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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月5日 火曜日
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68.『秋霖』に響く歌声③

 その日は天気が良かった。

 雲ひとつなく、窓の外を背伸びをして見れば、アルテ・ユスティツィアの街が見えた。

 あそこで誰が何をしているのか、聞いた話ばかりだったけれど、色とりどりで形もさまざまな建物にどんな人がいて何をしているのか、想いを()せるのが小さな楽しみだった。

 窓から入る日差しは温かで、開け放たれた窓から風が自分とカーテンをふわりと撫でて部屋に入る。

『どうして――?』

 後ろから急に問われる声に、どう応えていいか分からなかった。

 問う言葉もその意味も分からなくて、戸惑いながら聞き返せば悲しませてしまうだけ。

 謝ることしかできないでいれば、その人は毎回こちらを問い詰めるか自分を責める。

 見かねて侍女たちが部屋の外に引き離してくれれば、その日は兄と母がすぐに気付いてくれた。

『心配しないでいいわ。二人で遊んでいらっしゃい』

 兄と同じ目をした凛々しい母が、目線を合わせ肩に手を置くとにこりと笑顔を見せてくれた。

 すぐ隣に兄も来て同じように笑ってくれれば、母が代わりに部屋に入っていく。――残された自分の手を兄が引けば、慣れた場所での探検ごっこが始まった。

 こちらに気付かないフリをしてくれる兵や従者たちに見つからないよう、柱の影を移動しながら見えない足場に足を載せ、見知らぬ敵を倒す方法を二人で考えていた。

 知っている場所でも、二人でいればすぐに楽しい遊び場に変わる。

 拾った枝を二人で手にしながら後で姉上も誘おうなんて話し合いながら、庭園の傍の廻廊(かいろう)を歩いていた――。




   ◆◆◆◆◆




 細い雨がまだ外に降っているが、先ほどよりも外に明るさが増えてきた。雨雲に隠されていても、日の明るさが雲を突き抜けてここまで届いているようだ。

 さあさあという音と共に、白く薄いカーテンが窓の外に降ろされているようだった。少し前まで賑やかで騒がしかったのに――――。静けさと一緒に、目の前の人物が別の場所から切り取られ置かれているような、急な現実感が目の前に在る。

 机を挟んで座れば、昔もこうやって二人で話した遠い日を思い出す。――あの時よりも気落ちしているティアラの姿は小さく、静かな落ち着きがあった。

 目が合えば、彼女もその年月を噛み締めているようで、くすぐったそうに笑った。

「……本当に大きくなったね。お父さんにそっくりで本当に驚いちゃった」

「たまに言われる……。あまり嬉しくないけど」

「そうなの? でもそんなこと言ってたなんて知られたらあの人、()ねるんじゃないかしら」

 面倒な性格を知っているからティアラが笑っているが、(あき)れと共にため息を吐く。

 父の事は嫌いではない。ただ父を重ねられても困るため、似ていると言われても心中複雑だった。

 学生の頃、ところ構わず自分の側に置く人を選ぶために、この学園内で知り合った者たちを(ことごと)く試していたというのは有名な話だ。

 交際を申し込めば引き受けるものの、少しでも合わないと思えばにべもなく振り、気になる相手を見つければ父の試練に振り回された者も多かったという。――――ある意味、恐怖政治がここに敷かれていたという話を耳にしてしまえば、反面教師にしてしまうのも仕方のないことだろう。

 そんな横暴な振る舞いで、よく付いて行こうと思う人がいたものだと、何人かの姿を思い浮かべた。

「ふふっ、昔から思ってたけど中身はお母さまにそっくりだよね。静かで、控えめだけど、……そんなところがグランは大好きなの」

 ひじ掛けに肘を置き、懐かしいものを眺めるようにティアラが見つめれば、居心地の悪さから目を()らした。

「……誤解しないであげて。少し間違えがあったけれど、お母さまはあなたのことも大好きだったのよ」

 席を立ち傍に来れば、しゃがみ込みこちらの手を両の手の平で握った。

「私だけじゃない、皆知ってることよ。――あなたに傷を残していったことも知ってる。だけど、本当に大事だと思っていたのよ。……いつかお母さまのこと、あなたが聞きたいと思ったら話してあげるから……、どうか覚えておいて」

