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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月4日 月曜日
78/145

間奏曲 ――『虚飾』の人――

10月4日月曜日。

 賑わう人込みの間をすり抜け、階上への道を進む。

 四方から上がる声は自らの同胞を応援する声ばかりで、何度も打ち合う剣撃(けんげき)の音が合間を()って耳に届く。――しばらくぶりに味わう人々の熱狂が、故郷の地を思い出させた。

 みんな、元気にしているだろうか――。

 ちらと中央へ視線を移せば、学生と相対する大将の姿が目に入る。

 あの人の背後には既に剣が三本高座に刺さっており、いつもの光景だと一層懐かしさを色濃くさせた。


 二週間ほど前、聖都襲撃の折に大将が怪我を負ってしまった。

 いろいろあって随分と落ち込んでいたが、あれは不運な出来事だった。――少し離れたところにいたため、その一部始終を見てしまったのでクリス様(大将)の気持ちが分からないでもない。

 人が多く密集し混乱もしていれば、それだけ予測不可能な事態も起こるというもの。――いつもなら放たれた矢など見切って避けれただろうに、良かれと思って守ろうとした者がいた。

 大将が剣を持っているときに不用意に側に近付かない、というのは常識だった。

 常に帯剣しているので、実質『(かば)いに来るな』という話でもある。

 その人物も重々理解していただろうが、身体が動いてしまったのだろう。

 互いの意志が意味もなくぶつかり合い、無情にも一本の矢が東方天(あの人)に刺さってしまった。


 学生の足を鞘付きの剣先で引っかけ、背後に回り踏みつけている。あまりの速さに、何をされたのか気付ける者はすぐに現れないだろう。

 この後きっと『手の内を見せたのだから、もう一度かかってくるがいい』とか何とか言って、彼らを鍛え始めそうだ。

 学校が閉まる時間まで限りがあるため、どこかで回収するかと、ガレリオはこの茶番を(なが)める壁掛けの時計を見た。

 二階へ上り切れば、階下よりも年齢層が上がりほっと息をつく。――10も離れているであろう若者たちの間に入るのは少々気を遣う。

 まして学や地位がある分、最低限の教育しか受けていない平民出身のガレリオとしては、若干の劣等感を抱かない訳ではない。

「……俺だって繊細なんですけど」

 誰に言う訳でもないが、先ほど言われた言葉を思い出し不満が口を吐く。――まぁ、実際は言う程繊細でもないが、傷付かない訳ではないこともご理解頂きたいものだ。

 踏まれた学生が起き上がり、不意を突こうと斬りかかっているが、その刀身を思いっきり折った。――きっと質がよくなかったのだろう。もっといい武器を彼らに与えてやれ、と言外に伝えているようにも見えた。

 予定とは違う行動だが、結果が同じであれば問題ない。

 飛んでいく剣先の行方を目で追えば、目的地がはっきりと現れる。――――あそこか。

 見覚えのある人物たちが飛んで来たきた剣先に驚いているが、彼女らも武人なので周囲の人間に警戒を(うなが)し、それが安全に落ちるままに人を遠ざけている。

「こういう仕事はキチンとするんだな……。すんませーん、ちょっと通りますよ~」

 人を分けながら彼女らの元へ歩き出した。


「ミリシア殿、大丈夫でしたか?」

「――――ブランディ殿、どうしてこちらに?」

 近付くガレリオに気付いた黒髪ポニテの筋肉質なたくましい女性、――――警護隊の女性部隊長でもあるミシリア・ラザールが少々驚いた顔でこちらを見た。

 軽鎧(けいがい)に身を包み帯剣しているこの人は、ここで決闘が行われると噂を聞きつけやってきたひとりだ。

「いえ、うちの坊っちゃんが剣をへし折っちゃったでしょう? しかもこんなところまで飛ばすなんて……。この辺りの人は誰も怪我してないですか?」

 もうひとりの女性が近付いた。――レーテー・トローシナ。警護隊に所属する兵士だ。黒髪のソバージュの効いたショートボブが愛らしい細身の女性で、少々頼りなげな印象がある。

