間奏曲 ――上官と部下――
10月4日夜~5日火曜日、午前。
間奏曲 ――『虚飾』の人――の後、翌日に跨った話です。
10月4日、月が天高く上った頃――。
「レーテー、どうして彼にあんなことを言ったんだ」
「申し訳ありませんラザール隊長……、彼の顔を見たらまた不安になってしまって」
月明かりで隠された屋内競技場の一角にいたのは警護隊隊長のミシリア・ラザールと彼女の部下であるレーテー・トローシナだった。学生たちのプライドを掛けただけの小競り合いは終わり、一気に静かになったこの場所から警護隊と王弟殿下直属の近衛兵たちがいなくなったときだった。
二人とも既に今日の非番で自由な時間であったが、賑わう学生たちと異国から来ている武人の腕が気になり見学をしにきていた。帰りしなまだ同僚や部下たちの姿もあったため、警備と退出の手伝いを二人でして皆と別れた後だった。
「はぁ、……君のその性分は知っているが締結式も控えている今、聖国の者たちと揉めるようなことでもあればどうなるか分からないでもないだろ。――ヨアヒム殿下だけでなくオクタヴィア様の侍女殿もいらっしゃる場で、……さすがに肝が冷えた」
ため息時交じりに気が弱く心配性がなかなか抜けない部下に頭を悩ませれば、気落ちしてるようで細い肩を一層小さくしていた。
「以後気を付けます」
「ぜひそうしてくれ。……今回はブランディ殿が寛容な方だから大事にならず済んだんだ。毎回こうはいかないことだけは覚えておくように」
はい、と返事をすれば動きを封じるようにレーテーが手を伸ばしミシリアに口づけをした。
「――、ごめんなさいミシリア、本当に迷惑をかけるつもりはなかったんです」
「……心優しい君の事だ、大事があればと心配だったのだろう。分かっているつもりだ」
身を寄せるレーテーを包むようにミシリアが抱擁をすれば、もう一度二人は影の多くなった一角で甘やかな口づけを交した。
「少し嫉妬していたんです、……前に二人で楽しそうにおしゃべりしていたでしょう」
先ほどの話かと思ったが先日王弟殿下を通じ師団長を務めるブランディ殿と、規模は違えど人の上に立つ者同士ということもあり二人で話していた時のことを見ていたのだと思い苦笑する。
「あんなのただの雑談だ。――それに恋人がいると伝えているし、君が心配することなんてひとつもない」
やきもち焼きの恋人にふっと笑い、ミシリアはもう一度目の前の恋人にキスをした。――部下と関係があるなんて周囲にも伏せている秘密の関係だが、恋人がいることだけは周囲に伝えている。今はレーテー以外の人と付き合う気がないための予防線だ。
求めるように徐々に熱さが増していく接吻に、ミシリアがブレーキを掛けた。
「……本当はいつでもこうしていたいが、今は大事な時だ。――軽率な行動はしてくれるなよ」
「はい。……代わりに、今夜はたくさん可愛がってくださいますか?」
「君は遅番でいいかもしれないが、……まったく仕方のない子だ」
互いに明日は仕事だが、ミシリアは朝が早い日だった。――同じ時間に起きることは出来なくても少しでも一緒に居られることが嬉しく、両の手の中にいる素直に甘える恋人に笑った。
この国の為と志を一にし指導してきた部下のひとりだったが、体力のなさやうまく立ち回れないもどかしさを何度も指導し助力する内に心を通わせた相手だ。――レーテーの憧れから始まった関係だったが、言葉を交わし彼女を知れば知るほど心の内に熱いものがあり、それを表に出せない不器用さが愛しくなり助けになりたいと思うようになった。
指を絡め同じ場所へ行くための合言葉を交し、先にレーテーを行かせれば、ミシリアは明日のやるべきことを考えながら一時帰宅した。
微睡みから目を覚まし、もぞりと温かいベッドから顔だけ動かして音がする方に顔を向けた。既にベッドを出た恋人が着替えを着々と済ませており、もうここを出ていく直前に見えた。
「……おはよう、ミシリア」
