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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月4日 月曜日
70/145

57.開幕は蒼穹の『剣舞』より⑦

 終わりの鐘が鳴れば、また次の時間に向けて全てを切り替えなければならない。

 今度は隣の教室で授業を受けるため移動も短く、慌ただしく準備する必要もなかった。

 適当な席に並び先ほどエリーチェからもたらされた情報を口頭で確かめれば、リタがフィフスの前まで来てすっと頭を下げた。

「ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

 開口一番にもたらされる謝罪の言葉に、腕を組み悠然と彼女を見ている。――――上がる顔には悪びれた様子が一切なく、本当に何故リタが謝罪しているのかよく分からなかった。

「一応あなたに悪いことしたなと思って。……四の五の言わずに巻き込まれてくれないかしら」

「なんて横柄な……。だが、言いたくないのであれば仕方がない。舞踏会とやらに参加すればいいんだな?」

 特に追求する気がないようで、案の定リタの話を受け入れていた。コレットが気まずげにこちらを見ている。

「……何かあったのか? レティシアから参加するよう言われたみたいだが」

 説明が難しいのか、リタとエリーチェにそれぞれ助けを出しているようだが、二人とも説明する気がない。――先ほどのエリーチェの筆談の内容から、ただの思い付きで招かれているだけな気がしている。

 そのきっかけをリタが与えてしまったとか、そういうことではないだろうか。

「二人とも良かったじゃないか。学園で行われるとはいえ本場の舞踏会だ。――しかも王族の招きで参加できるなんて光栄じゃないか。」

 昨日はこちらを憐れんでいたのに、二人には祝福と言わんばかりに笑って歓迎している。だがその言葉に特にピンとくるものがないのか、二人の反応は特にない。

 それと、この人の言葉がなんとなく他人事のように感じるのはなぜなのか。

「どうするつもりなんだ?」

「強制参加ということは出るしかないのだろ。期日までに暇をしている奴を探せばいいということか。」

 『暇をしている』――、考えたことがなかったがそういう基準で参加している者もいるのかもしれない。昨日カフェで初めて知らされた学生時代の父の話も、参加理由が大したものでなかったし、もしかしたらそれぞれが持つ理由などあまり気負わなくてもいいのではと楽観が生まれる。

「……フィフス、レティシア様の要請(ようせい)ということであれば適当な対応はよろしくないかと。――――殿下達だけでなく貴族たちも(そろ)っている中で下手を打つようなことでもあれば、貴方自身は当然ですが、ご友人として参加している殿下の名が傷付きます。――皆様の前に出ても問題のない対応力が求められると思いますが」

 見かねたようでアイベルが彼に助言した。――別に己の名に傷が付いても困るものはないが、父がいた時とは違う状況だということを失念していた。最初に浮かんだ気がかりの方がやはり適していたか。

 アイベルの話に気付くものがあったのか、フィフスも真剣に受け止めているようだった。

「確かに、お前の言う通りだな……。ならどうしたらいいか相談した方がいいな。」

「相談って……、誰に?」

 連れて来ている人の中に誰かそういうことに詳しい者でもいるのだろうか。

「お前も良く知る人物だ。――ここの舞踏会について詳しくて、長年王侯貴族たちの前でも上手く立ち回ってきた人物がいるだろ?」

 一瞬嫌な相手が浮かぶが、頼るべき相手ではないだろうと雑念を振り払う。――差し引けばもうひとり、頼りになる人物が頭をよぎった。

「叔父上か」

 パッと明るい表情になり、正解を引いたことが分かった。

「え? パパのこと……?」

 コレットの戸惑う声が横からすれば、一瞬で表情が(かげ)った。――――誤解を招く呼び方だったことに違いないが、まさか除外した方だったかと遺憾(いかん)な気持ちが湧く。

