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40.絶妙な距離感を維持せよ⑹






——一晩返信できなかっただけで気にしすぎよ。バカじゃないの。



それぐらい辛辣な返しを覚悟……というより期待して、登校してくる美奈子を待った。


それからしばらく。

ホームルームの15分前に教室に入ってきた美奈子に、昨晩からの先輩とのやり取りを大まかに伝える。クラスメイトが近くにいる手前、京也先輩の名前はぼかした。


私の話を鬱陶しがることなく最後まで聞いた気の良い友人は、私の予想に反してニヤァと人の悪い笑みを浮かべた。



「凛、あんたの気持ち、ちょっとは理解できたわ」


「ウソでしょ、全然同情してる顔じゃないよ」


「臆病なところが凛ママそっくりって言ってるの。あ〜、やっぱり親子なのね〜。ママのじれじれがようやく解消したと思ったら、次は娘がね……ふ〜ん」


「ちょっ、どうしてそうなるの!」



その見解はおかしい。決めつけられるのは誠に遺憾だ。

こんな変化球、想定外にも程がある。



「まぁ、私は恋バナ大歓迎よ。進展楽しみにしてるからちゃんと報告なさいね」


「だから違うって!」


「これからは凛ママのこと、とやかく言えないわね」


「……っ、もぉ〜〜!」


「あと真面目に答えるなら、アノヒトと親密になりたいなら、アポ取ってからの電話かビデオ通話のほうがいいわよ。たぶんだけど、アンタもアノヒトも互いに気を使いすぎてチャットが他人行儀なのよ。慣れるまではリアルタイムで話しすようにしたら?」



散々からかっておきながら、美奈子は最後には身になるアドバイスをくれた。



「それにしても彼、意外と健気なのね。口約束を実行するためにどうにか話題を絞り出した感がアンタの報告から滲み出てるわ」


「ちょっと待って。私はともかく相手にまで失礼なイメージつけないでよ」


「はいはい。でも似た者同士でよかったじゃない。じれじれのやり取りは聞いているぶんには面白いから、続報を期待してるわ」


「私の人間関係をエンタメにするな!」



美奈子の席で机を挟み、二人でわいわいと話していたら、隣の席に座っていた女子が勢いよく私たちに体を向けた。



「ちょっと、聞き捨てならないんだけど。西森さんに彼氏できたの!?」



違います。

話し声が大きすぎたことを後悔しつつ、京也先輩の名前をひたすら伏せた自分と美奈子を心の中で褒めちぎる。



「できてないできてない。そんなんじゃないから、気にしないで」



期待されても恋バナなんてできないよ。

ゴシップに興味津々の彼女にひらひらと手を振って否定したが、なぜかこれに美奈子の目がギラついた。



「そうよ。彼氏じゃなくて、彼氏予定の人よねぇ? どうやって攻略すればいいか作戦会議中だから、余計な詮索はナシで見守りよろしく頼むわ」



おおいっ!? ぜんっぜん違うんだけど!



