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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月5日 火曜日
92/146

75.『秋霖』に響く歌声⑩

 エリーチェとリタのドレスは、周囲の見立てと本人の希望もあってあっさり心が決まった。

 対する姉は、以前から目を付けていた作品があったようで、それを着て見せてくれた。金糸雀(カナリア)イエローの生地に刺繍と宝石がちりばめられたロングドレスだ。パニエで膨らんだスカートの形をさらに見栄えよくしようとしているのか、二人の侍女も姉のドレス姿に喜んでいるようで、気になる部分に手を入れ形を整えている。

 だが、会ってすぐにフィフスが姉の肩へと、自分が着ていた制服のジャケットをかけた。

「フィフスくん、会場は屋内だし動くから結構熱くなるんだよ。おしゃれのためでもあるけれど、これくらい露出しないと、生地も厚いものだからね。暖房もあるけれど、乾燥した聖国の夜と違ってこちらは湿度もあるから、舞踏会のある夜は特に熱くなるものさ」

 肩が深く出ているデザインが気になったのかと思ったが、身体が冷えてしまのではないかと気に掛けていたからが理由だったらしい。ティアラが寒さに弱いと言っていたが、それを気にしたのだろうか。

 ベスト姿になれば、腕を覆うだけの白いシャツの薄さが目につく。

 急なことで戸惑っていた姉も、理由が分かれば場違いな気遣いに小さく笑っていた。

「えぇ、でもさっきも気にしていたわよね。こういうのは苦手なのかしら?」

「いえ、アストリッド様――、この人は別に女性の露出が苦手とかそういうのはありません。ただちょっと気になるな―程度だと思いますよ」

 アイスグリーンのドレスに身を包んだリタが、何故かフィフスを代弁していた。

「どちらかというと見慣れすぎて、あんま目に入れたくない程度の意識かと。――そうでしょ?」

「そうだな。」

「あら、意外ね。――どこかの誰かさんとは大違いなのかしら」

 揶揄(からか)うレティシアの目がこちらを向くが、意味合いが違うだろうし、性別を偽り生活している以上、気になることもあるのではと苦い気持ちが湧く。

「そんなっ! フィフスくんは純情系だと思ったのに~」

「純情系という意味が分かりかねますが、別に見慣れているという言葉以上の意味はありません。――こちらは服を着た女性が多いので、華やかな装いで露出が増えたため戸惑ったのもあります。」

「意味深ね。……聖都は砂漠が近くて暑いところのようだけど、もしかして服を身につけないものなのかしら」

「露出が多いと日差しで火傷をするし、夜は底冷えする。だが、洒落のつもりなのかほぼ全裸みたいなやつがいてな……。見苦しいから常々やめて欲しいと思っているんだ。」

 リタも知っている相手なのか、二人で哀愁を漂わせていた。――想像と違った理由だった。

「ここに来る途中でも、立ち寄らせてもらった館でも二度ほどあったな。……時と場所を選ばず、同じような人種がいるということは、ある意味で露出とは、人類の根底にあるなにかなのかもしれない。」

「悟り開いちゃったかー。なんて可哀そうなフィフスくん」

 面白がっているヴァイスが、フィフスの頭を撫でていた。

「それって……、夜這いでもされたってこと?」

 肩に掛けられたジャケットを外すに外せなくなった姉が、ある可能性を口にした。

「こちらではそう言うのか? 返り討ちにしようと思ったんだが、左翼に面倒を起こすなと言われて……、結局離脱して野宿することになったな。」

「夜襲かぁ~。野宿まで強いられるなんて、不運だったねフィフスくん」

 状況的に姉の言葉通りなのだろうが、ヴァイスの言う通り本人はそう思っていそうな気配に、レティシアが呆気に取られていた。

 労うようにヴァイスがフィフスの肩を抱いているが、隠しきれていない感情が微かに肩を震わせている。

「兄さま、『のじゅく』ってなんですか?」

 野営であれば話を聞いたことはあるが、野宿など小説などの話でしか見たことがない。

「……基本的に野外で休むことを指すが、野営やキャンプと違ってなんの用意もなく休むから、……あまり良い環境で休めたとは言えないんじゃないか」

 しかも秋が深まり、寒い夜も増えた外なんかで――。

 雨に打たれることはなかったのかもしれないが、屋根のない場所で夜を明かさざるを得なかったことを想像するに、ヴァイスが面白がっていることも含め、何ひとつ面白いことなどないだろう。