 小さく祈るような声で、手の平に力を込められた。――母を知っているからこそ、何度でもティアラは言う。

 クリスの手よりも柔らかで、細く長い指も女性らしい。軽く手を引き、離れるようにもうひとつの手で彼女の肩に手を置いた。

「今は、俺の話じゃなくて、ティアラのことを聞きたいんだけど」

 考えたくなかった。違うのだと言われても、皆の中にある母の姿が自分の中にあるものと違い過ぎて、本当に同一人物なのか分からない。

 だから今は考えたくないし、話もまだ聞きたくない。

 手を離されると思わなかったのだろう、寂し気に笑うとその場を立ち数歩後ろのソファに彼女は戻っていった。

「それもそうね。…………私がここにいるのは、クリスが聖都にいないからなの」

 手を組み言葉を紡ぐも、徐々に眉間に皺が寄っていく。

「クリスはその……、休みを取っていて聖都から離れているんだけど、……だからなんで私がここにいるかって言われると、その――、蒼家当代様の勧めで、羽を伸ばして旅行でもしてくればってことを言われたからで――」

 完全に目が泳いでおり、言い訳を考えていることがよく分かる。……やはり誰かに会うことは考えていなかったのかと思えば、若干の寂寥感(せきりょうかん)がまだ冷える空気に混じった。

「セーレは王都にいるけど、クリスは、……本家? にいるし、ひとりで聖都にいてもって言われて……。左翼も、あの子のことも良く知ってるから一緒に連れて行ってもらえばって――」

「『フィフス』がいるから一緒に来ていたんじゃないのか」

 言い訳に苦慮(くりょ)していた目が、こちらに向けられる。

「あの人が誰か知ってる。――だから一緒にティアラがここにいるんだと思ったんだけど」

「え……?」

「初日にヴァイスに紹介されたんだ。……会っても、雑誌を見ても俺だって分からなかったみたいだけど、――――本業(・・)を休む代わりにこちらで仕事をしに来たと聞いている」

「ん? ヴァイスが――?」

 ティアラが義弟の名を口にすれば急に顔が険しくなった。

 何かを思い出しているのか、どこか別の方向へ視線が向いている。

 ここに一度来ているのを目にしたが、ティアラに会いに来ていたということだろうか。――あの時の言葉を考えればあり得そうなことだ。

「知らなかったのか?」

「……アイツ、先に二人に相談してたな。本当にその辺は抜け目ないんだから……」

 大きくため息を吐き、身体を前に倒した。どうにも脱力しているようだ。

 だがすぐに立ち直ったのか、身体を起こせば失意の見える寂しげな表情でひとつ笑った。

「どうしてあなたにあの子の正体をバラしたのか、分かったわ……。――きっと、私をここから離したいからだったのね」

「……どういう意味?」

 案の定ヴァイスには思惑があり、良いように使われていた。――ただ彼女の口振りからヴァイスだけではなく、クリスとセーレの二人も知っているとなれば、やり場のない気持ちを抱えるだけだった。

「そのままの意味よ。……誰でもいいから知り合いに会えば、王都へ行くようにって言われていたの。――ガレリオたちも人が好きな人だし、あの子と親しい人であれば、どんな形であれここに来ることを予想していたのでしょうね」

 あの『フィフス』の様子から、ディアス(自分)がティアラと知り合いだとは知らなかったのだろう。

 意図(いと)して行われたものではないものの、今も含めればここ数日でも立ち寄る機会があった。――近いうちにバッティングすることを、きっとヴァイスは見越していたと思えば、顔を(しか)めたくもなった。