「ええぇっ、ホントに!?」



そして彼女は美奈子が垂らした「情報」という名の釣り針にソッコーで食いついた。



「えっ、なにそれ、どんな人!? まさかこのクラスの男子だったり?」



彼唖然とする私を置いてけぼりにして彼女は美奈子へとぐいぐい迫っていく。

そんな彼女に対し、美奈子は鼻で笑うような、ちょっとだけイヤミな表情で口を開いた。



「ハズレ、ぜーんぜん違うわ。うちのクラスは関係ないわよねえ?」



美奈子が視線をこちらへと流す。

一瞬、表情が真顔になって、私に「いいから肯定しろ」と物言わずに語られた気がした。



「う、うん。このクラスは関係ないよ」



圧に負けて美奈子の発言を復唱する。

するとクラスメイトの女子は目を見開いて瞬きひとつ。



「……あ」



ついでにポカンと開かれた口から母音をひとつこぼした。


なんとなく漏れ出た声のニュアンスには「あ(察し)」みたいな印象があった。それに美奈子がニヤリと笑う。



「あっ、いや……なんでもないの。ふーんそっか。じゃあさ、今はいいから、西森さんに進展があったらまた教えてよねっ」



しどろもどろに誤魔化して彼女は強引に話を切り上げた。



「……どういうこと?」


「外堀埋めたって本人にその気がなければどうにもならない。望みゼロはとっとと諦めろってことよ」



美奈子は嘲笑気味にそう言い放つも「優先順位が低い事だから、アンタの引っ越しとか、そっちのゴタゴタが落ち着いたらね」とのことで詳細は教えてくれなかった。







      ◇  ◇  ◇







美奈子は自分が利己的な人間であると自覚している。

面倒見の良さやコミュニケーションスキルに他者から一定の評価を得てはいるものの、人間関係における損得勘定は常に働かせてきたつもりだ。


間違っても凛が言うような「良い奴」とはほど遠い。

美奈子からすれば、人の気持ちに配慮できる凛のほうがよっぽど良い奴だ。





彼女が凛と出会ったのは高校に入学した時だった。


初めはクラスの中に毛色が違うのが混ざってるなぁと、凛の存在に興味を持ちながらも遠巻きに観察しているだけだった。


西森凛というクラスメイトは、派手さはないが清楚系の可愛らしさが新入生の中でも突出していた。

それゆえに入学当初はクラスだけでなく、学年を越えて主に男子生徒の間で話題になった。


ここで調子に乗った凛が学校のヒエラルキー上位者と親しくでもなれば、女子からの敵認定待ったなしの状態になっていただろう。

しかし彼女は注目されることにビビって、入学当初は教室からほとんど出ずに学校生活をすごし、周囲が拍子抜けするほどの遠慮っぷりを発揮していっときのブームを乗り切った。


美奈子は凛のことを人見知りするタイプなのかと思ったが、その見解は半分間違いだったとすぐに考えを改めた。

次に思い至ったのは彼女が極度の男嫌いではないかという仮説だ。


凛は美奈子をはじめとしたクラスの女子には気さくに話しかけてきた。相手を気遣う物言いを自然としてくるし、注目を集めるその容姿を鼻にかける様子もない。


それが同じクラスの、男子に対してはどうだろう。

凛は男子が正面に立っただけで身をすくませ、言動も急におどおどしだす。

本人はひた隠しにしているようだが、恐怖心と緊張が端から見ていて丸わかりだった。


凛の萎縮する姿に、次第に一部の男子が支配欲や嗜虐心を掻き立てられるようになっていく。

放置すれば最悪、大きな問題に繋がりかねないと察し、後々の面倒を避ける目的で美奈子は凛に忠告した。


目的がないなら男子に対しての怯える小動物みたいな態度、やめた方がいいわよ——。


といった具合の話を面と向かって、きつめの口調で告げたのだ。


しかし凛は忠告の内容に思い当たらなかったようで、どういうことかときょとんと首を傾げる始末。


この理由はすぐに判明する。

凛にとって女子と男子での態度の違いは、無意識下で行われていたことだった。






   *






凛の抱える心の問題は、美奈子が想定していた以上に根が深かった。

クラスの男子の怖がる凛をいじろうとする振る舞いは鬱陶しい。どうにかしたいとは思う。

しかし正直なところ、凛に関わるとそれはそれで面倒に首を突っ込むことになる。


とはいえ彼女のトラウマを指摘して、本人に自覚させてしまったのは美奈子自身だ。

そのまま見放すのはさすがに良心が咎めた。そういった後ろめたさがきっかけとなり、美奈子はさりげなく凛と男子のあいだに立ち、彼女をフォローするようになった。


とはいえ手助けについては自分に依存されない程度に制御していた。もしも凛が「自分は弱いから守られて当然」といった態度を取ろうものなら、全力で突き放すつもりだった。


しかしここで美奈子にとっての誤算が発生する。

自然と行動を共にすることが増えるにつれて、凛といる時間が予想以上に楽しくなっていったのだ。


凛とは趣味は合わないのに、なぜか気が合った。

何より凛は勉強に、塾にバイトにと、日々の生活に一生懸命だった。

彼女の家庭環境がそうさせているのかもしれないが、美奈子は凛と一緒にいると、自分もちゃんとしなければという自立心が自然と湧いてきた。




高校に入学して早くも良い友人に巡り会えたと喜んだのも束の間。

それからすぐに、美奈子はクラスの男子と一部の女子から過度なイジリの標的にされることとなる。


男子たちの動機は単純。彼らが好意を寄せている凛に話しかけようとするのを、ことごとく美奈子が邪魔をしたからだ。

当時からのクラスメイト——河原を筆頭とした男子にとって、それは許容できる妨害ではなかったのだ。


同級生たちはデブだのブスだのブタだのと、散々な物言いで美奈子の心をえぐった。

暴言に傷付かなかったといえば嘘になる。それでも美奈子はクラスメイトの前では気にしていないそぶりを貫いた。


それでも、どうしても心が折れそうな時は凛を見るようにした。

河原が一方的に好意を寄せる凛は、美奈子がからかわれることに、まるで自分が攻撃されているかのように心を痛める。そのたびに河原や彼と一緒になって嘲笑うクラスメイトを軽蔑していた。


