表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラウンジと元カノとキラキラと

作者: り坂

エッセイ

地元が嫌いだった。

正確に言えば、「抜け出したい」と思わせる町だった。


広大な工業地帯が町の片側を支配していた。

夜になっても赤い煙が空を染め、川はどす黒く淀んでいた。

近所の芦田川が「日本一汚い川」と報道されたとき、

なぜかみんな笑いながらその話をしていた。


誇りなのか、あきらめなのか。

よくわからなかった。


この町は、工場が先にあって、人が集まり、必要なものが配置されていった。

団地ができ、学校ができ、スーパーができ、そして最後に、夜の街ができた。

働く男たちの疲れを癒やすための、人工的なネオン。


自然発生した街ではなく、「消費」のためだけに組み立てられた街。

金でさえも、この町から出ていかない気がしていた。

稼いでは回り、使っては消える。


だから、俺は出た。

逃げるようにして、大学のある街へ引っ越した。

あの空気にずっと浸かっていたら、息ができなくなると思ったから。


風が違った。比喩ではなく、工場地帯とその他では風が違うのだ。


自分は抜け出したのだと実感した。

それだけで、自分が「何かを成し遂げた気」になっていた。


でも、彼女は残ってた。


彼女は、学年のアイドルだった。

本当に、キラキラしてた。

本当に、俺にはもったいない子だった。

彼女が笑うたびに嬉しくて、楽しくて、本当に世界が少しだけ明るくなるように思えた。


そんな彼女と、同じ部活だったというだけで、

冬という季節のおかげで、付き合うことが出来た。


寒い放課後、白い息を吐きながら、

「こんな町、いつか出ようね」って言った。

大学の文化祭の動画を一緒に見て、オープンキャンパスにも行って。

あのキラキラに、僕たちは憧れていた。


あれは、夢だったのだろうか?


ある日、地元に戻ったとき、友人が言った。

「あの子、今ラウンジで働いてるらしいよ」


焼酎とカラオケと、赤紫のネオン。

パチンコ屋の裏通り、工場帰りの男たちが吸い込まれていくあの夜の街。

君が、その灯りの中にいることを、俺は想像したくなかった。


でも、想像してしまった。

誰だってするだろう。

そして――

ざまあみろ、と思ってしまった。


どうせ君は、僕より早く街を出る思ってた。


どっかのキラキラしたイケメンと幸せな家庭を築くんだろうと思ってた。


俺なんかとは釣り合わないと思ってたから。


だから、勝手に「堕ちた」ことにして、心を守った。


あんなにチヤホヤされてて、

キラキラした未来に進むと思ってたのに、

結局そんなもんかよ、って。


勝手に理想化して、勝手にがっかりしてる。

でも、それでも、あの子がそんな場所にいるってことが、

なんだかすごくショックだった。

情けないと思った。

しょうもない、と思った。


結局その程度だったのか、と。

本当に、君は幸せなのか?


僕らが一緒に憧れてたキラキラは、

あの安っぽい蛍光ネオンの街だったのか?

汚れたカーペットの上でヒールを鳴らしながら、

焼酎のボトルを何本も開けることだったのか?


それが悪いとか、ダメだとか、

そういう話でもない。


でも、君はそこにいるべき人だった?

お前の場所は、そこでいいのか?


きっと、彼女なりに、そこを生きているんだろう。


何も知らないくせに外からごちゃごちゃ言うのは、ダサい。


けど、あのとき一緒に憧れたあのキラキラのこと、

まだ俺は少しだけ覚えてる。


結局こんなことを言っても、何も変わらない。


ただただ、キラキラしてたあの子を、

いまだに忘れられずにいる自分が、

一番しょうもないってことは、よくわかってる。


何も変わらない。

何も変えられない。


でもあの冬、

あのキラキラに憧れたこと、

彼女がマフラーの中から微笑んでくれた顔だけは、

今でもはっきりと覚えてるから。

エッセイ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
地方都市の抱える問題とそこに生きる人々の複雑な心情が克明に描かれていて深く心に響きました。主人公の地元に対する嫌悪感とそこから抜け出せたという達成感が幼馴染の堕落という形で崩れ去る様は読んでいて胸が締…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