 一度警護隊の人たちとは、王弟殿下のおかげで挨拶が済んでいる。――さすがに全員の名前は憶えていないが、主要な人物だけは記憶していた。

「……四家の人間は武術に長けていると聞いたことがありましたが、まさかあそこまでとは」

「ははっ、フィフス様はどちらかと言えば脳筋で戦闘バカなところがあるので、手合わせしてくれる人が現れて喜んでいるんですよ。でもこれは、ちょーっとやりすぎだと思いますけどね」

「へぇ、私も一度手合わせしてみたくなりました」

 ミシリアの熱と興味が混じる言葉に笑みを送り、床に転がった剣先を拾った。――――この人も脳筋タイプか。

 さっぱりした性格も相まって好ましい人物だと、印象を書き換える。

 最後の試合が始まったようで、階下も周りも改めて盛り上がりを見せた。三人の意識が下層へ向かう。――舞台上の二人は向き合い、じりじりと間合いを見計らっているようだ。

「それはいい。誘われればあの人も喜ぶと思います。ぜひお相手して下さるとありがたい」

 つまんだ刀身を、ポケットに入れていたハンカチで巻き握り直す。――これは、あとで女王付きメイドか王弟殿下へ渡せばいいだろう。

「……今回彼らの護衛のためにいらしたと(おっしゃ)っていましたが、あれほどの力量を持つのであればブランディ様が守らなくても良いのでは」

 兵士でありながら、少々覇気の足りない言葉でレーテーが尋ねた。

「あの人のお兄さんが過保護でしてねぇ。ほーんと、護衛なんて必要ないと思うんですけど、いかんせんフィフス様も世間知らずなもので、ここに馴染めるか心配しているんです。だから世の酸い甘いを知る、俺のような人間が必要なんです。よかったらうちの坊っちゃんに、ぜひこちらのこと教えてあげてください」

 笑顔で伝えれば、ミシリアは人の()い笑みで応えてくれた。レーテーはこちらを値踏みするかのように、冷静に視線を上下させている。

「……ブランディ様は、このような時に聖都を離れて本当によかったのですか? 東方天さまの配下だというのに……。しかも蒼家の人間を連れて来るだなんて、……もしここで何かあったらどうするおつもりなんですか?」

「それはどういう意味ですかね? 別にクリス様のお身内と一緒に行動するのはよくあることですし、互いによく知る者同士なので連携も取りやすいと思っていますが。なにかご不安になることがあれば、後学のためにも是非教えてください」

「……東方天さまが大変だと風の噂で聞きました。表に出ることが出来ないのでしょう? つまり大事が起きているのでは、と心配しているのです」

「レーテーやめないか。……申し訳ないブランディ殿、最近そのような噂が流行っておりまして」

 部下の無遠慮な問いをミシリアが(たしな)めた。

 だが彼女らの言葉を深く受け止めず、大げさに手を額に当て嘆いてみせた。

「あちゃー、そんな噂が流れてるんですね~。本人はただの休暇を取ってるだけなんですけど。――普段から仕事ばかりしているから、少し休むと皆さんが随分と心配してくれる。ありがたい限りです」

「……ミシリア隊長も分かりますよね? もし東方天が崩御(ほうぎょ)でもするようなことがあれば、その血縁者が次の方天になる。――大きな力を持った人間が突如(とつじょ)ピオニールに現れでもしたら、一体誰がそれを止めるんですか? この学園も危ういのではないでしょうか」

