表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編2

ヒロインは切っ掛けに過ぎませんでした

作者: 猫宮蒼



 年頃の貴族たちが通う学園に、元は平民だったけれど貴族の家に引き取られ貴族の仲間入りを果たした美しい少女がやってきた。

 慣れない環境に戸惑いながらも、それでも彼女は持ち前の明るさ・前向きさでもって日々を送っていた。

 そうしてそこで知り合った王子様と、ぐんぐん距離を縮めていく。


 王子様の婚約者である意地悪な令嬢の嫌がらせにも負けず、忍耐と努力でそれらを乗り越え――そうして最後は悪役は舞台を降りてヒロインは王子様と結ばれハッピーエンド。



 そういう、市井に散々出回りに出回った娯楽小説のような展開が、今まさにこの学園でも起きようとしていた……のだけれど。

 まぁ実際にそんな事は起きなかった。当然だ。

 現実と創作はたとえどれだけ似た状況であったとしても違う。


 私、メルティーナ・ロイジュナールはそんな状況を他人事のように見ている単なる傍観者である。


 いや、一応ギリギリ物語の端役にはなっていたかもしれない。

 その場合は私も悪役側になっていたのだろう。


 既に終わった話なのでざっくり申し上げるのならば。


 確かに王子様はちょっと周囲にいないタイプの少女にくらっときていたのだと思う。

 新鮮さ、物珍しさ。そういうのがあったのは確かなはず。


 けれどそこに、愛があったかはわからない。

 恋は育ちかけていたかもしれない。でも、育ち切る事はなかった。



 確かに王子の婚約者は少女に対していい感情を持たなかった。

 でもそれは、自分の婚約者に近づく泥棒猫というよりは、貴族としての礼儀やマナーが不足している状態の……まぁ要するに、きちんとできていない相手への不快感だ。

 これが最初から最後まで平民だったなら、不快感を持っても内心で上手く隠したかもしれない。平民だもの、これが精一杯ですわね――そんな風に言い聞かせて。


 けれども身分は低くとも同じ貴族という舞台に上がってきた少女に対して、平民だからという言葉は通用しなくなった。元平民だろうとも、今は貴族になったのだから。平民のままなら大目に見られた部分も、しかし貴族となった以上採点は厳しくもなる。


 それでも王子様が彼女――マリー・ベルバーズに優しかったのは……やっぱり物珍しさかもしれない。

 同性の目から見てあれはないわ、と思うものでも異性からすると可愛らしく映っていたようなので。


 けれども結果としてそれは、マリーの破滅を促す形となってしまった。


 王子様は疚しい事をしているつもりは一切なかったのだと思う。

 本心はわからない。恋が芽生えかけていたかもしれないけれど、でも表面上は困っている相手に親切にしているだけにしか見えなかったし。

 婚約者であるイライザ・ゼルメシュナム侯爵令嬢も、最初から嫉妬全開という感じではなかった。

 一応婚約者がいるのだから、異性との付き合い方は弁えて下さいね、という言い分が通る程度の態度と言葉だったし。


 それでもやっぱり、本来なら関わる事がなかった王子様とお近づきになって、親切にしてもらった事できっとマリーは勘違いをしてしまったのだと思う。


 元平民の男爵令嬢。


 そんな彼女がいずれ国を背負って立つ王子様に親切に、優しくされているのだ。


 何かしらの切っ掛けがあれば、自分だってチャンスはあるかもしれない。

 そういう夢を見る者が、いなかったわけではないと思う。


 実際に、娯楽小説の中に出てきたフレーズの、真実の愛、なんて言葉もちらほら耳に入るようになっていたのだから。

 まだ二人が恋をしているかどうかもわからないのに。マリーはもしかしたら、恋に落ちていたかもしれない。

 そうして自分を物語のヒロインみたいに当てはめていたかもしれない。


 でも、娯楽小説の中のヒロインと結ばれるヒーローと王子様が同じかと言われると、正直まだちょっと微妙だったのだ。だから、イライザ様もさらっと釘をさすだけに留めていたのだと思う。

