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47.感情連鎖⑺






クラスでムードメーカーの立場にある河原は、空気を読めないお調子者な性格も含めて、皆から愛されている。ときにはイジられキャラの立ち位置にもなる、基本的には良い奴なのだが……。

凛に関することとなると、コイツは二面性を疑うほどにキャラが変わってしまう。


要するに好きな子への接し方がわからず暴走してしまうのだ。それでもどうにか関係を持ちたい、意中の子に自分を見てもらうための努力が空回りした結果——現在に至る。


——純情ボーイって言えば聞こえはいいけど、八つ当たりされる身からしたらたまったもんじゃないのよね。


別の出会い方をしていれば、河原は美奈子にとって良い友人になれたかもしれない。しかしその世界線に凛がいないなら、コイツと不仲な現状にも特別不満は感じない。所詮はその程度なのだ。



「とにかく、アンタが凛をどう思おうが勝手だけど、陰でコソコソしてる集まりには、早いうちにケジメをつけておきなさいよ。自分たちの思い通りにアンタが動かなくなったら、間違いなくお友達はアンタの敵になるわよ」


「脅しか? そこまで言い切る根拠でもあんのかよ」


「恋愛シュミレーションゲームで、操作していたキャラが自分の指示に従わず勝手に動き出したら、販売元にブチギレるでしょ。似たようなものよ」


「んなゲームしたことねえよ」


「FPSで敵に狙いを定めたはずが、操作キャラが勝手に相手に対して白旗振り始めたらコントローラーでモニター破壊したくなるでしょう。それと同じよ」


「わかんねえよ! 例えが遠すぎんだよ!」


「頭が固いわね。少しは想像力を働かせなさいよ」



これまでグループ内の助言を素直に聞き入れ行動してきた河原が、急に自分で考えて動き始めたら面白くないと感じる者が出てくる。

自分の手で河原と凛をハッピーエンドに導きたいと意欲的になっている者ほど、特に注意が必要だ。


かいつまんだ美奈子の説明に、河原は不服そうに眉を寄せた。



「考えすぎじゃね? 俺はアイツらがお前みたいにおかしくなるとは思えねえんだけど」


「アンタ、もうさっき見せたスクショのこと忘れたの?」


「…………あー……」



ハッとしたと思いきや、気まずそうに視線を逸らされた。

忘れてやがった。こいつマジか。



「仲間割れはどうぞご勝手にとしか言わないわ。ただそれに、くれぐれも私と凛は巻き込まないでちょうだい」


「……西森に、片想い相手がいるってのは本当なのか?」



唐突に河原が話題を変えてきた。

私の見立て、片想いって訳でもないみたいだけど……とは心の中で言うだけで、もちろん彼には教えてやらない。



「本当よ。アンタとは属性が正反対の、年上の男の人に凛は今夢中なの。アンタの他にも、凛のこと意識してる男子って結構いるでしょう? 凛がそこら辺を眼中に入れないのは、……まあそういうことよ」



