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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月5日 火曜日
98/144

間奏曲 ――きょうだい――

10月5日火曜日。明け方。

67.『秋霖』に響く歌声②の後、間奏曲――第二指揮者――の前の話です。

 宿舎の三階、暗い窓の外には静かな雨が降るだけだった。

 この階は二人で使っているため、他の誰の姿もない。外の雨と同じように、静かな空気だけがこの廊下に満ちている。

 いくつかの空き部屋を通り過ぎ、目的の部屋に辿り着けば隣を歩く兄が扉を開けた。

 一歩中に入れば虚勢を張るだけの気力も消え失せ、倒れ込むように全てを手放す。――絨毯が敷かれ柔らかい床だったが、そこに落ちずに済んだのは隣に立つ左翼が片腕を掴んでくれたお陰だった。

 何も言わず、仮面で隠された顔は雨戸で塞がれ暗い部屋の中を向いている。誰のことも見てはいない。

 だが互いに言葉を交わさずとも、ここまで側にあった関係だ。自分以上に今の自分がどういうものか分かっているだけに、最低限必要なことをしてくれる。

 片手で抱えられれば『弟』を運んだ。――自力で立つことも今は限界だったからだ。

 意識から切り離していた疼痛(とうつう)が、いつまでも無視することを許さずこの身を苛んでいる。

 思っていたより、霊力を使い過ぎてしまっていたらしい。

 苦痛で手放したくなる意識の中、隣接する部屋に並んだベッドに無造作に置かれれば、手の近くに剣を置かれ力の入らない手でなんとか握った。

 自分が有する霊力の上限は分かっていたつもりだったが、方天としているときは大海のように溢れ満ちているものだけに、力がないことはこんなにも不便だったことを改めて知る。――あまりの無力さに呼吸すら出来なくなるようだった。

 感覚の鈍る手の中に『凍てつく花(パゴノ・ルルディ)』を感じる。まだ物に触れる感覚が、自分が『自分』である証に思えた。

 (きびす)を返し次に必要なものを準備しようとしていた左翼の足が止まった。不自然な足取りのまま、ベッドの上で苦痛で身動きが取れずにいる『弟』の近くに戻れば、第三者の声が届いた。

『どうして無理をしたんだ――?』

 顔の近くに蓋が開けられた金色の懐中時計が置かれれば、よく知る声が聞こえる。

 昔からずっとそばにいた声だ。足らぬものを埋めてくれる存在、それがこの声の主でもある兄のヒルトだ。

 今ここに在ることも、慕う両親の側にいられることも、この『兄』なくしてあり得ないことだった。

『ただでさえ普段以上に制約が多んだから、深追いするなと伝えていただろ。その身に起きていることはお前の『神威(しんい)』で抑制しているだけにすぎない。バランスが崩れればどうなるか、――忘れたわけじゃないよね?』

 微かな苛立ち混じりの呆れた息遣いが、丸い金色の時計を模した玲器から鮮明に耳に届けられる。

 声の主はずっと遠くにいる。この街よりも遥か遠く、両国を隔てた壁の向こうの聖国から届くものだ。

 懐中時計の形をしているが、精霊を使い同じ玲器を持つ者へと声だけのやり取りができる代物だ。――叔父や父にも渡しているが、二人には霊力がないため近い距離でしかやり取りが出来ない。この街中であれば問題なく使える程度の代物でもある。

 国を跨ぎ使用できるのは、道中通信のための『基盤』をここまで来る道のりに設置してきたからだ。電話のように線を繋げる必要はないものの、離れた場所でも基盤を通じて精霊術が届くため内密にやり取りができるようにしている。

 返事が出来ないほどに疲弊していることを知っているだけに、時計の向こうの人物はわざとらしく大きく息を吐きこの話を切り上げた。

『ぼくは外野だからとやかく言うことくらいしか出来ないけどさ、お前になにかあればぼくもみんなも困ることは理解してる? ――ティアラやセーレだって悲しむよ』

 先ほど振り払った母の名に、初めはそのまま遠ざけることが出来た事に安堵していた。

 意志を尊重したいものの大事な人だ。例えこの手を切り落とすことになったとしても、安全な場所へ行って欲しいと願っていた。

 手の届かぬ背中から、この身を蝕むために伸びる痛みに息が漏れた。

『それにしても……、新しく出来た友人がいい人で良かったじゃないか。ヴァイスも言ってたけど、彼、本当にお前のことを心配してたんだ。――それにティアラとも面識があったなんてね。まぁ、お前がうちにいる期間を考えれば、セーレの妻だし、ラウルス(そっち)にいたことがあるって言われても不思議はないか』