「おはよう。外套は持ってきているのか?」
微睡みから抜けきらない声をくすりと笑い、ミシリアが羽根布団からかろうじてみえる恋人の額にキスをする。
「この様子では一日雨だろうな。傘でよければ用意している。必要があれば持っていくんだ」
ミシリアの示す入口の近くに傘が立てかけられている。――昨夜合流した時は持っていなかった気がするが、ここの者に借りたのだろうか。
昨夜の情交の跡が残る身体を起こし、薄掛けを身に纏い間もなく部屋を後にしようとする恋人を見送ろうと身を寄せればミシリアも同じことを思ったようで名残惜しそうに抱擁しもう一度口づけを交わした。
「いってらっしゃい」
「ではまた。――ゆっくり休んでくれ」
雨除けの外套を被り、彼女が出て行ってしまった。恋人がいなくなり、温度の下がる部屋でレーテーもこの部屋を後にしようと身支度を始めた。
ここはどちらの部屋でもない。お互いこの街に部屋を持っているが、同僚の目もあるため街にある宿のひとつで休息を取っていた。
シャワーを浴び、愛しい人の名残を洗い流していく。――鏡に映る自分の姿にすぐには消えない跡を見つけた。服で隠れる場所だが、確かに互いの想いがここに刻まれているようで愛しい跡だ。指でそれをなぞりながら、秘密を守るようにシャツを羽織りボトムスに足を入れる。
ブーツを履きレーテーが防寒用の外套に袖を通せば、彼女の気心を手に部屋を出た。――今日の出勤は午後からだが、陽の出ている内にやらねばならないことがある。
宿屋の外は細い雨が降り一層冷えるようだった。学園へ続く緩やかな坂道を登る学生たちの賑わいがそこにあるが、彼らとは別の場所へ向かうため細道へとレーテーは入って行った。
先日余計な来訪者のせいで、場所を移さざるを得なくなってしまった。今までただの書店として立ち寄りやすい場所だったのに、看板を外し放置された廃屋のひとつに今は同志たちが移っている。。――それも今は監視されているため、軽率に近付くことが叶わない。実に忌々しい。
しばらく指示があるまで、それぞれが単独行動をしている。――昨夜の決闘、確かに腕は立つようだがまだ子どもじゃないかと侮りそうになる。だが、少しの気の緩みは全てに影響する。今は耐えるしかない――。
あの色と二人の出で立ちを思い出せば、忌々しさまで募るようだった。――何故わざわざ壁を越え、よそ者があのように大きな態度でここを闊歩しているのか。ここに彼らの神はここに居ないというのに……、身の程を弁えるべきだ。
蒼眼に黒髪とブロンドの仮面の男、――我らと違う存在だが、『愛しい人』と同じような色合いに焦がれるような憎悪と嫉妬に燃えるようであった。あの人たちも聖国の出だ。存在は長らく知っていたが、こちらでの生活を支援するため接触した時のことを思い出すと、あの時の衝撃と感動が煤ける心にもう一度火を灯すようだった。
いろんな想いで燃え立つ心を雨で冷やしながら、とあるカフェへとたどり着いた。
数人の学生や教師、街の者たちの姿もあるが今は朝食の時間だ。少しすれば彼らはすぐに席を立っていくだろう。すぐに静かになるためよく使っている場所のひとつだ。店員は昔から知っている人たちだが、深く他人に干渉しないところが気に入っている。
入口に置かれた新聞を手にし、奥の誰もいない席に座る。適当なメニューを注文し、今朝も一人の時間をここで過ごすのだ。――新聞に目を落とせば相変わらず聖国はなにも情報を開示しない。どういうつもりなのかと全てのページに目を通すも、今日も何も収穫がないことからため息が出た。
机に置かれた朝食にまだ手を付けず、長らく放置していた温度の低いコーヒーを口にすれば誰かが近付くのが視野に入る――。
「気に病むことなんてないわ。――新たな神はいつだって新芽から選ばれるのだから」
「――っ!」
急に現れた人物に動揺し、思わずレーテーは席を立った。
