、オラー」
リュウタロウの右手を囲む男の1人が、気合の声と共に四尺(120cm)を超える長刀で袈裟切りに斬り掛かる、リュウタロウは一歩前に踏み込んで前屈みにかわすと、袈裟切りを仕掛けた男の横につき肩を押す、男は体勢を崩しながら鎌を持つ男と揉み合うように倒れた。
口火が切られ、武装集団の男達は四方八方からリュウタロウを襲う。
背後から槍で突かれると前方に回転して槍を避ける、起き上がりざまを小太刀で首元を車輪に斬りかかられた、リュウタロウは素早く太刀を刀身の半分まで抜き小太刀を受けると、斬撃の力を利用して真横に飛んだ。
着地したリュウタロウを正面で待ち受けたのは、筋肉隆々《きんにくりゅうりゅ》で六尺五分(195cm)を超えた大男である、大きな斧を頭上に高々と掲げリュウタロウが間合いに入ったのを確認すると、斧を一気に振り下ろした。
真っ直ぐ振り下ろされた斧が眉間へと吸い込まれたと思った瞬間、リュウタロウは大男の足を払っていた、足を払われた大男は仰向きにひっくり返る。
武装集団の囲いの外へ逃れたリュウタロウはそのまま海を目指し、船の上へと飛び上がる。
船上に立つリュウタロウ目掛けて銛が飛来するが、振り向きもせずに難なくかわすと続いて弓矢が放たれた、足元からは鎖が飛んでくる。
リュウタロウは振り返りざまに右手で太刀を抜き放つと、迫り来る十数本もの矢を正確に叩き落し、左手に携えた鞘で鎖を絡め取った、絡めた鎖をそのままに鞘を一振りすると、鎖が追っ手の男に向って飛んだ。
顔に鎖を受けた男が横に居た2人を道ずれに海へと落ちる。
「痛そー、悪く思わないでよねー、ほなサイナラー」
リュウタロウは目の端で海を覗くと、踵を返して船の奥へと走り出し右手をヒラヒラと振った。
「待ちやがれー!」
船の縁に取りついた男たちは、逃げるリュウタロウの背に向って必死に小刀や銛を投げつけた、リュウタロウはそれらを曲芸にようにかわし船の奥へと消えた。
【】
「あんの惚けたヤローはどこに消えやがった、おい・そっち居たかー」
武装集団たちは港に舫われた漁船を1艘づつ手分けしてリュウタロウを探した、その中でも大きな帆船を調べる男が言う。
「こっちはいねーぞー」
船倉を調べていた男が応える。
「くっそーなめやがって…」
「なーちと思うがよー、ヤツの動きはただもんじゃねーぜ、このまま俺らがヤツを見つけたとしても、俺らだけでやれんのか」
蝋燭を片手に船倉から出てきた男がキョロキョロしながら言う。
「あぁーなにビビッてやがる、やれるに決まってんだろうが…」
威勢よく応えた方の男も、辺りをキョロキョロと見回して落ち着かない。
「実際の話よー疑うわけじゃねーが…、俺はここ入って間がねーからよナチの竜さんが戦うとこって見てねーしなー」
「何が言いてーんだ…」
「さっきヤローが言ったように、ナチの竜さんは偽者なんじゃねーかって話さ」
「…言われりゃーたしかに、だまし討ちぐれーしか見てねーなー戦うとこってよ」
男達はうでを組んで考える。
「でしょー、やっぱり彼がナチの竜っていうのは絶対無いですって」
「でもよー、ナチの竜の特徴っていやー、赤マントに四尺三分(130cm)足らずのちんちくりんだろう、そんな野郎はめったにいねーぞ」
男はさらに首をひねって悩む。
「四尺足らずっていってもですよ、12年も前の話ですからねー、現在では六尺(180cm)に届きそうな立派な青年に成ってるかも知れませんよ」
「はぁ…、なんだかその言い回しだと、ナチの竜の特徴ってーのはガキの頃の話だとでも言いてーのかよ」
「ピンポーン、ご名答」
「おい、オメー誰と話してんだ…」
「あーん、なにをほざきやがる、テメーにきまってんだろーがよ」