「すまない、王弟殿下ではないな……。」

「――そっか、ヴァイス様! ご相談に行くなら私も付いて行っていい? 私もお話したいな~」

 エリーチェがフィフスの背後から両肩に腕を回し、親しげに抱き着いている。今朝も人前で抱き着いていたが、男女関係なく聖国ではこれくらいのスキンシップは普通の事なのだろうか。――ヴァイスとも気軽に抱擁をしていたし、最初からこの人は自分に対しても遠慮がなかった。

 コレットが二人の様子に驚いているが、リタも抱き着かれている本人も気にした様子がない。――こちらでも軽率に抱き合う人は見かけるが、その大半が空気を読まずに盛り上がっている恋人同士なので、周囲からの視線は冷めているか、風景の一部として気に留めないかがほとんどだ。――つまりそういう関係じゃないと抱擁などしない。

 父も少々スキンシップの多い方なので、会ったときに求められることがあった。エミリオはまだ甘えたい盛りのようで受け入れているが、姉と兄も随分前から遠慮しているので自分もそれに(なら)って遠慮している。

「エリーチェは、その、……彼と付き合ってるの?」

「え? フィーは友だちだよ。――だいっすきな友だちだけどねっ!」

 気持ちが(たかぶ)るのかぎゅっと回す腕を締めたようだが、彼女に動じた様子もなくその腕の隙間に手を差し込み引きはがそうとしていた。

 フィフスのすぐ横にエリーチェの顔が近付き、えへへと笑っている彼女に冷静な視線を向けている。

「締め落とす気か?」

「あはは、ダメだったか―。今ならいけると思ったんだけどなぁ」

「……まさか、この人の命を狙って?」

 無邪気にじゃれ合っているのかと思ったが、別の意味なのか――――。

「……へっ? ――やだ、冗談だよ! そんなことしないって、というかそんなこと出来ないから!」

 慌ててフィフスから離れながら、こちらに両手を振って弁解をしている。

「鍛錬の一環で、私から一本取れば何でも望みを聞くことにしていてな。その流れでエリーチェは隙を()こうとしていただけなんだ。……少々物騒な冗談だったか。」

 行動を改めようとしているのか、考えに(ふけ)っているようだった。

 さらりと行われようとした凶行が、大事なくて良かったが、二人が揃うと行動の読めなさに拍車がかかる。

「申し訳ありませんお二人とも……、この人たち四六時中物騒なこと考えてるんでうっかりしていました……。――次やったらすぐに止めます。というかお願い、大人しくして」

「びっくりさせてごめんなさい……」

 ひとり離れてしゅんとしょげ返るエリーチェにリタが詰めていた。

「……鍛錬?」

「あぁ、今朝も宿舎に来ていてな。昨日伝えていただろ? 毎朝鍛錬をしていると。」

「――それであの薔薇を……」

 元気の少ないエリーチェの胸元にまだあの黒薔薇が咲いている。――昨夜渡されたはずだが長時間体温に触れているのにしおれる気配が少しもなく、今なお誇らしげに生き生きと大きく花弁を広げていた。

「随分気に入っていてな。――どうやらアレの種が欲しいみたいで、教えてくれる者を探しているところなんだ。」

「……そうなの? それくらい用意してあげられると思うけど……」

「本当にっ!? 嬉しい~! コレット様ありがとうございます!」

 いとこの小さな申し出が耳に入ったようで、エリーチェが元気を取り戻した。

「コレット嬢、申し出に感謝する。――よかったなエリーチェ。」

 喜び勇んだのかエリーチェが勢いのままにいとこに抱き着き、慣れない所業と距離感に身を固くし戸惑っているようで困ったとも恥ずかしいとも言えない顔がこちらに向けられた。

 身に覚えのある光景に、恐らく自分もあぁだったのだろうと妙に納得した。

「……エリーチェ、手加減してやってくれないか。急に抱き着かれるのは慣れていないし、コレットが困っている」

「はっ――! ごめんなさい! 嬉しくてつい」

 離れればちょうど鐘が鳴り、そのままエリーチェはいとこの横に落ち着くことにしたようだ。その隣にリタが着席すれば、教師もすぐに到着し、賑やかだった時間が終わる。

 普段の続きが静かに始まるものの、その合間にいつもとは違う賑やかさが楽しい。――向こうではいつもこれくらい賑やかなのだろうか。横に座るその人は先ほどと同様に静かに教師の動向に注目している。

