家を継ぐのはわたしですか? では大好きな自慢のお姉様の行く先は?
テイタム男爵家には、クレサお姉様とわたしマールの二人の娘がいます。
普通に考えればお姉様が家を継ぎ、わたしが他家に嫁に出るということになります。
ところがお父様は言うのです。
「マールは領主科に進学しなさい」
貴族学校には領主科、魔法科、騎士科、文官科、商業科、淑女科の六つの科があります。
領主科は主に跡継ぎになる者が通う科です。
既にお姉様が領主科に在籍していますので、わたしは淑女科が妥当なのでは?
淑女科は他科との合同講義がふんだんにありますので、殿方との出会いが多いとされているのです。
他家に嫁ぐ前提のわたしが、何故に領主科?
「クレサを跡継ぎとして当てにするのは危険だ。事実貴族学校に入学して一年半、浮いた話の一つさえない」
「不甲斐ない姉でごめんね」
お姉様は不甲斐なくなんかないですよ?
もし男性として生まれていたらさぞかしモテただろうなあと思われる、中性的な美人です。
背も高いですし、学校に通うのにも騎士科女子のようにパンツを着用しています。
典型的な淑女というわけではないので、殿方のウケが悪いのでしょうか?
わたしから見ると凛としていて素敵ですのに。
「クレサがどうであろうと、テイタム男爵家の跡継ぎはマールで行く」
「マールなら可愛いから、いい婿を捕まえられると思う」
捕まえるって。
お姉様独特のハンター思想。
お姉様は狩りが得意なんですよね。
テイタム男爵家領には魔物がいますから。
「狩りの能力を重視する貴族家ならば、クレサも評価されると考えているのだ」
「私も同じ意見です」
「はあ……」
とにかく了解です。
家の方針がしっかり決まっているのなら、わたしもやりやすいです。
領主科は講義内容が難しいと聞きますが頑張ります。
◇
――――――――――マールの貴族学校入学後。
貴族学校に入学してわかったことがあります。
お姉様はとても目立ちます。
わたしより二年上のお姉様の学年は『当たり年』と言われています。
アーネスト第一王子殿下の生まれた年だからです。
王太子から王への道が用意されているアーネスト殿下ですから、当然同学年に息子や娘を送り込んであわよくばお近付きになってくれ、と皆が考えるわけです。
もう綺羅星のごとく有能な方々がいらっしゃるのですよ。
わたしから見れば素敵なお姉様だって、男爵家の娘に過ぎません。
埋没してしまっているのかと思えば、全然そんなことはなくて。
というか弓術クラブに所属しているわけでもないのに、校内でも短弓を持ち歩いているのですね?
お姉様は小さい頃から弓が得意で大好きでした。
でも子供の撃ち出す矢の威力ではもちろん魔物なんか倒せません。
だから矢に魔法を付与することを覚えて、威力を増大させたんですね。
その内矢を消費するのが面倒になり、魔法そのものを撃つようになって。
こうなると弓なんか必要ないのですけれど、何でも弓を射るイメージで撃ってるので、持っている方が命中率も威力も高いんですって。
お姉様は就学前魔力検査で、エリートである魔法科に楽々進学できるだけの魔力を持っていることが判明していました。
でも魔法を研究したいわけじゃない、魔物を倒せるだけの魔法があればいいという理由で領主科に進んだのです。
またしてもハンター思想。
でも魔法を自在に使えるお姉様はすごいのです。
「ねえ、あの方素敵ね。アーネスト殿下のお隣にいらっしゃる、弓をお持ちの。どこの令息かしら?」
新入生はお姉様を知らないから。
「あれはわたしの姉なのです」
「姉? 女性なの?」
「はい」
「ええ? でも言われてみると淑女らしいところも」
気を使わせてすみません。
淑女成分はあんまりないと思います。
「アーネスト殿下や取り巻きの皆さんと気さくに話せるってすごいのね。どなたかと婚約間近とかですの?」
「いえいえ」
当家は男爵家に過ぎませんので、殿下や殿下の周りの方々と婚約なんてとてもとても。
「姉は殿下と同じ狩猟クラブに所属しているのです」
王宮には魔物のいる地への転送魔法陣があるのですって。
本来は調査とか騎士の対魔物の訓練に使われるのですけれど、狩猟クラブにも流用させてもらってるそうで。
おかげでいろんな魔物肉を賞味できると、お姉様はニコニコでした。
やっぱりハンター思想。
「なるほど、それで弓を……。ええ?」
「姉は狩猟が得意で、並みの魔物ならビシバシ狩りますよ」
「殿下とお近付きになれるなんて羨ましいですけれども、とてもマネできないわ」