男達は互いの顔を見つめ同時に振り返った、2人のすぐ後でリュウタロウが片手をあげ笑顔で応える。
「バコッバコッ!」
男達はすぐさま武器を構えるが、リュウタロウが鞘ごと抜いた太刀で男達の頭をしたたかに叩いた。
「御免…少し眠っててね、まーでもここにいれば津波にのまれる心配は無いから、安心して眠っててって言っても聞こえてないよね」
リュウタロウは一人語り終えると、赤マントの行方を捜した。
「リュウタロウさーん、ご無事ですのー」
「生きてたら、返事をしてくださーい」
町の方角から2人の女子が叫びながら走って来た。
「な・なんで彼女達が来るんだ、まずいよもう時間ないのに」
リュウタロウは慌てて海に視線を向ける。
「きみ達こっちに来たらダメだー、すぐに回れ右して丘の上に登れー」
必死の形相でクルミとミカンへと叫ぶ。
「ミカン、あちらに居りましたわ…、ご無事でしたのね、よかった」
「リュウタロウさん元気そうで良かったですね、センパイ」
「えぇー本当に…、あ・いや・違いますのよ、わたくしはお仕事の心配をしただけですわ、事件を最小限に治めるのも大事な任務なのですから、特別にあの方を心配してということでは決してありませんですわ」
「大丈夫です、わかってますって」
「本当にわかっておりますの…」
満面の笑みで応えるミカンに対して、クルミは不信な視線を向ける。
「おーい・聞こえてるのー、もうすぐ津波が来るんだよー、はやく逃げないとのみこまれるぞー」
リュウタロウは帆船の縁に乗り出して叫ぶ。
「いたぞー野郎ども、逃がすんじゃねーぞ!」
赤マントは2つ隣の漁船から叫んだ。
「この忙しい時に…」
リュウタロウは前と後ろを交互に見ながら言う。
「あの人はまだあんなことを仰ってますわ、もうよろしいんですのに」
クルミはリュウタロウの1人芝居に対して笑みを称えながら応えた。
「それがですねーセンパイ…、海がこんもりと盛り上がってるんですけど、あれはどーしてなんでしょうねー」
ミカンは普段通りの微笑みを変えずに、視線の先の海へと指差しながらたずねた。
「あら…本当ですわねー、あれはどういった仕掛けなのでしょうねー」
ことの成り行きが飲み込めないクルミが問い。
「さぁ、どうなってるんでしょうねー、不思議ですー」
ミカンは目の前に起こる現象をぼんやりと眺める。
「くそ・もう間に合わない…」
リュウタロウは船上を駆け抜けた、クルミとミカンに少しでも近付こうと船から船へと飛び移る、その際に出会わせた武装集団の男達は、すり抜け様に太刀の鞘で打ちのめされていた。
「きみ達そこから動かないで、いいねー絶対だよー!」
リュウタロウは最後の一隻に飛び移ると鞘から太刀を素早く抜き放った、港に舫われていた帆船の太い縄を一刀両断するとそのまま船尾へと走った、海原にこんもりと盛り上がった海面を凝視した。
リュウタロウは太刀を両手で正眼に構える、『スーッ』と太刀を腰元へと引き寄せると盛り上がった海へと向い突きを放つ、それから突いた刀身を横に倒すと大きく車輪に薙ぎ払った。
「センパイ…なんかおかしいです、海の高さがどんどん上がっていきますよー」
「本当ですわね…、このまま盛り上がってゆきますと大きな津波と成ってわたくし達をのみこんでしまいそうですわね…」
「センパーイ…」
「ミカーン…」
2人はお互いの顔を見合わせる、どちらの顔にもあきらかに不安な色が映る、2人はどちらとも無く互いの身体を抱き締めあい、へたり込むように地面に座った。
「このような終わり方なんてあんまりですわー」
「わたしなんて、まだ恋もしてないですよー」
クルミとミカンは漁業場の入口付近にしゃがみこんだまま泣きわめく。
「おい、手を伸ばすんだ、はやくー」
