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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月3日 日曜日
54/146

44.色葉散る宵の口で③

 学園を後にし、見慣れた道を辿(たど)るとピオニール城が出迎えてくれる。

 学園とは渡り廊下と物々しい扉で仕切られており、今は二名の近衛兵が(ひら)かれている扉の前で警戒をしていた。

 王族の姿を確認したからか同時に敬礼をし、迎えるべき相手に敬意を示している。

 昨夜ここにあの人もいたのかとふと考える。

 男子寮では入れて貰えなかったというのに、ここへは一体どんな風に現れ、中へと入ったのだろうか。兵士の前を通りすぎながら、そんなことを考えた。

 呼ばれたときしか(おと)ねないこの城は、王都にあるユスティツィア城よりかは規模が小さい。暗い色の石造りだからなのか、あの怖い祖母がいるからなのか、いつ来てもここは薄暗さと冷気が(ただよ)っている。

 叔父の後に並ぶも、姉たちも徐々に口数が少なくなり静けさが(しん)にまで響くようだった。心細くなったからか、弟が(そば)に来た。

 学園に来て半年ほど経つが、エミリオもここに来たのはまだ数回だ。この薄暗さに慣れない様子に気付き手を伸ばしてやると、嬉しそうに掴み返してきた。

 ――――自分もここへ来た当初、呼ばれるたびに兄が付いていてくれたものだ。手こそ(つな)がなかったが、心細さを感じた時はすぐ近くにいてくれたのでどこにでも行けたことを思い出す。

 目的地が近付くと、叔父がノックをするとゆっくりと両開きの重厚な扉が開かれた。

「――――揃っているな」

 部屋の奥、大きな執務机の向こうで赤紫色の液体が入ったグラスを傾け悠然(ゆうぜん)とした眼差しをこちらに向けている。

 この国を支配していた女王陛下、オクタヴィア・フェリクス・アルブレヒト――――、その人が待ち構えていた。

 傾けているグラスに目をやると、会議の前にも飲んでいたと聞いた話を思い出す。――――もしかしたら普段の習慣でこの時間からお酒を(たしな)んでいるのだろうか。

 入ってきた扉の正面には、学園の姿を写した窓が大きく目に入る。レースカーテンが引かれているものの、まだ西日が差し込んでおり夜にはまだ時間がある。

 執務机の前に一列に並ぶと、冷たい視線で皆を一瞥(いちべつ)し、グラスを置いてその場を立った。

 いつもと同じような黒いドレスに身を包み、隙のないお姿だ。執務机のある場所は段差があり、幾分(いくぶん)か自分たちが立っている場所よりも高いそこに(おわ)す姿が威圧的で、自然と身体が強張(こわば)る。

 すぐ後ろにいつも通りゾフィが控えており、温和な表情をしていた。――何の用で全員が呼ばれたのか分からないが、歓談をする様子もないことから緊張が続く。

 そして静寂も訪れる。しんと鎮まる空気が、逃げ場もない重さを(まと)った気配すらする。

此度(こたび)はどのような要件で……?」

 しゃべる気配がないことから、叔父が恐る恐る声を掛けた。緩慢な動きで皆を見たのち、叔父を鋭く見つめるとひとつ鼻で笑った。

「――今日はお前たちの話を聞きに来た。昨日今日とアレ(・・)といてどうだったか教えろ」

 ゆっくりと歩き出し、窓へと足を運ばれた。こちらに背を向けており、幾分ましな距離と、言われた言葉が思いもよらなかったことに戸惑いが現れる。祖母の両の白い角が西日と解けてより白く見えた。

「特にヨアヒム、――今の今まで見落とし続けた問題を突きつけられた気分はどうだ? 怠けた仕事ばかりしていることに自覚はあるのか?」

 頭だけこちらに振り返ると、厳しい眼光をすっと細め叔父を見ていた。『お叱り』のために呼ばれたのだと理解する。――指摘された叔父が、苦悶(くもん)に息を飲む気配が伝わる。

