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異世界恋愛短編

幼馴染と結婚するつもりだった私は退職間際にクソ上官へ『ざまぁ』したのが公爵様にバレる

作者: 真嶋 青
掲載日:2026/03/30

「――エレナ大尉の功績を讃え、男爵位を授ける」


 現在、私こと平民エレナは国王陛下の御前にて、叙爵という非常に名誉な褒賞を拝受している。

 だけど――。

 

 いらない……むしろ邪魔なんですけどっ⁉


 私には同じ平民の想い人がいる。

 鍛冶職人をしているアッシュ。

 平民である彼との婚姻を望む私にとって、爵位とは路端の馬の糞並に邪魔な存在だ。


 この国において貴族の結婚とは大きな意味を持ちすぎている。

 領地だとか税収だとかエトセトラエトセトラ……。

 そのため、貴族同士ですら大きく階級の異なる結婚となると大々的に取り締まられている。

 この国で、身分の差とは絶対なのだ。


 それが貴族と平民の結婚となれば、どれほどの騒ぎになることか。

 役所に貴族と平民で婚姻届を持って行ったところで、衛兵が来て平民側は捕縛されるだろう。

 その後、どのような末路を辿るかは分からないが、碌な結末にはなるまい。

 

 つまり、平民である幼馴染との結婚を望む私にとって、爵位とはあっても損しかないゴミだ。


「お言葉ですが陛下。私には爵位など身に余るものにございます。陛下からの賜りをお断りする非礼をお許しください」

 

 私の言葉に聴衆の貴族たちがざわめく。

 彼らにとって貴族という立場は言葉通り己の命と同等に価値のあるモノ。

 まさかその立場を平民風情が断るなどとは毛ほども思わないのだろう。

 私からすれば、小さいころからの夢であった()()()()()()()()()という野望を阻む障害でしかないのだが。


「陛下より与えられた名誉を無下にするのか!」

 

 さらに野次が飛んでくる。

 国王陛下の御前でみっともなく騒ぎ立てるとは、そちらこそ不敬なのではないかと思うが……。

 陛下の側近や宰相たち上位の役職の皆々様は座して私から続く言葉を待っているというのに。

 

「失礼は承知の上で、私にとって爵位とは重荷にございます。学のない平民である私には、とてもとても……」


 私の言葉で貴族共はせせら笑っている。

 それでいい、勝手に納得して下らない時間から解放してほしい。

 

「そうか……。で、あれば……何を望む?」

 

「お恥ずかしながら金品を頂戴したく」


 私の願いを聞いた貴族たちはさらに嘲る。

 

「名誉ある貴族位を断って金とはな……」

 

「下賤の生まれはこれだから――」

 

 貴方たちには、一生分からないでしょうね。

 私からすれば、形のない爵位なんて記号に囚われ続ける生き方の方がバカらしいわ……。


 私は私で、彼らの価値観を逆に見下している自覚がある。

 彼ら貴族と、私たち平民はどうあっても水と油だ。

 根本的な価値観の相違が大きすぎる。

 だから互いを理解することができない。

 

「静まれ……。では、後日貴様に金貨二百枚を贈ろう。よいな?」

 

「有難き幸せにございます」

 

 まさか金貨二百枚とは、なんと有難いことか。

 平民であれば3人は一生を遊んで暮らせる。

 それだけ功績を認められているという事だろう。

 これは素直に喜ばしい。

 

 しかし、これにて一件落着とはいかなかった。


「お待ちください陛下。やはりエレナ大尉には、叙爵こそが相応しいかと」


 ここに来て余計なことを……。

 口を挟んできたのはムノウ伯爵だ。

 軍における私の直属の上司にあたる男。軍での階級は大佐。


「敵兵千人に対し、此方の西方右軍の数は五百。倍の兵力を相手に完封した彼女の手腕。平民にしておくには惜しい存在です! どうか再考を……」

 

 今は私を懸命にヨイショするムノウ伯爵だが、決して私を認めてなどいない。


 よくも白々しい言葉を吐けるものだ。この男は、私の軍部での地位失脚を常々望んでいた。平民である私が大尉まで昇りつめたことを大変疎ましく思っているのだろう。

 ムノウ伯爵には、幾度となく帰還困難な配属を言い渡された。

 今回の防衛戦にしてもそうだ。

 明らかな人員不足に加えて、私の部隊に敗北を強いるための配置。

 あれが態とでないなら相当な無能だ。

 まぁ、尽くを無事に生還した私は、こうして異例の出世街道を歩んでいるのだから皮肉だろう。

 わざわざ活躍の場を与えてくれてありがとうと伝えたい。

 