 先ほどの冗談には肝を冷やしたが、何でも望みを聞くという話が耳に残る。

 仲の良さそうなエリーチェがわざわざ隙を狙っている程だ。――――『友人』なら頼みであればなんでも聞いてくれそうなのに、それ以上のことを何か望んでいるのだろうか。

 前に座るエリーチェはコレットに何度か小さく謝っており、なんとか許しを得たようだった。

 朝五時から鍛錬していると聞いたが、今朝も女子寮からそこへ向かったのだろうか。――そう考えると、フィフスやコレットに抱き着いた件も、溢れる感情に有り余る体力から来ていそうな気がして腑に落ちた。

 アイベルに昨日の返事をしていなかったことを思い出せば、ついでにエリーチェにその件を確かめてみるのも悪くないだろう。


「……あの、少しよろしいでしょうか」

 授業が終わり、次へと移動しているときだった。背後から聞きなれない男の声がし振り返れば、控えているアイベルの後ろ、――――数歩離れたところに幾人かの制服を身に着けた学生たちが集まっていた。男女含めて5人か。見慣れない相手と身に着けているもので下流の学生だと分かる。――ブローチの色から学年はひとつ上か。

 今まで彼らから呼び止められることなどない。いつもと違う状況に、戸惑う。――――先日、『友人』と出かけた際は声を掛けられることもあったが、直接話しかけられた訳ではない。主にフィフスを通じて彼らが話し掛けていただけだ。

 アイベルが彼らへと振り返り、用件を受けようとするが、どうやら彼らが見ているのは別の人物だった。

「皆様のお邪魔して申し訳ありません。そちらの、――――蒼の御曹司様に、お話があるのですが」

「ほう――――、勇気をもって声を掛けてくれたことに感謝しよう。さて、どんな話だろうか?」

 腕を組み、フィフスが彼らの言葉の続きを待った。――ただその場ですぐに聞かれると思ってなかったのか、この人の返事にどうしたものかと戸惑っているようだった。

 どこかへ呼び出すつもりだったということだろうか――――。

「皆さま~、わたくしのためにその人を引き止めて下さり感謝いたしますわ」

 よく通る女の(なま)めかしい声が彼らの背後からし、その声に彼らが道を開けた。少し離れたところに黒髪を長く伸ばした制服姿の女学生がこちらに一直線に向かって歩いてきている。

 髪の長さは自分と同じくらいか、歩くたびに高くまとめている髪が左右に揺れ、楽しげに(つや)めく笑みをその顔に(たた)えてこちらをまっすぐに見ている。ブローチの色から彼らと同じ一つ上の学年の者だと分かった。

 制服の上からでもよく分かる女性らしい身体つきで、ジャケットの胸元がきつそうにも見えた。この時期だというのに三つ折りの靴下を履いており、長めのスカートの裾から素肌を見せている。――――夏場ならそういう様相(ようそう)の者もいるが、秋冬は冷えることから露出を最低限にする女性が多い。校内も暖房のための魔術装置が置かれてはいるのだが、底冷えするときがあるためだ。

 彼女が通るたびに周囲の人間が恍惚(ほうこつ)といった顔をその学生に向けており、なんだか異様な空気だ。こちらを呼び止めていた者たちも、彼女が近付く度に先ほどの緊張した面持ちとは違う、安堵とも喜びとも言えない表情をしており彼女の使いだったのだと分かった。

