間奏曲 ――第二指揮者――
10月5日火曜日。早朝。
67.『秋霖』に響く歌声②の後の話です。
「なーんだ、あれって坊っちゃんの思い違いだったんすか。いや~~~、王子さま方に大事がなくてほんっとーによかったですよ」
突然の知人との邂逅に、フィフスの冷たい対応。――その状況だけでも十分戸惑うものがあったというのに、主が親しんだ知り合いよりも友人を気遣うところを見てしまえば、大人しく事の成り行きを見守ることしか出来なかった。
幸いにも事情を軽くこのガレリオ・ブランディ、――赤味の強い癖のある短い髪と晴天の空のような色の瞳を持つ、気さくな東方軍第三師団の師団長は教えてくれた。
あの冷たい言い方はここまで連れてきた彼の御婦人を心配しており、近衛の宿舎であった事件から遠ざけたいため。それにしても――、と思わなくもなかったが、ここの兵士たち含め皆が謝るものだから渋々納得することにした。
自分にとって大事なものが主であるならば、扱いは違えどフィフスのことを彼らも尊重しているということなのかもしれない。
「えぇ、――フィフスがそんなに心配していたとは存じ上げませんでした。道理で温度感が違ったわけです」
ここに自分たちを、――いや、自分を招いた目的を教えて貰えば、東方軍もフィフスと同じ目的だった。
青龍商会の仕事の一部を担っているようで、フィフスとは違うアプローチでここでのことに対処しているということだった。
またゼルディウス様のことも親身に案じて下さっており、主がお席を外されたのは少し良かったかもしれないと用意してもらったカップに口をつけた。ゼルディウス殿下を聖国に連れて行く件も知っており、フィフス同様お戻りになる手伝いをしてくれるつもりのようだ。
「俺も昨日その話を聞いて、ここの男子寮って思っている以上にやばいのかと心配してましたよー。――昨日そっちに行ってからそのまま外に行ってしまったので、誤解が解けている件も知らなかったから教えて貰えてありがたい限りっす」
窓の外の天気とは対照的なカラリとした笑顔だ。周囲の兵たちもこちらを気遣いつつ、事態が大きくなかったことに安堵している様子だった。
ゼルディウス様がお戻りになるのであれば、男子寮の環境を変えていくことも大事だろう。――昨日の決闘のおかげで貴族たちにも変化があったことから、このまま良い方向へ進んでくれることを期待していた。
「どうして北方軍の兵でなく東方軍の皆さんがこちらにいらしたのか理解しました。……ただ皆さんは公僕なのに、私設機関に助力されるのはどうしてなのでしょうか。東方天さまの指示があったということでしょうか?」
「まぁ、そんな感じですかねー。確かに青龍商会は私設の機関ですけど、俺らが関知できないような部分を担う部分もあるんで、事の次第では俺らだけじゃなく方天が応じることもあるんすよ。もちろんその分手当もつくし、駆り出されてもやるべきことは変わらないっすからね。いいかなと」
東方天が二週間以上表に出ないのは休みを取っているからと以前聞いていたが、主ほど聖国のことを知っている訳ではないため良い機会だと思い彼らと歓談を続けていた。――どうにもお相手して下さるエリーチェ嬢が来ないのと、元々情報交換のために話をしたいと思ってくれていたようなので、こちらとしても色々聞くことにしたのだった。
「フィフスは神職だと聞きました。……殿下がヴァイス卿の担当授業に彼が出ることを懸念されていたのですが、もしかしてヴァイス卿はそのことはご存知ないのでしょうか」
「ヴァイス様の授業って歴史とか文学でしたっけ? ――なにかやばい授業でもしてるんですかあの人」
急に真剣な顔つきになったブランディ殿に若干気圧される。――いや、周囲も神妙な顔になっているので、言外のプレッシャーが思ったより大きく伝わって来たようだ。
疑問に思いつつも、何か懸念があるのだろうと言葉を続ける。
「……以前はそうでしたが、今は情操教育を中心にしたロマンス学という特別授業を受け持っております。性教育も兼ねているので、聖国の神職の方には向かないのではと殿下が懸念されておりまして……。実際はどうなのかと思った次第です」