 そんな他者を蹴落とすことしか頭にない男が、なぜ私を担ぐような発言をしているのか。

 理由は想像がつく。

 奴は私を貴族にした後、適当な男爵位の男をあてがって婚姻させるつもりだ。

 相手は私へ薄暗い感情を持った軍部の誰かだろう。

 どれだけ死地に送り出しても死なないとみて、女としての尊厳を奪おうという腹積もり。

 表面上は同階級の貴族同士とはいえ、一代貴族と正当な男爵では利権の差は明らか。

 婚姻を申し込まれたら断ることなどできはすまい。

 そして、娶られた先で私が身ごもりでもすれば、もう軍には居られない。除隊することも確定だ。

 これで私の尊厳と地位を同時に踏みにじることができる。


 どこまで腐っているんだ? この無能が!

 最近では余りのスピード出世に軍部の男どもからのやっかみが酷い。

 私を娶り、女として屈服させ優越感に浸りたい輩は多いだろう。

 

「ほう? 貴公がそこまで平民を評価するとはな。どうだエレナ、今からでも遅くはないぞ」


 一度は決着した話を蒸し返すなんて面倒な事をしてくれる。

 

「まさかムノウ伯爵からそのようなお言葉をいただけるとは……。ですが、軍での私の働きを評価してのお言葉であるならば、尚のことお断りさせていただきます」

 

「……どういうことだ?」

 

「私は今回の防衛作戦をもって、軍から身を退くことを決めております」

 

「バカな!」

 

「あの青薔薇の騎士が軍を抜けるだと⁉」

 

 反応は様々だが、一様に驚いている。

 ムノウ伯爵などは目と見開いて口も閉じられないご様子だ。

 ちなみに、青薔薇の騎士というのは、私のダークブルーの髪色から取って軍が市井に広めた渾名。

 平民出身の女が軍で活躍しているという話をプロパガンダに使って徴兵に役立てたのだろう。効果の程は分からないが。

 

「貴様の活躍は国中に広まっている。此度の褒賞も今後を期待してのもの。除隊というのは聞き捨てならんぞ?」

 

「大変申し訳ありませんが、この判断ばかりは覆すことができません」


 話の急展開に陛下も戸惑っておられるようだが、これは本当に決めていたことだ。

 私が軍に居る理由はもうなくなった。

 

「理由を聞きたい。事と次第によって、我も対応を変える必要がある」

 

「端的にお伝えしますと、身ごもりました」


 誰も、何も言わない。一瞬の静寂が訪れた。

 

「……すまぬが、もう一度頼む」

 

「陛下、私の身に新しい命が宿ったのです」

 

「………………」


「「「は??」」」

 

 謁見の間は驚愕の空気に包まれた。


 ――まぁ、妊娠なんて大嘘なわけだが。

 

 だが、私の爆弾発言で式典の場は異様な空気のまま幕を閉じる。

 驚愕のあまり陛下の威厳もどこか薄れてしまっていたが、なんとか取り繕っているようだった。


 ◆


 あの場の顛末として、私への報酬は金貨百枚で決定した。

 今後を期待しての褒章として叙爵を検討したが、除隊するとなると話は変わったようだ。金貨もこれまでの仕事を評価して与えられはしたが、初めに聞いていた額より半減された。ケチ臭いものだ。

 どこか状況を飲み込み切れない様子の聴衆たちを取り残し、私と陛下で話を進めて早々に場を切り上げた。

 今はムノウ伯爵を含む軍のお偉方に呼び出されているところだ。


「エレナ大尉。どういうことなのか説明して貰えるかな?」

 

「何かこれ以上説明する必要がありますか?」

 

「ふざけるな! 貴様にどれだけの責任がかかっているか理解して居ないのか⁉」

 

「と、言われましても。私は何も規則に反することはしていませんが?」

 

「キッ……貴様ッ! 私をバカにしてるのか‼」


 私を無駄に叱責しているのはバカザル伯爵だ。ムノウ伯爵とは旧知の仲であるらしい。

 人柄は……ムノウ伯爵と仲が良いということで、お察しの通りである。

 

「まぁまぁ、バカザル殿。落ち着いてください。話が進まないから。それで、エレナ君、除隊はいつ頃の予定?」

 

「大変申し訳ありませんが、可能な限り早くしていただければ」

 

「まぁ、今回の戦いで隣国も暫く大人しくなるだろうしね。今なら引継ぎだけして貰えればいつでもいいよ。個人的な気持ちを言わせてもらうなら、君が抜けてしまう穴は非常に大きいとだけ伝えておくけどねぇ」

 

「光栄です」

 