 大きな瞳を持つ彼女はただ一点を見つめているようで、まっすぐと目的の人物だけに黒い視線を送っている。

 アイベルも異様な空気を察したのかすぐ(そば)に来て、コレットやエリーチェ達を下がらせた。

「知り合いか?」

「……知らないな。」

 ちらりと隣に立つその人を見れば、先ほどと変わらぬ姿勢でこちらに来る女性を見ていた。その後ろにリタが隠れており、やはり変な空気だということだけはよく分かる。

 『友人』が彼女を迎えるために数歩前に出れば、彼の前で優雅にカーテシー(挨拶)をした。ふわりと動けば甘い香りが鼻につく。――あまり嗅いだことのない甘さが少し離れたところにいても届き、無遠慮な香りに思わず顔を(しか)める。

 身長は姉たちと同じくらいか、少しヒールに高さのある革靴を履いているが、頭の先からつま先に至るまで寸分の無駄がない印象だった。洗練された動きから、それなりの地位があり教養を持った者のように見える。

 もし貴族であればこれだけ特徴のある者であれば覚えていそうだし、女子寮にいるのであればコレットが知っていそうだが、彼女を見ればただ不安げに隣にいるだけだった。

「お初にお目に掛かりますわ、蒼家の御曹司サマ。――今朝のお話、大変心打たれるものでした。ぜひ、あなたとお近付きになりたくて()せ参じた次第ですわ」

 彼女はこちらに目もくれず、大きくも色めく濡れた黒い瞳をうっとりと(ゆが)ませながら隣の人を見ている。長く量のある睫毛(まつげ)がくるりと上がっており、彼女の黒い双眸を強調しているようだ。――――だが情欲をその(まなじり)に浮かべているようにも見え、彼女の笑みに不快感が募る。

 組んだ腕を解き、腰に手を当て彼女をまっすぐと見返している。

「そうか、――――それでどういった用件だろうか?」

「あぁ……、なんてせっかちな。そんなに事を急がなくてもよろしいのではなくて。蜜月(みつげつ)は甘やかに時間をかけてゆっくりと育むものでしょう?」

 高めの声でクスクスと笑う仕草が官能的で、何かを挑発しているようにも思えた。――好意的な理由で近付いているようには見えなかった。

 もし自分に近付いてきた者であればアイベルが牽制(けんせい)するのだが、彼女の目的は別のため背を向けている侍従も、距離を取らせること以上のことはしないようだった。

「今は移動の最中だ、あまり時間が取れないからとっとと用件を教えて欲しいんだがな。お前にも次の予定はあるだろ?」

「せっかちは嫌われてよ? でも、有限の時の中で互いに親睦を深めていくのも良い考えかもしれないですわね。そちらの方がより燃えることだってあるのだから。――ねぇ、あなたはどう思って?」

 顔の横にかかる髪を指で(もてあそ)び、小首をかしげて楽しげに話しかけている。目の前にいるその人は微動だにせず、なかなか用件を言わないため口を挟もうかとしたところ、女が身体を折り、フィフスと同じ目線の高さに顔を近付けた。

「先程面白いお話を小耳に挟みましたの。今週末にある舞踏会のお相手を探しているとか……。ねぇ、蒼の当代様の寵愛を受ける『弟君』とはあなたの事でしょう? 聖国でその才を発揮されているあの方に気に入られることこそ、聖国で成功を収める最たる近道だとか……。その『窓口』があなただと、そんな噂を聞きましたわ」

 まとわりつくような陰湿(いんしつ)さを(はら)んだ声と言葉で、目の前の人物に(たず)ねている。

 なんだその話は――――。

 会ったのは数人だが、『友人』の部下がそんな話を広めているのか? まして『窓口』などというあまりな表現に、心臓に届く血が一気に黒く燃え上がった。――――熱くなる血がその勢いのまま全身に巡るというのに、頭の中は零下まで冷えていく。

 女はゆっくりと背を伸ばし、誘うように手を差し伸べた。

「わたしくは聖国で欲しいものがあるの。だから取引を致しましょう――。華やかな夜を彩るためのお相手に困っているというならわたくしが努めさせていただきますわ。――代わりにあなたの『お兄様』にお口添えして頂けないしら」