目を瞑り天を仰いでいる。周囲も何か考え込むポーズをとっており、事情が呑み込めないけれどやはり主の懸念の通りだったのだろう。
だがこの異様な空気に飲まれることも出来ず、ただ馴染めない疎外感を自覚する。
「なるほどなるほど。そういう内容であれば、確かにうちの坊っちゃんにはちょーっと合わないですね。むしろ受けさせたら後が怖いので、教えて下さりありがとうございます」
「……やはり御法度なのですか?」
慇懃に礼をしつつも、何か落ち着かない空気に思わず座り直す。
「いやー、知識くらいはあると思うんすけど、本人は興味も関心もないっすね。以前あの人の前で下ネタをうっかり言ったこともあるんですが、あとで保護者たちに即バレした上にしこたま怒られたので関わらせない方が賢明かと。ヴァイス様はどーせ俺らが困るところを見たいんでしょ。教えてくれてほんっとにありがとうございます!」
力強く礼を言われれば、両手を握られ低く頭を下げられた。――ヴァイス卿の性格は知っていたが、ここの人たちとも随分と親しい関係のようだ。
あまり帰省されないのは有名な話だが、気の合う者同士というのは会うことが少なくても変わらず信頼できる関係が続くのだろうか。主にはあまり親しむ他人がいないだけに、ヴァイス卿の交友関係の広さはなんとも広大すぎて、知れば知るほど途方に暮れる。
「お役に立ててなによりです。それにしても保護者、ですか……。彼は箱入りなのですか?」
「そうですね――。あの人の父親も当代様もどちらも怖い方だから、板挟みになる俺らの事を虐めないで欲しいですよ~、まったく!」
彼の兄だとは聞いていたが、予想以上に過保護にしているのか。習慣の違いなのか世間知らずなところが多すぎて、父親もという話になんだか納得する。
「それはそれとして。――俺が代わりに授業に出ましょうか」
真剣な眼差しをこちらにまっすぐと向ければ、「代返かよ」などと軽口と共に、周囲の者がブランディ殿を小突いている。
「だってあのヴァイス様だぞ? あの人の授業だなんて……、絶対ディープな話をしてるにちがいない。生涯で一度は受けておきたいだろっ!」
小突く周囲を制しつつ立てば、そんなことを力説し始めた。――どうやらフィフスよりも、この方を主に近付けさせない方がいいかもしれない。何とも言えない状況に感情も引いていく。
「ついでに言えば気になってたんですけど、――王子さまはどういったのがお好きなんですか?」
「……というと?」
くるりと身を翻し、腰を落とし声を落としこちらに近づけば、周囲もこちらに注目してきた。――意図は分からないけれど、今の流れからよろしくないことを期待していることだけははっきりと分かる。
「いえ、なに、――普段、おロイヤルな方がどういった御趣味をお持ちなのか興味深々なだけで」
「お話しすることはありません」
「心の壁が高い――。ヨアヒム様も教えてくれませんでしたけど、ガードが固すぎませんか王家の方々って」
場を和ませるためだったのだろうか。どこまでが冗談で本気か分からないくらいに、神妙な面持ちで嘆く彼らに思わずため息が出る。
フィフスの父親も兄も、彼の調子を見かねて叱るのではと考えに改定を入れるか悩んだ。
話題を変えようと、もうひとつ気になっていたことを訊ねる。
「……昨夜のことなのですが、フィフスが鍵も持たずに外から部屋に鍵をかけていたのですが、一体どうやったのでしょうか」
「はは~ん、もしかしてそんなことが? どなたかに?」
席を立っていたブランディ殿が元の席に座れば、顎の下に手を当てこちらに確認をしている。
「――昨夜、フィフスが殿下の部屋を後にした際に、鍵も渡されていないのに殿下のお部屋に鍵がかけてありました。……戸締りをして下さるのは有り難いですが、得体が知れないことをされるのは正直受け入れられません」
勝手に閉められるということは、逆に許可なく開けることも可能ということだろう。
仇成すつもりがないことは重々承知している。あの時改めて信用するなと戒めてきたことから、己の気の緩みを指摘されていることも分かる。