 この方は、ルーク公爵。軍での階級は大将となっている。

 バカザル伯爵やムノウ伯爵とは比べることすら非礼となる軍部の英知だ。

 

「公爵様! エレナ大尉には行軍以外にも様々な業務を任せているのですぞ!」

 

「そうです! 引継ぎをするにしても、いったい誰が彼女の代わりをするのですか!」

 

「え? 平民の彼女に大した仕事なんて無いでしょ? 君たち、彼女に何を任せてるの?」

 

「いや……それは…………」

 

「……」


 やいのやいの騒ぐムノウ伯爵とバカザル伯爵はルーク公爵の質問に答えられない。

 当たり前だ。本来であれば、平民である私の仕事など行軍と訓練をすることぐらいだ。

 重要な任務と言えば、行軍時に中隊長を務めるくらいか。

 というのも、平民はどれだけ階級が上がっても、軍の重要会議への参加や資料に触れることは基本的にタブーとされている。

 重要な書類に関わる仕事や作戦の立案は名誉ある貴族の仕事。教養のない平民に任せるなど言語道断……のはずなのだが、おかしなことにムノウ伯爵やバカザル伯爵は私に自分の書類仕事を押し付けていたりする。

 間違っても軍上層部に知られてはならないことのはずだ。

 今の発言ぶりからして、ルーク公爵は何かを知っていらっしゃるようだが。


「ふむ、問題ないようだね? じゃあ、エレナ君。しっかり引継ぎはお願いしますね。あと、除隊届も出してください。コチラで処理をするから」

 

「承知いたしました」


 口を開けなくなった伯爵二人を尻目にルーク公爵と話を進めると、私は退出を促された。

 

 ◆


「おい! エレナ!」

 

 ムノウ伯爵だ。退出した私をわざわざ追ってきたらしい。


「如何なさいました、伯爵様」

 

「ふんっ。とぼけるなよ小娘。まさか貴様から軍を抜けてくれるとはな。何が狙いだ?」

 

「狙いとは? お話した通り、私は身重になるため従軍が難しくなります。それだけです」

 

 嘘だけど。

 

「まぁいい。消えてくれるというならば、それはそれで好都合だ。雑用を任せる都合の良いメイドが減るのは残念だがな……ぐふふ」

 

「それだけですか? では、失礼いたします」

 

 下卑た嗤い声が耳障りになる。

 この男と話すのはストレスだ。さっさと離れたい。


「待て。貴様は軍を抜けるという事の意味を分かっているのか?」

 

「はぁ? 何か懸念することでもありましたか?」

 

「ああ、大いにあるとも。軍での立場を放棄した貴様など、ただの平民の小娘だ。貴様、ちと軍内部に敵を作りすぎたぞ?」


 なるほど。言いたいことは分かった。

 つまり、私を逆恨みしている軍内部の貴族共に何かされるのではないかと言ってる訳だ。

 確かに、大尉という地位は平民である私に多少なりとも権威を持たせている。

 市井では青薔薇の騎士という名前も売れた。

 これらが私を貴族たちのやっかみから身を守っていたのも事実だろう。

 まぁ、考えられることとしたら人攫いを差し向けられることか。

 戦場の最前線で生きてきた私からすれば、本当の修羅場を知らないチンピラに絡まれても何ら困ることは無いのだが。

 この馬鹿は私がどうして大尉足り得るのか理解していないのだろうか?

 

「後ろ盾が必要になるのではないか? どうだ、私が貴様を守ってやっても良いぞ? もちろん、タダでとは言えんがな」

 

 気色の悪いニチャニチャと粘り気を感じる笑みを浮かべているムノウ伯爵。

 

「伯爵様に、後ろ盾になっていただけるとは、有り難いですね。して、対価は何ですか?」

 

「なに、大したことは無い。偶に私の相手をしてくれればいい。どうせ上層部に身売りしてガキを作ったんだろう?出世が早すぎると思っていたが納得だ。私の相手もしてみろ」

 

 ぶん殴るわよ、この変態野郎が……。


 どうやら、ムノウ伯爵は私が軍の上層部にコネを作ろうと身を売っていたと勘違いしたらしい。

 実際のスピード出世の理由は、ムノウ伯爵に強いられた高難易度の作戦を立て続けに成功させてしまったからなのだが……。

 

 どこまで私を失望させれば気が済むんだ? この無能は。

 もう我慢の必要もない。これまでの鬱憤を軽く晴らさせて貰うとしよう。

 

「黙れ下種」

 

「――⁉ なんだと……? もう一度言ってみろ、平民……」

 

「死ねゴミクズ野郎、と言ったのよ。耳は飾りかしら?」

 