「叔父上はその話、ご存知でしたか?」

「あぁ、……彼は普通に接したつもりだったようだが、相手が気があると思ってしまったらしい。……武人として間合いは広いのに、個人としてはパーソナルスペースがずっと狭いから、人が気を許しやすいんだとか。ガレリオがそう言っていた」

 思い当たる節が、ありすぎるほどにある。

 話しの流れから、いきなり抱擁されたときのことを思い出す。――雨の降る廃屋の中で、部屋の中でとあの日は二回もされた。友人記念と言いつつその前にも後にもしているのだから、他人と触れ合うことに抵抗は少ないのだろう。誤解が生じたという話にも、似たような何かがあったのではと思わずにいられなかった。

 叔父の説明を聞きながら、話を切り上げフィフスの衣装を選び始めた女性たちを見た。

「その件について、既にセーレが対処したようだから心配するな。王の招きで来た客人を煩わすなど、もっての外だからな。――道中うちの使いがついていたから、報告を受けすぐに対応したらしい。……あれではヴァイスが彼の事を面白がるわけだ」

 さすがセーレだ。叔父も説明する口調に呆れた様子が混じっていたが、ヴァイスと違い不遇を憂いてくれる人なだけあって信頼できる。

 どこの者か知らないが、ネーベンから来たのだから、使者の応対を任されるような家がいくつか思い当たる――。

「これは生地が硬いからダメ。……これは少し肩回りがタイトすぎるわ、ダメ。――これと、これもそうね。――他にはないのかしら」

 テキパキと誰かが選別している声が届いた。その声に押され、案内人たちが慌ただしく衣装を手に、右往左往しているのが目についた。

「これも堅いわ。――もう少し柔らかい素材はないの?」

「袖も通さないのに分かるの?」

「ほら、伸縮性がないでしょ? 着るまでもないくらい、コイツの苦手な素材よ」

 リタだった。レティシアが一歩引いたところでそのやりとりを眺め、姉がリタの一刀両断な差配に巻き込まれていた。

「……別に舞踏会で踊るには充分だと思うけれど、もしかして演武って結構激しい動きをするものなのかしら」

「それもあるけど、窮屈なのも、堅い生地も好きじゃないのよ。――下にいろいろ仕込んでいる分、ジャケットもパンツも遊びがないと」

 手に取る衣装の伸縮性を確認しているのか、乱雑に見える扱いに案内人たちは少々顔色が悪くなっている。――下に仕込んでいるのは常なのか。ジャケットを脱ぎ、ベストだけの姿だが見る限りでは、昨日触れた背にあったナイフは見当たらなかった。――あのベストの下に隠れているのだろうか。

「リタはフィフスの好みについて詳しいのね。いつも服を選んであげているのかしら」

「別に……。でも、私が決めていいよね?」

「あぁ、構わない。」

 普段通り突き放すような言い方なのに、有無を言わせぬ様子にくすくすとレティシアが笑っている。中に混じることは諦めたようで、また隣の席に戻って来た。

「知っていて? リタってば昔フィフスのことが好きだったんですって」

 ディアスの隣に座ると、焼き菓子のひとつに手を伸ばし整った指先でつまんだ。

「そうなのですか? ……でもリタって、この前はフィフスのことは嫌いだって言ってませんでしたか」

「今はね。――エミリオも覚えておきなさい、人の気持ちなんて簡単に裏返ってしまうものなのよ」

 冷たい態度に反して、一生懸命にフィフスを見立てているリタを見る。

 好きだった――? クリスのことなのか、フィフスのことなのか迷いつつ、レティシアを見ればひと口かじった焼き菓子をソーサ―に置いて、指先についた甘い残りをナプキンで拭いていた。

