35.絶妙な距離感を維持せよ⑴
新たなミッションが発生しました。
翌日の放課後。
塾の授業が始まるまでの隙間時間に、私と美奈子、そして京也先輩と鳥元先輩はいつものカラオケボックスに集まった。
ここに来た目的はママと溝口さんの事情を知っている美奈子と鳥元先輩への結果報告である。学校だと人の目があるから、どうせなら情報共有もかねて全員で一緒にしてしまおうということになった。
とはいっても、私と京也先輩からふたりに伝えるべき内容は「両片想いだった親二人は無事に交際に至りました」で終わる。
私からしたらじれじれ期間の長さもあって感慨深い出来事だけれど、友人に私と同じだけの感動を求めるつもりはない。
それでも美奈子は「よかったわね」と労ってくれて、お祝いにソフトドリンクを奢ってくれた。
そしてみんなでカラオケ——という流れにはならず、ここから唐突な第3回作戦会議が始まった。
「——んで、学校でのキョーヤとモリリンの関係は今までどおりでいいんだよね?」
鳥元先輩の確認に、私と京也先輩はそれでいいとうなずく。
「付き合えたら付き合えたで、いろいろ面倒なことが出てくるものね」
美奈子は難しい表情で京也先輩へと視線を送る。
「先輩のお父さんって、結構世間的に有名な人ですよね。この前雑誌でインタビュー記事が載ってたって、クラスの女子がはしゃいでましたよ。——子育て部長、でしたっけ?」
何それ初耳なんだけど。
驚いて京也先輩をうかがえば、先輩の隣に座る鳥元先輩がケタケタと笑った。
「あれねー、うちの学年でも、わざわざ京也に雑誌読んだよーって話振ってくる奴がいるんだよな。息子の立場からしたらあんなん羞恥プレイ以外のなんでもないってのになあ?」
「……親父にとって雑誌の取材は仕事の一環らしいから、俺はノータッチなんだけど。有名といっても、たまに経済誌とかで取材を受ける程度だよ」
急に頭を抱えたくなった。昨晩私はとんでもない人に直談判してしまったようだ。
「……溝口さん、ママとお付き合いして、大丈夫だったんでしょうか……?」
大企業で地位を築いて雑誌の取材を受けるような人が、その企業で問題を起こして職場を去った女性と交際している——今さらながら、ちょっと不安になってきた。
恐々とする私とは逆に、この点に関して京也先輩は心配していないようだった。
「そこを大丈夫にするのは親父のやることだよ。長年勤めて順調に昇進してきた会社でなら、それなりに上手く立ち回れるだろう。やっと西森さんと想いが通じたからって、浮かれて暴走なんてことは……息子としてないと信じたい」
「いや、さすがにそれは……」
そんな溝口さん、私も想像したくないよ。
「あの男についても加藤さんを頼るみたいだし……、自分一人でどうにかすると言い出さなかったあたり、親父も今のところは冷静だと思っていい」
……そうなんだ。
きっと昨晩、京也先輩と一緒に家に帰った溝口さんは、普段通りの立ち振る舞いだったのだろう。
顔を真っ赤にしてはしゃぎまくった末に、興奮しすぎて一睡もできずに朝を迎えたママとは大違いだ。
……ママ、今日ちゃんと仕事できてるかなぁ……。
「俺たちの周りで根回ししておくべきなのは、ここにいるふたりぐらいだろ。もしおかしな噂が出回っても、親のことは自分たちと無関係ってスタンスでいこう」
「……そう、ですね」
私と京也先輩の目的は達成された。
ここから先の、ママと溝口さんの付き合い方に、いちいち子供は口を挟むべきじゃない。
今度こそ、私たちはそっと見守る立ち位置に徹する。それじゃあなんだか物足りないとか……そんな不謹慎なこと考えちゃいけない。
親の交際が順調ならば、こうして京也先輩と作戦会議を開くのもこれが最後になる。
寂しい気もするけれど、私の望んだことだ。
「さて、こっから注意しなきゃならないのがキョーヤとモリリンの距離感だろうけど、シャイなパパママを刺激しないようにまあがんばってね」
しんみりとした気分に鳥元先輩が水を差す。
頭にハテナが浮かんで小首をかしげた。
「学校での方針はこれまでどおりだと、さっき決めたばかりだろう」