リュウタロウが乗る帆船が陸地であるはずの漁業場を疾走している。
「リュウタロウさん…」
クルミが呼び掛けられた方角へと顔を向ける、すると巨大な帆船が目前にあった、
「うっきょーーー」
クルミの悲鳴が木霊する。
「センパイ、リュウタロウさんですよ」
陸の上を自在に駆ける帆船の縁にリュウタロウが居た、どういう訳か帆船の船底にだけ水が満ちていたが、2人はそのことには気付かずリュウタロウを見上げた。
「これにつかまれ!」
リュウタロウは刀の鞘を持つ手を目一杯に伸ばして叫んだ。
クルミとミカンは同時に立ち上がると左右の手を一生懸命に伸ばし鞘の端を掴む、リュウタロウは渾身の力を込めて鞘を手繰り寄せた、長身のミカンの手が先に届きグイッと引き上げる、ミカンを縁に摑まらせると鞘を掴むクルミの手首へと手を伸ばして握った、
「ぐぅおおおおおぉぉぉぉ…」
リュウタロウは最後の力を振り絞ってクルミを甲板へと引き上げた、ミカンは既に自力で甲板へとよじ登っていた。
「はぁはぁはぁ…、重過ぎるよ…、きみ…」
甲板の上に大の字にひっくり返ったリュウタロウがそう告げた。
「な・なんと仰いました、まさかあなたは淑女に向かって、その様な暴言が許されるとでも御思いでして」
甲板に引き上げられたクルミは着物の裾を整えながらも、赤面で抗議した。
「わかったから…、舌を噛むなよー」
仰向けにひっくり返るリュウタロウを見下ろしつつ、クルミは両手を腰に当てた姿勢で詰めよる、
「なにがおわかりになりまし…きっきゃーーー」
その直後に大きな悲鳴をあげた。
「センパイ…、危ないですよー」
ミカンはというと、既に帆船の中央にある帆を掲げる主柱にしがみ付いていた、そのミカンの言葉と共に船は大きく傾いてゆく。
丘のように盛り上がった海面が近付くにつれ大きな引き潮が起きた、漁港に停泊中の漁船が次々に海へと引き込まれた。
リュウタロウを追って漁船の中を虱潰しに探していた男達は、船ごと沖へと流されたことに慌てふためく。
あちらこちらの船から雄叫びがあがる、両手を合わせて神仏に今までの行為を懺悔する者も居るし、ひと際大きな声で『お母さん助けてー』という叫び声を挙げる者も居た、どうやらその声の主は赤マントの小男である。
そうこうする内に、沖へ流された漁船は津波によってぐんぐんと持上げられた、それからはあっという間に漁業場へと押し流される。
漁港を海水で満たした津波はリュウタロウ達の乗る帆船をも呑み込み、漁港の奥へ奥へと流して行く。
漁港を襲った津波の高低差は四十尺(12m)をゆうに超えるものであり、その勢いはツリシの町をも呑み込んでいくかにみえた。
しかし、どういう訳か津波は漁港を呑み込んだあとは、それ以上陸へは上がって行かずにまた海へと消えていった。
波が引いて漁港が姿を現すと、津波に呑み込まれた船がすべて港に打ち上げられ、船内では呻き声と共に生存を喜ぶ笑いの声が聞こえた。
「いったい…なにが起こりましたの」
「センパイ、わたし達助かったんですよ」
ツリシ町の漁業場を一掃した大津波が引くと、30隻もの漁船や回航船等が崖に押付けられるように打ち上げられていた。
リュウタロウ達が乗り込んだ船は回航船で塩や海産物または旅人を乗せ、東宮からツリシを往来する比較的大きな船であるが、津波が引いた後は横倒しに倒れていた。
「喜ぶのはいいけど、そろそろ降りてくれない、苦しい…」
無事を確認すると、手を取り合って喜ぶクルミとミカンの尻の下にリュウタロウが居た。
「リュウタロウさんもご無事でなによりです」
のんびりとリュウタロウに笑顔を向けながら言うミカンとは対照的に、クルミは瞬時に立ち上がり顔を赤らめる。
「まったく…きみ達のむちゃな行動には、心底驚かされるよ」