含みを持たせた言い方をすると、「年上好きかよ」と小さなぼやきが返ってきた。美奈子はこれを否定しない。

年上といっても、凛と意中の彼とは1学年しか差がない事実も、当然教えるつもりはない。


自分には最初から望みがなかった。ようやくそう理解してくれたようで、河原は重いため息を吐いて力なく天井を仰いだ。


こんなもんかと、成果に満足して美奈子は自分の席に置きっぱなしにしていたカバンを掴む。



「あとはそっちでどうにかしなさいよ」



たとえ今日のことがきっかけとなり、河原が協力者たちと揉めようが、これ以上はノータッチのつもりだ。

自分と凛に火の粉が降りかからないなら、こっちが口出しすることは何もない。



「…………悪かったな」



颯爽と教室を去ろうとした足が止まる。

美奈子が振り返ると、河原はバツが悪そうに頭を掻いた。

この男にも謝れる素直さはあるのか。

ふぅん、と密かに感心したのは一瞬だけで、すぐに美奈子はニヤリと人の悪い笑みを顔に貼り付ける。



「私、更生した悪役の好感度が爆上がりする現象については、完全に否定派なの」


「……あ?」


「謝罪は受け取っておくわ。でも、凛にはアンタが私に謝ったってことは、絶対に言ってやらない」


「…………」


「私の自尊心を抉り続けた過去が、これしきで精算できるとは思わないことね」


「こ……こいつ……っ」



顔を引きつらせる河原にヒラヒラと手を振り、今度こそ美奈子は教室をあとにした。



「——っ!」



ドアのすぐ隣の壁に、鳥元がもたれかかっていた。


驚きでびくりと硬直しそうになった体をどうにかこらえ、平静を装って彼の前を通り過ぎた。すると鳥元も自然な流れで美奈子の隣に並ぶ。



「健気だねえ」


「誰のことですか?」


「まさか自覚なし? そんなわけないでしょ」



振り払うように美奈子が歩調を早めても、鳥元は難なくついてくる。



「お友達のためにひとりでここまでできる子なんて、そういないよ? これでミナちゃんに何かあったら、またモリリンが泣いちゃうよ?」


「……先輩は、どこからどこまで知ってるんですか」



階段を下りきり昇降口に差し掛かったころで、しつこい男から逃げるのを諦めた。

若干息が上がっている美奈子とは違い、まったく息を切らせていない鳥元の体力が羨ましい。



「ん? 昼休みにモリリンが泣きながら廊下を全力疾走してたってとこからの……これ?」


これ(・・)のところを詳しく」


「そうだねえ……俺がミナちゃんだったら、ハグレベルに近づかれても嫌じゃないよ? とだけ」



つまりほぼ最初から、河原とのやり取りは聞かれていたのか。



「大して面白くもなかったでしょうに」


「そう? ミナちゃんが頑張ってズレた人間演じてるとこは、一聴の価値があったよ」


「…………」


「ワザとゲームネタを持ち出してヒリついた空気を抑えたり、相手が爆発しないように自分が悪者になったり……こんなの健気としか言いようがなくない?」


「……羞恥心を煽らないでもらえます?」



改めて言葉にしなければ、その場のノリで済ませられたものを。

河原には見せなかった不満顔で鳥元を睨むが、本人はまったく悪びれない。むしろ美奈子がむくれたことを喜んでいる様子だ。


場所が悪いと判断して美奈子は靴箱に手を掛けた。

鳥元のことは後回しでいい。それよりここでもたついて、こんな場面を河原に見られるのだけはごめんだった。


玄関口から後者の外に出た美奈子に鳥元が追い付き、当然のように隣を歩く。



「いつまでついてくる気ですか?」


「んー、俺の気分次第?」



……だめだ。ここで怒っては相手の思う壺だ。



「モリリンってさあ、ものっすごい怖がりで、面白いぐらいビビりではあるけど……ミナちゃんが全面的に守らないといけないほど、弱くはないよね? 意外とガンコみたいだし」



そんなこと——今さらでしかない。



「そうですね。どうせこんなの、私の自己満足ですよ」


「自棄になんないでよ。もー、キョーヤもミナちゃんも最近モリリンのことばっかだし、俺のこと除け者にしすぎたらそのうち拗ねるよ?」


「いつからそんなかまってちゃんになったんですか。裏でこそこそ私に協力してる時点で先輩も立派な共犯者でしょう」


「えぇーそういうとこだけ巻き込んでくるの?」



……私にどうしろと……?