「最初に出会ったのは三年前、――リタが北方天さまと一緒に聖都に来た時なんですって。蒼家のご当主が彼を弟だと紹介してくれたそうだけど、二人があまりにも見目麗しすぎて、そのまま恋に落ちてしまったそうなの。――寝ても覚めてもずっとその時のことが忘れられなくて、今でも夢に見てしまうほどなんですって」

 話の流れ的にクリスのことだろうか。でも弟と呼ばれているのは、フィフスではないのかと混乱する。

 ただ、エリーチェはクリスが女子だと知っていたのに、リタは知らなかったのだろうか。――そうなると、やはり好きになったのは『フィフス』なのか。

 カップに新たに注がれた琥珀色の水面と、立ち上る湯気をレティシアがじっと見つめていた。

「そんなに強く誰かを想ってしまうほど、忘れられない衝撃ってどんなものなのかしら。……私も味わってみたいわ」

「……恋人を八人も作っておいて、まだ満足できないのかお前は」

「それはそれよ。もちろん、ひとりひとりのことは愛しているけれど、一目惚れはまだしたことがないし、夢に見て苦しくなるほど恋焦がれたことはないわ。――そんな出会いがしてみたい、というだけよ。お父様にもそういう経験はおあり?」

 レティシアの話に叔父が巻き添えを食らい、言葉を濁していた。

 過去のひと時に焦がれるなんて――。たとえ夢で会えたとしても、起きれば誰もいない現実が待っているだけのこと。会いたい人の影や輪郭を求めてみても、なにひとつ空いた心を埋めてなどくれなくて、寂しさしか手元に残らないことに気付いたのはつい最近だ。

 寂しさを誤魔化すように、どうか元気でいて欲しいと願っていたが、あの懐中時計の内側にあった言葉と似ている。――たとえ傍になくても、爪痕のひとつにでもなれたような気分でいれたから、そう願っていた。だが実際は、あの時計は言葉と共に傍に在ることが許され、ただ遠い地で思うだけの自分は何も残さず届かない願いにすぎなかった。

 きっと、エリーチェのように、会いたいなら会いに行けばよかったんだ。何もせず、遠い窓から見える狭い空ばかりを見て、想うだけでなにか成した気になって、ずっと晴れない心を大事に抱えていた。

 それも忘れられているという現実に、ただ足が(すく)んでいただけのこと。

 焦がれても身動きも取れないほど苦しいのに、そんなものに憧れる従姉の気持ちはよく分からない。満たされるものが傍にあるというのに、まだ何かが足りないのか、貪欲によそ見をしている――。叔父の呆れも頷けると言うものだろう。

 リタはまだ満足できる品がないのか、案内人が増え、惨敗した衣装たちも増えていた。――ヴァイスやエリーチェ、姉と一緒にいる友人が視界に入る。あの時より賑やかな場所にいると言うのに、皆の言葉を受け取りながらも大人しく輪の中にいる姿が、遠い記憶と重なった。

「……なんでそんな話を急に」

「リタがその兄弟に夢中になっているものだから、てっきり顔立ちの似た、血の繋がった兄弟なのだと思ってしまったの。――養子だって知らなくて、余計なことを言ってしまったなって。……お友だちに謝っておいてくれないかしら」

「あの人は気にしないと思うけど……。自分で言えばいいのに」

「そうかもね。でもうまく貴方なら伝えられるでしょ? 頼んだわよディアス」

 無責任な軽さで頼まれれば、湯気の上がる紅茶を飲んでいた。

「レティシア、……どうしてリタはフィフスのことが嫌いになってしまったんですか?」

「あら、気になる? ――いつだって百年の恋を冷めさせるのは、どうしようもなくただの現実なのよね」

 もったいぶるようにゆっくりカップをソーサ―に置き、かじりかけの焼き菓子をつまんだ。

「ある時、リタが大きな失敗をして隠れて泣いていたら、見つけて声を掛けてくれたそうよ。その時フィフスが庇ってくれたおかげで、大事に至らなかったんですって」

 誰かを見つけるのはやはり得意なのか。どこの誰に対しても寄り添いに行ってしまう人なだけに、何がいけなかったのか糸口が見えなかった。

「今よりずっと愛想がなかったけど、一度しか名前を言わなかったし話したこともないのに覚えてくれていて、――心細かったときに見つけてくれたことも、無関係なのに(かば)ってくれたことも、全部嬉しくて舞い上がっていたんですって。だからもっとお近付きになりたくて、いろいろと声を掛けるようになったんだけど……」