黒髪を高い位置でまとめている女性と、フードを深く被り顔を隠した体格良い男の二人組だ。――女性は黒のストライプの入ったスーツ姿でジャケットを肩にかけており、男は同じ背丈ほどの長いトランクケースを片手で抱え彼女のコートを持ってあげているようだった。
「ここ、いいかしら」
「……どうぞ」
席を勧めれば隣の机に男が、自分の向かいに黒に近い紫色の瞳の女性が座り同じように二人と同じように席に着いた。店員が遅れてきた客人の注文を受け、湯気の上がる飲み物を先に届けに来た。
二人の姿を見たのは久しぶりだ。――それだけにこのように接触してもらえたことが良い兆しに思え、憂鬱とした気持ちを高鳴る期待に押しやっていく。
「聖国では有名な話なの、いつだって死んだ方天より若い個体が選ばれるのはね。――今はどれも若いけれど、次に選ばれるのはあれらよりも若い個体しか選ばない。……聖国を存続させるため、まるで接ぎ木のように続いていくだけ。だからここに居るのは消費期限切れの個体なのでしょう。心配することはないわ」
伏目がちな黒い睫毛が紫色の瞳に掛かり、その陰すら愛しいとその人の何も映さない眼差しを追った。カップに口を付けるその薄い唇の動きすら愛しい。
「おい、アバズレ――、朝から姉さんに欲情するたぁ言い度胸じゃねえか」
少々彼女を見つめすぎていたようで、隣の男から低い叱責が届く。――彼は数週間前にここに来たばかりで、まだ警戒されている。
「……申し訳ありません」
視線を外し彼女と同じようにぬるい温度のコーヒーを口に含んだ。黒のタイトスカートから覗く足を組み替えたその人は、くすりと笑った。
「性欲は人間の三大欲求のひとつよ。実に人間らしい行動じゃない。そのように神が我らを作ったのだから、恥じることは何もないわ。――あなたもそう思わないクラウジー?」
「微塵もそんなこと思ってないくせに、嘘つきだな姉さんは」
「事実を認めているだけでしょう。繁殖は種を存続させるために必要な行為だもの。生命体として生を与えられた以上、本能に逆らいながら生きることはつらい葛藤を生むものよ」
隣に座る大男を窘め、黒に近い緑色の瞳を妖艶に歪めこちらを見た。
『本能に逆らいながら生きることはつらい葛藤を生む』、――まさに彼女の言う通りだろう。望まなくとも与えられた本能に違うと訴える心を押し潰しては、周りと同じ顔をしながらもあるがままを受け入れ、何もないという顔をしながら生きなければならないのは苦痛を伴うものだ。
そのつらさを共有できる数少ない同志のひとりが彼女たちだ。
「だから何も気にすることはないの、レーテー。――昨日はどうだった?」
同じ志を持つ者同士、情報共有は大切だ。緩んでいた気を引き締め、必用なことを二人に伝えようと昨日の出来事を思い出す。
「『黒薔薇』を全て摘んでいました。……皆ここでは実力在るものたちでしたが、皆からたやすく『棘』を取り上げたのを見ました。あまりの速さに誰も理解はしていないようで、棘を奪われたときのことを聞いてみても『隙を突かれた』と口にしていました」
「……それだけか? なんだ、誰も殺しもしなかったのかよ」
「馬鹿ね、そんなことする訳ないでしょ。蒼の当代は王家にすり寄ろうとしているのは有名じゃない。彼らのご機嫌取りをするためならなんだってするでしょうに」
「ちっ――、つまらねぇな。右翼でも来てくれれば良かったのに」
「えぇ、そうね――、あの戦闘狂がここで暴れる姿は少し見てみたいわね。彼ならお遊びでここの『庭園』も全て蹂躙してくれたでしょうに」
隣に座る男の乱暴な話に、彼女も破滅を期待しているようで顔を見合わせ二人で笑っていた。――『庭園』、将来この国で立つ者たちのことをここではそう呼ぶことがある。
血統を重んじる権威主義達がいなくなった世界を想像し、彼女らの話を見守る。