ただやはり気味が悪い。
歴史ある建物でもあるため、あの場所も堅牢な警備が敷かれているとは言い難い部分もある。――以前もご姉弟たちの前で、言外にリスクを指摘してきたことを思えば、気を抜くなという警句でもあるのだろう。
ゾフィ様もそういった面を活用されているのだとこの件で重々理解したが、原理も分からないものを受け取るための準備が出来ていない。持ちきれないものをどうしたらいいかと、昨夜から消化しきれずにいた。
「鍵を? あの人、破壊以外にもできたんすねぇ。――いや、失敬失敬」
軽口を叩くも、温度感の差に気付いたのかすぐに謝ってきた。
「精霊術を使ったんだと思いますよ。あの人の前で鍵を見せてないですか? 覚えてたから作ったんじゃないすかねー」
「作った……?」
主と共に部屋に戻る際確かに鍵を出したのは覚えているが、あの時のことを指しているのだろうか――。手に取らせたわけでもないし、比較的古いものだから簡素な作りといえばそうだが、あまりにも異様な話に寒気がした。
「たまーに俺らも部屋の鍵無くした時に代わりに作ってもらうんですよー。あの人自身は悪用する気はありませんから、その……、――できれば示談で、示談でお願いしますっ!!」
急に立ち上がり深々と頭を下げる東方軍第三師団のガレリオ・ブランディに続き、周囲の人間も姿勢を正し並んで頭を下げてきた。
フィフスが初めにブランディ殿を登用したと女王陛下の言を思い出せば、彼らの間にはひとかたならぬ想いがあるのかもしれない。
ため息を吐く。――自分もディアス殿下に付き従うことが出来たことについて忠義も誇りもある。適当にしているように見えて、急に統率の取れる様を何度も目にしただけに彼らの中に似たようなものを感じていた。
「……少々驚きましたが私も不注意でしたし、事を大きくするつもりはありません。私も以後注意致します」
「ありがとうございます~。寛大な心に感謝……」
気が抜けたのか、人の好い笑みを見せだらりと元のソファにブランディ殿が身体を預けた。
「――ガレリオ、”コンマス”から連絡があった」
周囲も安堵していると、入口から見覚えのある御仁が現れた。――モカブラウンの短髪に緑色の瞳、銀縁眼鏡を掛けたここの文官のリッツ・ダリミルと、オリーブ色のウェーブがかった髪を軽く縛った灰色の瞳をした副師団長のディーノ・ヴァツラフだ。
こちらの姿を見れば、二人は姿勢を正し拱手した。
「こんな早くから起きてるなんて珍しい……。すみません侍従のおにーさん、ちょーっとお偉いさんに呼ばれたんで席を外しますね。我が家と思って自由に寛いでいってください」
「いろいろとお話し下さりありがとうございました、ブランディ殿」
「ガレリオでいいすよ。殿とかつけられて苗字で呼ばれるのあんま落ち着かないんで、堅苦しい場でなければ気軽に呼んでください。じゃあまた」
フィフスと似たようなことを言えば、片手をあげリッツと共にこの部屋を出て行った。
「コンマスって、コンツェルトマイスターのことですか?」
ふと気になって声を掛ければ、ガレリオと代わるようにディーノが来た。
「音楽好きの知り合いがそう名乗っていらっしゃるんです。本人的にはジョークのつもりなんだと思いますよ」
ジョークでそう名乗る意味が分かりかねるが、『お偉いさん』という言葉からそういった趣味の御仁はいそうだと頷いた。
湯気の消えたカップに口をつける。熱が引いてもなお香りの良さと爽やかさが心地よい。――以前も姫様が喜んでいらしたが、この香りの良さは水が違うからと言うことらしい。ラウルスでは地下水などを浄化し、井戸や上水道を使って人々の生活の基盤に組み込まれている。聖国にも井戸も上水道もあるようだが、基本精霊の加護を宿した水を人々はいつでもどこでも使えるらしく、方天たちが存在する恩恵のひとつということだった。
「東方天さまは休暇中と伺いましたが、どちらでお過ごしなのですか?」
今頃主もティアラ様とそんな話をしていそうな話題だが、神の代行者の休暇というものが想像できず尋ねてみた。
