14.味方を増やそう⑵
自分と同じ立場の人に会えたことで、悩んでいるのは私だけじゃないと知れた。
それはとても心強くて、ママを応援するのは間違いじゃかったんだって自信が持てるようになった。
ひとりじゃない。
京也先輩もお父さんとうちのママを見守る姿勢でいるなら、私も一緒になって傍観に徹しよう。
ついこの間まではそう考えていた。
……だけどね。溝口さんのことで一喜一憂しているママを毎日見続けるのは……。
「——やっぱりもどかしいんです!」
スピーカーから爆音で流れる音楽に負けないぐらい、ありったけの気持ちを込めて私は叫んだ。
向かいのソファに座る京也先輩は、苦笑しながらも気持ちはわかると同意してくれた。
第一回作戦会議が行われたカラオケボックスにまた、私と京也先輩、そして美奈子と鳥元先輩はいた。
今回の招集者は鳥元先輩で、せっかくカラオケに来たのに何も歌えずにお開きになった前回のリベンジを果たしたいとのことだった。
先輩はその目的通り部屋の奥のテレビに近い場所に美奈子と陣取り、交代で、あるいは一緒に流行りの曲を熱唱中である。
美奈子もノリノリで楽しんでいるようだから、なんだかんだであっちのふたりは気が合うのだろう。
問題はこっちのふたり——つまりは私と京也先輩……というかぶっちゃけ突き詰めてしまえば問題を抱えているのは私だけだ。
京也先輩に会えるからと美奈子の誘いに乗ったはいいが、人前で歌うなんて恥ずかしくてできない。
そんな私に美奈子が気を利かせてくれて、部屋の奥で鳥元先輩とマイクを占領してくれたのも、本当はわかっている。
せっかく作ってもらえた面と向かって京也先輩と話せる貴重な時間。秘密を共有する彼に心の中にあるもやもやを説明しようとするも、弱々しい声はカラオケの音にかき消されてちっとも京也先輩に届かなかった。
申し訳なさそうに何度も聞き返してくる先輩に、違う悪いのは私なのにと罪悪感が重なり、焦りに焦ってとにかくはっきりキッパリ自分の気持ちを声にして張り上げた次第である。
「——俺も。人間って贅沢な生き物だよね」
今の状態に満足できない私を、京也先輩は責めたりしなかった。
贅沢——か。確かにそのとおりだ。
少し前まで気持ちを共有できる人が現れたことで、私は舞い上がるほどに喜んでいた。その時はもうこれ以上のことは望まない、京也先輩の気持ちを知れたから十分だと満足していたのに、時間の経過とともにものたりなさを感じてしまう。
「すみません。反省すべきですね」
今のまどろっこしさばかりに注目しないで、視野を広げてもっと長いスパンで成果を期待すべきだった。
京也先輩を前にすると冷静になれるのに、ひとりになると焦燥感に襲われる。これじゃいけない。もっと強くならないと。
「親の動向が気になって仕方ないのは俺もだし、反省なんて言われたら耳が痛いな。……西森さんは、家では親父のこととか割とオープンに話してたりするの?」
む……息子さんにそれを言うのはちょっと恥ずかしいんだけど……。
「……ママは家だと何事も隠す気がない人なので、ほぼ毎日、私の前で溝口さんを褒めて、思い出してはときめいて、片想いの幸せを噛み締めてます」
「人任せなうえに度が過ぎる口出しだって承知して言うけど……、西森さん、その親父が大好きな気持ちを、少しでいいから親父に向けられないのかな」
いやホントそれ。
恋バナのノリでママには何度も溝口さんにアタックしたらって言ってはいるのだけど、どうも一歩を踏み出せないみたいなんだよね。
これまでのどうしようもない元彼たちには、自分から声をかけたりってのも普通にあったのに。
それだけ溝口さんに対してママは本気ってことなんだろうけど……。
「ひょっとして、京也先輩のお父さんが完璧すぎて攻め方がわからないのかも……」
「それはないだろ。さすがに」
ここで初めて京也先輩と意見が割れたけど、私は自分の説を推す。
なんとなく口にしてみたこれがおそらく正解だろう。
うちのママは世話焼きだ。
部屋が片付けられないとか、洗濯ができない男に親切心から手を貸して、そこから恋愛に発展していくことがこれまでの定番の流れだった。
例に漏れず、私が大嫌いだったママの現時点の最後の彼氏も、奴の偏食をママがどうにか治そうとしたのがきっかけだった。
ダメな男のダメな部分にママが見返りを求めず手を差し伸べるものだから……、男はママに甘えて頼りっぱなしになり、ますますダメになっていく。
……あれ?
