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異世界転生したら処刑投票の村でした〜死に戻りを繰り返して人狼ゲームを勝ち抜く〜  作者: しげみち みり


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第13話「弟の声、影の声」

 夜の広場に、確かに響いた。

 ――「ひとつ」。

 声は澄んでいて、若く、どこか懐かしい響きを持っていた。

 村の誰もが耳を疑い、息を呑んだ。

 なぜならそれは、声を持たぬはずの者の声だったからだ。


 カイの弟。

 物心ついたときから声を発したことのない少年。

 その彼が、輪の外から拍を刻んだのだ。


「兄さん……?」

 カイの喉が乾いた音を立てた。槍の石突が石畳を擦る。

 輪の中の誰もが、息を止めて弟を見つめた。

 だが弟は、声を発した本人のように驚きもせず、ただ手拍を続けている。口は動かない。目は広場を見ていない。

 ――なのに、声はした。



 老婆が口を開いた。

 「囁きだよ。声のない子の余白に、囁きが棲みついた」

 彼女の声は掠れていたが、確信があった。

 ヨルグが低く否定する。「違う。あれは弟自身の声だ。……父さんもそうだった。鐘の下に育った者は、声が遅れて出ることがある。影に奪われたんじゃない。戻ってきただけだ」


 議論は瞬く間に二つに割れた。

 老婆は「囁きが口を借りている」と言い、ヨルグは「遅れて出た本物の声だ」と主張する。

 どちらも一理ある。

 だが、真実はどちらかひとつではないのかもしれなかった。


 俺は輪の中央に出て、弟の前に膝をついた。

「……もう一度。言えるか?」

 弟は何も答えない。ただ手拍を二度、打つ。

 それは「危険なし」の合図だった。

 その直後、声が――。

 「ふたつ」

 はっきりと返った。



 ミナが俺の肩を掴む。「リク、危ない。あれは囁きだよ」

「分かってる。でも――確かめたい」

 俺は弟の目を覗き込んだ。瞳は深い闇を宿していた。光を映していない。まるで声を発しているのが本人ではないと告げるように。

 だが同時に、口元は震えていた。声なき言葉を形にしようとするように。


「……弟、おまえは囁きか?」

 問いは愚かだった。返事をするなら囁きだし、返事をしなくても囁きだ。

 けれど俺は問わずにいられなかった。

 返ってきた声は――。

 「みっつ」



 広場がざわめいた。

 子どもたちは泣き、大人たちは後ずさり、老婆は笑い、ヨルグは顔を覆った。

 老人だけが杖を鳴らして沈黙を求めた。

「静まれ。……これは裁きの時と同じだ。恐れるな。声を見極める」


 老人は弟に近づき、杖の先をそっと肩に置いた。

「声は誰のものでもよい。だが、声を奪うものは許さぬ。……囁きなら追い出す。本人なら守る」


 その言葉に、俺は頷いた。

 「方法は?」

 「合声だ」老人は言った。「輪の声で彼を包む。囁きは合わない。本人の声なら、合える」



 輪が組み直された。

 弟を中央に置き、俺とカイとミナと老人が囲む。さらにその外に村人全員。

 声の壁を幾重にも作り、囁きを閉じ込める。

 老人が目を閉じ、ゆっくりと告げた。

「始めよ」


 「ひとつ」

 俺とミナが重ねる。

 「ふたつ」

 カイと弟。

 ――だが、弟の口は動かない。

 声だけが、確かに響いた。

 村人たちが「みっつ」と続ける。

 「よっつ」

 俺とミナ。

 「いつつ」

 カイと……弟。

 その瞬間。


 弟の口が、わずかに開いた。

 声は遅れて、かすかに漏れた。

 掠れて、震えて、言葉にならない。

 だが、確かに――本人の声だった。



 広場が静まり返る。

 老婆は顔を歪め、「囁きが真似をしただけさ」と吐き捨てた。

 ヨルグは涙を流し、「違う、あれは弟の声だ」と叫んだ。

 老人は杖を鳴らした。「どちらでもいい。――本人の声が出た。それが真実だ」


 だが、俺は知っていた。

 囁きは消えていない。

 合声で押し出された一瞬の隙に、弟の声が戻っただけだ。

 次に余白ができれば、また囁きが入り込む。


 ミナが俺の手を握った。「リク……もう、止めよう」

 俺は頷いた。だが胸の奥で思う。

 ――まだ決着はついていない。

 囁きは声を奪い、声を返し、影を残す。

 弟の声が戻ったのなら、次は俺自身の番だ。

 俺の拍の余白に、囁きは必ず狙いをつける。


 その夜、俺は眠らなかった。

 耳の奥で、また囁きがしたからだ。

 ――「ひとつ多い」。

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