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異世界転生したら処刑投票の村でした〜死に戻りを繰り返して人狼ゲームを勝ち抜く〜  作者: 妙原奇天


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第8話「囮の数え、手首の癖」

 朝が、村の輪郭を塗り直した。

 吊台の印は十八。祈りの家の扉には夜露で薄まった粉文字がまだ残り、塔の影は石畳の継ぎ目を測る定規のようにまっすぐに伸びている。俺は深く呼吸し、口の中の乾きを舌で誤魔化した。今日で終わらせる。終わらせなければ――“数”は永久に壊れる。


 老人が杖で地を二度叩いた。「本日は処刑を行わぬ。掟は命を護るためにある。われらは“導き手”をあぶり出す」


 ざわめき。掟を止める宣言に安堵する者と、余計に怯える者で輪は半分に割れた。疑いは生き物だ。片方を撫でれば、もう片方が牙を剥く。

 カイは無言で頷き、槍の石突を地に立てる。ミナは俺の袖を摘み、視線だけで合図を送ってきた――“いける?”


 いける。

 俺は頷き返し、輪の中央に出た。


「“囮の数え”をやる」

 俺は宣言した。「俺が“数える者”を名乗る。影と導き手は、必ず俺を狙う。そこで捕まえる。――手順はこうだ」


 全員の視線が集まり、喉がひとつ鳴った。

 俺はゆっくりと言葉を刻む。速すぎる合図は混乱を呼ぶ、昨夜で学んだ。


「一つ。投票はしない。数を確かめるだけ――“生者の点呼”を三回に分けてやる。はじめに俺が往復で数える。二回目はミナが逆順で数える。三回目はカイが“跳び数え”をする。三つの数えが一致したら、そこで“数”を確定する」

「二つ。鐘と鈴はすべて封印。代わりに灯りで合図を送る。合図の灯りは“消す”――火は消える音が少ない。音は影の領分だ」

「三つ。吊台と祈りの家、塔の庇、三カ所とも“白布”“灰”“鈴”を重ねる。触れれば、見える・汚れる・鳴る。どれか一つだけ止めても、残りが告げる」

「四つ。点呼の列は“凹”に配置する。俺は凹の底に立ち、左右に視線を振るだけで全員を視界に入れる。影が背後に立てないよう、背中は祈りの家の壁につける」

「五つ。『手首の癖』を見る。吊台の印、粉文字、鐘の割り板――どれも“右から左へ”“上から下へ”の一定の癖がある。刻む手首、結びの向き、粉の払う方向。数える者が狙われたとき、伸びてくる手はその癖を隠しきれない」


 最後の一点で、何人かが顔を上げた。

 癖は嘘をつかない。言葉は狡いが、手首は正直だ。


 老婆が乾いた声で言う。「……いつやる」

 俺は塔の影を見た。「影が最も長く、目が最も油断する夕刻。灯りが必要になる直前――“声”が弱くなる時刻だ」



 昼の間、準備は淡々と進んだ。

 白布は昨夜破られたものの代わりに新しいものを張り、鈴は複数の高さに吊るした。灰は薄く、しかし途切れない帯になるように撒く。祈りの家の扉は鉄の棒で内外から渡し、鍵穴には蝋と小石。

 灯りは三つ――祈りの家の前、吊台の上梁、塔の庇の端。それぞれに小さな油皿と芯。火をつけるのではない。点呼の直前、まとめて火を消す。炎の消える瞬間に影がどう動くか、白布に黒い輪郭がどんなかたちで浮かぶか――それを見る。


 刻印石はすべて回収し、紐を通して各人の首に提げさせた。もう“投げ入れ”はしない。数は、手で、目で、声で確かめる。

 カイの弟は板で足を固定され、爪先立ちを封じられている。それでも目だけは落ち着かない。鐘室と吊台の間を往復するように、見えない合図を追っている。

 エダは祈りの家の脇に座らされ、小鈴を取り上げられ、手を布で包まれていた。彼女の目は赤い。泣いたのだろう。罪悪感と、何か別のもの――祈りを奪われた喪失に似た空洞が並んでいる。