 姉弟たちの中でも特に場所も近く、ティアラと面識があり、己の性格まで見抜いている。――――都合よく使われる事に、良い気分なんかにはなれない。

 思惑通りに運んだことを喜んでいるであろう、悦に浸るヴァイスのしたり顔が脳裏に浮かんだ。

「それに数日前にこの近くでも事件があったでしょ? ……あの子にも関わることだから、傍に居て欲しくないのよ」

「事件って、俺が襲われたときの――?」

「あれはディアスくんもだったわね……。――そうね、あなた達、王族の方にも関係があるわ」

 こちらの意図とズレを感じる返事だが、先ほどのため息と共に何かを吐き出せたからか、先ほどのように迷うような表情は失くなっていた。

「『Avici(アビ)』って聞いたことあるかしら――。彼らがあの子に呪いを与えたの」

 軽い笑みと共に吐き出された言葉があまりに軽すぎて、何を言ってるのか分からなかった。

 名は聞いたことがある。あまり耳馴染みのある話でもないことから現実感がない。呪いとは一体なんのことだ――?

 伏し目がちなティアラは、両の手を不安げに腕を掴んでいた。

「いつも聖国で何か問題があればクリスが真っ先に前線に出るの。……だから何度もアビを取り締まっていたわ。――だんだん変な術を使うようになっていって、……ついにクリスの『神威(しんい)』を封じてしまったの」

 聞きなれない言葉ばかり。知らない事情を(たず)ねようにも、顔を覆い沈痛に声が沈んでいく姿を見れば、続きが出てこなかった。

「単純に考えればそうよね。毎回邪魔する人を先に押さえるのが、一番効率がいいもの……」

 暗く沈む言葉に、先ほど別れた友人の置かれている状況が(かんば)しくないことだけは嫌でも分かった。

 最初に二人で話した時に、そう見えないように振る舞っていると言っていた。――――本当のことだったなと、『友人』の言葉を噛み締めた。

「ただ、()せられた使命を果たしているだけなのに、どうしてあの子が……。――クリスがここに来たのは、そいつらがここにいるから。……私はあの子が心配だから傍に居るの。……心配することしかできないから、困らせているのも分かるんだけどね」

 寂しさと自嘲の混じった、笑顔とも言い切れない表情をティアラはしている。

 傍にいても困らせてしまうだけ――――、その気持ちは痛いほどよく分かる。




   ◆◆◆◆◆




『ディアス、ぜったい気にするなよ』

 廻廊(かいろう)の途中、手入れのされた庭を見ながら、壁を背に二人で座って話をしていたときのことだった。

 きっとさっきの事を思い出していたことが、兄にはすぐ分かったのだろう。

 枝を振りながら隣に座る兄が言う。

『母さんも言ってた、いやなこと言うやつなんて放っておけって。ただのねたみそねみってやつだって』

『ねたみそねみって、なに?』

『うらやましい気持ちだって』

 物知りな兄がそう教えてくれたが、それがよく分からないので曖昧(あいまい)な返事しか出来なかった。

 だけども気にせず冷たい壁から離れ、兄が立てば腰に手をあてこちらを見た。

『父さんも誰もそんなこと気にしてないし、おれも気にしてない。だからお前もぜったいに気にするなよ』

『……うん』

 頼もしい声に頷く。兄が言うなら間違いないし、味方で居てくれることがとても嬉しい。

『ゼル、……いつもいっしょにいてくれてありがとう』

 冷たい壁と床から離れて、立ち上がる。

 並べば釣り目がちな目が安心を分けてくれるように、兄は微笑んだ。

『おれたちは兄弟だろ。いちばん近いんだし、弟を守るのはとうぜんだ』

『……、』

 一番近いからこそ、簡単に比べられる。

 自信なく()らした顔に(あき)れたのか、はぁと兄がため息をついた。

『あの二人はずっとむかしから仲良しだから、一緒にここに来て父さんと結婚したんだ。今は家族としてずっと一緒にいられてうれしいって、母さんはよく言ってる。だから心配するな。きっと大丈夫だから』

 そう何度も教えてくれる兄を見れば、晴れるように笑った。

『父さんもおなじ気持ちだって言ってたじゃないか。知らないやつらのことなんか放っておけ。アズもクローディーヌ母さんも同じだ。おれたちはきょうだいで家族だろ? 他人が入るすきまなんてどこにもないんだから』