「詳細はあまりお教えできませんが、――新しくできたご友人と楽しくお過ごしのようですよ」
焼き菓子だろうか。10センチほどの大きさの菓子を皿に山のように盛り、側の小机に置かれた。
「そうですか。――楽しくお過ごしであればなによりです」
「えぇ、ありがとうございます」
副師団長のにこにことした笑顔に促され、菓子のひとつに手を付ける。――上品な甘さのそれはまだ温かく、出来たてだった。先日も頂いたが、兵たちが作っているという言葉に嗜好品として質が高い。パティシエが兵士としているのだろうか。
しっとりとした生地に練り込まれたバターの香りとレモンピールの香りが空腹を刺激する。皿の上にあるそれは美的センス皆無な盛り付けだが、今の胃袋には魅力的に見えもうひとつに手を伸ばした。
「おはよ~、寝坊しちゃったよー」
しょぼしょぼとした声で現れたのは手合わせ予定の相手、エリーチェ嬢だった。――雨だから仕方ないのだろうけど、昨日会ったときまで軽やかだった黒髪が、どうしたらそこまで乱れるのかと疑問に思うほど乱れていた。
「あれ? アイベルさん来てたの? うそー、手合わせしてくれるならもっとはやくきたのにっ!」
「エリーチェ、リボンが乱れてますよ」
身に着けている制服のリボンが斜めになっていることをディーノが指摘すれば、慌てて直している。
「靴下も泥で汚れてるじゃないすか」
「っていうか靴も泥まみれじゃないすか。お嬢さまとしてどうかと」
「ハンカチとか持ってるんですか? 今日使うものとかちゃんと用意出来てるのか確認しましょうか」
口々に周囲の兵たちが彼女を甲斐甲斐しく世話をしているが、どうにも気になることを誰も指摘しない。
「もう、みんな一気に言わないでよー」
「どなたかブラシを貸していただけませんか? 御髪が乱れて――」
エリーチェのうんざりする声と被さってしまった。少々気まずい空気が流れるが横からすぐにブラシが差し出される。このタイミングの良さ的に、既にここの誰かが持っていたらしい。
思わず受け取ってしまったため席を立ち、彼女に言葉を続けることにした。
「……あの、よろしければ御髪を整えましょうか」
「ひーん、よろしくお願いします……」
情けない声を上げ、皆の世話を受けいれることにしたらしい。使っていたソファに座らせれば、大人しく髪を梳かせてくれた。
主よりもコシの細いセミロングの髪だが、ブラシを通せばあまり手入れのされてない手触りが気になった。この湿気で痛んでいるのだろうか。
聖国よりいらした元気な御令嬢の髪を梳かしながら、四家も王家と同じような立場だろうに、この格の違いをあまり感じないゆるさは一体何なのかと考えた。
「……わざわざこんな早い時間から連絡をくれたってことは、あんま良い話じゃないだろ」
”第二指揮者”が出てきたということは、大将が指揮ができないほど疲弊しているということだろう。悪い予想に嘆息するが、弱気になったところで状況が変わる訳でもないことから、予感を振り払うように会議室へ足を急がせた。
「奥方が殿下と話してる間に、軽くお前と話したいとのことだ。――奥方をどうするか、大将がいない内に話したいのかもな」
隣を歩くリッツの鋭い目つきが厳しく細められる。――元々視力も悪いが、目つきも態度も言葉遣いも悪い奴だ。心配している顔に全く見えないところが人を遠ざけるが、根は悪い奴じゃない。長い付き合いだからこそ、彼の機微に気付きガレリオは苦笑した。
「確かにな――。誰の話なのか聞かないことには分からないし、とっとと聞いてみますか」
会議室として使っている大部屋に到着すれば、扉の向こうから音楽が届く。――楽団がいるわけではない、ラウルスの発明品で録音再生機を使って奏でている音だ。”コンマス”のお気に入りの品のひとつだ。
似たような品は玲器でもあるが、精霊石を媒介に使うため音質も使い勝手も良いが非常に高価で一般人が手にする機会はほぼない。一方グラモフォンは籠ったような音がし音質が良いとは言い難いが、比較的安価で広く人々に使われている品のひとつでもある。