大きく息をつきながら身を起こすリュウタロウが言うと、
「む・むちゃをなさったのはリュウタロウさんの方ですわ、あんなにも大勢の人達に襲われる様なことをしまして…、命があっただけでも感謝なさるべきですわ」
と、クルミが返す。
「それを君が言うかー、ボクが助けなかったらきみ達今頃はヤツラにあられもない姿にされてたんだよ」
リュウタロウが甲高い声で言うと、
「なんて恩着せがましい仰りようですこと」
クルミが迷惑そうな表情で応える。
「まーまーお2人共、無事に再会出来たんですから、めでたしめでたしですよ、ねーセンパイ」
2人の肩を叩きながらミカンが言った、リュウタロウとクルミはお互いから視線を逸らすと暫し考える。
クルミがリュウタロウへと向き直って、
「コホン、えーその…なんて言いますか、リュウタロウさん、お・お助けいただきましてありがとうございましたですわ」
ツンケンとした態度で言う。
「ふーん、どういましまして」
リュウタロウはニヤケながら応えた。
「キィー悔しいですわー、こんな方にバカにされるなど末代までの恥ですってよ」
「おいおい、それは酷いんじゃないの」
「センパイは恥ずかしがりやさんなんですよ、ねー」
頬を膨らませたクルミは、ミカンへと抗議の視線を送る。
「ところでさー、あそこに赤マントがのびてるけど、きみ達は彼をどーするの」
リュウタロウの視線の先には、小さな漁船にもたれ掛かった赤マントが、両手を胸の前で組みながら口から泡を噴いていた、その他にも彼方此方で武装集団の男たちがのびていた。
「そーですわ、こんなことをしている場合ではなくってよミカン、すぐに被害状況の確認を致しますわよ」
ざっと辺りを見回したクルミが言い、
「あいあいさー」
と、ミカンが右手を額の脇に翳し敬礼をもって応える、とは言うもののミカンの敬礼は笑顔の上、返事にも風変わりな調子が混じるので、まるで緊張感が無い。
「ねーきみ達、赤マントの男はほおっておいてもいいの」
走り出そうとする女子達へ問いかけると、クルミが立ち止まり赤マントの男を一瞥した。
「命に別状がないようですので後回しにさせていただきますわ、わたくし達は人命救助を最優先いたしますから」
そう言うと、クルミは一目散に船を降りた。
クルミの後に続くミカンは、
「リュウタロウさん、ありがとうございました、お仕事ですのでこれで失礼します」
と言いつつ深くお辞儀をする、
「センパイ、待って下さいよー」
踵を返してクルミを追いかけて行った。
「行っちゃった…、命に係わる程の怪我人はいないと思うよ」
リュウタロウは顎に手を当てた姿勢で、クルミとミカンの走り行く背中を見ながら呟く、
「それにしても、これはちょっとやり過ぎだったかな…」
漁業場の惨劇に視線を送っての感想だった。
「彼女達だって危ない目に逢ったのに…」
「赤マントは後回しか………」
「そっかー、人命救助が最優先なんだねー、ボクは感動したぞー」
晴れ晴れとした顔を空に向けると、両手を突き上げて大声で叫んだ。
【】
「なんですの…、アレは」
大声で叫びながら追いかけて来るリュウタロウへと振り返る、クルミは如何わしい視線を向けてミカンに問う。
「さぁーなんでしょうねー、もしかしたらセンパイと別れるのが淋しくなった、とか」
最初は小首を傾げたミカンだが、悪戯な笑みを称えて応えた。
「んな、…おぞましいことを仰らないでいただけますこと」
顔を赤らめて驚くクルミだが、ミカンにからかわれた事に気付くと口を尖らせた。
リュウタロウが2人に走り寄ると、呼吸を整えるために深呼吸した。
「リュウタロウさん、何か忘れものですかー、ひょっとして・クルミセンパイに大事な話があるとかー」