 つまんだ菓子を口に入れ手を空にしているが、随分ともったいぶる。

「ある日彼がトイレに入るところを見てしまって、全部の気持ちが冷めてしまったんですって。――すっごく理不尽よね」

 空いた手を口元に当て、ころころと上品に笑っていた。

「……っえ? それで嫌いになってしまったんですか……?」

「そうみたい。ふふっ、リタってば、フィフスのことをなんだと思ってたのかしらね? 一緒に暮らしているご両親を大事にしているそうだけど、それまでは孝行者だと思っていたのに、急にマザコン、ファザコンにしか見えなくなって、いろいろ幻滅してしまったのだとか。……でもあの様子じゃ、相変わらず彼の顔は好きなのかしらね。割り切る子は嫌いじゃないわ」

 理不尽過ぎる話だ。――憧れが過ぎて、人だと思えなかったとか、そういう意味なのだろうか。

 そういえば、最初はリタは大人しかったと話していたが、エリーチェは理由を知っていたようだった。今も傍にいる本人は気付いていないようだが。

 レティシアが何度か二人の事を面白がっていたのも、これが理由のようだ。

 気に入るものがあったのか、当の理不尽に合った友人はまた別のジャケットに袖を通すが、彼の周りを念入りに回るリタの眉間が違うと言っている。

「もうリタってば……、これでダメならオーダーでもした方がずっと早いわ」

「あとは王都から取り寄せたらどうかな? あそこなら聖国から輸入している生地も多いはずだから、リタくんのお眼鏡になかかるものも多いんじゃない」

「――っそれだよ、リタ! よく考えたらフィーの正装もこっちにあるよ!」

 姉とヴァイスの言葉にエリーチェが何か気付いたようで、手持無沙汰だった両手でリタの手を思いっきり握った。――制服姿のときよりも華やかになったショートドレス姿のエリーチェは、めかし込んでいたとしても変わらない元気の良さで跳ねている。

「おまけに同じコンセプトのドレスだって王都にならあるよ! 生地から形までみんなの要望付のフルオーダー品だから、間違いないよ」

「……そうね、すっかり忘れてたわ。とっておきがあったじゃない――!」

 なにか思い当たるものがあったのか二人で納得しており、ようやく終わらぬ衣装選びに終わりが見えたようで、周囲から安堵の空気が漂いはじめた。

「……どうしてフィフスはピンと来てないの? 貴方が頼んでおいたんじゃないの?」

「こちらに私の服があるなんて知らなかったからだ。……卿が頼まれたのでしょうか?」

「僕? そんな記憶はないけど、――もしかして内なる自分が知らぬ間に現れて、知らぬうちに事件を解決する系になってしまったか……」

 意味深に渋い顔をしながら指を眉間に当てているが、隣に立つ友人が言葉もなく青ざめている。何を想像しているんだ。

 誰も気に留めていないのが気になり、傍に行くことにした。

「……何を想像したのか知らないが、ヴァイスはヴァイスだし、それ以上でもそれ以下でもない。増えもしないから気にしない方がいい」

「僕に対する確かな信頼を殿下から感じる……。でも、少しくらいフィフスくんみたいに心配してくれたっていいじゃないか」

「その様子なら平気だ。――ヴァイスが頼んでないのなら、二人が頼んでいたんじゃないのか」

 案じる友人の背に手を回せば、昨日あった感触がそこになかった。――服の下に装備していることがエリーチェもリタも普通のように言っていただけに、今は衣装を選ぶために身に着けていないということなのか。