「それは――、全く面目がなく……」

「あぁ、そうだろうな。前々から気になっていたんだ。……いつ気付くのかと」

「前々から……? ――ご存知だったのですか?」

 女王の言に一同が驚く。

「当然だ。この小さな街のこと、私が何も知らないと?」

「……それなら早めに教えて下さっても」

「甘えるな」

 短い一言ながらも力強いそれに、こちらまで叱責が身に染みていく。

「今まで時間をやっていただけ有難く思え。己の危機感が足りないことを重々思い知れ。――それから、お前たちは知らないのだろう、締結式で来る北方天のことを。今のままではこの街は沈むぞ?」

 柔らかな絨毯(じゅうたん)が振り返る祖母のヒールの音を吸う。逆光が祖母を照らすと威圧的な存在感が黒い影となり、この部屋に長く伸びているようだった。

「しず……って、え?」

 先ほどフィフスも似たようなことを口にしていた。

「……沈むって、どういうことでしょうか?」

 姉が恐る恐る尋ねた。

「言葉の通りだ。――今揃っている四方天の事をお前たちは知っているか? 修羅憑(しゅらつ)きの南方天、歴代最強の東方天、神写(かみうつ)しの西方天と(いわ)く揃いだ。――その中で特にぱっとしないのが北方天だ」

 『修羅憑き』とは過去何度も大戦の中で出てくる存在だ。――血に飢えた鬼神の如き荒々しさで、戦場を焼き尽くす暴虐(ぼうぎゃく)を行う者を示す。数十年に一度現れるそうで、必ず『シャナ』と名が付けられるそうだ。

 『神写し』とは神の姿が一部その身に現れ、最も神に近い存在だとかで聖国では珍重(ちんちょう)されていると伝え聞く。

「だが三年前に北方天が在位しなければ、両国を繋ぐ道など今でもなく、両国間の発展はもっと遅れていただろう。――国境から聖国へと広がるただの砂海(さかい)に道を作ったのは彼奴(あやつ)だ。流石にそれは知っているな?」

 もう一度先ほどいた場所へと歩みを戻しながら、ゆっくりと横目に一同を見ている。――国境、つまり両国が隣接する壁にある関所のことだ。そこから聖都のあるテトラドテオスまでは広大な砂漠が広がっており、風に吹かれる砂塵が関所に舞うものだと聞いたことがある。

 今の北方天が現れるまでは砂漠を迂回(うかい)して聖都へ行くか、砂漠を突っ切るために乗り物を換えるのが常だったそうだが、彼が一本の道を作ったため全てが変わった。

 地盤のない砂の海に堅牢な道を敷き、人々の往来を可能にしたことは当時も広く話題になっていた。

 近年の貿易が(いちじる)しく伸び、その中でも特にラウルスで盛んな機械産業も大きく向上した。どれも彼のおかげだ。――そのために今回の締結式に招致されると以前から知らされていた。

北方天(あれ)は目立ちたがりではない上に、なかなかに面倒な性格をしていてな――。特にあのような不快な気配に敏感でもある」

 先ほどの『友人』を思い出す。――あれは特異能力などではなく、方天になると得る能力なのだろうか。精霊が教えてくれると言っていたが、周囲二,三キロの情報を常に得るというのはどういう状況なのだろう。未知の領域すぎて心中どのようなものなのか想像がつかなかった。

 似たようなことを察したのか、あの場にいなかったコレット以外は同じように呆気(あっけ)に取られていた。

 フィフスが気付くということは、きっと北方天も気付くことだったのだろう。

 大きな黒い革製の椅子の前まで来ると、グラスを手に取り液体を揺らしながらこちらの様子を伺っている。

「大戦の折、四方天は前線に立っていたがそれは彼らにとって有効な手段であったから良い。――だが平穏な今彼らが持つ力は過ぎた能力でしかなく、ここに来るなど厄災を招くのと同じこと。彼奴等(あやつら)の機嫌ひとつで天地が荒れるんだからな。――北方天は地震を招き、大地を荒れさすぞ」