ですよね。
お姉様が特別なのですわ。
「講義が始まりますね。行きましょう」
◇
――――――――――第一王子アーネスト視点。
クレサ・テイタム男爵令嬢は異色だ。
背が高く、中性的な美貌も目を引くが、本人は全然気にしていない。
というか身を飾ることには興味がないんじゃないかと思う。
狩猟クラブに女子が入ってきたことを知った時には、胡散臭く思えたものだ。
わかりやすく僕に媚びに来たなと。
でも全然違った。
最初に気付いたのはメルトラバース辺境伯家のヴァーノンだった。
「ほう、随分使い込んだ弓ではないか。イチイの木だな?」
「おわかりになりますか? もう長いこと愛用しているのです」
「触らせてくれんか。ふむ、いいな。グリップの革は何だ?」
「魔物グレシカです。テイタム男爵家領に多いのですよ」
「グレシカか。実に手に馴染むな。残念ながら辺境伯領にはおらんのだ。グレシカの革は手に入らぬ」
「ストックがありますので、少しお譲りいたしましょうか?」
「おお、すまんな、クレサ嬢!」
使い込んだ弓、それだけで普通の令嬢では有り得なかった。
もっともどれほどの使い手だかはわからんが。
調べればいいか。
今年僕とともに狩猟クラブに入部した新入生は多い。
親睦を兼ねて、狩猟クラブ新入生のみで王宮の転送魔法陣から狩場に出てみた。
が、これが結果としては大失敗だった。
「ひとところに集まってください!」
いきなり牙イノシシの群れに襲われたのだ。
新入部員達はパニックを起こした。
クレサ嬢の叫びもむなしく、バラバラに逃げた者が多かった。
ヴァーノンやクレサ嬢のような、魔物狩りに慣れている者ばかりではなかったことに、その時初めて気付いたのだ。
僕は唇を噛んだ。
しかし一旦秩序を取り戻せばクレサ嬢の無双だった。
結界を張ってケガ人を集め、回復魔法で癒し、弓から放つ攻撃魔法で牙イノシシを屠っていった。
なるほど、あの短弓で魔物など倒せるわけがないと思っていたが、魔法発動のトリガーに使っているとは。
各種の魔法を使いこなせること以上に感心した。
魔法を使えるといえば、狩猟クラブ新入生の中ではニールデミング侯爵家嫡男のランドルフが唯一の魔法科だった。
勇敢に立ち向かい、牙イノシシに魔法を浴びせたが、意識を失うほどの大ケガを負った。
正直クレサ嬢がいなかったらランドルフの命はなかったと思う。
クレサ嬢の狩猟クラブ入部に最も強硬に反対してたのがランドルフだったが、ころっと態度が変わった。
狩猟していればケガをすることもある。
魔法科在籍者ほどの魔力はなくても、回復魔法を使えることは重要だということから、先輩まで含めて狩猟クラブの全員がランドルフとクレサ嬢から魔法の基礎を教わった。
クレサ嬢に『魔弾の射手』の異名をつけたのは、ナイクルグ伯爵家のミラボーだ。
まさにピッタリ。
クレサ嬢は恥ずかしがっていたが、狩猟クラブ内で『魔弾の射手』の異名はすぐに広まった。
テイタム男爵家は娘二人でクレサ嬢は領主科だったから、誰もがクレサ嬢は婿をもらって家を継ぐものと思っていた。
ミラボーは次男で実家を継ぐ身ではなかったから、テイタム男爵家への婿入りを狙っていたようだ。
しかしクレサ嬢から思いもよらぬ言葉が漏れる。
「いえ、私は家を継がないので。今年入学した妹が継ぐことになっています」
「えっ? どうして?」
「私はお淑やかというのが性に合わないんですよ。ですから婿を迎えるという観点だと、可愛らしい妹の方が向いてると思うんです。私はどこかの物好きな方がもらってくださればいいなあと考えています」
古典的な淑女ではないかもしれないけど、クレサ嬢普段はお淑やかだよ?
いや、そんなことはどうでもいい。
俄然皆の目の色が変わった。
クレサ嬢は魔法科でないから知らないのかもしれないが、魔力量を重視する家は高位貴族に多い。
また魔物を軽く倒せるだけの戦闘力。
王子の僕をはじめ高位貴族の令息と気軽に話せる人脈。
また領主科で狩猟クラブの女生徒という特殊性から、伝手を求める他科の令嬢とも多くの繋がりがあるのだ。
おまけにあの美貌。
クレサ嬢は自分の価値を全く理解していない。
待てよ?
僕の婚約者は高位貴族から得るものと漠然と考えていた。
が、領主科クラスや狩猟クラブでこれだけ高位貴族と親交があるのに、今以上の高位貴族との結びつきが必要か?
個人的能力に優れ僕の友人達との関係も良好、高位貴族の令嬢のウケもいいクレサ嬢以上の婚約者ってあり得るか?