 揃いのブレスレットをつけた腕をこちらに見せてきた。血の繋がりも家族の絆も確かなものがここにはある。

 だからもう一度、誰かが呼びに来るまで、二人で廻廊の先へと探検に出かけた。




   ◆◆◆◆◆




「それでも、……ティアラが傍に居ることで、あの人は心安らいでいたところもあるんじゃないのか」

 まだ短い時間だけれどもここで話をして、見て触れてきたものがある。

「俺の前でも、――叔父上達がいる前でも公言していた。母も父も好きだと。女子寮でも、その話を広めて貰っているらしい」

 理由も手段もどうしようもないと思っていたが、あれは本心だ。――その時のことを思い出せば、おかしさから小さく笑いが(こぼ)れてしまう。

 本当にどうかしている。もっと自身に対しても手加減をしてあげればいいのに――――。

 まっすぐでいながらも不器用なやり方しかできない、その純粋さが危うくて、この目を惹きつけて止まない。

「ティアラたちがクリスを大事にしていることも知ってるけれど、クリスもティアラを大切にしているって知ってるよ。――でも傍に居て欲しくない気持ちも、俺にはよく分かる」

 先ほどの冷たい言葉に、背景を知らなければ誰でも距離を置くだろう。

 散々周りの人間が手加減しろと言っていたが、きっとあれはあの人自身に言い聞かせていたのだろう。

 (いばら)の道でも、構わず突き進む人だ。――互いを傷つけたとしても、大事なものは遠ざけておきたい。そんな想いがあったのだろう。

 兄の傍にいればいる程傷付けていた。優しさに甘えて、兄の居所を奪って行ったことを思えば、遠ざけたがるクリスの行動は理解できる。――早く離れられない優柔不断さに、気付くべきだった。

 己の後悔が引っかかるが、同じ道を辿(たど)って欲しくないと顔を上げる。

「ティアラが王城にいる間、俺があの人の傍にいるから。心配しないでくれ」

 ヴァイスに振り回されるのは鼻持ちならないが、そうしてまでも大事なものを守ろうとしただけだ。

 今しがた言葉を交わした時に見せていた、寄る辺ない姿を見てしまえば味方でいたいと思ってしまう。

「……ありがとう。あなたがいてくれて、またあの子と友だちになってくれてとても嬉しいわ」

 昔見たときのような顔にティアラはなっていた。

 きっと心中は晴れていないだろうし、今の話で懸念(けねん)事項もまだあるのだろう。あの時見えなかったぎこちなさが伝わるからだ。

 でもそれは本人に確かめればいい。――信頼に応えると言ってくれた以上友人を信じるだけ。

「昔会ったときよりもずっと大人になったね。――しっかりして頼もしくなった」

 微笑ましく見られるが、そんな言葉をかけてもらえるほど足る人物でもないことから、少々座りが悪い。――――これから、期待に応えるよう努力しよう。

「それで、……他にもいくつか聞きたいことがあるんだけど」

 全てを知っている人にこそ、聞いてみたいことがあった。

「……昨日ヴァイスが、あの人の悪癖がどうのって言ってたんだけど、なにか困った癖でもあるのか」

「困った癖かぁ……。あるにはあるけど、一体どれの事かしら」

 聞き方がおおざっぱであったことは否めないが、特定できないほど心当たりがあるのだろうか。考え込む手を(あご)に添えるも、指先が頬を押すほど悩んでいる。

「……ヴァイスが、休むときは執務室に来ていいと言っていた」

 ヴァイス(アイツ)とティアラもそれなりの付き合いだとは思うが、ここで好き勝手やっていたことは知っているのだろうか。

 クリス程ではないけれど、もしかしたら本性を知らないのかもと身構えた。

「あぁ、それね。――あの子、寒かったり疲れてるととその辺で寝ちゃうのよね。ヴァイスもそれを心配したんじゃないかしら」

「その辺で、……寝る?」

「うん、クリシス神殿の中でしかやらないんだけど、気が緩むからなのかしら……。歩きながら寝たり、立って寝てるときもあって危ないんだ。――あぁ、でもあの剣ならギリ、平気か……?」