 何かを思い出したのか、女王は低く喉を鳴らし笑っている。

「――そういえば最近もあったな、聖国中がずっと曇りだったと。……ハインハルトもよく雨を降らせていたと聞いたことがあったが、全く面倒な奴らだ」

 昨日見ていたのはやはり天気の(らん)だったのかと知る。――父が機嫌を取るように叔父に伝えていたのは、もしかしたらこの辺りが原因なのだろうか。気持ちひとつで周囲を巻き込んでしまう上に、その様子がバレてしまうのは本人にとっても心苦しいのではないだろうか。よく気持ちが沈む自分であれば、耐えられない役目だろう――。

 ふと、学園都市が晴れているのはあの人のおかげなのだろうかと考えがよぎった。

「フィフスが沈めると言っていたけれど、もしかしてそのことなのか……?」

 楽し気に笑っている女王を尻目に、叔父が日中に言われた出来事を思い出していた。

「――は?」

 愉悦の声が突如止み、冷めた目で叔父を見ていた。

「……あの小童が何を言ったと?」

「――ハインハルト様とフュート様の肖像をどう運ぶかという話をしているときに、ふと沈めるかと呟いておりまして」

「はあ? あれを運ぶだと……? また余計なことを思いついたのか、あの小童め……」

 上機嫌そうな空気は消え失せ、苦々しく呟いている。後ろに温和な笑みで立つゾフィが心なしか笑っているようにも見えた。

「……あの小童のことは気にするな。アレの言っていることと今の話は別物だ」

 椅子へと深く腰掛け、目線の高さが低くなる。

「これで分かっただろう。今まで通りのやり方では面倒が増えるだけだ。……ちょうどよく使える()を蒼家から借りている。アレをうまく使うと良い」

 叔父だけではなく、どうやらここにいる全員に伝えているようで空いた手で促される。

彼奴(あやつ)の使い勝手はよく分かったであろう。――あの陰険な小僧のお気に入りなだけはある。借り受けている今、存分に酷使してやれ」

 傲慢な笑みと共に、これからの展望をどう描いているのか分からないが何かを期待している様子だった。――だが、祖母の期待を歓迎できない気持ちが同時に湧く。

「……初めは嫌がっていませんでしたか?」

「気が変わった。使えるものは使ってやらねばもったいないだろう? ――あと、もうひとつ面白い知らせがある」

 手の中で(もてあそ)んでいたグラスを置き、肘掛けに体重を乗せ楽し気に細く鋭い爪先を見ている。グラスの中身と同じような色の爪先は宙を撫でた。

「あの小童が聖都の人事にも携わっていることは知っているな?」

 レティシアとコレットはまだ聞いていなかったようで、きょとんとしていた。

「彼、そのようなお仕事もされているの?」

「あぁ、幾千(いくせん)もの人の采配(さいはい)をしている。だがその多くはアレが見つけたわけじゃない。――最初に登用したものが優秀だっただけだ」

 ひらりと手先を(ひるがえ)すと、そのまま並ぶ一同を見ていた。

「それは数年前、地方の領地で数多の農民に武器を取らせ、街の人間を兵にし、女子供を斥候(せっこう)にした男だ。――人心(じんしん)掌握術(しょうあくじゅつ)()け、意のままに操ることでその領地を簒奪(さんだつ)しようとしたそうだ」

 あの人の事だ。優秀な部下の一人や二人いても不思議ではないが、急に振られる物々しい話に空気が重くなる。

「それがあちこちで人を見つけては聖都へと呼び寄せているのだ。噂が噂を呼び、順調に人が満ちているのが今の聖都だ。――それがちょうどここにも来ている」

「そんな人が……? 本当にピオニールの人が全員連れていかれてしまうのでは……」

 エミリオがたまらずに声を上げ隣に座る姉と兄を見た。

「だからお前を目付け役に指名する、――ヨアヒム。あれから得るものもあるだろうが、お前まで使われるなよ?」

「わ、私ですか……?」

「あぁ。ついでにお前のその小さな肝を叩き直す機会だと思えばいいだろう。――ちょうどここに用があるようでな。呼ぶ手間が(はぶ)けた」

 思わぬ人物がまだ登場するらしい。唐突な紹介に一体どんな人物なのかと、皆不安げな表情になった。

「……正直お前だけではアレを御せぬのは目に見えている。ヴァイスならアレを転がす心得があるから困った際は任せるといい。怠慢を働く警邏隊(けいらたい)のことや、お前の補佐を行わせるから気を引き締めていけ」