「――――名も名乗らず、人の時間を浪費させるだけで飽き足らず、俺の友人に対する不躾(ぶしつけ)な物言い。……どれも礼を欠いた行為だとは思わないのか?」

 このような人物の視界に入らないことは別に構わない。

 ――――だが、人を踏み台程度にしか思っていないような相手に、この人の手を取らせたくなどない。

 黒く燃える炎が心臓に灯っているのに、女を(にら)む温度はどんどんと下がっていく。心のままに行動することが許されるのであれば、昨日燃やしたあの目障りな本と同じようにこの人の前で消してやるというのに――――。

 口を挟まれると思ってなかったのか、それともフィフス以外は眼中になかったのか、女が意外そうに眼を大きくしてこちらを見ていた。

 差し出した手をひっこめ、腕を組み片手で頬杖を突きながら、妖艶(ようえん)な笑みをこちらへと向ける。

「大変失礼致しましたわ。わたくし一度熱中すると他のことが見えなくなる性質でして。……ふふっ、王子サマはお話しができたんですね。誰かとお話しになっているところなんて見たことがなかったから、無駄なことがお嫌いなのかと思っておりましたわ。――まさかわたくしの話が、貴方サマのお耳に入っているなどと想像もしておりませんでしたの」

 その言葉にアイベルが剣を抜こうと柄に手を掛けるが、振り返ることもせずフィフスが止めていた。

「……すぐ(そば)にどこの誰がいるか分からないというなら、医者にでも診てもらった方がいい。どうやら視覚か認知機能に問題があるみたいではないか。――――私と話がしたいというならそれからだ。」

「ふふっ――、そうかもしれませんわね。皆さま、ごめんあそばせ? こんな無礼な女の名など、覚えるに値しないでしょう。記憶に留めるだけそれこそ時間の浪費というものではありませんこと?」

 フィフスの皮肉に(あざけ)るような笑みで応えれば、その女が今度はこちらに礼をした。上辺だけ見れば慇懃(いんぎん)だが、言葉の端だけでなく一挙手一投足に本音が見え隠れしているようで不快感が募る。――――遠まわしに嫌味を言う者はあれど、これほど直接的に目の前に『悪意』が現れたのは初めてだった。一体何者なのか――――。

「本日はここで失礼いたしますわ。またお会い頂けると嬉しいのだけれども、――どうやら厳しそうですわね。それでは皆さまご機嫌よう――!」

 こちらに薄く笑みと手の平を振り愛想を送れば、(きびす)を返していった。最初に声を掛けてきた者たちが彼女の後を追いかけ、廊下の先へと姿を消していく。

「またお前を怒らせてしまったな……」

 こちらを振り返りながらアイベルにも声を掛けようとしていたところ、リタがフィフスの肩に顔をうずめてしがみついている。

「……邪魔なんだが?」

 リタの態度に冷たい対応で返しており、なんだかいつもと関係が逆転している。今の出来事にまだ心中が怒りと不快感で焦げ付いており、この状況についていけそうにない。

「――――この世には自分と同じ人間がいるって言うけど、まさか本当だったの……?」

 わなわなと震える声で、何かを口にしている。

「……あの空気、しゃべり方、あんたに対する態度……、全部そっくりなんだけど……!?」

 ばっと顔を上げ、しがみつくその人に訴えている。

「あんな女が何人もいてたまるか。というか本当に邪魔だ、離れろ。」

「えっ?! まさか本人じゃないよね……?」

「……知り合いに似ているのか?」

 何かを怖がっているリタがフィフスにしがみついており、(らち)が明かない。側にいるエリーチェに訊ねてみれば、眉と閉じた目を平行にさせながら何ともいない顔をしている。