 それを懸念して、四家の人間は易々(やすやす)と国境を(また)ぐことはしない。

 方天に何かあった際、血族である以上、個人の問題と割り切ることはできないからだ。

「今の東方天さまが選ばれた時、聖都がどうなったか有名な話ですよね。……もしそうなったらと思うと私は不安で……」

「へぇ、うちの大将ってば選ばれた当初から有名なんですね〜。その頃、俺は地方にいたんで正直よく知らないんです」

 知らないというのは本当だ。

 もしあの頃の自分に、将来は聖都で師団長になっていると伝えても、きっと微塵も信じないだろう。

 聖都も方天も四家の人間も、そのどれもがあの頃の自分にとっては縁遠い場所で、何ひとつ自分とは関わりのないものだった。

 そんな大将の話も、出会う前は風の噂で聞いたこともあったかもしれないが、それはただの雑談でしかなく、記憶するに値しない話題でしかなかった。

 不信に満ちた眼差しでレーテーが見ている。――今更過去を知ったところで得るものもないし、今後の大将の評価が変わるものでもない。

 どこをどう切り取ってもあの人は神に選ばれた人で、その責を負う人なのだ――――。

 この俺を、――皆を裏切るような真似をしないと誓ってくれた以上、その約束が果たされるのを見届けるために側にいる。

 そう決めたから――――、今回も頼まれてここまで付いて来ただけのこと。

「仕えていたとしても、その程度の認識しかお持ちでないんですね」

「俺に限らず、聖国の人間はみんな同じだと思いますよ。こちらだと……、『天災(てんさい)』というんでしたっけ? いつどこで何が起こるか分からない、大いなる力をそう呼ぶのであれば、四方天は『天災』そのものと言ってもいいでしょう。――気にしたところで問題は起こるし、それをどう対処すべきかは分かっています。ちゃんと対処法もあるので、何もご心配には及びません」

 手を胸に当て誠実に見えるよう笑ってみせた。――歳を重ねるごとに愛想笑いも上手くなっていたが、ここ数年そういうことも必要なかっただけにきちんと出来てるか少し自信がなかった。

「それに、本当にクリス様はお元気ですよ。こちらの状況を伝えるために、俺も普段からやり取りしていますからね」

 階下で会った時も、ここに来る前に比べれば随分とマシな顔をしていた。今までと違う環境が、いい息抜きになっているらしい。

「……あそこは、国外に電話が掛けられないはずですが」

「えぇ。オクタヴィア様に報告がてら、執務室でお電話をお借りして直接やり取りをしています。女王様も東方天さまのことはよくご存知ですので、女王陛下が何も仰られないのであれば、それ以上のことは何もない。そういうことかと」

 盗聴の恐れもあることから、寄宿の電話が使えないことは逆に良かった。――こうしてアリバイ作りも出来るし、大将を隠すのに一役買っている。

「……ですが、方天だってただ力を持っただけの人の子でしょう――? もし彼らが不死なのであれば、交代する必要なんてないのですから。先代の東方天だって事故死ですし、他の三方天も代わる前は不治の病や寿命で亡くなった。……人である以上、何人も死から逃れることは出来ません」

「へぇ、詳しいのですね。それだけ強く関心を持って頂けて、俺も臣下(しんか)冥利(みょうり)に尽きるってもんです」

「レーテー! 本当に言葉が過ぎるぞ。――ブランディ殿、部下が大変失礼した。後でよくよく聞かせておきますので」

 打ち合う剣撃の音とは違う音がすれば、弧を描きながら同じ視線の高さまで上がったのが視界の端に映る。どうやら五回戦も終わったらしい。――――そろそろ戻れの合図だ。

「まぁ、人の手に余る力もそうですが、自分たちと違うものは恐ろしいものですからね。これ以上皆さんが不安にならないよう、精一杯我々も信頼を築き上げていきたいと思っていますので。どうぞ改めてよろしくお願いします」