「……承知しました」

 まだ見ぬ相手に気圧されていのか、叔父は覇気なく返事をした。

「お前たちも同じだ。――聖国から来たあの三人はアストリッドたちが対応するのだろう? お前たちもアイツらに振り回されるなよ」

「お言葉ですが陛下、彼らはディアス様とコレット様と同じクラスだと伺っております」

 祖母の言葉を、後ろに控えていたゾフィが訂正した。

「……は? それは、本当か――――?」

 いつも(けわ)しい黒の双眸(そうぼう)が不審に見開かれ、コレットとディアスを見比べた。コレットは戸惑っているようだが、――――信用のない態度に気が滅入(めい)るようだった。

「…………何故だ?」

「お年が近い方が良いかと、ヴァイス様の采配ですわ。両殿下にも既にご了承頂いております」

 珍しく表情を曇らせ、まじまじとコレットとディアスを見ていた。――――先日も大事な用事の前に勝手に出たことや、頼りにならないあたりを懸念(けねん)されているのかもしれない。不甲斐なさから視線を()らしてしまう。

「おばあ様――――、ディアスもコレットも大丈夫よ。今日だってあの三人とも仲良くしていたわ」

「……もう決まっているならばよい。もし手に負えなければ必ず知らせよ」

 姉の助け舟に諦めたのかため息をつくと、扉がちょうどよく叩かれた。居心地の悪い空気が終わったことについ安堵してしまうと、姉が困ったような笑みをこちらに向けていた。気にするな、ということなのだろう。――小さくため息をつく。

 入室の許可が下りると、その人物たちは中に入ってきた。――振り返れば見知った三人の姿が並んでいた。

「途中で合流したので一緒にお連れしました~」

 間の伸びた言葉とは裏腹にヴァイスが慇懃(いんぎん)に二人を案内する。

「えっ!? 女王様だっ……! もしかして皆さんでお話していたの? お邪魔しちゃったかな」

「はは~、優雅ですね。さすが高貴なお方は過ごし方が違いますなぁ」

「エリーチェと、ブランディ様……?」

 姉が呆気にとられたようにその名を呟いた。わくわくとした様子のエリーチェと、今朝会ったときのように飄々(ひょうひょう)とした様子のガレリオがそこにいた。

「来たか。――小娘、愚息の不始末に付き合ってくれたこと、礼を言う」

「わざわざそんな! ――できることをしたまでなので、どうかお気遣いなくー」

「お前たちは当家が招いた客人だ。この学園都市で起きたことの始末は我々がつけるべきだ。――お前たちも、彼らの善意に胡坐をかくなよ」

 いつの間にか席を立っていたようで、祖母が横を通り過ぎて行った。目で追うとエリーチェに礼を伝え、冷めた様子でこちらに釘を刺した。

 祖母が自ら、エリーチェのような少女にわざわざ礼を伝えると誰も思ってもみなかった。

 目の前で起こる出来事に、誰も居付いて行けてない。

 当のエリーチェは、今朝会ったときから少しも変わらない元気な笑顔を見せているのだが、実は立場のある人間だったりするのだろうか。

「――すまなかった、エリーチェ嬢。手間を掛けさせてしまったな」

 叔父が彼女に近寄り、改めて礼を伝えていた。

「お取込み中なら、別に誰か受け取ってくれればよかったのに。――それでは、私はこれにて失礼致します」

 手にした大きな封筒をヴァイスに差し出すと、ガレリオは敬礼をして帰ろうとしていた。

「誰が帰っていいと? ――貴様はこっちだ」

 帰ろうとするガレリオを呼び止めると、叔父に向き合わせる。

「今日からヨアヒムの元で働け。――ヨアヒム、さっき話していたのはコイツだ」

「………………彼が?」

「はい? 働けって……、俺ですか?」

 戸惑う叔父と(いぶか)しげな顔を女王へ向けるガレリオに、何かご満悦そうな顔をしている女王が二人を見ていた。急な申し出が受け入れがたいようで、両者の間に何とも言えない空気が流れた。――ガレリオの背中をポンと両の手で叩く者がいた。