 抜けない剣を佩いているし、姉の肩に掛けられたジャケットに忍ばせているのかと思ったが、別に重さのあるものに見えなかった。いつもつけていると本人が言っていただけに違和感があった。

「うーん、私たちって言うか、代表は別の人になるのかな……? ――でもどうしよう、なんて言って借りればいいかな」

「王都にあるなら持ってくるよう、誰かに頼んであげようじゃないか。どこにあるんだい?」

「確か『アシェンプテル』と、……『シュネーヴィッツェン』、あと、『ドルンレースヒェン』ってお店だったかな」

「仕立屋御三家じゃない……。随分と景気のいい話ね。ドレスもあるってどういうことなのかしら」

 長々とリタの選別に付き合い、疲れが見えていた姉の表情が明るくなった。――『シュネーヴィッツェン』も『ドルンレースヒェン』もピオニールにはないが、どちらも王都で名を馳せている有名ブランドだ。

 学園で使うドレスは『アシェンプテル』が多いが、王都に戻った際は『シュネーヴィッツェン』や『ドルンレースヒェン』を利用している。予定にない作品が見れることが嬉しいようで、エミリオもこちらに来てご機嫌な姉にくっついていた。

「来月のプロモーションで使うドレスだよ。たくさん用意してあるって言ってたから、アズも気に入るものがあるといいんだけど」

「……それってウェディングドレスってこと? だとしたらさすがに着れないわよ。それに、どうしてフィフスの衣装もあるの?」

「カラードレスもあるし、ロング丈からショート丈といろんなの揃えて貰ってるはずだよ! フィーのはね……」

「――この人、頼めばなんでもしてくれるから、着てくれるよう頼んだだけよ。そうでしょエリーチェ」

「まぁ、なんて(ただ)れた話なの。――リタが見たかったからってことでいいのかしら」

 いつの間にかレティシアも来ており、リタを揶揄(からか)っていた。

「そんなところです――。……本当は他の人が着る予定ですが、サイズが丁度よくて流用できそうなので使えるなって」

 エリーチェの話を押しのけるようにリタが話すが、逸らす目が『フィフス』ではなく『クリス』のことを言っているように見えた。

 どうして婚姻の衣装に混じって友人の衣装が共に用意されているのかは謎だが、正装ということは聖都にいる時と同じような姿になるということだろう。――切り取られた紙面上の姿ではない、本物に近付けるような感覚に、高揚が指先に届くようだった。

「なるほど、いろいろと都合が揃っているのね。――どこも知っているお店だし、私から頼みましょうか」

「それならカイから一言店に伝達した方がいいだろう。王女が興味を持ったと言えば、持ち出せるようすぐに手配するはずだ。――輸送はどの程度かかるんだ?」

「別にすぐに行って帰って来れるわよ。――もちろん店までの往復もあるけど、半日あれば十分じゃないかしら」

「確かに! ――でもカイさんに連絡って、どこから……」

「ヨアヒムのところで電話を借りればいいじゃない。話がつけばここに届けるよう手配してあげるよ。僕もその人に興味あるから、付いて行ってもいいかい?」

 あっという間に新たな衣装を手に入れる段取りが決まった。

 リタが散らした衣装を静々と片付ける案内人たちと、二人のドレスを直す為、改めて着心地を確かめている者たちが二人を取り囲んでいた。

「正装が見れるなんて楽しみね。アストリッドはそのドレスはやめるの?」

「……ちょーっと保留かな。他にも見れるなら、その時に決めることにするわ」

「それもそうね。……面白いものがあれば私も試してみたいわ。――そのカイという方に、追加はダメか尋ねてみてはダメかしら」

「大丈夫じゃないか。王族を敬愛して止まない奴だから、きっと興味を持って貰えただけでも知らせてやれば喜ぶだろう。だが、宣伝するよう頼まれるかもしれないが……。」

「それくらいお安い御用よ。……ねぇ、メンズの衣装はないの?」

「待て待て、レティシア。それではさすがに収集がつかなくなるし、本来使う目的とズレてしまうだろう。お前のはもう決まっているんだからまた今度にしなさい」

 ヴァイスと話していた叔父が、従姉の暴走を引き留めていた。

「まったく……。フィフス、君もあまり安請け合いしてはダメだ。アストリッドも早く着替えて来なさい。――この後お前たちには大事な話があるから、今夜はピオニール城で夕食にしよう。あとの事はヴァイス、お前に任せるからな」