 だって恋が芽生えていたかもしれなくても、まだ悪役令嬢が嫉妬に狂ってヒロインを虐め倒す程二人の仲が進展していたわけでもなかったし。


 それでも周囲で、そんな二人を陰ながら応援する者がいたのは確かだ。


 主に身分の低い――男爵令嬢や子爵令嬢の一部がそうだった。


 流石に伯爵家やそれ以上の身分の令嬢にはそんなのはいなかったけど。

 でも、一部の男爵令嬢や子爵令嬢たちは密かにマリーと王子の恋を応援していたように思える。というか実際していたんじゃないかしら。


 もしマリーと王子様の恋が成功すれば、それってつまり自分たちの恋ももしかしたら上手くいく可能性があるって希望が持てるかもしれないものね。本来なら釣り合うはずのない身分の憧れの君と、もしかしたらマリーみたいに何かの切っ掛けがあってそれを上手く掴み取れたなら……!

 そんな風に思ったのではないかしら。


 結果として、マリーの家、ベルバーズ男爵家には高位身分の家から結構な量のお手紙が届く事になってしまったようだけど。


 マリーが先導して彼女たちを味方につけたわけではない。

 けれど学園での彼女の態度がそうさせてしまった事は確かで。


 そして、マリーの家に苦情や注意といった手紙が届けられたのと同じくして、マリーの味方をしていた男爵令嬢や子爵令嬢たちの家にも手紙は届けられた。


 王子様とイライザ様の婚約は国王陛下が決めた、所謂王命。政略結婚だろうとなんだろうと、二人の仲は冷え切ってたわけでもないし、どちらかに致命的な落ち度があったわけでもない。

 そんな二人の間に割り込んで引き裂こうとしている、と見られるような事をしたのだからマリーに注意がいくのは当然であるとして。


 そんなマリーの味方をしていた令嬢たちにも注意がいくのは当然だった。だってそれが上手くいくのなら、他の家の婚約にも割り込める証左になってしまうもの。

 自分が気にしている殿方と、その殿方の婚約者との仲を上手くぶち壊す事ができれば自分にもチャンスがあるかもしれない、なんて思うような事になるかもしれないわけで。


 勿論、令嬢たちはそんなつもりはなかった、と言うだろう。

 でも、マリーと王子様の恋を応援しようとしてる時点で、そんなつもりはなかったって言われても信用できないのよね。


 そういうわけで学園では別にヒロインに当てはまりそうなマリーだけが孤立したわけではない。

 彼女の味方をしていた令嬢たちも自然と高位身分の令嬢たちから距離を取られた。


 派閥が異なって関わりがなかったならまだしも、同じ派閥に属している挙句、寄親になってる家の令嬢から距離を取られた時点で危機感が働けばよかったのに、残念ながらそうならなかった。


 きっと彼女たちは自分たちは観客のつもりで、自分たちが舞台に上がっていたなんて気付いていなかったのでしょうね。


 まぁ、実際家に届けられたお手紙から親に呼び出されてきつ~いお叱りの言葉を受けたところでようやく現実を知ったってところかしら。


 敵対派閥の家から手紙が来るなら、親も場合によってはいけすかない相手の家の足を引っ張る事ができた、なんて言えたかもしれないけど、自分の寄親になってる家から苦情が届けば流石にそんな事を言えるはずもない。むしろお前は一体何をしているんだと怒るのも当然だろう。


 派閥関わらず高位身分の令嬢たちに距離を取られた事で、ようやく真実の愛って素敵ね、なんて観客気分でいた令嬢たちは自分がどれだけ危うい立ち位置になってしまったかを知った。

 家格が上の令嬢だけではない。大体同じくらいの身分であっても、真実の愛がどうこう言わなかったマトモな令嬢たちからも距離をとられたのだ。それがどれだけ不味い状況かもわからないままなら、そもそも貴族に向いていない。


 だって仮にそんな気持ちのまま、貴族の家に嫁いだとして。

 周囲はとっくに彼女の事をマトモだと思っていないのだから、そうなれば社交は壊滅的。

 茶会だろうと夜会だろうと何らかの会を開催したところで、招待に応じてくれるのは自分と同じ相手で、他のマトモな家からはそっぽを向かれるのだ。勿論そんな相手にこちらが開催するパーティーの招待状など送るはずもないので、そうなれば人脈は築くどころか先細る一方。