神の眼差しは遍く人々に注がれるものの、見つめているのはいつだって頂きで輝く『花』たちばかりだ。――生まれた瞬間から自分たちの立ち位置が変わることもなければ、路傍の石が『花』になることも出来ない。それ以外の者たちはいつだって目も向けられない、ただの雑草、取るに足らないもの、ガラクタ――、そんなものでしかありえない。
愛と混沌の神が与える寵愛は、庭に咲く美しい花たちばかりに与える不平等なもので、それ以外の者を見つめることもなければ、誰かの元に現れることもない。
35年続く和平条約だって、束の間の夢でしかないだろう。――いつの日か互いに手を叩き落とし、また争いを始めるのだ。それが3000年も続いているのに、今更互いに分かり合えることなんてない。そんな諦念が世に蔓延っていることを彼らは理解出来ないのだろうか。
いつどうなるか分からない不穏分子は排除すべきだ。――だというのに、あの女王はそれをしなかった。『神』の首をいつでも刎ねられたというのに、何も持たないただの人間に同情し和平を成したなどと、なんとも馬鹿げた話だ。御伽話ですらもっとマシな結末を用意するだろう。
当時のことは親たちから聞いたが、一匙だけでもいい、――その慈悲を何故、国民へずっと向けなかったのか。
結局頂きにいる者たちにとって我ら民草など彼らの足場でしかなく、上げる声も悲鳴も『特別』でなければ届かないのだ。
ずっと助けを求める彼らの悲鳴が、王侯貴族の誰にも届かぬことからそれは明白だろう。
ここに集おうとも、あの子らの誰もが『特別』でないだけに仕方のないことだ。口の中で広がる苦い後味を堪能しながら、決意を新たにする。
店員が二人の食事を届ければ、笑い合っていた二人が落ち着きそれぞれカトラリーを手に朝食に手を付けはじめた。
「今日はどうして……、もしかして何か情報があるのですか?」
機会があれば符牒をもらうだけのつもりで外へ出ただけに、二人の到来には驚いていた。
「いいえ、むしろ残念な話がひとつ。――大衆につけた刻印の解術が進んでしまったようね。本当に忌々しいわ。今更仲良くしたところで、相容れないというのに本当に残念」
肘をつきはぁとため息をつく女性だったが、すぐに眦に愉悦を湛える。
「だけど本命にはいまだ印は刻まれているし順調よ。――あれは特別製なの。このままうまくいけば方天だけじゃなく四家諸共この世から消すことだって夢じゃないわ」
順調だという言葉に期待感で胸が高まった。――彼らも戦犯だ。『神』を頂く一族である以上、特別視されていることは明らかだろう。実に不平等だ。
「いつそれは成るのでしょうか」
「今の進行状況から見て、……あと二週間ほどかしら。刻印を与えて約ひと月――、きっと今でも迫る死の激痛に身動きも取れず苦しんでいることでしょうね。直接観察できないことが残念だけれど、何もないと虚勢を張るしか出来ない以上、聖国はまだまだ『平和』でしょうね」
二週間――、どこかで聞いた期限だと思えば青龍商会の任務期限が同じだったと思い出し腑に落ちる。だから最後まで逗留するつもりがないのか。――東方天を弔うために帰るのかと思えばいい気味だ。
新聞がなくとも、彼らに動きがあれば自体が確実に進行しているという目印になる。精々、その虚勢を観察でもしてやればいいだろう――。
「素晴らしい……。――そのまま次の計画へ?」
「そのつもりよ。あぁ、訃報が楽しみね――。四家がひとところに集うことがあればなお良いと思わない? まとめて『剪定』してあげることも可能なのだから」
彼女の刻印が成功すれば、あとは簡単だ。――接ぎ木に添えられる枝をただ刈っていけばいいのだから。
世界は『更新』を望んでいる――。不平等を一掃するために活動する我々を、聖国もラウルスも敵視しているが、実に滑稽だ。既得権益を守ろうとするために、不様にもがいているようにしか見えないのだから。
「あぁ、残念だ。できればこの手で葬ってやりたかったのに」
鈴を鳴らすような可愛らしい声で笑う彼女と談笑していたのに、男が不満をぶつけた。