 返事が出来ないことから、声の主は会話することを諦めたらしく声のトーンが数段軽くなった。

『さっきもそうだけどさ、セーレのこともよく知っているみたいだし、常識のないお前に親身にしてくれるなんて彼、お人好しが過ぎるんじゃないか。かわいいもんだ。――あの女王が過保護にしてる理由がよーく分かった気がするよ』

 先ほどの会話も聞いていたのだろう。それを思い出しながら冷たい金属の向こうの人物はひとり、見てもいない状況を面白がっているようだった。

 だが『兄』の独り言に構う余裕が今はなく、言葉と共に先ほどの出来事が脳裏に蘇った。

 呼び止められても振り返るべきでなかった。ここへ戻る前から突如襲った鈍痛に、普段のような振る舞いが出来なかった。――弱ったところなど、誰にも見せたくなかったというのに。

『それから左翼――、頭のそれ(・・)も外してやって。少ないけどそれも霊力を使う物だし、回復するまで外していい。――代わりにみんなにはぼくから伝えておくから、クリスはしばらく休んでて』

 音もなく離れていた左翼が、声の指示で戻る気配がする。――弱る手で黒髪のそれを外せば頭部の圧迫感がなくなり、隠していた父と同じ色の髪と、銀色の頭飾り(サークレット)が力なくシャラリと音を立てベッドへと落ちた。

 わずかだが霊力を使い、常に周囲の音と会話と思考の一部を記録する代物だ。――普段使用しているものより大きい作りになっているのは、ただの『人』に限りなく近付いてしまったため。精霊と術式を介し、遠く離れた『兄』の元へと直接情報を届けてくれる玲器である。

 一方的に情報を送るものであり、常にこちらの動向を聞いているわけではないが、手隙の際に情報を整理し共有してくれるため、『兄』のことは頼りにもしていた。

 遅れて左翼がやってくれば髪に絡むサークレットを外し、同じように側に落ちた黒髪のカツラも拾えばまた離れていった。

 手から伝わる剣の冷たさのおかげか、頭に載せていたものがなくなったおかげか、少しだけ息がしやすくなった気がした。

『どうせお前のことだ。この前みたいに友人も振り払うつもりだったんだろうけど、結果的に悪くなかったんじゃない? あそこでもお前の正体を隠してくれるとまで思わなかったけど、彼の人となりがよーく分かったし、ガレリオたちも彼のような人物は好きだろ。ふふっ、追い詰めればより一層勤勉に働いてくれるだろうね。――って聞いてる?』

「――聞い、ている……」

 喉につけていたチョーカーに触れ、変声用の玲器も役割を止めさせる。

 聞き慣れた自分の声の高さが部屋に響けば、苦悶が滲む弱々しさに耳を塞ぎたくなった。

『そう……。これ以上おしゃべりするのはやめておこうか。回復するまで絶対に安静にしてくれよ。――左翼、悪いけどクリスのことは頼んだから』

「あぁ」

 離れた地でも変わらぬ愛想のない返事に、故郷にいる『兄』がくすりと笑った。

『お前がいてくれればぼくも安心だ。――面倒だろうけど左翼にしか頼めないことだし、クリスのことよろしく』

 通信機から金色の懐中時計に戻れば、蓋を閉め左翼が自分のポケットのひとつにそれをしまった。

 空いた手で力の入らない身体を抱えられ、部屋を出れば激しい水音が近付く。

 入ってきた扉はすでに閉まり、灯りもつけられていないことから真っ暗な闇に覆われてしまったがここは浴室だ。――水音のする部屋に入ったのが分かると、ほのかな暖かさが身を包む。

 左翼の手が離れ床に足を着けるも、立つ気力がまだ戻らずそのまま壁に身体を預けながら床に座る。すぐ隣から勢いある水音共に小さな水滴が跳ね、徐々に鈍い音へと変わって行った。