「任されようとも。ヨアヒムに対抗して、僕も皆をとっておきの場所でも連れて行こうか。大人の対応力でも見せつけてあげよう」

「頼むから彼らで遊んだり、変なことを教えるんじゃないぞ……」

 全く()りた風もないご機嫌そうな目付け役に、叔父が呆れつつも釘を刺していた。二人はまだ話があるようでこの場の席を外し、姉と確認が終わったリタとエリーチェも、カーテンで隠された仕切りの向こうへと姿を消した。

「私も行ってくるわね。――何かコレットに言っておきたいことはあるかしら」

 レティシアが今だ現れぬ妹のため、店の電話を借りに行こうとしていた。――コレットの不在についてレティシアはまたかと呆れていたが、叔父はそういう時期だから仕方ないと眉間に皺を寄せていた。こうしてしまった要因は自分にあるため、バツが悪い。

「特にないが……、気分が優れないなら無理はしないでくれ、と」

 よくあることではあるが、急に話を振られ一瞬言葉に詰まった。怪我はしていないようだったし、気分が優れなければ来ないだろう。傍に居るのも嫌なら――と、後ろ向きな気遣いも一瞬よぎったが、そんな話、誰が聞いても気分は良くないだろう。

 この調子では金曜の舞踏会ではどうなってしまうのかと、不安がない訳ではない。――ただ約束をしているし、昨日も確認されただけに、コレットも参加する気持ちはあるはずだ。

 だが、傍に居ることが徐々に不得手になっているのか、距離を取られる頻度が増えている。

 誰か、相手を見つけるべきなのだろうか――。

 惰性(だせい)でコレットの善意に頼っていることが、苦痛にさせているのかもと迷うと従姉(あね)にぶつかった。

 従姉は小さく笑うと、この場から背を向けて行った。


『……わたしと一緒に、参加しない?』

 初めてピオニールで舞踏会に参加しなければならない時、相手をどうしたらいいのかと途方に暮れていた。そんな自分に声をかけてくれたのはコレットだった。

『……ディアスって、誰の事も興味ないでしょ? 他の子と話も合わないみたいだしさ』

 昔から二人の姉同様、気にかけてくれてはいたものの、周囲に興味がないことも見抜かれていた。でも、ひとりでいないようにと傍にもいてくれた姉と妹の中間にいる存在。

『ほら、――今だって誰を誘えばいいのか、分からなくて困ってたでしょう』

 気まずい話に小さく笑い、照れくさそうに手を差し出してくれたのも彼女だった。

『いとこ同士だけど、……別に踊るだけの、――相手が誰でもいいなら、……私でもいいよね?』

 あの時、二人の姉も兄も、舞踏会では毎回別の人と参加していた。自分たちの立場を鑑みて、取るべき振る舞いを心得ていたからだ。

 だからあの時、他の誰かと交友を広めるべきだと思う気持ち確かにあった。

 だが、すぐ前にある楽な道を手に取ったのは自分だ。


 安易な(すが)り付きが、ここに来ていとこを苦しめているのだろうか。

 もしそうなら、――次のことを考えると憂鬱がやってくる。毎月のことだが、彼女がいつも誘ってくれて正直助かっていた。誰かを見つけることも、興味のない他人と話を合わせ関わり合うのも、姉弟たちのように上手くこなせない。