クレサ嬢の争奪戦が始まった。
◇
――――――――――妹マール視点。
「どういうことなのだ?」
「それが私にもサッパリ」
お姉様の元に山のように婚約の打診が来たのです。
何かきっかけがないとこんなことにはならないと思うのですが。
「ううん? 家は妹が継ぐから、私はどなたかにもらっていただければ、ということを口にしたんだけど……」
「お姉様、それですよ!」
「「えっ?」」
お父様はともかく、お姉様もわかってらっしゃらないです。
「お姉様はモテるんですよ」
「えっ? クレサがか? 荒くれ者ではないか」
「荒くれ者……モテるなんて感じたことないけど」
「お姉様はテイタム男爵家を継ぐものと思われていたからですよ。お姉様の身近にいる領主科の学生って、ほぼ嫡男じゃないですか。だから目がないと考えられていたんだと思います」
「つまりマールが家を継ぐものと言ったから?」
「いっぺんに縁談が集まったんでしょう。申し出をくださったのは、皆様領主科の方ではないですか?」
「……確かに」
お姉様は素敵ですから当然ですよ。
お父様もお姉様も首捻ってらっしゃいますけど。
「……淑女らしくないクレサがモテる? 考えがたいのだが」
「本当ですってば。わたしも妹で羨ましいとよく言われますもの」
「ええ?」
特に後輩の女生徒には大人気ですよ。
格好いいって。
「狩猟クラブの魔物退治の武勇伝については有名ですしね。魔法を使えることもポイント高いと思われていますよ」
「……私がテイタム男爵家を継ぐものと思われていたなら、それこそ婿に入りたい令息から話があってもよさそうなものだけど」
「お姉様の周りにいる人達が誰か、思い返してくださいな。アーネスト殿下はじめ、やんごとなき方ばかりではありませんか。申し込みを考えている殿方の気持ちを考えると、どれだけ要求水準が高いのかわからず、二の足を踏むでしょう?」
「そういうことだったのか……」
「お姉様はどうされるのです? 選り取り見取りではないですか」
「こちらからは断われない高位貴族の令息ばかりだ。一番身分の高い方の話を受けるしかあるまい」
となると第一王子アーネスト殿下?
わあ、お姉様すごい!
「王家に承諾の返事をする。構わんな?」
「はい。何だか夢のようです」
「おめでとうございます、お姉様」
「ありがとう。でもこれでマールのところにもいい話がたくさん来るだろうね」
「えっ?」
「うむ。アーネスト殿下の婚約者を出したとあれば、我がテイタム男爵家と関係を結びたい家も多かろうからな」
そうでした。
お姉様は昔からわたしのことを考えてくれるのです。
お姉様大好き。
◇
――――――――――一年後。
お姉様はお妃教育に通う一方で、精力的に人脈を築こうとしています。
やはり男爵家の出という身分を気にしているみたいで。
でも文句なんか全然出てませんよ。
他の高位貴族の方達からの評価も高いですから。
お姉様が橋渡しをしたおかげで婚約に至った方々も多いのです。
わたしですか?
はい、多くの話をいただきまして、お父様がどこと結ぶと領の発展に繋がるかと、頭を悩ませています。
早く決めないと他の方々にも迷惑ですから、近日中にも決まると思います。
アーネスト殿下とお姉様の婚約お披露目の会では、出席者の皆さんがビックリしてらっしゃいましたよ。
こんなに美しい令嬢だったのかと。
お姉様はいつもの飾り気のない装いでも格好いいのですもの。
殿下に贈られたお高いドレスを身にまとえば、そりゃあ美しいですとも。
わたしまで鼻が高かったです。
でも学校では今でも男性っぽい服を変わらず着ています。
アーネスト殿下と二人でいると、婚約者というより親友同士と言った感じです。
いずれにしても距離が近いことに変わりありません。
いいことですね。
大好きなお姉様頑張って!
――――――――――ナイクルグ伯爵家令息ミラボー視点。
俺ははじめ、クレサ嬢に惚れていたんだ。
神話上の狩猟と弓の女神みたいな令嬢だったから。
ところがクレサ嬢は家を継がないと知り、何の因果かクレサ嬢の妹マール嬢との縁談が浮上した。
当たり前といえば当たり前だ。
うちとテイタム男爵家は結ばれて利があるなと、俺も思ってたくらいだから。
早速顔合わせとなった。
妹のマール嬢というのが、クレサ嬢とは全くタイプが違うけれども可愛い子だった。
レンゲの花みたいな温かさというか。
お姉様大好きっ子で、狩猟クラブの話で盛り上がった。
今日明日にも返事が来るはずなんだけど、どうだろう?
神様、俺はマール嬢がいいです。
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