「靴くらいは脱げるだろ」

 その声に促され足を締め付けているブーツのバックルに手を伸ばし、パチンと音を立てながらひとつひとつを外していく。鉄板が入っているためこれも重さのあるものだ。容易には脱げず、戦闘の際に攻防を兼ねるものでもある。長く使っているものだが、この重さのせいで背が伸びないんじゃないのかと、以前西方天に言われたことがあったことを急に思い出した。

 会った時は同じ背丈だったのに、気付けば抜かされたのは少し悔しい記憶のひとつだ。好戦的で何かと勝負したがるものの、未だ勝ちを譲らないのは小さな意地がそうさせているのは秘密だ。

 重いブーツを身体から引き離し、袖を通していたコートを適当に脱ぎ捨て水音のそばへと近付く。

 四方がタイル張りのせいか身体が冷える気がした。徐々に響かなくなる水音と今いる場を隔てるものにぶつかれば、そのまま波打つ水面に手をつく。――揺れる水面は支えてくれなかったため、体温くらいのぬるい水の中に腕が飲まれていった。

 大して溜まっていない湯船だ。重い身体を支えるように底に手をつけば、ゴツゴツとした塊に手が触れた。――精霊石だ。いくつも底に入っており手が触れたはしから徐々にそれらは淡い光を放っていく。

 このぬるい温度と石たちが、この身を癒してくれる手段のひとつだ。

 緩慢な動きに剛を煮やしたらしく、背後からため息と共に左翼が近付き、持ち上げられ中へと押し込まれる。ぬるい温度が服を濡らし重くなった身体をより一層底へと沈めていく。――呼吸器官が水の中にあったとしても、微かに機能する権能がこの身を死に至らしめることはない。むしろ全身で失った霊力を補おうとするため、こうすることが一番この身を回復させる術でもあった。

 母の見送りは誰に頼もう――。

 全身が水の中に沈められていく中、先ほどの傷つき諦めた母の顔を思い出す。

 最後まで傍にいたいが、そんな身勝手な願いなどあの人たちは喜ばないだろう。

 せめて今の自分に出来ることを――。

 疲労と微睡みが湯と共に圧し掛かり、意識を手放した。


 滔々(とうとう)と溜められていく水と共に静かに休んだ『弟』を確認し、左翼はこの場を後にした。蛇口からまだ湯が流れているが、別に溢れても排水溝があるし部屋まで来ることはないだろう。

「こーんなところまで子守(・・)を任されるだなんて、相変わらずね左翼ってば」

 浴室を出れば暗い部屋から声が届く。――通信が切れたことを察して入ってきたのだろう。良く知る相手だけに勝手に部屋に入ったことを咎めるのが面倒になる。

「何しに来た」

「そんなの決まってるじゃない。死にかけの東方天サマを見に来たのよ――。あぁ、なんてかわいそうなのかしら。怪我した上に呪われるだなんて、あまりの間抜けさに蒼龍神(かみ)も嘆いていらっしゃるわ」

 憐れむ言葉とは裏腹に、くすくすと息の擦れる音が上機嫌だと伝えている。

 いまだ部屋は暗いままだが、互いに存在は認識出来ている。――部屋に置かれているソファのひとつにそいつは足を組んで座っていた。この時期だというのにこいつはどこか肌を露出しないと気が済まないのか、露わになった足が見ているだけで寒々しい。

 昔は互いに関与しなかったというのに、ある日をきっかけに様々なことが変わった。――その変化のひとつがこの女だ。

「でもね、こんな死にかけじゃつまらないわ。誰がなんのために『フィフス』の噂を流してあげたのか分からなくなってしまうってものよ。この先、わたくしの『妹』を使った方が面白くなるんじゃないかしら? ――どうせしばらく大人しくしているのだから、代わりに『フィフス』になってあげましょうか?」

「当代様が嫌がるからやめておけ」

 王家の連中が『フィフス()』を信頼しているのは、アイツがソリュード家の人間であり、性格(中身)をよく知っているからだ。中身が違えば手の平を返され敵になるのも時間の問題だろう。ややこしい上に面倒が増えるだけの事態を想像すれば、心底やめて欲しい話だ。