 その辺で寝られるのは危ないだろうけど、それとは別にどうして『剣』が付いてくるのだろう。

「流石にここではしないと思うけど、その辺りのことを心配してくれたんじゃないかしら。眠そうにしてたら、悪いんだけどここに戻るように言ってくれる? ……リタたちが一緒ならすぐに止めてくれるだろうけど、寝入っちゃったら左翼に頼まないと危ないから、その時はここへ連絡してくれるかしら。ディアスくんも近付いちゃだめよ。怪我でもさせてしまったら大事だから」

 危険の意味合いが違うことを察した。

「……普段から睡眠不足なのか」

「不規則な生活をしてるからかも。……本当に寝入っちゃうと何しても起きないから、それも困るんだけどね。――よく執務室とか廊下で寝入ってると生きてるのか心配になるほどよ」

 寝ないで動けると言っている割に、そのしわ寄せはきちんとあったようだ。――セーレやティアラが過剰に心配しているのは無理からぬことかもしれない。

「さすがに不用心すぎるんじゃ……」

「クリシス神殿は許しのある人しか入れないし、あの子たち方天を守る場所でもあるから、なんだか居心地がいいみたいなのよね。みんなもあの子が良く寝ることは知ってるから、そっとしておいてくれるわ」

「……治安がいいんだな」

 夜に人の部屋に来る警戒心のなさについて、少し理解できた気がした。――同時にヴァイスの言葉についても理解が追いつけば、あんな奴でもそれなりに案じる気持ちもあったのかと爪の先程度の理解を示す。

「そうね。――あと寒すぎると動けなくなっちゃうの。聖都にいるときはシャナがいつも側にいてくれたからいいんだけど、今はひとりだから心配ね……。いくつか札をもらってたけど、あれが尽きたら代わりがないから着こむように言っておかないと……」

 母親の顔になり、ぶつぶつとここを去る前にやるべきことを考えているようだった。この部屋に来る前よりも、吹っ切れたようだった。

 ティアラの飾らぬ態度が、以前もユスティツィア城に訪れた時のような懐かしい気持ちを呼び起こす。

 同時に、――――最も引っかかっていたことを(たず)ねた。

「――ティアラがラウルスに来たことも、俺たちと知り合いだってことも皆知らなかった……。もしかして、……隠していたのか?」

「……ごめんなさい、その件はいくつか理由があるんだけれど、……どれもこっちの都合ね」

 バツが悪いのか気まずげに取り(つくろ)おうとし、大きく息を吐いた。

「四年前――、クリスが聖都に戻って来たとき、女王様が蒼家当代になられたばかりのヒルトさんとお会いになられたの。――あの時はまだヒルトさんも15歳で、だけど立派にオクタヴィア様へと、この先の展望についてお話をされたわ」

 懐かしさを(いつく)しむように、ティアラは語る。

「以前の蒼家は、そもそも国交に否定的だったのは知っているよね。……だからヒルトさんは過去のしがらみは捨て、積極的に国を開き、ラウルスと互いに発展していきたいと言っていたわ。まだ小さいのに、すごくしっかりしている」

 (しら)んできた窓の外に目をやる横顔に、若き当代への信頼が見えた。

「クリスが聖都に帰って来たのは、予定より一ヶ月も後の事だったの。……本当は、あなたのお父様であるグランが来るはずだったのだけど、急な蒼家の代変わりということもあって、女王様がいらっしゃることになったのよ。覚えているかしら。……あの時、蒼家では大きな事故があったらしくてね。前の当代含めて、二十人以上は亡くなられたそうよ」

 急な話題に戸惑っていると、ティアラは苦笑した。

「……どうにも女王様は、それにヒルトさんが関わってるんじゃないかって思っているようなの。地方で視察に行った際に土砂崩れに巻き込まれて亡くなったって聞いたけど、――もしあの子が手段も選ばないような子なら危険だからって、関係者に王家の情報は極力渡すなと当時は箝口令(かんこうれい)()かれたわ」