 夫だってそんな妻を持てば、周囲から色々と言われる。よく彼女を妻にしようと思いましたね、そう言われるだけで済めばいいが、そんなものでは済むはずがない。

 相手が政敵なら間違いなくその部分を突っ込んでくるし、たとえ同じ派閥であったとしても自分が上をいきたいと思う相手ならそこをネタに足を引っ張ってくるだろう。

 突ける部分を曝け出したも同然な相手が上の立場にいるようなら、間違いなく同じ派閥であっても引きずり下ろす。じゃないと敵対派閥が遠慮も何もなく攻撃してくるのが目に見えているので。


 それなら仲間内で対処して下に落ちてくれた方がまだマシ。


 敵から攻撃されたらこちらも巻き添えを食らうかもしれないけど、仲間内だけでの事なら周囲に飛び火させるまではいかないから。要は手加減ができるかどうかの差でしかないのだけれど。



 真実の愛って素敵ね、なんて言ってた夢見がち令嬢たちは、結果として自分たちの婚約も危ういと知って大層顔を真っ青にしていたそうだけど。

 まぁそうよね、だって、その婚約も解消とか破棄とかされてしまったもの。

 貴族の結婚なんて別に愛が重要ってわけでもないし、家を盛り立て繁栄させていくのが義務みたいなものなのに、逆に衰退させるかもしれない相手を迎え入れるはずがないもの。

 人脈なんて築こうと思っても簡単に築けるものではないのに、下手な相手を妻にした結果その人脈が早々に途絶えるかもしれない、となれば。

 百害あって一利なし、みたいな事になるのよね。たとえ相手がどれだけ美しい女性であろうとも、疫病神を妻にはしたくない。


 まぁ、美しいならそれはそれで、愛人とかそういう方面での需要はあるかもしれないけど。

 妻にするのが問題であっても愛人なら別に、っていう関係はそれこそいくらでもあるのだから。


 高位身分の娘なら流石に愛人はないのだけれど、低位身分の家の娘なら結婚相手なんて選ばなければそれなりにみつかるものよ。



「――だから、お相手の家に手紙を送ったのかな?」

「えぇ、そうよ。だってあの中には私の婚約者である貴方に想いを寄せている方もいたのだもの」


 一連の流れを同じく傍観していた私の婚約者であるシリウス様は、まるで今日の天気を話題にするように軽い口調で言った。


 そう、私は傍観者だったけど、それはあくまでもマリーと王子様の件についてだけだ。


 周囲であの二人の事を真実の愛だのなんだのと褒めそやしていた令嬢の中には、私の婚約者であるシリウス様に想いを寄せている者もいた。


 貴方たちの家の身分でシリウス様との縁が繋がる事なんてないのに。

 夢を見るだけなら私だって許したわ。

 でも、マリーと王子様が上手くくっついたとして、自分たちにも可能性はある、なんて思われて私とシリウス様の仲にまでしゃしゃり出てこられたら鬱陶しい事この上ないもの。


 そもそも家同士の結びつきなのだから、個人で結んだものでもないのに何故どうにかなると思えたのか。


 恋に落ちたところで、ギリギリ愛人が妥当なところなのに、自分たちも……なんて夢を現実に叶えようとするような事をしなければよかったのに。


 うちの派閥と違う家の娘ならまだいい。

 でもうちが寄親になってる家の――寄子である家の娘がそれは流石に駄目でしょう!?


 世話になっておきながら全力で砂をかけていきますよって宣言されてるようなものじゃない。ちくっと釘を刺す手紙を送るだけで済んでるうちに各家で対処するべき事だわ。


「まぁ確かにメルとの仲を裂かれるような真似はされたくないかな。どれだけドラマティックな出会いがあったとしても、あの一団に加わっていた令嬢だってわかった時点で恋に落ちる機会は消えるだろうし」

「恋に落ちるかもしれない可能性を示唆されるのも嫌なのですけれど」

「あぁ、ごめんね。可能性としては明日空が落ちてくるくらいあり得ない話だから大目に見てほしいかな」

「あり得ないとわかった上で言っているのなら、いいでしょう。許します」


 私がそう言えば、シリウス様は演技がかった口調で「有難き幸せ」なんて言って笑う。

 私もそれに釣られて笑ってしまった。


 私がしたのはあくまでも、私の婚約者に対して色目を使おうとしていた相手の家に釘を刺す手紙を出しただけ。マリーという元平民の男爵令嬢の恋を応援する形であわよくば自分たちの恋も叶えられるかもしれない、と思いあがった相手の行動を封じただけ。