「ガレリオくんの力をど~~~~しても借りたいんだけどダメかな、って陛下が言ってるよ」

「ふっ、そういうことならお任せください。――このガレリオ・ブランディ、定時の範囲内ならそれなりに働きますとも」

 ヴァイスなら転がせると言っていたが、あまりにもそのままな様子に思わず脱力する。――今朝も二人で話していたが、この件だったのだろうか。

 ヴァイスがガレリオの隣に並び、まんざらでもなさそうな彼にニコニコと笑顔を送っていた。エリーチェも反対側でご機嫌そうにその様子を見ており、二人の中心で自信に満ちたガレリオの表情がきらりと光る。

「うんうん、君が来てくれたら頼もしいよ~。僕も話し相手が増えて嬉しいしねっ」

「こいつは始終軽薄だが決して油断するなよ。――足元を(すく)われかねんからな」

「あっはっはー。陛下も面白いことを言いますねぇ。そんなこと誰もしませんよ~」

 叔父以外を見れば悪くない空気だが、ヴァイスとも少々違う調子のよさが女王陛下と対比してひどく軽薄に見える。だがその彼を誰も(いさ)めるどころかそのままにしているから、先ほどの叔父の苦悩が察せられた。今までにいないタイプだ。

 ヴァイスも普段から軽薄なところがあるが、一応場をわきまえている。ガレリオも丁寧に接するときはあったはずだが、先ほどの話を(かんが)みるに、今なお誰に対しても親し気な様子が一周回って恐ろしく感じた。その傍で事も無げに一緒に話を聞いているエリーチェも、ただものではないのだろうということが察せられた。

「君がいないと聖都の治安もままならないって聞くよ。――年々広がる聖都が今なお堅牢な守りをしているのは、他ならぬ君のおかげだってクリスくんも言ってたしね。ぜひこのピオニールでも君の手腕を見せて欲しいなぁ」

「まぁ、我らが東方天さまの頼れる相棒と言えば俺ですからね。どんと大船に乗ったつもりでお任せください」

 自慢げに胸を叩き王弟へと挨拶をしているが、当の叔父はこの空気にまだ馴染めずにいた。

「今日はまだ仕事なぞしていないのであろう? ――ふん、なら労働時間がたんまりあるな」

 あの中で二番目に若いであろうその人物は両手を腰に当て自慢げに笑っており、それを女王は薄く笑った。

「――それから明日講堂で集会をやる。貴様らに時間を設けるから皆に挨拶しろ」

 ガレリオとエリーチェにそれぞれ視線を向けると、どうやら二人とも『貴様ら』と呼ばれた中に入っていることに気付く。

「残りの二人にも伝えておけ。聖国からの留学生なぞ数は少ないからな。……毛色の違うお前たちがここを歩くなら、学生共に顔を拝ませておくがいい」

「挨拶って……学生さんの前で、ってことですか?」

 今の話は初めてだったようで、驚いたエリーチェが戸惑いがちに女王へ尋ねていた。

「当然だ。この学園に一時的ではあるが貴様らを留学生としてその身を置く以上、こちらのルールに従って行動してもらう。聖都では自由が許されているだろうが、ここは我らの国だ。ここに逗留(とうりゅう)する以上、ラウルスの伝統と格式を重んじて行動せよ」

「……学生って、1000人くらいいましたよね?」

 急に威勢(いせい)が消え失せたガレリオがぽつりと呟いた。

「そうだねぇ。――毎週月曜に一階の講堂で集会があるんだけど、そこで君たちの事とか紹介するつもりだったんだ。僕やヨアヒム殿下とお仕事するに合わせて、君の事も皆に紹介したいのだけどダメかなー?」