ザマアミロ。やってることは逆効果なのよバーカ。


河原は自分で自分の首を絞めているとわかっていない。

美奈子にじゃ、奴にそれを教えてやる義理はない。


気が弱いものの頑固な一面を持つ凛は、決して場の空気に流されない。だからクラスメイトに混ざって美奈子を笑ったりはしない。

男に萎縮してしまうため面と向かって庇えない自分をもどかしがっていたが、美奈子にしたら凛が一緒にいてくれるだけで心強かった。



クラス内で起こる、いじめとも解釈できる暴言の数々。

自身が受ける仕打ちの原因に凛が関係していることを、美奈子は頑なに教えなかった。


これが正義感や優しさを伴う選択だったら格好が付くのだけど……。心の根底にあったのは自分勝手な欲望だ。


美奈子が攻撃されるのは、凛を庇ったことがきっかけだった。

それを凛が知ったらどうなるだろう。


優しい友人が罪の意識を感じるのは当然で、罪悪感から自分と距離を置きかねない。


せっかく手に入れた凛の良き友というポジションを、美奈子は誰にも譲りたくなかった。

そのために河原たちの歪んだ愛情は秘匿にしておくに限る。



もともと美奈子は兄弟姉妹間での容赦ない弱肉強食の社会で育ち、反骨精神に溢れた人間だった。


やられっぱなしは性に合わない。いつか徹底的に見返してやる。

その気持ちは常にあり、行動に移すのも早かった。


そんな美奈子がしたことは相手への反撃ではない。時間を作ってはひたすらに自分を磨き続けた。

運動はもちろんのこと。毎日のように弟妹たちと繰り広げていたお菓子の争奪戦を放棄して、母に協力してもらい食事の制限に取り組んだ。


美容と健康については、図書委員会で知り合ったひとつ上の先輩——鳥元が何かと優良な情報をもたらしてくれた。

彼は美奈子の一念発起のダイエットを「ミナちゃん改造計画」と勝手に銘打って、経過を面白がりながらも美奈子を支えた。


凛は美奈子の体調を心配しながらも、いつも側で応援してくれていた。些細な体型の変化にいち早く気付いてすごいと褒め言葉をくれるのは、いつも凛だった。



ダイエットに取り組み始めて半年が経過した。

秋が終わりかけ、季節が冬に移ろうとしているのに、美奈子への嫌がらせは飽きずに続いていた。


一部のクラスメイト以外、河原たちの行為に白けた視線を向けているのに、当事者たちはわかっていない。

彼らは無駄に声が大きいから、自分たちの笑い声を「クラス全体の笑い」としている可能性もあった。



「ブスが、調子に乗ってんじゃねえよ」



休み時間に、毎度のことながらひねりも面白みもない、ワンパターンな言葉を河原が美奈子にぶつけてきた。


機は熟した。そろそろいいわよね?

いつもなら無視して聞き流すところを、その日初めて美奈子は反撃に出た。



「ブス、ねえ?」



幸い凛は職員室に行っていて教室にいない。

ならば多少は良い人の仮面が外れても問題ないだろう。


不敵に笑った美奈子は席から立ち上がり、男子と一緒になって自分を笑っていたクラスの女子と強引に肩を組んだ。



「聞きたいんだけど、私と彼女だと、どっちの方が美人かしら?」



唐突な問いかけに河原たちは、怪訝そうにしながらも美奈子と隣り合う女子の顔を見比べる。

そして……口をもごもごさせて、彼らは言葉を詰まらせた。


気まずそうにする河原たちに、美奈子がぷっと吹き出す。



「バッカねえ。そこは嘘でも私の方がブスだって言うところでしょ? ノリが全然わかってないわね」



美奈子の笑い声に、白けた表情で様子を見守っていたクラスメイトたちの嘲笑が重なる。


半年前ならともかく、比較に使った女子より客観的に見ても自分の方が可愛くなれた。


アンタ、いつもアイツらと一緒になって私をバカにしてたけど、容姿を嘲られるのって結構キツいでしょう?