 二人に礼をしてその場を離れた。――目を付けていた人物がどういう人間か少し分かった。

 明確に『東方天に何かあった』ことを知っているからこそ、こちらが否定すればするほど相手がムキになる。――隠そうともしない彼女の本音に反吐(へど)が出そうだ。

 階下に向かいながら、中央に立つその人を見れば両腕に装着した白銀の腕輪が見えた。

 あれは何の効果もないただのゴツイ腕輪だ。

 精霊術の使用を禁止と言われたが、そうなれば身を守れないことから形だけの(かせ)()めさせている。

 霊力をこちらの人間は感知できないからこそできるハッタリだ。当人も使う気はないから、バレることはないだろう。

 剣についても本体は外の精霊石だ。――もちろん玲器(れいき)としての力をあの剣は秘めているが、装飾としてついているあの石の方がずっと大事なもので、あの人を守る力となる。

 不便の多い身でありながら、ああやって舞台に上がって不用心に注目を浴びに行くのだから本当に手がかかる。

 今回もよく活躍してくれるおかげで、人込みに紛れ込んでやってきた異分子と接触できたが、もう少し自分を大事にしてくれと心の中で非難した。

 なにか仕返しする方法を考えつつ、大将の側へと行く。




 ◆◆◆




「どうしてさっき無理やり連れて行こうとしたんだ」

「そんなの、余計なことを言いそうだからに決まってるじゃないですか」

 すっかり暗くなった外を二人で歩きながら、宿舎へと向かう。

 脇腹を攻撃されたため、じんわりとした痛みがまだ残っている。――だが、ちょっとした仕返しにもなったので、痛み分け(?)とでも思っておこう。

 正直あんな輩がいる場所に、無防備にこの人を(さら)しておきたくなかった。

 馬車も用意してもらっていたが、話したいこともあったし、真っ直ぐピオニール城に連れて行かれても困るため断った。

 決闘が終わったら来いと女王陛下に言われていたが、己が仕えているのはあくまでもクリス様(この人)だ。先ほどメイドからも念押しされたが、行けたら行くと大将は適当な返事をしていた。

 すぐに行きたくないのであれば、多少気晴らしに付き合ってやるのも年長者の(つと)めだろう。

「さっきだってあの場に王子様が来てくれたから丸く収まったものの、絶対なんも考えてなかったですよね? もう一度喧嘩売って、ゴリ押しして丸め込もうとしてたんじゃないんすか」

「あぁ、いつも通りだ」

「いつも通りじゃダメだって言ってるのに全くもってこの人は〜〜〜〜〜! 脱いだものをそのままにして何度も奥さんに注意されては、直らない頃に捨てられるタイプのダメっぷり!」

「……脱いだものはそのままにしないが?」

「はいはい、お家では良い子にしてますもんねー。この例えが分からない良い子ちゃんだったのをすっかり忘れていましたよ!」

「ガレリオ、何をそんなに(いら)ついているんだ?」

「――別に」

 憮然(ぶぜん)としながら答えるも、ささくれ立つものが心にあることに気付く。隣を歩くのは黒髪になり身分と名を隠す、聖国になくてはならない人だ。

 東方天としてお役目を果たしているときはいい。全てにおいて完璧にこなしてくれるからだ。

 肝心の中身といえば、喋れば偉そう、中身は幼児と手がかかるお子ちゃまだ。今も見た目だけならそこいらの学生と遜色(そんしょく)ないと思うが、同年代が経験しているようなこととはずっと無縁だし、本人も基本興味がないことからクラスでは浮いてるんだろうと想像に難くない。