「貴様ァ‼ タダでは済まんぞ!」

 

「当たり前だ。タダでは済ませない。貴様の悪行を必ず後悔させてやる。肝に銘じておきなさいムノウ」


 適当な捨て台詞を吐いてそそくさと場を後にする。

 これ以上この馬鹿と話していても疲れるだけだ。



 このあと、私はルーク公爵の指示に従い速やかに除隊届を出すのだが、それに伴って数日後にとある騒ぎが起こる。



 除隊届を提出した次の日。

 私は、想い人の家を訪れていた。


「アッシュ」


 彼はカンカンと子気味良い音を鳴らし続ける。

 私の呼び声に気づいているのかいないのか。


「おーーーーい! アッシュ‼」

 

「後にしろ!」


 何という奴だ。戦地から生還した幼馴染が、久しぶりに顔を見せたというのに……。

 まあ、彼の仕事を見ているのは、それはそれで楽しいわけだが。


 仕方なくアッシュの仕事姿を大人しく眺める。

 この辺りでは珍しい黒い短髪に、真っ赤な瞳。

 鍛冶仕事になると夢中になって目を細めるから、そんな彼の姿を怖がる人もいる。

 でも、私はずっと真剣な彼の表情が――好きだ。


 ただジッと、彼が槌を振るう姿を見続ける。

 何年も、こんな時間を過ごしてきた。

 

 大きな団子のような鋼玉。

 それを炉に入れて熱する。

 白熱に包まれた塊を取り出すとアッシュは熱心にそれを叩く。

 何度も何度も繰り返す。

 本来ならば職人二人で鋼を叩くらしいが、アッシュは時間を掛けても一人で仕事をしている。

 細かい調整は結局自分だけでやる方が効率は良いとかなんとか。

 とにかく仕事にストイックなのだ。

 

 鍛冶屋の息子に生まれたアッシュは子供の時分から金床で遊んでいた。

 私が出会った5歳の頃には、何が楽しいのか親父さんの鍛冶場を覗いて何時間でも眺めていた。

 アッシュと一緒に外で遊びたい私はよく泣いていたのだが。

 10歳になると端材で勝手にナイフを作って親父さんに大目玉を食らっていたのを覚えている。

 怒りつつもアッシュが作ったナイフを大事そうに木箱に入れる姿をみて微笑ましく思ったのも懐かしい。

 今となっては一流の鍛冶師として巷で有名になっているのだから立派なものだ。

 

「悪い。待たせたな」


 ボーッとしているとアッシュに声を掛けられる。

 何時間待っていたのか、来た頃には明るかった空が夕焼けで茜色に染まっているのが見える。


「この間の戦いでかなり活躍したらしいな。青薔薇様の噂がそこら中で聴こえてきたよ」

 

「おかげさまで。……でも、せっかくアッシュに新調して貰った剣はダメになったよ。ゴメンね」

 

「いや、いい。どうしても軽量化すると刃こぼれしやすくなる。次は別の製法を試そう」

 

 また仕事モードに入りそうなっている。

 そうはさせないよ!


「ねぇ、私が軍を辞めるって言ったら……どうする?」

 

「……俺の剣はいらないか?」

 

「そっち?」

 

 自分の仕事のことしか頭にないらしい。

 そういうストイックなところがカッコよくて好きなのだが。

 いや、そうではなく……。


「えっと、軍を辞めても趣味で道場とか開こうと思ってるんだ。だから、剣は欲しい。刃の無い模造品を沢山注文するかも」

 

「そうか! もちろん作るぞ。任せてくれ!」

 

 アッシュはピッカピカの笑顔で子供みたいに大きく頷いた。

 

 うーん、可愛い。

 でも違う。


「いや、アッシュ。そうじゃなくてさ、軍を辞めることに対しては、どう思うの?」

 

「理由が分からん。お前は軍での仕事に納得していた」

 

「まぁね。理由はさ、十分な金額を稼ぎ終わったからだよ。アーリーリタイアだ」

 

 これは本当。

 妊娠の話はあの場から手っ取り早く逃げるための嘘だったが、本当の理由はこれだ。

 私は別に正義とやらを重んじて市井のために戦っていたとかではない。

 農民である私が一番手早く金を稼ぐ手段が軍で働くことだった。

 

「そうか。5年近くも最前線で戦い続けると給金もいいんだな」

 

「今回は想定外の臨時報酬まで貰ったからね。だから、命を懸けるのはお終い」

 

「これからどうするんだ? 道場とやらを開いて、それで?」

 

「それでって?」

 