疑問を感じたのは京也先輩も同じだったらしい。
怪訝そうな京也先輩に、鳥元先輩が「甘いなぁ」とからかう。
「学校ではそれでいいかもしれないけど、家でも今までどおりに親に内緒で連絡取ってるのはマズイでしょ。子供同士、互いも親のことが筒抜けって状態も、気をつけないと度がすぎたら親が警戒しちゃうよ。できたら信頼がなくなる前に、キョーヤとモリリンがどれぐらい仲良しなのかは、パパママにある程度オープンにしておくべきじゃないの?」
「つまり、ママたちのことで京也先輩と裏で相談しすぎると、ママたちはかえって気まずくなっちゃうと……?」
「そうそう。モリリンあったまいいね〜」
「もっともな意見だが、お前からそれが出てくるのが釈然としないな」
「え〜なんでさ、このメンバーだと多分俺が一番人間について詳しいよ?」
……人間て。もっと違う言い方はできなかったの。お人好しなだけでは済まされない、鳥元先輩の本性を垣間見た気がして、思わず目を逸らした。
呆れ気味な京也先輩と、引き気味な私。
二人して二の句に困っていたところで、平然と口を開いたのは美奈子だった。
「学校はともかく、家ではこそこそせずにほどよく仲良しアピールしてたらいいのよ。ただしあんまり親密になりすぎると、凛ママは娘に遠慮してしまいそうだから、加減は大切よ」
アドバイスしてくれるのは嬉しい。……嬉しいけれど、今ひとつ具体性に欠けてないか。
「……結局、私にどうしろって言いたいのよ」
「そんなのケースバイケースよ。私にわかるわけないじゃない」
「いやそこで突き放さないで」
「無理よ。親の恋愛を互いの子供が猛プッシュしてるなんてレアケースに、部外者が的確なアドバイスができると思ってるの?」
「そこは第三者だからこその冷静な意見をぜひ」
「モリリン必死だねえ。でもあんまり人に頼りすぎると、自分で考えて動けないマニュアル人間になっちゃうよ」
「ママのことに関しては別にそれでいいです」
模範解答を求めて悪いですか。ようやく念願が叶ったんだから、ここで失敗したくないのよ。
「あははっ、モリリンまーじめぇ〜、一生懸命だ〜」
鳥元先輩に「お前んち、お化け屋敷〜」みたいなノリでからかわれたけど、言われたことが悪口じゃないからか、そこまで精神的にグサグサこない。なんなのこの高騰テクニックは。
それでも呆気に取られたのは私だけで、美奈子と京也先輩は違ったみたい。
「後輩女子に意地悪して楽しいですか」
「時間がないのに話題を脱線させようとするな」
京也先輩から軽い肘打ちをくらい、鳥元先輩はあっさりと謝った。
「ごめんごめん。まあそんなにビクビクしなくても、『親にされて嫌なことは自分もしない』ってのを守ってれば、基本は問題ないんじゃないの? モリリンはちょっと力入りすぎ」
人間関係の基本のような進言に美奈子が乗っかる。
「親子ほど近い繋がりだったらなおさらよ。私だって自分のパパとママが目の前でいちゃついてたら複雑な気持ちになるもの。子供の前じゃなくて他所でやれって、文句の一つも言いたくなるわ」
だから子供同士の仲良しアピールは程々にしておくように。私と京也先輩が親密すぎると、親が子供を顧みておかしな空気になりかねない。そこだけは気をつけるように——とのこと。
一理ある。言われたことはもっともだ。
頭では理解できても、私は素直に「わかりました」と言えなかった。
意見を求めておきながらこれはないって、自分でも思う。燻る反抗心をひた隠しにして神妙な顔でどうにかうなずいた。
京也先輩をチラリとうかがうと小さな苦笑が返ってきた。そんなに不安そうな顔をしていただろうか。
「そこまで肩に力を入れなくても、別に俺たちは今までどおりでいいと思うよ」
——今までどおり。その言葉に胸が締め付けられる。
「これは俺の予想でしかないけど……。交際できたからといって、親父と西森さんが急に変わるとは思えないからね。気長にいこう」
京也先輩は私と違って、すでに長期戦の第二ラウンドを覚悟していた。
そして先輩の予想が見事に的中することを、近いうちに私も思い知らされる。