 ずっと気遣って声を掛けてくれていたのだろう。彼女の優しさに甘えてばかりでは、コレットも疲れてしまったのかもしれない。

 誕生日も、どうして舞踏会なんかしなければならないのだろう――。

 今更そんなことを考えながら、閑散とした空間に残ってしまった弟とフィフスが話しているところを眺めていた。

 あの時、恐怖のイベントと言いこちらを憐んでくれていたが、この気持ちの重さからあながちハズレではなかったのかもしれない。

「……疲れてないか」

 先ほどの賑やかさから遠のいたが、何を指して言ってるのかすぐに分かったようで、ふっと小さく笑っていた。

「服を新調する際は毎回こうだ。慣れてはいるし、今日は着たものもほとんどなかったからまだ楽な方だ。」

「いつもこうなんですか?」

「あぁ。今日はリタとエリーチェだけだったからまだいい。多いときは数十人に囲まれるし、好き勝手されるからマネキンでいるのも一苦労だ。……お前たちもこんな感じじゃないのか?」

「うーん、人は多い時もありますが、お母様たちがいらっしゃる時でももう少し落ち着いてますよ。――ね、兄さま」

「あぁ、……ここまで賑やかになることは少ない」

 周囲の意見を聞きながら見繕われるときは賑やかさも増えるが、ここまで好き勝手にさせながら、大人しく全てを受け入れているだけというのも疲れるものだろう。

 片付け終わり、人も減り、まだ誰も戻ってこない静かな場所。――大きな窓も重いカーテンがかけられ、外も見えないがきっとまだ雨がふっているのだろう。しんと静まり返るときに、その音が微かに聞こえていた。

ここ(・・)のは、どうしたんだ。……エリーチェもリタも、いつも何かしら持っていると言ってたが、――今日は持ってないのか」

 隣に座る友人との距離の近さから、気になっていたことを尋ねた。背に当てられた手が伝えるものに気付いたようで、戸惑いが浮かんでいた。

「……忘れてきてしまったようだ。気が緩んでいるな……。」

 苦笑で戸惑いを上書きしているが、逸れる目が弱々しい。

「なにか忘れものですか?」

「どうやらそうらしい。指摘されるまで気付かないとは、情けない。」

「でも、他にもあるんだろ?」

 少なくとも今も履いているブーツにも仕込み武器があったはずだ。そうでなくとも裾の下からも一本この前出していたところを見たし、全て置いてきているとは思えなかった。

 一呼吸遅れ、フィフスがその場に立てば、確かめるように服の上から自分の身体のあちこちに触れていた。

「……札はジャケットに入れたままだが、他の装備はある。忘れたのは背中のひとつだけのようだ。」

「もしかして、他にも武器を持ってるんですか?」

「滅多に使うものではないがな。――忘れ物をしたことは、安心を欠いたことになる。……それに気付かないほど、今はたるんでいたということだ。」

 確認が済みもう一度座れば、好奇心を覗かせる弟に微かな自嘲を見せていた。

「数持つことにどんな意味を持つのか分からないが、――ひとつくらい忘れてしまったとしても、あなたはあなただ。例え足りなくても、不足なく対応してしまうだろ」

 自信を失ってもそう見えないよう振る舞い、寂しくてもそれを悟られないよう明るく務めていた過去を思えば、今も昔もずっと本心を隠し、虚勢を張るのが得意な人だ。

 今でも隠していることが多いけど、出会ったときからそうなのだから仕方ない。変わらないところを見つけることが出来て、じんわりと暖かな気持ちが湧く。――心地よい暖かさだ。