「あの神威に私たちが『ただの人』である以上不意を突くか、意識を奪うことでもしなければ勝ち目なんてないのは事実よ。この前の『刈り取り』で分かったでしょう? それに――、新たな素材が来たと思えば楽しみね。数は少ないけれどあの連中にも印をつけてあげようか」
「なぁ、そろそろ俺も遊んでもいいだろ。相手に出来る奴がいなくて退屈なんだ」
「まだ大人しくしてなくては駄目よ。――機会はもうすぐなのだから大人しくしていね」
彼女が隣に座る弟へ手を伸ばし、頬に触れれば隠されていた顔が少しだけ露わになる。――彼女と同じ黒に近い紫色の瞳と、プラチナブロンドが影の中に見えた。
二人が揃いなのは瞳の色だけだが、それだけが姉弟の証でありこの国の者ではないという印でもあった。出来ればこのまま分たれていた方が良かったが、同じ志を持つ者であれば多少の違いには目を瞑ろう。
「その時はできれば生きたまま捕らえてきてくれないかしら。――実験に使いたい」
「保障は出来ないが、大人しくついてきてくれればそうしよう」
くすりと二人で見合っているが、レーテーは気になったことがあり二人に口を挟んだ。
「仮面の居所は分かりませんが、五番も玄家の人間もずっと王族といます。どうするつもりですか?」
「知らないのか? 五番は日夜街をうろついてるんだ。市井でガキ共と一緒に歩いているのを見かけている奴は多い」
「そうなんですか――? だから昨日はあんなに好意的に受け入れられていたのか……」
朝の学生たちの狂乱のような盛り上がりは何事かと思っていたが、下流の学生たちに取り入っていただけのとこか。学舎内でも彼の噂で持ち切りだったが、不自然なほど受け入れられていたのが洗脳でもしているのかと思ったほどだ。
「こちらの監視には気付いているようだったが、手当たり次第その辺の女共を口説いてて蒼家の男にしては軽薄だったな。――『五番目』ってことで腕は期待はできないが、当代のお気に入りだという話だ。……左翼もここにいるなら相手してもらえそうだ」
「女を、口説く……?」
職務中にも見かけたが、そんな性格に見えず戸惑う。特徴ある瞳に見間違いということはないだろうし、蒼家を敵視しているクラウジーの言うことだ。彼は二面性のある性格なのだと情報を追記し、女好きであればこの身も役に立つことがあるだろう。心の片隅に留めておく。
あぁ、あの東方軍の師団長もそうだったなと思えば、親しげなところを何度も目撃しただけに似た者同士なのかと得心が行く。
「もし何かあればこれで連絡して」
文庫程のサイズか、四角い鈍色の金属の箱だがあまり厚みのないことからポケットにしまうことは可能だろう。どこの面にも開く箇所もギミックも見当たらないが、装飾のように文様が刻まれているだけの品物だ。
「通信機よ。玲器を改造したもので、ここをなぞれば話せるわ。――やっとここまできたのだから、今まで以上に気を引き締めていきましょう」
箱を持つ手に彼女の手を添えられ、文様を指でなぞらされると微かに光を放った。――彼女の手にも同じものがあり、そちらも光を放っている。こちらからいつでも連絡が取れる代物かと分かれば、より一層理想に近付けた気がして鼓動が強く高鳴った。
「世界の『更新』と新たな『秩序』を――、それこそが我ら『Avici』の宿願よ」
やっとここまできた――。長く皆が心にしてた願いだ。
傲岸不遜な『神』を引きずり下ろし、寵愛を受ける『人々』を葬り去ことが何も持つことを許されない人々にとって真の平和というものだろう。
中身の伴わぬ空虚な締結式など誰も望んでいない。
不条理を取り除き不和を引き起こす者たちを葬ってこそ、真の平和は人々に与えられるだろう――。
「はい――、カルカブリーナ様」
誰もが望んでいたが、見ることは出来ないかと諦めていた景色をこの人たちは与えてくれる。
慈母のような笑みを湛えたカルカブリーナを見つめ、レーテーは新たな時代の幕開けが間もなく訪れることを強く感じた。