 ただ、マリーの恋を応援していた令嬢全部がシリウス様狙いというわけでもなく、他の方に想いを寄せる者もいた。そちらの婚約者である方々からもお手紙をもらう事になって、該当する令嬢たちの家はさぞ肝を冷やした事でしょう。敵対派閥だけならともかく、同派閥からも切られる可能性が見えてしまったのだから。


孤立無援の状態になれば、いくら力のある家であっても長くはもたない。

 王家だって貴族たちや民から見捨てられれば国を成り立たせる事ができないように。


 私は、あくまでもお手紙を出したのと、あとは他の皆様にも同じようにお手紙を出してはいかが? と口に出しただけ。明確にあの家潰しましょう、とは言っていない。ただ、家同士の婚約に無関係の家が割り込もうとするのはいかがなものか、というような内容のお手紙を時期を合わせて出すように仕向けただけ。



 言ってしまえば。

 私はマリーにとって悪役令嬢ではないけれど。

 でも周囲でそれを見て自分たちも……なんて夢を見ていた令嬢たちにとっての悪役だったのかもしれない。



 ……でも、直接危害を加えたり脅したわけでもないのだから、これくらいは常識の範疇よね。


 夢見がちのおバカさんたちが現実を突きつけられて、その矛先がマリーに向くかもしれないけれど。


 でも、私にとってそんな事は、知った事じゃないのよ。

 切っ掛けは確かにマリーだったもの。


 マリーも家から色々言われる事になるかもしれないけれど。

 でも、彼女もまた王子様と結ばれるかもしれない、なんて夢を見てしまったのだから、仕方ないわよね。


 勿論殿下が彼女に近づかなければよかったのかもしれないけれど、でも殿下はあくまでも親切にしていただけと言える範囲内でのものだったから、婚約者であるイライザ様も形だけの注意で済ませていたのだもの。本格的に殿下が悪いとなっていたのなら、もっとしっかりとしたお叱りがあってもおかしくはなかった。


「……もしかして、イライザ様の注意がさらっとしすぎていたからマリーさんは大したことがない、と思い込んだのかしら?」

「それもあるかもしれないね。でも、それでも注意された以上気を付けるべきだったのは言うまでもない事だろう?

 そうでなくたって、相手は平民時代なら絶対に関わる事のない相手で、貴族になっても立場は絶対的に上なんだから、軽んじていいわけがないのはわかり切った事」

「何故かそこすっぽ抜けてたようにも思えますけれど……当然の帰結と言えばそうなのかもしれませんね」



 ――結局、マリーは貴族社会でやっていくことはできないとされて、修道院に送られたのだと後日聞く事になった。平民に戻して街中にポイしないだけ男爵家は良くできた家だなと思ったのは言うまでもない。


 もしそのまま街に放流していたら、恐らく真実の愛って素敵! とか言ってた令嬢たちの逆恨みでもって害されていたかもしれないし、そうでなくとも路頭に迷う事は確実だった。

 それを修道院送りにしてどうにか今後の生活を保障したのだから、こちらから見れば随分とお優しい事だ。


 マリーはもしかしたらそうは思っていないかもしれないけれど。


 男爵家が修道院に渡すお金は、そこまでのものではないだろうから、マリーが修道院に入っても悠々自適な暮らしは無理だと思う。間違いなく高位身分の女性が修道院に入る時のような待遇は望めない。

 夢を見ていたのなら、マリーにとって修道院の暮らしはきっとこんなはずじゃなかったと思うものかもしれない。


 でも、生きているのだから。


 充分マシなほうよね、とどうしたって思うのよね。私としては。

 次回短編予告

 家同士が決めた婚約。それを受け入れた側と受け入れられなかった側の明暗。


 次回 親が決めた婚約なので

 必ずしも破滅するわけじゃないけれど、結局のところ本人次第。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
予防は実際大事、古事記にもそう書かれている。 くしゃみ一つじゃ雪崩は起こらない、なんて保証は誰にも出来ないですからね。
結局、貴族の令嬢らしからぬ女性はマリーだけでなく大量にいたってことなんでしょうね 教育とお目付役の大事さがよく分る話 ばあやしか勝たん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