これってやっぱりママがダメ男を製造しているってことにならないか?
これはまずい。もしかしたら溝口さんまで……と一瞬脳裏をよぎった不安は頭を振って追い払う。
京也先輩のお父さんをママのこれまでの男と同列とするのはさすがに失礼だ。
「完璧かはともかく、しっかりと自立はされてますよね。あくまで聞いただけの印象ですが、溝口さんはあまり人に弱みを見せないタイプというか……。うちのママ、世話焼きでつい尽くしすぎるところがあるから、溝口さんにお困りごとのひとつでもあれば、もしかしたらいいきっかけになるかも」
「困りごとって言ってもなあ……」
食分野は鱈福屋に任せているので不自由していない。
親子共に物欲がなく、日中あまり家にいないので部屋が散らかること自体が稀である。床の掃除は最新の自動掃除ロボットのおかげでかなり楽をしているとか。
洗濯も、スーツやカッターシャツなどアイロンが必要なものは全てクリーニング店に任せて、あとは洗濯機の自動洗濯モードで十分。
溝口家の日常は今以上に誰かの手を借りる必要がない、とか。
「それを完璧だって言ってるんです! 何もかも自分達でどうにかしちゃってたらママのオハコが使えないっ」
「いやちょっと待って。俺の家が完璧だっていうなら、西森さんの家も間違いなく完璧ってことになるよね」
「痛いところをつかないでください」
「だったら理不尽に怒らないでください」
「……すみません。あと、うちは完璧とはほど遠いです……その、私の部屋は散らかってますので」
西森家で最も物が散乱している場所は私の部屋だ。
自分でも理解不能な意地によって口から出た言葉に、京也先輩はそれはもう楽しそうに笑った。こんな顔もできるんだ。
「俺のとこもそうかも。でも、息子の部屋が汚いから掃除に来てほしいなんて、親父には言わせたくないかな」
お気持ちお察しします。
ママと溝口さんが近づくきっかけは欲しいけど、さすがにこれはなしだろう。
「まあ、様子を見るのが基本なことには変わらないだろうし、やっぱり気長にいこうか」
「そうですね。……あの、このあいだはすみませんでした。大した問題でもないのに連絡してしまって」
「気にしないで。むしろうちの親父がごめん」
「いやいや……」
謝罪合戦になりそうなのでここらへんで止めておく。
京也先輩は学校で聞く噂通りに優しい人だ。意見の押し付けがなくて、包容力がすごい。
そのうえ聞き上手だから、私ばっかりが一方的に話してしまいそうになる。これは気をつけないと美奈子と一緒にいる時のノリで余計なことまで口走りかねない。
「俺も気になることとか共有したいことができたら連絡してもいい?」
「もちろんです。ママが何かやらかした時はすぐに教えてください」
「了解。……たぶん西森さんより親父のほうがやらかす頻度は上だと思うけど……」
京也先輩の後半の声が聞き取れず首を傾げたら「なんでもない」と返された。深く追及することでもないだろうと頷いておく。
作戦会議という名目の私の愚痴にひと段落着いたころ、美奈子の目を盗み鳥元先輩がこちらに乱入してきた。
押し付けるようにマイクを持たされ、どうすればいいのかあたふたしていたらタイミングよく退出十分前を知らせる電話が鳴った。
延長を申し出ようとした鳥元先輩を美奈子と京也先輩が抑え込み、その代わりに鳥元先輩の希望する国民的ヒットソングをみんなで歌ってその場はお開きとなった。
「だめだなぁ、モリリンはもっとはっちゃけないと」