比較的誰にでも手に取れるため多種多様な作品が作られ、古くから形として残っているそうだ。高価すぎて庶民には手の出しにくい玲器と比べれば、玩具のように感じてしまうものの、この国の文化を支えるものだけに作品の多さを彼は気に入っている。――この音楽も、本人が国を離れることが出来ない分、こちらの空気を味わおうとしているのかもしれない。
金細工で縁取られた豪華なオルゴールのような小箱から音がしているのだが、実際にグラモフォンがあるのは遠く離れた母国だ。この小箱は玲器で、同じように録音再生もできるが、今は通信機として使うためここに置かれている。
なんの曲か分からないが、穏やかなリズムと音が朝の訪れを喜んでいるようにも聞こえるようだった。音楽の造形が深くないので雰囲気でそう受け取った。
リッツたちが記録を取るための準備を済ませたのを確認し、箱の近くに座り声を掛ける。
「お待たせしました――、ガレリオです」
返事がない。周囲の者を見るが、皆肩を竦めている。
音楽が鳴っているということは近くにいるという合図のひとつでもあるのだが、どうしたものかともう一度声を掛ける。
「もしかして離席中ですかー? 当代様~?」
『――おはよう、ガレリオ。ちゃんと聞こえてるよ』
椅子に座る音か、軋む音と共に返される声が近付けば、流れていた音楽が止んだ。
「ご不在かと思いましたよ。――何かお呼びだとのことですが、なにかありましたか?」
姿は見えないが、上機嫌そうにくすりと笑う声がひとつ聞こえた。会話の相手は今年19になった蒼家の当代でもあるヒルトだ。――彼の容姿とこの透き通るような声に多くの女性が熱を上げさせる。ただ熱を上げるだけならいいが、彼の姿を一目でも見ればガタが外れる者も多い。そう、リタみたいに。
見目の美しさがそうさせるのだが、急変する女性たちが苦手になり、果ては女性恐怖症になってしまうのだから美男子であることはなんとも大変だ。彼を見ていると、『普通』でいられることはありがたいことだと感じる。
そして気分屋なところのある方だ。身体の弱さから体調の良し悪しで気分が左右されてしまうところがあるため仕方のないことだが、なるべく用事は手短に終わらせたい人でもある。単刀直入に用件を尋ねた。
『知らせはふたつ。――まずは君たちのおかげで邪術の解析が進んでる。呪いを受けた市民たちも少しずつだけど解術できて、意識を取り戻した者も増えてきた。君たちでなければここまで順調に進まなかっただろう。急な要請にも関わらず、クリスと一緒にここまで来てくれてありがとう』
自分たちよりもずっと若いが、出来たことに対し必ず過不足なく評価される方だ。初めは子どもと思い舐めた態度を取ったこともあるが、些末なことは気にせず、物事の本質と肝要さを大事にしている。自分が子どもであることは重々承知の上、相手を尊重するのであまりの情けなさに今では態度を改めた。
相手の顔が見えない分、口を挟むタイミングがつかめないが、彼との会話を記録を取りながら全員が耳を傾けていた。
『もうひとつは連続学徒失踪事件だけど、失踪した学生が確認できた』
「それは――」
皆の手が一瞬止まり、言葉を飲み込んだ。
『想像ついてると思うけど彼らは無事とは言い難いね。数が合わないないし、城壁の外に遺棄された死体の一部もあったそうだ。――詳細についてはまた後で伝えるけど主な知らせはその二点だね』
大将だ。――あの人が見つけ、調べ上げてくれたのだろう。
仕事の第一段階を整えてくれたことに思わず口角が上がるが、すぐに冷静になる。それだけの話であれば大将が自ら伝えてくれるだろう。わざわざ蒼家の当代があの人に代わって出てくる訳がない――。
「で、何か俺にやらせたいことがあるんじゃないですか?」
『ははっ――、君のその頭がよく回るところがぼくは好きだよ。悪いけどティアラを女王のところに連れって行ってくれない? クリスは疲れて動けないし、どうせアイツが連れて行っても女王と喧嘩するのは目に見えてる。ティアラには収集がつけられないから適当に頼むよ』
「あー、いつも通りですね。了解しました」
あの二人のやり取りはいつも通りだが、一応ここでは蒼家のひとりという立場であり、向こうは国王だった人だ。