 普段から親しくしているエリーチェや世話焼きのリタがいれば、多少その浮つき成分を抑えてくれるのではと期待しているが、実際うまく行ってるのかは不明だ。

 それにしてもと、ため息をついた。――――こんなお子ちゃまに心の内を見透かされる上、心配されるなんて。

「……この前大将が言ってた、『嘘つき(八番目)』を見つけましたよ。思った通りむかつくヤツでした」

「ほう――、人を集めて正解だったな。お前たちの働きにはいつも感謝している」

 じっと冷めた目で見るも、気にした風もなくさらりと礼を言う。

「むかつく」

「何がだ。――私か?」

 じっと大将をジト目で見れば、原因を考えているようだ。

「……大将の身に起こっていることを知っていて、何かあると期待しているソイツに腹が立っただけです」

 不機嫌の原因はこの人ではあるが、この人のせいじゃない。――分かっているが、このなんとも思っていない顔も態度も鼻につく。

「なんだ、そんなことか」

「そういう余裕そうな態度が心底むかつきます」

 出会った頃から変わらぬ忖度(そんたく)しないやり取りに、徐々に気持ちも落ち着いてくる。

 生まれ故郷を離れて久しいが、気付けば大将のいる場所が自分たちの居場所になっている。聖国の一柱でありながら、中身がただの子供だと分かったからこそ信頼しているし、心配もしていた。

「ははっ、私はそんなことでは屈するつもりはないからな。力が欲しいし、この役目を次の誰かに渡す気もない――」

 ふと大将が足を止め振り返った。――何かあるかと剣に手を伸ばし、辺りを静かに警戒する。

 密談のための魔石とやらを大柄のメイドから借り受けているので、堂々と二人で話していた。外からの音は聞こえるが側にいる者の声は外へ伝わらない代物らしい。精霊術でもできなくはないが、今は霊力を温存させたいこともあり使わせてもらっている。

「……例の黒猫ってやつですか?」

 先日初めて見たという猫の話を聞かされたが、どうにも違う様子から、もしかしたら高等竜かもと期待を膨らませていた。

 この人の好きなもののひとつだ。

 その理由も大したものではなく子供っぽいことから、中身はやっぱり幼児なのだ。

 大将ほどではないものの、多少はこちらに近付く輩の気配は分かる。――もしくは先ほど接触した八番目(あの女)の仲間が薮を突きに来たのか。

 だが、隣のその人は警戒している訳ではなさそうなことに気付いた。

「いや、なんでもない。……少し、今日の話を思い出しただけだ」

 振り返るのをやめれば、見ていたのは先ほどまでいた屋内競技場のようだった。学生たちはもう帰ったのか、すっかり暗くなっている。校舎からも灯りが消えていき街灯が灯るのみで、どこもかしこももう夜だと告げているようだった。

「話って? もしかしてクラスでお友達とかできたんすか?」

「友達は作ってないし、そんなにいらいない」

「……本当そういうとこ良くないっすよ。せっかく同い年の子がたくさん居るんだし、仲良くしてみれば良いのに」

「ここに居るのはあと10日程だ。――お前たちもよく言ってるだろ、遠距離は大変だって」

「……それは恋愛の話でしょ。お子ちゃまにはまだ早いので参考にしなくて良いです」

「そうだったか。それに『フィフス』なんて居ないんだ。私のような『虚像』は深く人の記憶に残らないくらいがちょうどいい」

 軽く笑いながら先へ行く。大股で着いて行けばすぐに追いつき横に並んだ。

「はぁ……、そういうのって、寂しくないんですか?」

「寂しいと思ったことはないな。聖都中の人間が友人みたいなお前からしたら、私はきっと寂しいヤツなのだろうが。――大事なものは充分手の中にあるし、別に現状に不満もない」

 満足そうに笑う。この手の話題はいつも同じ結論に至る。姓の異なる身内と、蒼家の一部の身内、少しの友人、運命を共にする方天(同僚)に、気の置けない配下と、信頼を寄せてくれる人たち――。それで充分だと、この人は言う。