 箝口令――――、情報規制が敷かれてしまえば、王族関係者にもあたるティアラも従わなければならないだろう。

 彼女の一存(いちぞん)で、口に出来るものでもなかったのだ。仕方ないことに、ひとつ落胆する。

「それがひとつ。――ただね、あの子は事故を利用して、手段を選ばないよう振る舞っているだけだと思うの。たった15の……、家から出たのも初めての子どもが、聖国でも広く知られているオクタヴィア様となんか、簡単に渡り合えるはずもないもの。何ひとつ持ち合わせてないことも分かっていたから、事故を利用しているだけなのよ」

 困ったように笑うティアラは、これは内緒だと指を立てた。――幾度となくここでその名を聞くも、毎回印象が変わる。

 それだけに祖母も油断できないと思っているのだろう。――今回関わりを持ったのは、考えが変わったということだろうか。推測しても仕方ないことに気を巡らせるが、ティアラのため息に我に返る。

「ふたつめは、私が話せなかったの。――まだ小さいあの子がラウルスに来たことも、向こうでディアスくんと一緒に過ごしていたことも思い出すとつらいの。……どうして神さまがあの子を選んだのかって、勝手に代わりにしないでくれって気持ちが湧いてしまうから……。――本当にごめんなさいね」

 声にわずかばかりだか震えが混じったが、それを打ち消すように笑顔を作る。

 その恨み言も昔、何度も耳にした。同じ気持ちだから、責めることなんか出来ない。

「……みっつめは、セーレのせいね。あの人、学生の頃からずっとオクタヴィア様やグランと付き合いがあるじゃない。家に帰ってまで、王族に関わる話は聞きたくないって方々に言っててね。それもあってラウルスの人とも、家族でいるときも話をしなかったのよ」

「……想像がついた」

 申し訳なさそうに言われたが、こちらも申し訳ない気持ちになった。――父と長年親しくしているが、同時に父に大いに振り回されているところも知っている。こればかりも仕方のないことだろう。

 こちらの気持ちを察したのか、同情と呆れの混じった眼差しと目が合った。

「よっつめは、……クリス、写真だとあまり人の区別がつかないの」

 まだあるのかと思えば――、思わぬ話にティアラを見た。

「私やセーレ、義父(とお)さんや義母(かあ)さんみたいな身内とか、よく知る相手なら分かるみたいなんだけど。それ以外は分からないみたいで、……誰かが教えてあげないと分からないの」

 力なくティアラが言えば、慌てて両手で口を塞いだ。

「あっ、これは内緒にしないといけない話だったかも。……秘密にしてくれる?」

「……あぁ」

 戸惑いながらも頷けば、口に当てていた手を下ろした。

「人々の上に立たなきゃいけないのに、人の区別がつないのは様にならないから……。聖都に来た直後も人を覚えるために一生懸命だった。あの頃ヒルトさんも毎日一緒にいてくれて、よくよく教えてくれていたわ」

 当時を思い出しているのだろう、ティアラは遠くを見つめていた。――いろんな顔を持っているようだが、クリスにとっても母親(ティアラ)にとっても、今の蒼家当代を頼りにしているようだ。

 『会えばわかる』、――以前にも言われた言葉の意味が違った。それ以上に伝えられることがなかったのかと思えば、どうすることができようか。

 なにか言いたげにティアラの口が動いたが、躊躇(ためら)いと共に飲み込んだ。

 その場を立ち上がり、ディアスへと近付いた。

「あと、最後に。――もしかしたらあの子は、あなたの事を深く傷つけるかも。ごめんなさい。…………これは大切にするのよ」

 伸ばされた手が、左腕のブレスレットに触れた。

「それは、どういう……?」

「……そのままの意味よ。話が出来てよかったわ。……ここを離れるために準備をしなくちゃ。そろそろ行くね。……また後で会いましょう」

 ティアラは困ったように笑うだけで、これ以上は教えてくれる気がないようだった。

 鈍く光る姉弟の証である銀色のブレスレットを揺らし、ティアラの手が離れていった。

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