第3話「信じる声、崩れる夜」
鐘が三度、村を震わせた。
俺は立っていた。二度の死を経て、三度目の朝を迎えた俺は、もはや「ただのよそ者」ではない。ループの記憶を背負い、歯車の狂いを読み取る存在だ。
人々の視線が俺に集まる。昨日の昨日と同じ顔ぶれ。だが、ほんの少しだけ空気が違う。塔から見つかった部品。吊台に刻まれた印。ミナの揺るぎない瞳。
「俺はリク。もう三度目だ」
名乗りと同時に、声を張る。「狼は、この村に潜んでいる。昨日も、一昨日も、俺を吊っても終わらなかった。それが何よりの証拠だ」
ざわ、と人の輪が揺れる。
レナが口元を歪めた。「まだ続けるの? 繰り返してるなんて、誰が信じるのかしら」
「私が信じる!」
ミナが声を張り上げた。小さな体からは想像もつかない力強さ。
その言葉が広場の空気を裂いた。
カイの槍先が俺に向くのは変わらない。だが、その眼差しは、昨日までよりわずかに長く俺を観察している。
◆
投票の前、俺は深呼吸をした。
レナは油断している。踵の泥、鐘の部品――彼女の周囲には不審の影が落ちている。
けれど、この村に潜む狼が一匹とは限らない。むしろ二匹以上。あの夜の惨劇が、その証明だ。
木こりの死体。胸を噛み砕かれたあの光景を、俺は忘れない。
吊った俺が狼じゃなかったなら、他に本物がいる。
◆
投票が始まった。
ドルンが最初に震え声で俺を指差す。「昨日も一昨日も、同じことを言ってた! やっぱり怪しい!」
レナが笑う。「そうよ、言葉だけならいくらでも繕える」
エダが十字を切る。「狼かどうかは神がご存知だ。だが掟に従う」
同じ流れ――いや、わずかに違う。
ミナが一歩前に出た。「私はレナに入れる。理由は昨日と同じ。泥の跡。それに、鐘の部品が隠されていた場所を最初から知っていたように見える」
広場がざわめく。
レナの口元が固まった。「子どもが、何を――」
「子どもだからこそ分かることもある!」
ミナは叫んだ。「リクが嘘をついていないって、目を見れば分かる!」
その一言に、俺の胸が熱くなる。
仲間――初めて、俺に票を重ねる者が現れた。
◆
だが現実は甘くなかった。
カイはやはり俺を指す。「証拠がない。繰り返していると言うが、証明できん」
火傷の女はレナに票を入れる。木こりはいない。昨日の夜、狼に殺されたから。
痩せた青年は俺。寡黙な老婆も俺。
結果は拮抗した。
俺とレナ。票は五対五。
静寂が広場を覆った。
老人が目を細め、杖を鳴らす。「同数……掟は決して無効を許さぬ。もう一度だ。話せ。互いに、理由を」
心臓が高鳴る。
俺は息を吸った。「俺を吊っても終わらなかった。それが真実だ。狼はまだここにいる。証拠は夜の犠牲者が示した!」
「違う!」レナが割って入る。「奴は怪しいことばかり! 名前を思い出せなかった、記憶が曖昧、挙げ句には“死んで戻る”だなんて――」
ドルンが呻いた。「でも……昨日、塔から部品が見つかったのは事実だ」
エダが震える。「神は……沈黙している」
人々の視線が揺れる。天秤の皿が、左右に傾き続ける。
◆
夜が来た。
再投票は結局、俺を選んだ。理由は単純だ。掟に従うなら、よそ者を先に処刑する。それが最も「安全」だから。
また縄。
また死。
また暗闇。
……そして、目を開けば石畳の広場。鐘の音。
◆
四度目の朝。
俺は悟った。繰り返すだけでは駄目だ。証拠を積み上げ、流れを変えなければならない。
だがそのとき、耳に声が届いた。
「リク」
振り返ると、ミナがいた。小さな唇が震えている。「……聞こえる? 夢で、あなたの声を聞いた気がする」
背筋に衝撃が走った。
ミナ――彼女の心にも、ループの残滓が残っているのか?
なら、まだ諦める理由はない。
俺は必ず、この村の歯車を正す。
狼を暴き、犠牲を止めるまで。