 彼の様子に眉尻を下げ尋ねているが、ヴァイスの赤紫色の瞳はなんだか嬉しそうだった。――きっとガレリオの様子がお気に召しているのだろう。

 始終この様子に置いて行かれ思わず姉たちを見ると、同じように困惑している。

 それ以外に、どういう態度でいるのが正解なのだろう。考えても答えは出そうになかった。

「あ~……、ならこの話は辞退します。若者がたくさんいる前で挨拶とか絶・対・無理っ!」

「辞退は許さん。やれ」

 きっぱりと大声で断る彼に、叔父は肝を冷やしていた。

 過去、祖母の不興を買った貴族は称号を剥奪(はくだつ)され、全てを取り上げられた。目の前で無礼を働いた者は切り捨てられ、瀕死の罰を受けたとか――――。

 過去何度も祖母の決定ひとつで物事が決まり、国の意向が全てひとつになるだけの力を持っていた人だ。

 そんな相手を前に、畏れることも取り繕うこともしない――――、むしろさらけ出していく彼が異質に見えた。

「は~~~無理無理無理! 下手な挨拶でもして、影でキモイとかくすくす笑われでもしたら立ち直れないですよ~」

「そういうことは気にするのか……」

 心底嫌なのか、しょげかえるガレリオを見た叔父が思わず口にした。女王は鼻でひとつ笑うとその場を離れ元の場所に座った。先ほど弄んでいたグラスを手にすると、後は関与しないつもりのようだった。

 この程度の話、普段であればゾフィや叔父に伝えて当人だけで共有すれば済むだろう。いつもと違うことに戸惑いが(ぬぐ)えなかった。

 だがこの戸惑いを口にして確かめる勇気が誰にもなく、ただ事の成り行きを見守るばかりだ。

「――――まさか君、集会には学生しか出ないと思っているのかい?」

 頭を抱えて拒絶を示していたガレリオの肩を掴み寄せ、ヴァイスが(ささや)いた。その声に何か気付いたのかガレリオがバッと勢いよく顔を上げ、真意を確かめようと赤紫色の瞳を水色の瞳が真剣に見つめている。

「特別に招いた君たちを見に教職員や兵士たちも多く集まるさ。――中には独身女性もいたはずだけど」

「――――――東方軍第三師団長としてこの大役、精一杯務めさせていただきます」

 先ほどと打って変わわり、折れていた身体を正し、軍人らしい機敏(きびん)な動きでひとつ叔父に敬礼をした。

「……君はそういう感じなのか。頼むから面倒は起こさないでくれよ……」

 手に余ると言われていたが、確かに叔父の手に余る性格だ。

 姉は叔父に憐みの視線を送っていた。

「ブランディ様って女性好きなの――?」

 今までのやり取りに付いて行けず、姉が思わず口にした。

「あはは~。ガレリオさんは普通に彼女が欲しくて、ちょっと必死なところがあるだけだよ」

 エリーチェがこちらに来て説明してくれた。祖母が目の前におりしゃべりにくい空気にも関わらず、今は彼女の気さくさに心底ほっとするものがあった。

「まぁ。お顔立ちも悪くないのに、ブランディ様はあまりおモテにならないの?」

「うーん……。たまに彼女ができるけど、あまり長続きしないみたい」

 レティシアの質問に斜め上を見つめて考え込んでいた。

「自分より年上の人しか興味ないから、なんだか必死なんだよね」

「……さっき学生を怖がっていたけれど、年下が苦手なの?」

「あはは、……年下にはよく痛い目に合わされているから、ちょっと苦手になっちゃったみたい」

「それって、東方天さまが――?」

 一昨日から一緒にいる様子からそんな気配はなかったが、一番傍にいるであろう人物が思い当たる。

「ちがうちがう、あの二人は仲良くやってるよ。――ちょっと訳あって東方軍は女人禁制なんだけど、そのせいでガレリオさんも巻き込まれちゃってて、苦手になっちゃったんだよね」

「女人禁制……? って、東方天さまはヴァイスの姪御(めいご)さまでしょ?」

 姉が問うと、困ったような笑顔をこちらに向けていた。

「まぁ、そうなんだけど、……クリスは性別クリスというか。――蒼の当代さまが女性が苦手だから、一切近付けさせないために一部を除いて接近を禁じているんだ。じゃないとほんっっっと~~~に面倒が多くて……」

