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異世界転生したら処刑投票の村でした〜死に戻りを繰り返して人狼ゲームを勝ち抜く〜  作者: しげみち みり


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第14話「声を奪う者、声を返す者」

 夜は長かった。

 広場を囲んだ声の輪は崩れ、家々に灯が戻っていった。

 だが俺は眠らず、吊台の前に残った。

 耳の奥でまだ、あの声が囁いている。

 ――「ひとつ多い」。

 昨日切ったはずの紐の残響のように、拍の裏に潜み続けていた。


 ミナが毛布を抱えてきた。

「リク、少しは休んで」

「眠れないんだ」

「囁き?」

「ああ。切ったはずなのに、まだ残ってる」

 彼女はしばらく黙って俺の顔を見て、やがて小さく笑った。

「じゃあ、眠れないなら、一緒に数えよう。声で。朝まで」


 二人で指を折り、声を重ねた。

 「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」――。

 囁きが入り込む余白を、合声で塞ぎ続けた。

 夜明け前、目の奥が焼けるように痛んでも、声は絶やさなかった。



 朝。

 子どもたちの数え声が、広場に溢れた。

 弟はまだ声を持たないまま、口の形と手拍で参加している。

 だが、ときおり――輪の外から「よっつ」「いつつ」と声が響く。

 弟の声に似ている。けれど、どこか澄みすぎていた。

 それは“本人の声”というより、“声の皮”だった。


「奪ってる……」

 俺は低く呟いた。

 囁きは、声を奪い、皮のように被せて返す。

 弟だけではない。村の子の一人が咳き込み、次の瞬間、輪の外からその子の声が「むっつ」と返ってきた。

 母親が抱き寄せると、子の喉は震えていない。

 声は、すでに影の側にあった。



 混乱が走る。

 老婆は柱に凭れ、笑いながら言った。

「ほら見な。器を壊したって無駄さ。影は器じゃなく、人の声を食う。奪った声を返すかどうかは気まぐれよ」

 ヨルグは顔をしかめた。「違う。返すのは理由がある。……囁きは数えの拍を欲しがってる。奪った声を“ひとつ多く”するために返してるんだ」


 老人は杖を鳴らした。

「ならば、声の数えを守るしかない。声を奪われたら、合声で奪い返す」

 彼は輪を組み直させた。

 子どもと大人、老人と若者を対にして声を重ねる。

 二人で同じ拍を言えば、囁きは入る余白を失う。



 試みは続いた。

 「ひとつ」――合声。

 「ふたつ」――合声。

 囁きが割り込もうとするが、重なった声に弾かれる。

 だが、三巡目の「よっつ」で、突然、老婆の声が抜けた。

 口は動いているのに、音が出ない。

 次の瞬間、輪の外から「よっつ」と響いた。老婆の声だ。

 奪われた。


 広場がざわつく。

 老婆はうろたえたように喉を押さえたが、すぐに薄く笑った。

「ほらね。あたしの声も食われたよ」

 その笑みは、悔しさか、諦めか、あるいは安堵か分からなかった。


 ヨルグが叫んだ。「取り返せ! 合声で押し出せ!」

 俺とミナ、カイと弟、村人全員が声を重ね、「いつつ」と唱える。

 広場に厚みのある拍が満ちた。

 外の「よっつ」が揺れ、かすれ、やがて掻き消えた。

 老婆の喉から、遅れて声が漏れた。

「よっつ……」

 かすれていたが、確かに戻った。



 奪われた声は、返せる。

 だが、それには全員の声を重ねる必要がある。

 合声を乱さず、余白を埋め続けなければならない。

 影は余白を狙い続ける。

 ひとつ油断すれば、また誰かの声が抜ける。


 その日から、村の数えは試練になった。

 輪は日に三度組まれ、全員で声を重ねる。

 子どもも、大人も、老婆も、ヨルグも。

 誰も抜けられない。

 抜ければ、その隙に囁きが入る。


 夜、俺は胸に手を当てた。

 拍は整っている。だが耳の奥で、まだあの声が囁いている。

 ――「ひとつ多い」。

 それは、俺自身の声に似ていた。



 眠りの境目で、夢を見た。

 吊台の前。

 影が並び、俺と同じ顔で数えている。

 「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」……。

 俺の声で、俺よりも正確に。

 そして最後に、影は笑って言った。

 ――「ひとつ多い」。


 目が覚めると、喉が乾いていた。

 声を出そうとした。

 だが一瞬、音が出なかった。

 ――奪われた?

 慌てて「ひとつ」と叫ぶと、音は戻った。

 だがその声は、どこか自分のものではないように響いた。



 朝。

 広場に集まった村人の前で、老人が告げた。

「囁きは器ではなく、声を奪い、返す。……声そのものが次の戦場だ」

 彼は杖を掲げ、俺に目を向けた。

「リク。おまえが切った紐の先は、まだ残っている。おまえ自身の声に囁きが寄っている」

 皆の視線が俺に集まった。

 喉の奥が震える。

 本当に、俺の声は俺のものか?

 返す声と奪う声、その境目はどこにある?


 ミナがそっと言った。

「リク。……合声で守ろう。あなたの声も」


 俺は頷いた。

 だが、心の奥底で囁きが笑った。

 ――「守っても、ひとつ多い」。

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