 アッシュが真面目くさった顔をしている。

 仕事以外のことにあまり関心のないアッシュだ。私が軍を辞めることに対しても「なんとも思わん」とか言われると思っていた。

 

「お前が大人しくしていられるわけがない。エレナ、お前は自分のことを理解していない」

 

「えーっと? どういうこと?」

 

「お前が望まなくても、お前は沢山の人に求められ続ける人生を送ることになるよ」


 なんだろう。妙な確信を持ったような発言だ。

 でも、私は極々一般的な人生を過ごせればそれでいい。

 誰かのために苦労するような日々は、本来は私の望まぬものだ。

 私は、自分の小さな幸せを守れれば十分なんだ。

 

「私は、普通に()()して、普通に家庭を築いて、普通に年をとりたいんだけどなぁ」


 結婚を強調してチラチラとアッシュに目線を送る。

 

 気づけ!

 

「無理だろ」

 

「おーい! 失礼だぞ! なんでだ⁈」

 

「お前に普通の人生は向いてない。諦めろ」


 なんとも愉快そうな顔でアッシュは笑っていた。



 除隊届を提出してから数日後、私はルーク公爵に呼び出しをくらってる。

 

 いやはや、不思議なこともあるものだ。

 まさか、私が提出した除隊届の便箋にムノウ伯爵が横領をしていた証拠となる帳簿の一部が混入しているとは。

 

 私は、以前ムノウ伯爵から押し付けられた経理の仕事中に、不自然な金の流れを発見していた。

 それ以来、()()()おかしな帳簿の記録を集めていたのだが、()()()()その一部が混入していたらしい。

 上層部は私の除隊処理をするつもりが、緊急でそちらの監査をすることになった。

 結果として、ムノウ伯爵の不正は驚くほど簡単に露呈する。

 ムノウ伯爵は懲戒処分からの不名誉除隊。

 領地の大部分と私財も没収とのことだ。

 彼は爵位という記号だけを残して、ありとあらゆる物を失った。


 国防に必要な軍の資金を勝手に使って遊んでいたのだから、下手をしたら国家転覆罪にまで発展しかねない。

 首が繋がっているだけでも温情があったのだろう。

 平民が起こした事件であれば、即刻死刑のはず。

 そういうところも含めて、やっぱりここは貴族に甘い国だ。


 さて、無能のことはもういい。

 今の私の問題は、目前で楽しそうに笑っているルーク公爵だ。


「で、エレナ君はどうやって機密情報を手に入れたんだい?」

 

「まさか! 私が帳簿の写しなど所持しているはずがありません! 便箋に混入させたのは別人です!」

 

 とりあえず、今回も嘘を吐いてみる。

 虚言癖が付いたら嫌だな、なんて思っていたら――。

 

「おかしいなぁ。便箋に入っていたのが帳簿の写しだったなんて、誰に聞いたの? 公表してないはずだけど?」

 

 あぁあ、初手で詰んじゃったよ……。

 

「……ムノウ伯爵から経理を任されておりました。まさか便箋に()()()入れてしまうとは……」

 

「ハハッ。つまらない猿芝居は止めよう。猿の相手にはもう飽きてしまってね……先日も、散々虐めてきたんだ」

 

 もう嘘なんて一生吐かないわ……。

 

 この人、目が全く笑っていない。

 底冷えするような視線だ。

 可哀そうなお猿さんとやらは、いったい何をされてしまったんだろうか……。

 これ以上とぼけた態度でいれば、明日の朝に私の死体が道端で発見されることになりかねない。

 

「経理を任されていたのは本当のことですよ。やはり、平民である私が帳簿に関わる仕事をしていたことに問題がありますか?」

 

「有るか無いかで言えば、問題は有るだろうねぇ。僕からすると下らない問題だけど。貴族っていうのは、どうしても。ね?」

 

 言葉を濁しているが、例の慣習について肯定的ではなさそうだ。

 これは、なんとかなりそうかな?


「軍部の暗黙知は私も理解しています。重要事項に関わる仕事は、教養ある高貴な方々のもの。私には相応しくない」

 

「うんうん。そういうことになっているねぇ。一応ね」

 

 見るからに興味無さそうなルーク様。

 一先ずは面倒ごとを避ける方向で適当に話を進める。

 

「しかし、私も命じられれば断ることができない事をご理解いただきたい。苦渋の決断でした」

 

「そうだねそうだね。仕方ないねぇ……で?」

 

「……それだけですが、他に何かあるでしょうか?」


 困った。本当に何を求められているのか分からないな。

 