「あら、そうだったのね。――リタが陰ながらお慕いしているのはそういうことだったの」

 この場にいない人物のプライベートが従姉によって明かされてしまい、耳に入ったことが少々申し訳なくなる。――あの男性的な振る舞いは立場からだと思っていたが、他にも理由があったことが分かり気がかりになった。

 当人がどう振る舞おうが構わない。ただ道具のように扱われることを思うに、知らず知らずのうちに苦労を負っていそうな気配を感じた。

「ふん。あの厄介な小僧のせいで聖都もだいぶ面倒が多いが、――まぁ、そのおかげでアレが随分役に立つ」

「そうですわね。――おかげで警備のチェックも余さず行ってくださるので心底助かりますわ」

 エリーチェの話を耳にしていたようで、祖母と侍女がくすりと笑って言った。

「――それは、どういう……?」

「おばあ様は会ったことがあるのでしょう? どんなお方なの?」

 小さく尋ねた声が、好奇心に満ちた従姉の声に消える。

「……あの小僧は人を惑わす。本人にその気があってもなくても、その容姿や振る舞いに魅入られた者が数多くてな。……あれに気に入られようと近付く者が狂信的になることもある。……おかげで護衛役を兼ねているあの小童がよく刺客に狙われていてな。彼奴ほど命を狙われる者もそうそういないだろう。――北方天を招くにあたり、方々を見てもらうには丁度いい」

 嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを口の端に乗せ、悠然と話す。――刺客に狙われるなどと物騒な話は知らなかった。

 先ほどこの部屋にきたヴァイスを振り返ると、性格の全く異なる二人の間を取り持ちながら笑顔で話をしていた。――あの目付け役も知っていることなのだろうか。

「そうなんだ……。――それでおばあ様の寝室にも顔を出されていたのね」

 祖母の話がひと段落し、姉がふと漏らした感想にグラスに口をつけている祖母の動きが止まったように見えた。

 静かにそのグラスを置くと、落ち着いた様子で姉を睨め付けた。

「――――――その話は誰から聞いた」

「今朝、本人から伺いました……。その、お電話をお借りしに行ったと――」

 姉がちらりとゾフィを見るとにこりと微笑んでいた。

「私の敬愛する陛下のご安全を確かめるために、ご自由にどうぞと申し伝えておきましたわ」

「……あれはお前の仕業か」

 後ろに立つご機嫌な様子の大柄の侍女を(にら)んでいるが、そちらも意に介した様子はなかった。

「気さくな方ですので、何か警備や警護で助言を頂くのであればお気軽に尋ねると良いでしょう。――皆さまにとっても親身にご対応下さると思いますわ」

「馬鹿なことを言うな。アレに相談するということはあの小僧の耳にも入る。――無意味に奴に情報を渡すな」

 厳しい眼差しで侍女を睨むと、相変わらず温和な笑みを崩さず謝罪をしていた。

「…………もし、何かフィフスに相談すると、どんな良くないことがあるのかしら」

 遠慮がちに機嫌の悪そうな祖母に姉は質問した。――先ほどのアイベルの提案についてだろう。

 祖母は腕を組み、ここにいない存在へと敵意(てきい)(あら)わにした。

「――――今の蒼の当代は悪知恵が良く働く上に、己に有利になるよう事を進めるのが異様にうまいところがある。――お前たちと年端は変わらぬが、アレが聖都を牛耳っていると言っても過言ではないだろう」

 最後は真剣な眼差しが向けられた。

「あの男を見つけたのもその小僧だ。――元は地方の街の兵士だったと聞く。それを連れて来たのが小童だが、あれでなければあの男も懐柔できなかっただろう。貴院解散の神勅もヤツの立案だ。……あの小僧が表に出てからあの国は全てが変わった。それだけに油断ならない相手だ」

