第2話「二度目の朝、ずれる歯車」
鐘の音が、胸の奥を震わせる。
俺は石畳の上に座り込み、しばらく呼吸を整えていた。喉には縄の痕がない。けれど皮膚の下で血がざわめいている。あの苦しみは、確かに味わった。処刑台での死は幻じゃなかった。
死んで、戻った。
それが事実だ。
――なら、どうする?
戸が軋み、また人々が現れる。老人、カイ、ミナ、ドルン、レナ……すべてが「前と同じ」。けれど、俺は違う。知っている。誰が何を言うか、どんな順番で票が投じられるか。
それは、武器になり得る。
「初めての顔がいるな」
老人の声。デジャヴ。
俺は迷わず名を告げた。「リクだ」
周囲の視線が揺れた。昨日――いや、最初の世界では名を思い出せず吊られた。今回は違う。小さなずれを生む。
ミナが、ほんの少し、肩を落としたように見えた。安心の色。
「どこから来た」
「分からない。気がついたらここにいた」
説明は前と同じだが、俺は声を張った。「けど、昨日のことを覚えている。俺は一度吊られた。君たちに処刑されて、首を折って死んだ。だが今、こうして戻ってきた」
ざわ、とざわめき。レナが口角を歪める。「狂言ね。必死だわ」
カイは表情を動かさず、槍を地に突く。「投票で確かめる」
老人は頷いた。「狂気の言だが、覚えておこう」
◆
投票が始まる。
俺は心を鎮め、一人ひとりを観察した。
――ドルンは恐怖に震え、俺を名指しする。
――レナは笑みを貼り付け、やはり俺を指す。
――老女エダも、信仰を理由に俺を選ぶ。
変わらない。だが、ミナは――
「わたしは……やっぱり、レナ」
昨日と同じ。けれど、声が少し強い。
その瞬間、俺は気づいた。
“選択が同じでも、重みが変わる”。昨日より勇気がある。つまり、俺が「戻ってきた」と言った影響だ。
カイが言う。「俺はリクだ。よそ者」
火傷の女はレナ。木こりは俺。痩せた青年は俺。寡黙な老婆は俺。
多数はやはり俺。
縄が近づく。心臓が強く跳ねる。
だが――
「待て」俺は叫んだ。「塔だ!」
カイの動きが止まる。
「昨日――いや、前の時。鐘の庇に部品が隠されていた。真鍮の輪と歯車だ。今もあるはずだ!」
ミナが顔を上げる。「……確かめたい」
老人が低く唸る。「……カイ」
カイは短く頷き、塔へ向かう。
やがて戻ってきた手には、光る部品。
レナが目を細めた。「だから何? 部品が落ちていただけで」
「いや、これは仕掛けだ」俺は必死に言う。「鐘を狂わせ、投票の時間を操る。狼にとって都合がいい」
広場の空気が変わった。
レナの笑みが、わずかに引きつる。
◆
結局、その日も俺は吊られた。
多数は覆らない。
だが、ミナは最後まで俺を見ていた。
縄が締まる瞬間、彼女が叫んだ言葉を俺は忘れない。
「次も戻れるなら――必ず助ける!」
暗転。
落下。
再び、石の匂い。鐘の音。
三度目の朝が始まる。
◆
俺はすぐに立ち上がった。
昨日の昨日と同じ広場。同じ人々。
でも、今度は違う。
「聞け!」俺は輪に加わる前に叫んだ。「俺はリク。ここに三度目だ! 狼は、この村の中にいる!」
老人が眉をひそめ、周囲が凍りつく。
そのとき、俺の視線は自然とレナに向いていた。
踵の泥。鐘の部品。吊台の印。
小さな“歯車”が、少しずつ、揃っていく。
俺は確信する。
――この村には、複数の狼がいる。
そして、ループを繰り返すごとに、その正体に近づける。
◆
夜。俺は初めて「処刑後」を見ることになった。
死ぬ前には分からなかった、村の真の恐怖。
広場の外れ、獣の唸りが闇を裂いた。戸を閉めても震えは止まらない。狼が動いている。
叫び声。軋む木戸。悲鳴と、肉を裂く音。
――翌朝、木こりの死体が発見された。胸を噛み裂かれ、血が石畳に広がっていた。
人々は蒼白になり、互いを睨み合う。
「やはり、狼はいる」老人が言う。
「昨夜吊ったのは狼ではなかった」カイが低く答える。
俺は震える手を握りしめた。そうだ、まだだ。狼は他にいる。
そして、この村には――必ず二匹以上。
◆
三度目の朝、投票の空気は変わっていた。
レナは相変わらず余裕の笑みを浮かべていたが、踵の泥と鐘の部品の件が人々の記憶に残っている。
ミナは俺の方をまっすぐ見た。「リク、あなたは嘘をついていない。私はそう信じる」
その言葉が、俺に力を与えた。
ループを繰り返し、犠牲を積み重ねても、確実に未来は変わる。
狼を暴くまで、俺は死に戻る。何度でも。