他所様にあまり対立しているところは見せない方がいいだろう。互いに遠慮しない仲だから知ってる内はいいが、あの王弟殿下でもそんな現場を見せてしまえばおろおろされそうだ。――想像するだけで良心が痛む。
面倒を丸投げされたことに呆れるものもあったが、代わりを務められる人間が他にいないのだから仕方がない。師団長という立場を与えられ、この使節の責任者のひとりを任されているのものも、自分の性格と手腕を気に入ってくれているからだろう。
普段、子どもらしく利己的に振る舞うことが多いが、この人はずっと遠くを見ている。――巡り巡って状況を良くしてしまうため、言動を快く思わない者も多いが、大将だけでなく自分も頼りにしていた。
『いつ回復できるか分からないから、それまでの間で何か困ったことがあればいつでもぼくに相談して』
「……具合が悪いんですか?」
『霊力を使いすぎただけさ。理不尽に見舞われた彼らのことを早く助けてやりたいんだろ。はぁ……、自分の置かれてる現状もちゃんと理解してて欲しいものだけどね』
「――大将の状況はどうなんですか?」
解術が進んでいるというが、それは大将以外の人間についての話だろう。神の力を持っているだけに、あの身にかかる災いは普段であれば容易に退ける人だ。
呪いのせいで方天としての力を失っている。――ある意味正しいが、それだけではないことをあの人の配下である自分たちは知らされていた。
『心配しないで――、なんて無責任なことは言いたくないけど、クリスは特別だ。――こんなところで失うなんてことさせないし、そんなこと絶対に許さないから』
強い意思が箱を通じて伝わる。――並々ならぬ信頼を寄せているからこそ、東方天であり弟として目を掛けているクリスに対し不測の事態を許してくれないところが彼にはあった。
不測のことなどいつ誰の身にも起こり得るというのに、手厳しい兄だ。――だからこそ緊張が走る。
『あと、――……あぁ、これは伝えるのはやめよう。君たちの士気が下がったらいやだし』
急にやる気のない言葉に変わり肩が落ちる。急につれなくなるのもよくあるが、意味深な言葉だけ残される居心地の悪さに思わず身を乗り出した。
「当代様、何かあればちゃんと教えてくださいよ。何かあってから無力になるのは俺は御免です」
はぁ、と箱の向こうからやる気のないため気と共にしばし静けさが訪れた。
『……なら伝えるけどさ、これはぼくのせいじゃないから。……ここに『Avici』を追うよう、うちの人間に頼んでたのは知ってるよね』
予防線を張りながら、先ほどまでのしっかりとした態度とは違い、ダルそうな声が続く。一族の長としてしっかり振る舞うこともあるが、長続きはしない。基本的に誰に対しても体面など気にせず、素直な態度がほとんどだ。実力と実績、信頼があるからこそ多くの者がその振る舞いに目を瞑る。
「えぇ、――その方たちのおかげで、第一王子の件も明らかになったと仰ってましたよね」
『うん。まだそいつらがそこにいるんだけど、……たぶんあいつらだ』
「……あいつら?」
言葉の続きを待っても当代様は口を開く気配がない。――わざとらしい言動をすることはあるが、この明言を避ける話し方になにか嫌なものを感じた。
「当代様……、こちらに来ているのはお家の方ですよね?」
『クリスが元に戻ってくれないと、ぼくの命も危ない。はぁ……、見つけたら代わりに始末しておいてくれない?』
しれっと物騒なことを頼まれるが、この態度が一体誰なのかとこの部屋にいる者たち全員が察した。この人が名前も出すのを嫌がるほど、苦手にされているお身内が来ているということだ――。
察してしまった以上、この身に受けた理不尽を思い出し冷や汗が出てきた。
「………………あの、どうにかあの方々に帰るよう伝えてくれませんか……?」
『ぼくが? 絶対にいや。むり。クリスに頼んで。――早くアイツの呪いが解術出来るよう、王家の連中にも取り計らってもらった方が早いよ』
頼む声が細くなるが、箱の向こうの声の主も心底迷惑そうにしている。