彼らはその時、ダイエットに成功して痩せたうえに綺麗になった美奈子にようやく気付いた。


屈辱に顔を歪める女子と、居心地を悪くする河原たちを前に美奈子は——勝った——と心の底から思った。





その日を境にして、美奈子のクラスでの立ち位置が変わった。

スクールカーストの頂点に立ったのと同時に、自分を疎ましく思っている相手に苦手意識を植え付けられた成果は大きい。


散々馬鹿にしていた相手が、知らぬうちに輝かしい変身を遂げていた。河原たちは苦虫を噛み潰して仕返しに身構えたものの、美奈子は彼らにあれ以来嫌味のひとつも発しない。

本人にしてみれば、友人とのスクールライフを邪魔されないなら、相手が悔しがってもそんなことはどうでもよかった。

元からお前たちなど眼中にないと言わんばかりの美奈子の態度が、彼らをいっそう惨めにした。


そして美奈子自身、外見を磨いたことで世界が大きく変貌した。

世の中を有利に渡り歩くためには見た目ほど重要なものはないと、ビフォーアフターで周りが自分を見る目によって証明された。


それは美奈子が太っていた時から接する態度が変わらなかった人間を目立たせる結果となる。凛や鳥元が最たる例だ。


何はともあれ美奈子は高校1年の大半をかけて、学校生活の平穏を手に入れ、自力で凛の隣というポジションを確実のものにした。






   *






高校2年に進学してからも、河原をはじめとした一部の男子は凛への好意を諦めきれていないようだった。

美奈子に言わせればそれはもはやそれは恋情というよりも、支配欲が暴走した一種の執着である。


男子が向けてくる感情に対し、凛は毎回トラウマを刺激されて話しかけられるたびに逃げ腰になっている。


大変厄介なことに、河原は2学期になって、自分は凛が好きなのだと自覚してしまったようだ。

しかもそれをクラスメイトの何人かに打ち明けたのだから、面倒臭いにも程がある。


「好き」なんてオブラートに包んだところで、アンタが凛を自分の思い通りに動かしたいって欲求に塗れてるのはわかってんのよ。


さらに不幸は続き、河原の片想いを知った一部の女子が、我こそはキューピッドになろうと裏で画策しているのも、美奈子はバッチリ把握していた。


しかし渦中の凛はというと、母親の恋愛と元カレ騒動、さらには凛の言うところの「将来お兄ちゃん希望」の先輩に夢中で、クラスの動きに気づいていない。


そろそろ河原と凛をくっつけたいクラスメイトが業を煮やすころあいだ。

ここらで一度、河原含めて余計なことを画策している女子たちに釘を刺しておく必要があった。







   *







高校1年の終わり、美奈子はインフルエンザに罹り一週間学校を休むことになった。

その時に、教室でひとりになってしまう友人を心配し、鳥元に自分が学校に行けない期間、それとなくクラスの雰囲気を見ていてほしいと頼んだ。


要請を受けた鳥元は面白半分、休み時間に1年の教室へと赴いた。

鬼の居ぬ間になんとやら。その時女子たちがしていた美奈子に関する噂話を、鳥元は偶然耳にする。



彼女たちの話では、美奈子はとても運が良かったのだそうだ。

ダイエットに成功し、学校中が注目するほどの美人になれたのは、男子が美奈子をからかったから。言い方を変えれば彼らのおかげ(・・・)で美奈子は綺麗になれたのだし、威張ってないでちょっとは男子に感謝すべきじゃないか——と。


廊下に聞こえるぐらいに大きな声で話す女子たちに鳥元が声を掛けるより早く、教室にいた凛が彼女らに近づいた。



——美奈子が綺麗になったのは、美奈子ががんばった結果だよ。努力して自力で幸せを勝ち取った人は、過去に自分を傷つけた相手に感謝しなきゃいけないの?



声を震わせて、何度も言葉を詰まらせながらも凛はそれを言い切ったという。

感心した鳥元が援護射撃に入ろうとしたら、凛は女子よりも鳥元にびびってすぐさま教室から逃走してしまったらしいが……。



鳥元から聞いた凛の言葉は、今でも美奈子の心の支えになっている。






       ◇  ◇  ◇







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