「エレナ君。君は平民だよね? 生まれは西方の農家。貧困ではないが、裕福でもない。ご両親は、特別優秀な方なのかな? もしくは、親戚に商人が居るとか」


 謎の詰問に戸惑うけど、素直に答える以外の選択肢はない。


「いえ、普通の農民です。親戚に商人がいるというのも聞いたことはないですね」

 

「うんうん、知ってた」


 それなら聞かないでよ……。

 しかし、これはいったいなんのための確認だったのだろうか。


 直後、その疑問には聞くまでもなくルーク様が答えてくれた。


「じゃあ聞くけど、君は何で経理なんてできるの? さっき自分で言ったことだろ? 君は、()()()()()()()のはずだ」


 あ……しまった。

 

 ようやく理解した。

 つまり、ルーク様は、こう言っているのだ。

 

『お前は何者かに軍部の帳簿を見せていたんじゃないのか?』

 

 本来、平民に経理の仕事なんてできるわけがない。

 計算どころか文字を読めないことも珍しくない。

 普通に考えたら、そんな輩が経理をして、あまつさえ不正の証拠を見つけるなんて不可能。そこに疑問を持たないのはボンクラなムノウ伯爵とバカザル伯爵くらいのものだろう……。

 こうなると、この一件について考えられる可能性は限られている。


 例えば、――私が入手した帳簿の記録を、誰かに横流ししていたとか。

 

 つまり、ルーク様からすると私はムノウ伯爵と同じく罰するべき犯罪者だということになる。


 これ、本当に詰んだのでは?

 

 自分の迂闊を呪いたい。

 実際には、経理をしていたのは私で間違いない。

 でも、真実を話したところで信じてもらえるわけがない。

 そして、私に経理が出来る理由についても同様だ。


 私が前世の記憶を持った()()()であるなどと、いったい誰が信じてくれると言うのか……。


「ルーク公爵……貴方は、私が内部情報を漏洩(ろうえい)したと疑っておられるのですね?」

 

「正解。ムノウ伯爵とバカザル伯爵からは何も言えわれなかったの?」

 

「ええ、残念ながら」

 

「それは……凄いね」

 

「…………はい」

 

 自分が楽をすることしか考えていない阿呆二人には、平民に経理ができようとどうでもよかったのに違いない。

 指摘されることもなかったし、今の今まで自分がやっていることの異常性に気づけていなかった。

 今にして思えば全てのが異常事態だ。

 私までバカと無能に毒されていたとは……。


 でも、慌てちゃいけない。

 変に取り乱せば、この方は私を怪しむはずだ。

 経理を私がしていたという話は本当。

 ならば、変にあたふたせず堂々としていれば良い。

  

「変に慌てれば僕からの疑念が強くなる。だから、敢えて堂々としてみせよう……そんなところかな?」


 怖い怖い怖い……。

 大正解だよ……。

 もしかして、心を読む魔法とか使えますか?


「僕は焔の魔法使いではあるけれど、あいにく精神干渉系統の魔法は扱えない。そもそも、読心魔法なんてのはお伽噺の産物だよ」

 

「いや、使えてるじゃないですか……」

 

「ハッハッハ! 君、顔に出過ぎだよ。子供ができたって話も嘘だろ? 国王陛下に嘘を吐くのはやめた方が良い。下手を打てば後悔することになる。まあ、アドリオン様は平民の嘘1つでむきになる方ではないけどね」


 もう全部筒抜けらしい。

 それなら、私が経理をしたって話も嘘じゃないと見抜いて欲しいものだ。


「でも、面白いねぇ。君からは経理に関しては本当に嘘をついているような気配を感じない。僕はそういうの敏感だと思ってたんだけど」

 

「それでは、私が嘘をついていないとは思えませんか?」

 

「思えないね。だって、君に経理ができるわけないじゃない? 家庭でまともな教育を受けていない。家を出てからは軍で働きづめだ。軍に居ながら文字を学んで、経理ができるほどの教養を身に着けたっていうの? そんなことは不可能だ」

 

 仰る通りです。

 でも、文字は生まれた頃から大半を理解できていた。

 なんせ、この世界の文字は私が前世で生きていた世界のそれとそっくりだったのだから。

 もちろん、私に経理の能力があるのも事実。

 前世ではそっち系の仕事だったし、得意と言っても良い。


 けど……そんなこと言えないよね。

 仕方ない。


「わかりました。ルーク公爵。私に模擬的な経理の仕事をお与えてください。公爵様の御前で実際にお見せすれば納得いただけますよね?」

 

「……正気かい?」

 