「……いや、ひとつあったな。今日、アイツらが少し羨ましいと思った……」

 珍しく、何か思うことがあったらしい。素直に思ったことを話す相手は少なくない。

 そういう意味でも頼りにされているという自負があった。

「へぇ、何があったんです?」

「あの決闘の前、ディアスたちと話してたんだが、……あの騎士見習いたちをストーカー呼ばわりしたって言っただろ? どうやらアイツもそう思っていたそうだ」

「え? ――え、ぇ、……ええっ? 本当に?? 王子様ってば大丈夫なんですか……??」

 今日いたのは男子ばかりだっただけに、少々混乱した。

 こちらでは同性愛も同性婚も普通だということを思い出すが、それにしてもと己の常識が理解を拒む。

「あぁ……、兄を(ないがし)ろにするとも言ってたが、それとは別にしつこく付きまとわれてたみたいだ。……本人はそこまでじゃないと否定していたが、――やはり騎士道とやらは好きになれないな」

「……あれって、ノルベルトだけかと思ってましたが、やっぱりそういうもの(・・・・・・)なんですか……?」

「分からない。だが、ディアスがちゃんと話したら皆すぐに引いていた。……やはりあれはこちらの慣習なのだろう。――主を持たない騎士見習いは入国禁止にすべきではないか?」

 真剣に検討している大将に確かにと相槌を打ち、先ほどの出来事を思い出した。

 比較すれば王子を崇敬(すういはい)している様子は見てとれただけに、知っている野良の騎士見習いは厄介に思えた。


 昨年末、あることがきっかけでノルベルト・クローナハは聖国へやって来た。

 その頃のノルベルトは自国のこと、騎士道のこと、クローナハ槍術のことを広め、己の研鑽(けんさん)のために四方天と交流を持つこととなった。

 大将もラウルスの武人に興味があったため、手合わせしたり、話を聞いたりと普通に親しくしていた。

 だがある時、ノルベルトは東方天クリス(この人)に恋慕してしまった――。

 騎士としての矜持(きょうじ)と、この国由来の執着と思い込みの強さも相まって、何度断っても毎回しつこく迫っており大将はいつも困っていた。

 しかも『好かれている』ということをこの人は理解出来ないらしく、ただただ豹変(ひょうへん)したノルベルトに困惑しており、第三師団の連中と度々相談に乗っていてた。


 恋に盲目になるタイプは周りにいなかった訳ではないが、愛に忠実に生きるとか振り翳されるとどうにもならない。

 個人の主義主張に干渉するつもりはないが、何度話しをしても平行線でうまく伝わらない。

 よくある、周りが見えなくなるタイプだった。

 そして大将に毎回(せま)っては、問答無用で倒され投げられ打ち捨てられるノルベルトに、多少の憐憫(れんびん)の情もなくはなかった。――ひとつまみの砂つぶ程度の気持ちだが。

 しかし彼は武人らしい打たれ強さと、決してめげない性格の持ち主だった。そこがまたまた面倒くさい。

 それが騎士道を掲げる者の生き様だと、彼は言う。

「……なるほど、ある意味王子様の勧誘は本気(・・)だったんすね」

「もちろん初めは冗談だった。名を借りるとだけ伝えてたし、後で皆の前で返上でもすればいいだろうと考えていた」

 至極真面目な顔で言う。

 やっぱり適当なことしか考えてない。

 あそこまでの段取りは別の人間がつけたとしても、その後なんやかんや上手くまとめてしまうので心底タチが悪い。

 先ほども王子がこの人に理由を尋ねていたが、余計なことを言出したため、うまく流れを作って回収した。

「……そういうの、冗談で許してくれるタイプなんですか? 俺なら傷つきますけど」

 大将たちの話や見聞きした限り、大人しく寛容な人だという印象だった。

「どうだろう。……アイベルはなんとも言えない顔をしていただけに、会えば説教されるかもな……」

 最初に助けたのも王子だったというのもなかなかの引きだが、ここで友人一号になってくれるなどと思ってもみなかった。

 この適当なお子ちゃまと、鉄扉面で愛想のない左翼様という妙な兄弟―――。二人の殺伐(さつばつ)としたやり取りを見ただろうに、気にせず友人になってくれるとか人が良すぎる。