 老人は黙って縄の結び目を見ていた。指先は昨夜切った場所を庇うように少し曲がっている。

 「痛むか」と俺が聞くと、老人は微笑した。「年寄りの指は、痛まぬときがない。だが、痛みは忘れぬ。忘れぬから、同じ結びを二度はしない」


 ――それだ。

 俺は心のどこかで小さく鳴いた。

 “同じ結びを二度はしない”。

 導き手は逆だ。同じ結びを繰り返す。綱、粉袋、布の縁。検査の目をかいくぐるには、指の動きを“型”にするのが早い。型は癖になる。癖は跡に残る。



 夕刻。

 塔の影が伸び、広場の石面に文字のような裂け目を落とす。俺たちは予定通り“凹”の列をつくった。

 祈りの家の前に老人。右にカイ、左に老婆。中央の凹に俺とミナ。吊台の前にはエダと痩せた青年。鐘室の梯子の下には二人の若い男を立たせ、鈴の列の下にもう一人。

 “声”を奪う導き手にとって、今がいちばんやりづらい配置だ。


 俺は灯りに顔を向け、息を吸った。「合図だ」


 三つの炎が、ほぼ同時に消えた。

 “消える音”が、風の皺に紛れて薄くほどける。

 闇が一瞬だけ濃くなり、“影”の輪郭だけが白布に浮いた。


 ――動いた。

 吊台の上梁、白布の端が小さく震え、薄い影が布の裏で手首を返した。粉袋を握る手じゃない。細い棒――指先の延長。

 棒で布の縁をめくり、粉を払う。払う方向は右から左。上から下。円の外へ逃がさない“囲い込む”癖。

 昨夜の粉文字と同じ癖。

 鐘の割り板の歯の擦れと同じ筋。


 俺は息を止め、視線を“凹”の中へ戻した。

 この暗さ、この距離で、同じ癖を持つ手首を村人の列から探すには、目の焦点をずらすしかない。対象を正面から見ず、視界の端で動きの“速さ”と“戻り”を見る。

 速さは嘘をつく。鍛えれば誰でも速く動ける。

 戻りは嘘をつかない。癖だからだ。

 “右から左へ払った手首は、戻るときの角度がわずかに寝る”。肘を使わず手首だけで円を描く者の戻りは、いつも同じ。


 戻りの角度――見えた。

 祈りの家の前。灯りが消えた瞬間、思わず胸元の十字を切ってから、袖口を押さえ直したその手首。戻りが寝る。

 エダか? 違う。エダは両手を布で包まれている。祈りの所作は肩から回す大きな弧だ。手首はあまり使わない。

 では――。


 老人? いや、老人の指は痛みを庇っていて、戻りが遅い。

 カイ? 武人の手首は“押して戻す”。角度が立つ。

 老婆? 老婆の指は節だらけで固いが、戻りは柔らかい……柔らかい戻りは、祈りの古い所作に似ている。

 俺は一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。


 そのとき、鈴が一つだけ鳴った。

 鐘ではない、高い、軽い音。

 祈りの家の扉の“内側”からだ。


「開けるな!」俺が叫ぶより早く、扉の隙間から白い粉が筋になって溢れ、石畳に文字を置いた。

 ――「数えよ」

 挑発。

 俺は笑ってしまいそうな衝動を噛み殺し、頷いた。「数える。往復で」



 俺は凹の底で指を一本立て、右へ数えた。

 「ひとつ――ミナ」

 ミナが小さく「いる」と答える。

 俺は続ける。「ふたつ――老人」「みっつ――カイ」「よっつ――老婆」「いつつ――エダ」「むっつ――青年」「ななつ――若い男」「やっつ――若い男」「ここのつ――……」

 最後の一人の影が、白布の向こうで、戻りの角度を間違えた。

 ほんの、ひとかけらの埃ほどの差。

 けれど、癖は嘘をつかない。

 俺は視線を上げる。

 吊台の上梁の白布の端に、小さな穴。布目を針で割るとできる細い孔。そこから粉の細い筋が落ちている。

 皮膚が冷たくなる。

 “外”からの手がいじっているのではない。

 “内側”だ。

 吊台の上からではない。

 吊台の“中”に、手がいる。


 俺は凹を崩さぬように一歩だけ前に出た。「――戻るぞ」

 今度は左から右へ、逆順で数える。

 戻りの角度を、全員の手首で見る。

 老人――立つ。

 カイ――立つ。

 エダ――大きな弧。

 青年――不器用な戻り。

 老婆――柔らかい戻り。だが肩が微かに震えている。

 ミナ――緊張した硬い動き。

 ……吊台。

 白布の端。

 孔の位置が、わずかにずれた。

 “数える”に合わせて、孔が動く。

 孔を動かしている手首は、下ではなく、横。

 吊台の“柱の中”だ。


 吊台の柱は中空で、内部に古い祈り札が詰めてある――そう、ミナと一緒に掃除したとき、上から埃が降ってきた日があった。あれは札が崩れたせいだと思っていた。

 だが、もし。

 もし、内部に“腕一本”が通るだけの狭い空洞が、上梁まで伸びていたなら。

 もし、そこに粉袋と細い棒を通して、白布の縁を“内側から”押せるなら。


「――カイ!」

 俺は叫んだ。「柱の背、板を外せ!」


 槍の鉄が釘を跳ね、板が剥がれる音がした。

 中から、粉が盛大に噴き出した。

 そして一本の手首。

 細い、しかし骨張った手首。

 戻りの角度が、寝る。


 俺はその手首を掴み、引きずり出した。

 粉だらけになった顔が、白布の向こうから現れる。

 ――老婆、だった。

 皺の深い口元がわずかに笑う。「見つかったねえ」



 輪がどよめいた。「老婆が……?」「嘘だ」

 老婆は俺の手を払わず、骨の薄い肩で呼吸を整える。「祈りはね、歌と同じだよ。器に息を入れて、音を出す。器を変えれば、音は変わる。……鐘という器は、あたしには重すぎた。だから、器を分解した。綱、割り板、鈴、白布、吊台。器を細かくして、息を入れ替える」