「もちろんです」


 ルーク様は少しだけ考えた素振りを見せたあと、にやりと笑って答える。


「良いだろう。でも、態々経理の仕事を試験用に用意するなんて面倒なことはしたくない。僕が君に算術問題を出そう。今、ここで」


 意地の悪い人だ。

 即興の口頭試問。

 これなら不正も何もできない。


 でも、それで困るのは不正を働かなければ計算ができない者だけだ。


「お願いします」


 ◆


 私がルーク様の問題に答えきると、彼は頭を掻いて悩ましい顔になる。


「参ったな……トリックが全くわからない」

 

「種も仕掛けもございません」


 ただし、前世の知識という特大のネタは目を瞑るものとする。


 私の顔をまじまじと見るルーク様は溜息を吐いて肩を落とす。


「な~んか隠しているよね、君」

 

「そ、そんなことないですわ?」

 

「今日一で下手な嘘だね……。まあ、これで不正をしていたとして、それはそれで凄い。僕は目の前で見ていたのに、その片鱗も掴めなかったんだから」


 たしかに、これで私が不正を働き問題を解いていたとして、それはそれで凄いのかもしれない。

 そんな仕掛けを作るのは、下手をしたら正攻法で解くより大変そうだ。


「それで……ルーク様は私をどの様に判断されますか?」

 

「そうだね~……。君、ちょっと優秀すぎるかな。軍を辞めるのは構わないけど、野放しにするのは勿体無い。だから、僕の専属文官になりなさい」

 

「……はい?」


 そして、当初の話を他所に、私の処遇はおかしな方へ向かうのだった……。


 ルーク様は貴族の中でも王族を除けば最上位の地位にある公爵家。

 若手ながらその当主の座を正式に継いでいる公爵様の提案だ。

 平民の私が断れるはずもない。

 これは貴族であっても同様だ。

 むしろ爵位に縛られる貴族たちこそ、ルーク・バルディアという男の言葉を易々と無視することなどできはすまい。

 果たして彼の言う専属文官とやらが、いったいどのような役目を担う仕事なのかも分からないまま、私の次の就職先は決定してしまった。

 

 自分が死ぬまで生活するだけの金を得て、「これで早期退職! あとはアッシュとくっついてハッピーエンドじゃー!」と息巻いていた私。

 その儚い構想はあっけなく塵となって消えていった。

 

「じゃ、諸々の手続きは僕の方でやっておくから。あと、君は明日から僕の屋敷に住みなさい」

 

「は??」


 さらっと凄い事を言うルーク様。

 理解が追いつかない。

 

「当然だろ? 君が妊娠したなんてバカな嘘を吐いたものだから、仕事の度に貴族街と平民街を行き来させるわけにいかないんだ。君は無駄に顔が売れているから、そこらを歩くだけで目立つ。君の姿を見た誰かに嘘がバレたら、騒ぐ貴族もいるかもしれないだろ?」


 本来は軍を辞めたら人と会わずにひっそり隠居生活を楽しむ予定だった。

 貴族街になんぞ一生足を踏み入れる気も無かったし、嘘がバレる云々の心配はしていなかったのだ。

 それが、今になって話を余計に拗らせてしまった。

 

 でも、それにしたって……。

 

「いや、いやいや! 何を仰っているんですか! そんなのダメに決まってますよ!」

 

「ダメって言ったって……あのねぇ。僕が君を匿わなかれば、君は軍の誰かからつけ狙われることになるんだよ?」


 ムノウ伯爵も同じことを言っていた。

 けれど、一番私に危害を加えそうなムノウ伯爵は既に瀕死の状態。

 今は私のことなどより、自分の今後をどうするか考えるので精一杯なはずだ。

 仮に別の誰かが来たって、私は多分困らない。

 

「私は軍の前線で戦ってきた人間ですよ。そう易々と危害を加えられるとは思っていません……」

 

「その様子だと、いまいち事態を理解していないね……。僕たち貴族は陰湿な嫌がらせが得意なんだ。本人ではなく、その家族や想い人を狙う輩も多い。君にはそういう人物はいないのかい?」


 ……居る。

 実のところ、両親は他界してもういないのだれど、想い人は居る。

 アッシュのことを思って頭から血の気が引いていく。

 蒼白になる私の顔を見て、ルーク様は溜息混じりに言葉を続けた。


「ちょっと考えたら分かりそうなものだけど……。君、能力がある割に頭はあまり回らないね」


 さりげなくディスられたけど、何も言い返せない。

 私には全然思慮が足りなかった。

 のほほんとアッシュの元へ行き、仮に彼と結ばれていても、私には悍ましい未来が待っていたかもしれない。

 