「――がっかりされてしまうかしら? わたくしが当代様の計画を台無しにされたら――。あぁ、どんなお顔で気分を害されるのか見たくて見たくて仕方がないわ……っ!」

 ここに居ない相手を想像し興奮しはじめたのか、ソファに打ち沈み転がって床に落ちた。息遣いが荒くなる女に、

「迷惑だ」

 抗議の意を含んだ事実を伝えるも、面倒だからこれ以上構うことはしない。

 暗い部屋を移動し、寝室として使っている部屋に行き着替えることにした。――ここは兄弟で使っている部屋だ。昔から一緒にいるためお互い気にしない相手だが、久し振りにひとりだ。

 ベッドに身に着けていた外套や装飾品やベルトの類を放っていると、隣の部屋でひとり身悶えていた女が入る気配が伝わる。

「用がないなら出ていけ。――ここには俺とアイツしかいないことになってる。蒼家(うち)の人間が他にもいるって知られでもしたら面倒だ」

「誰かさんが『Avici(ゴミ屑)』を取り零したせいでここまで来てあげたのだから、少しは労ってくれてもいいんじゃなくて? ――それに第一王子のことを教えてあげたのはわたくしたちだし、あの子が動きやすいように仕込みをしてあげたのもわたくしたちよ」

 勝手に部屋の奥に置かれた燭台に、その女が燐寸(マッチ)で火を灯した。――休むつもりだっただけに、明かりをつけるつもりはなかった。

 くるりと燭台を背にした女は、着替えるこちらを気にした様子もない。何もかもを互いに知っているだけに遠慮がないし気遣いもない。なので気にせず新しく用意した服に袖を通していく。

 会うたび髪の色を変えている女だが今は漆黒に染めており、同じはずの目の色も今は黒く染まっている。――色付きのレンズを瞳に入れて変えているのだろう、見慣れない姿に隠された顔を(しか)める。

 こちらの様子を察知したのだろう、くすりと笑うと隣のベッドに腰かけた。『弟』と同じように学園の制服を見に着けているが、こちらは女生徒の制服だ。コイツの趣味でははない恰好を大人しく着ているだけに違和感が強く、もう一度顔を顰めた。

「それはクルスに言え。お前たちに頼んだのはアイツだろ」

「頼んでくださったのはお兄様だけど、ちゃーんとみんなのお役に立っているでしょ? ――こういう格差の強い場所は人々に隙が生まれやすくて大変ね~? 常に不平等を目にしながら生活することを有難がる精神がそうさせるのかしら。壁に囲われた小さな街だけど、まるでこの国そのもののようよ。――なかなか楽しいところよねぇ左翼?」

「どうでもいい」

 着替え終わり、脱いだものを片付ける。――ついでに浴室で脱いでいた『弟』のコートとジャケットも持ってきており、同じように片付ければ邪魔な客以外は正常に戻る。

「雑談したいなら他を当たれ」

「はぁ、つまらないわ。……当代様が望む以上のこと、わたくしならなんでもしてあげるというのに」

「そういうところがウザいんだろ、ギニヴィア――」

 共に育ってきた『同胞(きょうだい)』のひとりであり、二人の妹と共に『三爪』の名を与えられたひとりでもある。――ヒルトが名を与えるまでは普通だったのだが、役割を与えてからかヒルトとクリスに執着しているひとりだ。

「さっさと出てけ」

「あら、わたくしを追い返していいの? これ(・・)が欲しくないのかしら」

 サイズの合ってないジャケットのボタンを外し、どこに隠していたのか封筒のひとつを指先で挟み見せて来る。

「関係者の名簿よ。――これがあれば、あなたの嫌いな面倒も早く終わるわ」

 くすくすと耳障りな音を立てながら、何故かジャケットを脱ぎ捨てた。――なぜ部屋を散らかすのかと仮面の下で睨むが、察する気もない相手は首元につけていたリボンをはずしてどこへともなく放り投げている。

「勝手にしろ」

「もう、左翼ってばノリが悪いんだから。――わたくしもいらないからあげるわ」

 こちらに封筒を投げれば、そのまま靴を脱ぎ靴下を放りながらスカートを落としこの部屋を後にしていく。嫌がらせのような散らかし方に、面倒臭さが上回り見ないことにした。

 封もされていない封筒を開け中の紙を取り出せば、人の名が連なっている。

 元から目を付けていた人物の名もあるが、それ以外にも記載されている。――学徒失踪事件に関係している者たちの名のようだ。

「そういえば、あの王子サマってばわたくしの香りが効かなかったのよ。貴族には効いてたのに、王族には何かあるのかしら。隙だらけだと思ってたのに……、何か知ってる?」

 この部屋を後にしたはずのギニヴィアが、ボタンを外したシャツを羽織るだけの恰好になり戻って来た。普段からほぼ全裸のような恰好でその辺をうろついている人物なので、恥じらいという概念は既に死んでいるのだろう。蘇生も既に手遅れだ。