 ミナが唇を震わせる。「どうして……」

「昔話さ」老婆は目を細めた。「この村は、ずっと“鐘”で数えてきた。雨の日も、飢えの日も、死んだ子の数も。鐘が一つ余分に鳴ると、皆の心が“ひとつ多い”に慣れていった。……それは誰の声だったのか、もう誰も覚えちゃいない。けどね、あたしは忘れない。鐘の下で泣く女の声は、いつも“ひとつ少なかった”。数は、人を裏切るのさ」


「だから数を壊した?」俺は問う。

「数は、もう壊れていた」老婆は静かに言った。「あたしは“見せた”だけ。見えない影のぶん、数がずれていることを。人は、影を数えて楽になりたがる。影を数えれば、死者が戻ってきたような気がするからね」


 言い分は、どこかで理に見える。

 だが、理は血に勝たない。

 木こり、火傷の女、ドルン――“影”の遊びのせいで死んだ命がそこにある。

 俺は首を振った。「それでも――」


 言い終える前に、鈴が一斉に鳴った。

 塔の庇、吊台の上梁、祈りの家。

 仕掛けは止めたはずだ。

 鳴ったのは、俺たちの首から下がる“刻印石”がぶつかった音だった。

 誰かが、列を乱した。


 カイが槍を構え、老人が杖を上げる。

 老婆の視線が、ふっと祈りの家の扉に滑った。

 扉の内の闇から、別の影が立った。

 布で顔を覆い、手首に細い真鍮の輪。

 戻りの角度――立つ。

 “祈りの所作”ではない、武の所作。

 鈍い刃で、結び目を斜めに落とす手つき。


 導き手は、ひとりじゃなかった。

 老婆は“器”を分解し、もう一人が“刃”で結び目を作り直していた。

 その刃の癖は――俺は昨夜、老人の指を裂いた真鍮片を思い出す。切っ先は短い。手首は固い。返しは立つ。

 カイの弟ではない。

 カイ自身でもない。

 では――。


 影が踏み出した。

 エダが、祈りの家の前で短く悲鳴を上げ、粉袋を落とす。

 影はその粉を払い、こちらへ薄い煙幕を投げた。

 俺は目を細め、煙の向こうの“戻り”だけを見た。

 立つ。

 角度は、武人のもの。

 けれど、槍ではなく、刃物を握るときの角度。

 村でその角度を持つ者は――ひとり。


「――カイ!」

 俺は叫んだ。

 カイの手首が、微かに震えた。

 彼は影をにらみつけ、槍を構え直す。「俺ではない」

「分かってる!」俺は頭を振る。「“同じ角度の手首”は、もうひとつある。あなたの家の――鐘守の手」

 カイの弟が縛られたまま、喉から短い音を漏らした。

 影は笑い、布の下で顎が動いた。その声は掠れていたが、“声”だった。

「数える手は、二本あれば足りる。押す手と、戻す手」

 その声に、カイの背筋が強張る。

「父の癖を、覚えているか、兄さん」


 塔の鐘が、風もないのに、かすかに鳴った。

 “器”が呼吸したのだ。

 老婆が目を閉じ、祈りでも呪いでもない囁きを漏らした。「始まってしまったねえ」


 俺は槍の柄を握るカイの手首を見た。

 立つ。

 影の戻りも、立つ。

 同じ“家”の手首。

 血筋の角度。


「――終わらせる」

 俺はミナの手を握り、老人にうなずいた。「数は俺たちが持つ。声は、俺たちが選ぶ」

 吊台の印――十八――を睨み、俺は深く息を吸う。

 囮の数えは、次の瞬間が本番だ。

 影の声と、導き手の刃。

 手首の角度と、戻りの癖。

 全部、目で掴む。指で捕まえる。声で断つ。


 ミナが震えながら囁く。「怖い?」

「怖い」

 素直に言うと、彼女は笑った。涙の跡が光った。

「じゃあ、数えよう。――ひとつ」

「――ふたつ」

 俺たちは声を重ねた。

 広場の空気がぴんと張る。

 影が揺れ、刃が光り、鈴が静まり、鐘が黙る。

 “数える者”の声が、村の真ん中で小さく、しかし確かに、前へ進んだ。


 そして――次に倒れるのが誰であっても、“数”はもう、影に渡さない。



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