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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月1日 金曜日
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6.『再会』と『新来』①

 ようやく部屋に戻ることができた。

 ゴシック調の装飾が細かな一人掛けのソファに深く腰掛けると、膝に肘をのせ両手で額を支える。さきほどから肺から漏れ出るため息を止めることができずにいた。

 あまりにもいろいろなことがありすぎたディアス・フェリクス・アルブレヒトは、今までに感じたことがないほどの大きな疲労感に(おそ)われていた。――自身に降りかかった出来事が許容範囲を超えていると言わざるを得ない。それらの情報を飲み込むのに今は少しでも時間が必要だ。

 部屋の隅では目付け役のヴァイスがお茶を用意しており、こちらに運んでくるのが見なくても伝わってくる。ディアスと比べてとても楽し気だ。

 それもそうだろう。胸中で抱えている問題の多くは、彼にもたらされたものだと言っても過言ではないのだから。

 自分の前にあるローテーブルに丁寧にティーカップを三つ並べ、あたたかな紅茶を注いだ。――普段であればその役目は侍従であるアイベルが行うのだが、ヴァイスが迎えに来た際に別途(べっと)医務室へ送られたため、今夜は病室で大人しくしてもらうこととなった。だからといって目付け役がこんな時間まで自分に付き合うことはないのだが、今はどうしても彼に確認しなければならないことがあり部屋に来てもらっている。

 いや――、部屋には二人しかいないのに、三人目のティーカップを用意しているのはどういうことだ。

 すぐに使う気がないようで、ソーサーにカップを伏せてはいるが、のちほどここに客人が来るとでもいうつもりなのだろうか――。そう考えるととてもじゃないが穏やかな気持ちになれなかった。

 比例して楽しそうにしているヴァイスの様子から、恐らくこれから来る人物はひとりしか思いつかない。――来てほしくない、という訳ではないのがディアスの悩みを一層複雑なものにさせる。

 何をどこから手を付けるべきか気持ちを整理していると、準備を終えたヴァイスが隣の部屋の基調に合わせた三人掛けソファに腰掛け、自分で入れたお茶を一口飲んでいる。余裕のある表情がより憎らしい。

「……もう少し詳しく説明してくれないか」

 今ならば多少心に余裕をもって受け入れることもでるかもしれない。数刻の間の出来事だというのに、己を取り巻く状況があまりにも目まぐるしく動き、気持ちがずっと置いてけぼりになっている。こちらの気を知っているだろうが、あえて拾う気のないヴァイスがふぅと、飲んだお茶をじっくり堪能しカップを置くと、どこからともなく香木で出来た細工の凝らされた扇子を取り出し勢いよく広げる。

「前回のあらすじ。ベベン! 殿下の危機に突如颯爽(さっそう)と現れた少年・フィフスくんはなんと、昔仲良くしていた友人であり、僕の『()』でもあり、現在聖国最強の名を天下に(とどろ)かせている第237代目、東方天のクリスくんだというじゃないか。――あぁ、なんという運命のいたずら……! 本来なら聖都テトラドテオスにいなきゃいけない存在なのに、なぜか偽名を使い、姿を変え、ここ『学園都市ピオニール』にいるのか――。はちゃめちゃ系幼馴染とダウナー系殿下が今宵(こよい)、奇跡的かつ刺激的な出会いを果たす――」

 茶番が始まった。開いた口が塞がらない。唐突すぎて口をはさむ気力さえ消え失せた。

 上機嫌にパタパタと手元のそれをあおぐと、扇子についた香りがこちらまで届く。甘く上品な香りなのだが、普段であれば気にならないものが今はとても鼻について煩わしい。

「しかもしかも、まさかここから学園ハーレム物がはじまるなんて、一体全体どこの誰が想像できたでしょうか――。ベベン! エントリーNo.1、男装の麗人(れいじん)クリスくん。No.2、玄家(げんけ)からの参戦、笑顔がかわいいエリーチェくん。No.3、同じく玄家の清楚系お嬢様なリタくん。――ちなみにエリーチェくんはクリスくんと一番仲がいいお友達だから、立場的に殿下のライバルにになるわけだ。No.4こちらはみんなの頼れるお姉さまのミラ嬢。――あとは安定の身内枠からアストリッド姫、レティシア姫とコレット姫の姉妹がもれなく参戦! 混戦を極めるも、一体誰が最強の座を奪うのか。――骨肉を争う戦いに発展するのか呼応ご期待っ!」

 ビシっと閉じた扇子をこちらに向ける。決めたとばかりに髪をかき上げて満足そうに深くソファに座り直している。

 父と同じ年数を生きてきた大人だとは到底思えなかった。同じ人類に数えてしまっていいのだろうか。目の前で予告もなく繰り広げられる数々の奇怪な行動に対し、どうすべきかの解を見つけられる気がしない。

 ため息すら今の状況についていけず、引っ込んでしまった。

「……今の話、全方向に失礼では」

 後半三人は実の姉といとこの名前だ。今は共に学園ピオニールで勉学(べんがく)(はげ)み、(りょう)(こと)なれど毎日なにかしら顔を合わせているので一緒に生活しているようなものだ。

 ただ彼女たちはあくまでも家族であり身内である。それ以上の感情なんてない。そして前半四人についてだが、約一名を除けば先ほど紹介されたばかりの人たちだ。

「おやおや、最近の娯楽小説風に今の状況を面白おかしく説明してみたんだけど、お気に召さなかったかなぁ」

 他人を気にせず己の人生を心行くまで楽しむ人間というのは、こういう人種のことを指すのかもしれない。満足そうに向けられた笑顔から覗く赤紫色の瞳が、ニタニタといやらしいものに見える。からかう対象が自分だけなら無視すればいいだけだが、他の人を巻き込んだ話となると不快だ。

「あ、ちなみにあの子たちに手をだすともれなく国際問題になるから、そこはだめだからね?」

 人のことをなんだと思っているのか。

「そんな話が聞きたいわけじゃない――」

 クリス――。第237代目東方天を務めている蒼家の人間であり、11年前に出会った『友人』でもある人の名だ。――どうやら先ほど助けてくれたフィフスという少年が、実は自分がずっと気にかけていた『友人』本人でもあった、という話だった。

 どうしてそれがわかったかというと、迎えにきたヴァイスに言われたからだ――。



      ◇◇◇◇◇

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