「うーん、顔も声も違ったけど、あんな感じの人はいるね。……リタの苦手な人だから思い出しちゃったみたい。――こうなるとリタは長いからな……」

 ビシっと視覚外から小気味良い音がした。音がした方を見ると、フィフスの足元でリタが頭を押さえてうずくまっていた。

「さて、行くか。」

 うずくまるリタの後ろ首の制服を掴み、無理やり起こしていた。

「――ほんとに、ほんとにほんとにありえないんですけど……」

 額になにかしたのか、そこを押さえながら涙目でフィフスを睨んでいた。

「邪魔だというのに離れない方が悪い。さて、次に行くべき場所はどこだったか?」

 何事もなかったかのようにこちらを見ている。何があったか分からないがアイベルがリタの肩を支え気遣っていた。――何があったか見ていたのかもしれない。

「……さっきの、」

「言いたいことはあるのだろうが、話しは後で聞こう。授業を休んだり遅れるのは良くないことなのだろ? 今のくだらない事でお前たちに不足がある方が私は困る。あんなの早く忘れた方がいい。」

 リタから手を放せば、ディアスとコレットを見比べた。――その声も顔も平然としており複雑な気持ちになる。あのような悪意に(さら)されても平然としているのは、無頓着を通り越して諦めているのではないだろうか。

 ここにいるはずなのに、こちらを向く青い色が空気と同じように空虚で掴めないような不確かなものに思えた。

「……殿下、大丈夫でしょうか?」

「ディアス……?」

 従妹と侍従が気遣うように声を掛けている。――まだ胸の中で憤懣(ふんまん)が渦巻いており、しばらく溜飲(りゅういん)が下がりそうにない。

 ひとつ息を吐き、なんとか渦巻く不満を押さえる。

「――――言いたいことはたくさんある。だが今は移動が先だ」

「そんなに……? ……分かった、覚悟しておこう。」

 こちらの言が意外だったのか一瞬戸惑っていたが、すぐに何か覚悟をしているようだった。

「もしたくさん怒られたら、後で話し聞いてあげるねっ」

 エリーチェがフィフスとリタの腕をそれぞれ両腕に絡めて、散歩にでも行くような軽い足取りで二人を連れて歩き出した。――先を進んでしまったが、場所は分かっているのだろうか。先に行く三人を後ろから見ながら歩き出す。

 エリーチェの言葉にまだ不機嫌な気配が外に出ていたのかと思い、もうひとつ息をつく。

 ――――『友人』に怒っている訳じゃないんだが。

「……驚いたね。ディアス大丈夫?」

「あぁ、――同じ寮の者ではないよな」

「見たことないわ。もしかしたらお姉ちゃんたちが知ってるかもしれないけど、あんな人無礼な人の話なんて、聞いたことはないかな……」

 確かにあのような癖のある人物、姉やレティシアたちが知っていたら話題にしていそうだが、コレットも知らないとなると本当に関わりがないのだろう。下流の学生は数も多く、同じ学年であってもよほど接点や関心がなければ覚えてなどいない。

 ただ先ほどの女の口振りからフィフスの舞踏会の参加については既に広く知れ渡っているようで、おまけにあのような無礼な噂までついているとなれば適当な人間がそう簡単に見つからないような気がした。

 ふと、ひとり助けてくれそうな人物が浮かんだ。

 あの人ならば、『友人』の助けになってくれるかもしれない――――。

 最も頼りになり、隣国の貴人でもある『友人』と肩を並べるに相応しい格を備えているし、なによりも安心して任せられるだろう。

 問題のひとつがすぐに解決できそうな気配に、安堵から少しだけ肩の力が抜けた。

「あの、エリーチェ様……! 教室はこちらです!」

 アイベルが離れていく三人を慌てて呼び止めている。――案の定分かっていなかったようだ。

 呼び止められて気まずげに笑っているエリーチェと共に三人が戻ってくる。

「てっきり知ってるのかと。」

「……えへへ、ごめんなさい」

 この愛嬌と自由さが、今は王都にいるココとモモみたいだなと失礼なことが思い浮かぶ。

 ――――週末にこちらに戻ってくるし、『友人』と昨日話したことが思い出された。

 きっとあの様子を見れば、同じことを思ってくれるのではないだろうか。

 不快感が一気に消えていく。――――でこぼこでちぐはぐな三人に、気持ちが慰められていった。

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