 戸惑いなのか、見開かれる青い瞳がこちらを見つめている。――その奥に何があるのか知りたくて、宝石のように透き通る深い青色に、今も昔もずっと焦がれている。

「……買い被りだ。だが、そうだな……、」

 ふっと小さく笑う声が下を向くが、すぐに上げられた顔には弱さも自嘲も消えていた。

「お前が思っているより私はずっと、人々の助けの上に成り立っている。そんな基本的なことも忘れていた……。案外、足りなくてもいいのかもしれないな。」

 いつもより鋭さも力強さもない、穏やかに細められた瞳がこちらを見上げている。そんな大層な話をしたつもりはなかったが、何か吹っ切れたような印象がその瞳の中にあった。

「なんだかいい雰囲気ね。どうぞ続けて」

 いつの間にか戻って来た従姉が、叔父が座っていた席に落ち着き、湯気の上がるカップを手にしていた。

 どういう気持ちで口を挟み、そこに座っているのか分からないが、水を差すとはまさにこういう状況を指すだろう。

「どうぞって……、更なる反省を促されているのか私は。」

「なんの反省会だったのかしら。私でよければ相談に乗りましょうか」

 カップを机に置き、両手の指を絡め、邪魔しに来た従姉が身を乗り出してきた。

「相談か――。私より女王にしてやればいい。特にお前はこの学園のことを良く知っているのだろ。」

「あら、どうしてそこでおばあ様が出てくるのかしら……。それに私が知っているのは、そんなに大したものでもないのよ」

 突如出てきた話題に意表を突かれていたが、大事な切り札を誤魔化すように従姉が笑顔で(かわ)していた。

「それは誰が判断することでもないだろう。――向こうはお前たちの意見が聞きたいはずだし、今みたいに相談に乗ってやると言ってやればいい。」

 フィフスの言葉にタイミングよく叔父とヴァイスが戻り、姉たちも着替え終わったようでカーテンが開かれる音がした。

「……残念、私はもっと鑑賞していたかったのに」

「私も手の内を簡単に明かしてやる訳にはいかないからな。」

 ずっとヴァイスに遊ばれていたが、レティシアのお遊びには付き合う気はないようで、両手を上げて終わりと伝え席を立った。

 傍に来た叔父とレティシアが言葉を交わし、カップを置いて席を立っていた。

「馬車が来たからそろそろここを出よう。――コレットは来れそうか?」

「えぇ、気持ちがひと段落したそうだから、向かうって言ってたわ。毎回ひとりで忙しないんだから、あの子も大変ね」

 リタとエリーチェの元へ向かう途中、姉からジャケットを受け取ったフィフスがそれを羽織り、元の学生の姿に戻って行った。

「遅くなってごめんなさい。退屈じゃなかった?」

「見ていただけですが、いつもより楽しかったです。姉さまが着ていらしたお召し物も素敵でしたよ」

「ありがとう。私も気に入ってるんだけど……、露出が趣味だと思われたくない――」

 近付く姉に弟も席を立ったので、つられて立つ。

 もしかて、わずかな時間ではあったが、今本心を見せてくれていたのではないだろうか――。

 遅れて気付き、友人を見た。――ヴァイスが三人の元へ行き、案内人のひとりから書類を受け取り言葉を交わしている。――二人のドレスについて確認しているのだろう。

 あの輪の中ではきっと、なんでもないことのように、本心を(さら)け出しているのだろう。――輪の外にいる自分にも、見せてもらえたそれがささやかなものだったが、手が届かなかったもどかしさが心のうちに現れた。

「殿下、――こちらはどうされますか?」

 侍従の声と共に差し出されたペンと冊子に、あの人から取り上げていたことを思い出した。

 姉たちの声と背が階下へ向かっているが、それを預かり、列を離れてその人の名を呼んだ。

「フィフス――、」

 呼ぶ声にこちらを向いた目が、手にしたそれに気付いたようで、輪を離れて傍に来た。

「そういえばお前に取り上げられていたな……。また忘れていた。」

「リタたちも言っていたが、こういうものはすぐに使わない方がいい。――セーレのためでも、他にやり方があるだろ」

 ものに執着しない人だ。背中のナイフを忘れたのはティアラのせいかと思ったが、きっとそうじゃなくても抜けることが多いのではと苦笑した。

 だけどそんなことを言いに来たわけじゃない。

「――朝の続きを、また後で話したい」

 今も大して話せず、邪魔も入ってしまった。――次は誰にも届かぬよう、小さな声で密約を交す。

「あぁ、約束したしな。――また後でお前に会いに行こう。」

 こちらの気持ちは届いてないだろうが、応えてくれた言葉に心が軽くなった。

 束の間の(うつつ)に見る夢だとしても、触れもしない空虚な夢よりずっといい。

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