「さあな」

 恥じらいはなくとも目的のためならなんでもする女だ。詳細な名簿を見るに、かなり近い関係者たちの傍に潜り込んでいるようだ。

 今もほのかに漂う甘さのある香りは、心に隙のある人を篭絡(ろうらく)する武器のひとつ。大抵の人間は香りのせいでこの女に(ほだ)されるのだが、確かに王子は邪険にしていたと二人のやり取りを思い出す。普段ならクリスが香りを消すが、使える霊力が限られているため何もしてなかったはずだ。

 女王付きメイドのように、傍らに居た侍従たちが護身用の装身具を見に着けているのかもしれない。

 そんな推測をしてみたが自分には関係ないことから、手にした紙をたたみ近くの机の上にそれを置いた。同胞(こいつ)に伝えるべき情報でもないし、これ以上構うのは面倒なので燭台の火を消しに移動する。

「しばらくクリスは起きないでしょ。――エレノアに『フィフス』になって代わりに(さぐ)ってもらおうかしら」

「王子はエレノアの写真集を消し炭にしてたぞ。近付けない方がいいんじゃないのか」

「えっ――、あんなに可愛いものを……? 信じられない……」

 一瞬で燃やしたことが余程衝撃的だったようで、自分や配下たちに熱心に話していたのを思い出す。――ファンだと勝手に『弟』が言い出したことだが、あながちハズレではないのかもしれない。

 ギニヴィアの仕込みでエレノアにクリスの言動を真似させているが、やはり元は違う人間なのでクリスを知っていれば違和感にすぐ気付く。――王子とは深い知り合いではないはずだが、双子がなにか情報を伝えているだけに気付くものがあるのだろう。

「『フィフス』を使うなら、うまく立ち回れよ」

 ダメだと言って話を聞くような性格でもないことから、一番面倒の少なそうな返事をし火を消した。

使い方(・・・)なら十分すぎるくらい分かっていてよ。――おやすみ左翼。少しの間ならわたくしが見ててあげるわ」

 はらりと何かが落ちる音と共に、この部屋を後にしたギニヴィアにようやく息をつく。

 ここに三爪が先に来ていたのはAviciの動向を探るためでもあるが、クリスにかかる呪いについて情報を得るためでもあった。ギニヴィアが邪術について、二番目の妹がAviciについて、三番目の妹が市井(しせい)でそれぞれ情報を集めている。――先日王族へ渡した情報は聖都を通じて情報の交換と術の解明に動いており、新たな情報をもらったギニヴィアが解術を試みるために来ているのだろう。

 服を脱ぐ必要は微塵もないが、何か言って聞くような性分でもないしと腰に差している二本の剣を抜いた。

 自分のベッドに身体を預け、ずっとつけていた仮面を外した。己の目で見る暗闇は一段と暗さを増すが、休むには丁度いい。――普段なら外すことはしないが、ギニヴィアがいる間だけでも楽になりたかった。誰かが来てもアイツが追い返すだろう。そういう意味では便利な同胞(きょうだい)だ。

 青龍商会の仕事はクリスが中心になって行っている。失踪した人物の居場所と生存確認、不穏な場所の調査と索敵だ。ここの兵士たちも使っているが、他人の目を通した情報よりも術を使った情報の方が正確で過ちも起きない。左翼は弟の補佐が中心で、不測の事態に備えるための予備の要員でしかない。――だが四六時中護衛すると言うのは、慣れていても疲れるし面倒なことには変わりない。

 この数日で三爪の協力もあり、比較的早く終わりが見えてきた。目を閉じれば、離れた部屋の水音だけが耳に届く。――遠く離れた生家と同じような音の中、この束の間の休息が永遠に続けばいいのにと思いながら浅い眠りについた。

ここまでの登場人物紹介を載せています。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/670495/blogkey/3296685/

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