 元より人付き合いが壊滅的なお子ちゃまだ。

 離れてしまえばそれまでと思ってるきらいがあるため、人を大事にすることが出来ない。――東方天として務めを果たすときは完全無欠なのに、プライベートだと関心が両親に全振りになるし、自分のことには特に関心がない。

 それでも出会った頃に比べれば、多少マシになっているが。

 立場も相まって、この人に対等に接してくれる人は本当に貴重だ、ひとりの人間としてそう思っていた。

 ついでに言えば向こうは王子という大層な立場ゆえ、下手を打てば後々いろんな方面に響きそうな気がして少し心配もしていた。

 女王とは立場が違うのだ。あの方と大将に何かあっても仲裁役が他にいるからいい。

 だが王子となれば話は別だ。なにせ現国王の息子だし、退位し一線を退いた人と違い、この先ずっと関わる機会も可能性も大いにある人物だ。――――そんな王子と良好な関係を築くために、このお子ちゃまに人付き合いのなんたるかを教えなければならない。

 初日に教えてもらったが、どうやら東方天のファンであり、この人の父親を慕っているらしい。――共有できる話題があることから、かなり打つ手はありそうだった。

 『東方天(自分)』の話は興味のないことから出来ないだろう。――エリーチェの協力も必要だ。

 この人の叔父、ヴァイスからも『フィフス』のことを任せていると教えられた。――――つまり下手を打たない限り、問題は少ないままでいられるはずだ。

「はぁ……、後でちゃんと感謝しておいた方がいいですよ。というか、また寮に顔出して話して練習してきたらどうです? ……坊ちゃん(・・・・)の味方になってくれる人なんて早々いないんですから」

 考えを巡らせながら、ふとあることが気になった――。

「もし、大将と同じような目に遭ってるなら、他の人に相談できてるんですかね……? あのお側にいる人とかに話は出来ているんですか?」

「……そういえば、アイベルも謝っていたな……。気付かなくてすまなかったと」

「そりゃあそうですよ。……人の心なんて見えないんだから、いくら近くに居ても分からなかったなんてこと、よくある話です」

 聖国で聞いていた話と違い、あの場で騎士見習い達を(くだ)すだけの器があった。――味方で居てくれればいろいろと心強いだろう。

 とはいえだ、文官たちも彼のメンタルを心配していた。

 もし兄弟のこと以外にも心に傷を負っているのならどうにかしてあげたい。

 差し伸べて届かぬものもあるけれど、大将はその届かないものを補ってくれる。――そういう信頼がこの人にはある。

「前に、御付きの方にエリーチェと手合わせさせないかって話してましたよね? 明日とか試しにお二人を呼んでくださいよ。朝でなくてもいいですけど、俺が王子様のことを探りを入れてみましょう」

「……探り?」

「えぇ、――善良な人が傷付くようなことがあるのなら、俺はどうにかしてあげたいっす」

 第一王子(お兄さん)が側にいる時は、頼りにしていたという情報を得ている。――その大事な人が傷付けられたというのも許し難いことだが、その他にも第二王子に別の心配事があるなら力になってあげたい。