付き合ってられないとばかりに話を切り上げようとした美奈子に、「ごめんごめん」と鳥元がすかさず謝る。

調子を崩されて文句を言いそびれた。閉口する美奈子に軽く肩をすくめ、鳥元は前方を見据えた。



「別に、リアルでも俺のこと頼っていいんだよ?」



口調が変わった。小さく呟いた鳥元の真意を探るように、美奈子は横目で彼を窺う。



「いつも今日みたいに、上手く話がつけられるとは限らないでしょ。保険って結構大事だと思うよ」



そう言って、何でもかんでも頼りすぎたらウザがって距離を置くクセに——。胸の中でぐるぐると嫌な感情がとぐろを巻く。

期待を持たされることへのいらだちもあるが、それ以上に、素直に喜べない自分自身が腹立たしかった。



「このご時世、車だって自賠責だけじゃいざという時に地獄見るらしいし。俺ほどお得な任意保険はないと思うんだけどなあ」


「人のマネしないでもらえませんか? ここで例え話をされても空気は和みませんからね」


「あははっ、わかった? さっすがミナちゃん」



——嘘だ。彼が示した、話題を変える逃げ道に助けられた自覚は十分にある。



「……まあ、こんなこと2回も3回もしたくないけど……、次があるなら検討させてもらいます」


「おっ、いいねえ。その時は一緒に作戦立てようよ。絶対そっちの方が楽しいって」



だから私で遊ぶなと……。


調子に乗り出した鳥元に呆れつつ、もう一歩を踏み出せない臆病な自分に蓋をする。


いつの間にか、二人の歩く速度はのんびりと遅いものになっていた。





問題を解決するうえで適切な行動をとっているつもりではある。

しかし凛への秘密が増える後ろめたさも、美奈子は確かに感じていた。


大仕事を終えたはずなのに気分は晴れない。

翌日の天気は皮肉なまでに快晴となった。


裏でコソコソ動くのもほどほどにしよう。

そう心に決めて、美奈子は重い足取りで学校へと登校する。


河原たちが仲間割れを起こして、クラスの空気がギスギスするのは嫌だなぁ……。

凛も……結局夜には連絡なかったし……。


一晩頭を冷やせと凛に言ったのは美奈子だ。

たかが一日連絡が来ないぐらいでここまで不安になるのは、自分が凛の問題に、凛自身を置き去りにして解決しようとした罪悪感からだろう。


このことで凛に怒られるならまだいい。悲しませたり、余計に距離を置かれる結果だけは勘弁してほしい。

珍しく気弱な自分を叱咤して、スクールバッグの持ち手を握る力を強めた。



気持ちを切り替えて学校の敷地内に入る。

いつも通りを心がけ、友人知人に挨拶をしながら校舎の中へ。途中で会ったクラスメイトと軽く雑談を交わしつつ階段を上り、教室に到着した。


凛は美奈子より早く登校していた。これはいつものことである。ひとまず学校に来れるぐらいにはメンタルが回復したらしい事実に安堵して、美奈子は自身の席にカバンを置いた。

するとこちらに気づいた凛が急ぎ足で近づいてきて、机を挟んで美奈子の前に立つ。そして若干腫れと充血が残る目で真っ直ぐに美奈子を見つめ、勢いよく口を開いた。



「おはようっ。昨日は取り乱してごめんね!」


「おはよう。復活できたみたいでよかったわ」



からかい混じりに言ってやれば、凛は恥ずかしそうに目を泳がせた。

しばらくの逡巡した後、グッと覚悟を決めて再び美奈子と目を合わせる。



「あのね、私……鈍いし、あんまり頼りないかもしれないけど……。次は、一緒に考えるから。絶対、美奈子と一緒にいるからね」



そんなこと、とっくにわかっている。

たとえクラスメイト全員が示し合わせて、ある日いきなり美奈子を無視するようなことがあっても、凛だけは絶対に自分の味方でいてくれる。確信はずっと前からあった。



「私は美奈子が大切だから……。頑張って、強くなるから……」



アンタが頑張ってるのはよく知ってるわよ。

絶対に自分を裏切らない——この安心がどれほどのものなのか、アンタは自覚してないんでしょうね。


周囲で聞き耳を立てているクラスメイトの多いこと。

人前だと込み上げる嬉しさを素直に伝えられず、どうしても利己的な思考になってしまう。これは美奈子の悪癖だった。


にっこりと綺麗に笑い、悪戯心を隠さず口を開く。



「嬉しいわ。ところで私と大好きなあのお兄さん(・・・・・・)だったら、凛はどちらのほうが大切なのかしら?」



すぐに言われた意味が理解できずにきょとんとした凛だったが、やがて顔を真っ赤にして面白いぐらいに慌てふためいた。



「ちがっ、違う……っ! そもそものベクトルが違うから、優劣なんて付けられるはずないじゃない! 美奈子は友達! 彼は——……っ!!」



自爆しかけたことに寸前で気付き、凛は耳まで赤くして涙目になった。

たまらず美奈子は吹き出して、癖のない凛の髪の毛をくしゃくしゃに撫でた。



「ああもう、私も凛が大好きよー」


「棒読み口調でからかわないで!」



テンションが上がったところでチャイムが鳴った。

拗ねた凛を宥めつつ美奈子は密かに周囲をうかがう。様子を見ていたクラスメイトが数人、呆れ顔で脱力しているのが確認できた。まるで昨日の河原を彷彿させる表情だ。


凛が、意中の彼に本気なのが伝わったのだろう。それでいい。



友人が気を揉まない程度に控えようとは思う。

だけど……凛には悪いけど、やっぱり暗躍はやめられそうにない。






      ◇  ◇  ◇








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