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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月3日 日曜日
55/145

45.色葉散る宵の口で④

「は~、さっきは緊張したわね」

 執務室を出てしばらく歩いていると、ようやく先ほどの空気から解放されたのを感じたのか、腕を伸ばしながら姉がそう口にした。

「……緊張してたの? もしかして何かあった?」

 きょとんとした声が姉の隣から上がり、そちらを二人で見た。

「……エリーチェってもしかして鈍感?」

「えへへ、空気が読めないとはよく言われるかな~。――さっき女王さまと歓談してたんじゃないの? いいなー。私も混ざってみたかったな」

 彼女たちが登場してから確かに空気が変わったが、羨ましがるような空気ではなかったはずだ。エリーチェだって当の本人から釘を刺されていたはずなのに、もう忘れてしまったのだろうか。

「ねぇねぇ! 撮影機って普段持ち歩いてもいいのかな? みんなのことも写真に撮ったらだめ?」

 ディアスとアストリッドの怪訝(けげん)な様子も気付かないのか、目を輝かせながら彼女は言葉を続けた。

「さっきもせっかくみんな揃ってたから写真に収めたかったよ~。むしろ朝から持ち歩いておけばよかった! なんてもったいないことしちゃったんだ~」

 廊下の窓の外から入るのはすっかりと日が落ちた空と学園に灯る明かりだけだ。うすら寒いこの廊下を照らす灯りがあるが、この雰囲気から薄暗さが勝る。そんな中、邪気のない彼女の元気さが一際(ひときわ)(まぶ)しく感じる。

「……おばあ様のこと、観光スポットか何かだと思っているのかしらこの子」

 隣を歩くディアスに思わず尋ねた。

「……フィフスもエリーチェも、おばあ様のことはなんとも思っていないようですね」

 今朝の二人を思い出し苦笑する。反応は違うが似た者同士なのかと思ったのか姉も(うな)っている。

「うーん、そうかも……。――ディアスもなかなか大変なクラスメイトが出来てしまったわね。私でも手に余ってしまいそう」

 姉がくすくすと笑うと、エリーチェがさすがに慌てたのか、一歩前に出て身振り手振りで何かを伝えようとする。

「私たち、みんなに迷惑をかけるつもりなんて全くないんだけど! ――その、ごめんなさいっ」

 結局どう説明したらいいのか分からなくなったようで、申し訳なさそうに謝っている。

「二人のことを迷惑だなんて思っていない。――ただ、」

 先ほどの祖母の目を思い出す。

 期待すらされていないのは分かっていたが、あのように目の前で失望されるのは(こた)えるものがあった。

「ただ、俺では力不足かもしれない。――何かあれば姉上たちを頼るといい」

「そんなこと言わないで――。ディアスは私の自慢の弟よ。成績だっていいし、本気を出せばなんでもできるのよ。ぜひ頼りにしてね」

 姉に腕を取とられ、エリーチェへと得意げに示した。

「分かった。ディアス様のこと、なんでも頼りにさせてもらうねっ」

 こちらの暗い気持ちに気付いていないようで、彼女はアストリッドとディアスを見比べて嬉しそうに微笑んだ。姉の誉め言葉はありがたいが、なんでもできるというのは語弊(ごへい)があるだろう。自信のなさから顔を(そむ)ける。

 エリーチェの様子に満足したようで、姉が止めていた足を再び宿舎へと運んだ。それにつられて二人も歩き出す。

「――ねぇ、エリーチェ。フィフスってどんな人なの?」

「今日会った感じそのままだけど……?」

「おばあ様が貴女に忠告していたじゃない。あなた達が来る前にも、ディアスとコレットが念押しされててね。――さっきも蒼家のお話があったし、何か気を付けるべきことがあるのかなって思ったの」

 腕を組み、うんうんと考え込んでいるようでしばらく返事がなかった。

「……たぶんフィーは、学園都市が安全な場所になるためにどうしたらいいかとしか考えてないんじゃないかな。カナタがここに来ても両国にとって問題がないようにしたいとか、――殿下が襲われたことも心配してたから、この街で他の被害が出てないかとか、そういうことしか考えてないと思うよ」

「――――そうなのか」

 祖母の言っていた警告よりもずっと、足元に広がる問題に目を向けているようだった。

 いろいろと(たく)された仕事があるだろうに、先ほどの少女しかり、この街の事にまで目を向けているのか――。だが、それは得心が行った。

「うん。だからガレリオさんも連れて来たんだろうしね。――ちょーっと軽いところもあるけど、すっごく頼りになる人なんだよ~」

 先ほど(しず)んだ心が小さなものに思え、そっと手放した。――祖母に期待されていなくても、失望されようとも今はどうでも良いと思えた。

 手放してみれば随分と小さなことに(こだわ)っていたんだと気付く。気持ちが軽くなったからか、すっと背筋すら伸びた気すらした。

 窓の向こうに広がる宵闇(よいやみ)の空に(かす)かに星が見えた。雲ひとつない空に見えるそれらが、()いた心を満たしていく。宿舎に戻ってからあの人はまた別のことを考えているのだろうか。

 エリーチェの言葉から、休む気などさらさらないのだろうと改めて分かり苦笑が漏れる。

 二人が何か話しているようだったが、明日からあの人がきちんと授業に出るつもりがあるのかということの方が気になった。――どういう予定でいるのか確かめた方が良いだろう。

 あの無頓着さを思うと、授業で使う教科書の類など持ち歩けるかなどと失礼なことが小さく思い浮かぶ。

 人前での演説などは慣れているだろうが、一介の学生としてどのようにするつもりなのだろう。授業だけでなく、課題などが出された場合はどうするつもりなのか。――些細だけれど、一体どうなるのかと気になることが増えていく。

 あの人になら、兄のことを話してもいいと思えた。――どうにかして欲しいというよりも、どうしたらよいのかと助言をもらうことならば、それほど負担を掛けないのではないか。

「アイベル――」

 後ろをついてくる侍従の名を小さく呼ぶと一歩後ろへと近付く。――執務室の外で待機していた侍従と姉の侍女が後ろについてきている。

「――明日からの事、何かフィフスから聞いているのか?」

「いえ、特に伺ってはおりません」

 そうか、と口にして前を向く。よく命を狙われているなどと先ほど耳にしたが、あの持っているナイフは自衛のためなのだろうか。今まで無事でいてくれたことに安堵しつつ、聖都から遠く離れたこの地であれば多少は気を休めることができるだろうか。――それを含めた『休息』ということなのかと、ふと思った。

 (にぎ)やかに話す二人の向こうにある窓をもう一度見る。――中を通るより窓から入る方が楽と言っていたが、その通りだろう。外に出るまでの廊下がじれったい。

 まだ先にある出口が視界に入る。宿舎までの道のりを思うとなんだか遠く感じる。早く会いたいという気持ちが軽い心を()かしていた。

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