 (あなど)る気配は微塵(みじん)もなく、忌々しげに言葉を口にした。この祖母にそこまで言わしめる人がいることにただ驚くことしかできなかった。

「ふふ、――その油断ならないお相手を手の内に招くとは流石ですわ」

「無駄口が多いぞ。ディアス、コレット。今の話、ゆめゆめ忘れるなよ。――――小娘、お前も分かっているだろうな?」

 その場で立ち上がり、横に立っていたエリーチェを冷ややかに見下した。

「貴様があの小童たちを押さえるんだぞ」

「――もしかして、そのために呼ばれたの私……?」

「それ以外にあるまい。――フン、能天気に駆けずり回ってばかりいるなよ」

 席を後にし、強い足取りで叔父たちの側に行くと彼らを伴いこの部屋を後にした。ゾフィも付いて行ったので、この部屋にいるのは姉弟といとこだけとなる。

 一気に人が減り部屋が寒々しくなったが、重圧がなくなったことにふと先ほど名前を呼ばれた二人からため息が漏れる。

「むちゃ言うなぁもう~」

 皆が出て行った扉に向かって、呆れたようにエリーチェが呟いた。

「……今の話って本当なの?」

「まぁ、本当と言えば本当かな。でも、別に牛耳っているとかはないからね。聖国のことはいつも話し合いで決めているから、ひとりの意見が全部通るなんてことはないよ。それに、蒼の当代さまはちゃんと人の意見も聞いてくれるし、ダメだと分かればすぐに手を引く人だよ」

 眉間に(しわ)をよせ、こめかみに指を当てている。

「ただ、女王さまとは相性が悪いんだよねぇ~。ああいう人の揚げ足を取りたいタイプだから、女王さまは気が抜けないんだろうな。……当代さまのことも、フィーのことも、できたらあまり悪く思わないであげて欲しいな」

 困ったようにみんなに笑いかけた。性格が悪いと言っていたが、どうやら本当のことのようだ。――――祖母の揚げ足を取りたがるとは一体どのような人物なのだろう。今まで見たことのないタイプであることには違いないだろうが。

「……エリーチェは、もしかして立場のある人だったりするのか?」

「まさか! ただの一般巫女職だよ。あとは、なんかいろいろ掛け持ちしているくらいかな」

「巫女職……?」

 すぐ傍に立つ彼女は慌てて否定していたが、思ってもいなかった職種が出てきた。――同い年なので失念していたが、向こうでは成人年齢が早い。既に何かしらの職業に就いているのが普通なのだろうと後から思い至る。

「そうそう~。向こうは祭事が多くてね。こんな私でも駆り出されているってわけですよ」

 両手を腰に当てて自慢げにしていた。――今の話についていろいろと尋ねてみたい気持ちがあるが、先ほどまでの祖母の言葉や視線がまだ重くまとわりついており、徐々に気分が沈んでいく。

「……ところで、挨拶ってどういうことすればいいの? ガレリオさんのあの様子じゃ、私が二人に伝えるしかない感じだよね――」

 急に明日の大役を思い出したのか、おろおろと不安げにしていた。

「リタってもう女子寮に帰ったかな? ……フィーに先に相談に行こうかな」

「――リタなら宿舎にいるそうよ。ディアス、よかったら手伝ってあげましょう」

 すっと姉が前に出ると、こちらを柔らかい笑みを(たた)えてこちらに視線を向けた。

「戻りが遅くなったらエミリオはレティシアたちと先に食事をしていてね。――明日から二人が困らないよう、きちんと釘を刺しておかなくちゃ」

 にこりといつもの表情を浮かべて一同に言うが、その言葉が有無を言わせぬ圧を放っており、仕方なく姉の提案に付いて行くことになる。

「何か面白いことがあったら、後で教えてね」

「はいはい、何かあったらね。――エリーチェも行きましょう。挨拶なんて、そんな堅苦しく考えなくても大丈夫だからね」

「……いってらっしゃいませ、姉さま、兄さま」

 小さな弟の側にレティシアが移動すると、肩を抱きながらひらひらと手を振った。コレットも不安げにしていたが、小さくいってらっしゃいと声を掛けられながら、三人は部屋を後にした。

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