「僕も優秀な人材が殺されるのをみすみす見逃す気はない。そういうことだから、これから家へ戻ったら引っ越し準備をするように。明日の早朝、僕の方から迎えを出す」


 ルーク様の強引な提案を拒否することはもう出来ない。

 私がわがままで拒めば、迷惑を被るのはアッシュかもしれないのだ。

 

 でも、公爵家に行くと言う事は、そのアッシュとも会えなくなってしまうということなんじゃ……。


 そんなの、耐えられないよ……。


「あの、私……想い人が居るんです。彼は……」

 

「その想い人って何をしている人なのかな?」


「下町で、鍛冶師を」


「ふむ。もしかして、君の剣を打っている人物かな? たしか、名前はアッシュ君?」


「……はい」


 なんで知ってるんだ……。

 怖すぎるよ公爵家。


「前々から君の見事な剣は軍上層部でも時たま話題になっていてね。貴族の身で平民の剣が羨ましいなんて口が裂けても言えないから、何かと(あげつら)っている輩ばかりだったけど。本心では、みんな彼の剣を欲しがっているのがバレバレだったよ」


「そうでしたか。なんというか、それを聞いたらアッシュも……」


 喜ばないか?


「ふふっ。まあいい。そういうことなら彼のことも連れてきたまえよ。その場合は、アッシュ君にも僕の膝元で仕事をしてもらう事になるけどね」


 それってつまり、公爵家お抱えの鍛冶師になるってこと!?


「ほとぼりが冷めるまでは2人とも死んだことにでもして、数年は僕の屋敷で裏方仕事をしてもうことになる。夫婦でゆっくり過ごせる計らいはするよ。私は部下を疲弊させて使い潰すだけの愚かな人間ではないつもりだからね」


 微笑むルーク様に裏があるようには見えない。

 私にとって、彼の提案は願ってもないことだ。

 だが、1つだけ問題がある。


「あの……お恥ずかしながら私、まだアッシュに告白もしていなくて……。夫婦どころか、恋人でもないんですよね……」


「え……」


 朗らかに笑っていたルーク様は、引き攣った顔で固まった。

 

「君、戦い事ではあんなに好戦的なのに、そっち方面はやけに奥手なんだね」


 ルーク様は苦笑まじりにそれだけいうと、すぐに顔を引き締める。

 

「君の気持が本物なら、さっさと想いを伝えて身を固めてしまいなさい」


「はい……」


 何がどうして私は公爵様に恋愛の後押しなどされているのだろうか。


 斯くして、私は十数年越しの大告白をすることになる。



 子供の頃から聞いていた鉄を打ち付ける甲高い音。

 工房の外から、汗を流すアッシュの姿が見える。


 炉の炎を宿したような真っ赤な目が美しい。

 声をかけず、私はその姿を眺める。

 いつものことだ。


 やがて、一定のリズムを刻み続けていた鉄を叩く音が止む。

 

「終わったぞ」


「気づいてたんだ」


「あれだけ視線を向けられていたらな」


「あはは。ごめん」


「良いよ。いつものことだ。それで、今日はどうしたんだよ? 珍しく真面目腐った顔して」


「腐った顔は酷いな」


「それはお前が変なところだけ切り取るからだろ」


 いつも通りを装って、アッシュの前に立つ。


 あ~~ダメだ。

 恥ずかしくって正面から顔なんて見られないや……。


「……どうした? 何かあったのか、エレナ?」


 どうしてもぎこちなさが出てしまう。

 私の異変に気づいたアッシュは心配そうな顔になってしまった。

 

「エレナ、何か悩みがあるんだろ?」


「へへへ、バレたか」


「昔っから何かあったときはそうやってモジモジしてた。話してみろよ」


 ポンと頭にアッシュの手が乗る。

 仕事をしたあとで、汚れていることは気にしない。

 そういうちょっと雑なところも好きだから。


「ねぇ、アッシュ。あのね――」


 そして私は積もりに積もった思いの丈をアッシュにぶつける。

 彼は呆気にとられた顔をして、段々悔しそうに表情を歪める。


「くっ……さ、先を越された……」


 なんでも、私が軍を辞めるという話を聞いて求婚するつもりだったという。

 私の生活が落ち着いたなら一緒にゆっくり過ごしたいと。

 なんとも寝耳に水な話だ。


「遅くなったけど……愛してるよエレナ。俺はずっと、お前に夢中だった」


 その後、私たちはルーク様の下で共に専属の仕事をすることになる。

 お貴族様の裏方仕事というのは、私の想像を遥かに超える大事で、危うく国の未来を背負うハメになったりならなかったりするのだが、それはまた別の話。

 どんな困難の先にも、私の傍らには、いつだって鉄を打つ音と愛する人があった――。

読了ありがとうございます。

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