 こちらの真意が伝わったようで、大将は力強く頷いた。

「分かった。ならあとでディアスたちに話をしてこよう」

「任せましたよ。騎士見習いの方達をボコボコにした後でも、大将なら気にせず寮に乗り込んでくれるって信じてます」

 面の皮が氷山かと形容したくなるほど、非常に鈍感力の高いこの人のことだ。負かした直後の相手にもにこやかに挨拶でもしながら彼らの前を通り過ぎていくだろう。

「話の内容によっては、改めて騎士見習いたちに制裁を加えた方がいいでしょうね。――もちろん然るべき人に相談もしますけど」

 目には目を、歯には歯を、理不尽には理不尽を。――――でなければ己がしでかした事を理解しない者はいる。

 やられたらやり返せが己のモットーだが、すべてに終止符を打つのはこの人だ。それだけの『力』を、大将は持っている。

「……多分だが、ディアスは何があっても彼らを許すつもりだと思うぞ」

 躊躇(ためら)いを見せながら大将が言葉を口にし、先へと視線を向けている。

「えぇ……!? ……なんでそう思うんですか?」

 適当に言っている訳ではなさそうだった。目を合わせる気がないようで、そこに強い迷いが見える。――何かあったのだろうか。

「……言いたくないなら、別に言う必要はないですからね」

 裏表のない性格ゆえなんでも口にするところはあるが、誰にでも表に出したくないことや、出さなくていいこともあるだろう。だから時折そう伝えている。

 その意味が伝わらないことも多いが、何度も伝えることに意味がある。

 いつかふと気付く瞬間が訪れた際、何かの助けになるだろう。

 だが今回も思っていることを口にする気のようで、ひとつ大きく息を吸っていた。

「……困ったところがあっても、アイツらから『剣』を奪うつもりはないと、そう言っていた」

 小さく言葉を口にしながら、腰に佩いた『凍てつく華(パゴノ・ルルディ)』を握りため息をついた。

「それは――、……随分とお優しい方ですね」

「あぁ、本当にそう思う――。きっと意味は違うだろうが、そう言ってもらったアイツらが正直羨ましいと思った」

 力なく笑みを見せながら、もう一度遠くを見た。

 この人にとって『剣』にはいくつもの意味がある。――その大事にしている『剣』を、今はひとつも持ち合わせていなかった。

 腰に佩いているそれは急拵(きゅうごしら)えのもので、周囲に人がいる限り抜剣も出来ない制約付きだ。――使い慣れていない上に、自由に振るえない以上、自分のものだとは言えないだろう。

 一方で『剣』を持つことを快く思わない人もいる。――それでも手放せない理由があるため、急拵えのものでも縋るように持っている。

 また、平素から『剣』を取り上げようとする輩もいる。――ある意味その通りになってしまい、自信を失くしている。

 そして道標にしていた『剣』もあった。――それも訳あって手元を離れ、元の場所へと戻ってしまっている。元々は自分のものではないだけに、どうしたら良いのかと途方に暮れていた。

 いつまでも弱気になっていても仕方ないと、何もなかったかのように振る舞えば、少しずつだがいつもの調子が戻ってきた。

 虚勢を張り、ない『(もの)』を振りかざさなければならないこの人にとって、王子の言葉がどれほどのものだったか――。

 ひとりであっても、逆風の中であっても折れない人だっただけに、先の事件も、女王の件(・・・・)にもだいぶ参っていた。

 王子を側に置いたのは、きっと彼の優しい性格が大将を傷付けないと思ったからなのかもしれない。

 先ほど刃を交えることでまだ自分の中に『(信念)』があることを思い出していた。――先ほどの当代様の提案は、これが目的だ。

 いつもとは違う誰かと交流することは、やはりクリス様にとっても悪い事ではないだろう。

 隣を歩くその人に片腕を伸ばし、小脇に抱えて歩き出す。

「――おい、なんだまた」

「女王様のとこに行く前に飯食ってから行きましょう。空腹だと元気も出ないし、復讐も出来ないですからね〜」

 急に抱えられて抵抗と抗議を表していたが、すぐに諦めたのかなされるがままになった。――片手で抱えればあまりにも軽くて小さい。

 出会った頃に比べれば、背も伸び体重も増えた。だがいまだ簡単に抱えられるほど、まだこの人は頼りなさのあるお子ちゃまだ。

「まだまだやることもあるでしょ? 落ち込んでる暇なんてないんですから。――初めての学校はどうでした? ここの授業ってどんな感じなんですかね」

 あれこれと無遠慮に尋ねれば、小さくため息をつきぽつぽつと答えはじめた。

 文官たちが気にかける程には、やはり王子は『良い人』なのだろう。

 『東方天』と仰ぐこの人同様、彼の周りも平穏になって欲しいと、ガレリオは改めて気を引き締めた。

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