ミカンは荒い息をつくリュウタロウの顔を覗き込むと小首を傾げながらたずねる、だが顔には意味深な含み笑いを浮かべていた。
「そーなんだ、そーだったんだよ!」
呼吸を整えたリュウタロウは目を輝かせて言う、
「ボクは今まで何を迷っていたんだろう、人間は常に間違えを起こす生き物だよ、それこそ毎回毎回反省することなく同じ過ちを繰り返し何度も何度でも…」
呆然と立ち尽くすクルミとミカンを他所にリュウタロウは続ける、
「間違えたっていいんだよね、間違えたならばやり直せばいいんだ、過ちに気付いたならば正せばいい、補えばいいんだ」
リュウタロウは呆然と立つ2人の肩を叩きながら断定した、
「たとえそれが自分一人では出来なくても、誰かに助けてもらえばいい、だって世界はこんなにも命で溢れかえっているじゃないか、それなのにボクはなんで気付かなかったんだろう、自分はこの世界の中をたった一人きりで生きていると思っていたなんて…」
リュウタロウは目を潤ませながら必死に語り掛けた。
「リュウタロウさん、申し訳ございませんが、仰っていることの意味がまったく理解出来ませんわ」
クルミは哀れみの眼差しを向けて言うが、リュウタロウの耳には届いていない。
「ありがとうー!」
感極まったリュウタロウが、大きく両手を広げて思いっ切りクルミを抱き締めた。
「ウッキョーーー」
ツリシ町の漁業場に、クルミの悲鳴が木霊した。
クルミにボコボコに殴られながらも抱きついた手を放さず、
「ボカー感動した、きみ達の仕事をボクにも手伝わせて欲しい」
涙を流しながらも満面の笑みで言うリュウタロウと、
「お・こ・と・わ・り・ですわー」
リュウタロウの顔を両手で押し退けるクルミ、
「つれないぞー君―」
引き離されまいと、なおもしがみ付くリュウタロウ、
「センパイ、リュウタロウさんもこう言ってることですし、一人でも多い方が仕事も進むってもんですよ、手伝ってもらいましょう」
2人の遣り取りを楽しんでいたミカン、
「ありがとうミカンちゃん、君は話がわかるねー」
即座にクルミから離れ、ミカンの手を握るリュウタロウ、
「ミカン、あなたはどちらの味方なんですの」
全力で抵抗し『ゼーゼー』と息を切らせるクルミ、
「もちろん!【時は金なり】ですよ」
親指と人差し指で丸の形を作って応えるミカン、
「それを言うなら【時と場合による】じゃないかなー」
リュウタロウのつっこみに照れ笑いを浮かべるミカン、
「あはは…わかりましたわ、今回に限りお手伝い頂きますわ、さーまいりますわよお急ぎになって」
先頭に立つクルミ、
「あいあいさー」
ミカンの敬礼、
「アイアイさー」
リュウタロウの敬礼。
乙女倶楽部の【キサラギ・クルミ】【アベ・ミカン】と、【ナチ・リュウタロウ】と名乗る青年が武装集団の人命救助の為に走って行った。
今回の【ナチの竜】による被害は、船30隻すべて破損、うち20隻は修理不可能、20隻の造船費+10隻の修理費合計、23万7千両。
漁港に水揚げされていた魚貝類、3千両。
漁港の清掃費、百両。
合計金額、24万飛んで百両。
赤マントの小男による町民からの金品巻き上げ金額の合計、2千350両。
その後の調査結果により赤マントの小男は【ナチの竜】とは認められない。
しかし、被害内容は自然災害ではなく、ナチの竜による人的災害として処理された。
*人的災害の理由*
今回の津波は高低差三尺(90cm)程度の小規模のものがツリシ町全体に押し寄せるところ、不明の力により漁業場のみを襲う結果となった、周囲の海水を一箇所に集めた結果、大津波となり多大なる被害をもたらす。 以上、調査機関より。
調査機関は【特別公安維持部隊】通称【とっこう】であり、乙女倶楽部の上層部に当る。
第1話【賞金首あらわる】-完-