校舎や街中を何度か見て回ったが、青い瞳はうちの大将だけだ。周囲の配下たちを確かめるが、配下は全員苦虫を潰したような顔しかしていない。誰も見かけていないのだろう。
当代を敬愛するあまり、うちの大将に命を狙うように嫌がらせの数々を日々仕掛け、次第に部下である自分たちにも嫌がらせの数々を施す御仁がここに来ている――。
彼と同じ年ほどの女性だが、その美貌とプロポーションの良さから何度弄ばれたことか――。良い思いをする弄びなら百歩譲っても全然ありだが、心から人の嫌がることを思いつく人だ。小悪魔と呼ぶには邪悪すぎて、『魔女』と一部影で呼んでいる。主に被害を被ったことのある者や、当代様に心寄せる人たちだ。
若さゆえの加減を知らぬ暴力のような嫌がらせに、何度も泣かされている――。若いってこわい。
「大将……、早く戻ってきて!!」
思わず机に突っ伏して現実逃避をする。――聞かなければ良かった。
『上の部屋にいるだろ。――そんな訳だから君たちも気を付けて。多分そこにも来ると思うから』
「………………冗談ですよね?」
『ぼくがそんなつまらない冗談を言うと? ――話はこれで以上だ。ティアラたちが揃ったら次の話をするから、人が揃ったら声かけて』
先ほどの音楽の続きが流されているのか、穏やかなメロディーが部屋に響く。打ち切られた会話にどっと疲労が身体を襲った。
「なんとしても大将には元に戻ってもらわねば……」
悪寒と嫌な記憶で震えそうな手を誤魔化すよう机に両肘をつき、ガレリオは考えた。――連続学徒失踪事件がひと段落するということは、大将に時間ができるということだ。青龍商会の仕事はあくまでも調査が中心だからだ。
だが根本的な解決を、神の座を与えられたクリスは見据えて動いている。『力を持つ者の責任』として分け隔てなく、求めがあれば助けることを第一にしているための行動だ。名を隠し素性を変えようと、その心根はここに来てからもずっと変わらない。
ここに来てから彼らを釣るために動き情報も得ているが、まだ奴らの動きが大してないことから巣穴から奴らを出すのが一番だろう。大将が受けた呪いのことも、第一王子奪還のためにも必要なのは行く手を遮る者を退かす必要がある――。
「――ジュール・フォン・ハイデルベルクの座を奪うぞ」
女王の許可付きで排斥するつもりであったが、その手がどうにも思いつかずにいた。
だが今の当代との話で早急に解決せねばならない。――ジュール・フォン・ハイデルベルクは警邏隊の隊長の任を与えられているが、その実機能していない組織だ。所属している者たちについても調べたが、大半が席を置いているだけで真面目な者たちは脱退したか、ほそぼそと活動してるのみだと確認している。
「何か思いついたんだな」
リッツが悪い顔をしている。同じ街の出身で、子どもの頃からの付き合いなだけにガレリオが何か確信を持ったことに気付いたようだった。
「新たに警邏隊でも組織してやろうじゃないか。しかも立派なやつをさ。――そのままクライゼル警邏隊の名前ごと頂いてやる」
「ふうん。――誰を頭に据えるんだ? まさかお前が兼任するわけじゃないよな」
「そこは王弟殿下とかに見繕ってもらおう。いなければそうだな、……王子さまにでも頼むか」
形としては悪くないだろうが、今は勝手に言っているだけの絵空事だ。一般の学生中に相応しい者がいるかもしれない――。
「――いや、案外悪くないかもな……。大将に会ったら報告するが、女王陛下にも許可を取ろう。知らせを出しておいてくれ。多分奥方がいることなんて、既にあの人もご存知だろけど、話を通しておかなきゃいけないし。セーレ様のところにも無事行ってもらわないと、あとで大将になんて言われるか……」
リッツが新しい紙に文章を打ち始める。此度の経緯についての報告書だろう。奥方がなぜここにいて、今更顔を出すことについて一部の人間は知っているが体面が必要だ。大将の代わりを任されている以上、できる限りの手を尽くす。
穏やかなBGMとは相反して、先の見えない道に踏み入れ始めるときのような緊張感が、会議室中に満ちていた。