「……音痴に無茶振りはやめてください」
歌唱力ゼロ人間にカラオケはハードルが高かった。ひとりで歌わせなかった先輩や美奈子の温情が身に染みる。
それにしても、スピーカーを通した自分の声なんて初めて聞いたよ。私の声って周りにはあんな風に聞こえているのかと、歌以上に衝撃だった。
「そう? そんなに音程外れてなかったよ? こういうのは楽しんだもん勝ちなんだから、はっちゃけた自分を顧みた時点で負けみたいなもんだよ」
「その論でいくなら負けでいい気がしてます……。でも、貴重な経験ができました。誘っていただきありがとうございます」
「あははっ、モリリンってすんげぇ律儀。どういたしまして。また歌おうね」
最後の誘いは本気かどうか確信が持てないので、愛想笑いで返しておいた。
できればカラオケはしばらく遠慮したい。
個室で話せるし楽しい便利なところではあるけれど、調子に乗って使いすぎると気付かぬうちにお金が飛んでいく。
今年は美奈子と夏服を買いに行くって約束してるんだから、その時の楽しみのためにも出費はなるべく抑えたい。
だからといって京也先輩と直接話せた時間を無駄だと思いたくないし、お金がもったいないからと今日の誘いを断るという選択はできなかった。
直近の無駄遣いといえば、週末に買ってしまったコンビニスイーツぐらいか。……あれはもちもちのクレープ生地に甘酸っぱい苺ソースが絶妙に合わさっていて美味しかった。夕食後に食べたママも喜んでたし……。
結局は自分に甘いだけな気もするけど、ケチと倹約の判断が難しい。
「あんた溝口先輩とは普通に話せてたわね」
「そりゃあ先輩はすごく気を遣ってくれる人だし、近くに美奈子もいたから」
「それでもすごい進歩じゃない。さっきは鳥元先輩ともちゃんと受け答え出来てたし」
「鳥元先輩は明るさと自分のノリを他人に押し付けようとしないからだと思う。それに……以下略」
「私への賛辞を略してんじゃないわよ」
恥ずかしがったら軽い肘打ちをくらってしまった。伝わってるならいいじゃない。何回も言わせないでよ。
先輩たちと別れて美奈子と駅方面へ歩く。
たしかに京也先輩と気兼ねなく話せていたかもしれないけど、こうして美奈子とふたりになると一気に肩の力が抜けた。
頭の中では京也先輩とのさっきのやり取りが繰り返される。私、先輩に失礼な発言をしてなかったらいいんだけど……。
「美奈子こそ、鳥元先輩とすごく楽しそうだったね。ふたりとも歌がすごく上手でびっくりした」
京也先輩と話す傍らで音程も取れて自信に満ち溢れた歌を聞かされて、私のカラオケに対するハードルが上がりまくったところにとどめとばかりにマイクを渡された時は、本気でどうしようかと思った。
あの空気で私ひとりに歌えと迫る人が誰もいない、あの場は本当に優しい世界だった。
「期待されても面白い展開はないわよ。鳥元先輩は誰に対してもあんな感じなんだから。あんたと溝口先輩の遠慮しあいのギクシャク感のほうがよっぽど伸び代があるわよ」
「変な解釈しないでよ。私が京也先輩になって欲しいのは恋人とかじゃなくてお、……お兄さんなんだから……」
改めて言葉にすると恥ずかしさが倍増した。そっか、今までそんなに深く考えてなかったけど、遠い未来にもしもママと溝口さんが結婚することになったら、私と京也先輩は兄妹になるのか。
「はいはい。優しいお兄ちゃんでよかったじゃない」
こっちの心情を見越したうえでからかってきた美奈子を今度は私が肘で小突いた。




